―――羽枝は『魔術師』である。
その力は空間と概念さえも切り裂く不可視の刃。名を切断系統魔術と呼び、空間支配系統魔術師『沙夜乃』から受け継いだとされる魔術。過去に妖術師が戦った相手に、空間転移を扱う偽・魔術師が存在している。
その偽・魔術師は、原本たる空間支配の限界とされる回数制限を余裕で越え、大いなる力を手に入れていた。
恐らく、羽枝もその一人。魔術師の沙夜乃から血を受け取り、飲み干し、盃を交わしたのだろう。
その結果、沙夜乃の『空間支配』と自身に顕現した『斬撃』が上手く組み合わさり、空間と概念さえも断ち切る『切断』が生まれた。
「―――と、ここまでは全て合ってるかい?」
「…………………。」
無言、羽枝は私の言葉に何一つ答えない。
そりゃ当たり前だ。羽枝は行動を予測された上で何も知らず踊らされ、自身の仇となる妖術師の武器で戦闘不能にまで追い込まれた。
最後にその内容を全て私の口から暴露し、尊厳の破壊を行ったのだ。心が壊れるのも無理は無い。
「無視という事は肯定だね。それじゃあ次の質問だ」
私は『無銘・永訣』を羽枝の首元に突きつけながら、淡々と羽枝に対して質問を投げ掛ける。何一つ答えないとは言ったが、全ての質問に答えない訳では無い。
無言なのには変わりないが、呼吸の速度、目線、心臓の鼓動で肯定か否定かを判断している。
現に私の問いに対して羽枝は指をピクリと動かし、少しだけ目がこちら側を向いた。
羽枝のひとつひとつの動きから怒り、憎しみ、驚愕が感じ取れる。何ともまあ分かりやすいのだろうか。
「君の力についての質問は終わり。次は本命の『京都』での件について答えて貰うよ」
第一に、京都で何をしていたのか。それを聞こうにも羽枝は無言の状態。
予想を1個づつ喋って反応を見るのもいいが、手間が掛かりすぎる。だから手短に、羽枝が京都でやろうとしていた事を的確に。問い掛ける。
「空間支配系統魔術師『沙夜乃』の蘇生。」
「…………………っ!!」
羽枝の目が強く私を捉え、奥歯を噛み締めるり。 少しながら発汗が見え、指先が微かに震えていた。
「―――ビンゴ。」
ほぼ勘で言ったが、どうやら大当たりの様だ。―――人物の蘇生。
それは過去に遡る『遡行』や等価交換で創り出す『人体錬成』といった禁忌とは違い、死に体に魂を引き戻して復活させる。魔術の中の禁忌。
本来なら禁忌と呼ばれる術を自ら扱う者は居らず、本能的に代償として罰を受ける行為を避ける。
だが、魔術師は違う。その禁忌を望み、利益と自己満に自身を費やす。これまで妖術師が出会った魔術師の大半は『禁忌』に触れようと事件を起こし、目前で失敗といった結末を迎えている。
「まあ沙夜乃が静岡で何の禁忌に触れようとしていたのかは分からないけど。羽枝、君は『蘇生』って大胆な禁忌に手を出そうとしていたね?」
先程も述べたが、数ある禁忌にはあらゆる罰が存在する。その中で最も分かりやすいのが妖術師の『遡行』だ。彼の『遡行』の全貌は、過去の彼が語ってくれ、その内容そのものを見せて貰った。
妖術師の中で禁忌とされる“未来視”の代償として『遡行』を得た。視た未来を捻じ曲げる事が出来るまで永遠に死に続け、戻り、また死ぬ。―――それが彼に課せられた罰であり、裁定でもあった。
「ふむ、そうだな………『蘇生』を行う為に京都に急いだのはいいものの、収容施設から抜け出したばかりで準備が足らなかった。『蘇生』の要となる、儀式のね 」
魔術師の場合、禁忌の術を使用する際に正式な手順を踏んで儀式を行えば、受ける罰が軽くなる。そんな馬鹿げた話が魔術界では噂として有名であり、信じる者は誰一人としていなかった。
それは恐らく、羽枝も同じ。
それでも彼女は、馬鹿げた話に乗るしかなかった。希望として縋るモノがそれしか無かったのだ。
「儀式の供物は、妖術師を除いた全術師に共通している動力源『魔力』とその他道具多数。沙夜乃が使ったとされる『魔導具』………魔導具については一度静岡に訪れて回収済み、そして肝心となる魔力だが、今現在の京都は避難勧告が出され、人間は全員離れているが故に、調達は難しい」
魔力の生成元を辿ると、必ず人間に行き着く。 人間の生み出した“悪”や“陰”の感情が歪み、変化し、魔力へと成り代わる。それが魔力が生まれる工程とされている。
つまり、その生成元となる人間が居なかった場合。儀式を行おうとしても空気中の魔力だけだと足らず、不発に終わる。
「そこで君は考えた。人間をより多く集め、儀式の生贄にできる方法を、魔術師の過去を深く探り、似たような事をしていないかを」
その時、羽枝は思いついてしまった。いや、気付いてしまった。過去に起きた最悪な事件であり、多くの人間を消滅に追いやった事件の事を。
「―――大規模魔法事件。 大勢の人間が消滅し、 地盤が蠢き、甚大な被害を齎したアレ、だ」
私が羽枝だったとしても、全く同じことを考えていた事だろう。
大規模魔法事件の時、惣一郎の立ち上げた組織『Saofa』と政府が徹底的に調べ上げ、最終的に出した結論は、人間を殺す事に特化した魔法の展開。『惨劇』を目的とした無差別殺人とされていた。
しかし、私は明らかにそれが目的とは思えなかった。なにせ彼ら彼女らは無差別に人間を殺すマネはしない。 殺す・奪う行為を行う時、魔術師は必ず理由を持っている。
静岡でも、今回の京都でも、魔術師は偽・魔術師が住人を殺す事に対して興味を示さず、自らの手で殺す事も無かった。そう、『興味が無い』のだ。彼らは人間に関心を抱いていない。
となれば、無差別殺人以外の動機で大勢の人間を殺す理由。―――それはもう、ひとつしかない。三人の魔術師が起こした魔法は、人間を贄とした儀式そのものだったのではないか、と言う事だ。
「だから君は急いで京都を離れ、ここ東京へと再び戻って来た。大規模魔法の発生源となったこの地に、儀式に扱った道具が残っている事を願って」
………本当に、大規模魔法事件が禁忌を犯す為だけの儀式かどうかは結論付けれない。Saofaと政府の言う通り、魔術師三人が人間を殺す為だけの魔術を使った場合、儀式の供物などは存在せず、羽枝の行動は無意味となる。
だが逆に、本当に供物やらが存在していた場合は―――、
「―――魔術師三人は魔術界の禁忌術『生物の蘇生』『未来の予知』『世界の書き換え』のいずれかを行おうとしていた事になる」
禁忌魔術を扱う為の儀式。
もし本当にそれが大規模魔法事件の時に行われたとしたら、三人の魔術師は何らかの禁忌に触れようとしていたのだ。―――羽枝へ問い掛けると同時に、大規模魔法事件の真相が次々と顕になって行く。
だとしても、あくまでも可能性。 全てが全て合っているとは限らない。
羽枝の目指す場所に必ず『供物』があれば、禁忌魔術の発動はあったと立証されるだろう。
「あと、魔術師とはいえ、禁忌魔術に手を出せばタダで済むとは到底思えない。ある程度の“代償”は払ったのだろうけど………」
妖術師の記憶、『遡行』の内容に出てきた沙夜乃は特に目に見えて“代償”を受けた感じはなかった。……流石の『千里眼』でも、記憶の中の人物を鑑定する事は出来ない。
沙夜乃がどんな“代償”を得たのか、その答えを知る方法は何も無い。
「兎にも角にも、君のしたかった事は『大規模魔法で扱われた供物の回収』と『京都で儀式を行う』で間違いないだろう」
「………違う、と言ったらどうするつもりなの」
ついさっきまで生きる希望を失っていた羽枝の目に、生気が戻り、私を睨みつけている。全(偽)魔術師の自己回復能力は精神面にまで作用するとは、自身で試せない事を知れたのは嬉しい限り。
「違えばまた一から考え直すさ。次は私個人で答えを導き出さず、君の口から、指をひとつひとつ切り落として尋問を行う」
最初から羽枝の身体に傷を与え、答えを聞くといった方法が一番手っ取り早いが、それは惣一郎によって禁止されている。尋問と言って脅しはしたが、あくまでも内面状は『保護』だ。傷つける行為は控える様に何度も説得された。
「私に負けた君は契約通り、全てを話す義務がある。けど、契約を遂行させるのは今じゃない」
全術師において、契約の二文字は大きなモノとなる。それを守らなかった場合、遂行するまで魔術の性能がやや劣化する。羽枝の場合は『斬』の威力が下がり、出せる斬撃の数が減る。
それを知っていても尚、羽枝は私に真実を喋ることは無かった。………身体の反応で回答を得る行為は羽枝の口から出た情報では無い為、契約内容に値しない。
故に、羽 枝は契約をまだ遂行していないが故、自らの手で魔術を制限し、情報漏洩のタイミングを先延ばししている。
「また別の機会、それこそ魔術師に関する大きな情報が欲しい時、この契約を強制的に遂行させる」
羽枝の『保護』という第一関門は突破したが、まだ私は任務を全う出来ていない。彼女が京都に訪れた理由『沙夜乃の蘇生』を結論付ける証拠を見つける事が出来れば、晴れて成功と呼べる。
だから、いま私がやるべき事は。 ―――羽枝を連れて『大規模魔法事件』の中心部へと向かう。
「それじゃあ、君をSaofaの協力者となる彼らに渡して、大規模魔法事件の中心部へと向かう。あと処理は任せるとするさ」
もう時期、妖術師と惣一郎の協力者が到着する頃合。その数名に羽枝を渡せば偽・魔術師程度からは守れるはずだ。
その間、私は安心して大規模魔法事件の中心部へと足を運ぶことが―――、
「―――
羽枝に対して意識を向け、無意識的に閉じていた『千里眼』が今になってその危険を知らせ始める。―――未来を視た。 断片的な未来、30秒後に起こる出来事の未来を。
「………まさか君の方から接触を試みて来るとはね」
私は重い『無銘・永訣』を持ち、路地裏へコツコツと足音を立てて侵入してくる人物を見つめ続ける。
「魔術師は殺せ、だったはずだが。お前はそこで何をしている」
私がいま一番遭遇したくない。戦えば100%負けると予測していた史上最悪の術師。“秘術師”が、そこに立っていた。
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上下とも真っ黒なスーツに線の柄が入ったネクタイ。シワひとつ見当たらないワイシャツにセンター分けのロングヘア。その立ち姿から異様な雰囲気を漂わせ、魔術師滅殺の意識を肌で感じる程の殺気を持つ男。
「どうして、よりによって君が先に到着するかな………私は見ての通り、惣一郎から出された任務を行っているだけさ」
両手に武器に見える物体は無く、口に一本だけ煙草を咥えているだけ。 それなのにどこか、一瞬でも目を離せば大惨事になると直感してしまう。
「………惣一郎の犬が。オレは魔術師を殺せると聞いてここに来た、それの邪魔する ってならお前も殺す」
「いまの私は魔術師じゃない。なのに私を殺すのかい?人間殺しは絶対にしたいと言っていた君が、その誓いを違えるつもり?」
この男に名は無い。周囲の術師からは『厄介者』と呼ばれ、日本でも数少ない“秘術師”のひとり。強さなら“あの空間”で戦った妖術師以上であり、今まで出会った魔術師よりも強いと思う。
古くから惣一郎と関わりがあり、私とも少しだけ関わりがある男だ。
「………魔術が抜き取られてるのか。何ともつまらない状態だな。魔術師じゃないならさっさと失せろ、用があるのはお前じゃなくてコイツだ」
秘術師は羽枝を指差し、私に向けて殺意の籠った目線を送る。瀕死の獲物を横取りする、ハイエナの目。
「悪いけど、それは出来ない。さっきも言ったけどこれは仕事だからね、私を殺したければ好きにするといい」
「言うようになったじゃねぇか、小娘。誰がお前をそこまで育ててやったと思ってんだ」
「―――私の面倒を見てくれたのは君じゃない。あの人だ、死ぬ間際でさえ顔を出さなかった君が師を名乗る資格は無い」
そう。この秘術師の親友こそが、瀕死だった私を助け、大きくなるまで世話をしてくれた人間。雪山で救助され、行く宛ての無い私を引き取ってくれた。命の恩人であり、私の義理の父親。
そんな彼は『京都の魔術師』に追われ、私は彼の親友である秘術師に助けを求めた。秘術師はそれを承諾し、現場へと 向かった。………はずだった。
「まだあの時の事を引き摺ってるのか。言っただろ、“間に合わなかった”ってな」
『京都の魔術師』が彼を殺すその瞬間、秘術師は逃亡し、彼を見捨てた。
現地へと到着した私はまだ未熟の『偽・魔術師』だった。氷の扱いすらままならない私は急いで魔術を使用したが間に合わず、彼を守りきれなかった。
その間、秘術師は一度も姿を現さなかった。『京都の魔術師』を足止めしていた訳でもなく、密かに彼を救助する道を作っていた訳でもない。
―――本当に何もしなかった。
「言い訳はいらない。魔術師を殺したいなら京都に行け、羽枝は私が連れて行く」
男はポケットに手を突っ込んだまま黙り、しばらくして両手を出して、胸元から新しい煙草を一本取り出した。
「………なら二つ条件がある。惣一郎と連絡が取れる手段を寄越せ、あと妖術師の居場所を教えろ」
惣一郎との連絡手段、それはいつも利用している無線機のことだろう。これまでに起きている出来事の把握と、魔術師の情報を聞くために無線機を使うのは分かるが………、
「妖術師の、居場所?」
何故、秘術師は妖術師を追っている。同じく魔術師を殺す事を性とした人物同士だから。
―――否、この秘術師は妖術師に対してそんな思いは抱いていない。なにせ、この男は惣一郎が大っ嫌いだ。魔術師と同じほどに嫌い、憎んでいる。
そんな惣一郎と共に行動している妖術師なら、秘術師が忌み嫌っていてもおかしくない。
「お前は羽枝、オレは情報を求めている。少しお釣りが帰ってくるくらいの交換条件だろ?」
妖術師を危険に晒す行為は避けなければならない。だがここで交換を断れば、確実に羽枝諸共この場所が吹き飛ぶ。
自らの死か、妖術師の危険か。 優先順位など関係なしに、脳内で私の天秤は傾き始める。
「ダメだ、何をするか分からないお前に妖術師の事は教えられない」
―――妖術師が危ない目に遭うくらいなら、私は死を選ぶ。彼はこの先、魔術師を殲滅させる使命がある。
妖術師無しでそれは成し遂げる事は不可能であり、誰も代役として務まらない。
「そんなにオレの事が嫌いか。まあ仕方無い事だ。…………手っ取り早く殺してやるよ、お前も魔術師も」
男の咥えていた煙草が口端から零れ落ち、乾ききった地面へと落下する。大地と接触するまで二秒間。煙草の軽さと風の傾向からして、二秒は決して越えない。
その時間が、互いの生死を掛けた戦いとなる。
「『罪歌』」
男がそう呟いた刹那、 『無銘・永訣』を握り締めた私の身体を縛る様に、地面から無数の鎖が姿を現した。
鎖はまるで生きているかの動きを見せ、考える時間すら与えない。
「―――っ秘術師ぃ!!」
回避しようと身体を動かす私に、黒く錆びた鎖が首・ 腕・脚に巻き付く。 ガッチリと掴んだソレは、時間が経つにつれて 絞める力が増す。
掴んでいた『無銘・永訣』は私の手から離れ、少し遠い場所へと転がった。身動きが取れない状態が故、刀の回収は不可能。
「こっちもこっちで時間が無いからな。羽枝、だったか?悪いがお前はここで死んで貰う」
秘術師が姿を現してから一言も発しない羽枝。死を受け入れたか、目を瞑ってただ秘術師が近付くのを待っている。
「………クソ、クソクソ。逃げろ、羽枝!!」
今の私は無力だ。魔術師が扱えない事に加え、『無銘・永訣』の回収すら出来ない。折角、大規模魔法事件の真相に辿り着く鍵を見つけたと言うのに。私は毎回、惜しい所でピンチになってしまう。
いつもなら妖術師が近くにいて、このピンチを寸前で打開する。そんな展開を私は期待していたが、こればかりはどうしようも出来ない。
「………届け……!!この刀にさえ手がととけば……!!届け、届け!!」
口から、腹から、心から、私からの叫びが路地裏内へと響く。願うのは一瞬の奇跡。その奇跡が起こるかどうかは分からないが、ほぼ皆無に等しい。それでも願う。
もう二度と期待を裏切らない為に、もう二度と、大好きな▇▇に応える為に。この手を空に掲げ、願う。
「何に願うってんだ。もう希望も何も無い、魔術師は全員殺す。それは、 決定事項だ」
秘術師が脚を上げ、羽枝の頭部に狙いを定める。 頭蓋骨ごと、踏み潰す気だ。変わらず羽枝は動かない。そうだろう。
ここで死ねば『沙夜乃』の蘇生は無理だとしても、魔術師の秘密は死守され、蘇生よりも早くあの世で沙夜乃に逢える。だからこそ、私はそれを―――、
「―――それ、罪歌と全く同じ鎖ってこたァ、テメェが『秘術師』だな。………ンだよ、この世界じゃアイツらの性別は反転すンのか?」
何も無い空間から、何も無いただの空気中から、ソレは姿を現した。
黒いサングラスに黒髪、隙間から見える黒目、黒いアウターに黒いジャージのズボンを履いた人間。身長は妖術師より少し高い、社会人の平均身長と同じ。
腰には異様なオーラを放つ刀を拵え、その喋り方は妖術師に似ている。
「―――こっからは俺とお前の戦いだ。誰一人手ェ出すンじゃねェぞ!!」
数秒前に姿を現したと私が思っていた
早い。早すぎて、私が戦った『妖術師』より早いかどうかの見極めが出来ないほど、素早かった。
「一撃で仕留めるつもりだったンだが………少し腕が鈍っちまったか?」
一呼吸し終わる間に、一回の勝敗が決していた。真っ向勝負にて、攻撃を行った男の刀を、秘術師が避けた。
それ即ち逃げの行為であり、負けを認める。
「………ガキ、お前何者だ」
秘術師から見られる驚愕の表情からして、男は秘術師と顔見知り、と言った感じも無い。本当に初対面、今日会ったばかりの初めましてだ。
予想外の攻撃に焦ったのか、秘術師の額から汗が流れ、少し呼吸も荒くなっている。
「………君は、一体……」
突如現れた正体不明の男。
妖術師に似た雰囲気を放ち、各魔術師にも匹敵する程の実力を持つ秘術師を圧倒して見せた。黒い服で身を包み、絶体絶命の場面で登場し、窮地の私を救う。
「俺の名が知りたきゃ戦いに勝て、それがひとまずの第一条件って奴だ。………存分に、楽しませてくれよ!!」
全身を黒い服装で包み、狙った獲物を最後まで逃がさない。―――その姿はまるで、『鴉』そのものだ。
胸の中がザワつく。
妖術師達の前では冷静沈着さを貫き通していたが、私はまだ見えない敵を恐れている。 手の震えが止まらない。妖術師が戦い、決別の一撃を以て『遡行』をせざるを得ない状況まで追い込んだ相手。
『不明の魔術師』との接触を、私は自らの意思で選んだ。
「進み続ける限り、命は輝き、悪を照らし、輝きは自らを救済へと誘う。………これが本当に最後の戦いになるかもしれないな」
両手に装着しているガントレットを眺めながら、私は無意識にそう呟いた。それは遠い昔の記憶から引っ張り出した言葉。
聖なる神に誓いを立てた教会、泣きながら神に縋る神父が脳裏に薄らとチラつく。それと同時に、私の心は怒りの感情で埋め尽くされ、『
「今更、神に願った所で結末は変わらない。それは私が一番分かっているはずだ」
―――決戦の時は近い。妖術師と『Saofa』の先、これらの運命を決める大戦。名付けて『京都奪還大戦』が行われる。
タイムリミットは妖術師達の『撤退』が起動する、私が戦闘不能になる。又は『不明の魔術師』を倒すのいずれかだ。
「………未だ“代償”は健在。頼むから『不明の魔術師』との戦いが終わるまでは耐えてくれよ」
鐘の音が聞こえる。大戦の始まりを告げる鐘の音が、聞こえる。
閉ざされた未来へと続く門を開くのは私では無い。私の役割はその門への道を切り開く事。例えこの命が散ろうとも、『不明の魔術師』を極限までこの場に居座らせ、先を急ぐ妖術師達の邪魔をさせない。
「時間、か。『七つの罪源』のスロットも既に埋まってる上、流れる魔力に問題も無い。心配なのは創造系統偽・魔術師の方だが―――、なんとかなるだろう」
時計の針が予定丁度の時刻を指している。
私は座っていた椅子から立ち上がり、一呼吸置いて真っ直ぐと歩き始める。足音がコツコツと鳴る廊下を通り抜け、襖が閉じられている部屋の前に来て立ち止まる。
「これより、『不明の魔術師』との戦いを始める。作戦参加者は私、永嶺 惣一郎と創造系統偽・魔術師の二名!! 」
私は全力で二枚の襖を開け、土足厳禁である畳の上を革靴のまま歩く。
その先、60m離れた地点で古く錆びれた椅子に座る人物が一人。 今回の作戦の殲滅対象者であり、妖術師を一撃で『遡行』へと誘った史上最強の魔術師。
「待ちくたびれていたよ、錬金術師。僕も魔術師とはいえガワは人間だ、退屈が過ぎると何もかもがどうでも良く思えてしまうのさ」
ニヤリと笑うその顔は、妖術師が言っていた特徴と完璧に重なる。………これが史上最強の魔術師である『不明の魔術師』か。
「―――外から見れば小さい寺の様な場所だったが、この部屋はその土地を超えるほどの広さになっている。これも魔術師の恩恵なのかい?」
「………ちょいと特殊な魔術師を用いただけさ。元よりこのような大部屋は存在しない、僕が作り上げた僕だけの部屋」
この魔術師、一体幾つの魔術を保有しているのか。
部屋の入口の空間を捻じ曲げ、自らが作り出した虚像の大部屋へと繋げる。空間支配にも似たこの魔術、資料で見た魔術師の中でも群を抜いて“異常・異質”だ。
「………じゃあ次は僕からの質問だ。たかが錬金術師である君は、どうやってこの場所を特定した?」
「―――『コレ』が私をここまで導いた。それに従っただけで、君の居場所を特定出来たのは私自身の力では無い」
私は自分の胸ポケットから一粒の欠片を取り出す。それは薄白色の宝石であり、古くから魔術師に対して反応する道具。
「………妖力を物質化した際に生まれた結晶、と言う訳か。最近の術師は次から次へと面白い事に挑戦する。熱心な事だね」
「―――妖力をひとつの宝石に変化させた手段を聞かないのかい?」
私の問い掛けに、不明の魔術師は少し迷う素振りを見せながら、ニヤリと笑って答える。
「………あぁ、聞かないさ。君は錬金術以外にも『具現化』の力を持つ事を既に知っているからね」
―――やはりこの魔術師、視えている。私の素性も、能力も全て把握している。
そうだ、私は
だが、私は手にしてしまった。等価交換を無しに、存在しないモノを創り出せる力を。
「………何でも創れる訳では無いのだろう?どんな力にでも大きな代償というものは発生する。どんなことであれ、例外なく」
「―――そうだ。無から有を創り出すが故、受ける“代償”も大きい。その“代償”、私の場合は『神経』の喪失だ」
「………脳神経は12対、脊髄神経は31対。そのうち既に失っているのは脳神経が4対に脊髄神経が10対、か」
人間という生き物は、中枢神経が機能しなくなれば生きて行けない。 自由に身体が動かせず、勿論の事だが歩く事は不可能。そんな神経を、私は既に29対も失っている。
「………その状況下に置かれても尚、僕の目の前で立ち続けているのは………その武器のおかげ、かい?」
不明の魔術師の言った通り、動くとこすらままならない私が今ここに居る事が可能な理由。それは私の『七つの罪源』が人間の中枢神経と同じ役割を果たしているからだ。
『七つの罪源』から送られる魔力が細く小さく背中に向かって伸び、“魔力で編まれた神経”を構成している。
「―――無茶をしてでも、果たすべき約束がある。例えどのような結末を迎えようと、必ず遂行する」
そう言いながら 、私は畳の上を歩く脚を止めない。 これ以上の長話は無用。ぶつけるは己の込めた一撃。私と不明の魔術師との距離はどんどん近付いて行く。
その間に私は右腕を上げて、水平の位置を保ちながらガントレットの加速装置を起動させ、各装甲の開閉動作を行う。
「―――七つの罪は私を許さず、私の罪は七つを受け入れる。傲慢を除く罪源は既に揃い、私の腕に力を宿す」
言葉を告げると同時に、両腕のガントレットに埋め込まれている『罪源』のスロットがそれぞれの色で分かりやすく表示される。
「―――
魔術師との真っ向勝負。
今までの私なら、ほんの少しでも攻撃を行う素振りを見せれば一瞬で消し炭になっていたことだろう。だが、今は違う。
今の私には『七つの罪源』がある。見ず知らずの人間から手渡されたモノを、私自身で中の構造を新しく錬成。
私だけのガントレットに変化させた。
「………止めるとはまた、大きく出たね。僕は知っているよ、君は錬金術師であるが故に、魔術師を殺す事は不可能。幾ら奮闘した所で君に勝ち目は無いのさ」
偽・魔術師とは違い、魔術師は全身に厚い魔力の層を纏わせ、 他の術師の攻撃を一切受け付けない保護膜の様になっている。唯一、その魔力の層を破壊出来るのは妖術師のみ。
「―――不可能だと、そう言ったな魔術師。ならば試して見るとしよう、私の『
歩いていた脚を止め、私はその場で立ち止まった。
腕に装着しているガントレットを体の正面に移動させ、最終動作確認へと入る。
「―――『
加速装置起動及び開閉操作確認の際に帯びた熱を逃がすべく、ガントレットのあらゆる隙間から排熱を行う。再び『罪源』のスロットが光を放ち、私のガントレットは正式に最終動作確認へと移行する。
「―――七つの罪は私を許さず。傲慢の席は未だ空席、ならば私の罪で席を埋める。私は何を願う、何を望む。傲慢の席に座る資格を、今ここに証明する」
光を失っていた『傲慢』のスロットが、微かに光を灯し始める。 七つの罪で最も重い罪である『傲慢』。
私はそれを持ち合わせておらず、大百足との戦いでは、既に収納されていた『傲慢』を使い、なんとか戦ってきた。だがそれ以降、私は私の罪でスロットを埋める事は出来なかった。
「―――私の願望はただ一つ、“皆で笑い合える、明日を欲する”事だ」
「………成程、それは確かに『傲慢』だな」
不明の魔術師は錆びた椅子から立ち上がり、ゆっくり真っ直ぐと私の方向に一歩を踏み出す。もう後戻りは出来ない。いや、元より後戻りなんて考えちゃいない。
今の私に出来るのは、突き進むだけだ。
「―――最終動作確認完了、全スロット充填完了。『
「………是非とも見せてくれ、日本最強の錬金術師!!その勇姿を、これから始まるパーティーの盛り上げを!!」
日本最強の錬金術師と史上最強の魔術師。その二人の激闘が現時刻を以て始まりを告げる。その一手となるのが、私のガントレット。
排熱口となっていた部分から凄まじい勢いで水が吹き出し、殴る方向と逆にジェット噴射を行い真っ直ぐと拳が加速する。
排熱の際に内部に溜まっていた水分を一点に集め、一気に噴射することで拳の威力を倍増させるのだ。
罪を背負い、重い一撃へと繋ぐ『七つの罪源』が躍動する。
「………その程度の力に魔術は振り向かず!!」
しかし、その拳は虚空をなぞり、不明の魔術師に当たる事は無かった。
ほぼ初見殺しとなる最速の初撃。それをいとも容易く不明の魔術師は回避し、完全に見切って魅せた。ただ軽く、本当に軽く体を左に捻っただけで、私の攻撃は無意味と化した。
「………勝敗を決めるのは速度では無い。より洗礼された一撃、その一瞥によって勝者と敗者が振り分けられる!!」
私に許された攻撃ターンはたった一度の殴りのみだった。不明の魔術師は自身の手のひらに込めた魔力を極限まで圧縮し、平手打ちの要領で私のガントレットを叩いた。
咄嗟に突き出した腕を戻し、ガントレットでガードの体制に入る。
「―――っ!!」
叩くだけの行為、そのはずなのに。これまで経験した攻撃の中で、トップクラスに重い。ガードしている腕……ガントレットの内部を越え、私の耳元まで衝撃波が貫通し、私はほんの一瞬だけ意識を失った。
すぐに目が覚めたものの、次の瞬間には不明の魔術師が次なる攻撃を構えている。
「――悪食を尽くせ『
「………『大天魔境七ノ矢』!!」
私の足元から頭部に目掛けて、虚無から生まれた無数の炎の矢が降り注ぐ。と同時に、腕に装着しているガントレットが漆黒の光を灯し、『暴食』のスロットが開放される。
炎の矢が私に命中するよりも早く、ガントレットから放出された漆黒の光が矢を包み込み、完全に無へと変えて消滅させた。
周囲が一瞬で静まったかと思った時、排気音と共に『七つの罪源』に装填されていた『暴食』のカートリッジが飛び出す。
「―――っ」
頭に激痛が走る。
「………妖力と同じ要領で錬金術による『罪源』の物質化を行った後、カートリッジに埋め込んで装填していたと。成程、実に、実に興味深い!!」
どうやら、不明の魔術師は気付いていないようだ。 私が消費した
不明の魔術師の為なら、何だってやってやる。例えその行為で、多少の記憶が消え去っているとしても。
「―――勉強熱心なところ悪いが、生憎私に許された時間はそう長くない。最初から全力で行かせて貰う」
私が走り出した瞬間、 拳面に集中していた装甲が移動し、まるで猛獣が保有する鋭い爪へと変貌する。
「……『
私の動きに合わせて、不明の魔術師は一歩下がり、背後に置かれていた巨大な仏像の様なモノに手を伸ばす。その瞬間、仏像の様なモノは物理法則を完全に無視して、地面から離れて10mほど空中に浮き始めた。
「―――『
今のところ、不明の魔術師が扱う魔術は分からない。炎の魔術で矢を作り出したかと思えば、物体を念力で動かしたのだ。どう考えても、二つの魔術に共通点が無い。
だとすれば、不明の魔術師の保有する魔術は一個だけでは無い可能性がある。
なんて考えている内に、仏像の様なモノが私の頭上すぐに近付いていた。それを一瞬だけ目で追い、距離を測る。
………落下地点である私と接触するまでざっと十秒。
「―――十秒もあれば容易い!!」
ガントレットから突き出した鋭い鉤爪をギラつかせながら、魔力を込めた両脚で地面を強く蹴り、狙いを定める。爪が仏像の様なモノに食い込んだタイミングで、右腕を素早く横に一閃。
真っ二つに切り離された仏像の様なモノは物理法則に従って放物線軌道を描き、その隙間を私はするりと抜ける事に成功した。
「―――っ気にするな、次だ」
私が『罪源』を使う度に、何か大事なモノを失っている感覚が止まらない。
「………装甲で補強された爪、獣の真似事で仏像を切り裂くか!!」
不明の魔術師は地面に着地した私に近付き、腰から引き抜いた短剣で攻撃を仕掛ける。
二度、三度と振るわれる短剣。頭と体を何度も捻り、その攻撃をするりと避けつつ、私は隙を見て反撃を試みる。
しかし、私と同じようにして不明の魔術師は反撃を受け入れず、人の可動域を超えた動きで短剣を突き付ける。
「………あぁ、楽しい。楽しいな錬金術師!!僕は今までこれ程の高揚は感じられなかった !!」
「―――っそれはどうも!!」
真正面から迫る拳、それを相殺する様に不明の魔術師の短剣が力強くぶつかり合う。ギリギリと金属同士が擦り合わせる音が響く中、両者互いに睨み合う時間が続いていた。
「―――不明の魔術師。君は一体何者なんだ」
「………僕は魔術師さ。空間支配系統魔術師達と全く同じ、ただの魔術師」
「―――そうじゃない、私が聞いているのは君の素性だ。どれだけの人に、偽・魔術師に聞き込みを行ったが、誰一人として君の正体を知る者はいなかった 」
「………それはそれは、なら尚更教えるのは無理な話さ!!」
短剣を少し動かしてガントレットの軌道をズラし、バランスを崩した私の脇腹に向かって強烈な蹴りがお見舞いされる。
私が怯んだ隙に、不明の魔術師は間髪入れず地面に手を付け、半径5mを超える範囲の魔法陣を展開する。
私を巻き込む距離の魔法陣。彼が発動させようとしているのは攻撃型魔術、それも並の術師では耐えきれない程の。
「………『
させない。魔術が発動するよりも早く、 その魔法陣を完全に無効化させる。
ガントレットからカートリッジが飛び出したのと同時に『七つの罪源』を床へと叩き付けた。拳部分が魔法陣に触れ、凄まじい轟音と共にガントレットの『怠惰』のスロット枠が光を放つ。
「―――全てを狂わす『
青色に光っていた魔法陣が一瞬にして赤色へと変化し、ガントレットの触れている箇所から不明の魔術師へ向けて、大きな亀裂が入り始める。
魔法陣はまるで硝子の様に、亀裂が全体に伝わり、数秒もしない内に全てが割れた。
「………魔術を無効化する術式。本来ならもう少し先で完全開発されるはずだったが……まさか本当に実現していたとは!!」
予想外の出来事に驚いたのか、不明の魔術師は手を止めて私の方に強く視線を向けていた。今の不明の魔術師は隙だらけだ。
速攻で距離を詰めて『七つの罪源』で一撃を喰らわせれば致命傷にはなるだろう。
「―――これで終わりだ。 貴方の野望が潰える、究極の一撃をその身で受けるが良い」
仏像の様なモノを切断する時にも使った小技を用いて、超高速で不明の魔術師へと近付き、 脚の全部位に満遍なく魔力を流し、つま先で地面を抉る感覚で前に一歩踏み出す。
脚の筋繊維が何本か切れる音がしたが、それを無視して不明の魔術師へと近付く事に集中する。
「―――最凶を示せ、『
『七つの罪源』が不明の魔術師を捉え、動かない胴体に対して超高火力な一撃を叩き込む。
何倍ものエネルギーが一気に伝わった為か、不明の魔術師の背中を突き抜ける様に、衝撃波が床の畳に傷跡を残した。
五秒くらい不明の魔術師が動く事は無く、私はゆっくりと拳を胸から離して距離を取る。
「―――はぁ、はぁ」
脳の血管が切れそうだ。こんな短時間の戦闘とはいえ、ほんの少しだけの選択ミスが命取りになる戦い。それに
私は既にほとんどの神経を失い、脳への信号がどこかで途絶えている。故に、いまの私は記憶が曖昧だ。
「―――妖術師の事を覚えているだけ、まだマシか」
ほぼ本能と無意識、ガントレットによる補助でなんとか戦い続けていた。そんな私の目の前で棒立ちのまま、喋らず動かずの不明の魔術師。死んだ、とは行かないと思うが、相当のダメージを負ったのは間違いないだろう。
―――だからと言って、油断することは決して許されない。
不明の魔術師は、妖術師を『遡行』へと誘った最終兵器である魔術『コズミック・ウェブ・バースト』が残っている。ちゃんと正確に、不明の魔術師が戦闘不能になった事を確認しなければ、京都全域だけでなく世界全てが吹き飛ぶことになってしまう。
私は不明の魔術師へと近付き、呼吸の確認と心臓の鼓動を手で確かめる。口と鼻から空気の流れは感じられない為、呼吸は無し。指先で心臓付近に触れても、鼓動も感じられない。
「―――本当に終わったのか? 」
確かに私は、不明の魔術師を止めてみせると宣言したが、こんなに早く不明の魔術師が戦闘不能になるとは思っていなかった。
呆気ない、あまりにも呆気なさすぎて、怖い。
今のうちに不明の魔術師を拘束してどうにか協力者に引渡せば………いや、もし目覚めた時に魔術を使われたら彼らは対処しきれない。となればやはり、私の『七つの罪源』が常に不明の魔術師を狙える状況下でないと不明の魔術師の拘束は難しい。
「―――創造系統偽・魔術師。そっちの様子はどうだい?偽・妖術師と接敵したかどうかを知りたい」
胸元に入れていた小型の無線機と小さなメモを取り出し、私とは別行動を行っている創造系統偽・魔術師に連絡を送る。メモには私が忘れてしまうであろう内容、そのほか仲間の名前と立場が記載されている。
//「……………。」
応答がない。
偽・妖術師との戦闘中で無線が使えないのか、それとも私の居る位置。この部屋の中が特殊な空間で出来ているせいなのか。
「仕方ない。このまま不明の魔術師を連れ出して通信が届く場所に移動しなくては―――、」
刹那、神は悪を罰し、 神は善を肯定する。 悪しき者に慈悲は無く、善なる者にしか祝福を零さない。この場合、どちらが善悪なのかは分からない。
ただ、確実に言える事がひとつ。
「………目覚めよ『
私が最後まで言葉を発する前に、神は
私は首がねじ曲がるのでは無いかと思うくらいに勢い良く振り返り、つい先程まで動かなくなっていた人物へと目線を向ける。
その先で最悪な笑みを浮かべる不明の魔術師、一瞬にして部屋全体を覆い尽くす大きさの魔法陣。動けまいと思っていた魔術師の反撃。二度目の、魔法陣による魔術の発動。
突然の出来事で脳の処理速度が低下し、反応が遅れてしまったが、急いで『七つの罪源』を地面へと向ける。
「―――
もう一度、魔術を完全に無効化する拳を魔法陣へと叩き付ける準備をしている私。
それを視た魔術師は口を開き、全てを知っていたかのように笑い、『怠惰』が魔術を打ち砕くよりも早く、魔術を発動させる。この場で最も無力な私を、嘲笑うかのように。
「………だから最初に言っただろう。君に勝ち目は無い、と」
不明の魔術師が口にした魔術名『
ダメだ、私の速さでは間に合わない。
私の拳が魔法陣に触れることすら許されず、青く光り輝いて不明の魔術師の魔術が完全に発動する。
「………さようなら、錬金術師。もし来世があるとしたら、未来を視る力を神に願うといい」
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「氷使い、少し話したい事があるんだ」
―――記憶。
「不明の魔術師の件かい?それは悪かったって何度も………」
―――それは、数時間前の私が見た記憶。
「いや、そうじゃない。この先について、君に話したい事があるんだ」
―――妖術師と晃弘、創造系統偽・魔術師が建物から出た後、部屋に残された私と氷使いの会話だ。コップの中に注がれたカフェオレを飲みつつ、氷使いが怪訝な目でこちらを見つめている場面。
「………どうやら、妖術師に打ち明けてない秘密がある様だね。その腕に付いてるガントレットに関係する、何かが」
「それも含めて、全てを伝えよう」
―――私はゆっくりと頭を上げ、天井を見る。一体何から話すべきか。順番を考えているが故に、私の口から言葉が出ない。………いや、そうじゃない話すことなど既に決まっている。
―――ただただ、私がこのことを口にするのを恐れているのだ。
「………氷使い、私の命はもう消えかけている。不明の魔術師との戦いで、残された時間を全うするだろう」
「君の能力である『具現化』の代償、か。まさか中枢神経を消滅させて無から物体を得るとは」
「………『千里眼』」
―――作戦会議の時に聞いた、氷使いの保有する『千里眼』の能力。その中にある『鑑定』で私の持つ力を見抜いたという訳だ。
「一応、いまはガントレットが中枢神経の役割を補っている。コレが完全に機能停止した時、私は本当に終わりを迎える」
「………それで“話したい事”は何なんだい?それも含めて、と君は言ったんだ。本題は能力の事じゃないだろう?」
「―――私が死んだ後、どう足掻いてもSaofaは解体される。妖術師ひとりだけでは、Saofaを維持できない」
―――魔術師を殲滅する為に作り上げた組織『Saofa』は既に大犯罪組織として全国で指名手配されている。
―――例え戦いが終わり、魔術師を倒すことが出来たとしても、一度失った信頼をまた得るのは難しい。テロリストのレッテルが貼られた妖術師。それについて行く者は限られ、組織を維持するのは困難だ。
「―――だから、私の組織が解体された後。“魔術師を殲滅する組織”ではなく、“悪しき魔術師を裁く組織”を立ち上げて欲しい」
―――魔術師を殲滅する組織である今、戦いが終わってもSaofaに加入している『氷系統魔術師』と『創造系統偽・魔術師』の居場所は無い。
「………それは私たちの為、だね。妖術師の味方である魔術師であれば、街を守る“良い魔術師”として認識される」
「そうする事で氷使いと創造系統偽・魔術師が、他の魔術師と戦っても問題ない。誰も君たちを迫害することは出来ない」
―――何せ、いまの妖術師にこの二人は必須だ。戦力面でも精神面でも、氷使いと創造系統偽・魔術師の二人は妖術師の中で最も大きな存在となっている。
「………それで、その組織のリーダーは誰がやるって言うんだい?それを私にお願いしたって事は、妖術師じゃないんだろう?」
「そうだ。次の組織を率いるのは妖術師では無く、『氷系統魔術師』である君に頼みたい」
―――魔術師としてはまだ実力不足だが、彼女にはそれを補う程の知識と能力がある。適材適所を見つけ、誰をどこに配置すれば良いかなどを理解し、魔術師を追い詰める。
―――昔から魔術師討伐を計画していた彼女なら出来る芸当だ。
「魔術師である私がリーダーになれば、それこそ一般市民からそうバッシングを食らうのでは?」
「少しはあるかもしれないが、今は魔術師を支持しているモノが多い。一度『善』と成った魔術師を、簡単に『悪』と断定するには時間がかかる」
―――例えば2ヶ月、いや3ヶ月で魔術師が『悪』になるとしよう。
―――その期間中に妖術師はまた、偽・魔術師を殺して街を救う。そこに氷使いと創造系統偽・魔術師も同伴すれば、二人は妖術師に仕える善良な魔術師として、名を広める事が出来る。
―――この二人が妖術師に仕え、不明の魔術師と対立しているとなれば、二人以外の魔術師は『悪』となるだろう。3ヶ月もあれば、ネットが普及している今の時代、とんでもない速度で魔術師に対しての考えが変わる。
「………あぁ、確かに。君の言う通りの未来になるかもしれないな」
―――氷使いはそう言ってカフェオレを飲みながらこちらを見ている。 だがその目はどこか、別の場所を見ている目をしていた。見たのだろうか、この先の未来を。
「取り敢えず、妖術師には全てが終わった後、私の代わりに謝っていて欲しい。隠し事をしていてすまない、と」
―――私はそっと胸ポケットから『具現化』で結晶へと変化させた妖力の塊をテーブルに置き、氷使いの方を見る。
「………私に使えと言っているのかい?」
「あぁ、君は妖術師にとって特別な存在であり、この先で彼を導くに値する魔術師だ。だから君が死なないように創ったモノだ」
―――コレは偽・魔術師の攻撃に対しては5回ほど、魔術師の攻撃に対してはたった1回だけ反応し、防御術を展開する。
「本当は私が持つべきなのだろう。けど、不明の魔術師にコレは通用しない。魔術が強力すぎて防御術を貫通する」
「………だから私に使え、と。ふむ」
―――氷使いなら直ぐに「分かった」と言いそうだったが、何故か即決すること無く黙り続けている。妖力を物質化させたのはどこかマズかったのか、それとも魔術師にとってこの結晶は近付くだけでも命に関わるモノなのか。
「ほほぅ、そうか。そうかそうか……」
「…………?」
―――突然、氷使いは結晶をつまみ上げてジッと見つめ始めた。受け取る事に悩んでいたのかと思ったら急にコレだ。どれだけ話を聞いていても、氷使いの行動が予測出来ない。
「―――結論から言えば、私はコレを受け取らない。受け取るべきでは無い」
―――予想外の返答に、流石の私も驚きを隠せなかった。「何故」と聞きたくなったが、私はソレをグッと堪える。
―――もしかして、未来を視たのか。これを受け取れば未来がどこかで変わってしまうと。………いや、視ていたにしては目がしっかりと結晶を捉えている。恐らくこれは未来を視たからの発言では無い。
「これは氷使い………いや『魔女』としての言葉だ。結晶は私ではなく、君が持つべきだ。惣一郎。あと、妖術師への謝罪だが。それはしっかりと引き受けた、必ず果たすと約束しよう」
―――氷使いが見ているのは、私の目だ。記憶の中の私では無い、 今を生きる私の目だ。
―――記憶から醒める。視界がぼやけて氷使いの顔が認識出来なくなる。次第に暗転して行き、私の視界は完全に閉ざされてしまった。
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「………さようなら、錬金術師。もし来世があるとしたら、未来を視る力を神に願うといい」
私の全身が蒼い光に包まれる。
不明の魔術師が放った魔術を『怠惰』で無効化する事は叶わなかった。 たった数秒だ、ほんの少しの遅れで、私は命を落とす。
悔いはない、と言えば嘘になる。あと一時間、いや二時間だけでも足止めすることが出来ていればと思う。
「―――それも『傲慢』なのだろうね」
視界が青白い光で染まり、不明の魔術師の姿も、自分自身の身体さえも見えなくなった。勿論だが、ここからの反撃は不可能。完全に詰みだ。
………先延ばしにしていた結末が、今になって来ただけの話。私は遂に、死に場所を見つけたのだ。大百足の時とは違う、心の底から私は死を受け入れる。
「後は託した、
最期の言葉を告げて、私の身体は完全に崩壊する。血が、肉が、骨が、その全てが灰になり消えて行く。思考も希望も願いも、神が私を否定した様に、次々へと消滅して行く。
―――最期の最後まで原型を保ち続け、胸ポケットに入っていた一粒の結晶を除いて。
―――間に合わなかった。
それは、僕が現場に到着した時、一番最初に思い浮かんだ単語だ。
やはり一人で戦わせるべきではなかった。ほんの少しでも戦いの補助に徹していれば。もし、僕が正しく力を使いこなせていたなら。なんて後悔が今になって押し寄せてくる。
もう遅い。後悔した時にはもう終わっている。
つい数十秒前、突如として爆発した地点から強力な妖力を感じた。それは明らかに妖術師のモノであり、保有者は確実にあの人だった。僕は全速力で移動を開始した。
その方向は本来、僕も居るはずだった場所であり、一番何かあって欲しくなかった場所だった。
現場に到着した僕は、所有している『創造』で崩壊した建物の残骸を木っ端微塵に破壊し、その惨状を目にした。
受け入れ難い現実、直視したくない人影。全てが、無理やり僕の脳にインプットされる。震える足で一歩づつ踏み出し、心の乱れを生み出す特異点へと辿り着いた。
そこには、ただ。永嶺 惣一郎の亡骸があった。