星野君の甲子園   作:エタノールの神様

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星野君のスライダー

「星野君はいい投手だ。おしいと思う。しかし、だからといって、ぼくはチームの統制をみだしたものをそのままにしておくわけにはいかない。罪にたいしては制裁を加えなければならない。――」

 そこまできくと、思わず一同は顔をあげて先生を見た。星野だけが、じっとうつむいたまま、石のように動かなかった。

「ぼくは、星野君の甲子園出場を禁じたいと思う。当分、謹慎していてもらいたいのだ。そのために、ぼくらは甲子園の第一予戦で負けることになるかも知れない。しかし、それはやむを得ないこととあきらめてもらうより仕方がないのだ。」

 

「監督、臨機応変という言葉を御存知ですか。」

 

「なんだね、大川君」

 

皆、大川君を見た。今まで監督の言うことをよく聞いていた大川君が、今、監督に逆らったのだ。

 

「確かに星野くんはチームの統制を乱しました。それに対して罰を与えることは当然かもしれません。」

 

「そうだ。野球は国体競技だからな。」

 

「そうです。野球は国体競技です。だからこそ、今一度日本男児のあるべき姿を見つめ直すべきだと思うのです。」

 

大川君がそういうと、監督は黙ってしまった。

 

「星野君は確かに監督との約束ごとを違えました。しかしその目的はなんでしょうか。監督に逆らい、抵抗することが目的ではないはずです。」

 

「あのとき、星野君は調子が悪かった。だから監督はバントを指示された。しかし星野君は大きく打つことにチャンスを見いだし、見事チームを勝利に導きました。」

 

「だから、さっき山本くんにも言ったように、それは結果論だろう。」

 

監督が言い返しても、大川君は怯まなかった。

 

「その通りです。そして、バントを打っていても勝っていた、その方が堅実だったというのも結果論です。」

 

その言葉に皆が驚いた。大川君は今、論点をすり替えた。そんなことをしたら、今度こそ僕らは監督の信頼を失ってしまう。そう思った。

 

しかし、現実はそうはならなかった。

 

「星野君は状況をよく観察し、臨機応変に対応しました。この行動の柔軟さは、国体競技で僕ら日本男児が養うべき立派な素質ではないでしょうか。」

 

それを聞いて、監督はうぅむ、と考え込んだ。そして大川君は続けた。

 

「僕は、星野君を甲子園に出さないということは、国体競技である野球に泥を塗ることと同じだと思うのです。」

 

監督はううむ、と威嚇する獣のように唸りながら考え込んだ。そしてしばらくした後、言った。

 

「今回はぼくが間違っていた。星野君を甲子園に出そう。」

 

その言葉に、皆、わぁっ、と喜んだ。

 

「大川君は臨機応変さ、柔軟さが大事だと言った。それを聞いて、ぼくもそのように考えを変えたよ。しかし、それを甲子園で示すには、君たちが自分で考えて判断できるよう、もっと知識を身につける必要がある。」

 

監督が釘を刺すと、喜んでいた皆は静かになった。

 

「これからは、今まで以上に練習もするけど、戦術について勉強する時間をもっと増やす。皆、異存はないね。」

 

皆、黙って頷いた。この日から、僕たちは甲子園に向けて猛練習、猛勉強を始めた。

 

 

そして夏の甲子園、一回戦。九回の裏で、僕たちはツーアウト満塁のピンチを迎えていた。得点は僕たちが2点リード。ここを防げば二回戦に進むことができる。

 

投手は言わずもがな星野君。緊張に加えて疲れが出てきたのか、7回から少し調子が悪い。

 

けれども、星野君ならここぞというときにしっかり決めてくれるはずだ。だって星野君はこの九回でも2打者を三振でアウトにしている。だから大丈夫だ。僕らは勝手に、そう信じていた。

 

星野君が投球動作に入った。得意のスライダーだ。これは空振る、僕らはそう思っていた。

 

しかしT中学の打者は、星野君が投げた球を、バットの芯でとらえた。

 

星野君ならストライクをとれる、そう確信していた僕らは反応が遅れた。

 

中堅手の山本君が上がったフライをとろうとした。しかし、太陽に目がくらんで落としてしまった。

 

すかさず右翼手の佐藤君がとってキャッチャーの大川君に直送したが、時既に遅し。一塁ランナーまでもがホームベースに滑り込んでおり、最後の一人をアウトにして、試合はサヨナラ負けで終わった。

 

試合後、監督の今井先生は僕たちを集めて、話した。

 

「君たちは、臨機応変に対応する事が大事だ、行動の柔軟さが大事だ、そう言ったな。」

 

監督がそういうと、僕らは黙ってしまった。

 

「星野君は良い投手だ。だが彼も人間だ、疲れもするし疲労もする。それをフォローできるように、後半ほどより気を引き締めてしっかり構えておくのが、君たちが言う柔軟さじゃないのか。」

 

黙ったままなにも言わず頷く僕たちを見回して、監督は言った。

 

「この反省を、しっかり活かしてまた甲子園にこよう。」

 

 

 

 

 

「この失敗を忘れないために、この甲子園の土を持って帰ろう。大川君、みんなに袋を配りなさい。」

 

 

この土ににじんだ失敗と悔しさを忘れず、僕たちは練習に励んだ。

僕たちは翌年、夏の甲子園を見事に制することになる。

 

これにあやかり、甲子園で負けたら土を持って帰るのが恒例となるのは、そのさらに翌年のお話。

 




国体競技の意味ですが、「国民体育大会の競技」ではなく、「国家の象徴としての競技」として書きました。
しかし、「国家の象徴としての競技」だからこそ「国民体育大会の競技」になり得たとも考えられるので、どちらの意味でも通じると考えています。
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