TSお嬢様はミスター味っ子の料理を食べ尽くす!【完結】   作:寛喜堂秀介

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【ジョン・パーカー】は不機嫌だった。

 原因は、父親から出ろと命じられた、とあるパーティだ。

 

 パーティに出るのはいい。

 交友関係が広がるのは良い事だし、人付き合いも嫌いじゃない。

 まだ20代半ば。若輩の自分が敬愛する父の役に立てるなら、望むところですらある。

 

 だが、相手が日本人となると。

 ジョンは、複雑な感情を抱かざるを得ない。

 

 東洋人に対する差別意識がないわけではない。

 とはいえ、ジョンは東洋人を意識的に差別したことはなく、移民にも好意的な方だ。

 だから彼が日本人に対して抱く複雑な感情とは、差別意識以外の要因によるものだ。

 

 ジョン・パーカーが身を置く鉄鋼業界は、現在日本の後塵を拝している。

 技術開発のサイクルが噛み合わず、人件費の高騰と重なって競争力を失い、屈辱的なことに保護貿易によって守られているのだ。

 

 幼い頃から、彼は見てきた。

 次々と破綻していく鉄鋼会社。

 長期のストと、無限に続く労使交渉。

 家庭では理想的な父親を演じながら、ジョンの父は日々苦悩を募らせていた。

 

 そんな父の姿を知った日、誓ったのだ。

 父を助け日本に、西ドイツに負けない強い鉄鋼会社に育てようと。

 

 それから10年以上。

 日本は近年、ものすごい勢いで祖国アメリカを買収し始めている。まるで侵略者のように。

 特に今回のパーティのホスト*1は、名義こそ若い日本人投資家だが、そんな日本商社の紐付きなのだ。寛容であることに苦労するのも仕方ない。

 

 鬱々としたものを抱えながら、ジョンはパーティに参加した。

 ホストの日本人投資家、財前貴彦は、ジョンと同年代──20代半ばらしいが、2、3歳は若く見える。長身でハンサムな男だ。

 艶のある黒髪を後ろに撫でつけ、仕立てのいいブランドスーツにコントラスカラーのシャツ。ネクタイや小物に至るまで、いかにもゴードン・ゲッコー*2に憧れてますというファッション。

 

 これに関しては、ジョンの同年代の仲間たちもみんな真似してるので、文句も言えないが、ファッションよろしく堂々としながらも、英語が不完全なのは妙にイラッとくる。

 いや、おどおどと不明瞭に話されたり、英語は通訳に任せて自国語でひとり気持ちよくしゃべり倒すような連中に比べたら、よほど好意が持てるのだが。

 

 いちおう通訳も居て、要所要所でサポートしてはいるが、別のゲストと釣り談義に興じているのはどうかと思うし、パートナーを務めている日本商社のオーナーの孫娘が、これまた若く、おまけに美人なのも鼻につく。いや最後のは僻みだが。

 

 ホストへの挨拶を簡単に済ませて、ジョンはパーティを楽しむことにする。

 会場に響く日本人奏者による生演奏は心地よく、飲食も、日本の色が強いものの、生魚や匂いがキツいものを避けており、ゲストへの心配りが行き届いている。

 

 

 ──心憎いというべきか、憎たらしいと言うべきか。

 

 

 そう考えかけて、いやこれはフェアな考えではないとジョンは首を振る。

 自国への誇りもゲストへの配慮も、素晴らしいものだ。

 

 

 ──もっとも素晴らしいのが、このチキンだ。

 

 

 聞くところによると、陽一&一雄式照り焼き風タンドリーチキンという名前だという。

 タンドリーチキンと言うからには、インド料理に用いられるタンドール窯──輻射熱を利用して焼く縦長の壺型オーブンを使っているのだろう。

 

 一見すればカットされたローストチキン。

 皮部分はソースによってか独特の照りが効いており、それが外見における唯一の差か。

 

 

 ──だが、その味わいは……

 

 

 ジョンはローストチキンにかぶりつく。

 

 瞬間、肉汁が、口の中に溢れ出た。

 スパイスを溶かしたヨーグルトに漬け込んで置いたのだろうか。

 極上の鶏肉は柔らかく、溢れる肉汁にえもいえぬ香気が折り重なり──それがソースと絡まり、口内を蹂躙する快感たるや!

 

 

「き、君──ミスター・ザイゼン! この素晴らしい料理について、くわしく教えてはくれないだろうか!」

 

 

 あわててホストの財前貴彦に尋ねる。

 東洋人の伊達男は、慌てず騒がしく、気取った仕草で料理人を呼び寄せた。

 

 ひとりはコックコートを着た、貴彦と同年代らしい日本の青年。

 さらに10代前半と思しき子供が2人。ひとりは自信に瞳を輝かせる日本人の少年で、もうひとりは金髪碧眼の少年だ。

 

 金髪の少年に、ジョンは見覚えがあった。

 

 

「なんだ。ビルの兄貴のとこのジェフ坊やじゃないか」

 

 

 セントラルパークでホットドッグスタンドを営む兄貴分の息子だ。

 少年の頃、父の苦悩を知ったあの日、居ても立っても居られず、さりとて自分がどうすればいいかわからなかったジョンは、当時から屋台をやっていた彼の父に力づけてもらったのだ。

 

 

「俺にも最近ガキが生まれたんだがよ。そいつが坊やくらいの年になって、店が傾いてたとしたら、やっぱ隠してたいと思うぜ。親父ってやつは、ガキにはパワフルで、タフで、なんでもできるスーパーマンだって思われてえもんだからな」

 

 

 売り物のホットドッグを黙って差し出しながら、男は語った。

 

 

「──だから、坊やはダディの横で笑ってやりな。それだけで無限に勇気が湧いてくるのが父親ってやつだ……ま、仕事を手伝ってくれるっつーんなら、それはそれでありがてえけどな」

 

 

 そのときのホットドッグの味を、ジョンは生涯忘れないだろう。

 以来、なにかにつけてビルの屋台にホットドッグを食べに行ったものだ。

 その時、屋台に来ていたジェフ坊やとは、なんどか顔を合わせたことがあるのだ。

 

 ジェフ坊やがなぜこんな場所に居るか。

 経緯を聞いてジョンは驚いた。

 

 ビル兄貴が交通事故で入院していること。

 その間、ジェフ坊やが屋台を切り盛りしていたこと。

 父のように店を繁盛させられず、悩んでいたところに、日本の少年──ミスター味っ子、味吉陽一が協力を申し出てくれたこと。

 そして、今回のパーティのメニューを工夫する際、今度はジェフ坊やが手伝って、この素晴らしい料理が生まれたこと。

 

 

「素晴らしい、ヨーイチ君。君の行いに、最大限の敬意を表させてくれ」

 

「オレがやりたいと思っただけさ! それにジェフには助けてもらってるしね!」

 

 

 十分ではないがしっかり伝わる英語で、少年料理人は力強く答えた。

 

 それから、ジェフ坊やに父の入院先を尋ねて。

 少年ふたりが笑って語り合う姿を見ながら……ジョンは、青年料理人に向き直る。彼には、別のことを尋ねなくてはならない。

 

 

「シェフ・マフネ。一流の料理人である君から見たミスター・ザイゼンの評価を聞きたいが、いいかね」

 

「最も信頼できる友人です」

 

 

 質問の意味を脳内でなぞるように、宙を見やってから、真船一雄は答え……返答がズレていると気づいて、片言の英語で言い直した。

 

 

「──失敗しても立ち上がれる人間です」

 

 

 それは、この国ではもっとも大事なことのひとつだ。

 あきらめた人間が成功者となることは、決してないのだから。*3

 

 

 ──シェフ・マフネは信用できる。

 

 

 そのことを、ジョンは再認識した。

 そして彼が信用するという一点において、自分は貴彦を信用してもいいのかもしれない、とも。

 

 ともあれ、顔見せは終わった。

 日本人に対する隔意は、すくなくともこの場にいる者たちには、今後抱くことはないだろう。

 父の思惑はわからないが、ともあれいい報告は出来そうだと、心の荷を下ろした、ちょうどその時。

 

 

「それではパーティのスペシャルゲスト、我がパートナー鷹ノ宮桜花の親友を紹介させてもらおうか! このニューヨークで世界一好き勝手やってる女、安生歩夢だ!」

 

 

 その日、ジョン・パーカーは運命に出会った。

 

 

 

 

 

 

 パーティが終わり、仲間内だけで成功祝いをやって、後日。

 馬主つながりで会うことになっていた社長夫婦の息子が、貴彦のパーティで会った鉄鋼業界の未来の大立物、味っ子の続編に登場するジョン・パーカー氏だったのはさておき。

「ファンです! 熱狂的なAA信者です!」と熱心にサインを求めるパーカー氏に、ご両親が頭を抱えたりしていたのもさておき。

 

 12月11日。

 すべての予定を終え、帰国の日が訪れる。

 貴彦も、歩夢の縁ですでに仲裁が入って、ほとぼりを冷ます必要はなくなっているものの、アメリカでの地盤づくりにはまだ時間がかかる。

 とはいえ、正月には帰るらしく、その時にまた会う約束をして、歩夢は貴彦たちと別れ、日本行きのジャンボジェットに乗った。

 

 気流の関係で、帰国のほうが2時間ほど余計に時間がかかる。

 みんなで雑談したり、アメリカでの思い出語りをしたり、睡眠をとったりしながら、日付変更線をまたいで、到着したのは13日の夕方だった。

 

 帰国の手続きを終え、ゲートを出ると。

 ……なんかものすごいことになっていた。

 

 随行していたカメラマンたちに撮られるのはいい。

 先に帰っていたテレビクルーが待ち構えているのもいい。

 

 でも桁が違う。

 雪崩を打つ直前の人垣。

 キー局ローカル局問わず全部集めました、みたいな数のテレビカメラ。

 それ以上に大量の、カメラを構えた連中の後ろでは、「歩夢ちゃんおかえり!」や「世界の歌姫歩夢ちゃん!」「全米40位おめでとう!」などといった横断幕が掲げられ、ひと目見に来た観衆の手には、誰かが配って回ったのか、もれなく真っ白な手旗。

 

 超満員の野球場かドームライブみたいな、地響きめいた歓声が上がる。

 アメリカだとマジで暴動の危険がマッハなくらいの、とんでもない熱狂の渦がそこにあった。

 

 

「みなさま! ただいま帰りました! 安生歩夢ですわ!」

 

 

 コメントを求められ、実際なにか言わないと収まりそうになかったので、歩夢は空港中に響く澄んだ声でみなに挨拶と感謝を伝えて。それから後日会場を設けての取材を約束して、帰途についた。

 

 アメリカでの土産話を聞いた一馬がものすごい勢いで拗ねた。

 

 

 

 

 

 この日の発表で、歩夢の「ハミング」はアメリカで成功の目安とされる全米チャート40位に乗った。

 

 日本では9年ぶり3人目の快挙だ。

 即座に特番が組まれて、歩夢は引っ張りだこになった。

 国内でも、オリコンチャート3週連続1位を記録し、他国でも好調。

 歩夢としては、「夢を乗せて。」に続いてまた大変なことになったなあ、くらいに構えていたが、前回とはあきらかに空気が違う。

 

 なんかアイドルに対するってより、オリンピック選手に対する応援みたいなノリが増えた。

 あと音楽番組で共演する歌手からの見る目も変わったし、CM、広告オファーが洒落にならないくらい殺到して、出演料が爆上がりした。

 

 テレビ局が数字を持ってる人間に弱いのはいつもどおりだ。

 元から仲のいいディレクターとかプロデューサーはあんま変わってないけど。

 

 味皇料理会は本気で通常営業で、味皇こそ「おめでとう」と祝福してくれるも、下仲シェフはあんまり興味ない感じだし、丸井シェフに至っては歩夢の歌が全米チャートにランクインしたことすら知らなかった。

 まあ陽一の代わりに日の出食堂を切り盛りしていたからだけど。

 

 ともあれ、日本に帰っても歩夢の多忙は変わらない。

 どれくらい多忙かっていうと、調整役の毛利が、人を増やしてスケジュール管理の負担が半減しているにも関わらず、パンクしそうなくらい。

 仕事を詰め込んでるわけじゃないので、歩夢自身は単純に忙しいだけだけど。

 

 

「美浦で調整してらっしゃるオグリキャップ様とタマモクロス様を見に行きたかったんですけれど……」

 

 

 競馬関係の出演オファーも入ってるけど、さすがに美浦トレセンへの取材に行く暇はなかった。

 中山競馬場への移動が15日だから、物理的に。美浦の場長に懇願されて、後日取材に行くことになったのは、さておき。

 

 翌週「ハミング」が全米チャート26位を記録し、期待が高まる中で。

 12月25日、オグリキャップとタマモクロスの芦毛対決3戦目──有馬記念がついに始まる。

 

*1
主催

*2
映画「ウォール街(1987年公開)」登場する冷酷かつ貪欲な投資家。そこに痺れる憧れる。

*3
なお弱り目に祟り目×10くらい喰らった歩夢が知る未来だとさすがに復帰まで8年くらいかかった。

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