TSお嬢様はミスター味っ子の料理を食べ尽くす!【完結】 作:寛喜堂秀介
1988年9月16日。
クッキングフェスティバルが終わり、翌週末。
ソウルオリンピックを翌日に控えたこの日、歩夢はイベントの成功を祝して、社員たちを集めて小宴を開くことにした。
本来ならホテルの宴会場でも借り切って盛大にやりたいところだが、イベント中に倒れた味皇が入院中。
原因は過労で、本来長々と入院するものではなかったのだが、念の為にと検査したところ、心臓に疾患が見つかり、手術することになったのだ。
さいわいと言うべきか、執刀するのがスーパーなドクターなので、手術に関してはなんの心配もない。
患者にどんなトラブルが起きてもすべてを跳ね除け、手術を成功させてくれるという絶対の信頼があのマント姿の医者にはある。
とはいえ、そこまで信頼しているのは歩夢だけで、関係者は右往左往。
そんな中おおっぴらに騒ぐのもはばかられるため、ひとまずオフィス内での小宴となったのだ。
集まったのは、社員、アルバイト合わせて20余名。
会場は、三階のキッチン隣。普段は会食室兼食堂兼会議室として利用している広めの部屋だ。
長机を合わせた大テーブルの上には、和洋構わず出前可能な店から、好き勝手に頼みまくった料理の数々。それに多種多様な酒瓶が林立している。
それらを囲うように座る社員たちを見ると、みな若い。
40代後半の毛利が最年長で、2番手の黒背広が30代後半。
会社を立ち上げた時期が時期なので新卒こそ居ないものの、社員は20代がほとんど。さらに言えばアルバイトは全員学生だ。
ちなみに事務のお姉さん以外は全員男である。
メイドの仲居さんも名義上は社員だが、男所帯の飲み会に未成年を連れて来るのもはばかられたので、不参加。
同じく未成年の堺一馬も、フェスティバルには参加者として出ていて、運営にはタッチしていなかったので、不参加……の予定だったが、キッチンにいっしょに居たコオロギとゲンゴローともども連れてこられて、みなと一緒に席についている。
乾杯に備えて、各々手にはアルコール類。
多くはビール。それも流行りのドライだが、歩夢が用意した最高級のブランデーやシャンパンを早速開けている連中も居る。
一馬もどさくさでビールを手に持っていたが、歩夢が止めてノンアルコールカクテルになった。
事務のお姉さんが用意したもので、見た目がおしゃれなおかげか、一馬はまんざらでもなさそうだ。
「さて、皆さま。乾杯の準備は整いましたでしょうか?」
頃合いを見て、歩夢はみなを見回しながら声を上げる。
華の金曜日。大きなプロジェクトを終えた後ということで、みな開放感にあふれていたが、歩夢の声に、いっせいに居住まいを正した。
「それでは、クッキングフェスティバル大成功を祝しまして……乾杯! ですわっ!!」
ビアマグを掲げながら、元気いっぱいに音頭をとると、社員たちも口々に唱和する。
カッチンカッチンと勢いよくグラスをぶつけ合う中、歩夢もなみなみと注がれたビールを一気にあおった。
普段は呑まない上に、令和の頃から酒は強くない歩夢だが、勝利の美酒だ。それもキンッキンに冷えた辛口のドライビール。不味かろうはずがない。
「んぐっ、んぐっ……ぷはぁっ! おかげさまで来場者24万超! マジパねえ成功ですわ! これも皆さまの努力あってのこと! 感謝! 圧倒的感謝ですわ!」
それほど早く酔うはずもないのに、歩夢は酔っ払ったようなテンションだ。
まあ平常運転だ。
「歩夢ちゃん社長も、メジャーデビュー&オリコン週間ぶっちぎり1位おめでとうございます!」
「作詞も歩夢社長でしょ!? 歌詞からも歌からも馬が大好きってのが伝わってきて良かったですよ!」
「ありがとうございますわ! 自分が考えた歌詞に曲がつくってのは、小っ恥ずかしいものがありましたわ! でも楽しかったですわ!」
押しかけてきた若手社員たちの、お返しとばかり祝福に、歩夢は笑顔で応える。
もともとの知名度に加えて、クッキングフェスティバルの話題も手伝って、シングルCDはめちゃくちゃ売れた。
発売時期が時期だけに、年間ランキングでトップとはいかないが、極端に失速しなければ上位は狙えるだろうってくらい。売れ過ぎである。
「昨日のベストテン*1の生出演も見ましたよ!」
「ありがとうございますわ! おかげでいろいろ音楽番組に出させていただいてますけど……生放送で歌うのはマジでヒヤヒヤしましたわ! 素人にさせるもんじゃありませんわよアレ!」
「いやいや、オレ聞き入っちゃいましたよ! スタジオ呑んじゃうくらいオーラ出てたし、堂々としてたし……さすがです!」
若手社員たちが褒めてくれるが、単純に場馴れしてるのが大きい。
これまでいろんなテレビ番組に出演してるし、人前に立つことに関しては、直前のクッキングフェスティバルで、数万人を前に語っているのだ。司会の黒柳さんが黒柳さんのイメージのまま若くて*2ちょっと感動したが。
と、そんなふうに若手社員たちと話していると。
「おいおいお前ら、社長のグラスが空いてるぞ──さっ、歩夢社長、注がせていただきます!」
ビール瓶片手に、少壮の社員が割り込んできた。
イベント企画チームの一人で、出来る男だが、元体育会系らしく、体格と声が大きい。
「ありがとうございますわ! でもわたくしお酒弱いですので、ちょっとでお願いしますわ!」
「社長! そんなこと言わず、グイっといきましょう! さあ、さあ──げえっ、毛利相談役!?」
アルハラ*3かました少壮の社員が毛利に連れて行かれたのはともかく。
若手社員たちは冷や汗を流しながら、気を取り直した様子で、話を続ける。
「そういえば歩夢ちゃん社長。写真集もとんでもなく売れてますよね! 俺買いましたよ!」
「俺も俺も!」
「あー、あれもなんで受けたのでしょう……?」
台湾グルメマップの取材ついでに撮ったものなので、食事風景の写真が多い。
あとは観光スポットで撮影したり、一応浜辺での水着写真もあるが、ヌード写真集でもなし、歩夢はそこまで売れるとは思っていなかった。
が、歩夢は自分の知名度を甘く見ていた。
ニュース、テレビ番組、CM、広告。あらゆる媒体で活躍する、超がつく美少女の、はじめての写真集なのだ。しかも水着やチャイナ服の写真まであるのだ。
「なんで受けないと思うんですか? あんなの誰でも買いますよ! うちの親父だって興味津々でしたもん!」
「正直めっちゃ使えました──ぐはぁっ!?」
熱く語る若手社員に便乗してクソセクハラ*4かましたアルバイト学生が、事務のお姉さんに粛清されたのはともかく。
「売れるのも良し悪しですわね。歌もぜひ2曲目をって話が来てますし、いろんな出版社から写真集とか自伝とか特集の取材以来が来てますし、テレビ番組への出演オファーもどんどん来てますし……」
クッキングフェスティバルも終わって、宣伝の必要が無くなったのだが、あまり断ってもいられない。
なにせ歩夢は、競馬界ブームの一翼を担う存在になってほしいと期待されて、馬主仲間から有形無形の支援を受けている。
歩夢としても、競馬界を盛り上げたいという気持ちは人一倍あるので、せっかくブレイクしたこの機会を逃さず、競馬を一般に布教していきたいと思っている。
問題は、芸能界にばかり関わってもいられないってことだが。
「会社の方も忙しくなりそうです。クッキングフェスティバルの大成功のおかげで、いま、いろんなとこから声がかかってきてるんですよ。めずらしいとこだと、食の祭典委員会とか」
「食の祭典委員会というと、たしか北海道の……」
「世界・食の祭典の主催団体ですね」
世界・食の祭典。
6月から北海道札幌市で開かれている地方博覧会である。
地方博覧会ブームの最盛期に催されたこの博覧会は、食の祭典をうたいながら関係ないものを詰め込んで、飲食関係が微妙と、ネガティブな要素山盛りで、来場者数も当初予想を大きく下回る苦境に立たされている。
後に地方博最大の失敗例。ショックの祭典とも揶揄され、負債額は90億を数え、これが北海道財政に大きな負担を強いることになるのだが、歩夢もさすがに深くは知らない。
そこに首を突っ込むかはともかく、イベント企画関係で仕事に困らなそうなのはいいことである。
「皆さまも、やってみたい飲食イベントがあったら、どんどん企画書出してくださいましね! せっかくキッチンや冷蔵庫も買ったことですし!」
ちなみに、クッキングフェスティバルで一番金がかかったのがキッチン周りで、これだけで億である。というのはさておき。
「もちろんです! グルメ合戦を見て、ああいうイベントをやりたくて、この会社に来たんですから!」
「俺は歩夢ちゃんの力になりたくて会社移ってきました!」
それぞれ別種の情熱を吐露する若手社員たちの背後で、毛利がうんうんとうなずいていた。
許されたらしい。
◆
宴会が始まって1時間も経つと、みんな酔いが回ってきたのか、歌いだしたり脱ぎだしたり飲み比べしだしたりと、場がカオスになってきた。
脱いだ社員が毛利によって別室送りにされたのは、ともかく。
「これは……さすがに子どもたちの教育によくないですわよね──はい、傾聴! キッズたちは好きな食べ物持って下階の社長室に集合ですわ! 一馬さん! 一馬さんも下ですわよ!」
「子供扱いすんなや!」
酔いのため頬を紅潮させた歩夢の言葉に、いい気分で呑んでいた一馬が猛抗議する。
「一馬さんが超一流の料理人で、経営者としても男としても一人前だとは、もちろん存じておりますわ! でもここに居たらタチ悪い酔っぱらいに絡まれますわよ? シラフ*5だとしんどいですわよ?」
「そう思うなら俺にも呑ませろや! あとタチ悪い酔っ払いはお前じゃ! ビールの2、3杯で酔うなや!」
「ろれつはしっかりしてますわよ! ほらほら!」
「顔が赤いし絡み方がいつもよりめんどくさいんじゃ! くっついてくんな! 離れろや!」
そんなやり取りをしつつも、一馬と弟子2人は下の階の社長室に避難することになった。
ついでに距離感がゆるくなってきた歩夢も社長室に隔離。
男連中は不満たらたらだったが、毛利ににらまれては黙るしかなかった。
それから、場所を移して社長室。
料理を持ち込んでテーブルに並べたものの、すでに十分食べたのか、コオロギとゲンゴローはファミコンをテレビに繋いで、熱血高校ドッジボール部をプレイし始める。
テレビに近い側のソファを占領されたため、一馬はテーブルを挟んで反対側のソファに座った。
自分では渋くキメているつもりなのか、クラッカーに乗せたチーズをつまみに、ノンアルコールカクテルを楽しんでいる。
自然、一馬の隣には歩夢が座ることになる。
一馬は歩夢から顔を背けて、放っておいてほしそうにしていたが、歩夢はお構いなしにダル絡みしはじめた。
「一馬さん一馬さん。それ、なんのカクテルですの?」
「顔近づけんなや……事務の姉ちゃんはマタドール言うとった」
歩夢が近づいた分、体を避けながら、一馬は答える。
ちなみに、事務のお姉さんは、自宅でバーが開けるほど酒を揃えている超酒豪である。
「マタドールって、ウォッカにパイナップルジュースを混ぜたカクテルでしたっけ。ノンアルコールだとただのパイナップルジュースなのでは……?」
「いや、ライムも入っとるな。なかなか美味いで」
言って、一馬は気取った仕草でグラスを傾ける。
超一流の料理人だけあって、味覚は確かだ。
「美味しそうですわね。一口味見させてくださいまし」
「お前のその距離感なんなんや!? ──おいコオロギ! 事務の姉ちゃんに言うてこいつにマタドールもらって来てくれや!」
一馬はグラスを歩夢から遠ざけ、絶対死守の姿勢を示しながら、一番弟子に頼む。
ちょうど対戦で敗けたところだったコオロギは、「仕方ないなあ」という顔で上の階に向かった。
「まったく、明日は永田のおっちゃんとこ行かんとあかんちゅうのに」
「お忙しい中、お祝いにつき合っていただいて感謝ですわ」
嘆息する一馬に、歩夢は笑顔で返す。
酔っているため、微妙に目元が緩んでいるのは、ともかく。
「そういや歩夢の姉ちゃん。クッキングフェスティバルは終わったけど、次の目標とかあるんか?」
「美味しい料理をたらふく食いてえですわね!」
「それ目標やなくて欲望や!」
一馬に突っ込まれて、歩夢は「うーん」と考える。
エンジョイ・マイライフ。人生を楽しむという大目標はあるが、当面の目標を考えるなら。
「料理に関しては、これからも体当たりで無理やり関わっていこうと思いますが……まずはエンジョイ・ホースレーシング! これですわね! わたくしも、永田社長のナガタカズマオーみたいに愛馬を持ちたいですわ!」
「ちょいまて!? ナガタカズマオーてなんや!?」
一馬が困惑混じりの悲鳴を上げたのはともかく。
歩夢はソファから立ち上がって、天に向かいひとさし指を突き上げた。
TSお嬢様はミスター味っ子の料理を食べ尽くす!におつき合いいただき、ありがとうございます。
味っ子としてのエピソードは完結済みのため、味っ子色は薄くなりますが、ひとまず年末の有馬記念まで書ければと思っております。
不定期更新になりますが、よろしくお願いいたします。