TSお嬢様はミスター味っ子の料理を食べ尽くす!【完結】 作:寛喜堂秀介
「──クリスマス緊急特番! 第33回有馬記念! 芦毛対決最終戦! ですわっ!」
1988年12月24日。
クリスマスイブの午後9時。
サンタクロースのコスプレをした歩夢は、カメラの前でポーズを取る。
ふわっふわのファンシーな装いで誤魔化されてるけど、がっつりミニスカで、青少年の教育によろしくない。
そんな歩夢の両脇にはタマモクロスとオグリキャップの等身大パネルがあって、オグタマに挟まっている状態だ。
「テレビの前の皆さま、メリークリスマスですわ! 司会の安生歩夢でございます! 街中にクリスマスソングが流れる聖夜、皆さまいかがお過ごしでしょうか!」
やめてくれカカシ、その術はオレに効く。
みたいな反応を、スタッフたちがしているのはさておき。
「アイラブ競馬! エンジョイ競馬! ということで、ついに明日に控えました芦毛対決3戦目有馬記念! タマモクロス様はこのレースでの引退が決まっておりますので、泣いても笑っても最後、最終戦になりますわ! というわけで、皆さまにもこのワクワクをおすそ分けしちゃいましょう! って趣旨で、当番組はお送りいたしますわ!」
ちなみに、歩夢の持ち込み企画である。
企画した当時は、海外での結果が出る以前だったので、当初の意図に反して、世界的な歌姫がなぜか競馬の特集をやる、みたいな構図になってしまったのは仕方ない。
「まずは、わたくしの両脇にいらっしゃるおふた方! タマモクロス様と、オグリキャップ様について、紹介させていただきますわ!」
「──おいおい雑食娘、オレを無視して始めんじゃないよ!」
テンション全開な歩夢に、制止の声がかかる。
スタジオの舞台袖から出てきたのは、口ひげ半白髪の、スーツ姿の中年──毒舌グルメタレント、倉田道明だ。
「ようみんな、聖夜にこんな番組見るなんて暇なこったな! もう一人の司会、倉田道明だ。今回は料理絡みじゃないから、オレのほうがストッパー役だな!」
「出やがりましたわね倉田さま! でも本日は料理は関係なし! ノーサイドということで、わたくしが教える立場で司会させていただきますわ!」
「おいおい雑食娘、大人を舐めちゃいかんよ。オレだって伊達に年食っちゃあいない。飲む打つ買うは男の嗜みだぜ!」
「まあ! でしたら倉田さまも、競馬をよくご存知なのですわね! 素晴らしいですわ!」
「おうとも! シンザンやカブトシロー*1の頃から競馬やってるベテランで、その縁でサブちゃんとも仲がいいんだぜ!」
倉田道明は自慢気に胸を反らす。
歩夢よりはあった、というのはさておき。
思わぬ名前を聞いて、歩夢は驚き声を上げた。
「あの演歌の大御所の!?」
「ああ。サブちゃんはそれこそシンザンの頃には馬主やってたって大ベテランだからな! 競馬界の話も、いろいろ聞いてるんだよこれが」
「正直めっちゃうらやましいですわ! ……あれ? これゲストはサブちゃんさまのほうがよかったのでは……?」
「お宅みたいな小娘が相手にされるわけ……ない、ともいいきれねえんだよなあ。今度紅白で共演するんだろ? ほんと、雑食娘も予想外の方向に出世したもんだ」
倉田道明は否定しかけて、訂正した。
畑違いなうえに、歩夢は歌手としてはペーペーではあるのだが……
なにせ活躍が規格外すぎるし、なにより競馬ブームを牽引する中心人物だ。番組に出てくれるかはさておき、門前払いはされないだろう。
「サブちゃんさまに来ていただけるなら、アメリカで歌った甲斐がありましたわね!」
「ま、どのみちいま言っても間に合わんだろうよ。今日のところはオレで我慢しなよ」
「とんでもない! お忙しいところ出ていただいて、倉田さまには感謝ですわ──と、話が横道に逸れちゃいましたわね! 気を取り直して……芦毛対決最終戦ということで、まずはこちら、パネルにもなっておりますおふたりについて、解説させていただきますわ!」
「つっても知らねえ競馬ファンはモグリだけどな!」
「より多くの方に知ってもらおうって番組だからいいんですわ! それではまず、こちらを見ていただきましょう!」
歩夢が声を掛けると、背後の巨大モニターに映像が現れる。
タマモクロスとオグリキャップの、生い立ちから、これまでのレース。今年に入ってからの破格の活躍と、2度の直接対決。
「いやジャパンカップはすごかったな。タマモクロスもよかったが、ペイザバトラーの騎手がとにかく上手かった印象だ」
「一歩及ばなかったものの、オグリキャップ様の最後の伸びも見逃せませんわね! あれから一ヶ月! オグリキャップ様のさらなる成長に期待が持てますわ!」
司会のふたりはそう結んで。
映像が切り替わる。
ミニコーナーのタイトルとともに、紹介されたのは、歩夢とオグリキャップとの出会いや、栗東トレセンでのやり取り。
「おいおい雑食娘、こりゃどうなってんだ? どだいサラブレッドなんてのは気性が荒いもんだろ? なんでこんなに懐かれてんだ?」
「オグリ様は賢いお方ですし、きっとわたくしがオグリ様の大ファンだってことをご存知なのですわ! ファンサ最高ですわ!」
陶然と語ってる歩夢を尻目に、画像は歩夢を見てはしゃぎ回ってる幼駒──歩夢の所有馬タダオの姿が映ってて、倉田道明が困惑しまくってるのはさておき。
歩夢が暴走気味なところを倉田が抑えて、本筋に引き戻す。
「こほん……さて、おふたりのこれまでの活躍を見ていただいたところで、今回の勝負の舞台、有馬記念について説明いたしましょう!」
気を取り直して、歩夢は宣言する。
ミニスカなのに、お構いなしに変なポーズをとったせいで、ギリギリな見え方をしているが、ともかく。
「有馬記念は年末の大一番と言われるグランプリレース! 人気投票で出走馬が決められる、まさに競馬ファンにとって夢のレースですわね!」
「年末最後の勝負ってことで大きく張るやつも多くてなあ! レースが終わって、泣きの12レース*2すら落としてオケラ*3になったおっさんどもが、空を仰いで呆然と立ち尽くす光景を見てると、いやぁ、ワインのひとつも空けたくなるね!」
「励ましのためにワインを奢って差し上げるんですのね! 素敵だと思いますわ!」
「いやまあ、たしかに奢る価値くらいありそうな観ものだけどな……ともあれだ。有馬記念のファン投票の方を見てみようか!」
歩夢の好意的すぎる解釈で微妙に毒気を抜かれた倉田道明が合図を送ると、モニターにファン投票の結果が表示される。
ずらりと並ぶ今年の活躍馬。
その中にあって、圧倒的な得票数を誇るのは、もちろんオグリキャップとタマモクロスだ。
歩夢の知る未来では、この年のファン投票1位はタマモクロスだったが、こちらの結果はオグリキャップが僅差で1位となっている。
一足早く訪れた競馬ブームの主役として票が集まり、結果1万票差が覆った格好だ。
「ご覧の通り注目の的は芦毛対決のご両名……ではありますが、出走馬の皆さまは、まさに多士済々! どなたが勝っても不思議ではありませんわ!」
「二頭以外だと、オレはサッカーボーイに注目したいね」
「“弾丸シュート”と謳われる圧倒的な末脚を誇る、本年クラシック世代の西の王者ですわね! 怪我に泣いてクラシックの冠こそ逃しましたが、11月に古馬混合のG1レース、マイルチャンピオンシップに勝利しており、その実力は折り紙付きですわ!」
「そうそう。テンポイントの再来なんて呼ばれてるんだけど、雑食娘は知ってるかな?」
倉田道明がこんな言い方をしたのは、テンポイントが10年も前の名馬で、歩夢もさすがに知らないだろうと思ってのことだったが。
その名前を聞いて、歩夢は食い気味に反応した。
「流星の貴公子テンポイント様! 花の47年組と並ぶ最強世代、TTG世代の“T”! 天馬トウショウボーイ様、緑の刺客グリーングラス様と先頭を争い続け、そして散った悲劇の貴公子ですわね!」
「……料理もそうだけど、お宅よく勉強してるねえ」
「好きですから! どうしても調べちゃうんですわ!」
歩夢は胸を張った。
もこもこのファーに隠れて、凹凸はわからなかった。
ちなみに、調べたきっかけは、アニメのウマ娘1期の主役たちの世代が、「最強世代」と呼ばれているのを見てのことである。
「わたくしのほうでも注目したい方を挙げさせていただきますわ! 若き天才の乗る、今年の菊花賞馬スーパークリーク様と……昨年のクラシック2冠馬、サクラスターオー様ですわ!」
歩夢は、本来出走するはずのなかった馬の名を挙げる。
サクラスターオーは本来、テンポイント同様、レース中に予後不良を宣告される重傷を負う。
その後懸命の治療を受けながら、長い闘病生活の末にこの世を去った悲劇の名馬だ。
その運命を、歩夢は変えた。
結果、かの馬は生き延び、1年近い治療生活とリハビリの末、この有馬記念で復帰を果たしたのだ。
すでにこのレースが引退レースとなることが公表されている。タマモクロス同様、年明けに引退式を行う段取りだ。
歩夢と倉田道明。
両名の注目馬が、映像で解説される。
そこに映るサクラスターオーの活躍に、感慨を抱きながら。
歩夢は心からの思いを、紡ぎ出す。
「サクラスターオー様には、ぜひとも中山のコースを、力強く駆け抜けていただきたいですわね!」
「ちなみに、雑食娘としちゃあレース結果はどう予想してる?」
「正直わかりませんわ! こんなの初めてですわ!」
質問に、歩夢は掛け値なしの本音を口にする。
未来を知る歩夢にとっても、未知の展開になるであろうレース。
「そしてだからこそ──最っ高にワクワクしておりますわ!」
◆
1988年12月25日。
有馬記念当日、中山競馬場は、記録的な超満員となっていた。
競馬ブームの盛り上がりに加えて、話題の安生歩夢がめいっぱい宣伝したせいで、競馬にまったく縁のない一般人まで、中山に詰めかけてきたのだ。
そんな大混雑を尻目に、悠々と馬主席に向かった歩夢は。
なんかすごい勢いで、他の馬主の方々から祝福の雨を降らされた。
原因は、例によって歌。
国内外で売上を伸ばす「ハミング」だが、水曜の発表で全米チャート26位を記録し、一桁順位を狙えるかという情勢なのだ。
日本人で2人目。そういうレベルの成功を収めた歌手が、馬主仲間で、競馬界を盛り上げる旗手をつとめているのだ。そりゃ諸手を上げて祝福する。わしが育てたおじさんたちもご満悦である。
みなと挨拶を交わして、歩夢は観戦の席につく。
同席するのは一雄だ。永田社長たちもいっしょに来ていたのだが、他の馬主と話があるため、別の席に座っている。それがオグリキャップの馬主な気がするのは、ともかく。
「今回のレースは、特別ですわ」
「わかるよ。運命が変わった、その結果生まれた、歩夢ちゃんも知らないレースだ」
歩夢の言葉にうなずき、一雄は語る。
歩夢のスマホで読ませてもらって、シンデレラグレイにハマった一雄は、このレースの、本来の姿を知っている。
オグリキャップが、初めてタマモクロスと肩を並べ、そして上回った熱い熱い戦い。そこにサクラスターオーはいない。
「行方のわからないレースに賭ける。ドキドキしますわね。こんな気持、初めて馬券を買ったあのとき以来でしょうか」
「あの時は……これで負けても、同盟の連中との話のタネになるならまあいいか、くらいの気持ちだったな。それがどんどん的中していって、払い戻し額が膨れ上がっていって……すっげえワクワクした」
「たしかに、新鮮だったのもあって、めちゃワクワクしましたわよね! いま、あんな気分ですわ!」
馬券を握りしめながら、歩夢は熱っぽく語る。
歩夢が買ったのは、単勝でオグリキャップ、複勝でオグリ-タマモ、オグリ‐スターオーの馬券だ。
「ちなみに一雄さんは、どなたの馬券をお買いになりましたの?」
「オレは……サクラスターオーだね。一点買い……そんなに高額じゃないけど」
「おお、勝負に出ましたわね! ロマンですわ!」
「そうはいっても、シングレ通りの芦毛対決は見たいんだけどね……まあ、歩夢ちゃんの手で運命が変わった者同士、親近感が湧くっていうか」
一雄は微笑む。
言われてみればその通りで、歩夢も妙な感慨を覚えてしまう。
最初は一雄だった。
次は味吉陽一だろうか。
その次はおそらく貴彦で、続いて仲居さん、毛利。
そうして運命が変わり続けて、それでも世界は歩夢が知る未来と大差なく動き続けている。
だが、変わり続ける以上、いずれ決定的な革変が生じるだろう。
競馬界においては、このサクラスターオーのように。あるいは、タダオのように、となるかもしれない。
まだ見ぬ未来に思いを馳せながら、歩夢はレースが始まるのを待つ。
やがて、各馬ゲートに入って──有馬記念が、始まった。
◆
ゲートが開いて。
まず飛び出したのが巨漢の逃げ馬レジェンドテイオー。
先団に続き、オグリキャップは5、6番手。
スーパークリークがそれをマークする位置取り。
サクラスターオーは内を通ってスーパークリークに並ぶ形。
タマモクロスとサッカーボーイは出足が悪く、そのまま2頭で後方に位置どっている。
サッカーボーイはスタート時にゲートに頭をぶつけていて、鼻出血および前歯を折る負傷の中でレースを続行している。
スローペースのまま順位は動かず、一団は大歓声を受けながら直線スタンド前を通り、コーナーを回る。
オグリキャップは見事に折り合って、首の低い走りで中段を維持する。
一方タマモクロスは、行きたがっているのをなだめているのか、やや不自然に手綱が引かれている。
溜めて、溜めて。
3コーナーに入って、タマモクロスが前に出始めた。
サッカーボーイもこれに続くが、タマモクロスの足が早い。
4コーナーに入って、大外一気の勢いでぐんぐん伸びていく。
タマモクロスは、ついにオグリキャップに並んだ。
それが合図であるかのように、オグリキャップが伸びた。
最終直線、一団が大きく横に広がる中で、オグリキャップとタマモクロスが競うように前へ前へとぐんぐん伸びていく。
その、さらに内側。
サクラスターオーが最内からレジェンドテイオーを追い抜いて、先頭に躍り出る。
先頭サクラスターオー。
続くオグリキャップとの差はわずか1馬身。
オグリキャップの豪脚が、冬枯れの芝を蹴散らしながら、馬体をグイグイと前に運ぶ。
タマモクロスも負けない。オグリキャップとひとかたまりになって、サクラスターオーにじりじり迫り、そして抜き去った。
だが、サクラスターオーは終わらない。
長期のブランク。勝負勘も戻らぬまま、だが奇跡の名馬は勝利を諦めない。
先頭に立った二頭との距離。離されるばかりだったそれが、鞍上の鞭に応えて、どんどん縮まっていく。
サクラスターオーと、先頭を狙う2番手タマモクロスが並ぶ。
同世代で、ともに最強格。だが活躍した時期が違うため、本来会うことのなかった二頭は。おたがいの姿を認めて、たがいに負けじと競い合うにして伸びていく。
前に立つオグリキャップと一塊になって、3頭は駆ける。
続くはスーパークリークと強烈な末脚を見せるサッカーボーイ。
だが先頭には届かない。
最強のタマモクロスを抑えて。
サクラスターオーの奇跡すらねじ伏せて。
勝ったのは──芦毛の怪物オグリキャップ。
歓声が。
冬の中山に、爆発のような勢いで膨れ上がった。
◆
1着オグリキャップ。
クビ差で2着タマモクロス。
そして同着でサクラスターオー。
結果が、掲示板に表示されて。
歩夢は、思い出したように息を吐き出した。
「まさに息が詰まるような勝負でしたわ」
「本当に。すごい勝負だった。スターオーが1着になれなかったのは、ちょっと残念だけど」
一雄が、手に持つ馬券を見やってつぶやく。
その様子に、共感を覚えながら、歩夢は語る。
「それでも、スターオー様はタマモクロス様に並び、オグリキャップ様に肉薄いたしました。その勇姿を、オグリ様はきっと、忘れることはありませんわ」
だから、オグリキャップはきっと受け継ぐ。
タマモクロスの「最強」に加えて、サクラスターオーの「奇跡」を。
「そうか……なら、スターオーの最後の挑戦には、大きな意義があったと思えるね」
「本当に、すばらしい方でしたわ……ぜってー次代に繋いでやりますわ……」
一雄がしんみりしている横で、歩夢がぜんぜん関係ない決意を固めているのはともかく。
しばし、感傷にひたって。
こちらをガン見しているオグリに手を振っていると、ふいに一雄が声を上げた。
「歩夢ちゃん、ありがとう。歩夢ちゃんについて突っ走ったおかげで、オレ、こんなに楽しい毎日を送れてる」
「感謝するのはわたくしですわ。一雄さんのおかげで、わたくしこうして突っ走れてるのですから」
嘘ではない。
歩夢が培った縁は、ほとんど一雄に端を発している。
一雄無しで今と同じようなところまで来れるとは、歩夢にはとても思えない。
感謝しかない。
もはや信頼感は父親に対するそれに近いレベルだ。
恋愛感情がなくてよければ、結婚してもいいと思えるくらいだ。
人気が国民的なそれになりつつある現状、それも今すぐにというのは無理だけど。
──ほんとに、わたくしどこまで行っちゃうんでしょうか?
苦笑しながらも、歩夢は楽しくてたまらない。
自分の「楽しい」に、他人の「楽しい」が加わって、あらたな可能性が生まれる。その結果今がある。
だから歩夢は、歩み続ける。
さらに先へ。そのさらに先へ。
「これからもついていくよ。だから、どんどん突っ走って欲しい」
「もちろんですわ! エンジョイ・マイライフ! 人生を楽しみ切る所存ですわ!」
みんなと。
みんなで。
「TSお嬢様はミスター味っ子の料理を食べ尽くす!」におつき合いいただき、ありがとうございます!
予定通り有馬記念まで来たところで、区切りを打たせていただき、次回未来の掲示板回で今後の大まかな流れを書いていけたらと思います!