遡行禍殃 東京惨劇編   作:天ヶ瀬 趙世(早川 脩司)

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第一章『新旧魔術師戦 / 1〜4話』

 10年前、僕が小学生2年生の頃。

 魔術師3人組による大規模魔法にて、東京都に住まう人間の大半が死亡し、姿を消した。

 突然、何の前触れも無く。

 

 僕の父親は当時、対魔法術師の1人。『日本最強の妖術師』として小さな集落から東京都まで行き、政府 警察と共に調査を行った。

 本来、妖術師は妖 ―――妖怪と戦う術師の事だが、対人戦も可能だ。

 

 父親の話によると東京都に着いた瞬間猛烈に嫌な予感がしたらしい。そして渋谷駅から出て区内を歩き回ったが、渋谷区内はもぬけの殻だったそうだ。

 当然だろう、大規模魔法による死者は563万人、行方不明者は819万人。東京都内の人口は1,396万人、大半が死亡、又は行方不明になっている。

 

 死亡と言っても、死体が転がっていた訳では無いらしい。 灰に近い砂状の何かになっていたと父親は言っていた。行方不明と言う事は恐らく…風に吹かれて消えてしまったのだろう。

 

 そして時は進み、2年前。僕が高校入学した頃。

 

 父親は病気で、母親は老衰で亡くなった。

 

 一応、先程も話した通り父親は政府公認の妖術師として、全国の術師を集めた組織が行う東京大規模魔法事件の調査に参加していた為、中学の頃に父親の妖術を継ぎ、中学卒業後は僕が代わりに調査をしていた。どちらかと言えば、「手伝っていた」の方が正確だろう。

 

 勿論、そう簡単に魔術師3名についての情報は集まらず捜査は難航。組織は解体されてしまった。僕はただの妖術が使えるだけの高校生になってしまった。東京大規模魔法事件の調査に参加していた為、余裕で一人暮らし出来る程の金は貰えていたから生活に不自由はなかった。

 

 しかし、今現在の僕は実質無職。そして高校入学直後と言うのもあり、すぐにバイトをしたりは出来なかった。

 

 

 

 それから少し経った日のこと、貯金していたお金で都心の一角にあるマンションに僕は住んでいた。住み心地は良く、隣人さんも優しい人ばかりだ。

 だがどうしても、どうにもならない問題があった。

 

「お金が……無い……」

 

 貯金も底を尽く寸前。高校は現在冬休みに入り、僕はバイトの許可が降りなかった為、家でゴロゴロしていた。

 このままではいずれ食料も全て無くなり、餓死してしまう……。そうなる前にどうにかしてでもお金を手に入れなければならなかった。

 

 かと言って犯罪に手を染めるのだけは流石に良くない。そう思い、僕はベッドの上で考える。

 

 そんな時、ふと実家の事を思い出した。父と母が暮らしていた家だ。

 もしかしたら何か金になる物があるのではと思い、僕はすぐに向かった。

 

 住んでいたマンション近くの駅から電車で約2時間半。ようやく実家に到着した。

 

「ここに帰ってくるのも久しぶりだな」

 

 中学校以来一度も帰ってきたことがなかった実家。なんだか懐かしく思えてくる。でも今はそれより先に優先すべき事がある、

 

「すまんな父さん母さん!家にある金目のモノは全て僕が―――!!」

 

 結果、家の中を探し回ったが金になりそうな物は何も無かった。父親の事だ、死ぬ前に金になりそうな物は全て売り払ったのだろう。

 

「何も無かった……!!いや待てよ、あと一件ある」

 

 諦め半分、僕は母親と父親が住んでいた家から離れた場所にあるもう1つの家に行った。家中をくまなく探したが案の定、何も無かった。家の中は。

 

「ここもかよ!僕の父親はどこまで用意周到なんだ……いや待て、そう言えばあそこに―――」

 

 歩いて10秒で着くすぐ近くに小さな蔵があった。昔ながらのなんだか懐かしい感じの蔵が。

だが蔵には鍵が掛かっていて簡単に開きそうが無かった。しかし―――

 

「―――解錠《アンロック》!!」

 

 例え最強の金庫でさえも開けてしまう術『強制解錠』を発動。

 鍵を外して開けてみると中には何やら難しい字で書かれた本や巻物、触っただけで崩れそうな棚が沢山あった。

 

「ここにある本売れば大金になるんじゃ……」

 

 僕は棚の中に沢山置いてある本の中で一際異彩を放つ、赤い本を手に取った。吸い込まれるかのように。

 

「―――顕現せよ」

 

 その瞬間、僕は無意識的に本を開いて中を詠んだ。声に出して読んだ。最初から最後まで、1文字も残さず。

 異変が起き始めたのは最後の一行辺りだった。本が段々と光り始め、足元に大きな陣が出来ていた。

 だが僕は気にすること無く詠唱を続ける。

 

 最後まで読み終わった僕はまるで夢から醒めるような感覚で意識を取り戻した。

 

「―――なっ!?」

 

 突然の出来事で混乱していた僕は慌てて本を投げ捨てた。本は軽い音を立てながら蔵の奥の方に転がって行ってしまった。すると足元の陣も消え、何事も無かったかのように静寂が訪れた。

 

「今のは……なんだ?」

 

 一体何だったのか。何故、僕は無意識に本を開いたのだろか。何もわからない。

 憶測だが、もしかするとこれは父親が残した妖術の書なのではと僕は考える。

 

 本から微量ではあったが、妖力を感じた。

 

 もしかすると、いや確実にこの蔵にはやばいモノが沢山置いてある。

 僕は少し恐れながらも「父親から教わらなかった術が使えるようになるかもしれない」と、心の奥ではワクワクしていた。

 

 次は蔵の奥、灯りが届かない所にある何重にも鍵が掛かっている扉を見つけた。

 中に何か隠されている様な扉を

 

 

 時々休憩を挟みながら、僕は5日かけて鍵を全て解錠した。この行動が全ての始まりで、間違いだった。

 解錠後、僕は中にあった1冊の緑色の本を手に取った。中を見なくてもわかるほどの禍々しさ、厳重なだけあって危険感がある。

 

「この本だけ他と違うな。どれどれ一体どんな術が―――」

 

 

 

 

「―――永劫の時を視認する」

 

 二度目の無意識詠唱。僕はどこまで愚かなんだ。

 

 突然、僕の足元が光り始め、先程とは違う形の大きな陣が生成された。僕は詠むのを辞めなかった。途中で辞めれば何かを失う様な気がして。

 

「これは常世全ての時間を遡行する術であり、常世全ての未来を見据える―――」

 

 詠み始めて数秒後、僕の口から液体が出来た。赤い。血だった。

 

 その血が陣に垂れた瞬間、陣が赤く発光した。僕は詠むのを辞めなかった。どんどん体から血が無くなっていくのを感じた。これ以上は危険だと僕の体は悲鳴をあげていた。

 

 陣が完成していく、僕の体も限界を迎えていた。

 いつの間にか本の色が緑色から黒色に変わっていた。そう言えば昔父親が言っていた。

 

「黒色の本は禁忌の術が書いてある本だ、禁忌の術ってのは妖術師の中で使う事が禁じられた本の事だ。妖術師が使う術ってのは等価交換と同じだ。だから禁忌の術を使うと一生、死より最悪な…地獄が待っているそうだ」

と…。

 

「ぐ……っ!」

 

 この時僕はもう何も考えられなかった。体も精神も限界だった。ここで詠むのを辞めればもしかしたら体の一部を失うだけで済むかもしれない。それでも僕は、詠むのを辞めなかった。

 

「―――術、発動。」

 すると突然、頭の中に何かが、流れ込んで来た。

 

 


 

 

未来を視た。人間が沢山死ぬ。

 

未来を視た。大きな魔法陣が空に展開される。

 

未来を視た。今度こそ東京都に住む人間全員を消し去ろうとする魔術師3人組が。

 

未来を─── 視た。

 

『2年後、再び惨劇が起こる。大規模な魔法発動により全員が巻き込まれ、死滅する』

 

 

 


 

 

 気が付くと僕は蔵で寝ていた。先程まで手に持っていた本は無く、陣も消えていた。鍵が何重にもかかっていた扉さえも。

 

「あれ……僕は何をしてたんだっけ…」

 

 僕はその時、夢を見ていたのだと解釈した。色々見ている内に眠くなってしまい、そのまま眠ってしまったのだと。しかし、夢にしてはハッキリしすぎていてまるで現実のようだった。それに、体の痛みがまだ鮮明に残っていて―――

 

「―――違う、僕は眠くなって寝ていた訳ではない…。」

 

 

 妖術師は術を発動させるのに『妖力』を必要とする。術のグレードが上がれば上がるほど妖力を多く必要とする。そしてこの体を襲う強烈な痛み、これは間違いなく『強力な術』を使用した後と同じ感覚だった。

だが、どんな術を使ったのかを僕は覚えていなかった。

 

「クソ…取り敢えずここで色々考えても無駄だな。宿に行ってから考えよう」

 

 僕は体を起こそうと上半身に力を入れたが、ピクリとも動かなかった。沢山の妖力を使用した代償がまだ続いていたのだろう。

 僕はもう一度横になって数分間待った後、再び体に力を入れてようやく立てるようになった。

 

 外はもう暗く、夜になっていた。結構長い間眠っていたのだろう、腹も空いていた。家を離れ、田舎特有の蛙の鳴き声と虫の音を聴きながら歩いて5分。宿の近くまで来ていた。

 

「確かこの道を右だったか…?あれ、道なんて無いじゃないか」

 

と、その瞬間。

 

 大きな何かが横から猛スピードで突っ込んで来ていた。

 熊でも岩でもない。大型トラックだった。

 

 道を探すのに集中していた所為か、いつの間にか道路まで出てしまっていたらしい。

 

「な…っ?!マズイ!」

 

 僕は驚き、咄嗟に術を発動させ、避けようとした。妖術師の中では基礎の基礎、回避の術だ。

 僕は術を使用しトラックを避け―――れた。

 

 顔面スレスレの所をトラックは通過し、どこかへ行ってしまった。

 危うく轢かれる所だった…と安心していたその時

 

「え?」

 

 僕の体は宙に浮いていた。

 なんと、2台目のトラックが来ていた。全身に痛みが走る。今まで体験した事の無いような痛み。そのまま僕は地面に叩きつけられるように落ちた。

 

「ぼはぁッ!!」

 

痛い。

痛い痛い痛い「たすけ」痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い「これは死」痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛「ほんとにまずい」い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。

 

苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい「嫌だ」苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦し「なんでこんな」い苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい。

 

 これは流石に、妖術師とはいえ厳しかった。呼吸は出来ず、声も出ない。手も足も動かない。回復の術を使うには詠唱が必要だった。何も出来ない儘、僕は死ぬのかと思った。何も出来ない儘…。

 

 まずい意識が

 

 

遠く な っ

 

 

 

こ れは

 

 

 

 

「これは―――どうにも出来ない…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして僕は、死んだ。

 

 

 

 


 

 

 

 

 

苦しみながら死ぬのは嫌だった。

 

 

 

例えば、溺死とか焼死、出血死とか窒息死とか。もし助からない状態で死ぬなら、苦しまずに一瞬で死んだ方が僕は良い。そう思っていた。

 

 

 

 だけど、僕は苦しみながら死ぬ。諸臓器の破裂・挫滅,大血管損傷による失血。生存は不可能な状態だった。

 

 

 

 もしここで死なずに生きていたら…東京に戻って、蔵で視た未来を頼りに、政府と協力して魔術師を探すはずだった。

 

 

 

 

 

 だけど、僕は苦しみながら死ぬ。自分の成すべき事も成せぬまま。

 

 

 

 

 

 そろそろだ…。視界が狭くなっていく。これが死。体験した事の無い痛み。

 

 

 

 

 

 怖い。死ぬのが怖い。嫌だ。死にたくない。

 

 

 

 

 

 嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ助け───

 

 

 

 

 

 

 

「あっ………………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気が付くと僕は蔵で寝ていた。

 

 先程まで手に持っていた本は無く、陣も消えていた。鍵が何重にもかかっていた扉さえも……

 

「なんだこの不快感は…何かがおかしい。」

 

 その時僕は違和感を感じた。前にも1度経験したような。これから起きることが分かる感じ。

 この後起こる全てを僕は知っている感覚。僕は一度死んで──────

 

 

─────いや、違う。

 

 恐らくこれは禁忌の術を使った時に視た未来だろう。それに、体の痛みがまだ…無い。禁忌の術を使った後に来る反動が無かった。

 やはり何かがおかしい。

 

 だが、違和感を感じるだけで他に何かある訳では無かった。僕はそこで考えるのを辞めた。

 

「難しい話は一度宿に帰ってからまた考えよう。さてと…」

 

 僕は体を起こそうと上半身に力を入れたが、ピクリとも動かなかっ―――

 

「前にもこんなことあったような、これがデジャヴってやつか…?」

 

 僕はそう呟いて数分間待った後、再び体に力を入れてようやく立てるようになった。

 

 外はもう暗く、夜になっていた。お腹も空いている。

 

 宿はすぐ近くの場所にある為、僕は歩いて向かった。田舎特有の蛙の鳴き声と、虫の音を聴きながら歩いて5分。宿が見えてきた。目の前には広い道路、この時間帯の車通りは少ない。

 僕はお腹が空きすぎて我慢の限界だった。僕はショートカットしようとして道路に飛び出した。

 

 その瞬間、僕の脳内で何かが引っかかる。

 

 と、その瞬間。大きな何かが横から突っ込んで来ていた。猛スピードで近づいてくるのは大型のトラックだった。

 

「っ!?やっべぇ!!」

 

 僕は驚き、咄嗟に術を発動させ、避けようとした。妖術師の中では基礎の基礎、回避の術だ。僕は術を使用しトラックを避け………れた。

 顔面スレスレの所をトラックは通過し、どこかへ行ってしまった。

 

「あっぶねぇ…!轢かれる所だった……」

 

 と安心していたその時。

 この光景を、僕は知っている。トラックを避けた後、もう一台トラックが来ることを。

 

「来る―――!!」

 

 僕は咄嗟に術を発動させた。

 

 一台目のトラックが過ぎてから約10秒。恐らく今このタイミングでトラックが来るはずだ。あと数秒、術の発動が遅れていたら僕は死んでいただろう。

 顔面スレスレの所で僕はトラックを回避した。受身を取ろうとしたが、咄嗟の行動だった為、道路に転がるように倒れた。

 

「避け…れたのか…?」

 

 間違いない。僕はトラックが来ることを知っていた。この予知的な何か…少し前にどこかで視ていた気がする。

 

「蔵で目覚める前…僕は禁忌の術を使った。その時に……」

 

 この時、僕は勘違いをしていた。恐らく蔵で視たのは『2年後の未来と死ぬ時の出来事』だと。

 

 宿へ戻り、立て付けの悪いドアを開けて部屋の真ん中に座る。そして僕は脳内情報の整理を開始した。まずは視た未来について。

 2年後、再び東京に魔術師3名が姿を現し大規模魔法を展開。その後、東京に住む人間全員が消滅する。考えただけで恐ろしい。

 

 もしこの未来視が本当で、再び魔術師が現れたら…。間違いなく、大惨事になるだろう。そして、次は死ぬ時の出来事について。僕はトラックに轢かれて死ぬという事を知っていた。

 禁忌の術を使った時に未来視と一緒に視たのだろうか…。よく思い出せ、僕が視たのはトラックの件だけだった。もし本当に死ぬ時の出来事を視たのなら、トラックだけじゃないはずだ。

 

 トラックだけじゃないはずなのに───僕の記憶には二度目の死に関する情報が何も無かった。死ぬ時間帯も死ぬ場所も死因も何もかも。

 

「…落ち着け、冷静になれ。こう言う時は一度深呼吸して冷静さを取り戻すんだ…」

 

 そうだ、冷静になって考えてみればいい話だ。もし仮に『2年後の未来と死ぬ時の出来事』の未来視では無かった場合、他になにが出てくる。未来視……。未来、出来事、体験。体験…?

 

 僕は一度死を体験している?だとすればなぜ僕は生きている……。

 

 死ねばそこで終わりのはずだ。蘇り…?だがその場合は死んだ場所で始まるのが基本…。始まる…。死んだ場所、蘇生、もう一度、繰り返し、ループ。

 

「そうか……!!よく良く考えればそれがあるじゃないか、なぜ僕は思いつかなかったっ!?」

 

 そうだ。僕は『ループ』している。詳しく言うとこうだ、自分自身の意識だけが時空を移動し、過去や未来の自分の身体にその意識が乗り移っている。

 

 僕はやり直しをしているのだ。

 

 だとすれば疑問点がまた増える。

・何回まで死ねるのか

 

・二回死んだ場合、始まりの場所はどこなのか

 

・2年後を視たと同時になぜこの力が授けられたのか

 

・どうやったら完全に死ぬ事が出来るのか

 

 

―――試してみる価値はある、今ここで自らの命を絶ち次のスタート地点を確認する。だがもし、ループの限界が二回だったら。

 

 僕はそこで本当に死を経験するだろう。だが、妖術師と言う者は恐怖心より好奇心を優先する。

 宿泊用のバッグに手を伸ばし、中から長い黒色の棒を を出す。自らの身を護るために持っていたこの刀で、僕は、自らを殺す。

 

 自害は初めてだ、だがやるしかない。僕は鞘から刀を抜き、首元へ持ってくる。

 

 この時僕は、笑って───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───気が付くと僕は蔵で寝ていた。

 

 先程まで手に持っていた本は無く、陣も消えていた。

 鍵が何重にもかかっていた扉さえも……この光景を見るのは三回目。

 刀で自らの首を切ったが…痛みは無い。だが心臓の鼓動はあの時と同じ速さ。

 

「やはり僕は、タイムリープしているのか……。死んだ直後の痛みは…少し有り」

 

三度目のループ。やり直し。

 やはり自害は精神的にも肉体的にも少し来る所がある。

 

「さて、それじゃあ宿で立てた計画通り探すとするか」

 

 そう。この蔵の中には禁忌の術が使用できるようになる本が置いてあったのだ。ならば他に、戦闘に役立つ術が書いてある本などがあってもおかしくない。

 だが、古い物が故に読めない文字があったり、途中で紙が破れていたり…。

 

「術系統の本や巻物は見つからないな…。妖術師について書いてある物が多い気がする…」

 

 僕の先祖の話や妖術師が起こした奇跡の話が書いてある本ばかりで役立ちそうな本は見つからなかった。

 

「使えない物ばっかりだな。妖術系の本とか戦闘用の武器とかあれば―――」

 

 続きの言葉を発するより先に僕の目はソレを捉えた。

 禍々しい雰囲気を放つ一本の刀の様なモノを。

 

「なんだこれ、刀…だよな?僕が持ってたやつより随分昔の刀だ…」

 

 刀を持ち上げて重さを確認する。―――自前の刀より長いし、重い。刀身を確認する為に鞘から抜こうとしたが、

 

「固い。全然抜けないぞコレ…鞘に何か仕掛けでもあるんじゃ―――」

 

 

突然、刀が紅い光を放った。

 

 

「なっ?!」

 

 僕は反応出来ず、その光を全身に浴びた。この光が人間の体に有害なのか分からないが、僕は急いでその刀を離して投げた。

 

 刀は光を放ちながら蔵の奥へと飛んで行った。

 

「今の光は…?体に異常は……無さそうだな、よかった。」

 

 僕は何かおかしな場所が無いか自分の体を確認した。異常は無いが、刀を持っている時に何かが吸い取られる様な感覚はあった。

 

「それよりあの刀、まだ光続けてる…」

 

 まるで空気を吸い込む様に刀の周りで風が起きていた。僕は刀に近づき、ソレを手に取る。

 すると刀は僕に反応するかのように、更に強い風が周りで起きていた。

 

「まさか、僕に反応している?」

 

 そう呟いた瞬間、刀は少しづつ光が小さくなって行く。辺りに風は無かった。

 

「一体なんなんだこの刀は…」

 

 色々起きすぎて頭が爆発寸前だった。一度冷静になり、改めて現状を確認する。

 

「この蔵に置いてあった刀を手に取ると突然発光、そして僕の体から何かが吸い取られるような感覚あり…改めて口にしたけど更に訳分からん」

 

 もっと理解出来なくなったが、僕は刀を置いて物を探す。なぜなら、

 

「この刀について書かれた本があるはずだ…探そう」

 

 僕は急いで辺りに舞った紙や本、巻物の中身を確認した。そして、

 

「これだ…見つけた」

 

 一冊の本を見つけた。僕は手に取り中を読む。

 本を開いて一行目の文字を見る。恐らくこの刀の名前だろう、僕はそれを読み上げる。

 

「太古から存在する名刀…『太刀 鑢』」

 

 本によるとその刀の前保有者は、

 

―――『空木 明花』と言う人間らしい。

 

「空木 明花……この刀の前保有者?」

 

 僕は置いていた刀を手に取り、鞘から刀身を抜こうとする。

 先程は固く抜けそうになかったが、

 

「あれ………?」

 

 先程とは違い、するりと抜けて錆ひとつ無い刀身が露わになる。

 

「なんだこれ…すげぇ……」

 

 蔵の開いた扉から月の光が差し込み、刀を照らす。

 

 刀はボロボロで古びた鞘と柄からは想像出来ない程輝いていた。その輝きは、まるで百万本の星が散りばめられたかのように、眩しく放たれていた。

 

「約500年前の刀って本に書いてあったが、あり得ないほど綺麗だな…先日まで手入れしていたレベルだぞ…」

 

 もっと刀を見ていたいが僕は刀身を鞘に収めて蔵を出る。

 心地良い虫の音が聞こえ渡り、月が照らす光で周囲が少し明るかった。不意に、何かを思い出す。

 

「……今、何時だ?」

 

 僕は慌てて腕時計を見る。

 そう、この時間は確か『一度目のループで死んだ時間』だ。

 

「乗り越えた…って事でいいのか…?」

 

 死ぬはずだった時間を過ぎた後、どうなるのだろうか。何も起こらずただただ死を回避出来るのか、それともまた別の死が近づいて来ているのだろうか。

 もし後者なら油断は出来ない。今すぐ宿に行き再び作戦を―――

 

 

「――!?」

 

 歩き出そうとした瞬間、背後で地面が割れるような激しい音が暗闇に響き渡った。

 音はすさまじい勢いを伴い、弾丸のように速く僕との距離が近くなる。

 

 それは動物でも物でも無い『人間』だった。

 

 手足に鎧の一部の様な装備をつけており、その下には黒くて厚い服を来ている。そして、顔は布で覆われていた。こいつが何者なのか分からないが、敵なのは間違いない。

 

「その刀を抜かないのですか?」

 

「な―――っ!?」

 

 反応が遅れた、刀を抜こうにも距離が近すぎる。

 相手の右腕が僕の頭を正確に狙う。ナイフなどは持っておらずただの殴りで、一発で仕留めるつもりなのだろう。

 

 詠唱させる時間を与えない、一撃でケリをつける。

 

 このやり方、妖術師の特徴を良く知っている人間の戦い方だ。妖術師は術を発動させるのに詠唱が必要、そして攻撃手段が術と刀と言われている。

 その為、詠唱させず刀を抜く隙を与えない。

 

 この相手は賢い、賢いが―――

 

「妖術師舐めんなぁぁぁぁ!!」

 

僕の方が一枚上手だ。

 

 

 

 相手の拳を頭突きで威力を相殺し、横腹目掛けて蹴りを入れる。相手はその場で膝を着いて横腹を押さえていた。

 妖術師は肉弾戦を不得意としている。だが、何事にも例外と言うものが存在するり

 

 僕は例の組織の手伝いをしていた頃、日本最強の呪術師『間藤』に格闘術を教わった。なかなかハードで逃げ出しそうになったが、最後まで教えて貰って良かったと思う。

 体勢を立て直し、次の攻撃へ対応出来るように僕は刀を抜く。

 

『太刀 鑢』、初めて使用する刀。

 

 初めてなのに手によく馴染む。まるで昔から扱っていた刀の様―――

 

「良いですね…楽しいですね…そう来なくては、その刀を抜いて欲しかったんです!」

 

 相手は立ち上がり、顔を覆っていた布を勢いよく取払った。月明かりで相手の顔が良く見える。

 

「っ……女?」

 

 髪は長く、女の子のような整った顔をしている。

 

―――よく見ると背丈も小さい。

 

「まさか子供なのか…?」

 

 だが、子供であろうと関係ない、僕を殺そうとして来たんだ。殺して所で誰も何も言うまい。

 

「子供だからって容赦はしないからな?」

 

「ククククククッ……ははははははは!!!良いね!楽しそうだ!久しぶりに楽しめそうだ!」

 

「……狂人か――っ!?」

 

 僕は助走をつけて勢いよく走り出す。女はまだ空を見上げながら笑っているだけだ。

 殺れる。

 

「さっきのは油断してやられちゃったけど!ボクより遅いね」

 

 僕より遥かに速いスピードで距離を詰められた。女は足で僕の刀を踏んで止めている。

 ここで刀を手放し、肉弾戦に持ち込んでも良いが―――

 

「お前、なんか嫌な感じがするな」

 

「女の子に酷いこと言いますね…結構傷つくんですよ!」

 

 距離を取ろうと刀に力を入れて一気に上に振り上げ、後ろに飛ぶ。―――だが気付いた時にはもう目の前に女が居た。攻撃が来る。

 顔目掛けてパンチが二発、腹目掛けて蹴りが一発。

 

 距離が近すぎてどちらも回避出来ない。

 

「まずい…!!」

 

 刀身を顔に近づけて防御態勢を取る。

 顔二発の攻撃を受け流す事は成功した、だが腹一発はどうにも出来ずに直撃する。

 

「グッ―――!!結構痛えじゃねぇかよ…!」

 

 久しぶりの戦闘故か一発食らっただけで足に力が入らない。このままでは次の攻撃が来る。

 あの速さだ、回避は不可能。ならば―――

 

「生命の力を生贄に我が肉体に力を与えよ…!」

 

 あまり使いたくない術だったが今はそんな事を言っている暇は無い。

 僕が得意とする術、

 

強制肉体強化(エンハンスメント)―――!!」

 

 名前の通り、自らの寿命を代償に肉体の限界を越え、強化する術、発動。

 強化系統の術は妖力の消費が少なく、連発で使用が可能だ。

 

 足に力が入る、今なら先程より速く動ける。

 

「術を使いましたね、つまりあなたは…貴方があの方の言っていた!」

 

 この女の目的は分からない、何故僕を襲ってきたのか。なんの為に戦っているのか。

 何も分からないが、今知る必要は無い。速く戦闘不能にし、後で情報を聞き出す。

 

「俺が遅いと言ったな?じゃあこの速さについて来れるか!」

 

 脚に全身の力を入れ、クラウチングスタートのように走り出す。この速さ勝負に刀は要らない。

 女も走り出す、正面からの1v1。相手より速く一撃を入れた方が勝つ。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

「はあああああああああああああああああッ!!」

 

 速度はほぼ同等、互いの拳が顔に命中する。ここまでの戦闘時間、約40秒。

 お互い拳を食らった衝撃でよろめき、後ろに下がる。

 

「痛ってぇ……やっぱ痛えけど術のおかげで少しは軽減されてるな…」

 

「良いですね…楽しいですね…!」

 

「っなんも楽しくねぇけどな…!」

 

 両者互いに歩いて近づく、再び戦闘が始まる。

 

 女の拳を右手で受け止め、僕の左手が女の顔を狙う。女はそれをいとも簡単に避けて僕が掴んでいた手を引き離し、再び殴り掛かる。僕はそれを受け止め、少し後ろに下がる。

 

 これを何度も何度も何度も繰り返す。殴り殴られ合い、どちらかの命が尽きるまで続ける。

 

「って思ってるだろ―――?!」

 

 相手の攻撃に耐えられず後ろに下がっていたのでは無い、こいつを回収する為だ。

 僕は足元に落ちている一本の刀を片足で拾い上げ、抜刀する。月夜に明るくて眩しく輝く一本の刀。

 

「『太刀 鑢』、まだ一回も斬った事ないから分かんねぇけど」

 

「こいつの一撃は重いぞ―――!!」

 

 女は攻めることばかり考えていた為、防御が取れない体勢になっていた。刀を勢いよく振り下ろす、まるで小さな岩を一刀両断する様に。

 だが、女は間一髪の所で刀を回避する。

 

 外した。これで女は自由に攻撃が可能だ。可能だが―――

 

「一振りで終わる訳ないだろ―――!!」

 

「なっ……!!」

 

 振り下ろした刀を全力で方向転換し、再び加速する。

 

 煌めき美しい一線が暗闇で輝く。

 

「え………っ」

 

 刀が女の胴を横薙ぎに、上半身と下半身が分離する。でも、この女はまだ死なないと僕は感じていた。

 横に斬った時の体の捻りを利用し、回転して勢いを付ける。

 

『太刀 鑢』の切れ味は今まで使用してきたどの刀よりも良かった。いや、これは良いと言うレベルでは無い。あまりにも速く、鋭い一撃。

 

 女は斬られている事に気が付かなかった。

 女の思考と共に、空中に留まっている上半身目掛けて刀を突く。

 

 音を置き去りに、女の頭を刀が貫く。

 

「はっ…お前も遅いじゃないか……」

 

 女は脳天に刀を貫かれた直後、何かを言っていたが聞き取れなかった。もう一度聞こうと女の顔に耳を近づけたが―――もう既に死んでいた。

 女の頭から刀を抜く。遅れて女の下半身と上半身、そして頭から大量の血が吹き出す。一瞬で辺り一面が血の海と化した。

 

「あ……。女から目的聞き出すの忘れてた…」

 

 刀に付いた血を拭い、鞘に戻す。

 瞬間、無理やり体を動かした為か疲労感が一気に襲ってきた。全身の力が抜けて僕はその場に倒れた。

 

「クソ…長く術を使いすぎたか…?」

 

 意識が遠のく、視界が少しづつ狭くなり―――

 

「取り敢えずは……第一関門突破ってところ…か……」

 

 僕は明るい月に照らされ、虫の心地よい音を聴きながら眠りについた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 太陽の光に照らされ、僕は自然と目を醒ます。

体を起こそうとするが力が入らず、そのまま数分間寝たままの状態だった。 恐らく、昨日の戦闘で無茶しすぎたからだろう。

 

 暫くして、体を動かす程度まで回復した僕は体を起こして辺りを見渡す。

 一番最初に目に入ったのはやはり―――彼女の死体だ。

 

 上半身と下半身が絶たれ、頭部は刀が貫通した痕が残っている。この場に普通の人間が居たら間違いなく嘔吐していただろう。惨たらしい死に方だが、こいつは僕を殺そうとして来た奴だ。

―――お似合いな最期だよ、全く。

 

「……死体どうするか、このまま放置しておく訳にも行かないし、かと言って回収した後どうするんだって話になるし」

 

 勿論、宿に持っていくなど以ての外。有り得ない。

 僕は頭を抱えて考え込む。殺したのは良いが処分に困る事を戦う前に考えておけば良かったと今になって後悔している。

 さてどうした物か―――

 

 

「え?死体?燃やして埋葬してあげればいいじゃん」

 

僕の隣でポケットに手を突っ込みながら簡単そうに言ったのは古くからの友人であり同期でもある元妖術師『夜市路 雅人』。

 彼は昔所属していた組織で共に活動…手伝いをしていた。そんな彼は組織解体後、普通の高校に行き普通の大学に通っている。

 

 刺客との戦闘後、僕の身を案じて様子を見に行った彼は、血塗れで倒れている僕+女性の死体を見て気絶しそうになったらしい。

 そして、今現在に至る。

 

「燃やすって、妖術で?」

 

「それしか無いだろ?大きな火を起こせる物をここまで持ってこれねぇし、なんなら持ってきたくねぇし」

 

「……ほんと面倒くさがり屋だな、お前は」

 

 バリアを貼るかのように手を前に出して詠唱を開始させ、体の中が少しづつ熱くなっていくのを感じながら、僕は詠唱に意識を集中させる。

 

「―――焼炙(フレア)!!」

 

 手をかざしたもの触れたものに熱を加える術、発動。

 焼炙は、鉄を変形させるだけの超高温も出すことが可能。発動中は腕が黒く硬化し、棘も生えてくる。

 それは自身の熱で火傷しないためなのか、妖術師としての潜在能力を引き出すためなのか、或いはその両方か。

 

「焦げ臭いな…人が焼けた時の匂いってこんな感じなのか、二度と匂いたくないな」

 

「それは同感だ」

 

 僕と雅人はそのまま何も言わずに、焼け終わるのを見届けて埋葬した。

 

 

 

「そう言えばお前、千里眼とか蛇戰心眼とか使えないのか?」

 

 千里眼、それは周りに存在する生命と視界を共有する術。

 蛇戰心眼、それは人がなにかをしようとする時、邪気の流れとなって現れる術。

 

「無理だな、そんな大層な術使えねぇよ」

 

 生憎だが、僕はまだこの二つを扱える域にまで達していない。父親のように全ての術が使えるようになるにはまだ―――

 

「ふぅん、そっか。じゃ俺のやるべき事も済んだし、そろそろ帰るわ」

 

 雅人はポケットから手を出して頭の後ろで組む。そのままだるそうに振り向き、歩いて帰って行った。

 ここまで手伝ってくれた友に僕は感謝する。

 

「さてと、宿に行きますか…」

 

 出来ることなら、宿のふかふか布団で眠りたい。

 こんな硬い地面じゃなくてちゃんとした布団に。

 

 

 


 

 

 

昼の10:00。

 

 僕は太陽の光に照らされ、自然と目を醒ます。あの時とは違って体は全回復し、幾らでも動かせるようになっていた。

 昼食は宿で食べる予定だったが…、

 

 自らの命を絶ってループした為、次また誰かに襲われそうになっても察知出来ずにそのまま殺されてしまう可能性があった。もし尾行されていて、昼食を食べてる時に襲われたら―――

 

 そう考え、僕は近く…ここから8km離れた場所にあるのコーヒーショップに行って昼食を食べることにした。

 

 

 お店に入って、一番奥の席から二番目の場所を選ぶ。人が全然居らず空いている場所にいる方が僕は落ち着く。

 店内にはポツポツと客が居て、中には警察官の格好をした客まで居た。恐らく昼休憩時間なのだろう。

 

 コーヒーとサンドイッチを注文して、その待ち時間で僕は襲ってきた彼女について考える。

 

僕を襲った理由は何なのか―――快楽の為、否。

僕の居場所が分かった理由―――特定した為、否。

妖術師を知っていた理由―――元組織の人間、否。

太刀 鑢を使わせた理由―――公平な戦闘の為、否。

 

 ここから先の考えが出てこない。何も思い浮かばない、疑問が増える一方だ。本当に目的は何だったのか、彼女は一体何の為に僕と戦ったのかそもそも僕と戦う意味があそれにしてはおかし僕は僕を彼女はそれでも辻褄が昨日の妖術僕は斬ったなのに情報が居場所組織分かった死体ちゃんと二度となんなら僕は―――

 

「こちらコーヒーとサンドイッチです、ごゆっくりどうぞ〜」

 

 気付かない内に注文したコーヒーとサンドイッチがテーブルに置かれていた。どうやら深く考えすぎて周りが見えなくなっていた様だ。

 

「もしかしたらもっと単純な理由とかなのか…」

 

 僕はサンドイッチにかぶりつきながら頭をフル回転させる。だが、何も思いつかない。

 

「あの時の戦い方、僕が妖術師だと知っていての攻撃だった。一体どこで僕の情報を…」

 

何処からか漏れていたのか、それとも僕を尾けていたのか―――

 

 

 

「へぇ、君妖術師なんだ」

 

「―――っ!?」

 

 驚きのあまり、僕は素早く振り向いてバッグの中に入れていた刀を握る。

 周りの客が驚いた顔でこちらを見ているが、今はそれどころでは無い。

 そいつは椅子に座りながらこちらを見ていた。

 

 声からして恐らく体の性は男、座ってて分かりにくいが身長は約180cm位はあるだろう。この男が何者か分からないがもし命を狙っているのだとしたら。

 僕は店の中であろうと躊躇わずこいつを殺す。

 

「待った待った、別に君を殺そうとなんかしてないよ。取り敢えずその刀から手を離してくれないかな?」

 

 男はその場で低く両手を広げて敵意がない事を示した。

―――攻撃する素振りを見せない。本当に戦う気が無いと僕は悟り、バッグから手を引き抜く。

 

「こんな所でそんなもの振り回されたら困っちゃうからね。まぁここ、座りなよ」

 

 男は笑いながら同じ席に座るよう要求する。

 少し警戒しながらも僕は椅子に座った。

 

「突然後ろから声を掛けられたら誰でも敵だと思うだろ」

 

「そりゃ私が悪かったね、申し訳ない」

 

 男は頭を下げて本気で謝罪していた。敵なのか味方なのか分からないが―――調子が狂う。

 

「まぁ……良いよ。僕も攻撃しようとして悪かったな」

 

「ってそれより、お前が僕に声を掛けた理由はなんだ。何が目的だ?」

 

「だからそんな警戒しなくても良いよ、私は君の味方なんだからさ」

 

 男は胸ポケットから一枚の紙を取り出して僕に渡す。

 そこには名前と所属する組織の名前が書かれていた。これは―――

 

「その名刺に書いてある通り、私の名前は『博多 惣一郎』。君と同じ術師さ」

 

 名前を聞いて僕は思い出した、昔所属していた術師を集めて結成された組織のナンバー3的な存在。組織内では日本最強の錬金術師と呼ばれていた。

 惣一郎には申し訳ないが、僕は名前だけを知っていて一度も顔を見た事が無かった。

 

「博多 惣一郎…日本最強の錬金術師が味方についてくれるってのか?」

 

「その呼び方…なんだか懐かしいね、君の父親を思い出すよ」

 

「僕の…父親?」

 

 惣一郎はテーブルにあったコップを持ち上げながら言う。

 

「あぁ、―――君の父親には何度も助けられたしね」

 

 コップの中身を飲み干し、そっとテーブルに置いた後、惣一郎はため息を吐いた。

 

「すまない、話が脱線してしまった。戻そうか」

 

「君を守るように上から指示があってね」

 

「…上からの指示?」

 

「そう。君はあの蔵の鍵を破壊しただろう?あれ実は壊した瞬間、私たちの本部へ連絡が入るようになってるのさ」

 

「………本部?組織はもう無くなったんじゃ―――」

 

「―――前の組織、はね。新しく作られたんだよ、凄く少人数だけどね」

 

「新しく作られた!?」

 

 僕は驚きのあまり椅子から転げ落ちそうになった。魔術師が僕の知らない所で動き始めたのか、それとも―――

 

「そう、魔術師を殺す為だけに作られた組織がね。その理由は君が一番知っているはずだ。君、昨日襲われただろ?」

 

「―――何故それを知っている」

 

 僕は再びバッグの中にある『太刀 鑢』を取り出そうと手を伸ばす。

 

「待った待った、だから私は君に危害を加えない。知っている理由はこれから話すから」

 

「さっきの…鍵が壊れたらって話があっただろう?実は君の父親から『蔵の鍵が解錠された場合、直ぐに新対魔術師用の戦力を集めろ』って言われてたんだ」

 

「そしてその時、蔵の中の秘密を聞いたんだよ」

 

「…って事は、僕の『未来視』について?」

 

「そう、そしてこのタイミングで君を襲うって事は相手に同じ能力者が居るか、君が監視されているか のどっちかだね」

 

「―――僕は監視されてない。それは言い切れる」

 

「確かに、君はあの妖術師の息子だ。監視されていて気づかないはずが無い。となれば……」

 

「後者の『同じの能力を使う人物』が魔術師の中に存在する」

 

「……これからも君を狙う刺客がどんどん送り込まれるだろう。そして、それから君を守る為に私はここに来た―――」

 

「―――言っただろう?私は君の味方さ」

 

 惣一郎は立ち上がり僕の方を見てそう言った。果たして彼は本当に僕の味方なのか、判断する方法は今は無い。だから信じるしかない。

 

「……わかった、それじゃあよろしく頼む―――」

 

 ―――刹那、店の窓ガラスが全て割れ外の雨風が入り込んでくる。突然の出来事に辺りの客が叫び、大混乱が起きていた。

 

「な…なんだ!?」

 

 僕は姿勢を低くして警戒態勢に入る。惣一郎は立ったまま外をじっと見つめていた。

 惣一郎の視線の先には、

 

「あれ、おかしいな……。術師は一人だけって聞いたんだけど…」

 

 片手に三本のナイフを持ち、もう片方の手に銃のような物を持った何者かが立っていた。

 

 轟音と共に姿を現したナゾの人物。

 外見からして身長は約185cm。性別は男。

 

 僕はバッグの中から刀、『太刀 鑢』を取り出して抜刀する。素早く男の懐に入り込んで―――

 

「待て、君はここにいるんだ。あれは私が相手をする」

 

 惣一郎は片手で僕を制止させ、男の方に向かって歩き出す。

 

「なんだ?お前、妖術師じゃないよな?」

 

 男は持っていた銃を惣一郎に向けて威嚇する。だが、惣一郎は歩くのを辞めない。

 

「あぁ、私は妖術師では無い。錬金術だ」

 

 惣一郎は店の柱に触れて武器を作り出す。人間が視認出来ない速度で距離を詰め、男に攻撃を行う。

 作り出した片手剣と男のナイフがぶつかり合い、激しい金属音と共に辺りの椅子とテーブルが風で吹き飛ぶ。

 

 相当なパワーで互いの武器がぶつかり合ったはずだが、男のナイフは壊れず傷一つ入っていない。

 

「錬金術師でその顔って事は……博多 惣一郎か」

 

 男は二本目のナイフを惣一郎の太腿に刺そうとする。だが惣一郎は剣を持っていない左手で男の顔面を強打した。太腿に刺さることは無かったが、ナイフが擦り少し血が出ていた。

 

「まさか私の事を知っているとは…ならば話は早い」

 

「―――日本最強の錬金術師と呼ばれる私と戦える事を光栄に思ってください!」

 

 作り出した剣を分解し、また新しく武器を創造する。男の持っていた銃と全く同じモノを。

 

「はぁ…俺は妖術師に用があって来たんだ。部外者 は引っ込め」

 

「部外者ではありませんよ、私は彼の味方なのですから―――っ今!!」

 

 惣一郎の声と同時に僕は隠れていたテーブルを乗り越えて男に斬り掛かる。

『太刀 鑢』の切れ味は世界最高峰。大きな岩石でさえも一刀両断が可能な刀。

 確実に男の首を『太刀 鑢』が捉える。このまま行けば男の首と胴は泣き別れだ。

 

「―――勝ったッ!!」

 

 無意識にそう声に出した。

 それが間違いである事に、僕は少ししてから気付いた。

 

 気づいた時にはもう遅かった。男は右手に持っていたナイフを手放して腕を利用し刀の斬撃を防ぐ。

 僕の腕に体全ての力を加えて腕ごと首を斬るはずだったが、何故か男の腕で刀は止まり、首まで辿り着かない。

 

 男は左手に持っていた銃を僕に向けて発砲しようとする。ほぼゼロ距離、今撃たれたら確実に当たる。

 万事休す―――だがそれは、僕が普通の人間だった場合の話だ。

 

「雲霞の術!!」

 

 身体全体または一部を気化することで、あらゆる物理攻撃を受け流す術、発動。

 この術は何度でも使用できる訳ではなく、一日2回が限界で、体の中の妖力を半分消費してしまう程の燃費の悪さで妖術界で有名なのだ。

 体を気体から元に戻し再び戦闘態勢に入る。

 

 今ので大体半分の妖力を使用した為、連続して術を発動させることは不可能だった。

 術を使用せず『太刀 鑢』であの男を殺す。そう思い、僕は地面を強く蹴って男との距離を縮めた。

 

 ナイフは地面に放りっぱなしで男の武器は銃のみ。近接戦闘なら刀の方が有利―――!!

 

 

 刹那、男の影がナイフを呑み込んだ。

 

 そしていつの間にか男の手にナイフが存在しており、僕の斬撃は簡単に流された挙句、

 

「アレ?妖術師ってこんな弱かったのかぁ?」

 

 僕の腹部に一本のナイフが刺さっていた。

 急いで距離を取り、僕は回復の術を発動させる。回復の術はそこまで妖力を使わないが恐らくあと一度しか術を使えないだろう。

 

 ここは回復する為の時間稼ぎを惣一郎に―――

 

「なんだ…?この感覚は……」

 

―――刺さっていたナイフから微かに、妖力を感じた。

 

 

 

「どこを見ている、お前の相手は私だ!!」

 

 惣一郎が作り出した…錬成した剣で男に斬り掛かる。

 男はニヤニヤした顔で惣一郎の攻撃をまるでダンスを踊っているかのように全て回避する。

 

 持久戦に持ち込まれたら負ける。そう僕は直感していた。

 惣一郎と男が戦っている隙に、異変を感じたナイフを手に取って隈無く調べる。

 

 やはり、妖力を感じる。もしかしたら男も妖術の使い手か何かなのか。

 だが妖術師の妖力とはまた違う、どこか懐かしい様な、それでいて不快な―――

 

 

 思い出した。どうして僕は忘れていたんだ。

 読者にも説明しなければいけない事を僕は完全に忘れていた。

 

 惣一郎がそれに気付かず油断するその前に、僕は立ち上がって大声で叫ぶ。

 

「惣一郎、そいつは人間じゃない!!」

 

 僕は惣一郎に向かって叫んだ、本人は「え?呼び捨て?」と言いたそうな顔をしていたがそれは後回し。

 そうだ、僕は初めから勘づいていた。だが、冷静になり物事を素早く判断する脳がそれを否定した。

 

 こいつは人では無い、動物でも昆虫でも無い。

 

「―――そいつは僕の本来の敵『妖』の類だ!!」

 

 

 

 妖。又は妖怪と呼ばれる"人に災いを齎す存在"。

 太古から妖術師と妖は激しい争いを繰り広げており、東京大規模魔法事件以降から姿を見せなくなった。

 

 それなのに何故、今ここに現れた。その理由は何故か、考えられるのは二つ。

 

 一つ、妖術師との闘いに勝利する事は不可能と理解して身を潜めていたが、瀕死の僕を見つけて「これはチャンス」だと思い襲った。

 二つ、東京大規模魔法事件の情報を耳にして、魔術師と妖術師が敵対関係である事を調べていた。

 

 この時、妖視点から見て「確実に妖術師を滅ぼせる方」はどちらだろうか。

 

 一つ目は、返り討ちに遭った場合「ただ殺されに行った無能」として妖界で一生笑いものにされる。

 二つ目は、返り討ちに遭った場合「もし自分が死んだとしても、妖術師と敵対関係で人間を大勢殺した実績を持つ魔術師に頼めば」確実に殺すことが可能。

 

 妖が選ぶ選択肢は一つしかない。勿論、後者だ。

 

「お前ら―――魔術師側に付いたな?」

 

「………。」

 

 全てを察した惣一郎が男に問い掛ける。

 戦闘する事に愉悦を感じていた男の動きが突然止まる。ニヤニヤしていた顔から笑顔が消え、少々怒りが籠った様な顔をしていた。

 

 どうやら正解クジを引いたらしい。

 

 

―――その隙を日本最強の錬金術師は逃さなかった。

 僕が瞬きしたコンマ数秒後には、惣一郎が持っていた武器が剣から槍へと変わっていた。音速を超える速度での分解 +錬成。

 

 惣一郎は持っていた槍を男へ投擲。槍は男の右胸に突き刺さり、抵抗出来ない儘、店の壁に突き刺さる。

 

 男が顔を上げた時には惣一郎の錬成した剣が頭を貫く。相当なスピードが出ていたのだろう、男の頭は弾けて壁一面に大量の血が飛び散る。

 人間じゃないと分かった惣一郎は「殺さない程度の加減」を辞め、全力で戦ったのだろう。

 

だが、

 

「ぁあ〜…今のは結構いい攻撃だったな」

 

 首から筋繊維がどんどん伸びていき、顔を輪郭を作り出す。数秒後には元の顔が形成され、何事も無かったかのように男は喋り出す。

 

「私の全力を以てしてもあの男を殺す事は不可能だろう」

 

 惣一郎は新しく錬成していた剣を分解してその場で静止する。

 何故急に止まった?

 勝てないと悟って自らの命を差し出すのか?

 何か必殺技を残している?

それとも何かを待って―――、

 

                それだ。

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

 僕は身体に残る全ての妖力を使用して術を使用する。

 この術を発動させた後、僕は数時間動けなくなるだろう。だがそんなことはどうでも良い。あの男を殺せる、最大級の術を使用する。

 

「我らの天に立つ全ての主よ!人ならざる者へ終焉を 齎す、常世全ての妖魔を寂滅させるべく我に力を与え給え!――――狂刀神ノ加護ッ!!」

 

 力の限り叫び、僕は『太刀 鑢』を握り締めて再び詠唱する。

 

 この間、男は僕を狙ってナイフを投擲する。しかし、惣一郎は僕の詠唱を邪魔する者を決して許さない。

 武器を持たず、素手のみで男と応戦してた。

 

「重ねて、我らの天に立つ主よ!狂刀神ノ加護を以て我が『太刀 鑢』に力を!神霊能力付与!」

 

 狂刀神ノ加護。一人で上位の神を10人斬り殺した狂刀神の力を授かる術。

 神霊能力付与。神ノ加護系統の術を刀や槍などの武器に付与する術。

今使用できる最大級の術、発動。

 

「惣一郎さん!これを、受け取って下さい!」

 

 神霊能力が付与された『太刀 鑢』を投げ渡す。それを片手で受け取った惣一郎は、

 

「ありがとう。おかげで私は全力を出せる」

 

 抜刀。その直後『太刀 鑢』から赤黒いモヤの様なモノが発生する。すると、モヤは次第に惣一郎の身体に吸い込まれていく。

 これは狂刀神ノ加護が上手く発動している証拠だ。

 

「刀一本で戦況が変わるとでも思っているのか?!」

 

 直後、数多のナイフが惣一郎目掛けて殺到した。全てを捌き切るのは不可能な数だ。

 だが惣一郎は顔色一つ変えず、

 

「―――氷解銘卿。狂刀神ノ加護の中に宿るもう一つの術、発動!!」

 

 僕は右手を男の居る方向に突き出して叫ぶ。

 惣一郎の体に入り込んだモヤが爆発するかの様に店内に充満した後、逃げ遅れた客と僕以外の全てを凍結させた。

 

 そして、惣一郎は大きく息を吸って、

 

「あまり錬金術師と妖術師を舐めない事だな」

 

 光とほぼ同等の速度で男の首を穿つ。そのまま体を最大限に捻り、数百回の斬撃が男の身体を切り刻む。

 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も―――

 

 

 

 

 

 

「―――そこまで。惣一郎さん、そいつもう死んでます」

 

 僕の一声で惣一郎の腕は静止する。

 本来の惣一郎なら一撃で終わる筈だったが、

 

「……狂刀神ノ加護は使わない方がいいかもね」

 

 どこか具合が悪そうな顔をしていた。

 

 

 狂刀神ノ加護。一人で上位の神を10人斬り殺した狂刀神の力を授かる術とされているが、それは建前上の説明。

 上位の神を10人斬り殺した挙句、自らが生み出した人類さえも惨殺した狂乱の神が術使用者の体内に入り込み、数秒間体を乗っ取ってしまう術。

 

 惣一郎が辛そうな顔をしていたのは、身体の内側に入り込んできた狂刀神との会話で疲れ果てたのだろう。

 日本最強タッグvs魔術師サイド『妖』の戦いは、僕の狂刀神ノ加護と惣一郎の刀技で僕達が勝利を収めた。

 

 

 

 


 

 

 

 

 惣一郎は床に膝を着き、そのまま崩れ落ちる様に倒れ込んで眠ってしまった。体内に狂刀神が入り込んだ事もあってか、相当疲れていたのだろう。

 僕は眠ってしまった惣一郎を引っ張り、来ていたモッズコートを脱いで体の上に被せた。

 

 切り刻まれて粉々になった『妖』は再生能力を失っており、復活する可能性は―――

 

「一応、最後にもう一度ぶちかましとくか……」

 

 僕は刀身が剥き出しになっていた『太刀 鑢』を拾い上げ、『妖』に向かって攻撃を開始する。相手はもう死んでるから…俗に言う、オーバーキルってやつだ。

 

「―――月封」

 

 複数の敵を一箇所に集めて封印する術、発動。

 なぜ、妖力を全て使用した僕が術を使えるのかだって?それは至極当然な事だ。

 

『妖』を倒した事で近くにいた『太刀 鑢』が『妖』から吐き出た妖力を全て回収。『太刀 鑢』を通じて僕の身体に吸収、そして術が使える様になったということだ。

 そして『月封』で封印した『妖』に向かって再び術を発動させる。今度は『月封』ではなく、

 

「焔の神よ、私に寵愛を………―――焼炙」

 

 一人目の刺客を討伐した時と同じ様に『妖』の体を火葬する。流石に室内で火を使うのは危険なので、外に出て焼炙を使用する。

 

「さてと、妖の処分も終わったし…惣一郎さんを宿まで運ぶか」

 

 ちなみに僕がなぜ惣一郎の事を『さん付け』で呼ぶようになった理由は、

 初めから『さん付け』で呼ぶ予定だったが、戦闘中と思考中と言うのもあってか余裕が無く、呼び捨てになっていただけである。

 

「後で惣一郎さんに謝っておこう……」

 

 しっかりと反省した所で、『太刀 鑢』を自らの影の中に収納する。いつもはバッグに入れて持ち運んでいるが、これから警察と合流するのに刀を持っていたら銃刀法違反で捕まってしまう。

 店内に残っていた客を安全な場所に誘導し、全員に『記憶消去』の術を発動させる。

 

「店が男に襲撃された」と言う記憶を「ガスの爆発事故が起きた」と言う記憶に上書きする。

 

 その方が警察に状況説明する時が楽なのと、男(妖)との戦闘が無かった事になる…つまり、刀を使っていない判定になる。捕まる心配無し!!

 

 そんな事を言っている内に、現場近くまで警察が到着したと聞いて、避難客を全て警察に任せる事にした。

 何が起こったのかは全て避難客が説明してくれるだろう。まぁ、偽りの情報だけれど。

 

 

 

 店内には僕と惣一郎の二人のみ。惣一郎を起こして宿に帰ろうと思ったが…、今回の魔術師の行動について少し考える事にした。

 ―――二度目の襲撃。やはり惣一郎の言う通り、魔術師が僕の命を狙っている事は間違いなかった。

 

どうして僕の居場所が分かった?

 

 一度目の襲撃の際も人通りが少なく、位置情報が掴みにくい場所に居た。だが襲われた。

 惣一郎が「同じ能力を持つ人物が魔術師側にいる」と 言ったが、ここまで正確に場所を特定できるのはおかしい。

 

 やはり、魔術師側に位置特定魔法を持つ人物が存在する可能性がある。

 そして『妖』と魔術師側は結託している状況。下手をすれば惣一郎と僕は死んでしまう。

 今回みたいに連携出来る仲間が必ず傍に居る訳では無い。いつか一人で『妖』と戦わなければならない日が来る、果たしてその時僕は勝てるだろうか?

 

 暫くは惣一郎と共に行動するはずだ、護られているその微小の時間で僕は誰よりも強くならなくては行けない。

 なぜなら僕は『元日本最強の妖術師の息子』であり『日本最強の妖術師』の名を背負っているから。

 

 勝てるか、では無い。勝たなければならないのだ。

 

 

 

 そう自分に言い聞かせた所で僕は思考ストップさせて 別の最優先事項の事について思考を切り替え、身体を動かす。

 座った状態から立ち上がり、惣一郎の近くへ歩み寄る。こんな硬い床でよくもまぁこんなぐっすり眠れるもんだ。

 

 そんなことを考えながら180cmもある惣一郎を肩に担いで店の外へ出る。流石、成人男性と言うだけあってめちゃくちゃ重たい。

 

 千鳥足で歩く僕を見つけた警察官が走って此方に向かってくる。「変な人物を発見!」と言うよりは「肩に人を担いでる人間が事故現場から出てきた!」って感じだろう。

 

「君、怪我は無い?背負っている男性も無事かい?」

 

 駆け寄ってきたのは2人、どちらも性別は男性。事故現場から逃げ遅れた人達の救出と現場捜査の為に出動した。腰には拳銃と警棒、手錠も持っている。

 

 どこからどう見てもただの警官。怪しい部分など何処にもない―――それなのに、どことなく違和感を覚える。

 

「あ、はい。ちょうど爆発に巻き込まれる寸前の所で店から抜け出したので無傷です」

 

嘘である。

 男(妖)との戦いで身体は傷だらけで満身創痍だったが、月封を発動させると同時に治癒の術も発動させていた。おかげで妖力が残り僅かだ。

 

「無傷とは言え、念の為に病院に行った方がいい。私たちが送って行くからパトカーに乗ってくれ」

 

 そう言って警察官はパトカーの近くまで僕達を案内しようとした瞬間―――

 

 爆音と共に、パトカーや救急車が停まっていた場所一帯が爆発する。避難客であろう人達が宙を舞い、地面は炎で紅く燃え上がっている。

 

 僕は何も出来ずにただ立ち尽くしていた。

 

「な……!?一体何が…!?」

 

 目の前にいた警察官の片方がそう呟く。

 もう片方の警察官は、

 

「クッフフフフフ……アッハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 

豪快に笑っていた。

 

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

 

 

 

「アハハハハハハハハ!!警察も馬鹿ばっかだな、こんなわかりやすい部外者を仲間だと思っているんだから!」

 

 手を広げながら高らかに男は笑う。何が可笑しくて、何が面白くて笑っているのか僕には理解出来なかった。

 だが一つだけ理解るのは―――

 

「お前…っ!!魔術師の手先だな!?」

 

 そう叫ぶと同時に僕は影から『太刀 鑢』を顕現させる。惣一郎を肩から勢いよく投げ捨て、刀を手に取る。

 このまま斬り掛かれば確実に殺れるが、男の隣には無実かつ無防備な警官が居る。彼を男から引き離した後に戦闘をする必要があった。

 

「―――妖力を利用し我が肉体に力を与えよ。肉体強化(ハーフエンハンス)!」

 

 強制肉体強化とは違い、妖力を代償に肉体の強化する術、発動。

 地面が抉れる程の力を脚に溜め込み、一気に解放させる。少しだけ筋肉が軋む音が聞こえたが今はそんなことどうでもいい。

 

 溜め込んだ力が解放させた事により、僕は世界記録保持者の陸上選手より速いスピードで警官を捕らえて引き離す。

 男は顔色一つ変えずに笑い顔を維持している。気味が悪い。

 

「やっぱり君たちだよね、あいつを殺ったのは。まぁあいつ雑魚だし、勝ったからって図に乗るなよ」

 

 あいつ―――と言うのは恐らく男(妖)の事だろう。

 

「僕達の目的はもう済んだから、死んでくれ。ほいっとな」

 

 男がそう言い放った瞬間、突然辺り一面の風景が変わる。先程までコーヒーショップ前の舗装された道路に居たはずが、何も無い空間に切り替わる。

 

何も無い=地面がない。

僕はいつの間にか空まで移動していた。

 

 いや、移動したのでは無い。恐らくあの男の能力、もしくは『魔術』。『空間移動系統』の魔術だろう。

 何処へでも自由に移動が出来、何処へでも相手を飛ばせる魔術。厄介すぎる、早めに対処しなければならない。

 

 もう少しで地面に到着する、僕は術を使用して着地の準備をする。『灼熱線』を利用して落下の威力を相殺する。

 

『灼熱線』とは、手をかざした先に熱の光を生み出して発射させる術。

 

 これを使用した際、光の発射のエネルギーで身体は後ろに吹き飛んでしまうと言う欠点付きの術なのだが、高所からの着地の際には凄く便利な術である。

 だが、そんな甘えた僕を許さない存在が居る。

 

「その術使われたら厄介だから、えい」

 

 何も無い空間から突然腕が伸び、声と同時に警官が所持している拳銃の銃口が僕の方向に向く。

 

「まずっ―――!!」

 

僕は咄嗟に『灼熱線』の発動を中止して身を守る。

 しかし、その銃口から弾が発射される事は無く。そのまま空間と腕は消えてしまった。

 

 高所からの自由落下という事もあり、落下速度は最速。そして地面までは約20m。

 術を発動させる時間も猶予もない、このままでは地面と激しく衝突してそのまま死んで―――

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――身体は地面に叩き付けられて全身が破裂する。臓器は全て潰れて、身体は人の形を保っていなかった。

 まるでただの肉塊に成り果て、僕は死んだ。

 

四度目の死だ。

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

 

 

「っ―――!!」

 

 想像を絶する程の恐怖に向き合った僕を現実世界に引き戻すのは、酷く最悪な目覚め。

 四度目は無いと思っていた。いや、心の中ではいつか死ぬと分かっていた。それでも僕は目を背けた。

 

 死因は高所からの落下死。敵魔術師の『空間支配』によって誰も知らない未開の地に転移され、死亡。即死とはいえ、潰れた時の感覚がまだほんの少しだけ残っている。

 

「―――……っ不愉快だ」

 

 

立て続けに起きた出来事により、僕の精神は崩壊寸前だった。

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 ―――僕の中で何かが吹っ切れた。

 

 五度目の目覚め。"目覚め"と言うよりは"遡行"と言った方が良いだろう。

 回帰地点は『蔵の中』から『男(妖)との戦闘後のコーヒーショップ』に変更。戦闘後の疲労感も相まって身体も精神も崩壊寸前。

 

 それでも、この闘いに関与していない人物。コーヒーショップに"偶然"居合わせてしまった客と店員達だけは命に代えてでも護らないといけない。それが今一番優先すべき行動である。

 

 避難民の人達を警察が集まっている場所ではなく『パトカーから成る可く離れた地点』に移動させ、惣一郎を起こす。

 目覚めた惣一郎の第一声は「状況は大体把握した。君が警察から客達を逃がしたのは何か訳があるのだろう?」だった。理解能力が高すぎて良い意味で困る。

 

 惣一郎に"遡行"で得た情報を"未来視"で視た情報と偽って伝達。

 全てを知った惣一郎の行動は速かった。

 

 対魔術師用の結界の展開及び武器の錬成。コーヒーショップを一度破壊し、錬金術と妖術を混合させ要塞を生成。

 怪しく思った魔術師が早めに行動する事を想定して、死体のまま放置されていた男(妖)から妖力を摘出。惣一郎に治癒術を使用して、

 

 迎撃態勢は整った。残る手順は―――

 

「―――避難する人達が来ないから不審に思って来てみたら、まさかバレてたとは。面白くない」

 

 魔術師の登場のみ。

 結界はいとも簡単に突破され、要塞化したコーヒーショップに男は足を踏み入れる。

 惣一郎は顔色一つ変えずに右手で構えていたワルサーP38を発砲。恐ろしく速い弾丸はそのまま男の頭蓋を貫通、

 

 する訳が無く。男の頭手前で静止した、憶測だが魔術師『空間支配』が大きく関わっているのだろう。

 惣一郎は間髪入れずに残りの七発を発砲。しかし全て同じ方法で止められ、男は無傷で再び歩き出す。

 

 コツコツと靴音が響く。僕の頬に汗が伝い、惣一郎は既に錬成していた別の銃を取り出して発砲する。

 僕はと言うと要塞化したコーヒーショップの一角で隠れていた。決して、怖くて隠れている訳では無い。

 

 惣一郎は自らを囮にして、僕が一撃を決め込むと言う作戦だ。成功するとは思えないが『別空間への転移』が一人限定と言うことを祈って待機する。

 二発、三発、七発、八発。惣一郎は撃つ手を辞めない。それでも男の歩く音は響き続ける。

 

「なぁ、それの何が楽しいのか俺にはちっとも理解出来ないな。俺は弾丸を全て止めてるのに君はずっと撃ち続けている。無意味無駄無謀だと思わないのか?」

 

「―――よく喋る男だ」

 

 惣一郎が初めて男に対して口を開く。

 

「弾丸を止めれるから何だ、この場に足を踏み入れた時点で君の死は確定している。魔術師はそんな簡単な事も分からない馬鹿の集まりなのか?」

 

 煽る様に、侮辱するかの様に言う。

 だが、男は反応しない。精神が強いのか、それともただ単に話を聞いていないのか。今の僕にそれを知る方法は無い。

 

 

「…………残弾が少なくなってきたな。君にいい事を教えてあげよう。"取っておき"を見せてやる」

 

 

 "取っておき"、そんなもの本当は存在しない。俗に言う"ブラフ"と言うやつだ。

 このブラフで男が身を守る態勢を取ってくれる事を願う。だが、現実はそう甘くない。

 

「ダウト。"取っておき"なんてモノ本当は無い、ただのハッタリだ。俺の右眼がそれを伝えてくれている」

 

 惣一郎は銃のスコープを覗いて右眼を確認する。そこにはある筈のモノが無かった。

 

「まさかっ―――!?」

 

「その"まさか"だ。―――俺の右眼は既にお前の真後ろに転移済み。全て丸見えって訳さ」

 

 惣一郎は振り返ると同時に宙に浮く眼球目掛けて発砲。しかし、弾が物体に当たること無く地面に命中。

 男の右眼は一瞬で別の位置に転移。攻撃しようにも的が小さくて当たらない。

 

 僕達は男の能力を見誤っていた。考えてみれば至極当然の事、空間を支配出来るなら自らの肉体を転移させる事も可能なのだ。

 男の歩く速度が加速する。距離推定16m。

 

 眼球に気を取られていた惣一郎は慌てて追加の武器を錬成する。レミントンM870を構えて男の頭部を狙うが、既に遅かった。

 

 男の右手だけが惣一郎の目の前に現れる。

 

 鏡の中に入れた手が鏡を通して出てくるかの様に、黒いモヤから男の手が惣一郎の顔面目掛けて真っ直ぐ飛んでくる。

 

「はい、お疲れ」

 

 男の声と同時に激しい打撃音が響く。

 恐らく惣一郎が攻撃されて吹っ飛んだのだろう。

 

「まだだ…―――!!まだその時じゃない!」

 

 惣一郎が叫ぶ。男の命を根こそぎ斬り取る準備をしている僕に向かって。

 だが、このままでは惣一郎が一方的に攻撃されて下手すれば死んでしまう。そしたらもう一度遡行しなくてはならない。

遡行するのはもう御免だ。

 

「惣一郎さん、ごめんなさい。ここからは僕の判断で行かせて貰います―――!!」

 

 『太刀 鑢』を抜刀。

 男の頭上、崩壊した天井から僕は姿を現す。

 

 男は驚く事無く、無表情で右手を此方に向ける。使おうとしているのは転移能力、恐らくあの時と同じ。

 転移させる条件が何かはまだハッキリしていない。惣一郎も右眼を転移させる瞬間を見てはいない。

 

 それでも、やるしかない。

 ここで斬らなければ全てが水の泡になる。一撃で、能力を使わせる前に、

 

「その首、貰い受ける――!『列狂・深紅桜』!!」

 

 列狂・深紅桜。

 自らの運と妖力を犠牲に淡い紅色を帯び、夜桜のように妖しくも美しい一閃を繰り出す術、発動。

 

 刀は美しい弧を描きながら男の右腕を一刀両断する。痛みで男が少し怯んだ所にもう一発、先程とは別の妖術を。

 

 ―――我らの天に立つ全ての主よ。人ならざる者へ終焉を齎す、常世全ての悪を寂滅させるべく我に力を与え給え。

 

「『狂刀神ノ加護』!!」

 

 二度―――否、三度連続で妖術を使用するのは久方ぶり、成功する確率は半々と行った所だろう。しかし、深紅桜を使った事によって運は激減。凡そ30%位だと思う。

 

 それでも、やらなければならない。

 

 ―――重ねて、我らの天に立つ主よ。狂刀神ノ加護を以て我が『太刀 鑢』に力を。

 

「『神霊能力付与』!!」

 

 全ての手順は終了し、場が整った。僕の刀が燃え上がるように紅く、煌めきながら存在を誇張する。

 30%を引いた。豪運という訳では無いが、運が良い。

 

 紅い刀身が男の心臓を捉える。この一撃で魔術師の命を終息させることが可能だ。

 けれど、何かが引っ掛かる。大事なことを見落としている様な。

 

 ―――その思考を、現実が塗り替える。

 

 僕の刀は虚空を斬っていた。何も無い、誰も居ない場所を一閃。男の姿は見当たらない、影すら無い。

 それどころか、僕は知らない場所で突っ立っていた。

 

「―――……転移、されたんだな。二度目だと逆に冷静になれる…って訳では無いが、前よりかはマシだ」

 

 現状を確認する。草木が生い茂っている深い森の中、近くで川の音が聞こえるが恐らく遠い。現在地の特定不可能。言うなれば、詰み状態だ。

 

「ここで自害してもう一度戻るって手もあるが、僕が出来ることを探すのもアリだな」

 

 転移させられたという事は、前回同様で向こうは惣一郎一人。今すぐ助けに行きたいが、先程も言った通り現在地特定不可能な状態だ。

 

「っそうだ、スマホ!スマホなら現在地が―――」

 

 案の定、圏外。

 森の中でスマホが使えないのは至極当然な話だ。そうだ、よくよく考えてみれば使えないのは当たり前、それなのに僕は一度希望を持った。狂っている。そんな当たり前の事が分からないなら"死んでしまえばいい"。

 

「―――……なんだ、この考え方は」

 

 一瞬、僕じゃない思考が割り込んできた様な感覚に襲われる。自ら死を選ぶ、全てを諦めた方が良いと言う選択肢を選ぶ思考。

 割り込んでおいて勝手に死ねと思うのは心底腹立たしい、そんなやつは生かして置けない、今すぐにでも"処分"しなければ、

 

「―――……だから、なんなんだこの考え方は!」

 

 おかしい、この森に転移させられてから何かがおかしい。いやおかしいのは全部だ。思考、現状、全てがおかしい。ならば死んでしまえば、

 

「―――……死んでしまえば全て楽になる」

 

 落としていた刀を拾って自らの首付近に刀身を持ってくる。これは僕の意思じゃない、今すぐにでも抵抗したいがそれは叶わない。

 僕の体は既に"何者か"によって侵食されていた。

 

 自害。二度目の自害だ。前回と違う点は自らの意思で斬ろうとしているかどうかだ。

 膝を着いて自殺体勢に入る。息が荒い、呼吸がまともに出来ていない。それでも僕は刀を下ろさない。

 

 刀身がそのまま僕の頸動脈を―――…………

 

 

 

 

「何やってんだ兄ちゃん。こんなとこで死なれると処理に困る、他所でやれ他所で」

 

 男性の声が聞こえた。声からして50、60歳位の男性。

 意識の主導権は僕に戻り、完全に制御出来るようになった。刀を投げて荒くなった呼吸を整える。

 思ったように息が吸えない。

 

「お、おい大丈夫か兄ちゃん。ほら深呼吸しろ、せーのっ」

 

「すぅ〜……はぁ〜……すぅ〜……」

 

「ほら、これ水だ。落ち着いてしっかり飲めよ。兄ちゃんはどうやってここに来た?ここは俺しか知らない森だ」

 

 男から貰った水を一気に飲み干して、冷静さを取り戻す。暫くして僕は正常な呼吸に戻った。

 

「水……ありがとうございました。えっと、僕がここに来た理由は―――……あ〜……なんて言えばいいのやら……」

 

「………まぁ、兄ちゃんには兄ちゃんなりの理由ってのがあるだろうからこれ以上は何も言うまい。それで、これからどうするんだ?」

 

 男は持っていた猟銃を背負って僕に問いかける。

 

「どうする……ですか、帰り方も分からないし何をどうすれば良いのか僕にも分からないんです」

 

「………嘘、じゃねぇな。なら、俺の家まで連れてってやるよ。何か分かることがあるかもしれない」

 

「"嘘"?」

 

「あぁ、説明してなかったな。俺は"嘘をついているかついてないか"が分かるんだ。昔詐欺の電話が来た時にこいつのお陰で助かったって訳だ」

 

 そう言うと男は僕に背を向けて森の中を歩き出した。あと少し僕の反応が遅れていたら見失っていただろう。刀を拾って影に収納、男の後を全速力で追いかける。

 鳥の鳴き声や虫の音が全く聴こえない森。そして先程から誰かにずっと監視されているような感覚。一刻も早くこの森から抜け出したい。

 

「―――……兄ちゃん。まずいことになった、この森ってのは少々特殊でな…こんな感じで普通サイズよりデカい動物が現れんだ……」

 

 男の視線の先で立っている二足歩行の熊らしき生物。 熊らしき、と言っても顔や体型は熊と一致しない。この様な生物がこの世界に存在するのか、僕は驚きのあまり自分の影に手を伸ばす。

 

「動くな、そのままじっとしてろ」

 

 男はそう言って持っていた猟銃を構えて熊らしき生物の頭部を狙う。男と熊らしき生物が睨み合っているその隙に影から『太刀 鑢』を取り出して抜刀。

 

 ―――肉体強化。声を出して詠唱するのは流石にマズイので心の中で詠唱する。

 体全身に力が入る。もしこの男が弾を外した瞬間、僕は全力でこの生物の首を叩き斬る。

 

「……………………。」

 

 男はまだ撃たない。この一分一秒が長く感じる。

 男はまだ撃たない。警戒しているのか、それとも。

 男はまだ撃たない。狙いを正確に定めているのか、

 

「………………。」

 

 男の体はまるで最初から生えていた木の様に微動だにせず狙いを定める。刻一刻と時間が過ぎていく。

 ドンっと音と同時に痺れを切らした熊らしき生物が男の方へ一直線に走っていく。このままでは例え頭を撃ち抜いてもその巨体が男を吹っ飛ばすだろう。

 

 僕は刀を強く握って戦闘態勢に入る。すると、

 

「………………っ!!」

 

 轟音、爆音、破裂音、どれにも該当しない程の音が森の中で響く。僕は咄嗟に耳を塞いで口を開く、鼓膜を守る手段の一つ。

 弾丸は熊らしき生物の頭部に命中、勢いよく走っていた熊らしき生物の巨体が一瞬で反対方向に吹き飛ぶ。

 

 猟銃一本であれ程の威力が出せるものなのか、有り得ない。あれの勢いはまるで砲弾だ。

 

「やれやれ、動くなと言っただろうに」

 

 "動くな"は僕ではなく熊らしき生物に言っていた様だ。あの熊らしき生物に言葉が通じるのか?

 疑問が次第に増えていくが今はそれどころじゃない。

 

「…………貴方、ただの人間じゃないですよね?」

 

 僕の問い掛けに男は答えない。

 猟銃を持ったままこちらを凝視している。

 

「………"嘘を見抜く"能力にその攻撃威力。魔術師…なんですか?」

 

 僕の問い掛けに男は答えない。

 猟銃を持ったままこちらを凝視している。

 

「………答えてください。貴方は魔術師なんですか?!」

 

 僕の問い掛けに男は―――

 

「"そうだ"、と言ったらお前はどうする。若造」

 

 全身の毛が逆立つ。まさかやはりそんな事がしかしそれでもならば……魔術師。

 僕は肉体強化の術を解いて別の術に切り替える。

 

「―――艶陽叉昂ッ!!」

 

 艶陽叉昂。太陽の光を吸収し莫大な力を発揮する術、発動。

 まさか妖含め、3回連続で同じ日に魔術師に会うとは。運が悪いのか良いのか分からない。

 だが、殺さなければならないのは同じだ。

 

「待て待て待て待て、冗談だ。俺は魔術師なんかじゃないしそんな大層な人間じゃない。だ からその光ってる刀を仕舞ってくれ」

 

 ………嘘、なのか。ましてや本当なのか。僕には分からない。だが、不安要素はここで斬り捨てておくのが一番だ。

 

「あ〜クソ、冗談で言ったのが良くなかったか……そうだな、言っちまうか」

「俺は『錬金術師』だ。ってもそこまで練度は高くねぇから強い武器等は作れねぇけどな」

 

 男の口から、更に意外な言葉が出てきた。

 

「―――………錬金術師、か」

 

 男の発言を聞いても尚、体は拒絶反応を起こしている。

 本当に錬金術師だとしたら、超火力が出せる猟銃を錬成出来てもおかしくない。だが、この男は一度『魔術師』と名乗った。

 

 10年前、東京で起きた大規模魔法事件は『未知の災害』と言う態でメディアに公表したが、その後組織内の会議にて『魔術師による虐殺』と真実を公表した。

 

 その為、テレビや新聞等で事件を知っている人間は『魔術師』の存在を認知している。この男が知っていても当然。それでも、

 

「僕は魔術師を殺す為に行動している、貴方は自らを『魔術師』と名乗った。"冗談"と言われても信用出来ない」

 

 地面に着いていた膝を上げて僕は言う。心臓の鼓動が早くなり、手が震える。もし本当に魔術師なら、この森で戦闘を開始しなければならない。

 それだけは勘弁だ、この森はおかしい。狂っている。

 

「……分かった、分かった。証拠を見せてやるよ」

 

 そう言って男は地面に手を着く。

 僕は距離を取って男の様子を伺う。"錬成"では無く"攻撃"だった場合を考慮しての事だ。

 

 男の辺りに稲妻の様なモノがバチバチと音を出して現れる。触れている部分のみを残して半径5メートル程、円形に地面が抉れる。

 瞬間、男は立ち上がって惣一郎と同じ"錬成"のポーズに入る。厳密には惣一郎と手順が違うが、僕には善し悪しが分からない。

 

 稲妻だけではなく火花まで散り、黒くて大きな何かが完成する。それは銃でも剣でも無い、

 

「こいつぁ俺の最高傑作だ。どうだ、これで錬金術師って事が証明出来たか?」

 

 パラレルツインバイク、W800だった。

 外見は本物同等、鉄を一切使用していないのにこの完成度。

 

「……まだ少し疑ってるが…あぁ、錬金術師で間違いない」

 

 こんなモノ錬成されたら、認めざるを得ない。僕の負けだ。

 

「疑って悪かった。それであなたに頼みたい事がある。僕を、元いた場所まで連れて行ってくれないか」

 

 走行音が森の中で響き渡り、木々を避けながら2人を乗せたW800が凄い勢いで走る。

 互いに口は開かず数分が経過したが、男の方が先に痺れを切らして口を開いた。

 

「聞きたい事がある。さっき"何も言うまい"と言ったがやっぱ気になるから聞かせてくれ。兄ちゃんはどうやってここに来た」

 

 魔術師では無い信頼出来る人間とは言え、この事を彼に伝えるべきなのか正直迷ってしまう。惣一郎の事も、僕の妖術師の事も全て洗いざらい話さなければならない。そうしなければ彼は納得しないだろう。それに、彼には"嘘"を見抜く能力を持っている。

 

 それでも"遡行"を知られるのは避けたい。なるべく、能力に引っ掛からない程度で。そうして僕は、"遡行"以外の能力や出来事を全て話した。

 

「―――って事だ。これが今まで起きた出来事の全てと言っても過言では無い」

 

 説明を聞いた男は少しだけ黙り込む。その意図を把握する事は出来なかったが、直ぐに分かった。

 

「…………お前さん、隠してることあるよな?俺の"能力"が反応してる。まぁ…言わなくても大体予想は出来るが」

 

 僕の"遡行"に気付いている。

 

「"死んでやり直す"。死ぬことによって時間、あるいは精神が遡る。"遡行"する能力を持っている。どうだ?」

 

「………………………―――合ってる」

 

「"嘘"じゃないな。それで、お前さんは恐らく生死不明の友人―――惣一郎?を助けに行こうとしてるんだよな?」

 

「……………―――そうだ」

 

「それも"嘘"じゃない。それなら俺に言える事は『いまここで遡行した方が速い』って事だ。遡行の能力がどんなのか俺には分からねぇが、大体戻る場所(ポイント)………"ターニングポイント"が決まってるんだろ?そして度々その場所が不定期で更新される。だから、場所がこの森の中にならないように速く遡行した方が良いって事だ」

 

「…………―――。」

 

「……………………―――兄ちゃん。次会った時、俺に全てを話せ。少しだけ時間が掛かるかも知れねぇが全て把握するだろう」

 

 突然バイクのブレーキをグッと押し込んで急停止する。その儘、男は振り返って片手で持っていた猟銃を僕の頭部に当てて、

 

「ほら、行ってこい。妖術師―――お前だけが護れるモノを絶対に離すな」

「向こうの俺に宜しくな」

 

 

 


 

 

 

 

 焼き焦げる様な匂いと共に僕の意識は覚醒する。

 結界はいとも簡単に突破され、要塞化したコーヒーショップに男は足を踏み入れる。

 

 惣一郎は顔色一つ変えずに右手で構えていたワルサーP38を発砲。恐ろしく速い弾丸はそのまま男の頭蓋を貫通、する訳が無く。男の頭手前で静止した、憶測だが魔術師『空間支配』が大きく関わっているのだろう。

 

 惣一郎は間髪入れずに残りの七発を発砲。しかし全て同じ方法で止められ、男は無傷で再び歩き出す。

 コツコツと靴音が響く。僕の頬に汗が伝い、惣一郎は既に錬成していた別の銃を取り出して発砲する。

 

"ターニングポイント"が更新されている。そこまで長い時間あの森にいた訳では無い。それなのに、

 

「なぁ、それの何が楽しいのか俺にはちっとも理解出来ないな。俺は弾丸を全て止めてるのに君はずっと撃ち続けている。無意味無駄無謀だと思わないのか?」

 

「―――よく喋る男だ」

 

 男と惣一郎の声が聞こえる。この台詞を聞くのは2度目だ。

 いや、今はこんな事を考えている場合では無い。それよりも先にやらなければならない事が僕にはあるだろう。"空間支配"の弱点を見つけなくては。

 

 まず、男は自分の周りの空間を歪めて弾丸を止めれる。故に通常攻撃は届かない。だがあの時、僕は男の腕を斬った。断ち切る事に成功した。止める事が可能な攻撃をワザと受けて僕をあの森に転移させた。

 

「―――と言うことは、空間を歪めるのと転移させる魔法は同時に展開出来ない」

 

 確かにあの時、眼球を転移させていた時は惣一郎の攻撃は停止していた。その一瞬で魔法を切り替えたのだろう。

 攻撃をし続ければ転移魔法が使われる事は無い事が分かったが、その代わりに通常攻撃が効かない。為す術が無いのだ。僕の妖術を用いたとしても攻撃を貫通させる事は不可能に近い。

 

 だからと言って、転移魔法を使わせる訳には行かない。またあの森か別のどこかに送られるかもしれない。通常攻撃が効くとしても危険すぎる。

 ならやはり、効かない攻撃を永遠と続けるしか無いのか。

 

「…………残弾が少なくなってきたな。君にいい事を教えてあげよう。"取っておき"を見せてやる」

 

 惣一郎の"ブラフ発言"。このままではまた同じような結果になってしまう。それを恐れた僕はフルスピードで脳を回転させる。

 

 二つの魔法を切り替えるという事は意識的にやっている事なのか否か。通用する妖術を一通り脳内で調べる。

 惣一郎の行動の変化。

 あの森で出会った錬金術師。

 "遡行"。

 転移魔術の限界範囲はどれくらいなのか。

 妖力の残量を全て使い切って男を殺せるのか。

 男の正体。

 『空間支配』。

 勝つことが本当に出来るのか。

 僕はその全てを知りたい。知らなければならない。

 

 この場を切り抜ける為には成長しなくては―――

 

「―――千里眼」

 

 千里眼。あらゆる万物を一目見ただけで全てを透視、把握、解析、鑑定出来る術、発動。

 

 僕はこの技が使えなかった、理由は分からないが使おうとすると脳の神経が焼き切れるかのような痛みが襲う。それ以来、千里眼を使おうとは思わなかった。

 だが、今なら使える。脳と僕の身体が情報を求めている。千里眼から流し込まれる全てを受け止められる。

 

「…………そう言う事か」

 

 『空間支配』を解析、鑑定。

 男の空間を歪ませる魔法。あれは空間を歪ませているのではなく、弾丸と男との間の時間を遅らせている。弾丸との距離1m、着弾するまでの時間は5分。故に、遅らせるより速い速度で攻撃すれば届く。

 

 転移魔法は展開する前に居た半径5mの人間をランダムで移動させる事が可能。転移の条件は能力保有者本人が"敵"と認識した相手に向けて片手を向ける事で転移させることが出来る。

 

 つまり、"敵"と認識されていない状態で遅いを上回る程の速さで攻撃をする。

 

 それが可能な武器を僕は"知っている"。

 

 身を潜めていた場所から飛び出して床に落ちていた紙を拾い、大急ぎで"その武器"の構造を書き上げる。記憶でさえも僕の千里眼は発動する。

 書き終わった紙に妖力を乗せてフリスビーの様に紙を惣一郎に向かって投げる。"日本最強の錬金術師"にこれが造れない訳が無い。

 

「惣一郎さん!その"武器"より更に強化されたモノを錬成して下さい!僕の妖力で錬成をカバーします!」

 

 僕の叫び声を聞いて緊急性を感じた惣一郎の行動は速い。紙の内容を一目見たその一瞬で錬成を始める。

 男が僕の計画に気づいたかのように攻撃を仕掛けてくる。その攻撃が惣一郎に届かせる訳には行かない。

 

「今僕達は秘密の図画工作をしてンだよ、邪魔すんじゃねぇッ!!」

 

 男の転移魔法の範囲に入らず、距離を取って戦う為の妖術を僕は千里眼で発見済み。

 

「―――黒影・深層領域!!」

 

 黒影・深層領域。自分の半径7mの地面が影に占領されて一歩踏み入れるだけで飲み込まれてしまう術、発動。

 初見とは言え、この術に男は危険を感じている。寸前の所で急停止して僕に手を向ける。だがそれは無意味だ。

 

「お前の転移魔法領域は半径5mが限界。それに対して僕の深層領域は7m!お得意の空間支配系統の魔法は使えないなぁ!?」

 

 気分が高まっている。今まで無い以上に心臓の鼓動が速い。何故、何故なのか。

 ―――僕はこの状況を楽しんでいる。

 

 解決策が見え、相手より上に立ち、全てを蹂躙する。それに僕は愉悦を感じている。

 男の顔が憤怒の表情を浮かべている。冷静さを失い、危険と分かっていながらも僕の領域内に足を踏み入れる。それが"男の生死"を分ける。

 

「そのままそこに固定していてくれ、錬成は無事完成した」

 

 惣一郎の声が背後から聞こえる。

 あの時、あの森でみたあの武器。あの猟銃の強化版が完成した。

 

 そして最後の条件である"敵"として認識されない事。弾丸を視認した瞬間、"敵"と判断されて止められてしまう。ならどうするか、決まっているだろう。

 

「――――――っまさか!!お前ら正気か!?」

 

「その"まさか"だ!残念だったな、魔術師。お前らの行動は全て僕達……いいや!俺達が阻止する!だからこっちを向け魔術師、お前の敵は"妖術師"だって事を憶えて死ね!!」

 

僕は無意識で何も考えず思考を停止させながら、ただ男の意識をこっちに向けることだけを本能で捉えながら叫ぶ。

 

「今だ、惣一郎!!俺ごと撃ち抜け!!」

 

「――――――了解した」

 

 爆発音、いやそれ以上の轟音と共に。音速を超える速度で弾丸が空中を走る。男が視認するよりも速く弾丸は僕と男を貫通して命を刈り取る。

 

 あまりの速さに周りの物が吹き飛び、男の体は鉄の塊に貫かれた為、身体が衝撃に耐えきれず爆ぜる。吹き飛んだ木材や硝子やらに紛れて男の肉片が床に勢いよく転がり落ちる。

 原型すら残さずに男は死んだ。

 

 その場に静寂が訪れる。セミと鳥の鳴き声がよく聞こえる。ついでに、同等の攻撃を受けた僕はと言うと、

 

「………いやはや流石だよ、一瞬にして体を領域内の影と同化させて弾丸を貫通させる。まさに神業ってやつだね」

 

 惣一郎が僕を褒めちぎる様に―――いや、褒めた。まるで飼っていた犬が初めて芸を覚えた時の様に。

 僕は犬じゃないっての。

 

 僕の身体は影から分離して、深層領域は最初から何も起きていないかのように人型のシルエットに戻る。

 

「――――――終わりました……ね。これで3人中の1人の魔術師は殺した…って事でいいんですよね?」

 

「うん、多分そうだね。つまりこれで残る魔術師はあと2人って訳だ」

 

 僕は安堵して膝から崩れ落ちる。これも二度目だ。惣一郎と僕が疲れた表情を浮かべて互いに支え合っていると、

 

「そ………そんな、リーダーが…殺られた…?」

 

 男が入ってきた場所と同じ所から別の人が姿を現す。恐らく男の味方、刺客か魔術師の1人なのだろう。

 僕と惣一郎は休憩と言う言葉を忘れて男の拘束に向かって走り出す。僕は『太刀 鑢』を影から取り出して抜刀。其の儘、相手の膝下狙って刀を投げる。

 

 一寸ズレること無く命中、その場に倒れ込んだ相手を惣一郎が上からまるでレスリング技をかけるかの様に固定。これで相手の行動は無効化した。

 

「さて、尋問の時間だ」

 

 惣一郎の顔が先程よりも少し輝いて見えるのは、僕だけなのだろうか。

 

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

 

 

「で、お前達の目的は一体なんなんだ?」

 

 惣一郎の問いかけに対して相手は泣きながら、鼻水と涙を同時に流したがら答える。何も聞き取れないし汚いので、少し時間を置いて相手の 膝下を治療しながら情報を聞き出す。

 

「俺達の目的は……その、妖術師の抹殺…です」

 

「妖術師の抹殺?それは本当か?」

 

「ひぃいい!!本当です!本当ですから殺さないで!!」

 

「いや別に殺そうとはしてないよ……やりずれぇな……」

 

 妖術師の抹殺。と言うのは恐らく僕の事だろう。魔術師が僕を探して殺そうとしている。つまりは、

 

「君の"未来視"と同じ能力を持ったやつが本当に居ると言う事だね」

 

 惣一郎は胡座をかきながら僕にそう言う。

 確かに、僕の命を狙っている=僕が妖術師と言う情報が知れ渡っていると言うことだ。

 

「では次は私が質問してもいいかな?君たちは何故魔術が使える。本当は使えない筈なんだろう?」

 

え――――――

 

「だっておかしいじゃないか。長年魔術と共に生活してきたやつがこの程度の攻撃と打開で負けるわけが無い。そうだろう?」

 

「は………はい、その通りです。リーダー…が使ってた魔術『空間支配』は本物の魔術師から借りた力なんです」

 

ええ―――――

 

「その本物の魔術師ってのはどこにいるんだい?」

 

「す…すいません、それは俺達も知らないんです」

 

――――――えぇ………。

 

「いや、あの、すいません。惣一郎さん、驚きのあまり僕の脳が理解出来てないんですが……」

 

「奇遇だね、実は私もこう見えて凄く驚いているんだ」

 

 なんて事だ。あと男が使っていた『空間支配』は所詮借り物、半分以下の力に過ぎないのだ。それに本物の魔術師。本物じゃない、男の様な偽物の魔術師も存在するという事。

 

「なら最後に、敵の本拠地と人数。それから目的を全て教えてくれ」

 

「はい、俺達…リーダーの仲間はここから28km離れた場所にある都市部に居ます。人数はざっと20人位で魔術を使うやつが数人。目的は…東京で起こそうとしている大規模魔法に必要な材料集め…です。あと2日程で動き始めると思います……」

 

めっちゃ喋るじゃん。

 

「なるほど、恐らく本物の魔術師とやらもそこに居るだろう。それに現在の時刻は16:58。急いで車を出せば余裕で間に合う」

 

 情報を聞いた惣一郎は急いで建物の外に出て近場の車を探す。駐車場に停まっていたランドクルーザーを見つけ、全く同じものを錬成。僕の妖力で錬成に必要なパワーを補いつつ、急いで車に乗り込む。

 何故か尋問されていた側の男も乗っていたが、お構い無しで車を出す。

 より強力な『空間支配』の魔法を使う魔術師。その敵が居る本拠地である都市部に向けて僕達は急いで向かうことにした。

 

 混乱して意味がわからなくなってきた。

 

 

 

 


 

 

 

 

 偽・魔術師『空間支配』を打倒し、敵の本拠地?を特定した僕達は、惣一郎の錬成したランドクルーザーで目標の都市部を目指していた―――のだが、

 

「おいおいおいおい!!この中進むって正気か!?」

 

 車体全体を妖力で護りながらとは言え、銃と魔法が飛び交う中を進むのは正気の沙汰では無い。それに100人以上、いやそれよりもっと多い人数の敵が行く手を阻んでくる。

 

「仕方ないだろう!?ここしか進める道は―――無いんだからっ!あぁもう邪魔だこの人達!!」

 

 錬金術で錬成した銃を片手にハンドルを操作する男、惣一郎。おかげで運転は荒く、車内に居る僕と謎の男は揺れに揺られながら車体の強化に専念する。

 

「こ……この先を右です!その先の信号を直進してください!」

 

 ガイド役を務めるのは謎の男。偽・魔術師『空間支配』と共に行動していた一味の中の一人。拘束して尋問(対話)した結果、何故かついてくることになった男。でもまぁ、役に立ってるから良し。

 

「仕方ない…!!退け、勇者様御一行のお通りだ!道を開けろ!」

 

 相変わらず元気が有り余りすぎている惣一郎は軽快に銃を乱射している。数十発が敵に命中しているがキリがない。ここで妖術を使用して一掃するのも手だが、車体の強化を中断した瞬間、この車は爆発して僕達は即死だろう。

 

「そう言えばお前の名前聞いてなかったな!?これから少しの間だが手を組むんだ、名前を知らないままじゃ不便だろ!!」

 

「えぇ!?急すぎませんか!正智です、三宅正智!」

 

「正智!!お前一応魔術使えるんだろ!?惣一郎の援護と同時に車体の強化手伝ってくれ!それと、尋問してた時に『20人くらい』って言ったよな!?全然100人以上は居るぞ!」

 

 僕の妖力もそろそろ限界点に近づいている。

 刹那、車体が大きく角度を変えて勢いよく車体が回転する。あまりの勢いに一瞬だけ強化する手が止まりそうになったがなんとか踏ん張る。僕は例え天地がひっくり返ろうと車体が回転しようと強化する手を止めない。

 テンションがおかしくなってしまっている惣一郎が車のドアをぶち破り、偽・魔術師達を銃で全員撃ち殺して行く。その銃声を聞き流しつつ、正智が偽・魔術『身体上限突破』の魔法を使用して車を元の向きに戻す。

 次から次へと絶え間なく敵が増えていく。惣一郎が一掃しているとは言え、流石にこれは追い詰められている状態だ。

 

「このままじゃマズイ!正智、強化代われ!僕が妖術で薙ぎ払う!」

 

 正智の"身体上限突破"のサブ効果である『全体増強』を車に使用しつつ、僕は影から『太刀 鑢』を取り出して抜刀する。一気に辺りの空気が変わり、不穏な空気が流れ込む。それと同時に惣一郎から大事な知らせが届く。

 

「政府と警察からの都市部専用術使用許可が降りた!妖術用の許可証をそっちに投げるからキャッチしてくれ!私の錬金術と同時に畳み掛ける!」

 

 都市部専用術。政府、警察から正式に許可された都市部でのみ扱える術の事。許可証には刻印があり、そこから術師専用の妖力や魔力、錬力が確保出来る。

 そして、都市部専用術の内容妖術は『鑢・魔獣』。

 周囲一帯の敵を切り裂く使い魔を無制限に呼び出す。継続時間は"許可証の刻印"の中にある妖力が無くなるまでの間、一本踏み出すごとに影から無数の使い魔が姿を現す術。

 飛んで来た許可証を受け取り、刻印が描かれている部分に指を押し付ける。身体の中に妖力が流れ込む、何度やってもこの感覚は最高で、

 

「まるで最強になった気分だ」

 

 溜まりに溜まった妖力を一気に"解放"する。周囲一帯の地面が黒く染まり、夥しい数の獣が地面から顔を出す。通常範囲は精々15mが限界だが、都市部専用術の場合はなんと約1kmまで広げる事が可能。

 だが、下手すれば一般市民を巻き込んでしまう。それを考慮した上で僕は―――

 

 

「勿論、フルスロットルで行く」

 

 

 漆黒の地面を駆け抜け、一番近場に居た敵の心臓を穿つ。心臓を一度突いただけでは死なない事は既に学習済み、突き刺した刀を180°回転させ、心臓部から頭部目掛けて斬り上げる。切り裂かれた身体と頭部からは大量の血と脳漿が飛び散る。

 これで術師を殺す方法の確認は出来た。しかし、心臓突き刺した後に刀を回転させるとなると、時間が掛かるかつその隙に返り討ちに遭う可能性がある。

 

 そこから導き出した最速にして最短で仕留める方法。

 

 "蹂躙喰者"(黒龍が片手に憑依し、翳した先に居る敵を喰らう術)を展開させ、敵の心臓がある位置を抉り取り、頭部を刀で一刀両断する。

 黒龍を左手、刀を右手にする事で1、2回の動作で敵を確実に殺せる。

 

「惣一郎さん、車の修理が終わるまで時間稼ぎます。修理完了と同時に合図下さい」

 

 僕の台詞を聞いた惣一郎は頷いて肯定する。

 

「さぁさぁさぁさぁさぁさぁ!!纏めて掛かって来いよ魔術師ィ!!」

 

 左手に宿る黒龍が僕と共鳴し合って怒号をあげる。それに驚いて逃げ出した人物が数人居たが、そいつらは放っておいて目の前に居る、約60人の敵軍を相手する。

 束になって殴りかかってくる輩を黒龍で一気に喰らい尽くし、一体ずつ確実にトドメを刺す。だが、次から次へと流れるように敵が攻めてくる。あっという間に周辺一帯は大量の死体と赤色の液体が散乱している状態になった。10人、20人、30人、40人と刀を振るって敵の命を根こそぎ刈り取る。

 

 その光景を見た敵は後にその場面を「正に地獄と言う言葉が良く似合う光景だった」と語っている。

 

「ガハハハハハハハハッ!!全員ぶっ殺したらァ!!」

 

 妖力をいつもより大量に摂取した挙句、一瞬にして全てを使い切っている為、脳の処理が追いついていない。何も考えられず、ただ本能の儘に敵を皆殺しにする。

 57体倒した所ら辺で違和感を感じる。時間が経ち、少しづつ脳が回転し始めた頃にやっと気付く。

 

「おぉ〜い!!修理終わったよ〜!!早く乗ってくれ〜!!」

 

 惣一郎の声と共に、再錬成された車が音を立てて此方に近づいて来る。"肉体強化"の術を展開しつつ車と同等の速度で疾走する。車の扉が豪快に開けられ、中から正智の手が現れ、僕はそれを掴んで勢い良く乗り込む。

 

「惣一郎さん、これ以上"蹂躙喰者"の術を使用したら僕の体が持ちません!一度ここは戦力確保の為に撤退を!」

 

「それもそうだね、この車の耐久力もそろそろ限界を迎えて来ているから一旦離脱するしか―――」

 

 

 ――――――逃がさない。

 

 決して"声"が聞こえた訳でも、脳内に直接語りかけられた訳でもない。なのに、体全身が『ソレ』に怯え、震えている。今までに無い程の悪寒、本能が「今すぐ逃げろ」と言っている。

 その理由は明々白々、車から約50m離れた位置に二人の女性が立ち尽くしている。

 『それ』は一般市民でもそこら中に佇む偽・魔術師等の領域では無い。"桁違い"、"異常"と言う言葉が適切だろう。

 一人は、黒髪ロングヘアの女性。太陽を一度も浴びた事が無いと思える程に肌が白く、足元に赤い彼岸花が描かれた和服を来ている。片手には扇子、もう片方の手は和服で見えない。

 そしてもう一人は、茶髪ショートの女性。裏葉色の着物の腕部分に緑の市松模様が描かれている。両手に何も持っておらず、無防備に近い。

 

「や……やばいっすよ。多分あの二人が本物の魔術師ですよ…!」

 

 正智が震えた声で二人を指差しながら言う。正常を取り戻した惣一郎は慌ててブレーキを強く踏み込み、車は急停止する。

 『本物の魔術師』と正智は言った。それが本当なら、目の前に居る女は東京大規模魔法事件の実行犯。そして、2年後に再び惨劇を起こそうとしている人物。

 勿論、この後に起こす行動は一つのみ。

 

「惣一郎さん、この場を離脱して協力者を集めてください。正智の魔法と僕の妖術でどうにか時間を稼ぎます。それに―――あいつは絶対に僕が殺さなきゃいけないんです」

 

 惣一郎の回答を聞くよりも先に、扉を開けて外に出る。正智も同じように少し震えながらも降りる。

 女との距離は凡そ40m。肉体強化を展開して斬り掛かったら確実に殺せる距離。だが、相手の魔法や強さが分からない儘突撃するのは自殺行為。ならばいっその事話し掛け、相手の魔法を自らの口から吐き出させる。

 

「お前達が本物の魔術師、で良いんだな?その気迫、並の人間が出せるモノじゃない」

 

 女は僕の第一声に少々驚いた表情をする。しかし、直ぐに気味の悪い笑顔に変わり、

 

「なんだ、魔術師って事バレてるんだ。そう言う君こそ、妖術師で間違い無いわね。まさかこんな早く会えるなんて思ってもいなかったわ」

 

「あ、そうよね。先に名乗った方が礼儀正しいわね。御機嫌よう、私の名前は『沙夜乃』。名前だけでも覚えて逝ってください?」

 

 会話の途中で突然、僕の隣に居た正智と"沙夜乃の隣に居た女"の位置が入れ替わる。一瞬すぎて僕は反応が遅れ、顔面に一発"強烈なパンチ"を喰らう。

 

 この感じ、一度前にも体験している。

 

「―――『空間転移』の魔法か!?」

 

「正解っ!!それと、今貴方を殴り飛ばした彼女の名前は『羽枝』と言うわ。少々人見知りだけど、仲良くしてあげてね?」

 

 少し距離を取って態勢を立て直す。だが、その一瞬を見計らって羽枝は間合いを詰めてくる。―――速い。

 羽枝の拳が僕の右腕と接触し、骨が軋む音が聞こえる。まるで鉄の塊で殴られているかの様な感覚。それを羽枝は何発も僕の体に当ててくる。防御しようとしても、簡単に崩されて再び拳が顔面に炸裂する。

 

 『太刀 鑢』を取り出して戦いたいのは山々だが、取り出す隙すら無い。数秒を縫って間合いを詰めてくる為、なにも出来ない。

 こうなれば、僕も拳で応戦するしかない。

 

「"強制身体強化"。すいませんが、少しだけ痛みます―――よっ!!」

 

 身体のリミッターが解除されて、羽枝の攻撃より速く打撃を繰り出す。所々躱され、受け流されているが何発か命中している。

 この殴り合っている時間が凄く長く感じる。だがそれも一瞬で終わりを迎え、扇子の畳む音と同時に再び位置が入れ替わる。次は正智と羽枝、僕と沙夜乃の組み合わせだ。

 

 沙夜乃は魔術師が故に接近戦が不向きだと予想し、距離を詰める。が、一瞬にしてそれが間違いだと気付く。"魔法の範囲内"に入った僕の真横から"大きなトラック"が重力の法則を無視して突撃してくる。寸前の所で回避したと思った矢先、再び別の車が正面から突っ込んでくる。

 

 『空間転移』の魔法。偽・魔術師が使っていたのとは別次元で厄介だ。早急に対策したい所だが、今の僕の役目は"時間稼ぎ"。

 

「ほれほれ、どうしたどうした?妖術師とはこの程度か!?」

 

 幸い、沙夜乃は僕達の真の目的に気付いていない。それに、正智の身体上限突破を利用すれば転移対策が可能になる筈だ。だから今真っ先にやる事は、正智と合流しつつ沙夜乃の相手をする事で―――………

 

「所で、あちらの男性は友人?それともただの仕事仲間なのかしら?」

 

 沙夜乃の居る方向に向かって、強化された身体で疾走している僕の目に映った光景。それは受け入れ難い現実でもあり、一番恐れていた事だ。そこには、関節があらぬ方向に曲がっており、全身から血が吹き出している男―――正智が居た。

 

「―――っ正智!!」

 

 沙夜乃ではなく、正智の倒れている場所に方向転換した僕を弄ぶ様に、僕と沙夜乃が入れ替わる。その先に居るのは勿論、羽枝。そしてこいつが恐らく正智を殺した張本人。

 

「あの男性、凄く弱いですね。逆に良くあそこまで生き延びれたのか知りたいぐらいですよ」

 

 初めて羽枝が口を開く、だがその内容は正智に対する罵倒。例えその男が偽・魔術師であろうが、一度は共に戦った仲間。

 

「正智は途中で知り合った特に縁のない奴だけど、一度は共に戦った大事な仲間だ。それを侮辱するのはこの『俺』が絶対に許さねェ!!」

 

 ―――狂刀神ノ加護、発動。感情を受け取った狂刀神が僕に力を与えんと共鳴し合う。刀が黒く変色し、赤色の輝きを放つ。身体が少しづつ乗っ取られて行くが、僕は意識を手放さない。何がなんでも己の手で仕留める、その一心で。

 

 

 

「―――『何がなんでも全力で叩き斬る!』」

 

「―――やってみなさい!その程度の力で私達に勝てると思い込んでるその頭蓋、叩き割ってあげる!」

 

 

 

 本物の魔術師である"沙夜乃"とその補佐役の"羽枝"。 "東京大規模魔法事件"を起こした人物達と"未熟な妖術師"、二人と僕の実力差は一目瞭然。

 実力差が丸分かりなこの状況でも、"戦う理由"がそこにはある。

 

 そして、この"狂刀神ノ加護"はあの時と少し違う。刀に術を付与するのでは無く、"自分の身体"に憑依させる事で更なる力を得る。

 

 だが、狂刀神を自らの身体に憑依させるのは"ほぼ自殺行為"と言っても過言では無い。

 本来は刀に付与する為の術が故に、その威力と妖力は通常の術に比べて桁違い。それを身体に移すとなると、妖力と精神の混合に耐えきれず、死に至る可能性が高い。

 

 協力者を呼びに行った惣一郎が帰ってくるまで、時間を稼ぐ予定だったが―――戦友が目の前で殺されたんだ、戦うしかないだろう。

 

 

『その通りだ、お前―――いや、俺は戦う事だけを考えろ。なァに、満足すると言うまで力は貸してやる。いざとなった時は最大級の手助けもしてやる。だから"戦え"、この狂刀神に敗北は無いとその身を以て体験しろ」

 

 

 心の奥底から、何者かが語り掛けてくる。その声は何処か安心感がある様な、懐かしい気分になる。

 

 

「"俺"が来たからには容赦せん。『空間転移魔法』だろうが何だろう全て俺が斬り伏せてやる」

 

 

 影から『太刀 鑢』とは別物の、ドス黒い色をした刀が姿を現す。それは全ての『最悪』と言う概念を重ね合わせた様な代物。扱える人間がこの世にいるならそいつは―――最高に狂った神、くらいだろう。

 

 

「"無銘・永訣"。これが俺の刀だ、『太刀 鑢』よりも過去に創られた名刀。お前達は200年振りに拝めた人間として、神の歴史で語り継がれる事になるだろうな」

 

 

 刀の柄を強く握り込み、沙夜乃と羽枝に見せ付ける様に手に取る。見ていた沙夜乃と羽枝はその場から動こうとしない。

 威力と能力が分からない以上、攻撃するのは無謀だと思っての行動だろう―――が、それは完全な間違いである。

 

「………その錆刀が何だって?それに200年振り?貴方は何を言っているのかしら。全く、最近の若い男と言うのは虚言癖が多くて困っちゃうわね」

 

 扇子で口元を隠しながら女は言う。喋り方からして、あの扇子の下は笑いを堪えるのに必死な表情をしているのだろう。

 

「フッ…フフフッ…クハハハハハハハッ!!この刀を錆刀と言ったか、ある程度の実力者ならば強さを見抜いて戦慄しているぞ!」

 

「それが分からんとは、やはりこの刀を使うまでもない―――が、折角200年振りに顕現させたのだ!一度だけでも使ってやらねば可哀想というものよ!」

 

「さぁ、存分に足掻け!この狂刀神の前に跪くが良い!」

 

 何かを感じた沙夜乃と羽枝が、深刻そうな顔をしながら僕に攻撃を仕掛ける。

 沙夜乃は"転移魔法"を使用し、全方位から車やコンクリートの壁などを、僕の居る方向に向かって転移。羽枝はそれよりも速い動きで僕に近づいて、渾身の一撃を喰らわせようとしている。

 

 だが、全て遅い。

 

 一つの破壊漏れも許さず、周囲に有った物体が全て切り刻まれる。転移魔法で放たれた物体も全て真っ二つにされ、僕を避けて飛んで行く。沙夜乃は驚いた表情をしている。

 

 

「次」

 

 

 僕の声と同時にコンマ数秒遅れて、羽枝の打撃が顔面目掛けて飛んで来る。恐ろしく速く、一撃で全てを終わらせようとしている拳だ。だが、それも無意味。

 羽枝の肘から下が一瞬にして消失し、僕は羽枝の頭を持って地面に叩きつける。ゴシャと鈍い音が鳴り、羽枝はピクリとも動かなくなる。

 

 ―――この間、約3秒。

 

 相手の攻撃を全て受け流した挙句、相手を一人行動不能にした。これは人間が出来る業じゃない。

 

「………………悪いわね。羽枝無しで戦いを挑むほど、私は馬鹿じゃないのよ。その子を回収して一度退くことにするわ」

 

 沙夜乃が転移魔法で羽枝を回収しようとした瞬間が、一番油断しているタイミングだ。

 一歩踏み出す音が豪快に鳴り響き、『無銘・永訣』の先端が沙夜乃に触れる。少し遅れて羽枝を抱えた沙夜乃が僕から距離を取り、焦った表情で僕に向かって物体を沢山転移させる。

 

 数が多すぎて『無銘・永訣』だけでは捌ききれないと判断した僕は『太刀 鑢』と同時に、刀を2本使って迫り来る物体を切り刻む。切り刻んだ物体は、周囲に隠れていた偽・魔術師達に当たって行く。

 

 

「クハハハハハハハハハハッ!!面白い、面白いぞ!」

 

 

 高らかに笑う声とは別に、物体が放たれる位置から呻き声が聞こえる。負傷者一人を担ぎながら後ろに移動しつつ魔法を使用しているのだ、相応の負担が掛かっているに違いない。だからと言って、益々見逃す訳には行かない。

 

 

「その身体が限界を迎えるまで、幾らでも追い掛けてやる!精々攻撃に励む事だな!」

 

 

 沙夜乃が手を翳した瞬間、二人の姿が消える。一瞬の出来事に脳が混乱するが、僕とは別の人物がほぼ強制的に理解する。沙夜乃が手を翳した先、この都市部の中で一際目立つ"ビルの側面"。

 

 

「ふむ、あの一瞬で離れた場所に転移出来るのは便利なモノだ。しかし、俺には無意味だと言う事が何故分からん!」

 

 

 重力に逆らいながら、沙夜乃がビルの側面を駆け上がる。恐らく、空間支配の能力を使用しているのだろう。

 

 だが、狂刀神は"狙った獲物を逃さない"。

 

 沙夜乃と同じように、ビルの側面を僕は駆け上がる。足のつま先から影で鉤爪の様なものを生成し、一歩踏み出す事に食い込むのを利用する。空間支配より難しく、難易度が高い方法だが今の狂刀神ならこの程度、朝飯前だ。

 

 それでも、沙夜乃は攻撃を続ける。転移先から放たれるのは近くにあった歩道橋の一部、今度は重力に従いながら落下してくる。歩道橋から分離した瓦礫がビルのガラスと接触し、ガラスの破片が歩道橋と同じ速度で降り注ぐ。

 

 全てを刀で捌き切るのは不可能。なら、

 

 

「―――月封!!」

 

 

 複数の敵を一箇所に集めて封印する術、発動。これは妖の男を倒した後始末に使用した術。まさか此処で再び使う事になるとは。

 

 降り注ぐ物体の全てが一箇所に集まり、お寺の鐘と同じ大きさの丸い球体が完成。『無銘・永訣』でソレを一刀両断。半球(2個)はそのまま僕を避けて落下して行く。と同時に、再び物体が迫り来る。そしてまた同じ方法で破壊する。これを何度も何度も繰り返す。

 

 沙夜乃がビルの頂上付近に到達したのを確認し、僕は最後の術を展開する。

 

 

「余興はここまでだ、この一撃で終いにしてやろう!何、生死を彷徨う時間など与えん。俺を楽しませた褒美として有難く頂戴しろ」

 

 

 ドス黒い色をしていた『無銘・永訣』が、本来の色を取り戻す。まるで透き通る様な、一枚のガラス細工で創られた刀身が姿を現す。

 "ソレ"は選ばれた神のみが保有出来る神器であり、保有者自身に多大な影響を及ぼすとして恐れられていた凶器。

 

 現在の無銘・永訣は模造品。レプリカに過ぎない。だが、威力や能力は受け継がれ、200年の時を渡った。

 

 

「陰と陽が分かつ時、終局点に至る数多の神が再び顕現する。"陰"は無銘・永訣。"陽"は太刀 鑢なり。狂刀神の名において、我の前に姿を現す事を赦す!」

 

 

 無銘・永訣と太刀 鑢。

 二本の刀が重なり混ざり合い、一本の神器が現れる。それはかつて狂刀神が所持していた、模造品とは比にならない『原初(オリジナル)』。その名は誰も知らない。神々が保有する神器の名を知ればその身が崩壊し、神に裁かれると言い伝えられている。

 

 

 

「―――久しいな、原初(オリジナル)を手に取るのは何千年振りだろうか。あの頃とは少しだけ姿形は違えど、中身は変わらんな。……そうだな、今は余韻に浸っている場合では無いな」

 

 

 狂刀神と現在進行形で一体化している僕でさえも、この刀の名前を知らない。知る事は許されない。そうだな、『狂想刀・黒鶫』とでも呼んでおこう。

 そして、全てを終わらせる為に。"狂想刀・黒鶫"を沙夜乃に向けた状態で、詠唱する。これは妖の男を倒した時と同じ、

 

 

「「―――氷解銘卿。」」

 

 

 "狂想刀・黒鶫"の刀身から黒いモヤが大量に放出され、上空200m半径170mの範囲にある全てが氷結する。一瞬にして辺りが冷気に包まれ、ビルが限界を迎えて崩壊し始める。

 

 沙夜乃は僕の氷解銘卿が完全に展開する寸前で『空間支配』を使用し、範囲外へと回避する。

 

「今のを回避するか!俺からの褒美を受け取らぬとは、不敬な奴め!」

 

「私だってまだ死にたくないのよ!それに羽枝をここで死なせない為にも―――っね!!」

 

 崩壊したビルの瓦礫や鉄筋が僕を中心に、大きな円を描きながら辺りを囲む。

 ソレは完全に僕を取り囲んだ後に、中心部に向けて一斉に移動を開始する。だが僕もこの程度で倒される程貧弱では無い。

 

 

「―――強制肉体強化」

 

 

 今の僕は狂刀神のお陰で妖力が無制限と行っても過言では無い。故に、術を連発する事が可能だ。

 強化された体が放たれる物体を"狂想刀・黒鶫"で斬り落とす。僕の体に命中するよりも、物体がその場から移動するよりも速く。この世の理を超える速さで。

 

 

「クハハハハハハハハハハッ!この程度か、魔術師ィ!! 」

 

 

 切り刻んだ瓦礫を足場に、沙夜乃までの距離を一気に詰める。"狂想刀・黒鶫"を構え、沙夜乃から放たれる攻撃に対応しつつ、僕は沙夜乃の首を狙う。ここで仕留めなければ、正智の死も惣一郎の協力も全て無駄になる。

 

 殺す、絶対に。僕の手で終わらせる。

 

 斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ!! 斬―――

 

 

「あ……。」

 

 

 

 

 

 ブツンも音を立てて、何かがちぎれた。

 体に力が入らない。刀を握っていた手も、沙夜乃を殺さんと動いていた脚にも。 僕の身体は限界を迎えていた。

 

 狂刀神の憑依による疲労、重ねて妖術の連発に、強制肉体強化。これら全ての反動が、突然訪れた。

 空中でバランスを崩し、僕は地面に向かって落下して行く。態勢を整えようと体に力を入れるが、やはり動かない。やっとここまで来れたのに、あと一歩の所まで行けたのに。

 

 

「……………」

 

 

 声も出ない、声帯にも力が入らない。だが、 辛うじて目だけは開いている。

 その目に映った景色は絶望だった。

 

 沙夜乃が満面の笑みで此方に手を翳している。力を失った僕にトドメを刺そうとしているのだろう。転移させられた大型トラックが、僕より速く落下する。避けるのは不可能。

 

 妖術を展開しようにも妖力が足りない。狂刀神の残滓は何処からも感じられない。

 迫り来るトラックを僕はただ呆然と見る事しか出来ない。

 

 ―――そう言えば、一回目の遡行と時もトラックが原因だったな。あの時の痛みとこのトラックに潰される痛みは、どの位違うのだろうか。

 そんな事を考えながら、僕の体とトラックが接触し、そのまま地面と衝突する。苦しむ事無く、即死の状態で僕はまた"死んだ"。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クハハハハハハハハハハッ!この程度か、魔術師ィ!!」

 

 

 自分の声で、意識が覚醒する。

 

 切り刻んだ瓦礫を足場に、沙夜乃までの距離を一気に詰める。"狂想刀・黒鶫"を構え、沙夜乃から放たれる攻撃に対応しつつ、僕は沙夜乃の首を狙う。

 

 ―――ターニングポイントの更新、予想よりも死ぬ時間と近い。 死んだ事に対しての不快感等はある。だが今はそれ所では無い。

 

 今僕がするべき事は、

 

「身体を返して貰うぞ、狂刀神」

 

 身体の所有権を狂刀神から奪い取る。

 予想外の出来事に狂刀神が困惑し、今にも怒り出しそうだ。身体から切り離され、意識だけの状態になった彼を無視して僕は沙夜乃から距離を取る。逃げられてしまう可能性があるが、沙夜乃より先に相手をしなければならない相手が―――

 

『―――貴様。何故俺を身体から切り離した。あのまま攻撃を続行していれば確実に殺せた。なのに何故だ』

 

「何故も何も、気づかないのか?神ともあろう人物が異変に気づかないのか?」

 

『貴様ッ!この俺を愚弄するか!良い、ならば貴様諸共―――』

 

「―――あのまま戦いを続行していたら、僕の体は限界点を越えて死んでいた。今のお前なら分かるだろ、この体が悲鳴を上げてる事を」

 

『何を言う!俺は常に万全な状態で挑んで………………っ!?』

 

「……だから、言っただろ?」

 

 狂刀神は黙り込む。少し落ち着いて冷静になった彼は、僕の身体の異変に気づいたのだろう。妖力は万全だがそれに追いつく体が容量上限いっぱいの状態なのだ。

 あの時死んだのも、莫大な妖力に耐えきれなくなった筋肉と心が一気に崩壊したのが原因だ。恐らくその際に、狂刀神の精神も消失した。

 

 だから、限界点を越える手前で僕はブレーキを強く押し込んだ。狂刀神と言う暴走車を止める為に。

 

「………なんだか良く分からないけど、チャンスって奴ね。悪いけど私はここから逃げさせて貰うわ」

 

 沙夜乃が真横に手を伸ばした瞬間、姿が消える。僕からなるべく距離が取れるかつ、羽枝に応急処置を施せる場所へ移動したのだろう。

 今すぐ追ってあの首を斬り落としてやりたい。だがその為には―――

 

「これ以上の妖力摂取は死に関わる。………と言ってもお前がこの体に憑依している間は妖力が大量に流れ込んでくるけどな」

 

『ならばどうする。俺をこの体から取り除くか?それも一つの手だが、貴様一人で沙夜乃に勝てるのか?』

 

「―――取り除くなんて事はしない。それよりももっと簡単で単純な事をすれば良い」

 

 今、話をしているこのタイミング、現在進行形で妖力は増え続けて、上限を突破しようとしている。増え続けるモノを減らすにはどうすればいい?

 

「―――増えるより早く妖力を消費すれば良いんだよ。さっきまでの僕は妖力枯渇を恐れて術展開を控えていたが、有り余ってると聞いたからには手加減しない」

 

『俺と交代しなくて良いのか?』

 

「お前に渡すとまたいつ崩壊するか分からないし、"狂想刀・黒鶫"を持っていても俺の体に異変は無い。それに戦闘途中途中とは言え、もう満足した……このままで行く」

 

『………"満足するまで手を貸す"だったな。俺の出る幕はここまでと言う事か。もう少し堪能したかったが、まぁ良い』

 

「―――さて、死の原因も突き止めて対策も出来た。出し惜しみは無しだ、2度目の"フルスロットル"で行くぞ」

 

 上限いっぱいの妖力を全開放して、術を連発する。無意味な術さえも使用しながら沙夜乃を追う。

 死因のひとつに、妖術の使い過ぎも含まれていたが、"疲労と重なった"事で僕の体は動かなくなった。つまり、"疲労状態"にならなかったら良い。

 

「体全体に"治癒の術"を施す!妖力無視の自由攻撃なんざ1回もやった事ないけど、遠慮なく!」

 

 狂刀神ノ加護。神霊能力付与。心眼。治癒の術。視野拡大。直感。回避の術。 氷解銘卿(障害物破壊用)。焼炙。鑢・魔獣。身体強制強化。月封(障害物収集用)。周囲探査。感覚共有(鑢・魔獣)。

 

 最早、説明不要の狂刀神ノ加護+神霊能力付与。

 

・人がなにかをしようとする時、魔力の流れとなって現れる術、心眼。

・死因の一つでもある"疲労状態"を回復し続ける為の治癒の術に、 捜索範囲を広げる為の視野拡大。

・攻撃を受けた際に直ぐ回避出来る直感、回避の術。

・移動中に邪魔な障害物を凍結させ破壊する、氷解銘卿。

・空中移動の際の加速に必要な焼炙

・地上に群がる偽・魔術師討伐及び沙夜乃の捜索用の鑢・魔獣。

・移動速度を上げる身体強制強化

・破壊した障害物を邪魔にならない場所へ集める月封。

・沙夜乃を探す為の周囲探査

・鑢・魔獣から送られてくる情報を処理する為の感覚共有。

 

「―――見つけたぞ……魔術師は、僕の手で確実に殺す」

 

 沙夜乃を位置を完全に特定し、即座に行動に移す。

 場所は、都市部の最中心。街で一番大きな病院、笹岡赤十字病院の屋上。僕はそこまで車等を使わず、この足で走り続けた。

 

 建物の頂点に設置されている赤十字の旗が勢い良く風に靡いている。

 

 到着した頃には青く澄み切った空が一変し、鼠色の雨曇が天を覆い尽くす。幸い、雨が降る気配は無く、風の勢いが強い程度だ。

 一瞬にして暗くなった都市部では、街灯に光が灯され、少しだけ綺麗な街並みに見える。

 

 しかし、 何か良くない事が起きそうな程、不気味な雰囲気が都市部全体を漂っている。これから巻き起こるのは"絶対のデリート"か"希望のクリエイト "か―――

 

「―――数時間ぶりだな、元気にしてたか?」

 

 都市部の最中心。街で一番大きな病院、笹岡赤十字病院の屋上。建物の頂点に設置されている赤十字の旗が勢い良く風に靡いている。

 街の住民は皆、離れた場所へ避難した。今この場に佇むのは僕とこの女のみ。僕はズボンのポケットに手を突っ込みながら、女は扇子を広げて口元を隠しながら、互いに睨み合う。

 

「あら、遅かったわね。もう羽枝の治療も終えて、貴方を迎え撃つ手筈は全て整ったわ」

 

 少し赤みがかった黒髪が風に揺られ、持っていた扇子を僕の方に向け、 空間支配系統魔術師『沙夜乃』は言う。

 僕が狂刀神と口論している間に、病院内の用具を無断で使用し、羽枝の治療をしていた様だ。出来れば羽枝の治療が終わる前に仕留めたかったが―――今回は仕方がない。

 

「"最期"に聞かせろ、お前は此処で何をするつもりだ? 」

 

 恐らくこれが、本当の、最後の戦い(ラストマッチ)

 たった数時間と短い戦闘だったが、得られたモノは少なからずあった。

 

「―――なら"最後"に私からも質問させて貰うわ。貴方、魔術師を殺してどうするつもり?」

 

「…………そうだな、僕からの回答は『大量殺人を犯した魔術師を殲滅する為』だ」

 

「そう、なら仕方ないわね。ちなみに私の回答は『もう一度人を殺す為』よ」

 

 互いの答えは得た。残るは生き残りを賭けた、殺し合い。魔術師と妖術師による因縁の対決。

 僕は、都市部に潜む脅威の排除及び魔術師の殲滅。

 沙夜乃は、都市部で大規模な殺戮と妖術師の殲滅。

 

 

「―――"狂想刀・黒鶫"」

 

「―――転移魔法、展開 」

 

 

 風が、雲の動きが、旗の靡く音が、全てが止まった瞬間。僕と沙夜乃は全力をぶつけ合う。

 "狂想刀・黒鶫"。狂刀神のみが所持を許された神器。今僕がこれを扱えているのは、内側でひっそりと何かを企んでいる狂刀神のお陰だ。

 

 転移魔法、展開。今までとは比にならない数のゲートが出現し、全方向から僕を殺す為の物体が降り注ぐ魔法。厄介なのは一気に放出ではなく、ランダムで、何処から来るのか予測不可能な点。

 

 "狂想刀・黒鶫"を手にし、沙夜乃の首に斬り掛かる。 しかし、沙夜乃はまるでフィギュアスケートの選手の様に、上半身を反って攻撃を回避。

 回避した時の勢いを利用し、地面を蹴りあげて一回転する。僕の顎を目掛けて、沙夜乃の脚が強く衝突、そのまま後ろに倒れ込みそうになる。

 

 だが、僕は常時『治癒の術』が発動している。狂刀神から流れ込む妖力が上限を越えようとしているが故に、僕は幾ら術を使っても底が尽きない体になってしまった。

 

 着地した沙夜乃が扇子を上から下へ、空気を撫でるように移動させる。同時に、僕の真上に出現していたゲートから医療用のメスやコンクリートの瓦礫が降り注ぐ。

 

「―――月封!」

 

 僕も負けてはいられない。降り注ぐモノを全て一点に集め、破壊を試みる―――が、

 真上だけでは無く、数秒遅れで他の物体が、別の方向から僕を狙って放出される。月封では集めきれない数を捌き切るのは不可能。

 

 この場で最も最適解で、高火力が出せる術。それが窮地を抜け出す為の突破口。脳内の隅から隅を視て、有効な術を捻り出す。

 

「―――黒影・深層領域」

 

 偽・魔術師との戦いで使用した術の一つ。

 

 黒影・深層領域。 自分の半径7mの地面が影に占領されて一歩踏み入れるだけで飲み込まれてしまう術。自身の体を影と融合させ、攻撃を回避する事が可能だ。偽・魔術師と戦った時の様に。

 

「貴方のそれ反則じゃないのかしら?」

 

 屋上一面にゲートを出現させ、沙夜乃は影に向かって物体を放出する。だがそれも全て無意味、 影に潜った僕に攻撃は一切効かない。 故に、

 

「―――背中がガラ空きだ!魔術師!」

 

 沙夜乃の背後、影から姿を現して"狂想刀・黒鶫"を心臓目掛けて一突き。………なんて上手く行く筈が無く。

 影から頭を出した時点で、沙夜乃は反射的に何かを感じ取り、魔法を展開していた。刀は何も無い空間を一突きし、沙夜乃が視界から消える。

 僕の背後へ―――と言う訳でも無い。

 

 完全に姿を消した。

 

「なんて思っているのかしら?」

 

 頭上。空を見上げた僕の視界に映る、無数のゲート。全て空間支配魔法による"転移魔法"。しかし 、そのゲートの半分の 向きは此方では無く。

 

「影さえ無ければ、貴方は逃げる事が不可能なのよね?なら無理やりにでも太陽の下へ引きずり出してあげるわ」

 

 空に向かって無数の物体が飛翔する。ソレは雲を突き抜け、病院を中心に次々へと外側へ広がって行く。太陽が見え始めた所で、足元の影が消えてゆく。

 と、同時に。残りのゲートから更に、此方へ向けて物体が放出される。避けなければ直撃して大ダメージを負うだろう。

 黒影・深層領域は使用不可。他の術は回避に特化していないモノばかり。あの"回避の術"でさえもこの攻撃は避けきれない。

 

 この攻撃を受ける以外の選択肢無し。

 

「『八方塞がり』ってやつか…!!」

 

 体への負担を最小限に抑え、物体を刀で受け流す。だが、全てを受け流す事は出来ず、降り注ぐ物体が体の肉を抉る。

 それを見た沙夜乃が、僕との距離を一気に詰める。持っていた扇子が顔面を直撃し、後ろに吹っ飛ばされた。

 

 ―――完全に見誤っていた、勝手に決めつけていた。 沙夜乃が"接近戦を不得手とする"と、そう思い込んでいた。

 無様に転がる僕を追って、沙夜乃が転移する。

 

 真正面、立ち上がった僕の目の前に姿を現す。突然の出来事に脳の処理が追いつかない。

 沙夜乃の扇子が、まるで一本の短刀の様に鋭く、僕の身体を切り刻む。身体中から鮮血が吹き出し、想像を絶する痛みに跪きそうになる。

 

 だが、それを僕自身が許さない。 常時使用している"治癒の術"が、片っ端から傷を癒して行く。

 ―――力はまだ入る。動き続けろ。

 

 漸く脳が正常に活動を始め、沙夜乃の攻撃を刀で受け止める。少し遅い復活だが、次は僕のターンだ。

 炸裂する扇子を全て、取り零す事無く、刀で無効化する。激しく火花が散り、空気が張り詰めて行く。

 僕が完全に復活した事を悟った沙夜乃は僕から少しだけ距離を取る。

 

 チャンス。少しでもバランスを崩せば僕の方が有利。

 

『"強制身体強化"、使用』

 

 離れた沙夜乃を追って、僕は加速する。立場が逆転し、今度は僕が沙夜乃に連撃を与え、バランスを崩すタイミングを狙う。

 

『"焼炙"、使用』

 

 莫大な熱を持つ、ビームに近い一閃が沙夜乃の横腹を直撃する。この攻撃を受けた沙夜乃は、あまりの痛さに攻撃する手を止めるに違いない―――

 

「女性の腹部を狙うなんて、男として有り得ないわね」

 

 否、直撃していなかった。

 放たれた一閃は捻じ曲げられた空間に吸われ、沙夜乃の背後に出現したゲートから発射される。

 

「とんだバケモノだな………!」

 

「それはお互い様でしょう?」

 

 終わらない闘い。このまま永遠に続きそうな殴り合いに終止符を打つべく、僕は最後の手段に出る。もし失敗すれば、僕に待っているのは"死"のみ。

 だからこそ、僕にだけにしか出来ない。"遡行"持ちの僕が出来る事。

 

「これでも食らいやがれ―――! ! 」

 

 沙夜乃に向けて、刀を投げる。

 

 

「……………え?」

 

 

 知性を感じない行動に、沙夜乃は思わず動きを止める。自らの武器を手放し、攻撃手段を失う。まさに自殺行為だ。

 飛んでくる刀を扇子で受け流し、左後方へ飛ばす。突然の出来事に、困惑した沙夜乃は僕の様子を伺う。だが、僕は何もしない。何も出来ない。

 

「貴方は一体何が―――」

 

 "一体何がしたいのか"。言い切る前に、沙夜乃が突然振り返り、動く。

 

 刀が向かう先は、"羽枝"が座っている椅子。あの椅子の周りには結界の様なモノが貼られていた。魔術師の結界を破壊出来るのは、 神器以上の代物を用いなければならない。

 そして、この"狂想刀・黒鶫"は狂刀神の『神器』。

 それを瞬時に理解した沙夜乃は手を伸ばし、羽枝の元へ飛ぼうとする。

 

「させるかあ"あ"あ"あ"!!」

 

 沙夜乃より早く、転移より素早く。初めて刺客と戦った時と同様、刀など要らない。 ―――速さ勝負。

 僕の叫び声を置き去りに、身体は車の平均速度を超える。速く動く物体は、急に止まることは出来ない。ならどうする?

 

 ―――モノに当たって止まれば良い。

 

 沙夜乃の身体、左側面に激しい勢いで衝突する。接触時の衝撃で骨を含む内蔵等が負傷。肩は外れ、腕は粉砕骨折。

 一方、沙夜乃もほぼ同じ症状。左肩が外れ、左腕は骨折では済まなかった。ぶつかった事により、転移先は羽枝を超えたただの地面。

 

 転移後、沙夜乃がその場に倒れ込むのを目視で確認。

 

 僕も倒れそうになるが、脚はまだ動く。それに"治癒の術"は常時発動中。幾らでも傷は癒える。

 そして、羽枝の方へ飛んで行った刀は―――

 

「な……何故?どう、し…て結界が……壊れない……の?」

 

 瀕死の沙夜乃が言う。

 そんな事、簡単に考えれば答えに辿り着ける問いだ。

 

「僕が投げたのは…『太刀 鑢』だからな…」

 

 そう。沙夜乃との戦闘中、隙を狙って"狂想刀・黒鶫"を分解し、『太刀 鑢』と『無銘・永訣』の二本が残る状態に変化。

 そして、"狂想刀・黒鶫"と形状が酷似している『太刀 鑢』を投げた。

 

 つまり、現在進行形で僕が所持している刀は、

 

「『無銘・永訣』はトドメを刺す様に取って置いていたって訳だ。―――さてと、僕の傷は全て癒えた 」

 

 終幕。激しい戦いを乗り越え、勝利を手にしたのは僕だった。

 勝者には、とある特権が存在する。

 

「お前、どうして僕を別の場所へ転移させなかった」

 

 一番の疑問。偽・魔術師は僕を連続で別の場所へ転移させた。

 偽・魔術師に力を分け与えた沙夜乃なら、同じような事が出来た筈だ。なのに何故、使わないのか。

 

「………私は、使え…ない。あいつは…わた…しの…欠点を克…服した…魔…術師…なのよ…」

 

「欠点…? 」

 

「ほん…とは……転移が使え…るの…は一日に………一人…だ…け……」

 

「……転移が使えるのは一日一人 ?でもお前、膨大な数のゲートで出入りしてたじゃねぇか」

 

 それだと沙夜乃の言う事と辻褄が合わない。それに今までの知識が全て狂う。

 沙夜乃が何を言っているのか、直ぐに調べなければ―――

 

「瀕死だから大事な部分を言う気力が残ってないのだろうね。私が簡単に説明しよう」

 

 背後から突然声が聞こえ、背後の人物に向かって『無銘・永訣』を突きつける。

 だが、そこに立っていたのは。

 

「これ前にもされた様な気がするんだけどね…」

 

 惣一郎だった。

 増援を呼ぶべく、都市部から一時離脱した男。それがこの地に戻って来たという事は。

 

「都市部の偽・魔術師及び犯罪者は全て取り押さえ、安全は無事確保された。安心したまえ、君を含めた私達の勝ちだ」

 

「そして、先程の話の続きだが。彼女が言いたかったのは『人物を転移させる魔法は一日一人が限界。だが、あの男はそれを克服し、一日に何度も人物を転移させることが出来た』と、 言う事だろう?」

 

「………えぇ……そ…うよ」

 

 流石、惣一郎。 言いたい事全てを汲み取り、分かりやすく解説する。どこまでも空気が読める男なんだ。

 

「そして、君が何度も転移させれた秘密。それは『自分は転移条件の対象外』と言った所かな?」

 

「……そう言う事だったのか、分かった以上、聞くことは何もなし ―――そろそろ終いにするとしよう 」

 

 『無銘・永訣』を沙夜乃に向け、最後の一撃を叩き込むべく、術を詠唱する。 惣一郎は僕を止めようとはせず、ただ見守るのみ。

 羽枝の座る椅子の横に転がる『太刀 鑢』が、『無銘・永訣』に引き寄せられ、結合する。

 

 再び"狂想刀・黒鶫"が顕現し、『この女にトドメをさせ』と言っている。

 果たして、言っているのは"狂想刀・黒鶫"か『俺』のどちらなのか。

 

 

「―――氷解銘卿」

 

 

 惣一郎を除く、全方位半径50mの物体が全て凍結する。沙夜乃は一瞬にして氷と化し、周囲には冷気が漂っていた。

 空間支配系統魔術師『沙夜乃』の死亡を確認。彼女は 呆気なく、終わりを迎えた。

 

「………羽枝。どうしますか?このまま殺した方が良さそうですかね?」

 

「―――いや、こちらで捕縛するよ。色々聞きたい事もあるしね」

 

 空間支配系統魔術師『沙夜乃』率いる『異能力犯罪集団』は羽枝を除いて全滅。一般市民の怪我人及び重傷者の人数は、 六人。一般市民の死亡者は、一人。

  第一の魔術師との戦いは現時点を以て、完全に終結した。

 

 

 

 

 

 

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