TSお嬢様はミスター味っ子の料理を食べ尽くす!【完結】   作:寛喜堂秀介

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08 人権ゲット・ワイルド!

 

 

 なんだか知らないけど、妙にやる気を出した一雄にひっぱられるようにして、歩夢は戸籍取得に向けて動き出した。

 

 翌週土曜の夕方。

 戸籍の件について信用できる弁護士を紹介したいという一雄の運転でやってきたのは、【料亭 むらた】。

 味っ子が、宴席料理勝負を繰り広げた、日本一の声もかかる一流料亭だ。

 

 座敷に案内されると、中にはスーツ姿の男性が二人、待っていた。

 一人は、50絡みの白髪の紳士。もう一人は二十歳(はたち)過ぎの、でっかい眼鏡をした若い男だ。親子だろうか。二人とも、どことなく顔立ちが似ている。

 

 

「紹介するよ。中学のときの同級生で弁護士志望の久保マモルと、そのお父さんで弁護士の久保寿郎(くぼとしろう)さん」

 

 

 一雄の紹介に、二人は頭を下げる。

 

 

「紹介いただきました、久保法律事務所所長の久保寿郎と申します。そちらの一雄君の父親とは親友でね。息子同士も親友ということで、今回お声がけいただきました」

 

「寿郎の息子でマモルと申します。一雄とは小中と同級生で、エロ本仲間です」

 

「安生歩夢ですわ。こちらこそよろし……えーと」

 

 

 歩夢は困惑して言葉を止める。

 息子さんがいまさらっととんでもないこと言ったような?

 

 

「っおおおおい!? マモルうっ!?」

 

 

 一雄がとんでもない勢いで座敷の隅に引っ張っていく。

 

 

「いきなりなに暴露してるんだてめえ!」

 

「黙れ裏切り者っ! 困っている友達の力になりたいんだとか言っておきながら……クッソ美人じゃねえか!」

 

「悪いかよ!?」

 

「悪くはない! 僕だってこんな美人が困ってたなら助ける! 助けたい! でもそれはそれとして、この件でお前が彼女から好感稼ぐのは許せないっ! 死ぬほど足引っ張ってやるわっ!」

 

「おまえっ! 友情とかないのかよ!」

 

「中2の時のアレとか中3の夏のアレとかを話さないことが友情だよっ!」

 

 

 会話がダダ漏れだ。

 どうしたものか、困っていると、ちょうど飲み物と前菜が運ばれてきたので、一雄とマモルは席に戻ることになった。

 舟形の皿に盛り付けられたのは、ますのせんべい揚げに、にしんの昆布巻き、つどい枝豆。料亭むらた定番の前菜だ。

 

 料理にものすごく惹かれながら、先に挨拶だと欲望を一旦棚上げする。断ち切ってはいない。

 

 

「あらためて、安生歩夢ですわ。この度はわたくしの窮状に関して、ご助力いただけると一雄さんから伺っております。よろしくお願いいたしますわ」

 

 

 同級生の喧嘩などなかったように、歩夢は仕切り直す。

 それから乾杯して、歩夢はいそいそと前菜に箸をつけた。

 

 

 ──柔らかっ! ニシンの旨味が昆布に染みてっ! うっめーですわ! 枝豆もっ! せんべい揚げもっ! さすがですわっ!

 

 

 さすがにこの場で叫ぶのは我慢したが、歩夢はあっというまに前菜を平らげてしまった。

 その勢いに、久保親子はビールを口につけたまま固まっていたが、歩夢は気にしない。何事もなく話を始める。

 

 

「お二方は、わたくしに関して、一雄さんからどのように?」

 

「無戸籍状態で困っておられる、というのと、それに関して非常に特殊な事情がある、ということを(うかが)っております。その事情に関しては、安生さんの口から説明いただけると」

 

 

 父親が返答する。

 一雄が大丈夫と見込んだ人なら、説明してくれてもよかったのだが……その配慮はありがたい。

 

 

「それでは……あらためて、自己紹介させていただきますわね。安生歩夢。2003年生まれの20歳。出身は兵庫県の芦屋ですわ」

 

 

 歩夢は自身をそう紹介する。

 さらっとサバを読んでいるが、仕方ない。

 正直いまの歩夢の外見で25歳だと主張するほうが無理があるのだ。主に肌質とか。

 ぶっちゃけ18歳くらいだと言ったほうが納得されそうだが、それだと馬券を買えないので、成人年齢は譲れない。

 

 ともあれ、未来の生まれだと主張する歩夢に、久保弁護士は難しい顔をする。

 

 

「それが、一雄くんの言う特殊な事情、というわけですな。失礼ながら、なにか証明するものはありますか?」

 

「では、こちらを。スマートフォンといいますわ。こうやって、動画を撮ることが出来ますわ。それから、音楽再生機能に、文章読み上げ機能」

 

 

 まあ、どう考えてもこの時代の技術で再現できない機能だ。

 うまぴょいうまぴょい歌うスマホに、久保親子は困惑していたようだが。

 

 

「ほかには、硬貨を見ていただければ。未来の製造年が入っておりますわ。あとは時計も、未来のモデルですわ」

 

「……なるほど。にわかには信じがたいですが……狂言にしては見せられたものが凄すぎる。なにより、親友の息子のたっての頼みだ。犯罪絡みでもないようですし、喜んで務めましょう」

 

 

 まあ、ふつう戸籍がないとか言われたらそっちを怪しむ。

 顔合わせの場を設けたのは、親友の息子が騙されてないか、心配したのもあったのだろう。

 

 

 ──この人、信頼できる方ですわ。

 

 

 確信して、歩夢は彼を頼ることにする。

 

 

「ありがとうございます。でも、わたくし、恥ずかしながらこのようなとき、どのような手続きを踏むのか、存じ上げませんの。よろしければご教授願えませんでしょうか?」

 

「家裁*1に就籍許可の審判を申し立てることになります。その際、無戸籍状態だと証明する必要があるのですが……未来の人間だと証明するとなると、非常に話題性のある案件となります。もしテレビや雑誌関係者の耳に入れば、大挙してやって来られると思いますが……」

 

「それは勘弁いただきたいですわね。それに、両親が結婚するとき、かなり揉めたと話に聞いたことがありますので……下手するとわたくしが産まれなくなっちゃいそうで怖いですわね」

 

 

 元の世界との関係がどうなっているのか分からないが、自分が産まれない未来を想像すると、やはり怖い。

 

 

「そうか、そのような問題が出るとなると、伏せたほうがよろしいでしょうな……いっそ記憶喪失ということにいたしましょうか。それはそれで、話題になりそうですが」

 

「そうですわね。なるべく実生活に支障が出ない方向性でまとめていただけたらと思いますわ」

 

 

 そんな感じで、相談しながら、懐石のコースに舌鼓を打って。

 最後には「うっめーですわ!」を漏らしてしまいながら、その日は和やかに時が過ぎた。

 その間一雄は、同級生に競馬について熱く語り、布教していた。オグリキャップはいいぞ。

 

 

 

 

 

 

 それから。

 就籍の手続きは、驚くほどスムーズに進んだ。

 久保弁護士の用意が周到だったのと、【小俵区議】が精力的に働きかけてくれて、役所も優先して案件を進めてくれたからだ。

 小俵区議といえば、味っ子で、豪雨災害で体育館に避難した時、区役所の職員に無茶を言っていたおじさんだ。あの人がなぜ、と思ったが、仕込んだのは久保弁護士。

 

 

「区議なんてのは、市民の困りごとを聞いて回ってなんぼだからね。それに小俵区議とは同級生で、彼の後援会でも役を務めているから、彼も断るに断れないんでしょうね」

 

 

 どう考えても後者が主な理由な気がするが、さておき。

 

 40日後。

 安生歩夢は無事に戸籍を手に入れた。

 

 

 

 

 

 

「祝! 人権ゲット! ですわー!」

 

 

 戸籍を手に入れた翌日。

 場所は【ステーキレストラン「ウエマツ」】。

 それぞれ飲み物を手に、一雄と歩夢、久保弁護士が乾杯する。

 

 

「久保先生、本当にお世話になりまして、ありがとうですわ!」

 

「いやいや、これも仕事のうち。ちゃんと報酬もいただいておりますし……私としては、結局周辺を騒がせてしまったことをお詫びさせていただきたい」

 

 

 記憶喪失による就籍申し立て。しかもそれが若い女性。

 まあ新聞や雑誌記者が目をつけないはずがなく、どこからかぎつけたのか、取材依頼があったらしい。

 取材対応は、久保弁護士に一任していたのだが、記者と思しき人たちが、弁護士事務所のまわりをうろついていたせいで、やりとりは電話か一雄さんを通してしていた。

 

 おかげで歩夢は変わりなく、日の出食堂に行ったり、味っ子ゆかりのお店巡りしていたのだが。

 

 さすがに隠しきれなかったというか、記者がすごかった。

 申し立てが佳境に入ってきた頃に、どこからか嗅ぎつけて、旅館に張り付きはじめたのだ。

 さすがに放置はできないので、弁護士立ち会いのもとで、記事にするのは戸籍取得後、ということで取材に応じたのだが。

 

 

「あれは先生が悪いんじゃありませんわ……どう考えても写真の映し方が悪すぎますわ……」

 

 

 歩夢はたそがれた表情でつぶやく。

 家庭裁判所の許可を受け、就籍届を区役所に提出した当日。

 なんだったらフライング気味に、歩夢のことは新聞に載ってしまった。アイドルのピンナップみたいな構図の、歩夢の写真とともに。

 

 しかも当日はテレビまで来ていた。

 おかげで、一雄と今日のお祝い会に来るときも、方々から注目を浴びてしまった。

 

 

「先生に同伴していただいて、本当に助かりましたわ」

 

「はは。しばらくは身の回りにご注意を。なにかありましたら、私に連絡してください。責任を持って対応いたしましょう」

 

「ありがとうございます! 頼もしいですわ!」

 

 

 そんな会話をしていると、ウエイトレスが料理を運んできた。

 熱々の鉄板に乗せられた、ベーコン巻きステーキ。レモンバターが添えられており。付け合せはトマト。

 ステーキコンクールでこの店のシェフ──肉料理の天才、【小西和也】が出した傑作料理だ。

 

 

「ほう、これは……ステーキにベーコンが巻き付けられて……」

 

「トルネードステーキってやつですわね。赤身肉に脂の旨味を加えるためにベーコンを巻いているんですわ」

 

「くわしいね。さすが歩夢ちゃん」

 

 

 一雄が感心するが、歩夢は笑顔で首を横に振る。

 

 

「知識はさして重要ではありませんわ。大事なのは、いま目の前にあるこのステーキが、とんでもなく美味そうってことですわ!」

 

「はは、歩夢ちゃんらしいや」

 

 

 笑顔で、ステーキを切り分けて。歩夢は肉を口にする。

 

 

「ほう」

 

「これは」

 

 

 久保弁護士の小さな歓声。

 一雄の驚き混じりの声。

 

 

「う、う、うっめーですわああああっ!!」

 

 

 歩夢は全身で美味さの感動を表した。

 ベーコンの脂の旨味。赤身牛肉(グラスフェッド)の、牛肉が本来持つ旨味。それにレモンバターが加わって、混然となった味わいは、まさに至福……だけじゃない。

 

 この時代に戸籍を得た。

 よって立つ場所を得た。

 その感動が加わった、命の味。

 

 

「これは、もはや美味さの暴力ですわ!!」

 

 

 ──俺の料理が美味いだと!? そんなことは、当たり前! 当たり前! 当たり前ぇぇっ!! 俺は肉料理の天才! 小西和也だあああ!!

 

 

 そんな言葉が脳内再生されたが、本人はこの場にいない。

 

 

 

*1
家庭裁判所

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