TSお嬢様はミスター味っ子の料理を食べ尽くす!【完結】   作:寛喜堂秀介

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06 フルーツ・イン・ザ・カレー

 

 

「ウナギ、って気分ですわね」

 

 

 牝馬優駿(オークス)から数日。

 週末のダービーに向けて準備を進めながら、日課の味っ子店巡りを、と考えていると、お腹が唐突にウナギ食わせろと主張し始めた。

 

 味っ子でウナギといえば、【鰻浜】だ。

 日の出食堂で出すうなぎの仕入先を教えてもらうため、味だめしを行った、ガンコじじいの店だ。

 季節外れは百も承知だが……食べたいものは食べたい。

 

 

「決めましたわ! 今日の昼食は鰻浜ですわ!」

 

 

 宣言すると、そのままの勢いで鰻浜捜索に旅立った。

 町内にあるのはわかっているし、グルメ雑誌に何度も載っているとなれば、探し当てるのは簡単だ。

 

 老舗の風情がある店構えの鰻浜に突入して、さてなにを注文するかと考える。

 かば焼きはいい。うな重もいい。白焼きもいい。う巻きもいい。だが頼むとなれば、陽ちゃんが挑んだものがいい。

 

 

「うな丼を所望いたしますわ!」

 

 

 頼んで、供された熱いお茶をすすりながら、うなぎの香りを楽しむ。

 待つことしばし。お待ちかねの丼が運ばれてきた。歩夢には、それが黄金の入った宝箱のように感じられた。

 

 蓋を取る。

 ふわっと湯気が立ち上り、芳醇な鰻の香りが鼻孔を刺激する。

 丼にはたっぷりのご飯と、その上に乗った、たっぷりのタレが絡んだ鰻の蒲焼。

 

 

「いただきますわ!」

 

 

 と、両手を合わせて。

 箸で蒲焼を、下の白米ごとひっつかみ、口に放り込む。

 

 

「うっめーですわ!」

 

 

 歓声をあげて、うな丼をかっこんでいく。

 予想以上に太った身質、長い間継ぎ足し熟成された濃厚なタレは、ウナギの身に完璧に染み込んでいる。

 なによりこの濃厚な蒲焼をどっしりと受け止める米の力強さ。丼という空間の中で、ウナギとタレと米が渾然一体となって調和している。

 後口をさっぱり流す肝吸いもいい。

 

 胃が求めていたウナギへの渇望が、完璧に満たされていく感覚。

 

 

「……ごちそうさまでした。美味しかったですわ!」

 

「おう! 気に入ったならまた来てくれや!」

 

 

 自然に口をついて出た言葉に、奥から声が投げかけられた。

 坊主頭にハチマキ。四角張った頑固そうな顔。【鰻浜のガンコ親父】だ。

 

 

「ええ、ぜひとも!」

 

 

 と笑顔で返して。

 歩夢は満ち足りた気持ちで鰻浜を後にした。

 

 

 

 

 

 

 その日の夕方。

 丼ものとお魚は制覇したので、今日はなにを頼みましょうか。

 そんな事を考えながら、歩夢がうっきうきで【日の出食堂】に入ると。

 

 

「こんなゴロゴロ固まった甘いカレーどうやって食えというんだ!」

 

「第一カレーの飯がどこにも入らんわい!!」

 

「えーかげんにせいよこいつ!!」

 

「一人だけ美人とお近づきになりやがって!!」

 

 

 マッチョな土方のあんちゃんたちに囲まれて、はたき回される米粒とカレーまみれの一雄。

 テーブルの上にはみかんリンゴぶどうパイナップル……ライスが入る隙間もなく果物がゴテゴテと入ったカレー。

 

 

 ──これどこかで見たーっ!? じゃなくてどこかで見ましたわーっ!?

 

 

 一雄さんが店の新規メニュー試作品を日の出食堂に持ってくる場面。

 一年以上先──二回目の味皇グランプリが終わった後の出来事なのに、なぜ。

 

 驚き固まってると、店中の視線が歩夢に集まった。

 

 

「あれ、歩夢さん」

 

「あ、歩夢ちゃん!?」

 

「あ、陽一くん、一雄さん、それに皆さま、こんにちわですわ。今日もお食事に来たんですけれど……これ、どういう状況ですの?」

 

 

 とりあえず、一から聞いたほうがいいだろうと、そう尋ねた。

 

 味吉陽一が説明するところ。

 

・一雄さんがお店の新メニューを試作。

・アドバイスをもらうため、日の出食堂に。

・店のお客さんたちがいっしょに試食。

・おにぎりカレーだのトロピカルカレーだの、とにかく食べにくいものを出されてお客さんたちが怒る。

 

 ということらしい。

 だいたい歩夢が知る流れのままだ。

 問題は、なぜこれほど早い時期に同じことが起こったか、だが。

 

 

「一雄さん、どうして急に新メニューを?」

 

 

 尋ねると、一雄は照れくさそうに頭をかきながら。

 

 

「ちょっと、さ。うちの店もこのままで、30年先も営業してられるのかと思ったらさ、目新しいこともやってかないとな、って思ってさ」

 

 

 ──これわたくしのせいですわーっ!?

 

 

 どう考えても先日の出来事──もし歩夢が令和の世に戻っても、その時代までお店を続けていく、という約束が原因だ。

 

 

「どうやら、わたくしにも責任の一端があるようですわね……一雄さん、わたくしにも味見させていただけませんこと?」

 

「あー、いや、できれば完成したとき一番に食べてほしいんだけど」

 

 

 一雄の言葉に土方のあんちゃんたちが舌打ちする。

 理由は歩夢にはわからない。歩夢以外は全員知っている。

 

 

「まま、そうおっしゃらず。お手伝いさせてくださいまし」

 

 

 そして歩夢はこと食べ物に関しては後退のネジがぶっ壊れている。

 ずずいと皆の中に分け入って、手つかずのスプーンを手にとり、果物ゴテゴテのカレーを味見する。

 

 

「おお、意外やうっめーですわね」

 

 

 美味しい。

【DHULIA】伝来の、土台のしっかりしたカレーの辛味を、フルーツの甘味が引き立てている。

 果物といっしょに食べれば、あるいは白米といっしょに食べればどうなるかわからないが、ルーの味は極上だ。

 

 歩夢の反応に興味を引かれたのか、陽一もスプーンを手に取った。

 

 

「ちょっとオレにも……ホントだ。見た目はともかく、味はしっかりおいしい」

 

「ふたりとも、ありがとう。でも、このままじゃお客様にお出しできないってのはさっき嫌ってほどわかったよ」

 

 

 歩夢と陽一の感想に、一雄は自嘲混じりにつぶやく。

 まあ、味はともかく見た目のインパクトが強すぎた。

 

 

「そうですわね。いくらなんでも果物の量が多すぎますわ。味はいいんですから、食べやすくする工夫が必要だと思いますわ」

 

「工夫?」

 

「そう、工夫ですわ。たとえば、各種果物の量を減らして、食べやすい大きさに切る。果物は出汁と割り切って、袋や網籠に取り分けて、具材としては出さないようにする。あとはミキサーで細かくすりつぶしてみるとか……」

 

「──それだっ! 歩夢さん、そのアイデアいただきっ!!」

 

 

 歩夢が思いつくことを挙げていくと、とたんに陽一が目を輝かせる。

 

 

「さあさあ、みんなちょっと待っていてよ! 一雄さんも、ルーづくりを手伝ってよ!」

 

「わっ、わかった!」

 

 

 陽一は一雄の手を引っ張って厨房に入ると、なにやら調理し始める。

 フードプロセッサーの音が聞こえる、ということは、フルーツを細かくすりつぶしているのだろう。

 

 

「さあ、混ざりあえフルーツ! ルーの辛さをおもいっきり引き立てるんだ!」

 

 

 なんだか食材に語りかけながら料理しているが、あまり気にするようなことじゃない。アニメ版の【中江兵太】*1に比べたら100倍マシだ。

 しばらくして、出来上がったらしいカレーの味見をしながら調整して。

 

 

「できたっ! これが陽一式トロピカルフルーツカレーさっ!! さあ、食べてみてよ!」

 

 

 出てきたのは、深皿に盛り付けられたカレーライス。

 邪魔な果物が小さくすり潰されたおかげで、外見は普通のカレーライスになっている。

 

 

「一雄さん、試食をしてみようか!」

 

「いや、まずは歩夢ちゃんに、試食をお願いしていいかな──陽ちゃん、オレに新しいスプーンを」

 

「あ、そうだねー。にひひ。間接キスになっちゃうもんねー!」

 

 

 陽ちゃんがいたずらっぽく笑う。

 一雄は動揺しているようだが、歩夢は大丈夫だ。小揺るぎもしない。

 

 

「ご配慮感謝いたしますわ! それでは安生歩夢、一番箸、つけさせていただきますわ!」

 

 

 宣言すると、ライスごとカレーをすくい、食べる。

 辛さと、奥に潜んだ甘さ、そして旨さが、口の中で爆発的に広がった。

 

 

「これは──うっめーですわ!!」

 

「よしっ!」

 

 

 歓声を上げる歩夢に、陽一が快哉を叫ぶ。

 

 普通に考えれば、ルーに果物が混ぜ込まれている分、先ほどのカレーよりも甘いはずだ。

 たしかに甘い。だが加えた果物の分量の妙か、はたまた隠し味か、さきほどのカレーより一段高いところで味が調和している。

 歩夢は令和の世でマンゴーカレーやパイナップルカレーを食べたことがあるが、それともまた違う味わいだ。だが美味い。掛け値なしに。

 

 

「もっと食べたいところですけれど……一雄さん、ご試食を。最高の味ですわ」

 

「よ、よし。じゃあ……っ!!」

 

 

 一口。

 カレーを口にした一雄は、目を見開く。

 

 

「これは……オレのゴロゴロと邪魔っけなフルーツカレーとは別物だ! ミキサーで丹念に潰した果物がピリッと辛いコクのあるカレーと一体になって、口の中で広がっていく! それを絶妙な硬さのライスがしっかり受け止めて……」

 

「バランスの見極めが神ですわよね! いくら土台がしっかりしてるといっても、カレーにミックスジュースをぶっこんでるようなものですもの! 少なすぎるとカレーの味に潰され、多すぎるとカレーの味が台無しになってしまいますのに!」

 

「──ミックスジュース! それもいいね! バナナもカレーに合うかもしれない!」

 

 

 目を輝かせる陽一を見て、一雄がはたと考え込む。

 

 

「……そうか、些細なことでもヒントに……ありがとう! 陽ちゃん! 新メニューいけそうだよ! 歩夢ちゃんも、ありがとう! また店に食べに来てよ!」

 

 

 そう言って、一雄は目を輝かせて、日の出食堂を飛び出していった。

 

 残されたのは、目を瞬かせる陽一と、さきほどからベクトルが違う感じで目を輝かせてる法子さん。

 それから残った陽一式トロピカルフルーツカレーに群がるあんちゃんたち。最後に、あたりに散らばるおにぎりカレーの残骸。

 

 そういえばこれも作ってたなあ、と思いながら、歩夢は口を開く。

 

 

「ああ、汁気の多いカレーをおにぎりに閉じ込めたせいで、食べたときにカレーがこぼれちゃうんですのね……カレーパンみたいにドライカレーをタネにしちゃえばよかったのでは……?」

 

「──いいね! それいただきっ!」

 

「なんかなにを言っても拾ってきますわ! 陽ちゃん怖いですわ!」

 

 

 目を輝かせる陽一に、歩夢は悲鳴を上げた。

 

 

 

 

*1
陽一の同年代のライバル。素材の魔術師。ミスター鍋っ子

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