遡行禍殃 東京惨劇編   作:天ヶ瀬 趙世(早川 脩司)

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第九話「勝負一番目」

 

 

 遥か遠くの、昔の話。

 まだ『妖術師』と言う名が術師の間で知れ渡っていない頃、五人の術師が京都にて『陰陽師』という古代日本になくてはならない職に就いていました。

 その者は代々、過去に起きた現象から災いの発生を推測したり、病気が蔓延した際には祈祷を行い、妖や怪奇の類いが出没すれば封印・滅殺を生業としていたのです。

 

 時は進み、天社神道禁止令が発せられた明治時代。

 公的に認証を受けた職業としての陰陽師はその存在を禁止され、職としての生活を失った彼らは途方に暮れていました。

 彼らは自らの力を『呪術』として扱い、表向きに出る事は無く、陰ながら日本の社会を支えていたのです。―――しかし中にはその生活が耐え切れなくなり、力を悪用し始める者が出始め、 彼らは自らを「魔術師」と名乗り、地方の小さな街の住民を鏖殺したのでした。

 その悪行を知った残りの者達は国家へと自身の立場とその力を証明し、唯一魔術師を殺せる種族である「妖術師」として戦う事になったのです。

 

 魔術師と名乗った人物は『呪術』では無く、魔術と魔法の混合『可逆魔術』を扱うに長けており、妖術師と名乗った人物は妖術と魔法の混合『可逆妖術』を扱うに長けていました。

………その者達が自身の能力に気づいたのは、魔術師と妖術師に分かたれた数年後の事。

 

 『八重垣』と名乗る人物に出会った魔術師の一人は『可逆魔術』とその過去 についての詳細を知り、妖術師一掃計画を実行しました。

 その計画は数十年と続き、最後の妖術師が死に絶えた事により計画終了となったのです。

 妖術師側もその計画に気づいており、反撃の狼煙を上げようと試みましたが、妖術師の天敵である『妖』が魔術師と手を組んだ事で 状況不利になってしまったのです。

 しかし、妖術師は諦める事無く戦い続け、追い詰められた彼らは最終手段である―――禁忌に、触れてしまいました。

 魔術師『八重垣』の複製体を錬金術師と妖術師で錬成し、最大の禁忌である 人体錬成を行ってしまったのでした。

 本番は1度限りの錬成でしたが、奇跡的に何の代償も無く『八重垣』を誕生させたのです。

 その妖術師『八重垣』こそが―――、

 

 

 

 


 

 

 

 

 安定した道路を走り続ける車の中で、俺はゆっくりと瞼を開けて車外の様子を窓から見る。

 景色は変わらず木々で埋め尽くされているが、その隙間から微かに魔力の気配を感じていた。俺たちを監視し続けている魔術師で間違いないだろう。

 

「起きましたか、随分と魘されていた様ですが………何か悪い夢でも?」

 

 俺は体を起こして、創造系統偽・魔術師から渡された水を飲み干す。少し噎せてしまったが、気にせず俺は言葉を吐き出した。

 

「…………史上最悪な夢だったよ」

 

 あの夢が本当なのか、それともただの夢なのか。父親が死んだ今、それを確かめる方法は何も無い。

 故に、過去にどのような出来事があったとしても今の俺に何ら関係はない……筈だ。

 

「この先の森の中に複数の偽・魔術師が居ます。僕の『創造』で全て殺してしまいますか?」

 

「………いや、その必要は無い。ヤツらはただ俺たちを監視するだけの存在、攻撃はして来ないし殺した所で次の監視役が来るだけだ 」

「今は魔力と妖力を温存するのが最優先。………分かったならさっさとその『聖剣(デュランダル)』を解除しろ」

 

 ソレは構えるだけで周囲の人間や術師は激しい嫌悪感に苛まれる。車を運転している晃弘も言葉には出さないが、少し辛そうな顔をしていた。

 何より『聖剣』自体が光を発する構造の為、車内の後部座席が眩しくて仕方がない。……もしかして晃弘が顔を顰めている原因はこっちでは。

 

「悪夢の話、続きを話してくれないのかい?私は凄く気になって仕方がないよ」

 

 助手席で毛布を羽織って寝ていた氷使いも、創造系統偽・魔術師の『聖剣』のせいで起きてしまった様だった。

 少し眠そうな表情をしているが、俺の話を聞く気力を最大感じられた。

 

「………魔術師と妖術師の因縁についての夢だ。本当かどうかも分からねぇし、話す必要も無い」

 

「そんなぁ……」

 

 残念そうな表情を浮かべながら氷使いは再び 毛布に包まり、そのまま眠りについた。

 その中、長時間運転を続けている晃弘だけが、一人静かに何も一言も喋らず、ハンドルを握り続けている。

 

「『複製』は全ての魔術的能力を複製する事が出来るんですか?」

 

 その静寂を切り裂くかの様に、創造系統偽・魔術師は口を開く。出発前に俺の『複製』と『千里眼』の妖術を全て晃弘と氷使いと創造系統偽・魔術師に話した。

 

「………分からない。空間転移と創造の複製は瞬間的な感覚でやった結果だ、俺も出発前に氷使いの能力を複製しようと試みたが――― 上手く行かなくて複製は出来なかった 」

 

「火事場の馬鹿力ってやつですね。死に直面した事により何かしらを弾みに妖力の供給が安定して、正確な複製が可能だったのではないでしょうか 」

 

「妖力が安定し始めたのは『狂刀神』と入れ替わりが失敗した時からだな。かと言って毎回狂刀神と入れ替わりが失敗するとは限らない」

 

「次の複製は条件が揃わない限り、ほぼ不可能……って訳ですね?」

 

「あぁ、そうだ。だが一度複製した魔術は妖力がある限り幾らでも使える」

 

 創造系統偽・魔術師との戦いで入れ替わりに失敗して以来、狂刀神が俺にコンタクトを取る様子は無い。

 語り掛けても全て無視、無理やり引っ張り出そうとしても全力で拒む。まるで拗ねた子供みたいだ。

 

 

「―――晃弘、さん!!車を止めてください!!」

 

 

 突然、創造系統偽・魔術師が晃弘に向かって叫ぶ。その声に驚いた晃弘はハンドルを横に切り、急ブレーキを掛けた。

 横転とまでは行かなかったが、それなりの激しい動きで車は回転し続け、山道のガードレールにぶつかる寸前で停止した。

 

「ど、どうした!?」

 

 周囲に偽・魔術師は居てもこちらに襲いかかってくる様子は無く、それ以外の敵性反応は確認できない。

 俺たちから信頼を得た後の裏切りか―――?

 

「バックで後ろに下がって、車体の方向を変えてください!!」

 

 俺には何も分からないが晃弘は何かを理解した顔で車を動かし、猛スピードで橋の中央から離れる。

 その瞬間、俺たちが通る予定だった橋の中央に亀裂が入り、ドス黒く大きな何かがコンクリートを突き破っていた。

 轟音と共に黒い何かが蠢き始める。それを見た途端、俺はソレに少し違和感を感じ『太刀 鑢』を取り出して、扉を斬り裂き車外へと飛び出る。

 

「ボス、あそこです!!妖術師のあなたなら、この禍々しい瘴気の原因が分かるはずです!!」

 

 同時に飛び出した創造系統偽・魔術師が指を指した方向。先程崩落した橋の下、無銘・永訣の鞘と同じくらいに真っ黒な霧がどんどん登ってくる。………息が詰まる、あの霧が近づく度に俺の生命機関が活動困難になる。

 

「この圧迫感、まさか―――!!」

 

 そのまさかであった。俺の予想を遥かに超え、下手すれば対処不可能な出来事。何故、気付かなかった。これ程までに巨大な何かが居る時点で、俺は直ぐに気配を感じ取れていた筈だったのに。

 そのまま飛び出た勢いを利用し、橋下から迫り来る霧に向かって術を使う。

 

「『灼熱線』!!」

 

 手のひらの先から放たれた高熱の一閃が、霧の中を越えて谷の奥深くへと突き進む。

 俺もそれについて行くかのように自由落下して行く。全身に黒い霧が次から次へと絡まるが、俺はそれを全て無視して落ち続ける。

 

「この薄汚い瘴気に周囲と同化した胴体の色、人型じゃねェって事は力は十分に取り戻した所………ってか!! 」

 

 高熱の一閃の輝かしい光が霧の中を照らし、その厄介な相手の全貌が明らかとなる。

 各地の伝承にて長く言い伝えられ、現代でもその見た目を嫌う人間は多く、毒を保有するという点で害虫とみなされている生物。

 肉眼で視認出来ているのは身体の一部である頭部のみ。その大きさは谷一つが埋め尽くされる位のサイズ。その生物の名は―――、

 

「―――『大百足(オオムカデ)』!!」

 

 若かりし日の名である俵藤太にて退治され、長きに渡って深い眠りについていた大妖怪。紛れもない『妖』の一種である。

 

 『妖』は人型と怪異型で種類が存在する。人型の場合は退治されて復活までの期間が短く、十分に力を蓄えれていない『妖』か人間の間で名を馳せていない小物。

 怪異型の場合は退治されて多くの月日が経ち、十分に力を取り戻した『妖』か元より人間の間で認知度が高い大物に分けられる。

 今俺の目の前にいる『大百足』も大物の一匹。

 

「鎌鼬のヤツは怪異型化寸前の状態だったからまだ良かったが………」

 

 あまりにも規模が大きすぎる、これは完全に怪異型に変貌した姿。鎌鼬と比べ物にならない程の力を取り戻している。

 視界確保の為に放った『灼熱線』は大百足の頭部へと直撃。だが効いている様子は無く、大百足はこちらを見続けている。

 

「『疑似創造(クリエイト)』!!」

 

 大百足の頭部と接触まで残り数十メートル。

 

「―――『選定の剣よ(エクス)導き給え(カリバー)』!!」

 

 放たれた一筋の光が大百足の頭部へと進み続け、そのまま谷底が大きく爆ぜた。

 消えかけ寸前の『エクスカリバー(選定の剣よ、導き給え) 』を放り投げ、落下中の俺の体は爆風で少し押し戻された挙句、そのまま重力に従って落下し始める。

 その後、『空間転移』を空中で使用し、着地の衝撃をゼロに。そのまま抱えていた『太刀 鑢』を再び握り、土煙の中をゆったりと進む。

 

「………そりゃ、効く訳ねェよな」

 

 谷に吹き込む風で土煙が晴れ、肉眼で確認した大百足の頭部が顕になる。 その大きさはやはり規格外で、とても妖術師である俺一人で倒せる気配は無い。と、言うよりも―――

 

「―――この汚ェ地面全部、大百足の身体ってコトか」

 

 土煙で一瞬分からなかったが、俺の着地した地点は谷底の砂利ではなく、巨大すぎる大百足の胴体だったのだ。

 『太刀 鑢』を勢い良く大百足の胴体へと叩きつける。だがその胴体に刃は通らず、ただ手に衝撃が伝わってきただけたった。

 今俺が保有している妖術を全て使用したとしても、この大百足の殻を貫通させる事は出来ないだろう。

 

「うぉっ!!」

 

 妖術に対して意識を向けている内に、大百足の胴体が動き出した。俺は咄嗟に大百足の頭部へと飛び乗る。

 着地と同時に『強制肉体強化』を使用。 胴体に続いて、暴れ始めた頭部から離脱する為に硬い殻の上を駆け抜けた。

 

「…………っ道を作れ、氷使い!!」

 

 頭部から足を踏み外すギリギリの地点で『氷解銘卿』を使用。 氷使いが作り出した、寸前で届きそうにない 足場を補強する。

 

「…………次だ、創造系統偽・魔術師(フォージャー)!!アレの使用を許可する!!」

 

 

「―――許可を頂きました、照らせ」

 

 

 俺が退避したのを確認し、創造系統偽・魔術師の持つ一本の剣が、全てを焼き斬る程の輝かしい光を放つ。

 それは何度も俺の命を絶ち、一瞬の絶望を与えた勝利の剣。模倣したモノとは違う、正真正銘の。

 

「『聖剣(デュランダル)』!!」

 

 氷の足場を走り抜ける俺を追う『黒い霧』が、聖剣の光に飲まれて消えて行く。

 その光は谷の奥深くへと進み、大百足の頭部とその全体像が顕になる。改めて見ると巨大すぎて、今までの『妖』が小物に見える。―――頭部確認、座標固定。安全装置解除した後、射撃姿勢に移行。

 

「………っ晃弘さん!!」

 

 俺が大百足に触れた時、千里眼の『人物鑑定』を使用し、覆っている殻の材質を分析。

 実際、俺の『人物鑑定』が使用可能なのかどうかは五分五分だった。なにせ完全体の妖は怪異型だ。人物に含まれるかどうかは分からない。

 だが、上手くいった。触れた瞬間に俺の脳内に情報は伝達され、その分厚い装甲の様な殻を打ち破る打開策がスっと思い浮かんだ。

 

「受け取ってください!!」

 

 崩壊寸前であった氷の足場を蹴り、宙に浮いた俺は全力で晃弘にとあるモノを投げ渡す。

 晃弘の最終兵器、化け物も獣も妖をも穿つ事が出来る『双縄猟銃』の最後に必要な、最も重要にして必須の部品。

 

 

「しかと、受け取った」

 

 

 放り投げられた『対妖 超小型徹甲弾』を片手で掴み取り、銃身に弾を込める。その瞬間、辺り一帯の空間が歪み、空気中の魔力が一斉に動き出す。

 『対妖超小型徹甲弾』の渡す場面を隠れて見ていた偽・魔術師が一斉に魔術を用いて防御態勢に入る。

 

―――装填完了、再度座標固定。照準を大百足へと定め、射撃準備。

 

 偽・魔術師の魔術を感知したからか、それとも俺の渡した弾に反応したのかどうか分からないが、大百足がピクリと頭を動かして晃弘の居る橋上を見上げる。

 

「遥か昔、大百足を退治した一人の英雄は最後に残った一本の矢に唾液を吹きかけ、渾身の一矢を放った」

 

 俺が作り出した弾は人間の『唾液』と同じ成分を含む液体を内部に貯蔵し、周りは妖の分厚い装甲すら貫通する『八層』の特殊な素材で形成している。………俺は俺のやり方で、大昔の逸話を再び再現する。

 俺が指パッチンで音を鳴らしたと同時に、晃弘の猟銃から一発の弾が発射される。放った一射は重力に逆らい、一直線に移動し続ける。

 射撃から数秒後に『対妖超小型徹甲弾』は大百足の東部に着弾し、爆煙が上がる。その分厚い殻を貫き、大百足の命を奪う一撃。避けられるはずがない。―――はずがないんだ。

 

 

「………『大百足』の退場には少し早いぞ、妖術師!!」

 

 

 大百足の登場に続き、又もや謎の人影が煙の中から姿を現す。

 ポケットに手を突っ込みながら一歩一歩、確実に踏み出すのは、俺の友人であり同期でもある元妖術師。

 昔に所属していた組織で共に活動をしていた人物。組織解体後、普通の高校に行き普通の大学に通っているはずの人間。

 

「……お前、なんで此処に居るんだ」

 

「なんでってそりゃ、見れば分かるでしょ。俺が向こう側の術師だからだよ」

 

 目の前に居るのは、子供の頃から共に歩んできた俺の友人『夜市路 雅人』であった。

 

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

 

 

 

「向こう側の術師……?お前はもう妖術を破棄して普通の人間に戻ったんじゃ……」

 

「―――まさか、まだ気付いてないのか。あれ程までにヒントを与えていたってのに」

 

 ヒント?気付く?何にだ。俺は雅人の言っていることが何一つとして理解出来ない。

 雅人とは幼少期から共に遊び、共に父から妖術を学んできた親友のような人物。初めて偽・魔術師に襲われて殺した際に 、俺が真っ先に頼った友達。

 

「………ネタばらしにはちと早いが、まぁ良いか。 思い出せ、妖術師。俺はいつお前と友好関係を築き、共に妖術学んできた」

 

「いつ…ってそりゃ、俺がまだ―――」

 

 まだ、中学生の頃。………俺の脳内にぽっかりと穴が空いた様に、雅人に関しての記憶だけが完全に思い出せない。

 いや、思い出せる。僅かな情報だけだが思い出せる、思い出せる………ただ、時系列が全てバラバラだ。

 ダメだ考えるな、頭がゴチャゴチャになる。

 

「………俺と妖術師が出会ったのはいつか覚えてるか?」

 

 そんなの、そんなのは―――

 

「何も、思い出せないだろ」

 

 それってつまり、

 

「あぁ、そうだ。俺と妖術師が出会ったのは初めて偽・魔術師を倒したあの瞬間だけだ」

 

「な……なに訳分からねぇ事言ってんだ」

 

「一から説明しないとダメか?………時間はあるからしてやるよ、特別サービスだ」

「俺の名前はご存知の通り『夜市路 雅人』だ。妖術師の記憶だと元妖術となっているが、俺の本職は――― 偽・魔術師だ」

「俺が得た魔術は『記憶』で、 与えられた命令は妖術師の監視と死んだ偽・魔術師の処理。大変だったんだぞ?出会ったヤツひとりひとりに魔術を使わなくちゃいけないんだからさ 」

 

 雅人が………こいつが、偽・魔術師。

 その事実を受け止めきれないし、絶対に認めたくない。 だが、俺の目の前に居る男が発言する度に認めざるを得ない状況に追い込まれて行く。―――最初から、俺が初めて偽・魔術師を討伐した時からずっと。

 

「………あの時の "仕事が終わった" って」

 

「そう、偽・魔術師の処理をお前がやってくれたおかげで楽な作業で済んだ」

 

「………過去に遊んだ時の記憶も、一緒に妖術の稽古をしていた事も全て……偽物だった、って事か?」

 

 雅人は何も言わない。ピクリとも表情が変わること無く、俺を見つめ続ける。………しっかりしろ、今は騙されていた事なんてどうでもいい。

 目の前にいるのは敵だ、偽・魔術師だ。殺すべき相手だ。

 

「……… 」

 

 だとしても、記憶と言うのは残酷なモノだ。例え偽物でも贋作でも捏造でも、本当にあった事として捉えてしまう。

 雅人の言ってること全てが、嘘のように思えてしまう。これが人間の深層心理なのか。

 

「………心が壊れる寸前って所だな。今の俺に与えられている命令は、お前を足止めさせる事。悪いが切り札を使わせて貰う。しばらくの間、そこで止まっててくれ 」

 

「切り札……?」

 

「―――お前の父親を殺したのは、俺だ」

 

 世界が、時間が、空間が、何もかもが停止する。衝撃の一言に体は硬直し、その言葉を理解するのに脳の思考回路が全力で働き始める。

 雅人が、俺の父親を殺した?

 ありえない、俺の父親は俺の目の前で死んだのだ。天寿をまっとうし、老衰でこの世を去った。そのはずだ。

 

「………『記憶操作』」

 

 雅人の力だ、魔術で死を偽装したのだ。

 しかしどうして、何故、雅人が俺の父親を殺した。偽・魔術師と言えど、殺す理由が無い。

 俺が初めて偽・魔術師と戦い、魔術師と本格的に対立したのは父の死後。俺があの蔵で『禁忌の術』を使った後。

 そもそもあの蔵付近は結界が貼られており、魔術師は察知出来ず、 妖術師がいることすら分からない様になっていたはずだ。

 

「話はここまで、最後に何か言い残す事はあるか?」

 

 腰に装備されていたオートマチックピストルを取り出し、脳に意識を向けすぎて動けなくなった俺の頭部へと押し当てる。

 引き金を引けば確実に死ぬ距離。勿論、避けることなど到底不可能。それ以前に、俺の体は動かない。

 

「………今、全部終わらせてやる」

 

 そして遂に引き金が引かれ、銃口から弾が飛び出した。その弾は空気抵抗を受けながらも進み続ける。

 しかし、銃弾が飛び出た方向は俺の頭部ではなくその後ろ。俺を助けようと雅人に攻撃を仕掛けた創造系統偽・魔術師(フォージャー)だった。

 

「『聖剣(デュランダル)』!!」

 

 白銀に輝く剣が飛翔する弾丸を両断し、金属を溶かして蒸発させる。 しかし、雅人は 創造系統偽・魔術師の放った一閃を確認した後に引き金を何度も引いた。

 俺のように常時『回避の術』を使用している状況ならまだしも、ただの偽・魔術師が至近距離の弾丸を避け切れることは不可能。

 

「ちょっと、そこ邪魔!!」

 

 俺と創造系統偽・魔術師との隙間を縫って、弾丸が貫けない程度の厚さを持つ氷が、大きく壁を作り出す。

 その一瞬で周囲の空気が冷却され、駆けつけた氷使いの口から白い煙が出ていた。

 

「立て、妖術師!!京都の魔術師を倒しに行くんだろう!?例え昔からの友人に裏切られようが、今は私達の敵だ!!立って戦うんだ!!」

 

 俺は反応しない、反応出来ない。思考を巡らせる事に集中しすぎて他の事が目に入らない状態だ。

 

「………お前が裏切り者か、氷使い!!」

 

「うるさい!!元から魔術師の仲間になった覚えは無い!!」

 

 創造系統偽・魔術師が固まった俺を抱え、氷使いと雅人から急いで距離を取る。二人の攻撃が届かない場所へと飛び、車の後ろへと移動させたのだ。

 俺からは見えないが、橋の下で雅人を仕留める為に生成された巨大な氷が谷を覆い尽くされていた。周囲にいた生物は全て凍死し、流れていた川は進む先を失ってしまう。

 しかし、大百足の巨体がその氷を破壊し、頭部に雅人を乗せて大移動を開始する。

 

「………っ!!」

 

 薙ぎ倒された氷の上に立っていた氷使いは、バランスを崩して落下しそうになるが、新たな氷を生成してなんとか場を持ち直す。

 だがその短い隙を突かれ、雅人と大百足は氷生成の範囲外へと既に移動済みだった。

 

「聞こえてるか、妖術師!!俺は先に京都へと向かう!!」

「これから数多の妖がお前を襲撃するだろう。その全てを切り伏せて俺の元へと来るがいい!!お前が使命としている魔術師を殺す為にもな!! 」

 

 

「逃がさない!!『聖剣(デュランダル)』!!」

 

 大声で叫び、俺との決別を口にした雅人の前へと、その悪性を蹴散らす程に輝かしい正義の剣が炸裂する。

 光は直進して大百足の触覚を消し飛ばし、雅人の上半身を抉る手前で消失した。

 

「例え、 僕の身体が犠牲になろうとも!!『湖の乙女よ、導(エクス・カリ...)―――!!」

 

「駄目だ、創造系統偽・魔術師(フォージャー)!!晃弘が妖術師を連れて逃げてるとは言え、奴の言葉が本当だとしたら………この先も戦いは続く!!」

「再構築があるとはいえ、その間に襲撃されたら私だけで対処しきれない!!」

 

「………クソ!!」

 

 辺り一面を蒸発させ、橋諸共消し炭にさせる一撃を放つより前に、氷使いの声で光は失われる。そして何より―――

 

「…………早すぎる!!」

 

 雅人と大百足を見失ったその瞬間から、空・地上・地下から大量の妖の気配が濃くなって行く。

 雅人が言っていた事がもう既に始まっているのだ。

 

「実態のない妖に人型の妖!!人型はまだ成長不足と妖術師から聞いたが………コレは流石に!!」

 

 次から次へと姿が不安定な妖が氷使いと創造系統偽・魔術師を囲み、襲いかかる。 しかし、二人はそれをいとも簡単に跳ね飛ばして俺の元へと走り始める。………偽・魔術師である二人の攻撃は効かず、倒せばしないが時間は稼げる。はずだ。

 

 

 

「……………っそうだ雅人は!?」

 

 俺もこのタイミングでやっと、まともな思考を取り戻した。いや、最初からまともではあったが、脳内に何が妨害を始めたのだ。

 十中八九、雅人の『記憶』に関する魔術が俺に何か細工をしていたのだろう。

 

「すいません、晃弘さん。こんな所まで運ばせてしまって………」

 

「気にするな、それより今は自分の体を心配しておけ。どうやら向こうの二人が厄介な奴らに絡まれてるらしいからな」

 

 晃弘は徐に双縄猟銃を取り出し、車の窓越しに何かを素早く撃ち抜く。

俺の察知も少し遅れて作動、周囲で起きている事態を理解して行動に移すことから始める。

 

「なんだこの数の妖は……!!」

 

 車の影から身を乗り出してバンパーを越え、持っていた『太刀 鑢』で空を飛び回る妖を一刀両断する。

 地上にいた何体かはその突然の行動に驚愕して停止したが、またすぐに動き始めて俺に襲いかかる。

 

「『列狂・深紅桜』」

 

 自らの運と妖力を犠牲に淡い紅色を帯び、夜桜のように妖しくも美しい一閃を繰り出す術、発動。

 だがそれは過去に扱っていた術。今の『列狂・深紅桜』は千里眼の『原作生成』によって成長を遂げている。

 一閃だけでなく何度も何度も、その美しい斬撃は複数の妖を次々と斬り裂いて行く。

 

「晃弘さん、二人と合流して京都へ急ぎましょう。ここからなら二人を無理やり捕まえて進む事が出来ます」

 

「あぁ、そうだな。このままじゃ埒が明かない」

 

 妖に囲まれ、身動きが取れなくなっている氷使いと創造系統偽・魔術師の二人に向かって、俺は大きく手を伸ばす。

 本来ならば俺の妖術の大半は既に成長済みで、『原作生成』の効果を得ない。だがごく稀に成長が行われず、一つの能力で固定されている術が存在した。

 これもまた、俺の『原作生成』にて進化を遂げた妖術の一つ。

 

「『月封』!!」

 

 周囲の瓦礫や土砂を除外し、俺が目視で選択した人物・物体のみを此方に引き寄せる。

 月封は、発動中は氷使いと創造系統偽・魔術師に攻撃が通らず、ほぼ安全に人物を移動させる手段として進化した。

 

「悪い、雅人の術で正気を失っていた。だがもうそれは解けた、このまま京都まで全力で突っ切るぞ」

 

 そう言った俺の台詞に二人は頷き、合図と同時に車へと乗り込んでそれぞれの行動を開始する。

 晃弘は妖を避けながらの運転。氷使いは後方から迫る大量の妖を凍らせ、創造系統偽・魔術師は『聖剣』で周囲の妖を寄せ付けない。

 その間俺は『疑似創造』にて少し大きめのライフルを創り出し、窓の外で走り回っている妖を一掃。

 今突き進んでいる山さえ越えれば、その先に目的地と設定している京都へと辿り着ける。あと少しの辛抱だ、このまま何事もなく進み続ければ―――、

 

 

「―――衝撃に備えろ!!」

 

 

 晃弘の怒号が車内へと響き渡り、一瞬で車体が横転。そのまま何度も転がって、 俺たち一同の乗った車は横転場所からかなり離れた地点で停止する。

 

「………全員、無事だな?」

 

 見回す限り俺の視界には先程まで一緒にいた三人がしっかりと映っており、氷使いは少し怪我をしているが、それ以外は無傷で無事だ。………この横転の原因は恐らく、俺の『回避の術』が車そのものに適応されていたことだろう。

 そうじゃなければ突然跳ねるように車が浮上しないし、横転場所から遠く離れた、安全そうな場所に止まることは無い。

 そして『回避の術』が発動した、ということは。

 

「何者かの襲撃って訳か……!!」

 

 シートベルトを刀で斬り裂いて車外へと離脱、そして横転場所に佇むひとつの影へと目を向ける。

 

「…………マジかよ」

 

 その眼に、その肉眼に映ったのは。

 鴉の様な黒い翼に、古き術師が来ていそうな和服。誰もが仮面で見た事のある髭に真っ赤な顔、そして長細い鼻。

 その姿が人型に近いとはいえ、まだ完全体なモノとは限らない。何故ならばその立ち姿からして、大百足の実力を遥かに越えている。

 

「『大天狗』か」

 

「………いかにも、儂が大天狗で間違いない。少しばかり動きにくい姿ではあるが、全力を出さない理由にはなるまいよ」

 

 大天狗が手に持っている武器は『槍』、これまで戦ってきた相手で槍を扱う妖や術師は見たことが無い。

 それに懐から少し見えている葉っぱの先、間違いなく『葉団扇』だろう。アレがある限り大天狗はほぼ無敵の状態でなんでもありだ。

 

「………そりゃ戦うって事で良いんだよな?」

 

 俺は覚悟を決め、背後で倒れている車内に残る仲間を守りながら戦う事を選ぶ。

 持っていた『太刀 鑢』の刀身が太陽の光を反射させ、これから始まる戦いに喜びを感じている様に見える。

 

「………然り」

 

 それは大天狗の持つ槍も同じ。

 互いに一歩、一歩と横に歩き始めて機会を伺う。下手すればこの一瞬で、俺は命を刈り取られて死んでしまうかもしれない。………なるべく『遡行』を使うのは避けたい。

 遡行の能力自体まだ把握出来ておらず、その存在は未知数だ。下手に何か起こして取り返しがつかなくなる事もあるかもしれない。

 なんて考えている内に、大天狗は立ち止まり、俺と睨み合い続ける。

 

「………術師よ、名を」

 

「………▇▇▇▇(????)だ」

 

「………▇▇、そうかそうか。その名の者がこの時代まで子孫を残す事になるとは……因果なモノよの!!」

 

 数多の疑問と反応を起こしたい台詞を吐き捨てた後に、大天狗は俺が喋る事を許さずに攻撃を仕掛けて来る。―――京都に向かうその道中、突如として現れた『大天狗』と戦う事になった妖術師。

 永い時を過ごした妖とその時間を終わらせる妖術師の戦いが今、此処に。勝負一番目、その幕が切って落とされた。

 

「………はぁあ!!」

 

「うおおおおっ!!」

 

 槍の先端に取り付けられた鋭い刃が、俺の顔を目掛けて直進し続ける。少し反応が遅れてしまい、左頬に切り傷が出来てしまったが、なんとか初撃を躱す事に成功した。

 だが所詮初撃。その後も攻撃は絶え間なく浴びせられるだろう。

 

「『黒影・深層領域』!!」

 

 頬の真隣に停滞していた槍の矛先がミリ単位で動き始めた瞬間に、足場に影を作り出して下半身を全て収納する。

 今度はベストタイミングで回避でき、影に沈んだ足を動かして地上を踏みしめたと同時に相手の攻撃後硬直を狙って妖術を繰り出す。

 

「『艶陽叉昂』」

 

 振り上げた刀が太陽の光を吸収し、莫大なエネルギーへと変換させて相手を斬り伏せる妖術を発動させた。

 そのまま刀は大天狗の胸元を斬り、傷口から吹き出された真っ赤な鮮血を全身に浴びる。

 

「………その程度か、若造」

 

 懐から少し見えていた『葉団扇』がするりと服から落ち、その際に放たれた微力な風が俺へと当たる。

 その時、俺が一番危惧していた状況が、想定していた出来事で最も恐れていた事が起きた。

 ほんの少し、ほんの少しだけの風を浴びた俺は、氷使い達が居る自動車の付近まで吹き飛ばされて大きな壁へと叩き付けられる。

 

「ッガァアアア!!」

 

 口から多くの血が流れる。多分どこかの臓器が潰れて機能しなくなったのだろう。

 もしもの時に備えて全身に『治癒の術』を施しているとはいえ、突然の負傷を一瞬で治せる程の速度では無い。

 膝から崩れ落ち、視線が地面と平行になる。

 

「…………立…て……!!」

 

 体に力が入らない。動かす程の力が残っていないのかもしれない。

 だがそれでも立たなければならない。このまま氷使い達が殺されてしまったら今後の作戦に大きな支障が出る。それは絶対に避けなければならないし、俺が絶対にさせない。―――『強制肉体強化』を発動させるが、声に出す余裕が無い為、心の中で詠唱する。

 妖力が全身に巡って筋肉の一部の様に体を支える。まるでマリオネットを操る感覚で、体に力を入れることなく全身を無理やり動かす。

 

「………なんとも惨めな姿となったな、妖術師。一瞬の殺し合いだったとはいえ、それなりに楽しめたというのに」

 

 俺の前に立つ大天狗は先程とは全く違い、周囲の生物全てを死滅させてしまうほどの殺気を放ち、己を殺そうと行動を起こした妖術師を罰する為に槍を握りしめる。

 

「………まだ、終わっちゃ…いねェ!!」

 

 内側に何も残っていない体を無理やり動かし、己を殺そうと槍を握る妖を、殲滅させる為に刀を手に取る。

 互いに一歩も引けない。俺は物理的に一歩も引くことが出来ない。

 もし俺の体が五体満足動かせる状態なら、もう少し長い時間戦い、十分に大天狗を消耗させることが可能だった。

 だがその望みは潰えた、なら俺は残された道を突き進むだけだ。

 

「狂刀神、もう……いいだろ?」

 

 久しぶりに、ワガママですぐ拗ねる幼稚なカミサマに会うことにしよう。

我らの天に立つ全ての主よ。人ならざる者へ終焉を齎す、全ての妖魔を寂滅させるべく我に力を与え給え。

 その地に立つは常世を統べる術師の王であり、神を鏖殺し新たなる神と成った者。 故に、その御身の加護を我に分け与える事を乞い願う。

 

 

「―――『狂刀神ノ加護(力を貸せ、狂刀神 )』」

 

 

 

 


 

 

 

 

 横転した車の外からとてつもなく命の危機を感じる殺気を感じ、私は急いで脳を活性化させて車外へと飛び出る。

 それと同タイミングで晃弘と創造系統偽・魔術師が目を覚まして車から脱出した。

 私が目線を上げた先で見えたのは、口から大量の血を流しながらヨロヨロと立ち上がる妖術師の姿と、

 

「あれは………妖?人型なのにあの闘気は何……?」

 

 恐らく一般人からの知名度が高く、長い時を過ごして来た凶悪な妖だろう。

 申し訳ないが私はその妖の正体は分からず、魔力の循環を安定感させてる晃弘と創造系統偽・魔術師に何者かを伝える方法がない。

だから私は叫ぶ。

 

「『氷面鏡(ひもかがみ)』!!」

 

 凹凸が激しい地面を伝うように、薄っぺらい一枚の氷が素早く進行を始める。その氷は直ぐに妖術師が接敵している妖の足元へと到達し、目視で確認した私は攻撃をしかける。

 少しでも氷面鏡の氷に触れた瞬間、足元から凍結が始まり、数秒の内で全身が氷へと変化させる必殺の奥義を。

 だが、運命はそれを許さず、また空から見ていた神に等しい存在もそれを許さなかった。

 妖の足元へと到達する寸前にて、一面に張られた氷が全て粉々に割れ、砂のように消え去って行った。

 突然の出来事に理解が遅れ、背後から迫る無数の足音とその影に私は気づかない。ざっと数は数十体、今すぐ振り返って氷を作り出せば一瞬で終わる数だ。

 

「………う、動かない……!!」

 

 全身が、謎の硬直によって四肢が言うことを聞かない。

 いや、既に分かっている。何故ここまで体が動かせず呼吸もどんどん浅くなっていくのかを。見られている。先程から今の今までずっと。

 振り返ることすら出来ないが、空中に何か居る。それだけは確かに分かる。少しでも目を合わせれば命が無いと自覚する程の何かが。

 そして、私の『千里眼』がソレを認識することを拒絶している。

 千里眼の能力の一つ『未来視』は、妖術師と突如として現れた偽・魔術師が出会った瞬間に機能を失い、何も見えず真っ暗な状態となってしまった。創造系統偽・魔術師と出会った時も全く同じ現象だ。

 

(妖の足音が近づいてくる……このままじゃ確実に死ぬ。急いで氷を生成しないと……!!)

 

 だが不可能だった。手に魔力が籠りはせど、それを物体(氷)へと変換するには至らない。

 もう無理だ。未来も見えなければ反撃をすることすら出来ない。このまま妖に全身を食い尽くされ、魂すらも吸収されてしまうだろう。―――あぁ、私はまだやりたいこと、一番伝えたい人に何も言えてないのに。

 

 

「『湖の乙女よ、導き給え(エクスカリバー)』!!」

 

 

 死を覚悟した刹那、背後を浄化の光が妖を包み込み、悪霊諸共全てを消し飛ばした。その光は私に触れる寸前まで近づき、ギリギリの地点で光が収まる。

 

「………晃弘!!」

 

 瞬時に状況を理解した私は、光が放たれた方向にあった車。そこで、動けなくなった創造系統偽・魔術師を抱えた晃弘に向かって叫ぶ。

 名前を呼んだ声のみで晃弘は自身の役割を理解し、創造系統偽・魔術師を道の傍らに放り投げて『双縄猟銃』を構える。

 妖の大群は魔術の使用をやめた私ではなく、錬金を始めた晃弘の方向に走り出した。恐らく妖が標的を変更する起点は身体内に『魔力』が一番多く篭っているかどうかなのだろう。

 

「妖術の兄ちゃんが命賭けて戦ってんだ。俺だけ呑気に何もしないって訳には行かねぇだろ?」

 

 そう言って錬成を開始した晃弘の手にある『双縄猟銃』がバチバチと大きな雷を発生させ、猟銃の銃身が一瞬で変化する。

 先程まで持っていた "ライフル銃" ではなく、効率よく妖を倒すことができ、尚且つリロードが素早く出来る "散弾銃" へと形を変えた。

 背後で散弾銃の発砲音と妖が叫び迫る音が聞こえる。

 私は深呼吸して気持ちを整え、振り返れば100%視界に入ってしまう空の何かを視界から遮断するための手段へと出る。

 妖が晃弘へと意識を向けている今、私は両足の底から後ろの数メートル離れた位置に、厚さ五センチ程の氷の壁を作り出した。

 

「今…!!」

 

 体の拘束感から解放され、視線を妨げる事に成功した私は急いで妖術師の方に向かって走り出す。

 先程まで恐怖で筋肉が動かせなかったせいか、足に中々力が入らず時々転けそうになる。と言うより、盛大に転がった。

 地面が砂ではなくコンクリートなだけあって、結構な擦り傷ができ、ゆっくりと血が流れ出す。

 痛い。精神面でどうにでもなるとはいえ、やはりこの体はまだ少女。辛いことは辛いし、痛いものは痛い。でも、

 

「それでも……行かないと……!!」

 

 ここで妖術師を失う訳にはいかない。彼は今後の計画に大切な最重要人物であり、私たちを率いるに値する男だ。

 そしてこのメンバーの中で瀕死の妖術師に加勢する事が出来るのはこの場で私だけ。その私がここで諦めてしまったら、少しでも足を止めたら。

 

「もう……二度も同じ過ちは…!!」

 

 私は進まなくちゃ。もう止まれない場所まで来てしまっている。魔術師を殺すと意気込んだあの時から、私はもう魔術師では無くなっているのだ。

 立て、立ち上がれ、妖術師が死ぬ。

 顔を上げて目線の先でヨロヨロと動き始める妖術師が見える。

 もう死にそうだ、虫の息だ、妖が槍を構えた、間に合わない、もう手遅れだ、何もできることは無い、無駄だ、立てない私に意味は―――

 

「うるさい!!手を伸ばせ私!!」

 

 脳内で勝手に諦めている私を、私は背後から追い越して先へと進む。不可能の壁に向かっている私を踏みつけ、不可能の壁を越える。

 

 

「―――力を貸せ、狂刀神。 『狂刀神ノ加護』!!」

 

「―――氷系統広範囲極級魔術。『締結の審判(アイシクル・ジャッジ )』!!」

 

 

 妖術師と私の詠唱が奇跡的に被さり、妖に私の声が聞こえることは無かった。故に、これの技は完全に回避する事は出来ず、奇襲に成功する。

 私が凍らせるのは地表の更に下の下の下。地中深くに溜まっている自然の水分。 それら全てを冷気で凍らせ、地中の泥や土を押しのけながら上を目指す。

 それだけじゃ妖を足止めさせるには足りない、地面だけだともし避けられた後はどうにも出来ない。ならば地面だけではなく、空気すらも凍らせて見せる。

 

「…………っう!!」

 

 腕に、手のひらに魔力を永遠に流し続けて放出する。

文言だけ見れば楽な作業に思えるかもしれないが、魔力を放出するのには多少の痛みを伴う。と言っても、痛みは筋肉痛と同等で動けなくなるほどの激痛では無い。

 だが、今の私は普段とは格段に違う量の魔力を消費して氷を生成し続ける。腕の内側から筋肉や血管が焼き切れる程の、これ以上同じような状態を維持し続ければ使い物にならなくなる程に。

 

「『聖剣(デュランダル)』!! 」

 

 背後で創造系統偽・魔術師の声がする。恐らく大技の代償である再構築を終え、晃弘の加勢に向かったのだろうと思ったが、聖剣の輝きは何故か大量の妖ではなく、私の方向へと向かって来ていた。

 背中の方からうっすらと光が近づき、私の背中へと直撃した。

 そのまま私は光に呑まれて蒸発………せず、背中に当たった瞬間、光は私の背中の中へと吸い込まれて行った。

 謎の出来事に私は少々困惑したが、数秒後に創造系統偽・魔術師の意図を理解した。

 

「魔力が……増えてる……?」

 

 大技のために腕から魔力を垂れ流し続けて枯渇気味だった私の魔力が、先程の行為を五度繰り返しても無くならない程に回復していた。

 なんと創造系統偽・魔術師は『聖剣』に莫大な量の魔力を含め、切断ではなく譲渡に特化した光を放ったのだ。

 まず第一に、魔力の譲渡には直接的な接触を行わないといけない。手と手を触れるだけでも良いし、服の上から触れて魔力を体内に向けて流せば譲渡も可能だ。

 だが、魔術的攻撃に魔力を込めて譲渡する方法は前代未聞すぎる。私は一度も見た事がないし知ったことがない。不可能だ。―――しかしその創造系統偽・魔術師は不可能を可能にした。実際に目の前でやって見せた。

 

「………地面と空気への魔力変換は十分。創造系統偽・魔術師は不可能を越えたんだ。私も越えなきゃ、誰も救えない……!!」

 

 地下深くの地点と周囲の空気が音を立てて凍り出し、物凄い速度で氷が生成される。

 魔力の譲渡のお陰で地下の氷はその数を増やし、強度も十分すぎる硬さで地表を貫いた。その氷が足元から迫ってきた妖は、容易く全ての氷を躱して懐から何かを取り出そうとする。

 

「………させない!!」

 

 第二作戦開始。回避されるのは予想済みだ、 こっちにはまだ切り札が沢山残っている。

 大気中の水滴を瞬時に凍結させ、地面から生えた氷を砕き粉状に。凍らせた空気は妖の身動きを封じ、 砕いた氷は風に乗せられて妖の周囲へと舞う。

 そして魔術による空中の魔力変換を行い、辺り一面に立つ生物全ての攻撃&防御的能力を最大限低下。

 まるで吹雪が舞う極寒の地の様に、妖術師に効果が及ばない半径30mの全てが氷結の結晶に包まれた。

 

「………最大限やれる事はやった。最後は君が決めるんだ……妖術師…… 」

 

 氷へと変換させた小さなバトンを妖術師へと託し、そのまま私は意識を手放した。大技を放った代償が今ここで訪れる。

 もしこの世に神が実在するなら……もう少し、ほんの少しだけ猶予が欲しかった。妖術師が万全な状態で戦えるまでの、猶予が。

 そうだ、後は晃弘とあの創造系統偽・魔術師(常識外れのバカ)。二人いるとはいえ、妖術師でしか討伐が出来ない妖を相手に戦っているんだ。

 武器になる何かでも……作って渡すべきだっかな……?

 

 

 


 

 

 

「ありがとう、氷使い。お陰で俺は更に前へと進めるよ」

 

 大天狗の背後でぐったりと倒れ込んだ氷使いへと感謝の意を述べ、俺は握っていた刀を振り上げる。

 

『この女は強い。単純な力じゃない、自身の壁を打ち砕き乗り越えた力強いその心が。勘違いはするなよ、我はお前ではなくこの女を勇者と認めた。………ならばこの女が成し遂げようと挑んだモノを無下には出来ぬ!!』

 

 空気が歪み、妖力が集い、一点に収束する。 遥か昔に源頼光が丹波国大江山に住み、潜んでいた鬼を切り伏せた事から名付けられた名刀。

 狂刀神が扱う『狂想刀・黒鶫』の神聖と『疑似創造』によって複製した国宝級の天下五剣の一つ。

 

『「童子切安綱」』

 

 狂刀神の憑依に近しい妖術によって、疑似創造に必要な妖力は全て補う事が出来き、ボロボロだった身体を直して別の妖術に意識を回せる程に溢れている。

 だが、憑依と言っても俺の意識と体を分離させ、狂刀神が主導権を握っている訳では無い。

 あくまでも『加護』の程度に収めてあるが故、狂刀神が全力で乗っ取りに来ても無意味と化すだろう。

 そして万全な状態として君臨した妖術師は、受け継いだ仲間の意志を全うする為に刀を振るう。

 

「お前を殺せたのは俺一人の力じゃない。氷使いを含めた仲間達の援護があってからこそだ―――『墜ちろ、成仏し損なった化物よ』」

 

 振り下ろされた一閃は大天狗の頭部から股下まで一度も止まることなく進み続け、永劫の刻を生きた伝説の妖を斬って見せた。

 その凄まじい速度と力によって、振り下ろした瞬間に刀の先から風が起き、周囲の空気を揺らして大きな突風が発生したのだ。

 斬られた大天狗は後方へと倒れ、そのまま綺麗に中心から縦に割れた。童子切安綱で斬った断面に一つの歪みは無く、真っ直ぐ綺麗な直線を描いていた。―――永劫の刻を生きた大天狗。妖術師の童子切安綱によって、討伐。

 

「………っ氷使い!!」

 

 その切断面に見蕩れてる俺はハッと我に返り、急いで氷使いの元へと走る。自ら危険を冒してまで繋いでくれた恩人だ、素早く処置を施す必要があるかもしれない。

 氷の壁の手前で倒れる氷使いの肩を持ち、意識の有無を確認する。………呼びかけても返事は無いが 呼吸は正常、死んでいる訳ではなくて魔力不足による強制休養(つまり睡眠)の状態だった。

 

「良かった、あれだけ多量の魔力を使って倒れたからてっきり………」

 

 死んだ、とまでは行かないがそれ相応の代償が伴うと覚悟していたが、実際はただ眠っているだけで俺は安堵のため息を漏らした。

 『治癒の術』を俺に30%、氷使いに70%の配分で行う様に妖力を調整し、晃弘と創造系統偽・魔術師が居るであろう方向へと歩き出す。

 創造系統偽・魔術師の『聖剣(デュランダル)』は魔力消費が少なく、晃弘の『双縄猟銃』も魔力をほぼ使わない。あの二人が交代で戦い続ければ妖の大群なんて簡単に壊滅させられるはずだ。

 そう思い、俺は氷の壁を避けて進み、その先に広がる景色を視界に収める。

 

 

「…………………は?」

 

 

 視界に映し出された景色は先程まで見ていたモノとは違い、地面は抉れ、木々は消滅し、橋は決壊していた。

 俺たちが使っていた車も崖下で潰れた状態なのを目視で確認し、辺り一面が吹き飛んだ事を再認識する。例え妖の大群に襲われたとしても、これほどまで悲惨な光景になることなど有り得ない。

 この被害の爪痕を見る限り、創造系統偽・魔術師が『湖の乙女よ、導き給え(エクスカリバー)』による範囲攻撃が何度も行われたのが一番有力な考察だろう。

 だがしかし、創造系統偽・魔術師が『湖の乙女よ、導き給え(エクスカリバー)』を使う場面は相当な強敵が現れた場合か自身の身の危険を感じた場合だけなはず。その攻撃を何度も繰り返し発動させたとなると、もしかしたら大天狗以上の妖が居たのかもしれない。

 大百足に大天狗。有名な妖が二体も連続で現れたのだ、晃弘と創造系統偽・魔術師が接敵していても何もおかしくない。

 

「取り敢えず、晃弘と創造系統偽・魔術師(フォージャー)を探さねぇと……!!」

 

 氷の壁を越えた辺りから今の今まで、二人の姿を一度も見ていない。 崖下に居るかと思って何度も確認したが見つからず、木々の中に居る気配もない。

 俺は急いで『共有感覚』を繋げた『鑢 魔獣』を森の中、崖下へと走らせ 『周囲調査』の術を使用して、二人の捜索を開始する。

 

「………頼む、早く見つかってくれ」

 

 俺は祈るように言い、この隙に妖が氷使いを攻撃することを危惧して急いで氷の壁のあった場所へと戻る。

 氷使いの傍を離れるのは危険な為、そのまま周囲探査の術を切り、『鑢 魔獣』と感覚共有の術へと意識を集中させ、捜索を再開する。

 ついでに『治癒の術』の配分を俺に5%、氷使いに95%送るために氷使いの手を握る。起きた時に色々と怒られそうだが、 今はそんな事を言っている余裕はない。

 

 大天狗との戦いを終えた俺に与えられた少しだけの休憩時間。だが、体が休まったとしても心が休まる事は無かった。

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