TSお嬢様はミスター味っ子の料理を食べ尽くす!【完結】 作:寛喜堂秀介
北海道から帰ってきて、しばらく。
いつものように日の出食堂に行くと、夕方まだ早い時間にもかかわらず、人が多い。
クッキングフェスティバルからこちら、お店は連日大繁盛だが、この時間は常連客ばかりだ。
「皆さまご機嫌麗しゅう! わたくしが参りましたわ!」
元気に挨拶して。
歩夢はカウンター席に座って、ナスのミートスパゲティを注文する。
「陽ちゃん、お店忙しいみたいですわね!」
「味皇グランプリのときもそうだったから、一ヶ月もすれば客足も落ち着くと思ってたんだけど……ぜんっぜん落ちないね!」
「がっつりお客様を掴んだってことですわね! さすが陽ちゃんですわ!」
「ぜったい歩夢さんの影響だと思うんだよなあ……」
料理の手を止めないまま、陽一がつぶやく。
クッキングフェスティバルの話題性。
加えて、クッキングフェスティバル参加店は、イベントで出したメニューを1ヶ月間、お店で提供することになっている。
それもあって作られたガイドブックは飛ぶように売れ、とどめが歩夢のメジャーデビュー&大ヒットである。歩夢の催したイベントということで、新たにフェスティバルに興味を持つ人間が後をたたないのだ。
「そのせいか、芸能人っぽい人もけっこう来るんだよ」
「そういえば収録の時に、日の出食堂行ったよって声かけられたりしますわね」
歩夢は日の出食堂の壁を見る。
歩夢のサインしかなかったそこには、芸能人のサインが増えている。
毒舌グルメの【倉田道明】のサインを見たときには、歩夢も困惑したものだ。
味っ子では、陽一が一馬とともに、「うまい」と言わせるべくハンバーグ料理で挑戦した相手だ。
グルメ番組で共演したりするのだが、おたがい「舌はいいのになに食っても美味いしか言わない雑食娘」「素直に料理を楽しめないひねくれたおじ様」と角突き合わせる仲だ。
料理に対する哲学こそ合わないが、歩夢がポジティブかつ遠慮なしに突っ込むので、道明の嫌味なところがいい感じに中和されると、セット扱いされることも多い。
「雑食娘の行きつけの店なんざこれっぽっちも信用できんね!」
なんて言っておきながら、ちゃっかり来ていて、しかもサインまで残してるのは新手のツンデレか。
ちなみに、サインは男性芸能人のものしかないが、女性芸能人も店に来たりする。
扉開けた瞬間「失礼しました」って帰っちゃうことも多いが、見た目的には競馬場と変わらない客層の超男所帯なので、怖がられるのも仕方ない。
「あと、味頭巾さまと味吉軍さまの料理はどこで食えるんだってめちゃ聞かれましたわ」
「クッキングフェスティバル1位と2位だしなあ」
歩夢の言葉に、陽一はうなずく。
フェスティバル後、味皇は過労と心臓疾患の手術で入院。
一方味将軍は、味皇や室長との勝負のあとということもあって、食の研鑽に余念がない。
結局、ふたりと室長に許可を取って、同じレシピを使った料理を、歩夢が持ってるお店で、期間限定で提供することになった。
ちなみに調理担当は大念寺三郎太だ。
それ以外だと室長の許可が降りなかった。
室長の性格的に許してくれるだけ温情だけど。
大念寺自身を口説くのも難しいと思ったが、こちらは案外あっさりと引き受けてくれた。
味皇や味将軍の料理の再現はよい修行になるし、一ヶ月だけならと、条件付きだが快諾だった。
おかげで店は大繁盛。
結果として、もともとなんの料理店だったか行方不明になった。
一ヶ月の期間が終わって大念寺が去り、会社のみんなであのお店どうしようって頭を悩ました結果、堺一馬に預ける事になった。
店の方向性がますます行方不明になってしまうが、まあ一馬なら悪いことにはならないだろう。
「そういえば味皇のじいさん、退院したのは知ってるけど、元気にしてんのかな」
「退院後に、味皇ビルに行ってご挨拶に参りましたが、お元気そうでしたわよ」
9月に心臓を手術した味皇は、術後の経過もよく、すでに現場に復帰している。
本復するまではと、室長の厳命で仕事の量を減らされているが、いままで以上に元気そうで、執刀したマント医師には感謝しかない。
ついでに桜花から、同じマント医師の世話になっている鷹ノ宮翁の手術成功の知らせが届いたのだが……こちらは波乱の予感しかない。
退院は来月らしいけど、退院後は粛清とか始まるんだろうなあ、と歩夢は思う。
ともあれ。
フェスティバルから1ヶ月を過ぎ、味皇も退院できた。
延期になっていた、フェスティバル上位陣を集めた食事会を、はばかることなく開ける。
「陽ちゃん、例の食事会ですけれど──」
「あ、そういえば歩夢さん! いろいろ音楽番組にも出てるでしょ? 原田知世ちゃんとも顔合わせるよね! 知世ちゃんのサインもらえないかな!?」
「よ、陽ちゃん、目がマジですわ……」
歩夢の言葉を遮って、急に陽一がカウンター越しに迫ってきた。
必死さにちょっと引いていると、「馬鹿言ってないで仕事しなさい」と、母の法子が息子にチョップを落とした。
◆
フェスティバル上位陣を集めた食事会は、飛鳥良吉の屋敷で行われる。
といっても、スケジュールを延期した影響で、中江兵太と劉虎峰、ムスタキ氏は参加できない。
味将軍には普通に断られたし、味皇の参加は室長のストップがかかっているので、参加メンバーは5人だ。
すなわち。
ミスター味っ子、味吉陽一。
カレーの天才、堺一馬。
味皇料理会フランス料理主任、下仲基之。
出張料理人、久島建男。
伝説の寿司職人、大念寺三郎太。
せっかくなので、延期で出来た時間を使って、フェスティバルとは別の料理を考えてもらおうという話になった。
各々コース料理の1品……すなわち前菜、スープ、魚料理、メイン、デザートを担当する。これは飛鳥良吉の発案だ。
西京極が「材料費無制限で!」と言い出して、まあ無制限とはいかないけど、報酬込みでかなりの準備金を先渡ししている。
そして10月23日(日)。
飛鳥良吉の屋敷に集まったのは、料理人の5人。
加えて、フェスティバル主催者──安生歩夢、飛鳥良吉、永田社長、西京極、それに、執事の毛利、メイドの仲居さんと横尾さんの7人を加えた、12名。
「皆さま、ようこそお集まりくださいました! 過日無事幕を閉じましたクッキングフェスティバル! 皆さまには参加者として、また主催、運営として、ともにイベントを大成功に導いていただきました!」
場所は屋敷の会食堂。居並ぶは主催者と料理人たち。
歩夢は乾杯用のオレンジジュースを手に、皆を見回し挨拶する。
未成年メンバーは歩夢同様オレンジジュース。他の大人たちはシャンパンを開けている。
「──あらためて、この場で感謝を申し上げるとともに、料理人の皆さまによるフルコース合作をともに味わいましょう! ということで──乾杯っ! ですわ!」
「乾杯!」
皆で唱和して。
メイドの仲居さんと横尾さんが、料理を運んでくる。
料理人たちも含めて全員で食べる都合上、テーブルにはいちどに全てのメニューが並べられた。
前菜の担当は下仲シェフ。
料理は海老とホタテのムース仕立て。
ペースト状にした海老とホタテに生クリームを加え、見た目にも美しいムースに仕立て、蒸したときに出る出汁のクリームソースを掛け回している。
スープの担当は堺一馬。
料理は秋野菜のカレースープ。
薬膳カリィを祖とするスープカレー。軍鶏を具材として極限まで研ぎ澄まされたスパイス配合の芸術品には、素揚げにした秋野菜が加えられている。
魚料理の担当は、大念寺三郎太。
料理はトラフグのフリット。
トラフグの身を中骨ごとぶつ切りにして下味をつけ、唐揚げにしたものだ。
大念寺の本領たる寿司の技法を使っていないのは、コースで直前に出される料理──スープカレーとの相性を考えて、淡白な味付けを避けたためだ。
そしてメインの肉料理担当は味吉陽一。
料理は陽一式の塩固め焼き。
下味をつけた鴨油に漬け込んで低温で熱する──コンフィにした丸鶏に香草を詰め、塩釜焼きにしたもの。
ミスター味っ子において、陽一が久島建夫とのコース料理勝負のときに、メインの料理として出したメニューの改良版だ。
大トリとなるデザートの担当は、久島建夫。
料理は、ヌガーを器とした各種果物のゼリー寄せ。
飾り切りにされたスイカやパイン、メロン。歯ごたえを演出する細切りのレンコン。シロップで固められたイチゴが、砂糖にアーモンドを加えたヌガーで作られた芸術的な器に収められている。
これもコース料理勝負のときに、久島建夫がデザートとして出し、飛鳥良吉が5点満点評価を飛び越えた6点をつけた料理だ。
テーブルについたみんながみんな、歓声を挙げ料理に舌鼓を打つ。
料理人のみなは、最高のライバルたちの料理と工夫に、闘志を燃やしながら。
美食家たちは、当代一流の料理人たちの最高の仕事に、惜しみない賞賛を送りながら。
毛利やメイドたちも、美味の洪水に、あるいは言葉を失い、あるいは目をきらっきらに輝かせ、あるいは歓声をあげる。
そして歩夢は、痺れるような幸福感とともに、料理を堪能して歓喜の声を上げる。
「うっめーですわ! うっめーですわ! これぞわたくしの人生のフルコースですわ!」
人生のフルコースとは、トリコに出てくる、未開の味を探し求める美食屋が人生の目標とするメニューのことである。
おい、マガジンの話しろよ。というのはさておき。
楽しくも最高の食事会は、陽一や一馬、歩夢が騒ぐ中、温かな雰囲気の中で終わった。
帰り道、仲居さんが「久島さんにお部屋のコーディネイトの話を聞けて楽しかったです!」と喜んでいた。
それだけでいいんだろうか、と、将来ふたりがくっつくことを知ってる歩夢は思うが、仲居さんの軸足はどこまでも歩夢のほうにあるようだ。
ちょっと不安になってきたけど、まあなるようになるよね、と考えながら。
歩夢は下町組が乗るロングリムジンで、なぜか歩夢を挟んで言い合う陽一と一馬に、不思議な安心感を覚えていた。
◆
食事会が終わり、また多忙な日々が続く。
そんな中、10月24日のオリコンで、剣の舞がランキング1位となり、歩夢の「夢を乗せて。」はついに首位を譲った。
といってもまだ2位だし、メディア露出と話題の多さで、まだまだ勢いに衰えは見られない。というか鼻歌ソング待望論がどこ行っても出てくる。
一応すでにリリースは決まってる。
レーベル、作曲家その他関係者みんな「これイケる!」と掛かり気味で、全世界リリースを目指してる。
まあこれに関しては、歩夢は乗っかるだけだ。面白いことになってるなあって感じで、状況を俯瞰して楽しんでたりする。
そんなこんなで迎えた10月30日。
この日行われる秋の天皇賞の話題は、2頭の芦毛に独占されていた。
一方は芦毛の怪物オグリキャップ。
毎日王冠に勝って、牝馬三冠の名牝メジロラモーヌに並ぶ中央競馬記録タイの重賞6連勝。
前人未到の重賞7連勝と、G1初勝利、実に51年ぶりとなる4歳馬*1による天皇賞制覇を目指す。
もう一方は、白い稲妻タマモクロス。
春の天皇賞、宝塚記念。ふたつのG1を含む7連勝の、古馬の頂点。
勝てばライバルに肩を並べる重賞6連勝。そして史上初となる天皇賞春秋連覇を目指す。
どちらも「走らない」と言われた芦毛。
そして長らく東高西低であった競馬の世界で、関西馬*2。
この世紀の対決については、各所で激論が交わされた。
競馬新聞や競馬番組ばかりではない。一般向けの放送でも、専門家を呼んでこの対決について語られる。
騎手のなかでの評価は五分。
競馬記者のなかでの評価は、オグリやや優勢。
一般からの評価──というより人気は、圧倒的にオグリ。
これは、歩夢の知る未来より早く到来したオグリブームの影響かもしれない。
あちこちで議論が交わされるなか、歩夢も放送中意見を求められた。
歩夢は結果を知っているが、まさか全国にぶっちゃけるわけにもいかない。
なにせ競馬で史上最高額の配当金を記録したり、全レース的中とかやった女だ。実質慶次郎である。競馬の神様である。オッズが冗談みたいに動きかねない。なので。
「芦毛の馬が勝ちますわ」
とお茶を濁したら、「そりゃ当たり前やろがい!」と突っ込まれた。
レースは水物なので、そこまで確実性があるわけじゃないんだけど……それくらい誰もが、この2頭のどちらかが勝つと信じていたのだ。
ともあれ、レース当日。
オッズは1.9倍でオグリキャップが1番人気。
2番人気のタマモクロスが2.8倍で、歩夢の持つデータより差が開いている。
ひょっとして、昨年の有馬記念の時のように、なにか差が生じるかもしれない。
そんな事を考えながら、歩夢は馬主席でオグリキャップがゲート入りする様子を見て……レースが始まった。
レースを引っ張るのは大逃げを打ったレジェンドテイオー。
オグリキャップは中段やや後方。タマモクロスは後方に控えてからの直線勝負を本領としていたはずだが、なんと先行して2番手につけた。
両芦毛馬は、じわじわと追い上げていく。
4コーナーを曲がり、直線に入ったとき、先頭のレジェンドテイオーとタマモクロスの差は約1馬身。
各馬ラストスパートに入る。
逃げるレジェンドテイオーをタマモクロスが猛追する。
残り200m。
タマモクロスが先頭に立った。
オグリキャップが粘るレジェンドテイオーを抜き先頭に追いすがる。
自慢の末脚が遺憾なく発揮され、先頭との距離をじりじりと詰めていく。
が、残り1馬身、いや半馬身が縮まらない。
縮まらない。縮まらないまま、2頭は等しい快速で──ゴール板を駆け抜けた。
息を呑む熱戦。
その中で、タマモクロスは古馬の頂点に恥じぬ実力を示した。
負けたオグリキャップも強かった。
芦毛対決。圧倒的2強。そんな前評判を裏切ることなく2着に入った。
オグリキャップの敗北を惜しみながら、タマモクロスに向けて万雷の拍手と声援が降り注ぐ。
「──まずはタマモクロス様。おめでとうございますわ」
祝福しながらも、歩夢は知っている。
秋の天皇賞、ジャパンカップ、有馬記念。
これは芦毛対決──オグリキャップとともに競馬史に名を残す伝説の戦いの、序章にすぎないと。
伝説に、リアルタイムで立ち会えるよろこびに打ち震えながら。
歩夢は眼下のオグリキャップに語りかける。
「オグリキャップ様。タマモクロス様は素晴らしい方ですわ。どうか対決を──楽しんでくださいまし」
好敵手がいる。
実力等しく、全霊を尽くして挑まねばならない相手が。
その素晴らしさを。歩夢は陽一とそのライバルたちを通して、心の底から理解していた。