TSお嬢様はミスター味っ子の料理を食べ尽くす!【完結】   作:寛喜堂秀介

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09 下町ハートウォーミング

 

 

 ほの暗いバーに、3人の若い男性が集まっていた。

 その中のひとり。弁護士志望の若者、久保マモルは、カウンターに肘をつきながら、一同を見回す。

 

 

「さて、本日は社会に出て忙しい中、集まってもらって感謝する」

 

「当然だ。我らが親友の一大事じゃないか」

 

「貴様が急の招集をかけるほどの事態だ。上司を殴り倒して駆けつけて来たぞ」

 

 

 二人の言葉に、マモルは「おまえら……」と涙ぐむ。

 

 

「──で、裏切り者の一雄の処刑方法だが……僕は磔刑がいいと思うんだが」

 

「いや、爆殺だな」

 

「石子詰めに決まっておろう」

 

 

 先ほどの友情めいた雰囲気はなんだったのか。

 どよんと(よど)んだ空気を放射しながら、一同は明日の献立を決めるような気軽さで、処刑法を提案し合う。

 

 ちょうど、スコッチやらバーボンやら、ウォッカやら、やたら度数の濃い酒がそれぞれの前に置かれる。

 3人はそれを一気に飲み干して、ダンッとコップをテーブルに叩きつけ、おかわりを頼んだ。

 

 そして澱みは突如爆発する。

 

 

「一雄のくせに女が出来るとか許せねえ!」

 

「カップル滅ぶべし! クリスマスの日の真っ赤な誓いは、エロ本同盟の結束は嘘だったっていうのかよ一雄!」

 

「ちくしょう! ちくしょう! 一雄ごときに女ができて俺様にはなぜ出来ない!?」

 

 

 血涙を流す3人。

 

 エロ本同盟。

 かつて一雄を含めた4人が、河原で拾ったお宝本を回し読むという崇高な目的のため、中学の時に結成した組織だ。

 さすがに中学を出てからは河原に捨てられたお宝本あさりもしなくなったが、モテない野郎どもの足の引っ張り合いの集まりとして、エロ本同盟はいまでも続いている。

 

 

「それで、久保議長。お前は見たんだろう? その……相手を」

 

「ああ、見たよ……」

 

「じゃあ、教えてくれないか。何点だったかを」

 

「9.5点。もちろん10点満点でだ」

 

「殺っ!」

 

 

 メンバーの殺意が漏れた。

 ちなみに容姿の点数である*1。最低の行いだ。

 

 

「20歳の、ほっそりした美人さんでな、礼儀作法もしっかりとしたお嬢様なんだよ……くそっ! マスター! バーボン!」

 

「憎しみで人が殺せたら! スコッチ!」

 

「もはや物理しかないではないか! ウォッカ!」

 

 

 テーブルに並べられた度の強い酒を、また一気にあおって、再び店員に注文する。

 

 

「しかも明るくていい子なんだよ! 僕にも、お世話になりますわって、太陽みたいな笑顔で……!」

 

「ちょっと店の電話を借りてくるわ。一雄のヤツのために集まりたいって野郎は、たくさん居るだろうぜ」

 

「ふっ。金物屋の健ちゃんとこに注文入れておかんとな。包丁は20本じゃ足りぬであろう」

 

 

 3人は、注文した酒をまた一気にあおり、おかわりを注文する。

 なおもくだを巻くことしばし。いいかげん、ヤバい感じに酔いが回ってきたところで、ふいに店の扉が開いた。

 

 入ってきたのは話題の主、一雄だ。

 

 

「マスター、久しぶり……あれ、お前らそろいで来てるのは珍しいな」

 

 

 バーテンダーをしてるマスターが「はよ帰ったほうがいいよ」と目配せしたが、一雄は気づかない。

 わざわざ虎穴に突っ込んでいくのを見て、マスターは目を覆う。

 

 

「やあわが親友! こっちだこっち!」

 

「そうだぜ、早くこっち来い一雄。つもる話もあるからよ」

 

「ちっ、包丁が間に合わんではないか……一雄よ、そこではない。もっと逃げにくい……ではない。マモルと代わって奥の角席に座るのだ」

 

 

 もう逃さんとばかり、奥の席に押し込めて。

「さて」とマモルが口を開く。

 

 

「申し開きはあるかな裏切り者君」

 

「あ、オレ用事を思い出したから帰るよ」

 

 

 さりげなく立ち上がろうとした一雄の肩を、友人たちが押さえ込む。

 

 

「水臭いじゃないか一雄君。親友の僕に聞かせてくれよ。美人で気立てのいいお前の彼女の話をよおおおおおおおおおっ!!」

 

「待て! 誤解がある! 歩夢ちゃんはまだ彼女じゃない!」

 

「そこでまだとか出てくる時点で超弩級の裏切りなんだよおおおおおおっ!!」

 

「貴様なあっ! 貴様なあああっ! 貴様なああああああっ! うらやましいっ! ねたましいっ!」

 

「お前ら落ち着け! っていうか酒臭っ!? どんだけ飲んでんだよおまえら!?」

 

 

 立ち込める濃厚なアルコール臭に、一雄は鼻をつまむ。

 エロ本同盟3人衆は、酔いと殺気を隠しもしない。

 

 

「こんななあっ! アルコール度数60程度の酒なんかなあ! 僕の怒りに比べたら屁みたいなもんよ! マスター! バーボン!」

 

「マスター! スコッチ!」

 

「マスター! ウォオォォォッカァ!!」

 

「……きみら程々にね? あとあんまり騒がないようにね?」

 

 

 マスターに注意されて、みんなして了解のポーズをとる。

 了解はしたが、自重する気はないらしく、声のトーンを落としてめいめい一雄に絡みだす。

 

 

「で、一雄、ぶっちゃけどこまで行った? 大丈夫。殺──大丈夫だから」

 

「殺意が隠せてないぞマモル」

 

「いいじゃんか聞かせろよ一雄。その、殺──彼女についてよぉ」

 

「だから殺意を隠せよゴリ男」

 

「もしもし、ああ、健ちゃんか? そう、俺様だ。包丁をな、とりあえず4本。そう、いつものバーだ」

 

「待て、ピンクの電話*2から離れろ。凶器はやめようじゃないか貴彦」

 

 

 もはや突っ込みどころしかない。

 3人は酒を浴びるように飲みながら、一雄に絡む。

 

 出会ってどれくらいだ。デートは行ったのか。

 どこまでいったんだ。A*3はやったか? まさかB*4……

 ぶっちゃけヤッたのか。胸はデカいのか。

 

 詰めてくる3人に、一雄は正直に答える。

 手も繋いでないと言ったら、3人はちょっと哀れな視線を向けてきた。

 

 それから、やいやいと言い合ううち。

 やはり度の強い酒を浴びるように飲んだのが悪かったのだろう。

 3人共いつのまにか支離滅裂になり、1人、2人とカウンターに突っ伏していく。残った1人も、すっかり出来上がっている。

 

 どうやら命の危機を脱したと胸をなでおろしてから。

 ふと、そうだ、と一雄は手を打った。

 

 

「ちょうどいい。貴彦、実はお前に相談しようと思ってたんだけどさ」

 

「あー、なんだ? 水臭いぞ一雄。俺様と貴様の仲ではないかー。オンナ絡みなら絶対に許さんが……言ってみろ言ってみろ」

 

 

 友人の一人──唯一潰れていなかった青年が、呂律怪しく答える。

 

 

「俺、ちょっとあぶく銭が手に入ってね。そのお金を運用したいんだけど、貴彦を頼ってもいいか?」

 

「はっはっは、なんだそれは。俺様の本業ではないか。よいよい。俺様と貴様の仲だ。はした金でもきっちり運用してやろうではないか……で、いくら預けたいのだ。10万か、20万か?」

 

「3000万」

 

「うんうん3000万か。3000万……3000万ん!?」

 

 

 青年の、驚きの声がバーに響いた。

 

 

 

 

 

 

「陽ちゃん、こんにちはですわー!」

 

 

【ステーキハウス「ウエマツ」】で祝杯をあげた翌日。

 いつものように日の出食堂に押しかけると、顔見知りがみんな声をかけてくる。

 それに挨拶を返しながら、テーブル席につくと、陽一があわてた様子でキッチンから顔をのぞかせた。

 

 

「いらっしゃい。歩夢さん、大変だったね。テレビ見たよっ!」

 

「はい……?」

 

 

 突然の言葉に歩夢は面食らう。

 すると、土方のおっちゃんが横から口を挟んでくる。

 

 

「ああ、オレも見た見た。記憶を失った薄幸の美少女をあたたかく保護した下町の人情、みたいな感じで」

 

 

 たしかに歩夢は就籍関係で、テレビには映った。

 どんな感じで放送されたのかは、知らなかったが。

 ひとまず、二十歳の女を捕まえて美少女、というのは、置いておいて。

 

 

「保護? たしかに、みなさんには優しくしていただきましたけど……」

 

 

 首をひねる歩夢に、陽一は指を立てて確認する。

 

 

「旅館に厚意で泊めてもらったり」

 

「ちゃんと料金は払っておりますわよ!?」

 

「いろんなお店で食べさせてもらったり」

 

「ちゃんと料金は払っておりますわよ(二回目)!? というかここでも払ってるから陽ちゃんはわかってますわよね!?」

 

 

 思い切り突っ込む。

 みんなの厚意自体は否定しないけど、タダ飯食いの居候(いそうろう)あつかいは心外だ。

 

 

「まあ、歩夢ちゃんの状況で、正規の料金払って連泊出来るお金を持ってるとは思わないでしょうしねえ。あたしも、歩夢さんはどこかのお嬢様だと思ってたわ」

 

 

 陽一の母、法子が苦笑ながら口を挟んだ。

 

 まあ、考えてみれば、記者には歩夢の生活の細かい部分はわからない。

 張り付いて監視していたとしても、わかるのは商店街と飲食店巡りくらいだ。

 ダービーでデカく勝ちすぎたので、ほとぼりを冷ますため、競馬場には行っていない。どのみち夏競馬のシーズンで東京競馬場ではレースがないし。

 もちろん夜にも出歩いてないし、そうするとどうやって稼いでいるかわからない。だから「これは下町のみんなが厚意で泊めてあげたり食べさせてあげたりしてるんだろう」と勘違いして、そのまま報道したのだろう。

 

 

「マジでふと気づいたらこの町に居て、路頭に迷いかけてたところを競馬で一発当てただけですわ! 当日はヒヤヒヤもんでしたわ!」

 

「そこで競馬に行くって発想がすごいわね……でも実際、歩夢ちゃんってちゃんと礼儀作法を教わってるみたいなのよね」

 

「そうですわね。それなりに躾けられていたのだと思いますわ。ただ、手続きのときに調査されても、結局わたくしの家族については分からなかったんですわよねえ……」

 

 

 歩夢は承知の上で言っているが、未来の人間なのだから当然だ。

 この時代父は18歳の少年で、結婚するのはもっと後のこと。母と出会ってすらいない。

 名字が同じということで、ひょっとしたら関係性を調べられるくらいはしたかもしれないが、つながりは絶対に出てこない。

 

 

 さらっと言った過酷な境遇に、みんな神妙な面持ちになる。

 

 

「ま、まあ、テレビの報道はともかく、下町の皆様にはあたたかく接していただいているのはたしかですわ。皆様には感謝ですわ!」

 

 

 ごまかすように歩夢が語ると、今度はみんなの目がうるみ始めた。

 

 

「歩夢ちゃん……あたしたちを家族と思ってくれていいから。困ったことがあったらなんでも言ってね」

 

「法子さん……感謝! 感謝ですわ! 下町あったけえですわ!」

 

 

 法子の優しい言葉に、ちょっと感激しながら。

 歩夢ははたと思い出し、壁にかけられたメニューを確認する。

 すでに全メニュー制覇は終わっているので、注文はその日の気分だ。

 

 

「おっと、注文させてくださいまし。特製カツ丼をお願いいたしますわ!」

 

「あいよっ!」

 

 

 歩夢の注文に、陽一は威勢よく答えた。

 

 

 

*1
だいたい8,7点あたりから著名なアイドルの名前が挙がりだす

*2
飲食店などの店内に設置された公衆電話サービス。硬貨を入れて電話をかける。色がピンクだからピンクの電話と呼ばれた。

*3
キス

*4
ペッティング




いつもおつき合いいただき、ありがとうございます!
今後の予定ですが、皆様お待ちであろう原作開始は14話くらいになります。
そこまでは毎日投稿できたらと思っておりますが、その後一区切りして、しばらく書き溜め期間を頂ければと思っております。今後よろしくお願いいたします。
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