遡行禍殃 東京惨劇編   作:天ヶ瀬 趙世(早川 脩司)

11 / 18
第十話『妖術師と妖術師』

 

 

 夢を見た。長く長く終わらない旅の夢を。

 その夢の結末は勿論、見る事が出来なかった。物語の端まで辿り着く事は無かった。

 

 最初は未来が見えるこの眼を求めて様々な人間が、偽・魔術師が近付いて来た。何度も追い返したが諦める事を知らず、しつこく迫ってきた。

 その次は魔術師が力を分け与える夢だった。要らないと、必要ないと何度も突き放したが、血を飲まされて強引に力を分け与えられる。

 

 そしてその翌日に、私を男手ひとつで育ててくれた父親が、魔術師に殺された。

 まるで映画のカットの様に場面が切り替わり、偽物の魔術で多数の偽・魔術師を氷漬けにする私が映し出される。

 

 この時の私に再度問いたい。

 

「何のために、戦っているのか」

 

 その問いは夢の幻想に届くことはない、そのまま無慈悲にも夢は続く。

 暫くの間は偽・魔術師を殺して潰して凍らせての繰り返し、つまらない作業だった。何も面白くない時間だった。

 

 そして、私の人生がガラリと変わる気がした瞬間の夢を見た。偽・魔術師として魔術師を殺す事に執着していた私の前に、魔術師を殺せる術師『妖術師』が現れた。

 

「彼は誰」

 

 その後も数人の術師と出会い、仲間になり、魔術師を殺す為の準備が整った。万全な状態で魔術師の元へ向かう途中で、その夢にノイズが入る。

 何も見えず、何も聞こえない。そのノイズを私がどうこうできる訳では無い。故に、私はその時間が過ぎ去るまで待つだけ。

 

 待つのには慣れている、過去に何度も体験した。ただ同じ行為を繰り返し、その時が終わるのを待ち続けていたあの時に。

 

「貴方は、誰」

 

 ノイズが消え、夢は止まることなく進み続ける。だけど、その先の内容は何一つ覚えていない。思い出せない。確かにその夢は長く、最後まで到達することは無かった。

 

「―――まだやるべき事があるはずだ」

 

 声が聞こえる。夢の外の遠い遠い遥か遠い場所から、私に読み聞かせるように語り掛けて来る。私はこの夢から覚めたくない。この夢の続きを見届ける責任がある。その呼び掛けに答える事は出来ない。

 

 何より私は、もう十分に辛い過去を歩み、楽しい今を過ごしてきた。そして、妖術師に後のことを全て託した。

 彼はまだ戦える。燃え尽きた私とは違い、彼にはまだ戦うための炎が燃え続けている。だから私はこの夢を―――、

 

「本当に?」

 

 何が言いたいのか分からない。何に対しての疑問なのか分からない。

 

「本当に、妖術師はまだ戦える?」

 

 戦えるに決まってる、アレだけボロボロになりながらも何度も立ち上がって戦い続けたのだ。彼は強い、強すぎる。

 

「この時に至るまで、どれだけの死を見てきたか」

 

 なぜ死が出てくる。妖術師も人間と同じ構造、生き方をしているはずだ。死ねば命は戻らない、死は全てを終わりへと誘うモノだ。

 見てきた、と言うことは過去に多数の死人を見てきた……とでも言うのか。自慢する訳では無いが、恐らく妖術師よりも私の方が長い間死体を見てきた自信はある。

 

 妖術師は魔術師と妖以外は殺さない。故に、これまで殺してきた数は私より半数に満たないだろう。

 

『ならば挑むが良い。貴様ならどのような道を選ぶのか、見届けてやろう』

 

 自分自身への問では無い別の声が聞こえて、暗闇で立ち続けていた私の体が浮遊し、そのまま何も無い奈落の底へと落下して行く。

 何も考えられないまま、私は落ちて行く。朦朧とした意識で、私は無意識に手を伸ばした。だが伸ばした手は無情にも何も掴み取る事は出来ず、私は落ちて行く。

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

 

 私は体を起こそうと上半身に力を入れたが、ピクリとも動かなかった。沢山の魔力を使用した代償がまだ続いていたのだろう。

 

「………何だ、この景色は。私はこんな場所に来た覚えは無い………」

 

 私はもう一度横になって数分間待った後、再び体に力を入れてようやく立てるようになった。

 外はもう暗く、夜になっていた。結構長い間眠っていたのだろう、腹も空いていた。

 家を離れ、田舎特有の蛙の鳴き声と虫の音を聴きながら歩いて5分。宿の近くまで来ていた。

 

「この道を右に行けと私が私に……だけど、道なんて無いじゃないか!!」

 

 と、その瞬間。 大きな何かが横から猛スピードで突っ込んで来ていた。―――大型のトラックだった。

 道を探すのに集中していた所為か、いつの間にか道路まで出てしまっていたらしい。

 

「………っ!!」

 

 私は驚き、咄嗟に魔術を発動させ、避けようとした。いや、避けると言うよりトラックを動かすの方が伝わりやすい。

 トラックの目の前に縦の壁を作り出し、ライトとバンパーを削りながら斜め横に無理やりズラす。その氷の壁の向こう側に私は居る。つまり私 は魔術を使用しトラックを避ける事が出来た。

 危うく轢かれる所だった、と安心していたその時。

 

「え?」

 

 私の体は宙に浮いていた。なんと、二台目のトラックが来ていたのだ。

 全身に痛みが走る。今まで体験した事の無いような痛み。そのまま私は地面に叩きつけられるように落ちた。

 

「………ど、うして…」

 

 おかしい、私の氷の壁が消えている。あれは魔力の供給を途絶えさせない限りは残り続ける壁だ。

 私は自らの意思で魔力の供給を止めてないし、そもそも壁が壊れる音すら聞こえていない。………これは流石に、偽・魔術師とはいえ厳しかった。呼吸は出来ず、手も足も動かない。何も出来ない儘、私は死ぬのかと思った。何も出来ない儘…………、

 まずい意識が

    遠く な っ

 

        こ れは

 

 

「これは………どうにも、出来…な…い……」

 

 

 ―――そして私は、死んだ。

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

 

 ―――試してみる価値はある、今ここで自らの命を絶ち次のスタート地点を確認する。だがもし、ループの限界が二回だったら。

私はそこで本当に死を経験するだろう。だが、偽・魔術師と言う者は恐怖心より好奇心を優先する。

 

「……待て、何をする気だ!!」

 

 宿泊用のバッグに手を伸ばし、中から長い黒色の棒を出す。自らの身を護るために持っていたこの刀で、私は、自らを殺す。

 

「………止めるんだ!!私の腕!!」

 

 自害は初めてだ、だがやるしかない。私は鞘から刀を抜き、首元へ持ってくる。

 この時私は、笑って──────────

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

 

「ふぅん、そっか。じゃ俺の仕事も終わった事だし、そろそろ帰るわ」

 

「……っ!!お前は妖術師の!!」

 

 雅人はポケットから手を出して頭の後ろで組む。 だるそうに振り向き、そのまま歩いて帰る―――はずも無く。

 勢い良く振り向いた雅人はポケットから取り出したナイフで私の首を切り裂き、血を吹いて倒れる姿を眺め続ける。

 

「がああっあぁあ!!」

 

 体から、全身から力が抜けて行く。鮮血が地面を真っ赤に染め、小さな水溜まりが完成する。

 この男は妖術師の知り合いだと偽り行動していた『記憶干渉系統偽・魔術師』に間違いない。

 

「………殺すのは無しだな」

 

 私の頭に触れた男は、魔術を発動させて何か細工を施した。その魔術が一体どのようなモノなのか、何のための行為なのかは分からないが―――私はそのまま意識を失い、死んだ。

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

 

「俺達の目的はもう済んだから、死んでくれ。ほいっとな」

 

 男がそう言い放った瞬間、突然辺り一面の風景が変わる。先程までコーヒーショップ前の舗装された道路に居たはずが、何も無い空間に切り替わる。何も無い=地面がない。

 私はいつの間にか空まで移動していた。

 

「………一体何がどうなってるんだ!!」

 

 いや、移動したのでは無い。恐らくあの男の能力、もしくは『魔術』。『空間移動系統』の魔術だろう。

 何処へでも自由に移動が出来、何処へでも相手を飛ばせる魔術。厄介すぎる、早めに対処しなければならない。

 もう少しで地面に到着する、私は術を使用して着地の準備をする。氷系統魔術を利用して落下の威力を相殺する。だが、そんな甘えた僕を許さない存在が居る。

 

「その術使われたら厄介だから、えい」

 

 何も無い空間から突然腕が伸び、声と同時に警官が所持している拳銃の銃口が僕の方向に向く。

 

「まずっ………!!」

 

 私は咄嗟に魔術の発動を中止して身を守る。

 しかし、その銃口から弾が発射される事は無く。そのまま空間と腕は消えてしまった。

 高所からの自由落下という事もあり、落下速度は最速。そして地面までは約20m。魔術を発動させる時間も猶予もない、このままでは地面と激しく衝突してそのまま―――

 身体は地面に叩き付けられて全身が破裂する。臓器は全て潰れて、身体は人の形を保っていなかった。

 まるでただの肉塊に成り果て、私は死んだ。

 四度目の死だ。

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

 

 

 再び目を覚ますとそこにはこれまでの景色は無く、暗闇に落ちる前に居た場所と同じだった。

 今の一瞬で、何度も死を視た。視ただけじゃない、この身でその全てを経験したのだ。手の震えが止まらない、止まってくれない。

 

『まだ四度目の死だ。この程度で弱音を吐くのか?』

 

 私が暗闇に落ちる前に聞いた声と同じ。少し低めで威圧感があり、どこか懐かしいその声は私に問い掛ける。

 

「あなたは……?いやそれ以前に、今までの体験は一体何なのですか!?」

 

『……まだ分からぬか、ならば続けても良いな』

 

 ガクンと、私の視点がズレて体がまた暗闇へと落下し始める。

 

「………待っ、待って!!」

 

 そんな私の声は届かず、また落下して行く。

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

 

「……………………―――姉ちゃん。次会った時、俺に全てを話せ。少しだけ時間が掛かるかも知れねぇが全て把握するだろう」

 

「………晃弘?」

 

 突然バイクのブレーキをグッと押し込んで急停止する。その儘、男は振り返って片手で持っていた猟銃を私の頭部に当てて、

 

「ほら、行ってこい。偽・魔術師―――お前だけが護れるモノを絶対に離すな」

 

「向こうの俺に宜しくな」

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

 

「クハハハハハハハハハハッ!この程度か、魔術師ィ!! 」

 

 切り刻んだ瓦礫を足場に、沙夜乃までの距離を一気に詰める。氷の剣を構え、沙夜乃から放たれる攻撃に対応しつつ、私は沙夜乃の首を狙う。ここで仕留めなければ、正智の死も惣一郎の協力も全て無駄になる。

 

「………正智って誰なんだ!!」

 

 殺す、絶対に。私の手で終わらせる。

 斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ!! 斬―――

 

「あ………」

 

 ブツンも音を立てて、何かがちぎれた。

 体に力が入らない。剣を握っていた手も、沙夜乃を殺さんと動いていた脚にも。私の身体は限界を迎えていた。

 魔術の連発による疲労。幾度の戦いによるダメージの蓄積。これら全ての反動が、突然訪れた。

 空中でバランスを崩し、私は地面に向かって落下して行く。態勢を整えようと体に力を入れるが、やはり動かない。やっとここまで来れたのに、あと一歩の所まで行けたのに。

 

「……………」

 

 声も出ない、声帯にも力が入らない。だが、 辛うじて目だけは開いている。その目に映った景色は絶望だった。

 沙夜乃が満面の笑みで此方に手を翳している。力を失った私にトドメを刺そうとしているのだろう。転移させられた大型トラックが、僕より速く落下する。避けるのは不可能。

 

「……あれは、沙夜乃さん…?」

 

 魔術を展開しようにも魔力が足りない。空気に漂う魔力の残滓は何処からも感じられない。

 迫り来るトラックを私はただ呆然と見る事しか出来ない。

 そう言えば、一回目の遡行と時もトラックが原因だったな。あの時の痛みとこのトラックに潰される痛みは、どの位違うのだろうか。

 そんな事を考えながら、私の体とトラックが接触し、そのまま地面と衝突する。苦しむ事無く即死の状態で私は、死んだ。

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

 

 私の目の前では首から上を失い、鮮血が吹き出す男性の姿と、その男性の頭部らしきモノが見える。―――今すぐにでもこの男性を殺したヤツを殺さないと、更に被害が広がってしまう。

 そう思った私は脚と腕に力を入れるよう、脳から信号を発信する。だがそれは首付近で拒絶され、何も出来ない。と言うより、身体全ての感覚が無い。

 視界も少しづつ暗くなる。何が起きた。すぐに向かわなくては。晃弘さんに伝えて。惣一郎の件も。男性はどうなった。この車両で何が起きてる。魔術を使用する。早く行かなくては。

 早く行かなくて。

  早く行かなく。

早く行かな。

 早く行か。

  早く行。

 早く。

早―――

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

 

 

 魔術師を殺す偽・魔術師として、正義の味方として戦わなければならな―――、

 

「………『聖剣(デュランダル)』」

 

 青年の放った一言で、場は一瞬にして地獄へと化した。

 苦しそうにしていた人間、それを見て離れようとした人間。突然の出来事にカメラを向ける人間、無視して歩き続けた人間。

 そして、魔術師と対面していた私たち。その場にいた総勢100人が、

 

「………この程度の攻撃も避けれないとは。偽・魔術師って思っていたより弱いですね」

 

創造系統偽・魔術師の攻撃により、死亡した。

 

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

 

 

『これで八度目の死だ。ようやく理解したか?偽・魔術師の娘よ』

 

 体に痛みはない、記憶や経験に痛覚は反映されない。それでも、あの壮絶な死を視て、私の心は多大な傷を負った。でもそんな私よりもっと辛かったのは、これを直に体験した彼。

 

「………多分、分かった。この体験―――いや、この記憶は妖術師がこれまでに受け入れた死の映像だろう?」

 

 最初は訳が分からなかった。この体験は何を示しているのか、誰の記憶なのか、誰が死んでいるのかが。でも途中の『晃弘』と『沙夜乃さん』と『創造系統偽・魔術師』の姿を見て分かった。

 

『そうだ、アイツは千里眼の能力とは別で "未来視 " という妖術師一族の中で最も禁忌とされている術に手を出した。その代償として死ねば過去に戻り、目的を果たすまで終わらない "遡行" を得た』

 

「………遡行。前に創造系統偽・魔術師に斬られた場面で妖術師は術を発動させて回避していた。だが今見たのは術を発動させることなく死ぬ場面」

 

 だからあの時の私は千里眼が見えなくなっていたのか。死という未来が確定した私たちを千里眼は見放し、起動すらしない状態へと変化していた。

 だが、妖術師が遡行して術を使い、未来を変えたおかげで私の千里眼は力を取り戻し、未来を視る事が可能になった。―――何やってるんだ私は、何が「戦えるに決まってる」だ。私の今までの人生より最も苦しい死を、彼は何度も味わっている。

 私は八回、彼の死を体験した。だがこの先更に妖術師は "遡行" を繰り返すはずだ。

 

「………君は何故、これを私に?」

 

『貴様は我の加護に触れ、千里眼同士が共鳴を起こした。それ即ち、妖術師の心の裏面に触れたのと同じ事。 ならば貴様には試練を与えなくてはならない。―――言ったはずだろう? "挑むが良い" とな』

 

「………その試練に挑むって、一体……!!」

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

 

「無意識の内に僕から距離を取った貴方の負けです、これで終わりにしましょう」

 

 魔術の詠唱より素早く放たれたその一閃は、周囲の木草と建物を巻き込み、 斬られた物の断面は酷く美しく、一切のズレを許さなかった。―――それを真正面から受けた私も、例外では無い。

 

「…………ぁ…」

 

 私の肋骨より少し下、一刀両断された体は地面へと倒れ落ち、大量の血と臓物がばら撒かれる。

 何度も打ち合った事により、その剣に少しづつ傷が入っていたのだろう。私の氷剣も真っ二つに斬られ、その力を失った。―――負けたのだ。私は創造系統偽・魔術師に再び殺された。

 創造系統偽・魔術師が聖剣を振るう前、ほんの一瞬だけ彼は殺気を放った。それを感じ取った私は無意識にその場から少し離れ、距離を取ったのだ。

 それが明らかなる敗因、私が死ぬ理由。

 

「楽しかったですよ、偽・魔術師」

 

 視界がぼやけ始め、段々と意識が遠くなって行く。このまま感覚全てが失われ、絶命するだろう。

 

「……………ぁ…あ……」

 

 声が出ない、喉に力が入らない。脳に全ての魔力を注ぎ込んでも、考える事が出来ない。死ぬ、そして再び私は遡行する。

 これで何度目だろう。

 死ぬのはやはり痛いし、恐怖を感じる。このまま遡行せず死ぬのでは無いのかと思うと、やはり怖い。

 

「………まだ死なないとは、案外しぶといですね」

 

 もう、ダメだ。これ以上は

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

 

 私が生きた証をこの世から完全に抹消させて、

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

 

 肉が引き裂かれ、骨が粉々に砕けて変化し、

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

 

 そうして戦いを諦めた私は、

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

 

 過去を知らない。

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

 

『途中から数えるのを少し怠ってしまったが、恐らく二十七度目の死だ』

 

 ―――そこは何も無い白い空間だった。その空間に壁も天井も無い幻想の場所。過去から未来まで全てを拒絶する時間空間。

 

「………ここは?先程までの試練は一体どこに………」

 

『死の試練は終わりだ。この先は、我にも見えない死が多数存在する。……そしてここからは我が知る最強の術師と戦い、その在り方を身につけて貰う』

 

 その空間で一人、刀を持って立ち尽くす人間が居た。厳密には人間では無く、妖術師であった。

 最後の妖術師として戦い、幾度の遡行を繰り返した最強にして究極の挑戦者。私はその挑戦者を知っている。

 

「………最強の術師、か」

 

『………貴様の知っている妖術師はまだ成長段階。そして今目の前にいる妖術師は、進化し大成を果たした未来の姿を具現化したモノだ。気を抜けば―――、死ぬぞ』

 

 話の終わりと同時に妖術師が動き出し、目で追えない速度で抜いた刀が私の視界へと映る。 正面に氷を生成しようと試みるが、もう既に遅い。

 顔面へと直撃した刀は私の頭部を一刀両断し、そのまま空中で静止する。

 

「………き、斬られてない?」

 

 明らかに私の頭は斬られた。切り口が真っ平らになる程にブレのない攻撃だった。にも関わらず、私の頭はここに有る。

 

『馬鹿者が、一度は許してやる。だが二度目の死に関して我は手を出さんぞ』

 

 どうやら天の声が無かったことにしてくれたらしい。初撃で死んで即退場だと練習にも何もならないだろうし、その辺真剣に考えてくれているのだろう。

ならば、私もそれに応えるしかない。

 

「来なさい、妖術師。私の氷は少しばかり冷たいよ―――!!氷系統広範囲極級魔術『締結の審判(アイシクル・ジャッジ)』!!」

 

 詠唱が終わり、氷が生成され始めた段階で妖術師は動く。その速さは今まで妖術師が戦う姿を見てきた中で圧倒的に速く、そして正確に私の位置を把握していた。

 だが、速度に頼る攻撃方法は『締結の審判』の前では無力に等しい。

 魔術による空中の魔力変換を行い、妖術師の攻撃&防御的能力を最大限低下させる。その隙に急いで防御の為に氷を作り出して準備を整える。

 準備は万全、どこからどの攻撃をされても一度だけ防ぐことは出来るだろう。

 

『無駄だ』

 

 妖術師は一瞬で地面の影へと潜り、私の見ている反対方向へと姿を現す。その間、約一 秒。明らかに私のデバフが効いていない。

 影から飛び出した妖術師は空中で体の向きを変え、私へと斬り掛かる。

しかし刃は私に届かない。私の作り出した氷が、妖術師の刀をガッチリ掴んで離さない。

 

『………術師が持つ特異な危機察知能力を利用して、氷による防御を自動化(オートマ)に切り替えたのか』

 

 掴んでいる氷を素手で砕き、妖術師は再び攻撃を再開する。

 何度も斬りに挑み、私がまたそれを掴む。これを繰り返し、妖術師が疲労したタイミングを狙う。そう思っていたが………、どうやら無意味だったようだ。

 妖術師は呼吸のリズムを少しも崩さず、私の想像した倍の回数を超えて攻撃を仕掛けてくる。生成した氷を砕き、生成した氷を砕き、生成した氷を砕き続ける。その姿はまるで機械。私を殺す為だけに動き続ける機械人形だ。

 

「天の声よ、君に聞きたい事がある」

 

 妖術師の攻撃を受け止めて回避を繰り返し、声を発するまでの余裕が無い。だが、妖術師の動きが少し遅れた瞬間を狙って天の声に声を掛ける。

 

「何故、私にこのような試練を与える? 」

 

 彼がどのように死に、どのように戦ってきたかについてはもう既に十分過ぎるほど理解した。なのに、この試練はまだ続いている。

 私は偽・魔術師だ。鍛える意味などあるのか、そもそも天の声は私を鍛えるつもりで試練を与えていないのか。何も分からない。

 

『妖術師が選んだ、ただそれだけだ 』

 

 その一瞬、天の声に気を取られた隙を突かれ、妖術師の刀が私の氷を全て粉砕する。改めて生成するために魔力を集中させるが、手が硬直して動かせなくなった。

 "絶対に殺す" と迫り来る刀身を寸前で避け、私は妖術師から距離を取るために全力で走る。

 

「妖術師が、彼が選んだ…!?何のために……!!」

 

 走って逃げて時間を稼ぐといっても、限度がある。私の手は今使い物にならない、 魔術を使わず、ただ自身の筋肉を使って走っている。

 それを、妖術を使って身体能力をブーストしてる妖術師が追ってきているのだ。どう考えても逃げ切れるわけが無い。

 

「魔力が自然補充されるまで一分くらい、か。どうする、このまま逃げても追いつかれて終わりだ。何か策は無いのか……妖術師に太刀打ち出来る策は………」

 

 ある、私は知っている。本当は心の中でそうではないのかと思っていたが、口に出せずにいた事を私は知っている。

 魔術師を完全に殺せるのは妖術師のみ。ならばその逆も然り、妖術師を殺せるのは―――、

 

「………妖術師に勝てる、魔術師が必要だ」

 

『………まさかここで成るのか?この何も、触媒も、過程も、縁すらもない空間で。奇跡を起こすつもりか』

 

 私は知っている。過去に出会い、私によく話をしてくれた沙夜乃さんがどのような人生を歩み、どのようにして純粋な魔術師と成ったのかを。

 最も信頼出来る仲間と最大の縁を結ぶ事。それが上位の魔術師と成る為に必要な最重要過程。そして私がいま一番信用し、その生き様を知っている人物は。

 

「………応えてくれ、妖術師!!」

 

 

 

* * * * * * * * * *

 

 

 

 晃弘と創造系統偽・魔術師の捜索と、氷使いへの治癒を始めて約二時間が経過した。その後も度々、衰弱した俺たちを狙って妖が襲ってきた。

 手が離せない俺の護衛用で一匹『魔獣 鑢』を待機させておいて正解だった。妖を食い殺し、その妖力を全て俺に変換してくれるからだ。

 と言っても、妖力の摂取より妖力消費の方が早い為、あと一時間ほどすれば 妖力切れを起こすだろう。早く、早く二人を見つけないと俺たちが………、

 

 

「おい坊主、こんな山道で何してる。さっきの妖怪騒ぎに巻き込まれて迷子か?」

 

 

 声が、木々の奥から男の人の声が聞こえ、俺は思わず飛び上がった。影の中から『太刀 鑢』を取り出し、少し薄暗い場所で蠢く影を凝視する。

 そして俺の目の前に突如として現れたのは、身長が180センチ程の大学生感溢れる男だった。いや、この男が大学生なわけが無い。なぜなら―――、

 

「………その刀にこの気配。まさかお前妖術師か?………何ともまぁ厄介なこった」

 

 男の内側から溢れる異様な何かが、俺の本能を刺激し "こいつと戦ってはダメだ" と伝えて来ている。かといって、今すぐこの場を離れる事は出来ない。氷使いの治療がまだ完全に終わっていないし、俺の体(内側)もボロボロで戦えそうにない。

 

「あ〜待て待て、そう身構えるな。一旦落ち着いけ」

 

 いつの間にか、男からの殺気や異様な気配は感じ無くなっていた。だからといって、警戒を解く訳にはいかない。

 俺は刀を仕舞う事無く、ゆっくりと氷使いの傍で膝を地面へとつけた。……この男が何者なのかを知らない以上、すぐに何が起きても動ける様にしなければならない。

 

「………仕方ねぇか。 あのなぁ妖術師、実力差が歴然な相手を前にして一丁前に警戒すんなよ。どっちが下か分からせねぇと行けなくなっちまうだろ?」

 

 視界が揺れ、脳が震えて体の平衡感覚が分からなくなる。地面に手をついて鼻と耳から溢れ出す血を、俺は眺めることしか出来ない。

 何か攻撃を受けたのかどうかすら、俺には分からなかった。だが確実に何かはされた。呼吸を整え、真正面に居る男に対して刀を抜いて戦闘の意志を見せる。

 ―――だがそれは悪手だった。

 

「これでも無駄か。抵抗するのは辞めて、大人しく大先輩の言うことは素直に従え。然もないと

 

 目に見えない速度で動いた男は、俺の頭部を狙って蹴りを繰り出した。勿論、避けられるはずがなく、俺の五感から『聴覚』が消えた。治癒は行っているが、こうして語っている最中も俺は攻撃を喰らい続けている。

 右から左に流れる様に攻撃、それを刀で受け止め、先を読んで刀を振るう。だが当たらず、男が何度も殴りで執拗に俺の刀を狙う。

 男が何かを喋っているが、何も分からない。何も聞こえない。

 

「……お、んみょ……うじ?」

 

 声が聞こえなくても、俺の目が男の口を見続けている。そしてその動いた口の形状から男が発した言葉を予測し、俺は声に出して読んだ。

 「おんみょうじ」と、確かに俺は言った。そして目の前の男も驚いた顔をして頷き、俺の発言を肯定した。

 

 ―――陰陽師。それは五行説と呼ばれる五種の元素を用いて祈祷や占筮を行ったり、神職として古代日本を支えてきた術師とされている。

 怨霊を恐れた天皇が平安京……今で言う京都市街地に遷都したことにより、陰陽師はその活動が活発になり、悪しき事や良き事のどちらにも扱われる様になった。

 

 という話なら、俺も話だけなら聞いた事がある。遥かな昔に陰陽師が存在していた事、そして魔術師の妖術師にある程度関係があることなど。

 けれど、陰陽師と他の術師にどのような接点があるのかどうかはまだ分からないし、知ることは無いと思っていた。だが、出会ってしまった。

 今俺たちがいる場所は紛れもなく京都。過去に陰陽道を禁止する法令などが廃止された以降も、現代に陰陽師が残っているとは想像すらしていなかった。

 

 ぼんやりと脳が考える事を辞め、意識が薄れて行く。この感覚を俺は何度味わったのだろうか。慣れる事なんか出来ないし、慣れたくもない。

 地面へと倒れ込み、目線の先に居る氷使いを薄く開いた目で眺め続ける。このまま動く事無く、俺はこの命を失う事になるだろう。―――視界に光が灯る。その光は今を、未来を照らす神の光では無い。過去の現象をゼロへと回帰させ、その行先を閉ざす最悪の光。

 この命が尽きる寸前で、俺は陰陽師と名乗る男の顔を見て言葉を読み取る。そして男はその光の名を口にする。

 

「『後続継承』の火」

 

 過去をゼロへと回帰させる為には、敵の過去を時空から切り取り、自身の『箱』へと収納する必要があり、 その時に『箱』が収納した過去を読み込んで、男の脳内へと直接共有することが出来る。

 本来の使い方は、これ以上未来を生きる事が不可能な民に使用し、民が歩む筈だった未来を『後続』を『継承』することだった。だがその光を、この男は殺しの為に使う。俺という存在を、 俺が生きた証をこの世から完全に抹消させて、影すら残さず俺を殺す為に。

 勿論、抵抗など出来るはずが無く。その最悪な光は俺の全身を包み込み、そして輝きを失った。………そこに俺の体は存在しなかった。男の『箱』にはもう既に、俺の過去が収納されてしまっていたようだ。

 その後、氷使いがどうなったのかは分からないが、恐らく俺と同じように過去を抜き取られて殺されたのだろう。

 俺の意識もここで途絶える。遡行が起きるまで、俺はずっと、ずっとこのまま語り続けて………、

 

「何………?記憶が、読み取れない……?何故だ、何故。そんなはずは………まさか、禁忌の術を使ったのか!?いや有り得ん、禁忌レベルの書物は全て京都にある筈だぞ!!」

 

 男の悲痛な叫びと共に、肌で感じていた風の流れが完全に断ち切られた。

 目の前に壁が現れたのかと思って手を伸ばすが、その先には何も無い。―――あの空間だ。狂刀神とやり取りを交わし、『千里眼』を成長させ『疑似創造』を習得したあの空間と同じ。

 

「………やめろ、来るな。こっちへ来るな!!どんどん近付いて来るんじゃない!!やめろ、やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ!! 」

 

 俺には音を聞くための耳も、周囲を見渡す為の目も開かない。 だが、鮮明に聞こえる見える。男が泣き喚きながら、 赤黒い何かに全身を食い尽くされる場面が。

 バリバリと骨を砕く音、肉が引き裂かれて鮮血が飛び散る光景が安易に想像出来た。

 その赤黒い何かがどんな形をしていて、どんな見た目をしているのかはハッキリと見えない。薄いモヤが掛かっているせいだろう。

 暫く無惨にも陰陽師の肉が引きちぎられる場面を眺めた後に、その赤黒い何かは陰陽師に興味を無くし、どんどん俺の方へと近付いて来る。

 でも不思議と、その赤黒い何かに対して恐怖は無かった。不気味で得体の知れない存在となれば憎悪を抱くはずだが、それすらも無かった。

 

「もういいのか?」

 

 目の前で立ち止まった赤黒い何か……だと呼びづらい為『存在:A』と呼称する。そして『存在:A』に俺は問い掛ける。

 

「お前は、何だ?」

 

 返答は無い。それ以前に、この『存在:A』に意思は無いし、考えてもいない。本能のままに動く獣の様な存在なのだろう。

 

「………何者かは分からないが、助かった。お前が居なかったら俺は………、死んでいた」

 

 厳密に言えば、俺はもう既に死んでいる。だがそれは肉体的な話で、俺の精神面は今も動き続けている。現にこの語りが停止していないのが何よりの証拠だ。

 

「………まぁ何者なのかは大体検討はつくが………どうせ答えられないだろうけど、聞かせてくれ。………お前は――― 何の為に俺を遡行させる? 」

 

 その問い掛けに返答は無い。それ以前に、この『存在:A』に意思は無いし、考えて

 

「 ―――永劫の時を視認する。是は常世全ての時間を遡行する術であり、常世全ての未来を見据える術である」

 

 この世のモノとは思えない程に不快な声が、俺の脳内に直接伝達される。 その伝えられた言葉を俺は、知っている。

 魔術師による大量虐殺を視て、魔術師を殲滅する機会が与えられ、数多の遡行を繰り返す事になったあの言葉を。

 

「―――そして是は、貴公が遥か先の事象を破却するまで終わる事は無い」

 

 そう言って『存在:A』は振り返り、そのまま暗闇へと進み続ける。体は次第に半透明になって行き、陰陽師の死骸を越えた辺りで完全に消滅した。

 恐らく『存在:A』は、禁忌の術"遡行"の具現化。"後続継承"の術を破り、術を使用した主に使命を伝える。そのためだけに出てきた幻の様なモノ。

 そして『遥か先の事象』は、東京で起きる二度目の大規模魔法事件の事で間違いない。それを『破却するまで終わる事は無い』と言った。それはつまり、二度目の東京大規模魔法事件を解決し終わるまで、俺の遡行は"永遠に続く"という訳だろう。―――なんともまぁ、

 

「………律儀な奴だな」

 

 陰陽師は死骸へと変化し、『存在:A』はその姿を消した。体がもう無くなった俺は、遡行を待つのみ。

 暗闇で何も見えないし感じないとはいえ、探索するくらいは出来るはずだ。そう思って俺は陰陽師の死骸を越えて進もうとした、その時。

 

「………………に…てる、魔……が必…だ」

 

 俺が進んだ道の反対。先程まで俺が居た方向から、うっすらと声が届く。その声は少女の声に近く、とてと聞き覚えのある声だった。

 

「………呼ばれてる、な 」

 

 どこかで、俺を呼ぶ声が聞こえる。薄暗く、手も足も体も何も無い場所に立つ俺を、誰かが呼んでいる。

 とても困った感じがして、誰かの助けを乞う感情が入った声だった。

 なんて回りくどい言い方をせずに言うと、明らかに氷使いの声だ。少し特徴的な声だが、喋ってる言葉もハッキリと聞こえやすくてわかりやすい。

 

「…………え…くれ……、妖術師!!」

 

 妖術師と、確かに氷使いは言った。そして、その氷使い………仲間が俺を呼んでいる。なら、

 

 

「行くしかねぇに決まってんだろ!!」

 

 

 陰陽師の死から数分。何も無いはずだった身体にはいつの間にか手や足、全身が存在していた。何故、なのかは知らないが、好都合だ。

 影の中(と呼べる影は、暗闇だからどこか分からないがそれっぽい場所)から『太刀 鑢』を取り出し、氷使いの声が聞こえる方向へと全力で走り出す。

 その後ろ姿を見送る為か、再び姿を現した『存在:A』は、陰陽師の死骸を抱えたままゆっくりと、俺の背中を見つめ続けた。

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

 

 

 遠いようで近い場所から、聞き馴染みの声が聞こえる。鎌鼬の妖と戦った後に出会い、創造系統偽・魔術師の戦闘に関わり、瀕死の俺を助けた氷系統偽・魔術師の声が。

 

 しかしそれはただ聞こえるだけ、方向も位置も分からず、ひたすらに近場を走り回るだけ。 向かおうと啖呵を切ったのにこのザマだ。

 

 何も無い虚空に向かって『太刀 鑢』を振り回し、辿り着ける可能性の無い、存在するかどうかも怪しい "空間の端" を探す。

 

 全速力で走り、違和感のありそうな場所を片っ端から捜索する。この空間内で妖術の使用は可能だが、『共有感覚』『鑢 魔獣』『周囲調査』などの 探査系妖術 は使用出来なくなっている。―――心臓の鼓動が早くなる。

 

 早く氷使いの居場所を特定しないと、何かマズイ予感がする。そう思い何も見えない空間を手当り次第に探るが、何も成果も得られない。―――心臓の鼓動が早くなる。

 

 探し方が悪いのか、それとも氷使いの声は幻聴だったのか。そんな思考が脳内を埋めつくして手の動きが鈍くなる。―――心臓の鼓動が、早くなる。

 

 何処だ何処で何処に居る。見えない空間を彷徨い続けて、護れるべきモノを取り零してしまう気がする。急げ急げ急げ急げ急げ急げ急げ急げ急げ―――心臓の鼓動が、聞こえる。 

 

 小さく、そして素早いリズムを奏でる心音が反響する。近い、近くに居る。見えはしないが、確かに氷使いが居る。

 いや違う、最初から俺は氷使いと同じ場所に辿り着いていた。ただ見えないだけで、ここに氷使いが居るんだ。

 

「………箱の二重底と同じ原理か」

 

 元から氷使いと俺の居る空間は同じ位置で、同じ座標で固定されていた。ただ、空間の上に空間を重ねて、上下の座標を変更したのだ。

 つまり、俺が今立っている地点の真下。底を突き破れば、俺は 目的地へと到着する。

 

「『太刀 鑢』」

 

 所持していた刀を振り上げて、まるで大岩を斬るかのように素早く、そして力強く振り下ろした。刀身が地面と接触したその瞬間。空間全体が無造作に波打ち、構造そのものが次第に変化して行く。

 背後からタイルの様なモノが剥がれる音がして地面が崩れ、俺は何も無い空間へと投げ出された。 ただ落下し、闇に呑まれるように。

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

 

 落下し始めて数秒が経過し、俺は遂に待望の地面と、激突した。強い衝撃が足の骨にまで響いた俺は、少しの間だけその場で蹲った。

 治癒の術を使用…となるほどのダメージでは無いが、痛いものは痛いので影から取り出した湿布でも貼っておこう。

 

「妖術師!!君は今どこから………じゃなくて、まさか本当にこんな空間まで辿り着けるとは」

 

 不意に、背後から女性の声がする。 いや女性と言うと誤解が生まれてしまうかもしれない。正しくは容姿と声共に幼くまだまだ偽・魔術師としては未熟者の少女、である。

 そして俺に助けを求め、再会を祈った少女。

 

「………氷使い、お前が呼んだのになんだその反応は。俺もよく分からない空間に飛ばされた後、どうにかしてここまで来たってのに」

 

 氷使いの方へ振り返り、手を地面に付けて勢いよく立ち上がる。その弾みで足に少し負荷が掛かり、ツンと痛みが走った。

 何も見えない空間内だけど、人物だけはハッキリと鮮明に見える。

 

「それで、氷使い。お前は何故ここに居る?」

 

 まず第一に聞きたい事、それはこの謎の空間に氷使いが存在する理由。

 

「何故って……君がここに呼んだと、 彼か彼女か分からない『声』が教えてくれたのだけれど」

 

 そう言って氷使いは上を指差し、俺もその動きに合わせて上を見上げる。その先は真っ暗で、何も無い。何も無いが………気配はする。邪悪な、俺の事を忌み嫌う気配―――、

 

『我が嫌う訳はお前が一番分かっているだろう、妖術師』

 

「…………狂刀神」

 

 まぁ、狂刀神が言う事は間違っていない。何せ狂刀神から制御を取り返し、神器を自分の物にして濫用し続けた。

 その点に関しては本当に申し訳ないと思っている。

 

『………思っておらぬだろ、お前』

 

 ………思ってる訳ねぇだろ。

 そんな喧嘩紛いなやり取りを無言で行っていると、氷使いがジト目でこちらを見て来た。凄く何か言いたげな目をしている。

 

「二人でなんのやり取りしているかは分からないが………妖術師、君の力を貸して欲しいんだ」

 

 遂に本題へと話の路線を戻す。

 

「私達が居るここは『声』が作り出した安全地帯の様な場所だ。あそこの奥で立っている人が居るだろう?アイツを倒さないと外に出られないらしい」

 

 氷使いが指差しした先には、全身が赤黒い何かで形成された人間の様な物体が佇んでいた。その容姿と持っている武器は、あまりにも俺の見た目と『太刀 鑢』に似ている。

 

「…………あれは、俺か?」

 

 思ったことがつい我慢出来ず声に出てしまった。

 

「―――そう、アレは『声』が作り出した未来の妖術師らしい。そしてあの妖術師はこの安全地帯に近づく事が出来ないようだ」

 

 未来の、俺。その言葉がどの未来を指すのか、 どこまでの未来を示すのか分からない。 『魔術師を全て討伐した後』なら、使用する術も限られてある程度の予測は可能だ。

 だが、もし『妖術師としての成長を果たし、"進化"を遂げた後』なら………、

 

「あの偽物は、何か術を一度でも使ったか?」

 

 寿命を全うして妖術師の高みへと至った俺なら、恐らく手も足も出ずに殺されて終わりを迎えるだろう。

 偽物が使う術もほぼ初見、予測して見切る事は確実に不可能。

 

「たった一度の踏み込みで、私が創った氷の壁を全て破壊し、雷の様な速度で距離を詰める術。確か『疾風迅雷』と『声』が言っていた」

 

「………そうか」

 

 偽物が使用した術、 『疾風迅雷』の事を俺は知っている。今の俺が扱う術の中に『疾風迅雷』は無いが、一度だけ視た事がある。

 

「未来視の時に視た、あの術と同じ………」

 

 二年後に起こる、二度目の東京大規模魔法。ソレを未来視で視た時、ほんの一瞬、ほんの少しだけ未来の俺が視えた。

 周囲の瓦礫を移動で吹き飛ばし、雷と同等の速度で偽・魔術師の首を断つ俺。まるで何かに追い詰められている様な鬼の形相で戦っている姿を。

 

「この情報だけでどっちかの区別は出来ねぇが、前者だと思って戦うしかねぇな」

 

 刀を交えずとも、俺と偽物の力の差は段違いだと本能が告げる。一度の隙を見せれば死ぬかもしれない、その情報だけが脳内で繰り返される。

 

「そこで、だ。私はあの偽物と戦う為に、魔術師に成る事を選んだ」

 

 魔術師に成る、か。偽物とは言え、妖術師の特性と能力そのものは俺と変わらないはずだ。故に、妖術師を殺せる魔術師に進化するのは間違いじゃない。

ん?いや待て、氷使いは何て………、

 

「………今、魔術師に成るって言ったか?」

 

「あぁ、言ったとも。その方法しか偽物に太刀打ちできる手段は無い、そうだろう?」

 

 聞き間違いじゃなかった。本当に「魔術師に成る」と、一言一句同じ事を言っていた。

 いやそもそも、偽・魔術師から純粋な魔術師に進化など出来るのか?俺も文献資料上でしか聞いたことが無い情報だ。………氷使いの言う通り、例え可能か不可能か未知数でも試すしか方法は残されていない。

 

 この空間で『遡行』が使えるのか分からないし、もし使えたとしても何度も何度も『遡行』をする羽目になるだろう。

 

「死ぬのだけは、もう御免だ―――。分かった、氷使いが魔術師に進化するのを手伝おう。まず俺は何をすればいい?」

 

 その条件が"血肉を捧げる"だったとしても、俺は躊躇わず呑む覚悟はある。………流石に"命"まで来たら断るかもしれないが。

 

「私の氷を溶かした水をこの器で飲み干し、私の魔導書を『太刀 鑢』で真っ二つに斬る。ただそれだけで十分だ」

 

「………それだけ?」

 

「それだけ」

 

 あまりにも簡単な方法で、俺は思わず驚いた表情で氷使いの方を向く。その顔を見た氷使いは薄らと笑みを浮かべて、俺と目を合わせた。

 嘘か本当かを疑っている余裕は無い。提示された条件を今すぐ行うのが最善の選択。

 

「じゃあ器と魔導書をこっちに渡してくれ」

 

 俺は手を伸ばして、氷使いから氷で出来た器と魔導書を受け取る。少しだけ偽物の様子を伺う為に目線をズラしたが、その場で立っているだけで動こうとはしない。

 冷たい氷の器を片手で持ち、口の近くへと運ぶ。顔の辺りで冷気を感じながら、器に入っていた水を俺は全て飲み干した。

 

「………後は、魔導書を斬るだけ」

 

 『太刀 鑢』を両手で構え、地面に置いた魔導書に狙いを定める。このまま振り下ろせば儀式は終わり、偽・魔術師は純粋な魔術師へと変わる。…………そうなれば、俺は氷使いを殺さなければならなくなってしまうだろう。

 

 魔術師は全員殺すと誓い、空間支配系統魔術師『沙夜乃』を俺はこの手で葬った。なら、氷使いも俺の手で殺さなければならない。

 俺は、仲間を殺せるのか?そんな疑問が頭をよぎったが、すぐにその考えは消えて、俺は『太刀 鑢』を力強く握る。

 

「………はぁぁぁあああ!!」

 

 時間の流れが遅く感じる。ゆっくりと振り下ろされている『太刀 鑢』は、空気を斬りながら魔導書を目掛けて進み続ける。あとは力に任せてこのまま刃を進めるだけ―――、それだけだった。

 偽物から意識を逸らした一瞬、俺は判断を誤ったのだ。最善の選択を取ったが故に、最悪な結末を向けることになってしまった。

 

「………っダメだ!!」

 

 偽物の拳が俺の左頬へと伸び、そのまま勢い良く顔面が吹き飛ばされる。少し遅れて胴体も顔と同様に物理の法則に従い、そのまま地面へと強く転がった。

 

 音速を越えた攻撃を直接喰らった事で、肉が引き裂かれ、骨が粉々に砕けて変化し、顔面は人と呼ばれる形を保つ事が出来なかった。

 頭部破裂、とまでは行かなかったが、生命の活動を続ける上で最も重要な器官である脳が破壊され、俺は死んだ。

 

 

 

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

 

 

 

 

「どうしたんだい、妖術師。そんな悪魔でも見たような表情をして」

 

 俺の手は『太刀 鑢』を振り上げ、その場で停止している。まだ振り下ろす前、何も起きていない状態だ。―――死んだ。俺は死んだんだ。『遡行』を行った。

 「死ぬのは御免だ」と言いながら、その数分後に俺は死んでしまった。強烈な一撃を頬で受け、そのまま即死したのだ。

 

「……ぁはぁはぁはぁ!!」

 

 呼吸が荒くなる。この刀を振り下ろせば、恐らくまた拳が俺を目掛けて飛んでくる。そして、 その拳を放った人物は一人しかいない。………偽物だ、俺の未来を模倣した妖術師が、一瞬で近付き、そのまま俺を殺した。

 あんなのどの術師であっても、対応出来るわけが無い。例え神である狂刀神であっても確実に不可能だろう。

 

『………お前、遡行したのか?』

 

 やっぱり気付いたか、こんなに動揺していれば気付かれて当然だ。

 あぁ、お前の言う通り俺は『遡行』した。そこの偽物に綺麗な一撃をお見舞いされてな。 それも即死だ、痛みや攻撃された認識など無く、俺は死んだ。

 

『そうか、遡行の未来を見せた氷使いの助けがあっても、アレの攻撃からは避けられなかったか』

 

 見せた……?まさか氷使いに今までの遡行を体験させたのか!? それに遡行の未来だと。まさか俺が死ぬ事を既に氷使いは知っていたのか?―――いや、知っていた。氷使いは知っていた。

 偽物の攻撃を受ける前。俺が反応するより先に、氷使いは俺に対して「ダメだ」と言い、氷の魔術を使おうとしていた。

 ただ単純に偽物の動きをいち早く察知したと言う場合もあるが、とても目で追える程の速さじゃなかった。

 

『そうか、氷使いの忠告が間に合わなかったのか』

 

「………さっきから何の話をしているんだい?」

 

 ………多分、氷使い忘れてるぞこれ。今ここで遡行の事実を告げるか、いやしかしこうやって時間を費やしてる一瞬でまた偽物が攻撃してくるかもしれない。

 

「………氷使い、すまん!!」

 

 俺は一応の謝りを述べた後、氷使いの手を取って影の中へと押し込む。その行動を見た偽物が、姿勢を変えて攻撃の準備に入った。

 違う、あの構えとこの空いた時間。さっきの攻撃とは違う全く別のモノが来る。一瞬の一撃に全てを注ぎ込んだ攻撃に備えて、俺は影を展開し、氷使いと俺を収納した。

 

「………おいおい嘘だろ?」

 

 偽物は背中から何か大きな物体を取り出し、地面へと突き刺す。そうしてブツブツと唱えた後に、物体を 更に深く突き刺した。

 足元から半径10m程の魔法陣が現れ、その輪っかは次第に広がり始める。

 その円が俺たちが潜む影に触れた途端、俺たちは影の中から追い出された様に空中へと舞い、地面へと着地した。

 

「何の術かは分からないが、俺でも多分同じ手段を使った………なっ!!」

 

 喋り切る余裕も無く、偽物は物体―――刀を構えて俺に近付く。

 反応が遅れてしまったが、ギリギリの所で『太刀 鑢』で受け止め、鋼同士がバチバチと音を立てて火花を散らす。

 

「………っこの程度、どうって事は!!」

 

 偽物の攻撃を受け流し、俺はその余韻を利用して偽物の胴体に『太刀 鑢』を振るう。

 俺の『太刀』に対して、偽物の使っている武器は『大太刀』だ。小回りが効きにくく、その大きさ故に攻撃後には隙が発生する。

 その隙を狙って、俺は防御から攻撃へと移行する。―――取った、この攻撃は確実に偽物の胴体を真っ二つにする。防御する余裕も無い。

 

『………その偽物が、今のお前であるなら。その攻撃は通用しただろう。だが、そこに居るのは幾度の修羅場を乗り越えた最強の妖術師。こんなのは造作もない』

 

 狂刀神の言う通りだった。 俺の攻撃は胴体を斬る寸前で停止し、その先に進む事はなかった。

 小さな刀が、偽物が腰から抜き出した小さな刀が、俺の太刀を綺麗に防いで魅せたのだ。油断した、確実に殺せると思った。

 まさかの短刀で重い太刀の一撃を受けた偽物は、たったの片手一本で大太刀を持ち上げ、思い切り振り下ろす。

 

 まさに俺の言った通りだ、大太刀では無いとしても、太刀も大概が制御が効きにくく、次の攻撃までに隙が生じる。

 俺が解説した全くその通りに、俺はそっくりそのまま反撃を喰らった。

 

「………クソ、また死ぬのかよ」

 

 左腰から右肩まで刀が進み、そのまま内臓と鮮血が体の内側から大きく溢れ出る。 斬られた、見事に致命傷の一撃を、俺は受けてしまった。

 偽物を倒す為に、刀を握る力さえない。動くための力も入らない。もう、負けが確定したのだ。

 

 そうして戦いを諦めた俺は目を閉じ、後ろへと倒れ込んだ。大量出血で、俺は死ぬ。また遡行を繰り返す。俺から離れた位置で、氷使いが何やら叫んでいるが、俺の耳はとっくに聞こえない。

 

『次、だな』

 

 あぁ、次だ。俺はこのまま死んで、次の戦闘を行う事になるだろう。

 もう偽物の動きと攻撃は大体予測出来た、次で不可解な動きをしない以上、俺は偽物と渡り合える自信がある。

 

『………死を受け入れるなど、常人には相当堪える感覚だ。やはりお前は、狂人だな』

 

 狂刀神と名前が付くお前に言われたくないが………狂人か、そう言われたのは初めてだ。悪くない。

 そうして俺は全身から力が抜け、もっと更に出血が酷くなった辺りで意識が朦朧とする。………暫くして、 狂刀神の言葉を最後に、俺は意識を完全に失った。そう、死んだ。

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

 

 

 意識が覚醒した俺は急いで『太刀 鑢』を構え、氷使いの手を取って引き寄せる。『深層・黒影領域』を使用し、氷使いのみを影の中へ収納した。

 それと同時に、氷使いの魔導書を斬る為に俺は刀を大きく振り上げる。

 

「………やっぱりな」

 

 偽物との戦いの中、一つだけ気付いた事がある。それは偽物が氷使いに対して、異様なまでに執着している事だ。

 

 一度目の遡行の時、俺が魔導書を斬ろうとして、偽物は『疾風迅雷』の下位互換術を使用して俺を殺した。

 二度目の遡行の時、俺が氷使いと共に影の中へ入った際に偽物は術を使って、俺達を影の中から追い出した。

 

 ―――そして、今。『魔導書を斬る』と『影に氷使いを入れる』の工程を別々に行った時、偽物は背中から大太刀を取り出して地面へと突き刺した。

 何らかの詠唱を終えた後に、大太刀を更に深く差し込み、 足元から半径10m程の魔法陣が現れてその輪っかは次第に広がり始める。

 その輪っかに触れ、影から弾き出された氷使いは慌てて着地に必要な氷を生成する。

 

「うぉぉぉぉぉぉらァァァァっ!!」

 

 ソレを合図に、俺は全員に宿る渾身の一刀を振り下ろし、魔導書を完全に真っ二つに斬った。

 魔導書の断面から魔力が大量に溢れ出し、その魔力の渦は氷使いの体内へと物凄い勢いで吸収されて行く。―――偽・魔術師から純粋な魔術師への進化が始まる。

 

 それを見ていた偽物は氷使いの方向へと体を向け、大太刀を構えて攻撃の準備段階へと移行する。

 偽物は大太刀を大きく振りかぶり、魔力を吸収することに集中している無防備な氷使いを狙って、ゆっくりと息を吐く。

 偽物の顔面に口は無く、その他の器官は見当たらないが、肩の動きや手の構えからして『疾風迅雷』と同等の大技を使用する為の深呼吸をしているのだろう。

 

 魔導書から溢れ出し魔力の終わりが見え、最後の魔力が氷使いの中へ入り込んだのを見届けた偽物は、顔を正面に向けて力強く一歩を踏み出す。

 大太刀は一本の線を引くかの如く繊細で正確な一閃を描き、座り込んでいた氷使いの体へと近付いた。

 

「『空間転移(ゲート・オープン)』」

 

 だがその刃が氷使いの命を奪う事無く、ただ何も存在しない空間を斬り裂いただけだった。

 俺はギリギリまで氷使いに偽物を近付け、寸前の所で『空間転移』を使って氷使いを回収し、全ての準備工程を終了させる。

 

「ちょっとした試練は乗り越えた……が、キツイのには変わりねぇな」

 

 ………本当は『空間転移』を使う予定ではなかった。『疑似創造』の連発用と何かあった時に『狂刀神ノ加護』に、と思っていたが、他に手段がなかった。

 ここからはノープランでの戦闘になる。極力負傷を避けて『治癒の術』を使用せずに妖力を節約したいのだが。

 

「………っうお!?」

 

 考える為に意識を偽物から逸らした一瞬、偽物の大太刀が俺の顔面スレスレで通過する。大太刀の刀身が眩しく輝き、俺の顔を綺麗に反射していた。

 もし、ほんの少し動きがズレていれば、刀が首を貫通してそのまま脳天まで真っ二つになっていた。

 

「っぶねぇなァ!!」

 

 回避した状態から一歩右に強く踏み出し、偽物の何も無い顔面を狙って『太刀 鑢』を真横に振る。

 やはり大太刀を振り下ろした後は少し動きに硬直があるようで、俺の攻撃を避けることは出来ない。

 

 そうして『太刀鑢』の刃が額から後頭部まで突き進み、偽物の頭を完全に切断した。

 流石にどの生物であれ、思考を巡らせる箇所を潰せばその後の活動は不可能。偽物は大太刀を手放してその場で倒れ込んだ。

 

「………でもまァ、この程度で死ぬ訳ねぇよな」

 

 偽物は斬られて地面に落ちた頭を広い、帽子を被るかの様に元あった頭の部位に戻した。触れた瞬間に回復したのか、歩き始めても真っ二つになった頭が外れる感じはしなかった。

 

「………『治癒の術』か。今の俺が持つ術とは比べ物にならない程の治癒速度だな」

 

 俺の言葉に反応したのか、偽物はその場で立ち止まり、もう一度頭の位置があっているかどうかを確認した。

 顔の大半を覆っている手がゆっくりと外され、その手は再び大太刀の元へと戻る。

 

 来る、次の攻撃が来る。俺の知っている術を使うか、それとも未来の俺が使う技を見せるのか。

 互いに武器を同じ格好で構え、同じタイミングで大きく深呼吸をする。

 

「………はッ!!」

「………ッッ!!」

 

 同時に動き出した俺と偽物、速度も 同一。術を使った形跡は無い。

 俺の『太刀 鑢』と偽物の大太刀がぶつかり合い、火花が散った際も、術を使った様子は無い。

 

「まさか俺と、単純な剣技で戦おうってのか!?………………おもしれェ!!」

 

 俺は刀を水平にし、レイピアを扱うかのように 突き攻撃を繰り出す。しかし、偽物は五度の攻撃全てを避け、大太刀を力強く振り下ろす。

 振り下ろされた大太刀を、両手で握った『太刀 鑢』で受け止め、大太刀を真横へと流した後にがら空きになった偽物の胴体を狙う。

 

「貰ったァ!!」

 

 隙が生じた偽物を逃さないように、油断した俺を偽物は見逃さない。

 勝ちを確信して移動する『太刀 鑢』より早く、俺の右足の隣に流した大太刀が角度を変えて再び加速する。

 

 俺は本能的に『太刀 鑢』を振り下ろすのを辞めて大太刀が進む先を予測し、防御に徹した。

 その結果、全霊の大太刀を受けた『太刀 鑢』と俺は吹き飛ばされて少し離れた所に着地する。

 

「………まず

 

 

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

 

 

 

 

 その結果、全霊の大太刀を受けた『太刀 鑢』と俺は吹き飛ばされて少し離れた所に着地する。

 

「―――ッどらァ!!」

 

 着地を狙って急接近してきた偽物の頬に向かって右手を強く突き出し、慣性の法則と俺の力が合わさった渾身の殴りが完成した。

 俺が反応出来た事に驚いたのか、少しその場で考え込む素振りを見せて、偽物はまた立ち上がる。

 

「…………『遡行』の地点が短くなってんな」

 

 一度死んだ、それも死んだ事に気付かない程に早く、命を刈り取られた。

そして、ここで死ぬ度に、『遡行』の更新地点が少しづつ短くなっている気がする。それが本当かどうかは断言出来ないが、予感はする。

 これで三度目の遡行。恐らく、次は無い。

 立ち上がった偽物は大太刀を構え、俺に急接近した。俺もそろそろ慣れてきた様で、直ぐに『太刀 鑢』を振って対応する。

 互いの刀が一度や二度ならず、何度も交わり火花を散らす。

 

「右、上、左、上、左、下!!」

 

 何となくだが、攻撃のパターンが読めてきた。

 目の前にいる『俺』は所詮、狂刀神が作り出した命の無い人形。生きている生物を相手にすれば、相手も学習して攻撃の手段を変更する。

 だがこの偽物は、毎度同じ攻撃方法で先読みがし易い。一度見極める事が出来れば、多少は楽になる。

 

「無駄だって言ってんだろ!!」

 

 右膝で偽物の腹部に蹴りを入れ、後退りした瞬間に偽物の顔面に殴りを決め込む。

 しかし、偽物に直撃したはずの拳は動く事無く、その場で静止し続けていた。硬い、偽物の頭は岩のように硬い。逆にこっちの拳が割れそうだ。

 

 顔面に拳を受けたまま、偽物は大太刀を振り回して反撃に移る。

 

「………っぶねえ!!」

 

 偽物が大太刀を大きく振り、俺は勢い良く仰向けになってギリギリで回避する。その行動によって、重なっていた俺と偽物の動きがズレた。

 

「―――『零嵐(れいらん)』!!」

 

 そのタイミングを見計らっていたかのように、仰向けの俺の真上を 尖った氷が螺旋を描いて飛翔し、偽物の胴体を貫いた。

 俺はすぐに立ち上がって地面に膝を着いた偽物を眺める。

 この氷に背後の忌々しい気配。古い魔導書を斬り、新しく生み出された魔導書を片手に佇む魔術師が一人。

 

「………魔術師に成ったか、氷使い」

 

「そんな顔で見ないでくれ、魔術師を忌み嫌うのは分かるが、今だけは目を瞑ってくれ」

 

 未来の妖術師を真似た偽物との戦いの中、少しばかり衣装が派手になった氷系統魔術師『氷使い』―――否、氷系統魔術師『小鳥遊(たかなし) (なぎさ)』が今この瞬間に誕生した。

 

 最強を誇る妖術師相手に手も足も出ない状況で、このまま消耗戦にでも持ち込まれたら俺の負けは確定してしまう。

 そうならない様に適切なタイミングで攻撃を仕掛けるが、偽物には届かない。

 

「………クソ、化け物が」

 

 だが、俺の攻撃が届かなくても『魔術師』の攻撃は届く。

 先程、氷使いが偽物の胴体に空けた穴は治癒の効果を受け付けず、失われた肉体は復活しなかった。

 『妖術師と魔術師は対の存在』の特性を上手く利用し、偽物の行動範囲を俺が狭め、氷使いの魔術で肉体を削って行く。

 

 これが今一番、最善の作戦だ。

 

「些か脳筋が過ぎると思うけど……!!」

 

 偽物が持つ大太刀の尺度と攻撃時の移動速度を予測して、俺に向かってくる瞬間を狙って氷使いは何度も攻撃を繰り出す。

 動きが鈍くなった偽物を横目に、俺は楕円を描くように偽物の周囲をグルグルと周り続ける。

 

「今だ!!」

 

 俺の掛け声が聞こえると、氷使いはまた氷を生成して偽物にダメージを負わせた。

 楕円を描くように走る理由は 偽物と俺が重なって巻き添えを喰らわない為であり、円の内側に偽物を留める事で氷使いが偽物へ攻撃し易くする為だ。

 

 この作戦は上手く行った様で、徐々に目に見えて偽物は以前までの動きは見せなくなって来ていた。

 

「『列狂 深紅桜』」

 

 自らの『運』と『妖力』を犠牲に、刀身が淡い紅色を帯びて夜桜のように美しい一閃を繰り出す術、発動。

 妖術に気付いた偽物は大太刀を構え、防御の体勢に入った。その構えからは "術を完全に受け切る" という強い意志を感じた。………そんな偽物には悪いが、この『列狂 深紅桜』はそんな簡単に護れる術ではない。

 

「その覚悟は見事。だが、同じ妖術師だからと俺を侮ったのがお前の敗因だ」

 

 あの時に魔導書から溢れ出したのは、魔力だけではなかった。呪術と妖術、そのどちらもがとめどなく流れ続け、俺は膨大な妖力を間近で浴びた。

 そして、この空間は『狂刀神』が作り出したモノ。ここに居続ける限り、俺は 常時『狂刀神ノ加護』を使っている状態となっている。―――空気が歪み、妖力が集い、一点に収束する。

 

「『疑似創造』」

 

 全身の妖力を『太刀 鑢』に込め、形状を徐々に変化させて古き黄金の剣を創り出す。

 それを見ていた偽物が膝を着いたまま動かず、片手を前に出して何か詠唱を始めた。足元に巨大な魔法陣が展開され、偽物は勢い良く手を握りしめる。

 

「まさか、防御の術!?妖術師!!」

 

 氷使いが俺を呼んだと同時に、偽物との間に巨大な壁が生成される。普通の攻撃では破壊より先に傷すらつかない程の頑丈さがある壁だ。

 握り締めた剣を下に構え、ただ一点に全てを集中させる。偽物が居るであろう地点、その場所目掛けて。

 

「『選定の剣よ(エクス)―――

 

 何も無い真っ暗な空間で、異様な程に光を放つ剣。それは妖術師の偽物をこの世から抹消する聖なる光。

 

 

―――導き給え(カリバー)』!!」

 

 

 盛大に振り上げられた剣。そこから放たれた眩い光は真っ黒な地面を抉り、目の前の壁に強く激突した。

 直視すれば失明してしまう程の光が空間を包み込み、巨大な壁が少しずつ蒸発して行く。

 

「壊れろおおおおおお!!」

 

 有り余っている妖力を全部注ぎ込み、『選定の剣よ、導き給え(エクスカリバー) 』は更に勢いを増して威力が増加する。

 例えこの先にいる偽物が未来の俺だとしても、『列狂 深紅桜』と『選定の剣よ、導き給え(エクスカリバー)』が合わさったこの攻撃は防ぐ事が出来ない。

 

「……………ッ!!」

 

 限界点を越えた巨大な壁に人間が一人通れる広さの穴が開き、そこから莫大なエネルギーを保有した光が溢れ出して偽物に直撃した。

 ジリジリと何かが焼ける音と共に、偽物の足元にあった魔法陣がどんどん小さくなって行く。

 

「―――妖術師!!」

 

 自身の魔術で生成した氷の剣を持ち、開いた穴に向かって氷使いは走り出した。

 勿論、この光は魔術師を殺す聖なる光でもある為、氷使いが触れれば全身に激痛が巡り、下手すれば死に至る。

 

 しかし氷使いはそれを全て承知した上で、光を浴びて崩壊した穴を潜り抜ける事に成功した。

 氷使いの呻き声が聞こえるが、今ここで『選定の剣よ、導き給え(エクスカリバー)』の攻撃を辞めれば偽物は確実にまた動き出す。

 俺は氷使いを信じている。信じているからこそ、俺はこの光を途絶えさせない。

 

「頼んだ、氷使い!!」

 

 

* * * * * * * * * *

 

 

 妖術師の光に触れた瞬間、身体のありとあらゆる箇所に痛みが走り、私は耐えきれず激痛でその場に倒れ込んだ。

 皮膚は焼け、内側から何かが蝕む感覚が無くならない。立ち上がることすらままならない状態だった。

 

「…………い………痛い……!!」

 

 けれど、私は進まなくちゃいけない。

 『声』が言っていたこの試練は、妖術師と『京都の魔術師』を討伐するに相応しいかどうかを見定めるモノ。

 

「………わた、しは!!」

 

 私が偽物に勝たなければ、この試練は終わらない。

 立ち上がって真正面を向き、偽物と目が合う。偽物も同様に私の方を向いて手を差し出す。

 攻撃、では無い。何かの術を使用する感じもしない。ただ、私に手を差し出している。

 

 私は背中で『選定の剣よ、導き給え(エクスカリバー)』の光を受けながら、偽物の手に歩み寄る。

 

「…………きみは」

 

 手に触れようとした刹那、偽物の腕が徐々に崩壊して行き、指先さら肩の方まで粉々に消え去った。

 自身の死を悟った偽物は、残った左腕で足元に何か文字を書いて顔を上げた。

 偽物の顔は、相変わらず何も無く、表情一つすら見えない。まるでのっぺらぼうの様な感じだが―――私には分かる。

 

 この程度の敵を倒せず、京都の魔術師を倒すのは不可能。と、偽物は告げている。

 

「………そうだね、私は魔術師だ。魔術師は魔術師の………役目を果たす…!!」

 

 『選定の剣よ、導き給え(エクスカリバー)』の光で破壊されないように、私は自身の胸元で小さな氷で出来た短剣を生成する。

 私は光に当たらない角度で、勢い良く短剣を偽物の首元に突き刺した。

 

「……………。」

 

 偽物は何も言わない。妖術師との戦いで見せた感情に近い動作をすることも無く、身体の端から少しずつ灰のように散って行く。

 偽物は何も動かない。抵抗もせず、自身の死に絶望せず、ただ起きるありのままを偽物は受け入れている。

 

「………さようなら、妖術師」

 

 私が片手を上げた数秒後に、『選定の剣よ、導き給え(エクスカリバー)』の光が途切れて足音が近付いて来る。

 別れの言葉を口にした私は、偽物の肩に手を置いてそのまま静かに見送る。

偽物は何も―――、

 

 

 

 

 

 

「………変わらねぇな、氷使いは」

 

 

 

 

 

 

 確かに、私は見た。

 

 偽物に無かった表情が、顔が、目が口が鼻が耳が、確かにあった。 偽物は最後に 笑顔で ソレだけを言い残して、身体の全てが崩壊して消滅した。

 突然の出来事に私は驚いて言葉が出ず、ただ本当に偽物を見送ることしか出来なかった。

 

「………これは」

 

 散った偽物がそこに居た事を示すかのように、地面に一言だけ文字が書かれていた。

 何も見えないはずの真っ黒な地面に、明るく全てを浄化する聖なる光を利用した字がそこにはあった。

 

「…………《つぎのようじゅつしをころせ》………次の妖術師を、殺せ?」

 

 次、とは何か。

 

 偽物が残したこの文字の意味が、私には理解出来ない。 この世界に残っているのは、私の方に駆け付けている妖術師のみのはずだ。

 もし、仲間の妖術師を殺せという意味だとしたら、一人しかいない妖術師に対して『次の』の言葉は必要ない。

 一瞬、自身を妖術師と偽って記憶を改変していた偽・魔術師を思い浮かべたが、あいつは偽・魔術師であって本当の妖術師では無い。

 ならこれは誰の事を指している。まだ別に妖術師の生き残りがいるのか、それとも―――、

 

 

 

* * * * * * * * * *

 

 

 

「氷使い」

 

 恐らく偽物の討伐で試練を終えたはずの氷使いは、下を向いて何か考え事をしていた。

 正直、この場合に声を掛けるかどうか迷ったが、晃弘と創造系統偽・魔術師の安否が分からない以上、急ぐ必要がある。

 そう思って氷使いに声を掛けたが、やはり何か考え事をしているようで、反応が無い。

 

「おい、氷使い。聞いてんのか?」

 

 氷使いの顔に元に戻った『太刀 鑢』を近付けた瞬間、氷使いはハッとした表情をしてやっと我に返った。

 

「氷使い、よくやった。魔術師になった氷使いを殺すかどうかは後々考える事にして、さっさとここから出ないとな」

 

 俺は何も無い空間を見上げて『狂刀神』に問いかける。

 

「これで試練は終わった。氷使いは京都の魔術師を殺すのに相応しい術師になったはずだ。そろそろ俺たちを元の場所に戻してくれ」

 

 俺たちの戦いを眺め続けていた狂刀神に聞きたいことが沢山あるが、いまはどうでもいい。先を急ぐ用事を優先しなければならない。

 

『………ヤツに勝った以上、お前達を認めざるを得ん。手短に話してやる、後ろを向け』

 

 狂刀神の声が背後から聞こえ、俺は指示通りに後ろを向いた。氷使いも同じように後ろを向いて、俺と同じように驚愕した。

 

「………父、さん?」

 

 俺の父親『八重垣 肇』の姿をした人物が、即席の骸骨で作られた玉座の上に座っていたのだ。

 父は死んだ。俺がまだ妖術師の全てを教わりきってない頃に病気で死んでしまった。

 そんな父が、ましてや狂刀神が、俺の父親、いや分からない、何がどうなっている、父は生きていたのか、それとも父は元から―――、

 

『………お前、(オレ)が八重垣に見えるのか?………そうか、お前にはそう見えるのか』

 

 狂刀神はそう言った後に、氷使いを指さして問う。

 

『氷使い、お前には我が何に見える?』

 

 氷使いは驚いた表情から納得の表情へと変化し、ゆっくりと微笑みながら狂刀神の問い掛けに対して答える。

 

「………私の、お父さんに」

 

『ク……クハハハハハハハ!!そうか、そうなるのだな。 妖術師よ、お前には我が八重垣に見えているだろうが、それは間違いだ』

 

『人では神としての我を認識すら出来ない故、お前達の記憶から引っ張り出した人物を重ねて可視化出来るようになっている』

 

 少々難しい話ではあるが、簡潔に説明すると。

 肉眼では見ることが出来ない『赤外線(狂刀神)』を『携帯のカメラ(記憶内の人物)』を使用して視認出来るようにする。と、言う訳だ。

 

『そして確かに、試練を作り出したのは我だ。だが………氷使いを選んだのはお前だ。お前自身がこの空間を創造し、氷使いを引き込んだ』

 

「つまり、試練を受けさせる為の場を妖術師が用意して『声』が内容を作った。そうして一種の領域が完成し、妖術師は無意識で 試練の対象に私を選んだ。って事で間違いないかい?」

 

 狂刀神の意図を汲み取った氷使いは言った。そうだ、と玉座に座っていた狂刀神は笑いながら立ち上がる。

 一歩、こちらに近付く為に足を踏み出す。その行為を見た俺の背中から、大量の冷や汗が出て止まらない。

 

 ただ狂刀神が積まれた骸骨の上を歩いているだけ、ただそれだけなのに。膝が震える。………狂刀神は、妖術の加護によって複製された贋作の様な存在と言っても過言ではない。

 だが、やはり神としての力は健在なのか、どうしても狂刀神の前だと体が動かない。

 

『戯言と試練は終わりだ、さっさとこの空間から出て行け。妖術師が作り出したとはいえ、ここの統括は我が行っている』

 

『…………その前に氷使い。お前、大天狗との戦いの最中、視線を感じて身動きが取れなくなったと言うのは本当か?』

 

 俺と同じように体が硬直していた氷使いは、何ともない顔でそのまま頷いた。

 

『………ほう、ならば我と同じ神に近い力を持つ者が居るのやもしれぬな。いつ以下なる時も油断は禁物だ、それが分かったならさっさと行け』

 

 顎で出て行けと指示を出した狂刀神を横目に、動けるようになった俺と氷使いは周囲を見渡す。

 狂刀神の示した方向に、白く大きな扉が現れて自動的に開いた。 恐らくアレが出口、元の場所に戻るためのゲート。

 

「………お前の神器、また使わせて貰うぞ。ちゃんと加護の術は使ってんだ、そんときゃ文句言うなよ」

 

『………チッ、神器に南京錠でも付けておくべきだったな』

 

 互いに互いを嫌ったまま、試練を終えた俺たちは出口を跨ぐ。

 その間、狂刀神は鋭い目つきで俺を睨んでいたが、先程のような威圧感は感じられず、体が硬直することもなかった。

 出口の外に広がる光の景色が眩しくて、俺は少し目を細める。それに対して隣にいた氷使いは何事も無い感じで前へと進む。

 

 その氷使いの顔には、ただ純粋な笑みがあった。

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。