Albatross   作:名雲

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とてもよく飛ぶが泳げない海鳥








グンカンドリ

よく見る夢がある

 

それはやけに埃っぽい廊下で、長い通路

カツーン…カツーン…と、硬い靴が金属製の床を踏みしめてその廊下の先へ

広い空間のそこに居たのは…

 

 

 

 

 

 

目覚まし

 

 

 

 

 

 

脳みその根底まで揺らしてくるそれは休息の終わりを意味していた。

タッチパネルで目覚ましと連動して光るその通話ボタンが酷く眩しく思えた。

 

「はい…」

『寝起きか?急で悪い、作業員として出れるか』

「労災、ですか?」

『まだ調査中だ』

 

何が起きているのかはわからないが、少なくとも電話の向こうの騒がしさからただ事では無いというのは伝わってくる。

 

「わかりました」

 

タッチパネルから通話を切ると、水槽内の排水が始まる。

メンテナンスタンクと呼ばれるそれは壁面の液晶に青い魚や月の満ち欠けがループして流されていた。

 

電子機器の起動音と共に、排水が完了したタンクの扉が開く、近くに配置された洗面台の鏡に顔を写せば文字列が現れ異常が無いかチェックしてくれる。

それはまるでユニットバスから出てくるような簡単な感覚で、傍から見ればどことなく人間味が薄いかもしれない。

 

『ステーションの第6ブロック、そのコンテナヤードで接岸中だ、そこで乗り込んでくれ』

「わかりました」

『まぁなんだその、まだ勤務中じゃないから気軽に会話してもいいぞ』

「…しかしこれは仕事の通話だと思うのですが」

 

そうじゃないんだがなぁと通話の向こうでつぶやくのが聞こえた、自分を拾ってくれた船長にはお世話になっているので誠意を持って接しているつもりだが本人はどうも違うようだ。

毎回尋ねても最後には大きなため息をついて「その方がキミらしいか…」と言う。

 

『そうだな、出港待ちだからあと1時間は余裕があると思う、頼んだぞ』

「はい」

 

ステーションの中では動く歩道のようなもので移動する、または無重力区画のような進行方向の決められた通行チューブを通るか。

複数地点を結ぶハブ宇宙港であるこのステーションは船乗りにとって便利という理由で船長と同じアパートに部屋を貰っている。

宇宙港の近くに作られた居住区だが停泊区画である第6ブロックは少し先にある。

カプセルホテルのように部屋が狭い大型アパートを後にして玄関のカードキーを胸ポケットに差しておく。

 

同じく呼び出されたであろう船員が数名廊下に出ている、おはようございますと声をかけ一緒に向かう事にした。

通りかかった朝市で安売りされている宇宙食のチューブで移動しながら簡単に済ませて歩道は進んでいく。

遠くの方に煌めく恒星をボーと見つめていると歩道の乗り換え点に着いたようだ、歩道のゲートに立っている係員たちはいつも怖い顔をしている、船長が作ってくれたIDカードをスキャンし通行許可が出る。

よくわからないが肩や腕を触られたのでとりあえず気持ち悪いとクレームを入れようと思う。

 

「気持ち悪い…」

「悪いね嬢ちゃん、規則なんだ」

「どこが規則だどこが!うちのアパートのアイドルに何晒してくれとんじゃあ!!」

「黙れ!お前らここ通らせなくするぞ!」

「なにぃ!?別の班よこしやがれクソ警備が!!」

「なんだと!」

 

船乗りたちは血気盛んである、まるで私とは対照的に。

やいのやいのとやっている船員をよそに荷積みのアンドロイドたちは先にいけと合図を送ってくれた。

信じて現場を後にして船長へタブレットでメッセージを入れておく、気にするなと返事が来たので気にしない事にする。

 

「やはりサザンさんは人気ですね」

「わからない…」

 

先に進んでいた荷積みのアンドロイドから話しかけられた。

船乗りのおよそ9割はこれらの雑務のアンドロイドで構成されている、それを指揮するために生身の人間がその上に立つ、これは外宇宙への進出に伴いウラシマ効果による精神疾患の多さから提案された。

船乗りに合格出来る人間は本当に一握りであり、その中で私は女性なのが本当に珍しいそうだ。

 

「船長からは、適性があると言われただけ」

「えぇ、貴女は試験もパスしてますし、私もその判断は間違ってないと思いますよ」

 

停泊港がそろそろ見えてきた、接岸中の船に見覚えのある船がある。

そう、流線なシャトル型の老船、バラ積み軽貨物船「コダマ号」。

 

「荷積みは終わっていますね?なぜ我々も呼ばれたのでしょうか?」

「なぜでしょう…?」

 

舷側の乗員ハッチにIDをタッチし乗船する。

船内は慌ただしくいつもより乗員が多い気がした。

 

「おぉ!クーちゃん来たか!早く船長の所に向かってくれ電脳クジラを頼むよクズってて動かないんだ…他のみんなは?」

「ゲートの人にすごく撫でられて…」

「あーわかった…その件はワシが今見てくる、荷積みも荷崩れやエンジンルームのチェックを頼む!」

「承知しました」

 

船長の所へ!とジェスチャーが送られブリッジへ急ぐ事にする。

ブリッジの隔壁扉を開けてみれば電脳クジラが大の大人たちに囲まれて喚き散らしていた。

 

「サザン来たか!早速で悪いが説得を頼む」

「…状況は?」

 

「数分前本社から一通の電信が届いたのがキッカケでずっとこの有様だ、なんでもヒカリ号が消息を絶ったらしい」

 

ブリッジに居る全員が悲痛な顔を向ける。

最近多発している襲撃事件なのだろうか?それともただの故障か?

全員が祈るように後者を願っている。

 

「…わかりました。コダマ号、話を聞かせて?」

 

ブリッジ中央にある羅針盤も兼ねた電子水晶へ手をかざしてみれば、やがてみるみるうちに電子基板の殺風景さが吸い込まれ、深い水面が出てくる。

コダマ号の電脳クジラはベルーガと呼ばれるシリーズのシステムで小柄の白いクジラが現れる。

ベルーガシリーズは狭い港内や異物が多い宙域などで本領を発揮しやすい、それはシステムの視野角が広いためである。

反面大型電脳クジラなどにある長距離のスタミナが不足しているため疲れやすい欠点があった。

 

「そう、そのまま落ち着いて」

 

波立つ水面がやがてゆっくりと静かになっていく。

 

『エンジンルームよりブリッジへ、船長、バカ騒ぎしてたバカ共も合流出来ました。何時でも離岸どうぞ』

「ブリッジよりエンジンルームへ、こちらも電脳クジラが落ち着き始めた。エンジンチェックをスタートしておけ」

『了解』

 

電脳クジラにお願いと合図を出せば、ゆっくりとシステムの波間へ潜って行った。

やがて船体が小刻みに揺れるとメインエンジンの振動が床から伝わってくる。

 

「船長、仕事が終わったので下船した方がいいですか?」

「いや、今回の航海は見張りを多めに張らせる。甲板長のローテ表に名前を書いてきてくれ」

「わかりました」

 

「接岸ロックボルトチェック!」

『管制塔より離床許可!』

「離床せよ!出港誘導航路へ!」

「誘導システム捉えました!優先権をシステム側へ!」

 

一度大きく船が揺れる、ここから先はシステム側がキッチリ決められた航路で港の外へ誘導する。

人の手に出来るのは信号所の加減速が間に合わなかった場合への補助のみである。

 

「甲板長さん、名前書いておきました」

「はぁ〜助かるよクーちゃん、今回の航海は本社もピリピリしててね。船団を組むから色々気を付けてくれ」

「わかりました」

 

『信号所を目視で確認』

『まもなく減速します』

『停止確認、待機の船列は恐らく6隻です』

『信号が変わりました再加速します』

『停止確認、船舶用ゲートを目視で確認しました』

 

ステーションの中、入り組んだ配管のような船舶通路をゆっくりと進んでいく、船舶用ゲートでアームがステーションの外へ押し出してくれる。

そこで誘導灯に照らされた加速用の滑走航路で加速すればそこから先は外宇宙である。

 

『管制塔より、グッドラック!』

「コダマ号より管制塔へ、ありがとう!」

 

全速の号令が下るといよいよ緊張が走る、滑走航路を全力運転で逸脱をするそれはすなわちステーションへ衝突するという意味だ。

 

「速度到達!ステーションの力場から離れます!」

「アップトリム!フルスラスター!」

 

グイッと船首が何も無い宇宙空間へ持ち上がる、逸脱無しのスムーズな発進。

船長の腕が最も問われる瞬間である。

 

『…ら宇宙軍艦隊。出航を済ませた船舶は登録されている船団へ集結せよ。こちら宇宙軍艦…』

 

強制的な無線の割り込みアナウンスが船内に響く、この手の技術は無人の広告衛星でも使われる技術で、ある範囲の無線機に強制的に流れ込んでくる。

特にハイウェイ宙域と呼ばれる幹線航路ともなると点滅する光学式広告と共に流れ込んでくる。

数が多いとまともに船内が指揮が出来ないほどやかましいのが問題で、広告制限がルールとして作られている。

 

「宇宙軍がこれを流してるのは久々に聞いたな」

「余程の事だろうか」

「見張りを増やすために荷積みをしこたま詰め込んでるんだ、なんとかなるさ…」

 

ブリッジは封鎖空間なのでヒソヒソした小話であれどよく響く、しかし宇宙のエーテル波が荒れてる日は船体が軋むのでその限りでは無い。

船体各所に設けられた観察窓への割り当てのために甲板長が表計算ソフトでウンウン唸っている。

待機所にぎゅうぎゅうに詰め込まれたアンドロイドたちと会話する、学習によってそれぞれ微妙に個性が出てくるのだ。

 

「おやサザンさんこんな場所にお越しくださって」

「サザンさん電子水晶の制御は隣の部屋ですよ」

「いえ、皆さんとおしゃべりに来ました」

「嬉しいですね」

「誰か面白い記録はありませんか?」

「酒場で甲板長が暴れた話などは?」

「あー、いや、やめておきましょう」

「皆さんありがとう」

 

おしゃべりしたり、誰かが持ち込んだカードでゲームをしたり、しばらくすれば表を持った甲板長が部屋に顔を出す。

壁にマグネットでそれを貼り付けて、電脳クジラが不安がってるから付き合ってやってくれと伝言をくれた。

 

「皆さんまた」

「ありがとうサザンさん」

 

お互いにお辞儀して隣にある電気室へ、廊下でグイッと揺れる感覚があったので観察窓から外を見てみる、碁盤の目のように綺麗に整列された船団が視界に広がる。

ステーションの沖合でそれが3つほど、宇宙軍の特徴的な形をした旧式艦艇もひっきりなしに駆け回っている。

 

「コダマ号、大丈夫?」

 

電気室の制御水晶の前に椅子を持ってくる、船員さん達が差し入れしてくれたブランケットやクッションも、水晶の色合いは安定している。

そこまで酷い緊張などは起こってないようだが、恐らく操船系に影響が出ているのか点滅の強弱は認められた。

 

「大丈夫よ、大丈夫落ち着いて」

『なぜ…?』

 

背筋に緊張が走る。

まただ、最近見かけなかったからすっかり油断していた。

それは部屋の隅にモヤみたいな姿で立っていた。

 

(…精神テストは合格してるのにアレは)

 

最初の航海でウラシマ効果による時差で酔いが起きた時にテストを受けた、精神に異常はないと診断されたはず。

最初に現れた時はいつだったか、それは初めて家を貰ってメンテナンスタンクに入った時だっただろうか?

色んな接触を試みたが結局何一つわからなかった。

 

わかったのはN.Oとの類似点だけ、世に言うトップレスと同じで若年層特有の脳の発達による現象と似ており、別の何かを呼び出せる。

簡単に説明すれば脳みその中にワープアウトのゲートが開くような状態で、そのモヤはこの現象によく似ていた。

 

(でも、類似点はあるけど本当に該当するかわからない)

 

もしかしたら自分の頭の中から何かが飛び出してくるかもしれない、ネットでこの文献を読んだ時は酷い気分で中々寝付けなかったのを覚えている。

 

『なぜ…?』

 

それ以外は喋らない、まるで私の答えを待つように、何かを欲しているように問いかけてくる。

 

(アナタは、何が欲しいの…?)

 

顔を俯かせて、モヤは晴れていく。

 

「まだ、答えは分からないの…」

 

 

 

 

 

 

船団を組む利点は電脳クジラ同士の交流が生まれる事にある。

嬉しそうに点滅する水晶や船団の航海灯たち、煌びやかなイルミネーションが宇宙空間を彩っていた。

 

「やはり小型の電脳クジラたちはよく遊ぶ傾向がありますね…」

「あの規模の船体だとドルフィンシリーズか、どう思う副船長」

「同感です。軍の大型電脳クジラが旧式なのがせめてもの救いです」

 

特に最新の宇宙軍艦艇などに採用されているオルカシリーズは旧来の電脳クジラとの相性の悪さが問題になっている。

現在船団を護衛する旧式艦艇の電脳クジラはどれも数千年所の話ではない老齢艦であり落ち着いて任務をこなせる傾向が強い。

また廃艦になったとしても制御水晶を移植出来ればその経験値は引き継げる。

 

「船長、まもなく消息不明宙域です…」

「レーダーは?」

「小惑星帯が映っています」

「座礁してると思うか?」

「出来れば座礁していて欲しいですね…」

 

『艦隊が先行します』

 

星系外縁部の小惑星帯がガスと共にレーダーに映し出される。

船団はこれを迂回し、宇宙軍艦隊は前船団の捜索を行うため接近していた。

オタマジャクシのような青い巡洋艦達が船団から離れ、護衛の戦艦が船団を先導する。

 

『捜索の巡洋艦はマシーン兵器展開準備!』

『バスターマシンは戦艦にて待機を維持せよ!』

 

現在巡洋艦が捜索を行っている間は小惑星帯から離れた場所に停泊する予定として通達されている。

戦艦の影に潜むように、船団はゆっくりと凍てついたガス雲などを通り過ぎる。

 

星系外縁部に広がる小惑星帯は学名をオールト雲とし、通称星系環礁として恒星間航行の重力場の参考にされる。

ここを出れば環礁で守られた穏やかな海が終わり、外洋へ出た事を意味する。

 

『船体の一部を発見』

『状況は?』

『…残骸です』

 

重い空気が船団を包むと同時に底の見えない緊張感が駆け巡る。

引き裂かれた鉄塊が小惑星帯に紛れて漂っていた。

 

『データが取れそうなのはあるか』

 

全てのパーツを集めて選別し組み立てた末に現場検証なんて方法を取ると時間がいくらあっても足りない、何かしら決定的な証拠を掴もうと宇宙軍もピリピリしているのだ。

 

『ダメです今回も細切れにされています』

『救命ビーコンの反応もありません』

 

まもなくしてマシーン兵器の収容が始まった。

脚の速い巡洋艦が追い付くのを前提として、戦艦が先導する船団は現場から一刻も早く離れる事を選択した。

恐らくレーダー手は沼のような汗を吹き出す程の緊迫感、巡洋艦達も壁を作るように船団によりそう。

 

外洋は天気晴朗ナレドモ波高シ、このように荒れた外宇宙を航行する場合ワープがどうしても制限されてしまう。

最近は星系内から星系内への超超長距離ワープを行う船団も出るほどに、襲撃事件の影は大きく響いている。

そもそも超々長距離ワープが出来る船は限られており軍からの払い下げの中古か、はたまた設備にとんでもなく投資した高級船か、そして大型の太陽系輸送システムか、いずれにしても普通の会社では手が出ないような代物である。

 

『宇宙軍より通達、前方にて凪を確認、直線加速区間を確保した。全船ワープ準備へ』

『ワープ区間はおよそ32光年を予定』

『この放送から30分後に開始予定』

 

「縮退炉チェックスタート」

『了解、縮退炉チェック!』

 

軋む船体のエンジンルームで縮退炉の動作確認が行われる。

最終安全装置であるキングストン弁があるにしても、仮にも超重力機関なので操作を誤ると大惨事なのだ。

 

『レーダーに感アリ!』

『ワープ準備中止!』

『総員配置!』

『測距!』

『十時の方角!左舷側下方にて目視で確認!』

 

急制動、船団に一斉転舵の命令が下る。

戦艦の電脳クジラの指揮下、各船の電脳クジラへ操船の優先権が与えられる。

キッチリ全船が回頭、観測窓に配置されているアンドロイドたちはその様子を事細かにブリッジへ報告する。

照明弾が撃ち込まれ該当宙域が照らし出される。

複雑な回転をしている小惑星の様な物体、しかしそれは明らかに塗装された人工物だと確認出来る。

 

『回転方向が二軸になってます』

『重力アンカーを引っ掛けるよりバスターマシンのエキゾチックマニューバで止めた方が良いかと』

『バスターマシン・シエンドス発進準備!』

 

観察窓のはるか後方、サーチライトで包囲する艦隊の戦艦から何かが飛び出すのが見えた。

それは特殊部隊の戦闘員のような姿で、サーチライトの舞台中央へ飛び込んでいく。

 

「バスターマシン…」

 

この世界の絶対的抑止力、バスターマシン。

如何なるものもたった一機のバスターマシンには敵わない、それが常識。

かつて大昔に銀河内でバスターマシンの保有数をめぐり内戦が起きた事があったほど、学校の教科書にもそれは書かれている。

遥か世代も受け継がれる、それは、人々の憧れも。

 

「初めて見た…」

 

宇宙空間のエーテルが青く瞬き、回転していた物体は瞬時にエネルギーを失っていく。

針のように鋭い船体はエーテル流体力学が適応されているからだろうか、少なくとも世代としては縮退炉の搭載を前提とした型である事がわかる。

 

『誤作動しているスラスターの閉鎖を優先、その後船内の捜索を開始する』

『船体番号かろうじて読み取れました』

『前船団ではありませんが、2週間前に消息不明になった船団のリストと一致します』

『これだけ船体が残っているだけでも御の字か…』

 

大きな破孔が空いている船体は痛々しそうにその姿を晒している。

数箇所に白い尾を引いているのは故障したスラスターなのか、まだ船内に燃料が残っているほど近海での出来事を意味していた。

 

まもなくスラスターの閉鎖が終わると調査の巡洋艦1隻を残して船団は進む、凪を探してまた航海が始まった。

 

『宇宙軍より通達、凪を確認した、再度ワープ準備を開始せよ』

「前方にガス型の浮遊惑星を目視で確認、確かに凪を持っています」

「大きいな、重力ターンを利用してのワープ準備をしよう」

 

恒星間の凍てつく宇宙空間、星々の影でその輪郭を確認する。

ガス雲を貪欲に引き込む重力、かろうじて発生している僅かな光がその深い紫色に輝く不気味な大気を反射していた。

 

縮退炉のチェックが始まる。

惑星の重力に沿うように船団はカーブを描く、2隻の戦艦と4隻の巡洋艦が護る40近い船舶が寸分の狂いもなくまるでステップを踏むように。

 

『カウント開始、時計を合わせよ』

 

『3』

 

『2』

 

『1』

 

目の前の宇宙空間に大きな環が広がる。

それはやがて船体を包み込み、その先の何もなさそうな白い空間が目に飛び込んでくる。

 

閃光

 

そして遅れて衝撃波が襲う。

 

『敵襲!』

『被害報告!』

『ダメです!ジャミングで艦隊通信が!』

『仕方がない総員ワープを続行!このまま32光年撒いてやる!』

 

「甲板長!」

『わかっとる!目視を続行!』

 

亜空間内で電脳クジラが使用出来ない場合の確認方法、それは肉眼で見るという至極原始的な事だ。

しかしそれでも光の乱反射で確実に見れるとは限らない、しかしジャミングで何も映らないレーダー等よりは遥かに信頼出来る。

 

後方の巡洋艦に煙らしきものが上っているのが見えた。

乱反射での見間違いかもしれないので何度か確認をしてそれを報告する。

電脳クジラ同士もジャミングでコミュニケーションが取れないためこれを宥めなければならない。

制御水晶は警告灯のようにひっきりなしに点滅を繰り返す。

もしワープアウトがズレてしまえば例え数秒だろうと現実では数ヶ月のズレとなって襲ってくる。

 

「いい子、いい子だからお願い」

『なぜ…?』

 

廊下ではアンドロイドたちが駆け回り船外の確認をしている。

1秒1秒がとても長く感じてしまう。

 

「舵が重い…!」

「踏ん張れ!もうすぐワープアウトだ!」

 

乱反射の景色が途切れる、幸いにもワープアウトのタイミングにズレは無い。

もうすぐ電子機器が回復し始める。

 

「…回復しません!」

「なんだと!?チェックリストをやり直せ!」

「電脳クジラの脳波に異常反応!」

「甲板長!」

『確認の荷積みを向かわせた!』

 

電気室で一体何が起こっているのか、そして何より軍の放送すら聞こえてこないこの雑音の砂嵐は一体何なのか。

目視確認を継続するアンドロイドからの情報を頼りに聞かない舵を説得しながらなんとか操船する。

もはや千鳥足のような操船の船団とぶつからないように外側へ外側へと進路を取る。

複数の軍艦が煙を吐くのも確認出来た。

光弾を見ゆ!その報告はブリッジを凍らせた。

 

『巡洋艦ラランド大破!』

『戦艦マンハッタン被弾!』

『巡洋艦ララバイが援護します!』

『艦隊!電装回復せず!』

『光学系も撹乱!とんでもないジャミングです!』

『このままでは船団が散り散りになります!』

『なんでもいい!マシーン兵器でもバスターマシンでも今すぐ直援に出せ!』

 

もはや陣形など無いような混乱の中1隻の巡洋艦が躍り出る。

マシーン兵器は船団に残し目視で船舶の整理を行っている。

やる事はただ1つ、エンジンを全力運転し報告に上がったものを確かめに行く。

 

『前方に重力歪影!目視で確認!』

『ジャミングにより高感度センサー等の使用は不可!』

『報告に書かれていた例のヤツだと思うか?』

『類似性から可能性は極めて高いかと』

『我々もここまでか、総員覚悟を決めろ!全砲門開け!手動で照準!まずは第一斉射!続けて15秒後に第二斉射!』

『全砲門開け!』

『ロックボルト解除!』

『レンズ角手動調整!』

『魚雷発射管準備!』

『魚雷装填!』

『何としてでも足止めする!撃ち方用意!』

『第一斉射レーザー突入ボルト準備!』

『撃ぇー!!』

 

赤い閃光が幾重に輝き発射される。

瞬きする余裕もなく第二斉射が始まる。

このような砲門が戦列艦配置の戦闘艦の課題は建造史以来砲戦方向とは逆舷側の未使用砲の有効活用で、そこで技術的にそれを解決したのがレーザー光弾に誘導性を持たせて弾道を曲げるという荒業である。

まもなく指定座標での着弾炎を複数回確認、両舷合わせて100門以上、まさに光のカーテンと言える光景である。

 

『雷撃戦用意!』

『光子魚雷照準修正!』

『発射!』

 

加速用ロケットモーターで発射管から照準位置まで誘導された光子魚雷は使用済みのロケットモーターを脱ぎ捨て、彗星のように光子の尾を引きながら目標に直進していく。

十何もの直撃、衛星規模の星なら一撃必殺の雷撃戦でそれは確かに直撃したのだ。

 

『…じ、重力歪影健在!』

『ブラックホールでも相手にしてるのか!?』

『光弾!来ます!』

『フルパワーで転舵しろ!』

 

光子魚雷より速い!エンジンが悲鳴をあげながら舵が効くその瞬間まで酷くスローモーションに見えた。

操艦のスティックは既に目一杯歪むほど引き続けている。

乗っている艦が実はとんでもなく大型の満載貨物船なのかと思えてしまうほど、汗を拭う隙もない。

 

衝撃波

 

足が床から離れるほどの揺れ、まだ艦橋に空気はある。

急いで状況を立て直す。

 

『被害報告!』

『至近弾!下部レーザー数十門のレンズを持っていかれました!』

『バカな!至近弾の衝撃波でこの威力だと!?』

 

本当に何を相手にしているのか、巡洋艦ララバイの艦長はもはや自分の常識を疑っていた。

 

 

 

 

 

 

「痛い!」

 

逃げるようにクッションやブランケットに頭を擦り付けても一向に良くなる気配は無い、ワープアウトし亜空間から抜けた瞬間に襲いかかってきた、五感をネジ切られたように脳の処理が追いつかない。

視界の隅に荷積みと甲板長の姿を確認しても助けての声が出ないほどに。

汗が出ているのか出ていないのかすらわからない、恐らくこの痛みで泣いてはいるだろうか。

頭を床に何度も打ち付ける、果たして自分はちゃんと息をしているか。

船長から言われた電脳クジラとの相性の良さという才能の結果がこれならば、自分の才能をどれほど恨めば良いだろうか。

 

「サザンさん!サザンクロスさん!」

「クーちゃんどうした!?とにかく医務室へ!」

「承知しました!」

「もしもしブリッジ!?…クソッタレ!ブリッジにひとっ走りだ!」

 

もはや船内電話は観察窓との連絡で手一杯、甲板長は荷積みたちに現場を任せる判断を下した。

 

「左下方からタンカーが急上昇してきます!」

「光弾!」

「コダマ!言う事を聞きやがれぇー!」

 

数発の光弾、直後、下方のタンカーが真っ二つに破れる。

爆発炎に押し上げられ、そして衝撃でブリッジに甲板長が飛び込んでくる。

 

「船長!クーちゃんが急患だ!」

「なんだと!?」

「じゃあ誰がコダマ号を落ち着かせられるんだよ!?」

「航海長手伝ってくれ!手がつりそうだ!」

 

全員がもはや天地無用のあべこべしたデタラメな配置で懸命に己の使命を全うしようとする。

船団内で整理を行うマシーン兵器などもはや無意味に等しかった。

前へ出て盾になろうとする宇宙軍も被弾する一方で決定打を叩き込めた様子が見えない、先程からずっと一斉射撃と雷撃戦をしているからだ。

 

『戦艦サントリーニ爆沈!』

『脱出艇確認出来ず!司令部の所在不明!』

『指揮系統は戦艦マンハッタンが引き継ぐ!』

 

「戦艦が沈むぞ!」

「しかたねぇ!ワープだ!」

「船長!?ほ、方角は!?」

「ここを出れるならもうどこでもいい!!」

「もしもし!手空きの荷積みはエンジンルームへ!ワープ準備だ!チェックリストは五番の棚!ワシも今から向かう!」

『こちらバスターマシンシエンドス!援護する!』

「ありがたい!」

 

対空射撃をしながらバスターマシンが接近する。

外側の船から順にワープで指定座標へ緊急離脱させていると説明がされる。

いつもなら自動で入力してくれる電脳クジラは今混乱の真っ最中だ、航海長が必死の手動操作で入力を始めた。

 

「一体何と戦っているんだ!?」

『わからない!四方八方から撃ち込まれてる!』

「囲まれてるのか!?」

 

 

 

 

 

 

「ダメ、ブリッジに…」

「サザンさんいい加減にしてください!その体調では無理です!医務室へ!」

「だって、」

 

「だって、みんな包囲されてるって知らせないと」

 

荷積みのアンドロイドがアイコンタクトで使いを一人出す、廊下の向こうに甲板長が見えた。

すれ違ったアンドロイドが何かを伝え、お互いに大声で合図を送り合いまた廊下に消えていく。

三人掛りで抱えられ医務室への通路を急ぐ、揺れる船内で壁に当たらないように気を使ってくれていた。

 

あ、

 

何か電流のような感覚、ほんの一瞬で、でもはっきりとそれは伝わった。

 

「みんな、逃げて!」

 

強い衝撃波と共に廊下は無音になる、アンドロイドたちは瞬時に手信号に切り替わる。

予想しうる最悪な事態、この通路の空気が無い。

そしてその破孔は目の前に。

船内廊下に配置されている酸素マスクや防護服を急いでかき集める。

長時間無防備で宇宙空間に触れるのは生身の人間にとって禁忌なのだ。

 

『なぜ…?』

(呼ばれてるの…?)

 

そのモヤは亀裂の向こう側から覗き込んでいた。

まるでそこにいる何かを見て欲しそうに。

 

「バスター、マシン…」

(サザンさん!?)

(動いてる…)

 

「助けなきゃ…」

 

頭部と肩部を船体にめり込ませて沈黙するバスターマシンに近付く、何よりこんな不安定な物体がある状態でワープは推奨されていないためダメコンの荷積みたちが集まってくる。

みんな信じられない物を見るような目で私を見てる。

 

ダメコン班の助けの下、バスターマシンの上を歩いていく、バイザーの向こう側にある大きな目がずっと私を追っている。

遠くで艦隊が戦っているのが見える、光弾が様々な方角から船団へ撃ち込まれている。

急いでコックピットを開けて気絶しているパイロットを船内に救助するつもりだった。

だがよく良く考えれば自分はバスターマシンという物を初めて見る、その構造がわかるわけがなかった。

 

「どうしたらいい…?」

 

モヤは私の先にいる。

ゆっくりとバスターマシンの頭部を指し、モヤは晴れた。

その大きな目はまだ私を見ている。

 

バスターマシンの胸部に立てば船の全景が見える。

前方のブリッジに後方のエンジン、亀裂の中では鉄パイプや鉄板などで応急処置が始まっていた。

ブリッジが大騒ぎしているのが見えた、早く済ませて船内へ戻らないと、焦りを感じる。

そして何より自分がなぜ宇宙空間でも平気なのかわからなかった。

 

「アナタならわかる?」

 

物言わぬ無機物の構造物はその視線をゆっくりと胸部に。

 

「…お願い、開けて?」

 

巨大な倉庫の重い扉のように、グッと胸部の装甲が持ち上がる。

中から差し出されたのは沈黙している球形コックピットだった。

 

どうすればいい?と聞いてみれば、ゆっくりと大きな手が頭上を通り過ぎて指し示す。

緊急のノブが見える、安全ピンを抜いて回す、だが一人ではビクともしなかった。

アンドロイドに手信号を送る、びっくりした様子で手信号が返ってくると三人が応援に駆けつけてくれた。

 

アンドロイド二人掛りでノブを下げると凄まじい閃光、どうやらコックピットのロックハッチが爆砕ボルトで吹き飛ぶ仕組みのようだ。

急いでスーツに包まれたパイロットを担ぎ出し船内へ搬送されていく。

フラフラした体を支えてくれたアンドロイドに促されて船内へ戻ろうとすると大きな影が通り過ぎた。

 

『バスターマシンがパイロット以外に意志を開くなんて珍しい物が見れたわ』

 

大きな噴射が嵐の夜のように襲いかかってきた、幸いにも支えてくれたアンドロイドがしっかり私を受け止めている。

失礼失礼!と声が聞こえた方を見れば、女の子の顔がそこにはあった。

いや、女の子の顔に似ていると言えばいいのか、艦隊で活動しているバスターマシンとはまた違った印象のマシンがそこに浮いていた。

 

『そう、聞こえるのね?』

「え…」

『試しに、そこのコックピットに入ってみなさいよ』

 

何を言ってるのか、そのツギハギのような、または包帯が沢山巻かれているような華奢なマシンはやがてその場を離れていく。

一体なんだったのか、アンドロイドにも早く船内に入りましょうと肩を支えられる。

 

大きな目はまた私を見ていた。

 

「…乗せてくれる?」

 

大きな目はゆっくりと瞬きを返してくれた。

頭上に大きな影が出来るのを見ればバスターマシンの手がこちらに迫る。

船体が軋み、バスターマシン自身がそれを脱しようとしていた。

手に掴まれた私達は一直線にコックピットの前に誘導される。

不安げに振り返りアンドロイドを見ればついて行きますとアイコンタクトを返してくれた。

 

 

 

 

 

 

 

「初めて見ました…」

「私も…」

 

しかしコックピットに入っても何をすればいいのか、そんなマニュアルが都合よく目の前にあるはずもなく戸惑う。

腰を固定するための小さな椅子と、よくわからないアームみたいな機械類、初めて船で働いた時の感覚が蘇る。

 

でも、それは確かに伝わってきた。

 

「わかった、やってみる…」

「わかるのですか!?」

「バスターマシンが教えてくれる」

 

ベルトで座席に体を固定し、足や手に操作アームを握る。

ぽっかりと穴の空いたコックピットの外を見てみれば大きな目は私に応えてくれた。

 

『トップレス反応が無いのに動いてる、まさか本当に縮退炉だけで…?でもあのシリーズはまだ相互運転のはず…なんにせよ、面白いわね』

 

先程の声だ、何かをずっとブツブツ呟いている。

どこにいるのか探してみるともう既に艦隊に合流していたようだ。

不思議な感覚が伝わってくる。

 

(振動…?複数の?囲まれている感覚が消えていく…)

 

『戦艦マンハッタン大破!航行可能!』

『艦隊!電装回復!』

『重力歪影が消えています!』

『複数の商船が別の座標に脱出!現在船団の凡そ8割に被害!』

『まずは陣形を立て直す!巡洋艦は船団へ急行せよ!』

『先程の戦闘で巡洋艦1隻、ラランドが轟沈!2隻中破!水雷突撃したララバイが大破!動力を喪失しています!現在再始動中!』

 

『重力震反応!!』

 

増援の味方か!誰もがそんな希望を抱く。

しかし識別信号は無し、それはほとんどの確率で敵を意味していた。

 

『報告と我々の状況が一致している…』

『れ、レーダーに小惑星帯が!?』

『小惑星帯がワープアウトするか!残存戦力を集結させろ!』

『残存戦力、巡洋艦2!マシーン兵器17!バスターマシン2!…いや、3!?』

『こちらトップレス戦隊のハルナンバー92、加勢するわ!』

『内地の戦隊が何故ここに、いや、加勢感謝する!』

 

『戦艦マンハッタンは船団まで下がって援護を!』

『待て!指揮権の移譲は行ってない!』

『宇宙軍の許可証はある、つべこべ言わずに行動して!』

 

大きな黒い群、それは確かに小惑星帯のように見えた。

船団でも状況が回復し始めており、戦艦の指揮の下、接近する暗礁を回避するための転舵が行われようとしていた。

真っ先に接敵するのは未だ沈黙している巡洋艦ララバイ、そして船団の前方に集結しつつある残存戦力はこれに急行する

 

『巡洋艦は前に出て!マシーン兵器はララバイに取り付いて対空射撃!バスターマシンは私について来て!』

『バスターマシンシエンドスのパイロット識別が不明です!』

『動いてるだけでも御の字よ!援護射撃して!』

 

真っ直ぐ飛ぶだけでも精一杯、宇宙空間での戦闘起動など出来るはずがなかった。

しかしそれでもバスターマシンは話しかけてくれた、ならばそれに従ってみるのみ。

 

上下左右、どこから来るか、優先目標はどれか。

 

「縮退炉の運転、勉強しておけばよかった…」

「縮退炉は私に任せて、サザンさんは操縦に集中してください」

 

有視界戦闘で酔いそうな脳みそを必死に誤魔化す。

商船の感覚とは違い、少し動かすだけでも大きく反応してしまう。

上手く泳げない、感覚としてはそれが近いのか、バスターマシンに宥められながら慎重に動かす。

 

『信じられん、予科練すら出てない民間が…』

『ダメね切っても切っても小惑星だわ!一体どんな方法でこれだけの量を…!』

 

「そっちじゃない」

『ちょっと!?どこ行く気よ!?』

 

 

 

 

 

 

まともに航行出来る船がほとんど無い、船団を指揮する戦艦マンハッタンの電脳クジラは難しい判断を迫られていた。

接近する謎の小惑星帯、言ってみれば暗礁その物がこちらに向かって進んできているような状況、自身の艦体もボロボロでありダメージコントロールの真っ最中だ。

まだ速度が出せる船舶へ前に出るように促す、自身は船団の殿へ移動する。

ふと、何かに見られているそんな感覚がセンサーから読み取れた。

あの遥か斜め前方のレーダーに反応がない空間に何かが居るのだろうか?この不気味な不確定情報を誰に伝えればいいだろうか?

 

「そっちじゃない」

 

声が流れてくる、そう、その方角に不気味な反応がある。

バスターマシンシエンドス、司令部と共に沈んだ盟友が載せていた機体。

 

『本艦の電脳クジラが反応!バスターマシンシエンドス作戦区外へ逸脱しています!』

『呼び戻せ!』

『電脳クジラが拒否しました!』

『操艦優先権が電脳クジラに!』

『…!レーダー手!画面から絶対に目を離すな!艦内の復旧作業急がせろ!』

 

『一体何者だ?電脳クジラも味方に付けるとは、とんだビギナーズラックだ…!』

 

まもなく戦艦マンハッタンはその痛々しい艦体をゆっくりと変針させ、残っているエンジンで懸命な加速が始まる。

前方宙域に障害無し、一筋の不格好な飛び方をする流星を追いかけ、老齢艦は進む。

 

『全砲門準備!』

『ピンガー、照明弾は絶やすな!』

『報告じゃ小惑星帯が出現した後に半壊状態の船団が襲われる』

『バスターマシン発砲!』

『来ましたね』

『レーダーに影!これは、彗星…!?』

『彗星がお利口に単縦陣を組むか!全砲門開け!援護する!』

『三列の単縦陣が突撃してきます!』

『こっちは片肺のバスターマシンと満身創痍の戦艦だ、お手柔らかに頼む…!』

 

戦艦からの対空射撃が始まるとソレの単縦陣は明らかに動揺した軌道を見せた、まるで探知されていないのを前提とした堂々とした突撃、だからなのか。

小惑星だと思われていたソレは徐々にその姿を明かす、岩石質の表層にひび割れが広がる。

大きなハサミのような腕、宇宙空間での活動を前提としているのか黒く鱗状の皮膚が見え隠れする。

 

『おぉ!?』

『なんだありゃ!?』

『し、システムの新種か!?』

 

やがて岩石質の隙間から髪のようなものが伸び、恐らく何かしらの器官だろうか?脈動するものからただエーテルに漂うものまで、禍々しくなるその姿にもはや恐怖を飛び越えた先の物を感じてしまう。

綺麗に三列に揃った単縦陣はバスターマシンの対空射撃を掻い潜り、目標を戦艦へと定めた。

 

『レコーダーさえ無事ならこのデータは残るぞ』

『恐らくそれも想定しての事でしょう、我々が標的です』

『最後に単艦とはいえ艦隊戦をやらせてくれるとはな、受けて立つ!!』

 

艦隊勤務する軍人誰しも自分がそこに立つのを望む、窮地とは言えどそのチャンスが目の前に転がり込んできたのだ。

艦橋の誰しもが顔を引き締め、この舞台で踊り狂ってやるという狂気を見せてくれる。

 

『全砲門対空射から対艦一斉射に切り替えろ!』

『了解!』

『まずは先頭の三つを仕留める!艦首エーテル磁界閉鎖型荷電粒子砲準備!』

『磁界コイル作動開始!』

『コンデンサー蓄電!』

『全砲門照準良し!』

『左砲戦!撃ぇー!』

 

対空射撃とは比べ物にならない出力のビームが撃ち込まれる。

先頭を行く3つの目標に寸分の狂いなく叩き込まれた。

 

『敵の陣形が乱れます!』

『転舵!』

『艦首砲エネルギー充填90%!』

『取り舵一杯!』

『充填100%!』

『まだだ!相対軌道に乗せろ!一撃でまとめて仕留めてやる!』

『敵との距離がまもなく危険距離になります!砲身の安全装置が作動しかねません!』

『充填120%!!』

『構うもんか!!』

 

六角ボルトのような形の艦首開口部に青い光が爆ぜる。

砲身圧力のギリギリまで充填されたエネルギーが解き放たれた。

しかし、艦体の中央を貫くように設置されている加速砲身にこのような圧力を掛けるのは本来御法度である。

なので、その分の無理はどうしても影響出てしまうのだ。

 

『艦内第5区画火災!』

『同じく隣接の区画でも消火センサーが作動してます!』

『右舷の複数のエンジン出力が下がります!』

『エーテルエンジン炉心外殻破損!』

『縮退炉緊急非常停止!』

『ダメです!復旧間に合いません!動力喪失します!!』

『ダメコン班既に手一杯です!』

『補機運転準備!!』

『了解!補機運転準備!』

『両舷前進微速!』

 

補機は主に主機であるエーテルエンジンや縮退炉の始動用エネルギーを作るための機関なので艦を動かす出力としては圧倒的に足りない、そこで旧来の技術でその低い出力をカバーする。

推進剤を電気で噴射する非常用電気推進機関が通電、エーテルエンジンと同じく淡い青色の放電の光が輝く。

それでも大出力を誇る主機などには敵うはずもなく、しかしゆっくりと戦艦の巨体を押し進める。

 

『電源、再通電!艦内は非常灯へ切り替わります!』

『ドップラーエフェクト晴れます、レーダー回復!』

『敵残存!単縦陣1!総数6!』

『この短い時間で立て直したのか、大したもんだ…!』

『艦長、これ以上は二射分が限界です』

『一撃あれば十分だ、砲戦用意!』

 

宇宙空間において艦隊同士の砲戦時間は短い、それは同航戦でも無い限りとんでもない速度ですれ違うからだ。

しかし現在戦艦はほぼ動力喪失、そして敵はどんな手品か宇宙空間を縦横無尽に機動している。

こちらは待ち構えるのみ、相手はこちらに飛んでくるのだ。

照準良し、砲門は開かれた。

 

『副砲を二〜三発叩き込んで誘い込め!』

『後方!光弾!!』

 

ーしまったー

 

艦橋に張り詰めたのはほとんどがこの感情であろう。

双眼鏡で艦橋の全周スクリーンに映された一筋の閃光をただ報告するしか無い、操縦桿が捻られるが、誰もがもう間に合わないと覚悟する。

 

『バスタァァァァ!!』

 

赤熱に発光したそれは、やがて舷側のギリギリを掠めて過ぎ去る。

操艦席に視線が集まってみれば、彼は違うと言わんばかりに今だに変針中の表示を指し示す。

 

『ビィィィィム!!』

 

敵の先頭に直撃!しかし威力不足だ。

三分の一をえぐり取ったのみ、しかしこの外傷で減速した先頭に後続の二つが追突した。

残り三つは回避行動に入る。

 

ある意味でこの行動は正解であり

 

「ハァハァ…、間に合った!」

「サザンさん意外と声出るのですね…」

 

あるいは、間違いだった

 

『撃ぇー!!』

 

何より、待ち構えていた罠が目の前に迫っていたからだ。

あっという間に二つ消し飛んだ。

 

数の不利を悟ったのか、残った1つは衝突した3つの中から無事な2つの牽引を始める。

一刻も早く、火器の射程の外へ逃げようとしていた。

戦艦は満身創痍で追い付かない、バスターマシンも何故か全力運転が出来ない今の状況は千載一遇のチャンスでもあった。

何かを目指すように、それの加速は続いていた。

 

『待ちなさい!全く、漸く巡洋艦たちも追い付いたわ!』

『無茶だ!復旧の目処も立ってないんだ!』

『巡洋艦は戦艦の援護!』

『話を聞け!!』

『私はアレを追いかける、シエンドスのパイロット!着いてきて!』

 

煙を吐きながら巡洋艦たちが戦艦の横へ整列を始める。

その傍を掠めるように、轟音と共に蒼い閃光を撒き散らしながらそのマシンは飛び去ろうとした。

慌てて操縦桿を操作し着いていこうとする。

まだ上手く飛べていない、だが離されるよりはマシだ。

 

『救援の艦隊が来る、その前にアレを仕留めるわ!援護して!』

 

区切りながら発砲する。

戦艦を援護していた時に撃ちすぎたのか残弾が少なくなってきた。

 

電流が流れるような感覚

 

「…何か来る」

 

再び視線のようなものを感じた。

その瞬間に画面のメーターもそれに反応する。

 

『重力震反応…!?』

「下がって!」

『ゥグッ!?』

 

固定用のワイヤーを射出し無理やり引っ掛けて急制動を行う、まるでガラスが割れたように宇宙空間が砕け、それは飛び出してきた。

 

『何よ…、これ…』

『なんだあれは!?』

「大きい…!」

 

まるで龍の骨格標本かのような巨大な何かが通り過ぎていく。

離脱を図る3つの塊はそれの表面にしっかりしがみつく、何かを撒き散らしながら再びそれは動き始めた。

 

『逃げる気!?』

『ダメです!推進の復旧が間に合っていません!』

『我々艦隊は追撃出来ない!』

『爆雷を撒き散らしてるわ!みんな下がって!』

「もう残弾が…」

『シエンドスは巡洋艦と合流せよ!』

『クソッ!爆雷が邪魔で…!届かない!!』

 

何とか追撃を行おうとするが三角錐の物体に阻まれ中々進めないようだ。

衝撃を加えると爆発するのか迂闊に手が出ない。

青い噴煙を吹きながら、それはやがて亜空間の白い環の中へ消えて行った。

 

何も無い、静粛な無線、嘘みたいな凪の宇宙空間。

まるで悪夢でも見ていたような、冷たい汗を、全ての人がそれの立ち去った方角を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

「船団、再集結しました。」

「被害は?」

「座礁船が多く、動ける船は指で数える程度しか残っていません。」

「離脱は?」

「6隻ほど単独ワープを行い行方不明です。」

「わかったご苦労、機関部はどうなった?」

「残念ながらかろうじて片肺ならば運転出来ます。」

「巡洋艦は?」

「機関部の復旧を最優先で進めています。2日あれば全力運転出来ると伺っています。」

 

「…どう思う、ハルナンバー92の大佐」

 

包帯で腕と額を巻かれた指揮官はパイプ椅子に座っているその子を問いかけた。

足を組んで難しい顔をしていたその子は少しばかり貧乏ゆすりをした後、口を開く。

 

「これまでの失踪の報告を考えれば、救援の艦隊が間に合ってここへ合流出来たという意味では、''勝った''のでは無いでしょうか」

「…手厳しいな」

「この子の機転が無かったら、私達は背後から全部なで斬りされていたわ」

 

目で指される、人を射抜くような鋭い目線に、そしてほかの多数の目線もゆっくりと感じた。

 

「……!、勝手に乗り込み申し訳ありませんでした」

「サザンクロスさん、我々は感謝している。問題は君がなぜあの方角へ向かおうと思ったのかについて聞きたい。」

「なぜ、でしょうか…」

 

感覚と言えば簡単だが、その感覚が一体なんだったのか。

 

「…何かに、見られていると私は感じました」

「あのねぇ…、私にワイヤーを引っ掛けた時もその感覚だったわけ?」

「はい」

 

不機嫌な目線が通り抜けていく、その腰に巻かれた包帯を恨めしそうに撫でながらため息を吐いていた。

 

「ハルナン…「私の名前はハルナンバーじゃなくてシーニュよ」

「…シーニュ大佐、パイロットとしての意見はどうですか?」

「………」

 

また視線に射抜かれる。

 

「電脳クジラといい、''勘''としては打率が高すぎるわ。もしその感覚が本物なら…」

 

貧乏ゆすり。

 

「…、今すぐ予科練にぶち込んだ方が良いわね」

「ちょっと待て!!!」

 

ガッシャーンと椅子がひっくり返る音とともに、後ろに控えていた甲板長が息を切らす。

 

「黙って聞いてりゃうちのもんを引き抜きするつもりか!?」

「スカウトと言って欲しいわね、あなた達もわかってるんでしょ、この子の才能」

「あぁ!?」

「決定事項じゃないわ、候補の1つとしてあなたに進言するの」

「クーちゃん軍隊だからって臆するな!嫌ならNOって言っちまえ!」

 

「…よく、わからない」

 

気前のいい艦隊司令の笑い声と共に会議は一旦終わった。

この後は軍人のみの会議を行いその間に商船の方でも今後の行動を確認、再び合同の会議を行って決定する。

 

船団に連絡艇で帰ると被害が軽い船の船長たちが集まっていた。

船団でも今は突貫工事が進められており、主に離礁作業と機関部の復旧を優先している。

また離礁作業でも復旧が可能な船か選別作業が行われていた。

 

「船長!軍のヤツらクーちゃんを口説くつもりですぜ!!」

 

貰った資料をぶっきらぼうに机に放りながら未だ不機嫌な甲板長に視線が集まる。

おっと失礼…、と周りの船長に会釈をして挨拶しながら部屋から出ていく。

 

「サザン、こっちへ」

 

船長が手招きをする。

会議の机を照らす照明はいくつか壊れているのか光り方がまばらだ。

机のそばまでやってくると皆堅苦しい表情から一転する。

 

「礼を言うよ」

 

恐らく1番歳を取っているであろう髭の多い船長が頭を下げる。

それに続くように、ほかの船長たちも。

 

「…恐れ多いです」

「いいさいいさ、ここにいる皆話は聞いている、良い船員を持ちましたなジェームスさん」

「えぇ、とても優秀です。」

 

肩に手を置かれ、一人一人船長を紹介してくれた。

握手してくれる人、賛辞を送ってくれる人、お菓子をくれた人。

やがて一騒ぎが終わると船長たちが隅の方で個々に話し合いを始めていたのが見えた。

 

「軽傷なのはたった4隻だ。」

「やはり軍の工作艦と行動した方がいいのではないだろうか…」

「救難ビーコンも確認しないと」

「積荷の確認作業もまださ」

 

さっきまで明るかった人達はどこにも居なかった。

私の周りだけがライトアップされたように、明るく振舞ってくれている。

 

「…皆さん、会議は?」

「心配するなサザン、皆船乗りだ」

 

肩に乗せられた手に力が篭もる。

 

 

 

 

 

 

船長室へ通される。

会議は無事に進み、現在は艦隊からの返信を待っていた。

窓の外を見れば恐らく何キロもある巨体の工作艦と列を成す船団の姿が見えた。

 

「…この手紙、返事はどうするつもりだ」

 

透明な樹脂でコーティングされた電子チップ、ボタンを押すとホログラムで文章が浮かび上がる。

予科練への推薦状、連絡艇に乗る直前に艦隊のお偉いさんの1人が持たせてくれたものだ。

何も分からずに受けとったが、艇内で甲板長に確認してみれば顔がみるみる赤くなったのを思い出す。

 

そして、今は船長がそれを眺めて、少し悲しそうな顔をしている。

 

私はどの選択をすればいいのだろうか?

 

 

 

 

 

 

「…わかりません」

 

 

 

 

 

 

宇宙軍、船乗りだから名前は良く船長から聞いた。

宇宙軍、今回の航海で初めて見た。

 

でも、なんでこんなにも頭の中がザワザワしているの?

 

『なぜ…?』

 

モヤは船長の背後に、窓の外を眺めて。

あなたが求めている答えはどこ?

 

あなたの求めている答えは本当にそこにある?

 

 

 

 

 

 

「これが内地の火星艦隊の古いデータにあった資料です。」

「…そっくりじゃないか」

「現在オリオン腕諸各国との外交でもこの資料の価値は高いものだと思われます。」

「やはり目撃例はどこもトップシークレットか、それで、これの正体は何なのかね?」

「まだサルベージされたばかりで、本土の機関で言語解読を進めています。」

 

「あの旧い艦隊も役に立つのね…」

 

会議室の入口に立つその人物に注目が集まった。

 

「シーニュさん、練習艦隊もキチンとした艦隊だ、不必要な艦隊など存在しない」

「わかっているわ、でもいつまで使うつもりのあの旧い艦…」

「火星管区が決めたんだ、シーニュさんの方が管区が近いのでは?」

 

あの練習艦隊の出身で同じ管区よ、

意見を上げても却下され続けて話にならなかったわ。

思わず心の中で愚痴がこぼれる。

あの頃の不満が再び心の中で渦を巻き始めた。

 

「それで、解読はどれくらいかかるのよ」

「早くて数年かと。」

「そう…、ワープ1回分ね…」

 

ポケットが振動する。着信だ。

知らない電話番号からかかっている。

 

「それでは失礼します司令部の皆さん」

 

また会議室がザワザワと議論が始まるのを聞き流し、携帯を取る。

 

『……』

「………」

『……』

「………え???」

 

無言、広告電話なのかと思い切ろうかと考える。

 

『…サイエンス大佐でしょうか?』

「あーびっくりした、シーニュでいいわ」

『手紙の件、考えてみました』

『このお話を、受けようと思います』

「そう、わかったわ。ちょうどいいから貴方の船で寝てるパイロットと一緒に行きなさい」

『お伝えしておきます』

 

おそらく後で抗議の電話が入ってくると予想し、格納庫へ足早に移動する。

ハルナンバー92、遠い遠い昔から受け継がれてきた歴戦のバスターマシン、もうオリジナルの修復パーツは無く、その世代その世代で作られたパーツで形を保つそれは、用意された自室よりも心が落ち着いた。

 

まだ、聞こえる。

 

大丈夫、きっと見つける。

 

自己暗示にも似たそれはもはやルーティーンのようなものだ。

ヘッドホンを耳にかける、指でリズムを作る。

コックピットのスクリーンが揺らめく、どうやら傍を電脳クジラが通り過ぎたらしい。

艦隊はまだ動いてないはずなので恐らく艦内の見回り中だろうか?

 

しばらく経つとバスターマシンがピリと反応する。

襲撃では無いようだが、電脳クジラもまた顔を出してきた。

外部カメラの映像が共有され、何かがこの艦に飛んで来るのが見えた。

格納庫も騒がしくなり誘導員が持ち場に着く。

 

バスターマシン・シエンドス、まだ不調気味なのか着艦体勢がやや不安定だ。

波長を見ると今度は相互運転を行っている。

つまり本来のパイロットがキチンと乗っている。

青く輝くスラスターと、誘導灯が点滅する。

最終進入角度、エアロックのチェックで信号灯が点灯。

 

「腕は良いわね…」

 

エアロックが閉まると格納庫の方への運搬が始まる。

真空になった通路へ空気を再充填し固定したバスターマシンをエレベーターでスライドさせる。

やや離れた位置に固定されたバスターマシン、コックピットが開放されると2人組が飛び出した。

飛び出したというより1人引っ張られている。

 

もう既に頭の中で予想は出来た。

 

『あーもう!二度とあそこには戻りたくないのにぃ〜!』

『わっ、わわっ…』

『お願いサザンさん!説得してくれない!?』

『え、え…?』

 

忙しなく通路に消えていく、電脳クジラはずっとこっちを見ている。

仕方がない、ヘッドホンを降ろし、スクリーンを少し操作する。

それを見届けたように電脳クジラはまた電子の海へ潜って行った。

 

「…あーあ、忙しくなりそうね」

 

既に先程までの賑やかな格納庫ではなく、静まり返ったその空間を、

 

やけに埃っぽい廊下の長い通路、

カツーン…カツーン…と、硬い靴が金属製の床を踏みしめてその廊下の先へ。

 





『神さまを見たことは、たぶんないと思う』






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