遡行禍殃 東京惨劇編   作:天ヶ瀬 趙世(早川 脩司)

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第四話「魔術師との邂逅」

 

 偽・魔術師『空間支配』を打倒し、敵の本拠地?を特定した僕達は、惣一郎の錬成したランドクルーザーで目標の都市部を目指していた―――のだが、

 

「おいおいおいおい!!この中進むって正気か!?」

 

 車体全体を妖力で護りながらとは言え、銃と魔法が飛び交う中を進むのは正気の沙汰では無い。それに100人以上、いやそれよりもっと多い人数の敵が行く手を阻んでくる。

 

「仕方ないだろう!?ここしか進める道は―――無いんだからっ!あぁもう邪魔だこの人達!!」

 

 錬金術で錬成した銃を片手にハンドルを操作する男、惣一郎。おかげで運転は荒く、車内に居る僕と謎の男は揺れに揺られながら車体の強化に専念する。

 

「こ……この先を右です!その先の信号を直進してください!」

 

 ガイド役を務めるのは謎の男。偽・魔術師『空間支配』と共に行動していた一味の中の一人。拘束して尋問(対話)した結果、何故かついてくることになった男。でもまぁ、役に立ってるから良し。

 

「仕方ない…!!退け、勇者様御一行のお通りだ!道を開けろ!」

 

 相変わらず元気が有り余りすぎている惣一郎は軽快に銃を乱射している。数十発が敵に命中しているがキリがない。ここで妖術を使用して一掃するのも手だが、車体の強化を中断した瞬間、この車は爆発して僕達は即死だろう。

 

「そう言えばお前の名前聞いてなかったな!?これから少しの間だが手を組むんだ、名前を知らないままじゃ不便だろ!!」

 

「えぇ!?急すぎませんか!正智です、三宅正智!」

 

「正智!!お前一応魔術使えるんだろ!?惣一郎の援護と同時に車体の強化手伝ってくれ!それと、尋問してた時に『20人くらい』って言ったよな!?全然100人以上は居るぞ!」

 

 僕の妖力もそろそろ限界点に近づいている。

 刹那、車体が大きく角度を変えて勢いよく車体が回転する。あまりの勢いに一瞬だけ強化する手が止まりそうになったがなんとか踏ん張る。僕は例え天地がひっくり返ろうと車体が回転しようと強化する手を止めない。

 テンションがおかしくなってしまっている惣一郎が車のドアをぶち破り、偽・魔術師達を銃で全員撃ち殺して行く。その銃声を聞き流しつつ、正智が偽・魔術『身体上限突破』の魔法を使用して車を元の向きに戻す。

 次から次へと絶え間なく敵が増えていく。惣一郎が一掃しているとは言え、流石にこれは追い詰められている状態だ。

 

「このままじゃマズイ!正智、強化代われ!僕が妖術で薙ぎ払う!」

 

 正智の"身体上限突破"のサブ効果である『全体増強』を車に使用しつつ、僕は影から『太刀 鑢』を取り出して抜刀する。一気に辺りの空気が変わり、不穏な空気が流れ込む。それと同時に惣一郎から大事な知らせが届く。

 

「政府と警察からの都市部専用術使用許可が降りた!妖術用の許可証をそっちに投げるからキャッチしてくれ!私の錬金術と同時に畳み掛ける!」

 

 都市部専用術。政府、警察から正式に許可された都市部でのみ扱える術の事。許可証には刻印があり、そこから術師専用の妖力や魔力、錬力が確保出来る。

 そして、都市部専用術の内容妖術は『鑢・魔獣』。

 周囲一帯の敵を切り裂く使い魔を無制限に呼び出す。継続時間は"許可証の刻印"の中にある妖力が無くなるまでの間、一本踏み出すごとに影から無数の使い魔が姿を現す術。

 飛んで来た許可証を受け取り、刻印が描かれている部分に指を押し付ける。身体の中に妖力が流れ込む、何度やってもこの感覚は最高で、

 

「まるで最強になった気分だ」

 

 溜まりに溜まった妖力を一気に"解放"する。周囲一帯の地面が黒く染まり、夥しい数の獣が地面から顔を出す。通常範囲は精々15mが限界だが、都市部専用術の場合はなんと約1kmまで広げる事が可能。

 だが、下手すれば一般市民を巻き込んでしまう。それを考慮した上で僕は―――

 

 

「勿論、フルスロットルで行く」

 

 

 漆黒の地面を駆け抜け、一番近場に居た敵の心臓を穿つ。心臓を一度突いただけでは死なない事は既に学習済み、突き刺した刀を180°回転させ、心臓部から頭部目掛けて斬り上げる。切り裂かれた身体と頭部からは大量の血と脳漿が飛び散る。

 これで術師を殺す方法の確認は出来た。しかし、心臓突き刺した後に刀を回転させるとなると、時間が掛かるかつその隙に返り討ちに遭う可能性がある。

 

 そこから導き出した最速にして最短で仕留める方法。

 

 "蹂躙喰者"(黒龍が片手に憑依し、翳した先に居る敵を喰らう術)を展開させ、敵の心臓がある位置を抉り取り、頭部を刀で一刀両断する。

 黒龍を左手、刀を右手にする事で1、2回の動作で敵を確実に殺せる。

 

「惣一郎さん、車の修理が終わるまで時間稼ぎます。修理完了と同時に合図下さい」

 

 僕の台詞を聞いた惣一郎は頷いて肯定する。

 

「さぁさぁさぁさぁさぁさぁ!!纏めて掛かって来いよ魔術師ィ!!」

 

 左手に宿る黒龍が僕と共鳴し合って怒号をあげる。それに驚いて逃げ出した人物が数人居たが、そいつらは放っておいて目の前に居る、約60人の敵軍を相手する。

 束になって殴りかかってくる輩を黒龍で一気に喰らい尽くし、一体ずつ確実にトドメを刺す。だが、次から次へと流れるように敵が攻めてくる。あっという間に周辺一帯は大量の死体と赤色の液体が散乱している状態になった。10人、20人、30人、40人と刀を振るって敵の命を根こそぎ刈り取る。

 

 その光景を見た敵は後にその場面を「正に地獄と言う言葉が良く似合う光景だった」と語っている。

 

「ガハハハハハハハハッ!!全員ぶっ殺したらァ!!」

 

 妖力をいつもより大量に摂取した挙句、一瞬にして全てを使い切っている為、脳の処理が追いついていない。何も考えられず、ただ本能の儘に敵を皆殺しにする。

 57体倒した所ら辺で違和感を感じる。時間が経ち、少しづつ脳が回転し始めた頃にやっと気付く。

 

「おぉ〜い!!修理終わったよ〜!!早く乗ってくれ〜!!」

 

 惣一郎の声と共に、再錬成された車が音を立てて此方に近づいて来る。"肉体強化"の術を展開しつつ車と同等の速度で疾走する。車の扉が豪快に開けられ、中から正智の手が現れ、僕はそれを掴んで勢い良く乗り込む。

 

「惣一郎さん、これ以上"蹂躙喰者"の術を使用したら僕の体が持ちません!一度ここは戦力確保の為に撤退を!」

 

「それもそうだね、この車の耐久力もそろそろ限界を迎えて来ているから一旦離脱するしか―――」

 

 

 ――――――逃がさない。

 

 決して"声"が聞こえた訳でも、脳内に直接語りかけられた訳でもない。なのに、体全身が『ソレ』に怯え、震えている。今までに無い程の悪寒、本能が「今すぐ逃げろ」と言っている。

 その理由は明々白々、車から約50m離れた位置に二人の女性が立ち尽くしている。

 『それ』は一般市民でもそこら中に佇む偽・魔術師等の領域では無い。"桁違い"、"異常"と言う言葉が適切だろう。

 一人は、黒髪ロングヘアの女性。太陽を一度も浴びた事が無いと思える程に肌が白く、足元に赤い彼岸花が描かれた和服を来ている。片手には扇子、もう片方の手は和服で見えない。

 そしてもう一人は、茶髪ショートの女性。裏葉色の着物の腕部分に緑の市松模様が描かれている。両手に何も持っておらず、無防備に近い。

 

「や……やばいっすよ。多分あの二人が本物の魔術師ですよ…!」

 

 正智が震えた声で二人を指差しながら言う。正常を取り戻した惣一郎は慌ててブレーキを強く踏み込み、車は急停止する。

 『本物の魔術師』と正智は言った。それが本当なら、目の前に居る女は東京大規模魔法事件の実行犯。そして、2年後に再び惨劇を起こそうとしている人物。

 勿論、この後に起こす行動は一つのみ。

 

「惣一郎さん、この場を離脱して協力者を集めてください。正智の魔法と僕の妖術でどうにか時間を稼ぎます。それに―――あいつは絶対に僕が殺さなきゃいけないんです」

 

 惣一郎の回答を聞くよりも先に、扉を開けて外に出る。正智も同じように少し震えながらも降りる。

 女との距離は凡そ40m。肉体強化を展開して斬り掛かったら確実に殺せる距離。だが、相手の魔法や強さが分からない儘突撃するのは自殺行為。ならばいっその事話し掛け、相手の魔法を自らの口から吐き出させる。

 

「お前達が本物の魔術師、で良いんだな?その気迫、並の人間が出せるモノじゃない」

 

 女は僕の第一声に少々驚いた表情をする。しかし、直ぐに気味の悪い笑顔に変わり、

 

「なんだ、魔術師って事バレてるんだ。そう言う君こそ、妖術師で間違い無いわね。まさかこんな早く会えるなんて思ってもいなかったわ」

 

「あ、そうよね。先に名乗った方が礼儀正しいわね。御機嫌よう、私の名前は『沙夜乃』。名前だけでも覚えて逝ってください?」

 

 会話の途中で突然、僕の隣に居た正智と"沙夜乃の隣に居た女"の位置が入れ替わる。一瞬すぎて僕は反応が遅れ、顔面に一発"強烈なパンチ"を喰らう。

 

 この感じ、一度前にも体験している。

 

「―――『空間転移』の魔法か!?」

 

「正解っ!!それと、今貴方を殴り飛ばした彼女の名前は『羽枝』と言うわ。少々人見知りだけど、仲良くしてあげてね?」

 

 少し距離を取って態勢を立て直す。だが、その一瞬を見計らって羽枝は間合いを詰めてくる。―――速い。

 羽枝の拳が僕の右腕と接触し、骨が軋む音が聞こえる。まるで鉄の塊で殴られているかの様な感覚。それを羽枝は何発も僕の体に当ててくる。防御しようとしても、簡単に崩されて再び拳が顔面に炸裂する。

 

 『太刀 鑢』を取り出して戦いたいのは山々だが、取り出す隙すら無い。数秒を縫って間合いを詰めてくる為、なにも出来ない。

 こうなれば、僕も拳で応戦するしかない。

 

「"強制身体強化"。すいませんが、少しだけ痛みます―――よっ!!」

 

 身体のリミッターが解除されて、羽枝の攻撃より速く打撃を繰り出す。所々躱され、受け流されているが何発か命中している。

 この殴り合っている時間が凄く長く感じる。だがそれも一瞬で終わりを迎え、扇子の畳む音と同時に再び位置が入れ替わる。次は正智と羽枝、僕と沙夜乃の組み合わせだ。

 

 沙夜乃は魔術師が故に接近戦が不向きだと予想し、距離を詰める。が、一瞬にしてそれが間違いだと気付く。"魔法の範囲内"に入った僕の真横から"大きなトラック"が重力の法則を無視して突撃してくる。寸前の所で回避したと思った矢先、再び別の車が正面から突っ込んでくる。

 

 『空間転移』の魔法。偽・魔術師が使っていたのとは別次元で厄介だ。早急に対策したい所だが、今の僕の役目は"時間稼ぎ"。

 

「ほれほれ、どうしたどうした?妖術師とはこの程度か!?」

 

 幸い、沙夜乃は僕達の真の目的に気付いていない。それに、正智の身体上限突破を利用すれば転移対策が可能になる筈だ。だから今真っ先にやる事は、正智と合流しつつ沙夜乃の相手をする事で―――………

 

「所で、あちらの男性は友人?それともただの仕事仲間なのかしら?」

 

 沙夜乃の居る方向に向かって、強化された身体で疾走している僕の目に映った光景。それは受け入れ難い現実でもあり、一番恐れていた事だ。そこには、関節があらぬ方向に曲がっており、全身から血が吹き出している男―――正智が居た。

 

「―――っ正智!!」

 

 沙夜乃ではなく、正智の倒れている場所に方向転換した僕を弄ぶ様に、僕と沙夜乃が入れ替わる。その先に居るのは勿論、羽枝。そしてこいつが恐らく正智を殺した張本人。

 

「あの男性、凄く弱いですね。逆に良くあそこまで生き延びれたのか知りたいぐらいですよ」

 

 初めて羽枝が口を開く、だがその内容は正智に対する罵倒。例えその男が偽・魔術師であろうが、一度は共に戦った仲間。

 

「正智は途中で知り合った特に縁のない奴だけど、一度は共に戦った大事な仲間だ。それを侮辱するのはこの『俺』が絶対に許さねェ!!」

 

 ―――狂刀神ノ加護、発動。感情を受け取った狂刀神が僕に力を与えんと共鳴し合う。刀が黒く変色し、赤色の輝きを放つ。身体が少しづつ乗っ取られて行くが、僕は意識を手放さない。何がなんでも己の手で仕留める、その一心で。

 

「―――『何がなんでも全力で叩き斬る!』」

 

「―――やってみなさい!その程度の力で私達に勝てると思い込んでるその頭蓋、叩き割ってあげる!」

 

 本物の魔術師である"沙夜乃"とその補佐役の"羽枝"。 "東京大規模魔法事件"を起こした人物達と"未熟な妖術師"、二人と僕の実力差は一目瞭然。

 実力差が丸分かりなこの状況でも、"戦う理由"がそこにはある。

 

 そして、この"狂刀神ノ加護"はあの時と少し違う。刀に術を付与するのでは無く、"自分の身体"に憑依させる事で更なる力を得る。

 

 だが、狂刀神を自らの身体に憑依させるのは"ほぼ自殺行為"と言っても過言では無い。

 本来は刀に付与する為の術が故に、その威力と妖力は通常の術に比べて桁違い。それを身体に移すとなると、妖力と精神の混合に耐えきれず、死に至る可能性が高い。

 

 協力者を呼びに行った惣一郎が帰ってくるまで、時間を稼ぐ予定だったが―――戦友が目の前で殺されたんだ、戦うしかないだろう。

 

 

『その通りだ、お前―――いや、俺は戦う事だけを考えろ。なァに、満足すると言うまで力は貸してやる。いざとなった時は最大級の手助けもしてやる。だから"戦え"、この狂刀神に敗北は無いとその身を以て体験しろ」

 

 

 心の奥底から、何者かが語り掛けてくる。その声は何処か安心感がある様な、懐かしい気分になる。

 

 

「"俺"が来たからには容赦せん。『空間転移魔法』だろうが何だろう全て俺が斬り伏せてやる」

 

 

 影から『太刀 鑢』とは別物の、ドス黒い色をした刀が姿を現す。それは全ての『最悪』と言う概念を重ね合わせた様な代物。扱える人間がこの世にいるならそいつは―――最高に狂った神、くらいだろう。

 

 

「"無銘・永訣"。これが俺の刀だ、『太刀 鑢』よりも過去に創られた名刀。お前達は200年振りに拝めた人間として、神の歴史で語り継がれる事になるだろうな」

 

 

 刀の柄を強く握り込み、沙夜乃と羽枝に見せ付ける様に手に取る。見ていた沙夜乃と羽枝はその場から動こうとしない。

 威力と能力が分からない以上、攻撃するのは無謀だと思っての行動だろう―――が、それは完全な間違いである。

 

 

「………その錆刀が何だって?それに200年振り?貴方は何を言っているのかしら。全く、最近の若い男と言うのは虚言癖が多くて困っちゃうわね」

 

 

 扇子で口元を隠しながら女は言う。喋り方からして、あの扇子の下は笑いを堪えるのに必死な表情をしているのだろう。

 

 

「フッ…フフフッ…クハハハハハハハッ!!この刀を錆刀と言ったか、ある程度の実力者ならば強さを見抜いて戦慄しているぞ!」

 

「それが分からんとは、やはりこの刀を使うまでもない―――が、折角200年振りに顕現させたのだ!一度だけでも使ってやらねば可哀想というものよ!」

 

「さぁ、存分に足掻け!この狂刀神の前に跪くが良い!」

 

 

 何かを感じた沙夜乃と羽枝が、深刻そうな顔をしながら僕に攻撃を仕掛ける。

 沙夜乃は"転移魔法"を使用し、全方位から車やコンクリートの壁などを、僕の居る方向に向かって転移。羽枝はそれよりも速い動きで僕に近づいて、渾身の一撃を喰らわせようとしている。

 

 だが、全て遅い。

 

 一つの破壊漏れも許さず、周囲に有った物体が全て切り刻まれる。転移魔法で放たれた物体も全て真っ二つにされ、僕を避けて飛んで行く。沙夜乃は驚いた表情をしている。

 

 

「次」

 

 

 僕の声と同時にコンマ数秒遅れて、羽枝の打撃が顔面目掛けて飛んで来る。恐ろしく速く、一撃で全てを終わらせようとしている拳だ。だが、それも無意味。

 羽枝の肘から下が一瞬にして消失し、僕は羽枝の頭を持って地面に叩きつける。ゴシャと鈍い音が鳴り、羽枝はピクリとも動かなくなる。

 

 ―――この間、約3秒。

 

 相手の攻撃を全て受け流した挙句、相手を一人行動不能にした。これは人間が出来る業じゃない。

 

 

「………………悪いわね。羽枝無しで戦いを挑むほど、私は馬鹿じゃないのよ。その子を回収して一度退くことにするわ」

 

 

 沙夜乃が転移魔法で羽枝を回収しようとした瞬間が、一番油断しているタイミングだ。

 一歩踏み出す音が豪快に鳴り響き、『無銘・永訣』の先端が沙夜乃に触れる。少し遅れて羽枝を抱えた沙夜乃が僕から距離を取り、焦った表情で僕に向かって物体を沢山転移させる。

 

 数が多すぎて『無銘・永訣』だけでは捌ききれないと判断した僕は『太刀 鑢』と同時に、刀を2本使って迫り来る物体を切り刻む。切り刻んだ物体は、周囲に隠れていた偽・魔術師達に当たって行く。

 

 

「クハハハハハハハハハハッ!!面白い、面白いぞ!」

 

 

 高らかに笑う声とは別に、物体が放たれる位置から呻き声が聞こえる。負傷者一人を担ぎながら後ろに移動しつつ魔法を使用しているのだ、相応の負担が掛かっているに違いない。だからと言って、益々見逃す訳には行かない。

 

 

「その身体が限界を迎えるまで、幾らでも追い掛けてやる!精々攻撃に励む事だな!」

 

 

 沙夜乃が手を翳した瞬間、二人の姿が消える。一瞬の出来事に脳が混乱するが、僕とは別の人物がほぼ強制的に理解する。沙夜乃が手を翳した先、この都市部の中で一際目立つ"ビルの側面"。

 

 

「ふむ、あの一瞬で離れた場所に転移出来るのは便利なモノだ。しかし、俺には無意味だと言う事が何故分からん!」

 

 

 重力に逆らいながら、沙夜乃がビルの側面を駆け上がる。恐らく、空間支配の能力を使用しているのだろう。

 

 だが、狂刀神は"狙った獲物を逃さない"。

 

 沙夜乃と同じように、ビルの側面を僕は駆け上がる。足のつま先から影で鉤爪の様なものを生成し、一歩踏み出す事に食い込むのを利用する。空間支配より難しく、難易度が高い方法だが今の狂刀神ならこの程度、朝飯前だ。

 

 それでも、沙夜乃は攻撃を続ける。転移先から放たれるのは近くにあった歩道橋の一部、今度は重力に従いながら落下してくる。歩道橋から分離した瓦礫がビルのガラスと接触し、ガラスの破片が歩道橋と同じ速度で降り注ぐ。

 

 全てを刀で捌き切るのは不可能。なら、

 

 

「―――月封!!」

 

 

 複数の敵を一箇所に集めて封印する術、発動。これは妖の男を倒した後始末に使用した術。まさか此処で再び使う事になるとは。

 

 降り注ぐ物体の全てが一箇所に集まり、お寺の鐘と同じ大きさの丸い球体が完成。『無銘・永訣』でソレを一刀両断。半球(2個)はそのまま僕を避けて落下して行く。と同時に、再び物体が迫り来る。そしてまた同じ方法で破壊する。これを何度も何度も繰り返す。

 

 沙夜乃がビルの頂上付近に到達したのを確認し、僕は最後の術を展開する。

 

 

「余興はここまでだ、この一撃で終いにしてやろう!何、生死を彷徨う時間など与えん。俺を楽しませた褒美として有難く頂戴しろ」

 

 

 ドス黒い色をしていた『無銘・永訣』が、本来の色を取り戻す。まるで透き通る様な、一枚のガラス細工で創られた刀身が姿を現す。

 

 "ソレ"は選ばれた神のみが保有出来る神器であり、保有者自身に多大な影響を及ぼすとして恐れられていた凶器。しかし、現在の無銘・永訣は模造品。レプリカに過ぎない。だが、威力や能力は受け継がれ、200年の時を渡った。

 

 

「陰と陽が分かつ時、終局点に至る数多の神が再び顕現する。"陰"は無銘・永訣。"陽"は太刀 鑢なり。狂刀神の名において、我の前に姿を現す事を赦す!」

 

 

 無銘・永訣と太刀 鑢。

 

 二本の刀が重なり混ざり合い、一本の神器が現れる。それはかつて狂刀神が所持していた、模造品とは比にならない『原初(オリジナル)』。その名は誰も知らない。神々が保有する神器の名を知ればその身が崩壊し、神に裁かれると言い伝えられている。

 

 

 

「―――久しいな、原初(オリジナル)を手に取るのは何千年振りだろうか。あの頃とは少しだけ姿形は違えど、中身は変わらんな。……そうだな、今は余韻に浸っている場合では無いな」

 

 

 狂刀神と現在進行形で一体化している僕でさえも、この刀の名前を知らない。知る事は許されない。そうだな、『狂想刀・黒鶫』とでも呼んでおこう。

 そして、全てを終わらせる為に。"狂想刀・黒鶫"を沙夜乃に向けた状態で、詠唱する。これは妖の男を倒した時と同じ、

 

 

「「―――氷解銘卿。」」

 

 

 "狂想刀・黒鶫"の刀身から黒いモヤが大量に放出され、上空200m半径170mの範囲にある全てが氷結する。一瞬にして辺りが冷気に包まれ、ビルが限界を迎えて崩壊し始める。

 

 沙夜乃は僕の氷解銘卿が完全に展開する寸前で『空間支配』を使用し、範囲外へと回避する。

 

 

「今のを回避するか!俺からの褒美を受け取らぬとは、不敬な奴め!」

 

 

「私だってまだ死にたくないのよ!それに羽枝をここで死なせない為にも―――っね!!」

 

 

 崩壊したビルの瓦礫や鉄筋が僕を中心に、大きな円を描きながら辺りを囲む。

 ソレは完全に僕を取り囲んだ後に、中心部に向けて一斉に移動を開始する。だが僕もこの程度で倒される程貧弱では無い。

 

 

「―――強制肉体強化」

 

 

 今の僕は狂刀神のお陰で妖力が無制限と行っても過言では無い。故に、術を連発する事が可能だ。

 強化された体が放たれる物体を"狂想刀・黒鶫"で斬り落とす。僕の体に命中するよりも、物体がその場から移動するよりも速く。この世の理を超える速さで。

 

 

「クハハハハハハハハハハッ!この程度か、魔術師ィ!! 」

 

 

 切り刻んだ瓦礫を足場に、沙夜乃までの距離を一気に詰める。"狂想刀・黒鶫"を構え、沙夜乃から放たれる攻撃に対応しつつ、僕は沙夜乃の首を狙う。ここで仕留めなければ、正智の死も惣一郎の協力も全て無駄になる。

 

 殺す、絶対に。僕の手で終わらせる。

 

 斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ!! 斬―――

 

 

「あ……。」

 

 

 

 

 

 ブツンも音を立てて、何かがちぎれた。

 体に力が入らない。刀を握っていた手も、沙夜乃を殺さんと動いていた脚にも。 僕の身体は限界を迎えていた。

 

 狂刀神の憑依による疲労、重ねて妖術の連発に、強制肉体強化。これら全ての反動が、突然訪れた。

 空中でバランスを崩し、僕は地面に向かって落下して行く。態勢を整えようと体に力を入れるが、やはり動かない。やっとここまで来れたのに、あと一歩の所まで行けたのに。

 

 

「……………」

 

 

 声も出ない、声帯にも力が入らない。だが、 辛うじて目だけは開いている。

 その目に映った景色は絶望だった。

 

 沙夜乃が満面の笑みで此方に手を翳している。力を失った僕にトドメを刺そうとしているのだろう。転移させられた大型トラックが、僕より速く落下する。避けるのは不可能。

 

 妖術を展開しようにも妖力が足りない。狂刀神の残滓は何処からも感じられない。

 迫り来るトラックを僕はただ呆然と見る事しか出来ない。

 

 ―――そう言えば、一回目の遡行と時もトラックが原因だったな。あの時の痛みとこのトラックに潰される痛みは、どの位違うのだろうか。

 そんな事を考えながら、僕の体とトラックが接触し、そのまま地面と衝突する。苦しむ事無く、即死の状態で僕はまた"死んだ"。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クハハハハハハハハハハッ!この程度か、魔術師ィ!!」

 

 

 自分の声で、意識が覚醒する。

 

 切り刻んだ瓦礫を足場に、沙夜乃までの距離を一気に詰める。"狂想刀・黒鶫"を構え、沙夜乃から放たれる攻撃に対応しつつ、僕は沙夜乃の首を狙う。

 

 ―――ターニングポイントの更新、予想よりも死ぬ時間と近い。 死んだ事に対しての不快感等はある。だが今はそれ所では無い。

 

 今僕がするべき事は、

 

 

「身体を返して貰うぞ、狂刀神」

 

 

 身体の所有権を狂刀神から奪い取る。

 

 予想外の出来事に狂刀神が困惑し、今にも怒り出しそうだ。身体から切り離され、意識だけの状態になった彼を無視して僕は沙夜乃から距離を取る。逃げられてしまう可能性があるが、沙夜乃より先に相手をしなければならない相手が―――

 

 

『―――貴様。何故俺を身体から切り離した。あのまま攻撃を続行していれば確実に殺せた。なのに何故だ』

 

 

「何故も何も、気づかないのか?神ともあろう人物が異変に気づかないのか?」

 

 

『貴様ッ!この俺を愚弄するか!良い、ならば貴様諸共―――』

 

 

「―――あのまま戦いを続行していたら、僕の体は限界点を越えて死んでいた。今のお前なら分かるだろ、この体が悲鳴を上げてる事を」

 

 

『何を言う!俺は常に万全な状態で挑んで………………っ!?』

 

 

「……だから、言っただろ?」

 

 

 狂刀神は黙り込む。少し落ち着いて冷静になった彼は、僕の身体の異変に気づいたのだろう。妖力は万全だがそれに追いつく体が容量上限いっぱいの状態なのだ。

 あの時死んだのも、莫大な妖力に耐えきれなくなった筋肉と心が一気に崩壊したのが原因だ。恐らくその際に、狂刀神の精神も消失した。

 

 だから、限界点を越える手前で僕はブレーキを強く押し込んだ。狂刀神と言う暴走車を止める為に。

 

 

「………なんだか良く分からないけど、チャンスって奴ね。悪いけど私はここから逃げさせて貰うわ」

 

 

 沙夜乃が真横に手を伸ばした瞬間、姿が消える。僕からなるべく距離が取れるかつ、羽枝に応急処置を施せる場所へ移動したのだろう。

 

 今すぐ追ってあの首を斬り落としてやりたい。だがその為には―――

 

 

「これ以上の妖力摂取は死に関わる。………と言ってもお前がこの体に憑依している間は妖力が大量に流れ込んでくるけどな」

 

 

『ならばどうする。俺をこの体から取り除くか?それも一つの手だが、貴様一人で沙夜乃に勝てるのか?』

 

 

「―――取り除くなんて事はしない。それよりももっと簡単で単純な事をすれば良い」

 

 

 今、話をしているこのタイミング、現在進行形で妖力は増え続けて、上限を突破しようとしている。増え続けるモノを減らすにはどうすればいい?

 

 

「―――増えるより早く妖力を消費すれば良いんだよ。さっきまでの僕は妖力枯渇を恐れて術展開を控えていたが、有り余ってると聞いたからには手加減しない」

 

 

『俺と交代しなくて良いのか?』

 

 

「お前に渡すとまたいつ崩壊するか分からないし、"狂想刀・黒鶫"を持っていても俺の体に異変は無い。それに戦闘途中途中とは言え、もう満足した……このままで行く」

 

 

『………"満足するまで手を貸す"だったな。俺の出る幕はここまでと言う事か。もう少し堪能したかったが、まぁ良い』

 

 

「―――さて、死の原因も突き止めて対策も出来た。出し惜しみは無しだ、2度目の"フルスロットル"で行くぞ」

 

 

 上限いっぱいの妖力を全開放して、術を連発する。無意味な術さえも使用しながら沙夜乃を追う。

 死因のひとつに、妖術の使い過ぎも含まれていたが、"疲労と重なった"事で僕の体は動かなくなった。つまり、"疲労状態"にならなかったら良い。

 

 

「体全体に"治癒の術"を施す!妖力無視の自由攻撃なんざ1回もやった事ないけど、遠慮なく!」

 

 

 狂刀神ノ加護。神霊能力付与。心眼。治癒の術。視野拡大。直感。回避の術。 氷解銘卿(障害物破壊用)。焼炙。鑢・魔獣。身体強制強化。月封(障害物収集用)。周囲探査。感覚共有(鑢・魔獣)。

 

 最早、説明不要の狂刀神ノ加護+神霊能力付与。

 

・人がなにかをしようとする時、魔力の流れとなって現れる術、心眼。

・死因の一つでもある"疲労状態"を回復し続ける為の治癒の術に、 捜索範囲を広げる為の視野拡大。

・攻撃を受けた際に直ぐ回避出来る直感、回避の術。

・移動中に邪魔な障害物を凍結させ破壊する、氷解銘卿。

・空中移動の際の加速に必要な焼炙

・地上に群がる偽・魔術師討伐及び沙夜乃の捜索用の鑢・魔獣。

・移動速度を上げる身体強制強化

・破壊した障害物を邪魔にならない場所へ集める月封。

・沙夜乃を探す為の周囲探査

・鑢・魔獣から送られてくる情報を処理する為の感覚共有。

 

 

「―――見つけたぞ……魔術師は、僕の手で確実に殺す」

 

 

 沙夜乃を位置を完全に特定し、即座に行動に移す。

 場所は、都市部の最中心。街で一番大きな病院、笹岡赤十字病院の屋上。僕はそこまで車等を使わず、この足で走り続けた。

 

 建物の頂点に設置されている赤十字の旗が勢い良く風に靡いている。

 

 到着した頃には青く澄み切った空が一変し、鼠色の雨曇が天を覆い尽くす。幸い、雨が降る気配は無く、風の勢いが強い程度だ。

 一瞬にして暗くなった都市部では、街灯に光が灯され、少しだけ綺麗な街並みに見える。

 

 しかし、 何か良くない事が起きそうな程、不気味な雰囲気が都市部全体を漂っている。これから巻き起こるのは"絶対のデリート"か"希望のクリエイト "か―――

 

 

「―――数時間ぶりだな、元気にしてたか?」

 

 

 都市部の最中心。街で一番大きな病院、笹岡赤十字病院の屋上。建物の頂点に設置されている赤十字の旗が勢い良く風に靡いている。

 街の住民は皆、離れた場所へ避難した。今この場に佇むのは僕とこの女のみ。僕はズボンのポケットに手を突っ込みながら、女は扇子を広げて口元を隠しながら、互いに睨み合う。

 

 

「あら、遅かったわね。もう羽枝の治療も終えて、貴方を迎え撃つ手筈は全て整ったわ」

 

 

 少し赤みがかった黒髪が風に揺られ、持っていた扇子を僕の方に向け、 空間支配系統魔術師『沙夜乃』は言う。

 僕が狂刀神と口論している間に、病院内の用具を無断で使用し、羽枝の治療をしていた様だ。出来れば羽枝の治療が終わる前に仕留めたかったが―――今回は仕方がない。

 

 

「"最期"に聞かせろ、お前は此処で何をするつもりだ? 」

 

 

 恐らくこれが、本当の、最後の戦い(ラストマッチ)

 たった数時間と短い戦闘だったが、得られたモノは少なからずあった。

 

 

「―――なら"最後"に私からも質問させて貰うわ。貴方、魔術師を殺してどうするつもり?」

 

 

「…………そうだな、僕からの回答は『大量殺人を犯した魔術師を殲滅する為』だ」

 

 

「そう、なら仕方ないわね。ちなみに私の回答は『もう一度人を殺す為』よ」

 

 

 互いの答えは得た。残るは生き残りを賭けた、殺し合い。魔術師と妖術師による因縁の対決。

 僕は、都市部に潜む脅威の排除及び魔術師の殲滅。

 沙夜乃は、都市部で大規模な殺戮と妖術師の殲滅。

 

 

「―――"狂想刀・黒鶫"」

 

「―――転移魔法、展開 」

 

 

 風が、雲の動きが、旗の靡く音が、全てが止まった瞬間。僕と沙夜乃は全力をぶつけ合う。

 "狂想刀・黒鶫"。狂刀神のみが所持を許された神器。今僕がこれを扱えているのは、内側でひっそりと何かを企んでいる狂刀神のお陰だ。

 

 転移魔法、展開。今までとは比にならない数のゲートが出現し、全方向から僕を殺す為の物体が降り注ぐ魔法。厄介なのは一気に放出ではなく、ランダムで、何処から来るのか予測不可能な点。

 

 

 "狂想刀・黒鶫"を手にし、沙夜乃の首に斬り掛かる。 しかし、沙夜乃はまるでフィギュアスケートの選手の様に、上半身を反って攻撃を回避。

 回避した時の勢いを利用し、地面を蹴りあげて一回転する。僕の顎を目掛けて、沙夜乃の脚が強く衝突、そのまま後ろに倒れ込みそうになる。

 

 だが、僕は常時『治癒の術』が発動している。狂刀神から流れ込む妖力が上限を越えようとしているが故に、僕は幾ら術を使っても底が尽きない体になってしまった。

 

 着地した沙夜乃が扇子を上から下へ、空気を撫でるように移動させる。同時に、僕の真上に出現していたゲートから医療用のメスやコンクリートの瓦礫が降り注ぐ。

 

 

「―――月封!」

 

 

 僕も負けてはいられない。降り注ぐモノを全て一点に集め、破壊を試みる―――が、

 真上だけでは無く、数秒遅れで他の物体が、別の方向から僕を狙って放出される。月封では集めきれない数を捌き切るのは不可能。

 

 この場で最も最適解で、高火力が出せる術。それが窮地を抜け出す為の突破口。脳内の隅から隅を視て、有効な術を捻り出す。

 

 

「―――黒影・深層領域」

 

 

 偽・魔術師との戦いで使用した術の一つ。

 

 黒影・深層領域。 自分の半径7mの地面が影に占領されて一歩踏み入れるだけで飲み込まれてしまう術。自身の体を影と融合させ、攻撃を回避する事が可能だ。偽・魔術師と戦った時の様に。

 

 

「貴方のそれ反則じゃないのかしら?」

 

 

 屋上一面にゲートを出現させ、沙夜乃は影に向かって物体を放出する。だがそれも全て無意味、 影に潜った僕に攻撃は一切効かない。 故に、

 

 

「―――背中がガラ空きだ!魔術師!」

 

 

 沙夜乃の背後、影から姿を現して"狂想刀・黒鶫"を心臓目掛けて一突き。………なんて上手く行く筈が無く。

 影から頭を出した時点で、沙夜乃は反射的に何かを感じ取り、魔法を展開していた。刀は何も無い空間を一突きし、沙夜乃が視界から消える。

 僕の背後へ―――と言う訳でも無い。

 

 完全に姿を消した。

 

 

「なんて思っているのかしら?」

 

 

 頭上。空を見上げた僕の視界に映る、無数のゲート。全て空間支配魔法による"転移魔法"。しかし 、そのゲートの半分の 向きは此方では無く。

 

 

「影さえ無ければ、貴方は逃げる事が不可能なのよね?なら無理やりにでも太陽の下へ引きずり出してあげるわ」

 

 

 空に向かって無数の物体が飛翔する。ソレは雲を突き抜け、病院を中心に次々へと外側へ広がって行く。太陽が見え始めた所で、足元の影が消えてゆく。

 と、同時に。残りのゲートから更に、此方へ向けて物体が放出される。避けなければ直撃して大ダメージを負うだろう。

 黒影・深層領域は使用不可。他の術は回避に特化していないモノばかり。あの"回避の術"でさえもこの攻撃は避けきれない。

 

 この攻撃を受ける以外の選択肢無し。

 

 

「『八方塞がり』ってやつか…!!」

 

 

 体への負担を最小限に抑え、物体を刀で受け流す。だが、全てを受け流す事は出来ず、降り注ぐ物体が体の肉を抉る。

 それを見た沙夜乃が、僕との距離を一気に詰める。持っていた扇子が顔面を直撃し、後ろに吹っ飛ばされた。

 

 ―――完全に見誤っていた、勝手に決めつけていた。 沙夜乃が"接近戦を不得手とする"と、そう思い込んでいた。

 無様に転がる僕を追って、沙夜乃が転移する。

 

 真正面、立ち上がった僕の目の前に姿を現す。突然の出来事に脳の処理が追いつかない。

 沙夜乃の扇子が、まるで一本の短刀の様に鋭く、僕の身体を切り刻む。身体中から鮮血が吹き出し、想像を絶する痛みに跪きそうになる。

 

 だが、それを僕自身が許さない。 常時使用している"治癒の術"が、片っ端から傷を癒して行く。

 ―――力はまだ入る。動き続けろ。

 

 漸く脳が正常に活動を始め、沙夜乃の攻撃を刀で受け止める。少し遅い復活だが、次は僕のターンだ。

 炸裂する扇子を全て、取り零す事無く、刀で無効化する。激しく火花が散り、空気が張り詰めて行く。

 僕が完全に復活した事を悟った沙夜乃は僕から少しだけ距離を取る。

 

 チャンス。少しでもバランスを崩せば僕の方が有利。

 

 

『"強制身体強化"、使用』

 

 

 離れた沙夜乃を追って、僕は加速する。立場が逆転し、今度は僕が沙夜乃に連撃を与え、バランスを崩すタイミングを狙う。

 

 

『"焼炙"、使用』

 

 

 莫大な熱を持つ、ビームに近い一閃が沙夜乃の横腹を直撃する。この攻撃を受けた沙夜乃は、あまりの痛さに攻撃する手を止めるに違いない―――

 

 

「女性の腹部を狙うなんて、男として有り得ないわね」

 

 

 否、直撃していなかった。

 放たれた一閃は捻じ曲げられた空間に吸われ、沙夜乃の背後に出現したゲートから発射される。

 

 

「とんだバケモノだな………!」

 

 

「それはお互い様でしょう?」

 

 

 終わらない闘い。このまま永遠に続きそうな殴り合いに終止符を打つべく、僕は最後の手段に出る。もし失敗すれば、僕に待っているのは"死"のみ。

 だからこそ、僕にだけにしか出来ない。"遡行"持ちの僕が出来る事。

 

 

「これでも食らいやがれ―――! ! 」

 

 

 沙夜乃に向けて、刀を投げる。

 

 

「……………え?」

 

 

 知性を感じない行動に、沙夜乃は思わず動きを止める。自らの武器を手放し、攻撃手段を失う。まさに自殺行為だ。

 飛んでくる刀を扇子で受け流し、左後方へ飛ばす。突然の出来事に、困惑した沙夜乃は僕の様子を伺う。だが、僕は何もしない。何も出来ない。

 

 

「貴方は一体何が―――」

 

 

 "一体何がしたいのか"。言い切る前に、沙夜乃が突然振り返り、動く。

 

 刀が向かう先は、"羽枝"が座っている椅子。あの椅子の周りには結界の様なモノが貼られていた。魔術師の結界を破壊出来るのは、 神器以上の代物を用いなければならない。

 そして、この"狂想刀・黒鶫"は狂刀神の『神器』。

 

 それを瞬時に理解した沙夜乃は手を伸ばし、羽枝の元へ飛ぼうとする。

 

 

「させるかあ"あ"あ"あ"!!」

 

 

 沙夜乃より早く、転移より素早く。初めて刺客と戦った時と同様、刀など要らない。 ―――速さ勝負。

 僕の叫び声を置き去りに、身体は車の平均速度を超える。速く動く物体は、急に止まることは出来ない。ならどうする?

 

 ―――モノに当たって止まれば良い。

 

 沙夜乃の身体、左側面に激しい勢いで衝突する。接触時の衝撃で骨を含む内蔵等が負傷。肩は外れ、腕は粉砕骨折。

 一方、沙夜乃もほぼ同じ症状。左肩が外れ、左腕は骨折では済まなかった。ぶつかった事により、転移先は羽枝を超えたただの地面。

 

 転移後、沙夜乃がその場に倒れ込むのを目視で確認。

 

 僕も倒れそうになるが、脚はまだ動く。それに"治癒の術"は常時発動中。幾らでも傷は癒える。

 そして、羽枝の方へ飛んで行った刀は―――

 

 

「な……何故?どう、し…て結界が……壊れない……の?」

 

 

 瀕死の沙夜乃が言う。

 そんな事、簡単に考えれば答えに辿り着ける問いだ。

 

 

「僕が投げたのは…『太刀 鑢』だからな…」

 

 

 そう。沙夜乃との戦闘中、隙を狙って"狂想刀・黒鶫"を分解し、『太刀 鑢』と『無銘・永訣』の二本が残る状態に変化。

 そして、"狂想刀・黒鶫"と形状が酷似している『太刀 鑢』を投げた。

 

 つまり、現在進行形で僕が所持している刀は、

 

 

「『無銘・永訣』はトドメを刺す様に取って置いていたって訳だ。―――さてと、僕の傷は全て癒えた 」

 

 

 終幕。激しい戦いを乗り越え、勝利を手にしたのは僕だった。

 勝者には、とある特権が存在する。

 

 

「お前、どうして僕を別の場所へ転移させなかった」

 

 

 一番の疑問。偽・魔術師は僕を連続で別の場所へ転移させた。

 偽・魔術師に力を分け与えた沙夜乃なら、同じような事が出来た筈だ。なのに何故、使わないのか。

 

 

「………私は、使え…ない。あいつは…わた…しの…欠点を克…服した…魔…術師…なのよ…」

 

 

「欠点…? 」

 

 

「ほん…とは……転移が使え…るの…は一日に………一人…だ…け……」

 

 

「……転移が使えるのは一日一人 ?でもお前、膨大な数のゲートで出入りしてたじゃねぇか」

 

 

 それだと沙夜乃の言う事と辻褄が合わない。それに今までの知識が全て狂う。

 沙夜乃が何を言っているのか、直ぐに調べなければ―――

 

 

「瀕死だから大事な部分を言う気力が残ってないのだろうね。私が簡単に説明しよう」

 

 

 背後から突然声が聞こえ、背後の人物に向かって『無銘・永訣』を突きつける。

 だが、そこに立っていたのは。

 

 

「これ前にもされた様な気がするんだけどね…」

 

 

 惣一郎だった。

 増援を呼ぶべく、都市部から一時離脱した男。それがこの地に戻って来たという事は。

 

 

「都市部の偽・魔術師及び犯罪者は全て取り押さえ、安全は無事確保された。安心したまえ、君を含めた私達の勝ちだ」

 

「そして、先程の話の続きだが。彼女が言いたかったのは『人物を転移させる魔法は一日一人が限界。だが、あの男はそれを克服し、一日に何度も人物を転移させることが出来た』と、 言う事だろう?」

 

 

「………えぇ……そ…うよ」

 

 

 流石、惣一郎。 言いたい事全てを汲み取り、分かりやすく解説する。どこまでも空気が読める男なんだ。

 

 

「そして、君が何度も転移させれた秘密。それは『自分は転移条件の対象外』と言った所かな?」

 

 

「……そう言う事だったのか、分かった以上、聞くことは何もなし ―――そろそろ終いにするとしよう 」

 

 

 『無銘・永訣』を沙夜乃に向け、最後の一撃を叩き込むべく、術を詠唱する。 惣一郎は僕を止めようとはせず、ただ見守るのみ。

 羽枝の座る椅子の横に転がる『太刀 鑢』が、『無銘・永訣』に引き寄せられ、結合する。

 

 再び"狂想刀・黒鶫"が顕現し、『この女にトドメをさせ』と言っている。

 果たして、言っているのは"狂想刀・黒鶫"か『俺』のどちらなのか。

 

 

「―――氷解銘卿」

 

 

 惣一郎を除く、全方位半径50mの物体が全て凍結する。沙夜乃は一瞬にして氷と化し、周囲には冷気が漂っていた。

 空間支配系統魔術師『沙夜乃』の死亡を確認。彼女は 呆気なく、終わりを迎えた。

 

 

「………羽枝。どうしますか?このまま殺した方が良さそうですかね?」

 

 

「―――いや、こちらで捕縛するよ。色々聞きたい事もあるしね」

 

 

 空間支配系統魔術師『沙夜乃』率いる『異能力犯罪集団』は羽枝を除いて全滅。一般市民の怪我人及び重傷者の人数は、 六人。一般市民の死亡者は、一人。

 

  第一の魔術師との戦いは現時点を以て、完全に終結した。

 

 

 

 

 

 

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