TSお嬢様はミスター味っ子の料理を食べ尽くす!【完結】   作:寛喜堂秀介

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60 仮面を外した舞踏会

 

 クッキングフェスティバルの2日目は、朝から大盛況だった。

 

 昨日に続いての曇り空。

 秋口にしては過ごしやすい天気にもかかわらず、混雑する会場の熱気は汗がにじむほどだ。

 熱気の元は来場客だけではない。会場内に軒を連ねる店のあちこちから、威勢のよい声が飛んでくる。

 

 

「さあ、いらっしゃいいらっしゃい! 岡田屋名物広島風お好み焼きや! 兄ちゃん姉ちゃん食べたってや!」

 

「へいらっしゃい! 稲荷町の名店寿司虎の特上にぎり! 食って功徳にしてくんな!」

 

「味っ子監修磯源寿司の上握りだ! 海苔を使わない握り寿司、おいしいよーっ!」

 

「朝日屋特製牛乳白味噌鍋焼き!」

 

「わしらが鹿児島の──アッ──丼兄弟ばーい!!」

 

「おでんの安二郎だ! 特製のおでん種、どれでも5つ選んで1コインだ!」

 

 

 盛況の中、来場客は時間を追うごとに増えていき、昼を回ってもなお客足に衰えは見えない。

 関陽中学3年生、情報屋のタケちゃんこと【竹崎健(たけざきたける)】が日の出食堂のブースを訪れたのは、そんなときだった。

 

 

「オッス陽一! 応援に来たぜ!」

 

「タケちゃん! ありがとう!」

 

 

 カウンターにE2コインを置きながら手を挙げる竹崎の姿に、陽一は顔を輝かせた。

 

 日の出食堂のブースは大人気で、竹崎の後ろにも人が押し寄せている。

 陽一は手際よく注文をさばいているし、母の法子ともう一人、手伝いがてんてこ舞いになっているが、順番待ちは増えていく一方だ。

 

 

「どうだ。売れ行きは──って聞くまでもないか」

 

「昨日のお客さんの数を見て、今日は応援も呼んだけど……忙しすぎて手が回んないね──よっと、これで陽一式ステーキ丼の完成さ! 毎度あり!」

 

 

 素早く料理を盛り付けた陽一が、ドンっとステーキ丼を出した。

 早いが、料理に手抜かりはない。肉が焼ける香ばしい匂いがたまらなく食欲をそそる。

 

 

「さすがに早えな……サンキュな。食べさせてもらうぜ! がんばれよ!」

 

「もちろんさ!」

 

 

 忙しそうな陽一を激励して、竹崎は店を離れる。

 そのまま飲食用のテーブルに向かおうとして──親子連れの一団とすれ違った。

 

 

「ねえ父さん! はやく陽一兄ちゃんのとこ早く行こうよ!」

 

「わかった。わかったから、あんまり引っ張るなってしげる」

 

 

 父親を引っ張る幼い少年。

 その後ろに竹崎と同年代の少女が3人、従っている。

 

 

「ねえお父さん。あたしたちケーキが食べたいんだけど」

 

「みつ子ちゃん、あたしは運営本部に忍び込みたいだけで」

 

「わ、わたしも……」

 

「はーいはい。ふたりとも歩夢さんに迷惑はやめとこうね。いつものお兄さん(マッチョ)たちもうろついてるんだから」

 

「げー」

 

 

 そんな会話をする少女の一人を、竹崎は知っている。

 

 クラスは違うが同じ学校の【山岡みつ子】だ。

 他の2人は見たことないが……とあるBBSの特定危険少女を連想して、振り払うように被りを振る。

 触らぬ神に祟りなしである。

 

 竹崎は座る場所を探したが、店同様、テーブル席も混雑していた。

 混雑を予想してか、テーブルは相当数並べられているのだが、とにかく人が多い。

 そんな中で、テーブル席にぽかりと空いた空間を見つけて、竹崎はほっと胸を撫で下ろした。

 立ち食いも悪くないが、やはり美味しいものを食べる時は、腰を落ち着けてゆっくり味わいたい。

 

 

「よっと。相席失礼します!」

 

「ああ、どうぞ」

 

 

 挨拶と同時に座ってから、竹崎は正面の男に挨拶する。

 

 前髪が長いマント姿の男だった。

 長身でやたら筋肉質、胸板も分厚い。

 まるで格闘家かプロレスラー。発するオーラもただものじゃない。彼の周りだけ席が空いていたのも納得だ。

 

 異様すぎる風体の人物に、竹崎の、情報屋の血が疼いてきた。

 

 

「すごい体ですね。まるで北斗の拳みたいだ。なにかされてるんですか」

 

「仕事柄、少しな」

 

 

 男は言葉少なに答える。

 プロレスラーか格闘家かなあ、なんてことを考えていると。

 

 

「──すみません。ここいいですか?」

 

 

 思わぬ方向から、そんな声をかけられた。

 

 声の主は、どこか茫洋とした青年だった。

 年の頃は、20前だろうか。体つきはほっそりしていて、顔にはシワ一つない。

 眼鏡はぶっとい黒縁のメガネで、レンズがバカでかく、顔の印象を大きく変えている。

 眉にかかる黒髪は綺麗に切りそろえられており、服装はカジュアルだが、さりげなく金をかけているのがわかる。

 

 落ち着いた感じの、文系メガネ男子といった風情だ。

 

 相席の申し出に。

「どうぞ」と、竹崎とマント男の声がそろった。

 

 

「ありがとうございます」

 

 

 そう言って、青年は席についた。

 大事そうに手に持っているのは、岡田屋の広島風お好み焼きと、芝闘庵の鴨南蛮だ。

 

 どんな組み合わせだ。

 と突っ込みたくなる気持ちを抑えながら、竹崎は青年に笑顔を向ける。

 

 

「こんにちは。お好み焼きも鴨南蛮もいいですね! 食べ終わったら味の感想聞かせてください!」

 

「うん。なら君のそのステーキ丼の感想も教えてくれん?」

 

「おお、関西弁だ!」

 

 

 竹崎はあまりの納得感に思わず声を上げた。

 そりゃ広島風お好み焼きと鴨南蛮をいっしょに食べようなんて発想も出るわけだ。

 

 

「あ、やっぱイントネーションでわかるんかな。気をつけてるんだけど……この春から東京に出てきたばかりなんだ」

 

「関西の方から……大学生ですよね?」

 

 

 竹崎はまた情報屋根性を逞しくする。

 

 

「うん、慶應。神戸から来た安生寿一郎(あんじょうじゅいちろう)いいます」

 

「安生?」

 

「歩夢ちゃんとは関係ないよ。よく尋ねられるけど、苗字が同じだけ。好きやけど」

 

 

 慣れっこなのか、寿一郎が笑って説明する。

 だが寿一郎の説明で、竹崎の推論は

半ば確信に変わった。

 

 

「あ、そっちじゃなくて、関西で、安生で、この春東京に来た大学生……ひょっとしてAJさん?」

 

「……ひょっとして、BBSの仲間?」

 

「はい! オレ下町小僧です!」

 

 

 竹崎の自己紹介に、寿一郎が驚く。

 マントの人もめちゃ反応していたが、ふたりは気づかない。

 

 

「おお……下町小僧君か。あらためて、初めまして。AJです。よろしく……本当に中学生なんやね」

 

「はい。関陽中学の3年生です。こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 

 初対面ながら掲示板での付き合いはそれなりに長い。

 竹崎は奇妙な感動を覚えながら、寿一郎と握手を交わす。

 

 

「──なんだか奇妙な感覚ですね。掲示板でやり取りしてた人と、直に会って話せるなんて。まあ、イベントがイベントだから、来てる連中も多いんでしょうが」

 

 

 竹崎は辺りを見回しながら、しみじみとつぶやく。

 ひょっとしたら、この中に4、5人位は、BBSの連中が紛れ込んでいるかもしれない。

 もっとも、この混雑だ。あらかじめ容姿を教えられていたとしても、探すのは難しいだろうが。

 

 マントの男がなぜか目を逸らしたが、さておき。

 

 

「ここに来る途中にも、それっぽい子、見たなあ。店に並びながら、運営本部の歩夢ちゃんの方を、息を荒げてじっと見てた、かわいいけど変な子供……あれ町野明里さんやないかな」

 

「行動で判別できるとか……」

 

 

 寿一郎の言葉に、竹崎は疲れたように返す。

 安生歩夢が大好きすぎる行動力おばけ、町野明里。

 事前情報から本人を判別できる仲間筆頭だろうが、積極的に関わりたくない筆頭でもある。

 

 

「鼻をクンクンさせたかと思うと急にこっち見てな。不思議そうに首を傾げてたなあ」

 

「安生を嗅ぎ分ける嗅覚!?」

 

「それで判別できるんなら、僕と歩夢ちゃんに血縁関係があるってことだけど……オカルトやなあ」

 

「あの子なら判別できそうな気がするから困る」

 

 

 竹崎は悟り切った表情で語る。

 

 なにもかもが規格外すぎる。

 たとえ美少女だろうと、関わりたくない。

 

 

「まあ確認もしてないし、町野さんのことはええよ。それより、せっかくだから今日いっしょに回らん? 奢るよ」

 

「え、いいんスか? ぜひぜひお願いします! ここに出してる店で知ってるとこも多いんで、案内しますよ!」

 

「ありがとう。よろしく、下町小僧君」

 

「微妙に恥ずかしいんで竹崎でお願いします……」

 

 

 いろいろとあったが。

 下町小僧、竹崎健にとっては、思わぬ出会いがあった、楽しい1日になりそうだった。

 

 

 

 

 

 

 クッキングフェスティバル運営本部。

 毛利の指揮の下イベントがつつがなく運営される中、テントの奥では、歩夢と悪だくみ仲間たちが卓を囲っていた。

 テーブルに乗せられているのは、4種のメニュー。鯛の冷や汁、鯛と里芋の天ぷら、鯛のポワレ、鯛しゃぶの握り寿司。

 

 推薦枠の、4人の料理を食べ比べようという思いつきからの企画である。

 ちなみに明日は陽一たち4人の料理を食べ比べる予定だ。

 

 

「うっめーですわ!」

 

 

 怪傑味頭巾の鯛の冷し汁をかき込んで。

 歩夢は味わうのに夢中で、それだけで済まそうとしたが、3人の視線が許さない。

 

 やむを得ず、歩夢は冷し汁について語る。

 

 

「味……頭巾様の冷や汁は素晴らしいですわ! 鯛で出汁をとったすり胡麻入りの冷たい味噌汁かけご飯! 氷は出汁を凍らせたもので、味噌汁が薄まることなくいつまでも冷たく味わえる! 旨味たっぷりの新鮮な鯛の刺し身を米ごとかっ込む快感はたまりませんわ!」

 

 

 続いて、永田社長が口を開く。

 食べた料理は、味吉軍の鯛と里芋の天ぷら。

 

 

「こちらの鯛と里芋の天ぷらもすごいな。単純な見た目にどれほどの技術が込められているのか……熱の旨み、出汁塩の旨み、そして食材が持つ旨みが完全に引き出され、しかも調和している。まさに完璧だ。歩夢くん、推薦枠を急に空けろと言われた時は戸惑ったが……納得の技量だ。このような包丁の上手、一体どこで」

 

「味皇様の推薦ですわ」

 

 

 歩夢は味皇のせいにした。間違っていない。

 永田社長はどおりで、と納得した。

 

 続いては、美食60年、飛鳥涼吉。

 食べた料理は、昨日に引き続いて、久島建男の鯛のポワレ。

 

 

「建男くんの料理はフレンチの王道をゆく鯛のポワレ。皮は香ばしく身はジューシー。ブールブランソース*1が鯛の旨味を膨らませて……素晴らしい仕事だ! 自家製のバゲットも香り高く香ばしい! 一皿でコース料理を食べたかのような満足感だ!」

 

 

 最後に、西京極。

 食べた料理は、大年寺三郎太の鯛しゃぶの握り。

 

 

「大年寺君の鯛の寿司も最高や! 湯霜造りにした鯛を燗しゃぶ*2にして鯛の旨味を最大に引き立てながら、酒と出汁の旨味を加えとる! その上身に塗ってあるのは鯛の肝醤油や! 鯛の魅力がこの一握りに詰まっとる!  素材も最高なら握る腕も最高! ひとつひとつの仕事に迷いがまるでない! これが修行中の、たかが22歳の男が握ったやて? こんなん名人の仕事やで!」

 

 

 それぞれの感想を聞いて。

 4人は、次はどの料理を食べようかと、卓上に視線を泳がせる。

 どの料理も最高の味だと知っているから、全部最高レアのガチャみたいなものだ。

 

 歩夢が視線を迷わせていると。

 ふと、他所からの視線を感じた。

 見れば歩夢のメイドの仲居さんと、飛鳥涼吉のメイドの横尾が、テーブルの上の料理を物欲しそうに見ている。

 

 

「お二人とも、なにかお食べになります?」

 

「いえ、主人のための料理を食べるのはちょっと……」

 

 

 歩夢の言葉に、横尾が遠慮を示す。

 仲居さんは半分身を乗り出していたが、横尾の言葉を聞いて恨めしげに下がった。

 

 その様子を見て、飛鳥涼吉が苦笑を浮かべた。

 

 

「横尾君。この席はもういいから、好きなものを買ってくるといい」

 

「仲居さん、いっしょに食べましょう! ですわ!」

 

「ほんとですか? ありがとうございますっ!」

 

 

 飛鳥涼吉と歩夢の言葉に、ふたりは顔を輝かせ。

 そろって一礼してから、急ぎ足で買い物に向かった。

 

 その様子を見送って。

 歩夢は飛鳥涼吉に頭を下げる。

 

 

「飛鳥様。言い出していただいてありがとうございますわ。これを前にお預けは拷問ですものね」

 

「なになに。わしも彼女たちの気持ちはわかろうというものだ。二人とも若いことじゃしな」

 

 

 飛鳥涼吉基準である。

 仲居さんは本当に若いけど。言って横尾も二十代半ばだけど。

 

 

「ところで、歩夢くん。あのメイド……よいの」

 

「いいですわ……」

 

 

 飛鳥涼吉が、急に話題を変えた。

 ヘアピン並の急角度だが、歩夢は楽々ついていく。

 

 

「──まあ、あれはわたくしの趣味というより、仲居さん自身の趣味なんですけど」

 

「ふむ。素晴らしいの。フリルは使用人に許された目一杯のお洒落。年頃の若い娘の憧れが、あのフリルには込められている」

 

「あのフリフリには日夜支えられてますわ……」

 

 

 メイド好きふたりが遠い世界に行っちゃってるが、なぜか永田社長と西京極も興味深そうに話を聞いていたという。

 

 

 

 

 

 

 運営本部を出たメイドふたりは、おいしいものを求めて、会場を歩いていた。

 どのお店からも、美味しそうな匂いが漂ってきて、空腹のメイドたちを誘惑する。

 

 

「いやー、正直どこも美味しそうで迷っちゃうわ」

 

「本当ですね。横尾さん!」

 

 

 飛鳥涼吉のメイド、横尾の言葉に、仲居さんが力強くうなずく。

 2人が初めて出会ったのは昨日だが、メイド同士、親近感を抱いていたのか、それほど話していないのに気安い。

 

 

「そういえば二人きりでは挨拶してなかったわね。あらためて、横尾典子よ。よろしくね」

 

「わたしは【晴美】。仲居晴美です!よろしく!」

 

 

 横尾の自己紹介に、仲居さんは笑顔で答える。

 

 

「晴美ちゃん、なに食べに行く?」

 

「ふっふっふ、実はもう決めちゃってるんです! 一目見てこれだって! あの鯛のポワレ! ぜったい美味しいですよ!」

 

「ああ、建男さんの料理ね。賛成。それでいきましょ」

 

 

 力強く主張する仲居さんに、横尾はあっさりと同意した。

 同意されたはいいが、横尾がさらっと話した内容に、聞き捨てに出来ないものがあった。

 

 

「横尾さん、あの料理を作った人、知ってるんですか!?」

 

「ええ。出張料理人として、うちの屋敷によく来てるからね」

 

「へー。あんな繊細な料理を作るなんて、どんな人なんだろう……!」

 

 

 その日、仲居晴美は運命に出会う。

 出会った場所が旅館で、しかも和服姿という第一印象のせいで、まったく気づいていなかった歩夢が、仲居さんこそが飛鳥涼吉の屋敷のメイド、晴美さんなのだと気づくまで、あと20分。

 

 

 

 

 

 

 歩夢的に波乱はあったものの。

 クッキングフェスティバル2日目は、盛況のうちに終わった。

 会場が閉じ、店の者たちが片付けの準備を始める様子を眺めながら。

 

 怪傑味頭巾は、深く息をついた。

 

 

「味お──じゃなかった。味頭巾様、お疲れ様でした」

 

 

 垂目扮する謎の覆面秘書が、熱いお茶を差し出しながら、味皇に声をかける。

 

 

「うむ。すまんな味の又三郎よ。忙しいが、多くの客と向き合えた、よい1日であった……歩夢くんに感謝せねばな」

 

 

 味皇の言葉に、垂目は物申したそうだったが。

 

 

「……うう、ほんとならいろいろ振り回されて文句のひとつも言いたいけど、歩夢ちゃんなら全然許せちゃうから不満のやり場が……」

 

「はっはっは。これも修行の内だ。苦労をかけるが許せよ」

 

「もったいない!この味の又三郎、どこまでもお付き合いしますとも!」

 

 

 味皇は垂目に謝意を伝えると、湯呑みを傾ける。

 ふう、と息をついたとき、疲れからか味皇の頭が一瞬、ふらりと揺れたが、店の片付けを始めていた垂目は気づかなかった。

 

 

 

*1
白ワインを使った白いバターソース。魚介との相性抜群。

*2
日本酒のしゃぶしゃぶ




出会い方も立場も違いますし、作中時間内に仲居さんが建男さんにひっついて行ったりとかはないです。念のため。
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