TSお嬢様はミスター味っ子の料理を食べ尽くす!【完結】   作:寛喜堂秀介

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59 天と地と

 

 1988年9月10日(土)。

 クッキングフェスティバル2日目早朝。

 

 代々木公園イベント広場。

 開園前、出店者向けに、前日の集計結果が掲示されていた。

 

 明かされているのは、上位10軒。

 上から、怪傑味頭巾、味吉軍、下仲基之、大年寺三郎太、ジョルジュ・ムスタキ、久島建男、堺一馬、味吉陽一、劉虎峰、中江兵太の順になっている。

 

 掲示板を見に来た料理人たちは、みな売上金額から自分の順位を予想し、各々闘志を燃やす。

 1位の味頭巾はあっさりとしたもので、ちらと順位を確認すると、開店の準備に戻ってしまった。

 

 その後姿を見て、味吉陽一が、隣の歩夢に視線を送る。

 

 

「ねえ歩夢さん、味頭巾って味皇のじーさ──」

 

「味頭巾さまですわ」

 

「でも雰囲気とか声とか」

 

「味頭巾さまですわ」

 

 

 歩夢と陽一が、朝から不毛なやりとりをしていると。

 順位で陽一に勝っている一馬が、上機嫌で絡みに来た。

 

 

「わっはっは、まず初日はオレの牛カツカレーの勝ちっちゅうとこやな陽一!」

 

 

 勝ち誇っている一馬だが、7位である。上は名人級しか居ないけど。

 ちなみに2P──E2コイン2枚(1000円)程度の超僅差である。

 7位の一馬と、10位の中江兵太までの差が20P少々だから、少年料理人4人は超デッドヒートだ。

 

 

「やるな一馬! でも今日も勝てると思ったら大間違いだ!」

 

 

 陽一は自信満々だ。

 たぶん料理に新たな工夫を加えてる。

 本番直前の改良は陽一の十八番である。

 

 

 ──これやっぱり陽ちゃんたちの料理は、最終日に食べたほうがよさそうですわね。

 

 

 歩夢はあらためて心に決める。

 胃の容量には限りがあるので、さすがに陽一の料理を毎日は食べられない。

 初日は仲居さんとシェアしながら、8品ほど頂いたが、どれもこれも美味しすぎて、満足感がヤバかった。

 永田社長は早々に一馬のカレーを食べていたし、飛鳥涼吉は久島建男の鯛のポワレと大年寺三郎太の鯛しゃぶの握りに舌鼓を打っていた。

 西京極は、場内をふらつきながら高額料理を食べ歩いていたらしく、運営本部に戻ってきた時には、腹をパンパンにして、満足顔で苦しんでいた。

 

 そんなことを思い返している間に。

 劉虎峰や中江兵太、それに他の少年料理人たちが陽一に絡みに来たので、歩夢は皆に声をかけてから、その場を離れた。

 

 挨拶回りの前に、一度戻ろうかと運営本部に足を向ける。

 すると、ちょうど掲示板を見てきた真船一雄と行きあった。

 

 

「歩夢ちゃん、おはよう」

 

「一雄さん、おはようございます! ですわ!」

 

 

 おたがい元気よく挨拶する。

 イベント初日は多忙を極めたはずだが、一雄の顔に疲れの色は見られない。

 

 

「すっげーイベントになったね。歩夢ちゃん、大変だろうけど、頑張ってね。オレも力になるから」

 

「ありがとうですわ! ですが大丈夫! 現状のトラブルは、会社のみんなで処理できてますわ!」

 

 

 こんなときでも気遣う一雄に、歩夢は胸を張る*1

 一雄が、少し驚いたように目を見開く。

 

 

「あ、トラブルはあったんだ?」

 

「なにぶんハンパない来場数ですので……昨日が主催者発表で6万人。今日明日は土日ですので、尻上がりに人が増えていくと思いますわ!」

 

「うへえ……こりゃメニューを一点突破にしてて正解だな」

 

 

 歩夢の予想に、一雄が苦笑を浮かべた。

 イベントで販売するメニューは実店舗でも1ヶ月間販売することになっている。

 都心の大規模イベントで、混雑が予想されることもあって、メニューは多くても2、3種に絞っているお店がほとんどで、一雄のように一点突破も多い。

 

 上位勢だと、多彩なオムレツを提供しているムスタキ氏以外は単一メニューである。

 客を見て、調味に微細なアレンジを加えている久島建男なんて超人も居るには居るが。

 

 

「ライスコロッケのチーズカレー詰めですわね! めちゃ美味しかったですわ!」

 

「あ、食べてくれたんだ?」

 

「はいですわ! 揚げたてのコロッケの中には、もちもちのご飯。その中にはペースト状のカレー、さらに中心にはチーズ! リゾットのように混ぜ合わせるのではなく、層状に重ねられたためそれぞれの旨味がくっきりとして、最高にうっめーでしたわ!」

 

 

 歩夢は体いっぱいで美味しさを表現する。

 

 ライスサンドカレーの変則進化といったところだ。

 最近の一雄は、この手のアレンジが抜群に上手いのだ。

 

 

「歩夢ちゃん、ちなみにオレの順位、どれくらいだったか聞いていい?」

 

「そうですわね。上位30%に食い込んでらっしゃいますわ」

 

 

 大健闘だ。

 並み居る名店、一流店の中でのこの位置である。

 とてもじゃないが、1年半前はぼんくらだったとは思えない。

 

 だが、一雄はそこでは満足していないらしい。

 

 

「……昨日は客さばきに手間取った。そこはスタッフと反省会して手順を確認したから、今日はもっと多くのお客さんを相手にできるはずだ……ありがとう、歩夢ちゃん! 今日はもっと上に行くよ!」

 

 

 ぶつぶつとつぶやいてから。

 ばっと顔を上げて、一雄は自分の店に向かい、駆けていく。

 

 

「すばらしい向上心ですわ! ですが一言──エンジョイ・クッキング! 楽しんで、そして強くなってくださいまし!」

 

 

 歩夢が一雄の背に、親指を立てると。

 一雄は拳とともに、親指を天に突き上げた。

 

 

 

 

 

 

 順位発表の喧騒も落ち着いてきたころ。

 テーブルが並ぶケヤキ並木の中央で、ふたりの男が向かい合っていた。

 

 ひとりは、怪傑味頭巾。

 紋付きの羽織袴を着た、頭巾姿。

 居住まい只者ではなく、頭巾の奥からのぞく瞳は吸い込まれるように深い。

 

 その正体は味皇。

 味皇料理会総帥にして、日本料理会の至宝。

 

 もうひとりは、味吉軍。

 チャイニーズマフィアめいた黒いコックコートにサングラス。

 初老だが黒々とした髪を後ろになでつけ、鋭く尖ったアゴ髭を蓄えた、猛禽を思わせる男。

 

 その正体は味将軍。

 味皇料理会と、料理界の勢力を二分する味将軍グループの総帥。

 

 そして、ちょうど挨拶に来て、居合わせてしまった人間が居る。

 安生歩夢である。

 

 

 ──やっべーですわ。プレッシャー半端ないですわ。

 

 

 逃げられない距離まで詰めてしまった歩夢は、内心冷や汗をかく。

 味皇の要請とはいえ、執事の毛利を介して味将軍に接触し、クッキングフェスティバルに参加させたのは歩夢なので、半分くらいは自業自得である。

 

 味皇と味将軍は無言のまま、しばし、対峙して。

 ふっ、と、ふいに両者の視線がゆるむ。

 

 

「こうしてあなたと顔を合わせるのは、いつ以来ですかな」

 

「そうさな。貴兄が味皇料理会を去って以来ゆえ……およそ30年ぶりであろうか」

 

 

 味将軍の言葉に、味皇がうなずいた。

 歩夢は全力で気配を消しにかかっている。

 空気を読まずに突貫しようと思えばできるが、何十年越しかの会話の邪魔なんてしたくない。

 

 

「思えば、おたがい偉くなったものですな。理想を違え、袂を分かったとはいえ、こうして身分を隠さねば、気軽に会うことも出来ぬほどに」

 

「大きくなりすぎたのだ。味皇料理会も、味将軍グループもな。それゆえ貴兄も変わってしまったと思っていたが……どうやら、まるで変わらず料理一筋らしい」

 

「そこはおたがいに、でしょうな」

 

 

 ふたりは声もなく笑いあった。

 言葉を交わさずとも、料理を見て、味わえば、わかってしまうのだろう。

 

 

「鯛の冷や汁──鯛で出汁をとり、刺し身を具とした、すり胡麻入りの冷たい味噌汁を冷や飯にかける。言葉にすれば単純だが、選び抜いた食材と一分の隙もない調味の手腕によるハイレベルな味の調和は、神品と評すべきものだ」

 

「貴兄こそ。フィシュ&チップスかと思わせて、その実鯛と里芋の天ぷら。軽く振った出汁塩は、鯛のアラと利尻昆布を塩に存分に取り込ませて煮詰めたものであろう。発想もさることながら、須臾の間の狂いなく鯛の旨味を最高に引き出す加熱の見切りも見事。味の一体感はこの上なく、揚げたての天ぷらを口にする幸福は何物にも代えがたい」

 

 

 おたがい、相手の料理に最大級の賛辞を送る。

 思わぬ食レポテロを受けて、歩夢は今日のお昼にふたりの料理を絶対食べてやると心に誓った。

 

 

「……曇り空に助けられましたな。炎天下では、あなたの店に押し寄せる人の数は倍増していたでしょう」

 

「さすれば、困ったことになっておったな。実は昨日は危うく売り切れるところであった。予想以上の来客ゆえな」

 

「それは……あなたらしくもない、とは申せませんか。来客数を見切りそこねたのは、こちらも同じ」

 

「ふふ。ここは歩夢くんがすごかった、ということにしておこう」

 

 

 味皇の視線が歩夢を向いた。

 会話の邪魔をしたくない歩夢は、しゅたっと敬礼のポーズをとると、なぜか味将軍が軽く手を上げたので、こちらにも敬礼する。どうかふたりきりの会話を続けてほしい。

 

 味皇の視線が、歩夢から味将軍に移る。

 緩んでいた視線が、自然、鋭利なものになった。

 

 

「──私の耳には、近年、味将軍グループのよくないうわさばかり耳に入っておったよ」

 

 

 サングラスの下の味将軍の視線もまた、鋭いものになる。

 

 視線を切り結びながら。

 味将軍は大きく息をついた。

 

 

「半分は事実でしょうな。組織を大きくしすぎて私の目が隅々に届かなくなった、というのは言い訳になりますまい。私の不徳の致す所です」

 

 

 半分は、事実。

 つまり半分は讒言のたぐいであったということだ。

 言葉に出すまでもない。味皇も、味将軍も、ついでに歩夢も犯人の名を知っている。

 

 

 ──味皇室室長、村田源三。

 

 

 味皇にとっては実の弟であり、味将軍にとってはかつての盟友。

 初代味皇にして、いまは味皇村田源二郎の存在を脅かすものを許さぬ、護皇の鬼。

 

 

 ──味皇様と味将軍様がこうして語り合ってることを知ったら、わたくしも巻き添えで怒られそうな気がしますわ。

 

 

 怖い。

 正直室長の立場でどんな圧力かけてこようと、それを跳ね返せるくらいには歩夢の立場は強いのだが、顔が怖いし勢いも怖い。あと味皇が好きすぎるのも怖い。負けないが。

 

 想像して軽く身震いする歩夢を尻目に、ふたりの会話は続く。

 味皇が、先の味将軍の言葉を受けて、口を開く。

 

 

「……たがいに身を引き締める必要がある、ということでよろしいかな?」

 

「ええ。知ったからには身内を叩き直すのが最優先です。場合によっては身を切ることになるでしょうが……なに、理想の純度を保つためには仕方ない」

 

 

 味将軍はこともなげにうそぶいた。

 身を切るような北風の厳しさなど、慣れっこだとでもいうように。

 

 

「味吉軍殿……味皇料理会と袂を分かつ際、あなたに伝えた言葉は、覚えておるかね」

 

「無論」

 

 

 味皇の言葉に、味将軍は短くうなずいた。

 ついでに歩夢も内心でうなずく。歩夢も覚えている場面だ。

 

 

 ──自らを鍛えるあなたの理想と、料理の心を説く私の理想とが、いつかひとつになることが私の夢なのだ。

 

 

「──料理は心だと説きながら。そんなまやかしを抱きながら、磨き抜かれたあなたの技量は、至高に近い。この私が認めざるを得ないほどに」

 

「素材を吟味し、調理に一分の緩みなく、目で、音で、舌で、食す者を喜ばせ、楽しませ、幸せにする。心などまやかしだと否定しながら、食す者への心配りは、万人をうならせるものだ」

 

「そこは技術の範疇……というのは、水掛け論ですな」

 

 

 結局のところ。歩夢は思う。

 味皇も味将軍も、技と心、両方を極めていると言っていいのだろう。

 

 だが、理想の究極。

 他のあらゆるものを削りに削って、最後に何が残るか。

 

 それだけが違う。

 それだけに、妥協の余地がないとも言えるが。

 

「しかし」と、味将軍は言葉を続けた。

 

 

「──理想は違えど、こうして技を競う機会を作るのは、我々にとっても、悪くない」

 

「なるほど。料理にかけるたがいの思いを、心を、理解するのに……これほどよい手段はないですな」

 

 

 味将軍の言葉に、味皇は深くうなずく。

 

 理想は違えど、たがいに学ぶことはできる。理解することはできる。

 味勝負で、あるいはグランプリの場で。味皇料理会と味将軍グループが、たがいの理想を料理に込めて、世に問う。いまはそれでいい。そういう話なのだろう。

 

 

「ともあれ、いまの我々は味吉軍と味頭巾だ。おたがい立場を忘れて、一心に腕を競おうではありませんか!」

 

「うむ。たがいにまたとない精進の場だ。おおいに戦おう!」

 

 

 味将軍が差し出した手を、味皇が取る。

 歴史的な場面に居合わせた歩夢は、スマホで撮りたい欲に抗いながら、感動に胸を震わせた*2

 

 

 

 

 

*1
 

*2
揺れなかった。

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