Albatross   作:名雲

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縁を繋ぐ飛べない鳥








ヒクイドリ

『バスターマシンへ!援護を求む!!』

 

戦況は一方的だった。

目の前の商船の援護を行っていると定型文のようにひたすら同じ内容の無線が脳ミソを叩く。

ワープ前に不明物体への対処のために発進し、着艦して収容作業を行っていた最中に再び発進命令、

途中まで終わらせていた作業は全て中止してまた発進の確認を行い慌ただしく飛ぶ。

眼下に広がる乱れた船団をマシーン兵器と整理して立て直さなければならなかった。

超能力をバスターマシン経由で発動し、形成した重力アンカーで船を引っ張る。

それと同時に船団へ撃ち込まれてくる光弾へも対処しなければならなかった。

スクリーンに映し出された敵の発射予測点へバスターミサイルを撃ち込みながら対空砲もばら撒く。

 

「援護援護って…!バスターマシンは2機しか無いのに!?もう持たない…!!キャァァァッ!?」

『シエンドスに直撃弾!』

『どこだ!?こっちからは見えない!』

『シエントレスが確認に向かいます!』

 

自分に起こっていることが全て他人事のように、何もかもが遠くに見える意識の位置、皮膚を伝う冷たさがハッキリ訴えかけてくる。

スクリーンは砂嵐が走り、無線も雑音が酷く鼓膜を蹴っている。

 

声が聞こえる

 

どんな状況も切り抜けてきた、心配はいらない。

バスターマシンの状態をチェックする。

装甲の表面に損傷の可能性がある表示以外ほとんど機能は死んでいない。

電子脳も一時的なノックアウト状態で直ぐに目を覚ました。

 

どうやらさっきまで引っ張っていた商船に頭から突っ込んでいる。

離脱するために操作をしようとする。

しかしいくらバスターマシンが無事でも、パイロットがその限りでは無い。

おかしい、何度も操作を行っている''つもり''なのに、視界は狭くなる一方でバスターマシンは動こうとしない。

 

「ウ…ァ……」

 

こえが、でない…?

 

『シエンドス!シエンドス応答しろ!商船に突き刺さっているぞ!』

『ダメだ!衝撃をモロに食ったか応答が無い!』

『操船不能!操船不能!加熱でスラスターが吹っ飛ぶぞ!!』

 

大丈夫よ、待って、今行く!

 

 

 

 

 

 

『…お願い、開けて?』

 

 

 

 

 

 

気が付けばスクリーンに、誰か立っている。

振動が伝わってくる。コックピットのスクリーンがシャットダウンする。

まずい、コックピットが機外へ出ている、どうして。

ガイドレールに固定された強めの振動がこれを肯定した。

ここはハンガーじゃない、宇宙空間、なのになんでこのシーケンスが作動しているのか分からなかった。

 

非常にまずい。コックピット外壁から伝わってくる音は緊急開閉レバーを操作している音。

途切れ途切れの意識の中で胸のネクタイを引っ張りプロテクターを作動させる。

瞬時に膨らんだそれは頭部を包み込み簡易的な宇宙服のヘルメットの役割を果たす。

その展開での衝撃、意識はそこで手放した。

 

 

 

 

 

 

「知らない天井…」

「良かった、意識が戻ったようですね」

 

思うように動かない体、景色がぼやけて見える意識、声の方向へ目線を向けてみれば商船のアンドロイドが手当をしてくれていた。

 

「ここは…?」

 

ズキズキとした神経の主張が脳みそに入ってきた。

まるでさっきまでの無線のように、頭痛がする。

体を起こそうとしたがアンドロイドに止められ、医療ベットの昇降操作をして起こしてくれた。

 

「ここはコダマ号、あなたはバスターマシンのコックピットから降ろされて、ここに運び込まれました」

「あ、みんなは!?バスターマシ…イィッ!!?」

「無理をしないでください、首を強く捻っているようです。少し安静に」

 

捲った布団を優しく戻される。

体のあっちこっちに圧迫感を感じる。これはきっと包帯だ。

そして首には固定用のクッションが巻かれている。

 

「艦隊は?艦隊はどうなったの…?」

「犠牲は出ましたが、何とか救援の艦隊が駆け付けてくれたところです」

 

ほら、と指さされた先にある小さな窓を見た。

特徴的な星間材質による赤い装甲、そして現在の1000m未満の艦隊と比べた圧倒的な5500mの威容、

本国に居る大型艦と比べれば幾分か小さいがそれでも超々長距離を単独で跳べる大型の機関部を持つ。

 

「ダイバスター級…」

 

システム群の一艦級の1つ、大きさで言えばシステム群の中でも大型であり、宇宙戦艦のように艦載能力もある上それを支える兵站システムも充実している。

離礁した商船が小型のシステム達に曳航され、近くに繋留されている。

現在の宇宙軍艦艇のおよそ六割がこれらのシステム群で構成、中には無人の艦隊も存在する。

 

「失礼します」

「おや、サザンさん、船長とのお話は終わりましたか?」

「はい」

「そうですか。その様子ですと、この船も寂しくなりますね…」

「…船長は、いつでも戻ってきて良いと」

「えぇ、それはもちろん。甲板長もお喜びになると思います」

 

部屋の中にセーラー服の女の子が入ってきた。

何やらアンドロイドと会話をしているが、そんなのが気にならないほどに安堵に包まれていた。

とにもかくにも、自分たちは助かった。

意識はようやくその事実を認め始めると、窓の外にいる増援の艦隊がその結果を証明していた。

そして、その後のことを考えるのが億劫だった。

墜落した自分は、果たしてどう報告書を書いたものか?

一体このザマを見て誰が評価するのか?

 

もし駆け付けたのが教導艦隊だったら?

 

脳裏に一番最悪な予感が浮かんだ、教導艦隊がこの姿を見たら間違いなく水兵からやり直しだ。

それも艦砲のレンズ磨きをするようなタイプ、それを考えただけでも指先が震えている。

この指先の震えが怪我に起因するものだったならばどれほど良かったことか、脳はその先の思考を放棄するように、枕の海へ後頭部を沈めていく。

 

「すみません、少しいいですか」

 

視界の隅にあのセーラー服の女の子が見える。

体ごと視界を向け、上から下まで観察する。

 

「なに?」

「あなたが、ムラノさんですか?」

「そう、だけど?」

 

陶器のように綺麗な肌、整った顔とその瞳が私を見ていた。

天は二物を与えずとはよく言ったもので、目の前にいるセーラー服の女の子は黙っていればまるで人形のように整っていた。

 

「ムラノさんにメッセージを届けて欲しいと預かりました」

 

プラスチックのカードが胸ポケットから取り出され目の前に差し出される。

酷く嫌な予感がした。

 

「ありがとう、もう少し寝たら艦隊に帰るね」

「はい、よろしくお願いします」

 

年貢の納め時だ、何もかも脱力してそのカードの封を切った。

ホログラムが展開し文章が映し出される。

とにかくまずは気になる単語があるか無いか探す。

 

「うわー…良かった、教導の二文字は無さそう」

 

脱力していた体に再び力が戻ってきた。

きっとまだチャンスはある。

 

「…ハルナンバー92?嘘、内地の戦隊じゃん」

 

もっと嫌な単語が見つかった。

 

 

 

 

 

 

臨時の桟橋が仮説された通路、傷付いたガラスの窓のその先を眺める。

接岸時に使う連絡橋を改造して作られたそれの先に係留されているもの、バスターマシン。

そして、それを眺めている黒いモヤ。

 

「バスターマシン…」

 

きっと、きっと何か答えにたどり着けるヒントになるはず、そう願い今回の話を受けることにしたのだ。

縋るような思いで、だがそんな簡単に見つかるのかという不安、そしてそんな不安をかき消すように通路に声が響いた。

 

なんだろうと考えているとにわかに通路が騒がしくなってきた。

そして、さっきまで寝てたパイロットの女の子がアンドロイドの制止を振り切り突撃してきた。

 

「居た!!アナタこれちゃんと説明してくれる!?」

 

先程渡したカードだ。

 

「ここに書いてある通りかと」

「予科練ってどういう事よ!?」

「スカウトされました」

「なんで私まで!!もう!こうなったら直談判しか!」

 

手首を掴まれ、そして勢いで桟橋を渡る。

アンドロイドたちが急いで制止したが間に合わなかった。

桟橋の接続が解除され。バスターマシンとの係留はカットされた。

やがて起動手順から内部電源に切り替わる。

 

「飛ばすね、掴まって」

「わかりました」

 

頭を後ろへ引かれるような感覚を覚える。

コックピットのモニター、後ろを振り返ってみれば既にコダマ号との距離はとても開いていた。

そしてそれとは逆に、前方の艦影が大きく、大きく投影される。

赤い装甲色、そして大量の船達が係留され修理を受けている。

 

『バスターマシンシエンドス!着艦アプローチが速すぎるぞ!』

「今急いでるのよ!!」

『順番を守れ!おい!クソッ!誘導灯点灯!!』

 

目の前の大きな船体、その一部の装甲が外側へ展開し、さらに誘導灯がリズミカルに導く。

高度とコースは完璧、懸念は進入速度のみ、だから。

 

「いくよ」

「はい」

 

後ろからしがみついてるその子の腕に合図を出す。

せり出した甲板のレールの上、台車のような物に目線と位置を合わせた。

あとはあの上に飛び乗るだけ。

 

まさにパイロットの腕の見せ所だ。

 

ガクンっと機体が1度大きく揺れたかと思えば、急激な前方への負荷を感じ取る。

火花が数回台車とレールから飛び出す。

大きく減速していく台車はやがてレールの終点にたどり着く。

台車がここで固定され、さらにバスターマシンの操作が始まる。

台車の上で直立不動となったバスターマシンは隔壁から飛び出したクレーンによりさらに艦内へと運び込まれる。

やがて隔壁を数枚通過したところで広い空間が見えくる。

 

「ハルナンバー92…!」

 

それは、偶然にもそこに居た。

今一番見たくなかったものだ。

ここからは直談判のために頭を働かせる。

まだ格納庫への固定が終わっていないこの時間を使って、どうにか動揺した頭を絞る。

固定が終わり、コックピットが開放されれば急いで探さなければならない、この広い戦艦の中、きっと重要区画に居るはずだ。

 

「あーもう!二度とあそこには戻りたくないのにぃ〜!」

「わっ、わわっ…」

「お願いサザンさん!説得してくれない!?」

「え、え…?」

 

急ぎ様にその子へ振り返る。

 

「予科練にはいい思い出が無いの!だから!」

「ははーん?アンタね?戦闘中に気絶したのは…」

 

背筋が凍る。

いやその言葉すら生易しい物で、視線のその向こう、通路の先にそれは構えていた。

格納庫の眩しい照明とは対称的な薄暗い通路、逆光で普通なら確認しにくい状況であるにも関わらずハッキリと確認出来るその眼光、

まるで夜闇で狩りをするネコ科の猛獣のように鋭い一撃は、私の脳みそを捉えて離さなかった。

 

「あ…、わ…」

「あら、事実じゃない?」

 

一歩一歩のその足音が、相手が歩いているにもかかわらずまるで私がこれから断頭台へ歩いているような錯覚を覚えた。

ある意味で意味不明だったのは目の前のセーラー服の女の子だ。

なんなんだコイツは、何も動揺していない。

 

「悪いけど、もう艦隊司令部も同意してるの、撤回は出来ないわ」

 

一言一言がスローモーションで再生される。

わかりたくもないのに耳の鼓膜はそれをキチンと神経に伝える。

脳みそはその言葉を理解していた。

その後何か喋ってるようだけど何も内容が入ってこない。

 

「決定事項…?」

 

ようやく喉から絞り出せた言葉は、壊れたラジオのように何も感情が乗っていなかった。

身体中から水分が抜けたように動けない、

 

「そう、私が決めたのよ」

「そんな…、そんなぁ」

 

膝が笑い始めた。

まるで今の私をバカにするように。

 

 

 

 

 

 

格納庫で自分の機体を眺める事しか出来なかった。

先の会戦で直撃を貰っているため、この機体も修理や検査のために内地へ回航されることとなった。

システム艦の1隻が手配され、それに積み込む予定表などが足元に散らばる。

 

「…」

 

格納庫の固定が外され桟橋から遠ざかる自分の機体。

曳航用のタグボートにまとわりつかれ、通路の向こうへ、砂漠に水を零したようにそれ等の一連の作業に何も感じていなかった。

と言うより、感じる余裕が無かった方が表現として正しい。

 

「いつまで見てるの?」

「貴女について行けと言われたから」

「先に荷物まとめてさ、手配の船に乗ったらどうなの?」

「もう預けた」

「ふーん…」

 

こんな子のどこを見出してスカウトしたのか、自分にはわからなかった。

いつ一体なんの冗談で子守り役を押し付けられたのか?

さっきのこの艦へのちょっとした航行でも宇宙酔いの症状が出ていたはずなのに、内地の戦隊はそんなもんなのかしらと頭の中が嫌味で溢れかえり始める。

 

「はぁ…」

 

足元に散らしてしまった資料を一瞥する。

が、その資料が足元に散らばっていない、まさかさっきの搬出作業で吹き飛ばされたのかと、何も感じなかった心の血の気が急激に引いていくのがわかる。

思わず格納庫の下を覗き込もうとする。

 

「…ちょっと」

「危ないです」

 

一歩、前へ出て屈もうとした時、急に体が動かなくなった。

それは手首をガッチリと掴まれていたからだ。

よく見たら散らばっていたはずの資料は全部彼女が抱えて持っている。

 

「…どうぞ」

 

私の視線を感じたのか、手に抱えていた資料を差し出される。

思わず無言で受け取ってしまった。彼女はそのまま一礼すると通路の向こうへ行ってしまった。

すっかり頭は冷えた。

 

「ふむ、悪い子じゃないかな…」

 

桟橋のある区画へ向かう、荷物を整理しようにも既にロッカーは乗艦と共に消えてしまった。

言うなれば一文無しの状態だ。支給の備品はあとで申請するにしても、失ってしまった私物に関してはもう諦めてしまった。

仲の良かった子も気が付けば居なくなってしまった。

今更だ、そもそも一連の襲撃事件で既に知っている人がたくさん居なくなってしまった。

今回たまたま私が消えなかっただけだ。

 

だけど、これまでと違う事が今回はある。

戦艦マンハッタンの記録だ。これで、相手の正体をついに掴むことが出来た。

もし、予科練への再編入さえなければ、しかし、レーダーコンタクトした時に冷静な自分の姿を想像する事が出来なかった。

 

「ある意味、この処理は''当たり''なのかな…」

 

戦艦サントリーニの生き残りが医務区画に居る。

たぶん会うことはもう無いかもしれない、最後に挨拶に行こう。

 

 

 

 

 

 

「いっけない、話し込んじゃった…」

 

艦内放送で名前が何度も流されている。

走っている様子もあって通り過ぎる人の視線が辛い。

どうにか桟橋のある区画へたどり着くと、桟橋の解除を行うためか数名の水兵を確認出来る。

 

「おーい!早くしろー!」

「すみませーん!!」

「いいよいいよ!もうシステム側から接続の解除が始まってるぞ!」

 

桟橋へそのまま飛び込むと通路の警告灯が点滅を始めた。

振り返ってみればそのまま行けとみんなが手を振っている。

やがて桟橋を進むと振動を感じるようになる。

システム艦の鼓動だ、エンジンが唸りをあげている。

 

「All Aboard!」

 

艦内へ飛び込むと直ぐに気密扉が凄まじい轟音で閉まる。

重々しい音がしたあと床の振動が高くなる感覚を覚える。

 

『バルーン級』

 

150〜200mサイズの装甲貨物船、六角鉛筆のようにシンプルな形をしており、船体後方には居住区に推進系や冷却系がまとめられている。

そのシルエットから『ダイコン』とあだ名される事もある。

昨今の襲撃事件により需要が増えた船舶の一種であり、システム艦の艦級の一つでもある。

軍属の場合は装甲輸送艦と呼ばれる。

 

貨物船なので客室区画は狭い、そのため探している人を簡単に見つけることが出来た。

 

「やっほ、おまたせ」

「間に合わないかと思いました」

「いやー、危なかったね」

 

二人部屋、二段ベッドと小さな机、古そうな照明が頼りなさそうに部屋を照らす。

窓は無い、泊まるための最低限の設備だ。

 

「アナタ随分荷物少ないのね…」

「ムラノさんも荷物が見当たりませんが」

「私はいいのよ、全〜部無くなっちゃったから」

 

上段のベッドを確認する。

彼女が下段を使っているので選択肢はここしかない。

 

貨物船での移動、元々軍艦の生活が長かったため本当に暇で仕方がなかった。

そう、例えばロッカーに入れていた読みかけの小説があれば良かったが残念ながら灰になった。

そう、例えばロッカーに入れていた電池式の携帯ゲーム機があれば良かったが残念ながら灰になった。

そう、例えばロッカーに入れていた小型の音楽プレーヤーがあれば良かったが残念ながら灰になった。

 

「はぁ…」

 

もう何度目かわからないため息をついた。

貨物船のトレーニングルームで日課の運動をもう済ませてしまっている。

今はアイマスクを付けて何とか無理やり寝ようと試みている。

いっその事もう一度トレーニングルームへ行こうかと思案し、低い天井に頭を打ち付けてしまった。

 

「…ッ!!、……いつから居たの?」

「ため息をした時から」

「…どの?」

 

あまりの痛さからアイマスクを投げたら足元に顔が会った時の心境たるや、オバケの類かと思い思わず足が出そうになってしまった。

幸いにも護身の拳銃もロッカーの中で灰になったため腰のあっちこっちをまさぐったが、もし身につけていたらと結果は考えたくなかった。

 

航海用天測デッキ、無人運航中のこの船には似合わない設備。

星々の輝くこの大海原をハッキリと見渡せる唯一の場所、元々こういう空を見るのは好きだった。

これから2人でペアを組むわけなので、思い切ってこのような場所で雑談や情報交換をしようと連れ出した。

手を伸ばせば届きそうな景色、だけど本当は手の届かない景色。

 

「私ね、自分のワガママで予科練に入ったの、ただ振り向いて欲しかっただけなのに…、アナタはなんで宇宙に?」

「…船長が、私を見つけてくれました」

 

初めて見たかもしれない、この子の真顔以外の表情、嬉々として船員たちを語るその姿は内容はさておき年相応の女の子そのものだ。

きっと、きっと…

 

「アナタが羨ましいわ、きっとみんなの思いを背負っているのね」

「…いいえ、私はそんな立派な思いは無いのかもしれません」

 

年相応の顔が消えたかと思えば、何かから逃げているかのように目を彷徨わせる。

おや?と違和感を覚え、その次の言葉を待つ、やがてゆっくりと彼女の言葉は紡がれた。

 

「ただ、答えが知りたかったんです」

「答え?」

 

警報。

 

船内の灯火管制が始まる。非常灯に不気味に照らされる。

けたたましいブザーが全ての区画を叩き起す。

 

「何!?何!?」

「…、あそこ」

 

星雲を掠めたすぐそこ、ガス雲に隠れるように何かが追跡している。

 

「船体色は黒」

「目がいいね!?黒の塗装は星雲迷彩よ、軍艦なら警笛で存在を知らせる、あれは間違いなく軍艦じゃないわ」

 

光弾!

 

船体を掠めるほどの至近弾、この距離で外すという事は警告だ。

 

「マストが立った」

「旗は?」

「不明旗、掲揚」

「あーあ、宇宙海賊ね」

 

不幸な事に現在のこの船は鈍足船である。

だが、不利なのは相手も同じだ。

万年貧乏の宇宙海賊は魚雷などの一撃必殺の高価兵装に手が出ない。

ギリギリ手が出せるのがレーザー砲である。

しかしそれだけではこちらの装甲は貫けない。

 

まさに、お互い攻め手に欠ける。

 

だが、それは通常の積荷の場合だ。

 

「チャンスよ!」

「出撃するんですか?」

「そうよ!」

「封印ボルトが打ち込まれているのにですか?」

 

そう、特殊な積荷ゆえ積載方法も特殊なのだ。

希望の灯火はひと吹きで消えた。

 

「ねぇ船乗りだったらどうする?」

「宇宙軍へ通報します」

「そうじゃなくて…」

 

床の水平面に違和感を感じ始める。

待避行動だ。出来るだけ遠ざかるために変針をしている。

今私たちがいるのは天測デッキだ。

 

「どんどん着弾が近くなってる、とにかく船内に入らなきゃ」

「移乗攻撃されるまでに無銭室を探しましょう」

 

階段を駆け下り、操船所を通り過ぎる。

装甲板の中、バイタルパート内側の船員区画を目指す。

区画の図面が張り出された通路を見つける。

無人船だが仕様は共通しているはずで有人用に作られた設備が点在している。

 

「あった、多分ここ」

「でかした!」

 

警報が鳴りっぱなしの通路を急いで駈ける。

普段からトレーニングルームで鍛えたこの体力の真価が発揮される。

疑似重力床パネルなど何のその、メモを取った区画の番号を見つける。

あとはこの通路から目的の部屋番号を探すだけだ。

 

「この部屋ね!」

 

取っ手を破壊する勢いで開ける。

しかし、

 

「何これ…!」

「制御水晶、電脳クジラよ」

 

無線機とは似つかわしくない大型の演算機が所狭しと敷き詰められていた。

物々しい鉄の箱に囲まれた部屋の天井から大量の配線に繋がれたシャンデリアのような物体、それは煌びやかな光を部屋に反射していた。

 

「ねぇ、長波の設備はある?…無いのね」

「え、アナタ何言ってるの、誰か居るの…?」

「クジラが居る、もう緊急信号は出してるみたい」

「長波が無い…?これ、船団型じゃん!」

 

独航船であるなら、緊急事態に際し長距離の通信設備を装備しているはずである。

しかし運が悪くこの船は船団での行動を前提として作られた設備を装備していた。

オマケにそんな船が独航している。まさにカモネギである。

広大な宇宙において航路は星雲や小惑星帯などの障害物より通りやすい航路が自然選択で選ばれ大きな大圏航路となる。

しかし、今回のこの船は直線距離の急行便、それ等の太い航路から外れていたのはまさに悪運だった。

 

「こんな事ならピストン級を…」

「…」

 

悔やんでいてもしょうがない、なにか今ある手駒で対策を考えなければならない。

そうやって思考の海へ沈もうとした矢先、彼女がとても静かに水晶を凝視しているのが目に入った。

 

「…もしかして宝石が好きなの?」

「違う、電脳クジラと相談しているの」

「もしかして何か作戦が!?」

「まだ何も…」

 

こうなったら頼れるものは1つ、自分のこれまでの経験だった。

今のこの場にいるメンバーの内少なくとも軍人として勤務している自分がこの役割を全うしなくてはならない。

しかし、問題がない訳ではなかった。

 

''自分は軍大学を出ていない少佐''

 

一般的に佐官ともなると指揮能力などを含め軍の大学へ入学してこれを学習しなければならなくなるが、なんにせよ自分は本当に現場、艦隊勤務からの叩き上げでどうにかこの階級を手に入れた。

そのため操縦技術に優れていたとしても作戦立案能力はあるのかと言われると皆無である。

果たしてこのネタでどれだけ裏で何を言われたか考えたくもなかった。

 

「…ねぇ、操船は出来る?」

「今操船してるのは電…「その電脳クジラに指示を飛ばせる?」

「…それなら出来るわ」

 

これで一応動ける事はわかった。

あとは何かしら対抗手段が無いか考える。

相手は移乗攻撃を仕掛けてくると思われるが、しかしこちらは装甲貨物船だ。

そう易々と甲板は開かない。

もし、移乗攻撃するならどうするのか?

 

「射程は短いけど、エネルギー兵器でオーバーフローを起こされたら不味いね、射程の長い兵装で迎え撃たないとこっちが行動不能にされる、でも…」

 

そう、頼みの綱のバスターマシンは現在封印ボルトで固定されている。

’’貨物パレットの上に’’

 

「だけど、海賊から逃げるなら回避行動はオススメできない」

「…どういうこと?」

「相手は小型船、大型船の私たちはフルノットで直進すれば外宇宙の天気で撒く事が出来る」

「じゃあ付近に悪天候があるのね!?」

「無いわ」

 

思わず両手で顔を覆ってしまった。

頭を抱えるようにしてまた考え事に更け込む、現時点で出来る事の中に此れと言って勝てる要素がない。

だが、腐っても操縦技術でここまで上り詰めた

 

ならばこちらのやり方で活路を開くのみ

 

「…作戦を考えたわ、いい?操船の優先権をアナタに任せる、私が言ったタイミングと角度で変針して、オートだとラグが起きるからマニュアルで、それに電脳クジラだと無意識に保護リミッターが動く、戦闘機動並みにぶん回すから座席のベルトはしっかり締めて」

「どうすればいい?」

「まずは、バスターマシンを移動させるよ、貨物パレットを甲板に露天繋留する」

 

電子音が鳴る、モニターに何かの図面が表示される。

それは船倉の配置図と周辺の船室だ、そしてそのうち一つが点滅して何かをアピールしている。

 

「荷役用の制御室を教えてくれたの?」

「そうみたい」

 

これで要素は揃った、あとは自分の腕だけだ。

言い訳できる逃げ道は一つ一つ潰れていった。

 

だけど、

 

大丈夫よ、きっと

 

貨物区画は減圧が発生する都合、必ず宇宙服を着なければならない。

六角形の船倉のその内部はさらに区切られており正三角形となっている。

まずは制御室、これはすぐに見つかった。船体を輪切りにしてちょうど中央、どの船倉にもアクセスがしやすいように配置されているのだ。

すると制御モニターに揺らぎが生まれる。電脳クジラだ、配置された監視カメラの映像は矢継ぎ早に切り替わって行く、あっという間に目的の貨物室を指し示す。

幸いにも使用中の船倉内に他の貨物は無いそうだ。

操作パネルのスイッチ類が点滅を繰り返し、やがて船体の貨物ランプが展開されて行く、これに伴い気圧の変化が発生し宇宙服が少し軋む、警報の回転灯が煌びやかに通路を彩っている。

船倉の通路を進んで行くとエアロックが点滅する扉にたどり着く、ここだ。

 

「シエンドス、おはよう」

 

胸部装甲の上から話しかける。

大きな目が私を射抜いている。

 

足元に振動、胸部装甲が開放されコックピットがせり出す。

 

宇宙服という事もあり慎重に体を滑り込ませる。

いつもと違う感覚の違和感と闘いながら座席に座る。

機関始動手順、それを順番にこなして行く、無事に火が入ると画面に待機していた電脳クジラに合図を出す。

気にも留めないような微細な揺れ、貨物パレットがレールに沿って動き始める。

これに連動し船倉内の警告灯が一斉に回転を始める。

 

出撃前の緊張感さえなければ実に綺麗な電飾である。

あたかも満艦飾に着飾った気分になる。

これが警戒色で無ければだ。

 

「ブリッジ!」

『感度良好、いつでもどうぞ』

「じゃあ、遠慮なくって!」

 

フレクシン発光の輝きが一段と強くなる、コックピット内に漂うパウダー粒子も、

 

「エキゾチック!!」

 

そしてそれにより反応して瞬くエーテルも、この世とは思えない光景がこの超能力を証明する。

 

「マニューバァァァァ!!」

 

そして、それによって生成された’’ソレ’’は流れに身を任せ船体側面を漂って後方へ押し流されて行く。

術者のみに見えている、私のみが使いこなせるこの重力の鎖、何者たりとこの宇宙でこの力に逆らえる物理学は存在しない。

 

これを操る術者という、特例を除いては。

 

「回頭用意!!」

 

モニター越しに海賊船を視認、動きがない、つまりこれを感知するセンサー類も搭載していないという事、これで懸念は無くなった。

右舷後方の星雲の隙間、視界不良をうまく使い徐々に接近してきている。

 

「取舵、機関一杯!」

『取舵一杯、機関前進一杯!ヨーソロー!』

 

「投錨!!」

 

復唱に間違いなし、どうやらこちらの意図を汲み取ってくれたようだ。

船体側面に配置されたスラスターが線状噴火する。

船体に隠れて見えないはずの後部の推進系の噴煙も確認できる。

 

幕は切って落とされた。

 

自分にだけ見える鎖は船と共に弧を描き始める。

これだけ長距離の投錨の継続は自分でも初めてだ、何しろ体の中から何かを抜かれて行く感覚に強制的に襲われている。

下手に意識を緩めてエキゾチックマニューバの出力を下げられない、鎖が耐え切れずに引きちぎれてしまう、150〜200m級の貨物船は宇宙の船舶としてみれば決して大きな部類ではない、むしろ下から数えた方が早い可能性すらあり得る、しかしこの貨物船の価値を高めている頑強な装甲板を忘れてはならない、つまり格上の大型商船と比較しても負けず劣らずの大重量船舶だ。

こんな船を重力アンカーで操ろうというのだからそれはそれは気合いで踏ん張っている。

 

海賊船はまだ右舷側で追跡中だ。

彼らの経験則から回避行動を行っているこの船を怪しんでいるようだ。

そう、ある意味でサザンさんの判断は正しい、しかし逆に海賊たちはその判断を行うと予想していた場合が厄介であった。

ともかくとしてまだ釣れない、だがいずれこの目の前にある貨物船という大きな餌に釣られるだろう。

 

「まだ…!半分なの…!?」

『炉心温度異常上昇、このまま放置すると異常燃焼の後に完全停止します』

「まだ食いついてこない、少しだけ下げよう!」

『了解、機関減速!半速ヨーソロー!』

 

少しばかり意識の深度が改善する。

それに勘付いたのか、海賊船が増速する。

 

「食い付いた!」

 

弧を描く航跡の内側へ回り込もうとしている。

機動力では海賊船の方がずば抜けている、その為あっという間に内側へ、船尾方向から接舷をアプローチし始めている。

既にこの距離だ、船体表面に数発の直撃弾痕を確認出来る。

貨物船狩りの専門家だけと有り海賊船の操船に感心する。

 

だが、食い付いたならこっちの物だ。

 

「舵戻せ!全速前進!」

『当舵、舵戻せ!前進一杯ヨーソロー!』

 

現在それぞれの位置関係としては、回避行動で速度を失った分左舷の斜め後方すぐそこに海賊船が位置、そう、もうモニターで確認しなくてもお互い目がバッチリ合っているのだ

 

「対ショック!重力アンカー固定!」

 

撓んでいた鎖に緊張が走る、やがて半円を描いていた鎖は直線へ

 

ここからは、私の戦いだ。

 

刹那の振動、そしてこの世とは思えない加速度が意識をもぎ取りに来る。

一瞬装甲板で構成された頑強な船体がしなる、船首をアンカーに引っ張られた影響で船尾が慣性で右舷へスライドして行く。

物理法則上、全くと言って有りえない動き、速度差による追い越しで海賊船が前へ押し出される。

アンカーに引っ張られてスライドして行く船体は、やがてその質量で海賊船に襲いかかろうとしていた。

 

「当たれぇぇぇぇ!!」

 

霞んで行く視界と、急制動による過負荷が体を襲う。

診断で何もなかったとは言え病み上がりには非常にキツイという他ない、だがここまで食い付いた。

 

機動力に物を言わせ回避しようとする海賊船へ、フルスイングしたバットのように重量級の船体がのしかかった。

激しい振動の中に確かな大きさの衝撃が伝わって来る。

 

「やった…!?」

 

大量の破片が撒き散らされて行く、ドラム缶のようなものが尾を引きながらどこかへと飛んで行く光景が見えた。

 

脱出艇だ

 

エキゾチックマニューバの出力を下げ、重力アンカーが霧のように消えて行く、やがてオートパイロットが作動したのか船の異常運動に対する制御噴射が始まった。

忙しなく噴射するスラスターたちを尻目に、肺に急いで酸素を吸い込む、まるで落水したような汗が体にまとわりついて来る。

やがて船体の回転が止まり、天測装置が現在位置を割り出すためにスタートラッカーを起動させる。

投錨の衝撃により貨物パレットと荷役レールが半壊している事を確認、バスターマシンを起動状態で待機させる。

 

「ブリッジ…!」

『船体強度に異常なし、機関再始動作業中、現在位置もまもなく特定出来ると思います』

「…よかった」

『お疲れ様です、ムラノさん』

「ちょっと、落ち着いたらそっちに合流するね」

 

警報

 

大量の暈が宇宙空間に浮かび上がり、やがてゆっくりと姿を表す。

 

「…宇宙…戦闘、機!?」

『所属不明です』

「マークを、マーク…見て!」

『不明旗です』

 

星雲に添いように突撃隊形を整えて行く、よく見れば、戦闘機ではない、そう、戦闘機ならもっと鋭い動きをする。

寄せ集めのようなそれは、おそらく廃船から抜き取ってきたであろう脱出艇だ。

まずい、脱出艇は大量に人員を乗せることが出来る、強行突入で移乗して来る魂胆だ。

 

「前進!前進せよ!」

『ダメ、始動が間に合ってない』

 

封印ボルトの解除も間に合わない、機関始動も間に合わない、

 

「…ここまでなのね」

 

せめてあの子だけでもと部屋においてあった信号銃の事を思い出す。

そうさ、せめて一太刀、

 

警報

 

「今度は何…!?」

『 …宇宙軍!』

 

砕け散る鏡のように異次元の扉が開いた。

それと同時に巨大な船体が目に飛び込んで来る。

 

「え…と、凍京級!?内地の艦隊じゃない!!」

 

『凍京級重巡洋戦艦』

 

出土した船殻を基に艤装された戦艦と言われている。

全長7キロの巨躯であり、同時期に存在したほぼ同規模の制圧戦艦より速度性能や航続距離が優れていた。

建造については資料が散乱しておりよくわかっていない部分が多く、恐らく技術的な過渡期もあり個体によっては機関性能に差があるようだ。

宇宙軍内でも非常に旧い部類になるため予備艦や練習艦として過ごす艦も居る。

 

『こちら近衛艦隊の第三戦隊!全艦、砲戦準備!!』

『全砲門開け!右舷砲戦用意!!』

『敵宇宙海賊逃走を図っています!』

『対空射撃!撃ち方はじめ!!』

 

今、目の前で展開されているそれは、一方的な蹂躙劇だ。

火を吹きながら分解して行く海賊船たち、正確には脱出艇流用の攻撃艇だ。

きっと座礁宙域をサルベージしてかき集めた宇宙海賊なりの艦隊だったのだろう、星屑やつわものどもが夢の跡、本物の戦闘艦に簡単に捻られて行く、さっきまでの自分の頑張りがまるで馬鹿みたいに、群青に染められたその鋭い三角錐の船体は、確かな威圧感を放ち続ける。

 

繋留のため船体下方へ誘導される。

戦艦側から小型の曳船が派遣されると接続プローブが下ろされてきた。

船首のドッキングポートへ、そうすると電源や燃料のやり取りなどが可能となる。

両脇を曳船に付き添われ、戦艦の船体表面へ徐々に接近していく、やがて装甲のパネルラインも見え始めた頃、接続桟橋が見えてきた。

スラスターはゆっくりと位置を合わせるためひっきりなしに噴射している。

倒れないまでにしろ体が傾くような緩やかな衝撃が伝わる。

気圧の変化、鼓膜がそれを敏感に感じ取る。

 

「う、ちゃんと接続されたみたい」

「このまま戦艦と一緒に航海するのでしょうか」

「そうだといいなぁ」

 

ブリッジに積み込まれた折りたたみの椅子を広げ、思わずドカッと腰を落ち着かせる。

天井を仰いでみれば大きなため息が漏れてしまった。

今すぐにでもアイマスクを付けて布団の中へ潜りたい気分、しかし接続された桟橋がそれを許さなかった。

 

『…ノ少佐、詳細報告の提出を願います、繰り返します、ムラノ少佐、詳細報告の提…』

 

「これ、返事しないのですか」

「自動放送だからそのうち止まるよ、私は戦艦の方へ報告に行ってくるからサザンは宿泊室で待機してて」

「わかりました」

 

タブレットに映し出された報告用紙、そして手に持った電子ペン、そして電脳クジラに彼女経由で閲覧させてもらっている航海のナビゲーションレコーダーの記録、今時系列までは書ききった。

あとは時系列に沿って詳細を書いていくだけである。

 

「ぐぁ゙…、あーあ、美味しいところは艦隊に持っていかれたなぁ…」

 

しかし、あれ以上やりようが無かったのも事実で、たまたまとはいえ戦艦戦隊まが駆けつけてくれたのはありがたかった。

モニターに佇む電脳クジラへ確認を取りながら詳細をまとめあげる。

既に自動放送は終わっており桟橋のロックを解除するため電話を手に取る。

ガラスで桟橋の通路の向こうを視認しお互いに手を振って確認、短い電子音の後安全ランプが点灯する。

気圧の変化は無し、タブレットを通路の先に待機する水兵へ引き継いだ。

 

「少佐、ご苦労様です」

「ところで…、近衛の戦隊でしょ?何があったの…?」

「はっ!実は太陽系の内航船が襲撃されまして、緊急で艦隊が出動しているんです」

「内航船が!?私の出航前にはそんなこと無かったはず…」

「はい、オリオン腕の圏外からの超長距離一撃離脱だったそうです」

「ペルセウス碗の方面かしら?」

「それが、3Kpc碗の方角だそうです…」

「何よそれ、ペルセウス碗の目撃情報と一致しないじゃん…」

 

そう、ペルセウス碗での目撃情報は銀河中心核方面からオリオン腕方面へ徐々に範囲が拡がっているという統計情報によりそちらの方面の艦隊が哨戒網を厳戒にしている噂を船団護衛の出撃前に聞いていたのだ。

そして今回の一連の出来事である船団はオリオン星雲方面だった事もあり完全に油断が無かったと言えば嘘になる。

 

「もしかして、報告されてないだけでオリオン腕に同時多発攻撃があったんじゃ…」

「ですので、内地の艦隊も最低限を残して調査しているんです」

「これからの行動計画は?」

「現在我々は太陽系へ引き返している所です、目的地が同じでしたら報告しておきますが」

「助かるね、報告お願い」

「はっ!かしこまりました!」

「いい情報交換になったね、ありがとう」

「いえ、では引き続き貨物船での待機をお願いします!」

 

綺麗に敬礼をして廊下へ消えていった背中を、思案しながら考え込む、宇宙海賊の襲撃は恐らく偶発的なものであろう、仮定だが襲撃された船団の残骸がオリオン腕のあっちこっちに点在しており、それが餌となってヤツら引き寄せてしまった。

 

だがそれ以上に不気味だったのは、ペルセウス碗方面の南下兆候は果たして囮だったのか?

囮にしては被害が本格的過ぎる。何しろ攻撃と非発見を徹底して行われていたからだ。

そして何より自分が遭遇した場面を思い返して考えるとそれは生物的な狩りというより、指揮官の存在する包囲殲滅戦と非常に似ている。

一体どこの誰がこんな事をしているのか、そして今宇宙で何が起きているのか、考えれば考えるほど答えは出なかった。

 

桟橋を戻り、宿泊室へ、倦怠感が脳みそを襲い始める。

ここ数日ほぼほぼ動きっぱなしなのだ、流石にいくら体力作りをしていようと消耗するものは消耗する。

部屋の中で新聞を広げていた彼女へ軽く挨拶してさっさと二段ベッドの上の段の寝具へ潜り込んだ。

長めの電子音が掛けられる。全艦放送だ。

 

『加速区間を確保、これより太陽系へ帰投する』

『ワープ、カウントダウン』

 

秒読みの数字が、頭の中で反響していく、あぁ、ようやく帰れる。

せめて布団の中では何も起きて欲しくないと考えながら意識を手放していく。

 

 

 

 

 

 

『まもなくワープ終了予定地点、縮退炉減圧準備』

『減速区間に障害物無し』

 

全艦放送で意識が戻る。

どれくらい寝ていたのだろうか、短い電子音が響くと部屋の照明が強制的に点灯する。

癖で思わず布団を畳む。

意識がはっきりしてくると、周りを見渡し跳ねる心臓を落ち着かせる。

 

『ワープアウト、カウント』

『星間風安定、環礁です』

 

室内の電圧が一瞬だけ不安になる、まるで突風が吹いたような揺れが一瞬過ぎた後、それまでとは比べ物にならない滑らかな宇宙空間を進んでいることを感じる。

手持ち無沙汰に天測用ブリッジへ、まだ小惑星が多い様で戦艦が展開しているバリアに時折閃光が走る。

銀河中心部とは比べ物にならないがそれでも戦艦の舳先のその先にある一際輝いている恒星、ようやく帰って来れた。

この瞬間だけは何物にも代えがたい。

 

「ただいま冥王星、ちゃんと太陽系へ帰ってきたんだ…」

 

艦隊の傍をすぎていく白茶色の小さな星、影にあたる部分にはまばらに光が見える。

開発計画によって作られた鉱山都市、これら外縁天体の鉱物資源がこの太陽系の血脈を支えているのだ。

それを証明するかのように冥王星の沖に数個の船団が見える。

内航船達だ、それまで比較的自由な運航スケジュールだった内航船もこうして船団を組んでいる。

 

「おはようございますムラノさん」

「おはよう、サザン、確か普段はカイパーベルトの勤務でしょ?」

「はい」

「ふふ、さぁ内地へようこそ」

 

内航船の船団の瞬き、それはまるで太陽を中心とした小さな銀河系のような景色、そして太陽以外に人工的な光が目立つ大きな惑星がいくつか、

冥王星を抜けると付近に青い瞬きの星が確認出来る。

 

「あれは海王星、比較的馴染みがあるんじゃない?」

「はい、遠洋船の補給と休息地です」

「いつ見ても綺麗な環」

「…あの環は全てドックや待機中の船舶です」

「だから、綺麗だと思う」

 

外洋へ出て、何もかも過去になってしまった自分の存在意義を満たしてくれる景色、やがてそれは星々の向こうへ小さくなっていく、大型のガス惑星はその重力場から外縁部開発計画当初から物流拠点としての機能を期待され、現にその役割を果たしている。

特に土星の衛星には様々な船舶や海運会社が進出し群雄割拠な姿もあれば諸行無常に流れ行くステーションも実に様々である。

しかし昨今の襲撃に際し外洋系の会社はどこも雰囲気が悪いようで土星圏はやや治安が不安定、確か彼女の本社も土星で聞いた事がある。

そんな土星は元々の環とそして船舶の環が織り成す光景もやはりどこか幻想的であり、言うなればクリスマスに家族でツリーを電飾するようなものだ。

近衛の艦隊は太陽の重力井戸を利用し燃料を節約しながら太陽系の内部を進む、土星を過ぎれば木星軌道だ。

しかし航路的にも時期的にも不味かったようで、現在艦隊が進む先にあるのは木星であり、目的地の棟京とその人工衛星港であるキュウレイはさらにその先を目指さなければならなかった。

 

「大変お世話になりました」

「近衛艦隊のここまで付き添い、誠に感謝致します」

『我々は近衛艦隊の泊地へ戻る、棟京を目指すなら木星軌道をそのまま進みたまえ』

 

お互いに敬礼をすると桟橋のエアロックが作動する。

接続が解除された揺れが船体を駆け巡る。

戦艦の下腹部から安全距離へ離脱し、モニターの電脳クジラが尻尾を振って挨拶した。

計器類が一瞬だけブレる。それは強力な磁気圏へ入った事を示していた。

窓から見えるまばらな船団も、ここまで来ると一筋の川のように合流を繰り返す。

そんな光の束が、さらにその向こうにある様々な光が点滅する円錐形の人工物が見え始め、やがてそれは視界に収まりきらない威容を示す。

 

『古都、木星』

 

かつて太古の人類が作った大型の宇宙船、その船殻に作られた古い都市は増築や区画整理を繰り返し、現在1000万都市として経済の拠点となっている。

近衛艦隊の電脳クジラ達が揃って尻尾を振る。

さっきまで物珍しそうに貨物船の隅々を駆け回っていた子達だ、軍艦の閉鎖的なコミュニティだとやはり退屈なことが多いのか、特に内地防衛を専門の戦務とする近衛艦隊はさらにその傾向が強い組織だ。

そのためこういった他所の船との交流も彼らにとっては娯楽なのかもしれない、やがて彼らは電子の海へ沈み自分の船体へ帰っていく。

 

木星の表面、光がどのように灯っているのか鮮明に見える距離までやってきた。全体的にモヤッと宇宙に浮かぶ灯台のような姿から一転、人々の生活するその姿が映し出されている。電子回路のように張り巡らされた大小様々な道や鉄道、それに人々の家々、外殻を隔てた向こう側に営みの温かさが確かに感じられた。

しかし、これだけ大きな構造物、これ程ともなると流石に大型の重力アンカーで軌道に固定されているようで、かつてこの軌道に存在した星とほぼ同じ周期で公転している。

ここで太陽の重力井戸に引かれる近衛艦隊は煌びやかな木星の脇をパスすると木星の重力を利用し変針、さらに内地へその舳先を向ける。

我々の貨物船は木星をパスすると航路管制の発光信号の後、ギリシア方面へ加速を始めた。

 

木星軌道から火星軌道にかけては内航船の交通の難所として知られておりその主な原因が小惑星帯である。

カイパーベルトでの外洋船もほぼ似たようなものではあるが、星々の重力の影響が大きい内地は操船に気を使うらしい、やがて小惑星帯に一際目立つ人工物が見え始めただろうか、それはやがて途方もない大きさの影を貨物船に落とした。

見上げても上まで見れない大きさを誇るそれは現在の太陽系の首都、

 

 

『木星型軌道都市、棟京』

 

 

人工惑星の木星を参考に建造された大型宇宙都市、起源は太陽系外縁での開発が再び計画されたことで、人類は土星のさらに外側へその活動圏を広げていた、その影響により物流網が外へ外へと伸びきってしまい外縁部での物資不足や配給制の導入といった目に見える滞りが出てしまったのだ。

この事態に際し政府は月面都市拡張工事と同時にさらに交通の要衝としての土星木星軌道での都市整備計画を研究検討、発掘された古い青写真を基にプロジェクトが持ち上がり、さらに古都木星での区画整理事業の遅々として進まない工事や旧市街の把握困難さにより新都市を1から目的に応じて作ることでより効率的な運営を目指すべく着工した。

長径700kmを誇るその楕円形の外殻はまだ全て着工されておらずツギハギで、そこから見えるハニカム積層構造で構成された都市の数々、構造物内部はまさに拡張工事の真っ最中、現在このツギハギの開口部が臨時の埠頭として物資搬入などに使われている。

 

目的の宇宙港へのアプローチに入るため棟京の重力圏へ、床に対して若干負荷が掛かったような感覚を覚えた。

木星の時と同じく計器類が一瞬乱れる。そもそもとして棟京周辺は通信量が多いため電波が乱れやすい性質がある。

たくさんの光の川がこの都市に流れ込んでいるが、それにしたって元々バラバラの航路を整えるための人工衛星港、その1つが今回の目的地の最終目標である。

 

元々は木星で使われていた人工惑星の分類の1つ、主に大型の人工惑星への宇宙港の役割を果たす小型の人工惑星を人工衛星港と呼ぶ、しかし宇宙探査機としての人工衛星との誤植も多いため市名で呼ぶことが主流であり、棟京周辺に無数にある衛星港それぞれが名前を持つ、あまりの数の多さから太陽系地理学のテストでの定番問題として出題される。

 

棟京の重力に捕まり、周回軌道へ進入に成功した。

目的の宇宙港は張り巡らされた管制無線によって位置を送信される。

そうやって位置情報を取得した電脳クジラが航路をシュミレーションし、それをシステム艦側へ伝達する。

回線の不安定と航路渋滞のためしばらく待機することになりそうだ。

 

「工事が終わらない街、棟京よ、まぁ木星よりはずっと綺麗だけど、政府関係がある分木星の方が何倍も気楽に暮らせるわ」

「内地の家は、手が出せない」

「そうね、横から見てるくらいがちょうどいいかも」

 

電子音。

 

『アテンションプリーズ、当貨物船はまもなく目的地へ到着します』

『ここまでのご搭乗誠にありがとうございました』

『現在棟京北極を目指し旋回上昇中でございます』

『目的港まで今しばらくお待ちください』

『座席のシートベルトはそのま……

 

「もうすぐね、管制とは繋がったみたい」

 

棟京を窓の外に、その巨躯から来る圧迫感、まるで、予科練の人気のない場所で…、

予科練、すごく嫌な顔をしているのが自分でもわかった。

上級生に顎で使われたし同級生すら競走世界で卒業して関係を断ち切った瞬間ったら、解放感が底なし沼のように感情へへばりついたあの感覚を未だに覚えている。

棟京北極を眼下に見納めて、貨物船がその進路を決めた。

無数に棟京の周辺に浮かんでいる宇宙港たち、無線で誘導されながらそれらを避けて進む、やがてとある1つの宇宙港へのアプローチが始まった。

こちらも木星型と同様で重力により貨物船を捕える。

アプローチ中に見えた宇宙港の看板、そこに、

 

『人工衛星港、キュウレイ市』

 

と書かれていた。

宇宙港としては大きな方で、赤道に環を持っていた。そして何よりほかの宇宙港と違うのがひっきりなしに出入りする軍艦である。

そう、ここは軍関係がまとめられた宇宙港、なにより太陽系の造船技術の最先端がここへ集結しているのだ。

そんな宇宙港の環へアプローチが始まる。

指定された桟橋のある場所まで自動で追跡、気が付けばタグボートが2隻先導してくれている。

目的の桟橋を見つけるとメインエンジンの推力を切り、スラスターで位置を微調整しつつ接岸位置まで接近していく。

この間にタグボートも貨物船の船体を桟橋へ向けて押し込んでおり、操舵手の腕の見せどころである。

しかし残念ながらこの船はシステム艦である故、電脳クジラはそんな作業をチャチャッと片付けてしまう、接岸位置へ入ると桟橋が岸壁から伸びてきて船体と接続する。

与圧の変化を感じればそれは桟橋がロックされた証拠、現に電脳クジラが発していた警告灯はその動きを止めた。

そして岸壁のシャッターが開けられ、同時に貨物船の船倉も開き、荷役が開始される。

 

はずだった

 

『おわ、なんだこら!!』

『おいなんで装甲甲板がこんなに!?』

『だめだ!変形でパレットとレールが固着してる!』

『被弾痕もあるぞ!!』

『貨物船で一戦やったのかぁ!?』

 

部屋で最後の荷物チェックを行いながら寝具をたたんでいると聞こえて来るは罵倒の数々である。

今大声で怒鳴り散らしてる奴ら全員をあの状況に突っ込みたい衝動が沸き起こるが、自分がそんな事をしては示しがつかないので言わせるだけ言わせておく事に、桟橋を渡る際でも明らかに視線を感じた。

気分は確かに良くないが、しかしこれだけの事をやったのは自分でもある。

自分のやらかした事に対して自分で機嫌を取る、酷く生産性が無い虚無感を感じてしまう、これでは感情がループしているだけだ。

だが予科練に向かっているので嫌でも気分が下がる。

埠頭の貨物区、様々なコンテナがここに運ばれ、そしてそれぞれの届け先へ向けて分類されて行く、そうして分類されたコンテナは大規模操車場で目的の列車に積み込まれる。

この大規模な鉄道網を利用し市内の様々な場所に行くことが出来るのが大きな宇宙港の便利さである。

待避線と点検用車庫を流用した簡素な駅、時刻表を確認し次の列車を待つ、やがてモノレールの貨物列車の隙間を縫ってお目当の列車がホームへ入線する。

まずは手元にある路線図からこの埠頭貨物線から港内中心部に張り巡らされた環状線たちを目指さなければならない、幸いにもこの路線は交通量が多いため目の前の列車は各駅停車ではなく急行だ。

ロングシートにまばらな人影、この時間はどうやら通勤でも退勤でも無いことがわかった。

忙しなく動く埠頭に対し、車内は比較的ゆったりとした雰囲気が流れ、環状線が近付くにつれ街の雰囲気も落ち着いたものとなっていく、住宅街が広がる中心部、南北環状線の一つに接続するために赤道面の水平環状線に乗り換える。

 

「懐かしい…」

「街の風景が、ですか?」

「そう、あの頃と比べるとあんまり変わってないみたい…」

 

変わってない部分がないかといえば、それは流石に嘘になる。

それを言ったら木星の区画整理が失敗して以来こう言った宇宙都市は事前に研究や話し合いが行われ計画図の通りに拡張していく方針のため、内側は基本的に建て替えなどは希であり、外側へ拡張されていくのが主流である。

 

水平環状線の車内はやや混雑していた。

恐らく最も市民の足として利用されてるからなのか列車も二編成を繋げた長い編成だった。

数駅乗れば乗り換えのためあまり混雑に関しては気にしていない、各駅停車で進む重々しい列車の駆動音をリズムに予科練での対応を考える。

それは乗り換えの際も同様で、降車人数が少なかったこの経度環状線は沿線に軍関係設備が集まっている。

それまでのカラフルな電車ではなく無骨な無塗装車がやがてホームへ滑り込んできた。

フェンスで窓が保護された軍用電車、北極と南極を起点に半円のこの路線は軍用線として地図に記されている。

軍用線の反対側は一般線であるためこれらの物々しい電車はこの区間でのみ使われる。

 

「電車も古いままなのね」

 

予科練時代にほぼ同じ事を呟いていた事を思い出す。

一体どれだけ使い倒されてるのか、考えたくなかったしそういう事を考えるのはまた別の人たちだから、ここから南極方面の軍港方面への便に乗り込んだ。

それまでの住宅地とは異なり塀がある大きな校舎のような建物がずっと並んでいる。

それは軍港に近付くにつれてさらに大きくなっていく、軍港の付近ともなると倉庫のような大型の建物が隙間なく並んでいた。

流石に荷役などのために埠頭は比較的広い敷地を確保されているようではあるが、その中の一つ、古そうな軍艦が接舷している比較的小さめの建物がある。

縞板で整地された軍港の中でも普通の地面と変わらないようなその区画は予科練の校舎、運動場には土が敷かれ白線で模様が書かれていた。

車窓から見えた校舎、軍港の埠頭の隅も隅の方に配置されており、見覚えのある軍艦が係留されているのも確認出来た。

駅から出たら少しばかり歩く。その道中は様々な軍人や物資が行き交う、荷役用の軽便線も弾薬などを運んでいるし大きな倉庫を覗けば艦載機やマシーン兵器が整列されている。

駆け足で動く一団、恐らく寄港中の軍艦の乗組だろうか、まだ自由行動時間の前かそれともこの後直ぐに出航なのか、彼らは綺麗に整列した状態で走り軍港の建物の陰へ消えていった。

荷役のために小型のマシーン兵器もまた整列した状態で軍艦の前に並ぶ、艦載用の戦闘用マシーン兵器は20m級であり、目の前にある荷役などの汎用機は10m級だ。

 

「サザン、あそこで荷役してるマシーン、よく見ておいてね、予科練だと練習機であれを使うから」

「艦隊のと比べると小さいです」

「雑務用だからね、あんな大きいのは殴り合いにしか使えないよ」

 

湾内に見えるのは比較的小さめの軍艦たちだ、それでも数百メートルから艦によっては1~2キロメートルあるかもしれないものまで、それ以上の大きさ、数十キロあるような大型艦は宇宙港の外殻で停泊する。

巡洋艦が多く見え、普段係留されてるであろう巡視船や哨戒艇が出払っている。

恐らく周辺の戦闘掃海が行われた後であろうか、今頃外殻では戦艦級が多数停泊しているかもしれない。

戦艦や巡洋艦があらかた探し回った後を小型の巡視船や哨戒艇が何重にも確認して安全を確保している。

貨物船の列が普段通りなのはつまりそういう事であろう。

土嚢と歩哨で飾り立てられた兵舎を通り過ぎれば、鉄柵で厳重に閉ざされた予科練の校舎が見えてくる。

綺麗に磨かれた塀と柵は風紀の正しさを示す。

特徴的な宇宙軍徽章、十字の閃光を元にした非常に簡単なマークだ。その背景に太陽系の惑星軌道が書き込まれている。

歩哨に手紙を見せて引き継ぎをさせる。

2人の歩哨のうち1人が手紙を持って校舎の中へ、しばらくすると制服を着込んだ男を引連れて帰ってきた。

 

「お待ちしておりました少佐、そちらが例の…?」

「そうね、それと大佐から連絡はありますか?」

「いえ、事前の受け入れのための連絡はありましたが、どうも帰還中の艦隊と船団とはまた別行動を取っているようでして」

「内地の戦隊の指揮官なのにいいのかしら…」

「あの戦隊は中央に近いので…」

 

暗に何を行動しているのか掴めないという事なのだろうか、恐らく独断で動いてるのはアイツだけだろう、アイツの戦隊に所属している者たちは内地の哨戒が主任務であり、現にここに来るまでに何機か見かけたからだ。

何より、太古から続く歴戦の戦隊なのだ。指揮官が居なくとも副官が捌いてしまっている可能性は全然有り得るのだ。

 

『トップレス戦隊』

 

歴戦のバスターマシンで構成されたまさに精鋭部隊、近衛艦隊と共にこの太陽系の防衛の要石であり内地から出れないのはこの任務のためだ。

主に内地での哨戒が任務ではあるが指揮官は歴代とある名家から輩出されている。

当然ながらシーニュ大佐もこの名家の出身だ。

 

色々考え込んでいると校舎の方からまた1人歩いてくる。

今度はなんだろうかと思えば手の中にあったのは私が渡した手紙だ。

 

「職員の1人です、彼が案内します」

「ありがとうございます閣下」

 

鉄柵が激しい音と共に開いていく、足元にあるこの門のレール、これを超えたら予科練だ。

少し足が竦む、だが私が彼女のペアとして指名されたからにはその役割を全うしなければならない、気持ちを切替える。

 

「さて、ここが予科練よ、途中編入だから飛行訓練の後、推薦状もあるし私達は練習艦隊へ直行ね」

 

 

 

 

 

 

「酔いすぎじゃない?流石に…」

「どうしても、感覚がずれてしまいます…」

 

拝啓、ジェームス船長へ。

 

編入早々の初歩飛行試験、シミュレーターでの飛行訓練、宇宙船とは違い思った以上に動く練習機の動きに四苦八苦しながらこれをパスした。

もちろん危ない場面もない訳ではなかったが、これにより推薦書通り予科練を飛び越え一歩先に艦隊勤務を味わう事になる。

予科練で過ごした時、様々な視線を感じた。

自分は気にしていなかったが、試験と訓練を早めにパスした際に少佐にはすごくお手柄だと言われた。

余程予科練に思い出がないのか、さっさと荷物をまとめて確認作業の後にその荷物を抱えて校舎を飛び出すように後にした姿は印象的だった。

 

「まいったねぇ…、そういえば長時間飛行は試験して無かったのは不幸中の何とやら」

「不覚です…」

「酔いは慣れしかないから、これまで通り私が僚機を務めるわ、ほらもう一回飛ぶわよ」

 

ロッカールームのトイレ、セラミックのそれから離れる。

格納庫はすぐ隣の区画、小型のマシーン兵器が整列されておりそれぞれが持ち主の登場を待っていた。

出航した練習艦は木星軌道からハズレてまずは火星方向へ減速、比較的密度の薄いメインベルトにて習熟訓練を行い、そして小惑星密度の濃いカイパーベルトへ向けて航海し、カイパーベルトでも様々な訓練を行い、最後に濃密な土星の環で航海と訓練の後に再び木星軌道へ戻ってくるというもので、予科練ではこれをマラソンと呼んでいた。

現在メインベルトを航行中の練習艦はカイパーベルトへ向けての加速航路を計算中である。

そもそも太陽方面へ重力井戸を降りている状態のため加速しっぱなしであり日々着艦難易度が少しずつ高くなっているのだ。

 

『発艦準備』

「オールグリーン」

 

ドラム缶のようなマシーン兵器がカタパルトへ誘導される。

まるで陸上選手のように腰を深く落としてマニピュレーターを前へ。

計器類に警告無し、発艦作業所へ報告し、いよいよカタパルトに電流が走り始める。

同じくマシーン兵器に乗る誘導員が旗で合図を出し合う。

パリッとカタパルトのレールが光ったかと思うと次の瞬間には体にとんでもない負荷が襲ってくる。

打ち出された衝撃からどうにかスラスターを使い安定飛行へ持っていく、

補助としてシステムリンクした練習艦の電脳クジラが小惑星をモニターへ表示する。

小惑星は影側ともなると目視で発見が困難な場合があり、各種センサーを使用して回避する。

 

視線?

何かを感じる

 

咄嗟に操縦を荒く回避機動を行ってみると轟音と共に同型のマシーン兵器が飛び去っていく。

そのマシーン兵器は軽業のように旋回して横に位置取ってきた。

 

『またかー、本当に勘がいいや』

「少佐、急接近するのはおやめ下さい」

『タッチ出来たらやめるわ、さて、酔わない内に』

「はい、よろしくお願いします」

 

お互いに合図を送ると正反対の方向へ飛び去る。

小型のマシーン兵器のためセンサー範囲はそんなに広くない、そんな範囲ギリギリまで飛びそして再びお互いが対峙する。

模擬空戦、やはり飛行時間の長い少佐の方が有利、何しろ行動を直ぐに読まれる。

小惑星の影を使って接近を試みた際も逆に自分の方が接近されてしまいあっという間に組み伏せられた。

 

三半規管が徐々にズレていく感覚、早く後ろを取らなければまた負けてしまう、だから、スロットルはそのまま、操縦桿もそうだ。

 

『…いいよ、買うねその勝負』

 

サイレン、衝突防止警報だ。

お互いの距離が縮まっていく中、画面の中央から少しもズレずに機体を捉え続ける。

 

『危険行為だ!少佐やめたまえ!!』

『大丈夫、避けれるから』

 

艦橋からの通信で悲鳴のような音が聞こえた瞬間、お互いの機体の塗装が見える距離、モニターから少佐機が消える。

 

『チッ!外した!』

 

初撃は回避出来たようだ。

急旋回して少佐機の後ろを取ろうと操縦桿を目いっぱい引き倒す。

同じく急旋回の少佐機の機影を画面の端に認める。

スラスターが光ったかと思えば再び衝突防止警報が鳴り響く、それと共に少佐機の背面が既にモニターいっぱいに映し出されていた。

急いでこれを回避、武装を構えた所でモニターから通知が届いた。

 

『撃墜判定』

 

無情にも、構えるのは少佐の方が早かったようだ。

肩で息をしながら少佐機の接近を待つ、合流すると着艦へ移る。

艦尾の方向からアプローチをしてみれば誘導灯がそれを教えてくれる。

 

「うっ…」

『もう少しの辛抱よ、着艦頑張って』

 

スラスターで位置を微調整する。

やがて誘導灯の通りにアプローチに入った。

あとは、逆噴射装置のレバーへ手を掛ける。

 

大型の軍艦で使う大型のマシーン兵器とは違い、今使っている練習機はまさに思った通りに動かせると評価された機動力が売りだ。

そのため練習艦の着艦設備というものはやや簡素的である。

発艦の際はカタパルトを使用するが着艦に関してはスラスターの調整や逆噴射装置で減速すれば艦艇側の減速装置が必要無いからである。

 

電子音とともに逆噴射を点火、計器類を見ながら着艦速度へ合わせていく、甲板に対しホバリング出来るような状態まで持っていけば合格が貰える。

フワリとホバリングの後、スラスターを一瞬だけ焚くとやがて甲板に足が着く、壁と天井から移動用と固定用のクレーンが降りてくる。

艦内へ格納されるとまたロッカールームへ、ソファーに思わず体を沈めてしまう。

どうにかしてこのズレていく感覚を取り除かなければならない。

扉がまた開いたかと思えば、少佐が気にかけてくれていた。

 

「軍医呼ぶ…?」

「いえ、そこまでは…」

 

苦笑いしながら私を見ている。

だけどその目の奥にはまだ闘志が燃えているような気配を感じる。

まるで脳みそが揺れてるような錯覚がゆっくりと治まってくる。

自然と浅かった呼吸が、深く深く、目一杯息を吸い込んだ。

 

「そろそろ加速が始まるから模擬空戦はこれで終わりか、結局今日もタッチ出来なかったな…」

「少佐は殺気がすごいので」

「えぇ…、他にトリック使ってない?」

「勘です」

「勘で全部避けれたら苦労しないよぉ!あーあ、本当に推薦状貰うだけはあるね」

 

そう言って少佐もソファーへ腰を投げ下ろす。

『勘』とは言ったものの自分の中でもこれが勘なのか別の感覚なのかわかっていない、だから言葉の意味的に近しい勘と答えることにしてるのだ。

 

練習機が飛んでいない様子からこの艦が加速に備えつつあるという事がわかる。

そのためいつまでもロッカールームに居座る訳には行かない。

さっさと着替えてロッカールームを後に、だがそれも更衣室に響く鉄拳の大音量で中断される。

 

『開けろ!!ムラノ少佐!!』

「ここ女子更衣室よ!!!」

『おい!!電脳クジラ!!』

 

ロッカールームの鍵が操作される。

もはや着替えどころでは無いので2人とも宇宙服のまま対応する事に、解錠された扉の前にいかにも不機嫌な男が立っている。

 

「少佐!ここは練習艦ですぞ!!他のヒヨっ子が真似したらどうするのですか!!」

「真似なんて出来ないよ、みんな直ぐに避け始めるだろうし」

「そういう事では無い!!これだから外地の野蛮人は…!」

「はぁ!?野蛮人!!?」

「キサマらが後送されてくるといつも使用機材が損耗するんだ!!」

 

売り言葉に買い言葉、練習艦の艦長に至っては顔が真っ赤である。

果てには関わりのない事故や事件まで口に出している始末、もはや子供の喧嘩の方がまだ微笑ましく見えた。

ドアの前で繰り広げられる罵倒劇は副長の咳払いで一度沈静化する。

しかし、顔が真っ赤になってる二人の火種は何でも良かった。

 

「ォ゛ア!!?」

「ギ!?」

 

だが、再び罵倒が始まろうとしたその瞬間、事もあろうに副長の手刀が2人の喉にめり込んだ。

 

「もういいでしょう艦長、少佐もそこまでです」

 

丸メガネのいかにもという風貌の副長が困った顔で二人を覗き込む、そして手首にある時計を指し示す。

 

「艦長、もうすぐ加速区間です、配置を願います」

「モ゙ヴゾン゙ナ゙ジガン゙ガ…」

「少佐も、部屋で待機してください」

「縺カ繧捺ョエ繧九◇!」

 

艦長は辛うじて聞き取れる声量と発音で喋っているのに対し、少佐はもはや何を喋っているのかわからない状態で床の上をのたうち回る。

何やら打ち合わせをしながら艦長と副長が歩き出す、這ってでも追いかけようとする少佐に思わずロッカーの中に仕舞っていた酸素缶を手渡して落ち着かせる。

随分と長い間熱心に吸っている。

やがて、信じられない勢いで顔をあげ、そして目をかっ開く、

 

「あ゛の゛副゛長゛手゛加゛減゛し゛な゛か゛った゛!」

「大人気ないです少佐…」

 

中身が無い酸素缶を空中に浮いている球形の掃除のロボットへ、それは蓋を開けて缶を受け取った。

自分は既に着替え終わっていたがのたうち回った少佐はようやく自分のロッカーに手を付けた。

備え付けのテレビを流して面白いものがないのか探してみる。

しかしこういう物は大抵探してるうちにタイムアップする、実際今回も何も決めれずに少佐とロッカールームを後にする。

廊下を進んでいると全艦放送が掛けられた。

 

『これよりカイパーベルトへ向けて加速する』

『次の訓練地だ、小惑星がやや濃密になる、各種訓練を行う際は必ず注意して欲しい』

 

よく通る威厳のある声が全てのスピーカーから聞こえていた。

放送が終われば床が揺れるような感覚に襲われる。

 

「あれ?もしかして加速酔い…?」

「加速酔い…?」

「そう、速くなればなるほど酔う症状があるんだ、まぁ一時的なものが多いしやっぱり慣れるしかないね」

 

小惑星帯での加速、そして微小物体の衝突のたびに発光しているバリア、シェイクされるような粗い操艦、まるで嵐に飲まれるヨットのような艦内、目まぐるしく変化するメーターとエンジンテレグラフを相手にする機関科や暗唱と呼ばれる大型の小惑星、または小惑星の吹き溜まりを血眼に見張る航海科、しかし木星軌道へ近付くにつれやがてそれも穏やかになっていく、漂う星間物質が小雨のように流れていく、

 

「木星軌道より外側に出たみたいね、きっとさっきまで艦隊勤務志望の連中が扱かれてたはずよ」

「操船が粗かったですね」

「電脳クジラのアシストを切ったんじゃないかな」

「かわいそうですね」

「どっちの事よ」

 

時折加速を緩め練習艇による並走なども行いつつ軌道は徐々に外側へ推移していく、ノンストップで訓練して来たということもあり、泊地への停泊が決まった。

どうやらこの艦長は飴と鞭の使い方が上手いようだ。

カイパーベルトへの玄関、冥王星。

冥王星だけではないが外縁天体は軒並みカイパーベルトへの玄関口としても利用されている。

冥王星軌道に同調し、アプローチが始まる。

タグボートと管制塔の指示に従い指定された周回軌道へ、重力アンカーで軌道を固定し、休息のスケジュール表が配られた。

練習艇を連絡船代わりにし当直と予備人員以外は冥王星の地表のドーム型都市へ、私と少佐は待機の命令に従い予備人員と共に艦内で過ごす事になった。

たった数分で冥王星を一周してしまうこの周回軌道、その地表の様子を眺めていると少佐が油まみれで帰って来た。

マシーン兵器の点検を行っていたようで、普段からよく見ていたからなのか特にこれと言った故障は無かったそうだ。

電脳クジラの指示で格納庫は整理作業を行ってるようで、作業服と油まみれの人をよく見かけた。

 

軌道上に見かけない船を見つける。

周回軌道に待機したと思えばそのまま冥王星に地表へ、まるでプレスされたように平べったいその船は、練習艦よりもはるかに巨大な船体を揺すりながら着陸したようだ。

 

「見た事ない船…」

「どれどれ…?げっ!?グルーオン!!?なんで冥王星に!?」

「グルーオン?」

「トップレス戦隊の戦艦よ!内地でも滅多に見かけないのに…!」

 

大量のバスターマシンを運用できる程の大型艦、マシーン兵器の運用とは訳が違う一線を画す性能、たった一隻とトップレス戦隊による単独での防衛線に封鎖線の構築すら可能である。

まるで工場から卸したてのような白銀の船体がかすかな太陽光を反射している。

停泊している地上の大規模集積地、一見鉱山のように見えるその場所は他の露天掘りと比べると電灯の光が多く、そして竪坑が影で見えない程に深い、どうやら鉄道まで敷かれている様子が見える。

 

「あそこ、33号竪坑だ…」

「鉱山ですか?」

「軍が保有する試掘の鉱山のはずよ」

「厳重ですね」

「何を隠してるのか気にしたらダメよ」

「わかりました」

「まぁ、どうせバスターマシンハンガーじゃないかしら?」

 

なぜだろう、あの戦艦の形にひどい既視感を覚えるのは?

まるではんぺんのように潰れ、エーテル流体力学のような鋭い船体とは真逆な横方向へ広がっている船体、例えるならシャベルの先端の部品のような形だ。

だが、一線級部隊であれを採用しているということは少なくとも不正解ではないはずで、きっと何かメリットがあるはずだろう、そう考えていると地上の宇宙港から光の列が見えた。

 

「帰って来たみたいね、次はどの班が上陸するのかしら」

「冥王星って面白いのですか?」

「いや…?こういうのは上陸することに意味が…、あー!そうか!商船乗りだもんね、生活設備はそっちの方が整ってるのか…」

 

凄まじい羨望の眼差しが向けられる。

こういう時はしたり顔で返せばいいと少佐が教えてくれた、教えた本人の目の前で実践してみることにする。

一気に乾いた目に射抜かれる。本人がブツブツ言いながら視線を逸らして行く、どうやら気分を害してしまったようだ。

まもなく艦内が騒がしくなる、冥王星から帰還した練習艇の収容作業が始まったようだ。

 

「さて、作業の割り当て通り練習機のお世話の時間ね」

「全部ですか?」

「窓の外を見て、冥王星基地から派遣された哨戒艦よ」

 

 

 

 

 

 

格納庫を後にして行く整備中隊、冥王星基地からの派遣だ。

帰還した上陸組に混じり、哨戒艦に分乗し乗艦、格納庫内の練習用マシーン兵器の一括整備が始まった。

まず動作チェックを行いこれにより整備レベルをそれぞれの機体に記載、これらをレベル別に分け整列、これを流れ作業のような速さで中隊が整備して行くと、組み立てが済んだ機体から調整飛行を行い各所を微調整して行く、この際の試運転のパイロットとしてひたすら飛び続けたのである。

少佐が言うにはそれ以外の業務は面倒だったのと、何よりこれだけの数をこなせばいい練習になるのではないかと、こうして私の意見が一切入っていないこれら作業が進められた。

 

もう格納庫の椅子から動けそうにない、何ならもう途中からはチェックリストとスイッチを押すだけのロボットになっていたかもしれない、だが嬉しい事なのかはわからないがいよいよ上陸の順番が回ってきた。

少佐はすごく笑顔だ。

 

小さな星、冥王星の上陸は特に新鮮なものは無かった。

何しろ貨物の荷役で降りたことがあるのだ。

根本的な問題は点在する都市という都市がほぼ工業都市しか無い、娯楽は空港近辺に配置されている観光ショッピングセンターや飲屋街である。

帰ってきていた訓練生の中に泥酔者を数名見かけたのでおそらくそういう事だろう、ショッピングセンターへ入ると雑貨店や書店を漁ることにした。

あまり良さそうなものは無かった。

もはやこうなると少佐の買い食いについて行くしか無かった。

というより滞在時間的に買い食いくらいしかできなかったと言った方が正しいのだ。

しこたま買い込んだ少佐とは宇宙港であわや搭乗時間に遅れそうになった以外はトラブルというトラブルは起きなかった。

発着場の待機室で同じ班になった訓練生たちに買ったものを配り歩いていた。

きっとこういうところが好かれたおかげでこの地位まで登って行ったんだろうなと憶測に想いを馳せた。

 

管制より抜錨の許可が降りると重力アンカーが解除され、やがて周回軌道に固定されていた船体はゆっくりと加速が始まった。

いよいよ、カイパーベルトだ。

それを裏付けるようにまた操艦が荒くなり始めた。

語弊はあるがまるで擬似的な悪天候である。

この状況を見逃すはずもなく艦長の指示が飛ぶ。

 

『荒天訓練を行う、総員配置!』

「ゲェ!本気!?まぁ、メインベルトとやることは変わらないね、ただし、メインベルトよりも数が多くなっているからちゃんと確認しながら飛んでね?」

「はい、わかりました」

「じゃあ、着替えるよ」

 

更衣室へ、すでに練習生のペアが何組か待機所で時間を潰しているのが確認出来た。

そうしているとやがて発進命令が下される。

手順を踏んでカタパルトへ、すでにこの時点でスクリーンに小惑星がマッピングされ始める。

メインベルトとは比にならない暗礁が目の前に広がっている。

 

『濃い、近距離で行動するしかないね』

「了解しました」

『私が後ろから見ているからとにかくまずは飛んでみて』

「はい」

 

管制に合図を送り、激しい衝撃と加速を耐えて宇宙空間へ、すぐに警報が鳴る。

小惑星だ。急制動での回避を試みる。間に合った。

塵も濃い、まるで土砂降りの中を飛んでいるようだ。

氷と塵の結晶が練習機に付着し始めている。練習艦の方へ振り返ってみれば練習艇の分離作業中だ。

 

『今のターンキレが良かったよ、感覚忘れないでね』

「ありがとうございます」

『もしかして格闘戦の才能ある?』

「それはなんともわかりません」

『試してみよっか!』

 

殺気だ。

思わず少佐の機体をガードで弾き飛ばしてしまう。

 

『いい反応ね、出来れば戦闘用で殴り合ってみたかったけど、贅沢は言ってられないわ』

「しかし、障害物が」

『大丈夫よ、上へ抜けて見て』

「わかりました」

 

言われた通り、回避を行いながら上方へ進む、するとどうだろうか、塵の量が少なくなると同時に画面に表示されていた小惑星たちの数も少なくなって行く、おそらくカイパーベルトの上へ出ているようだ。

一筋の光、星の航跡、それは頭上に輝いていた。

 

『そっかこの時期は内地へ接近してるんだったかな』

「大きな彗星ですね」

『そう、その雄大さから太陽系の英雄の名前が付けられた』

「英雄…」

『ラーク彗星』

 

『なぜ?』

 

脊髄が反射的に反応、黒いモヤがそこに居た。

呼吸が浅くなる。ダメだ、視界も狭くなってきた。

少佐の無線が遠くに聞こえる。またモニターに塵や氷が付着し始める。

 

「アナタは、何が…?」

『なぜ?』

 

『応答せよ!応答せよ!機首を上げろ!!少佐!コックピットがモニタリング出来ない!!どうなってる!!』

『気を失ってると思います!!今こちらからも無線で呼びかけています!!』

『多少の破損は仕方ない!!体当たりしてでも止めろ!!併走中の練習艇へ連絡!!』

『了解!!』

 

ここは、多分私はもがいている?

黒いモヤは、私に近付いて、あなたが求めているものは、何?

 

『サザン!!!』

 

激しい金属音と振動と共に視界が開けて、電脳クジラとのリンクが回復する。

モニターのマーキングが再び点滅の後にそれを示す。

けたたましい各種アラームが入り乱れるコックピットでも見間違いようがない、

画面一杯に広がる小惑星の地表だ。

 

衝撃。

 

『メーデー!メーデー!!練習機が衝突!!』

『ビーコンを展開せよ!!練習艇が急行中!!』

『モニタリング!再び断絶!』

 

「はぁ!?モニターが切れた…!?」

『なぜ…?』

 

衝突の衝撃で砕けて行く小惑星、そこまで中身が詰まっているタイプではなかったようで、もしかしたらハードランディングで住んでいる可能性だってある。

だがそれよりも電脳クジラによるモニタリングが複数回接続不良を起こすのは異常事態だった。

だがはっきりと無線から彼女の声が聞こえてきたはずだ。

何を口走っているのかはこの際気にしないとしても、電脳クジラの接続状況から考えると意識を一度取り戻したはずだ。

練習艇もようやく追いついたようでサーチライトが数本現場を照らしあげる。

訓練中だった練習機も駆けつけてきた。

一際大きな破片に突き刺さっているのを確認、エンジンがある背側を上にして、スラスターは停止しているようだ。

しかしそれ以上に異常な光景が目に飛び込んできた。

コックピットのある胴体の亀裂から明らかに人の手のようなものが飛び出ているように見える。

最悪な状況が頭を過る。

 

「応答せよ!!応答せよ!!サザン!緊急措置!ネクタイ引っ張って!!」

 

最接近しているのが私の機体なのでアンカーを撃ち込んで機体を固定しようにも撃ち込んだ瞬間には脆く砕け散るので固定に四苦八苦していた。

一刻の猶予を争う、さっさと臨時のヘルメットを被りコックピットハッチを開けて有視界飛行で機体を擦るような機動で接近、結局アンカー用のワイヤーを引き出してフックで宇宙服に固定した。

レゴリスの煙幕の向こうへ、無線が何やら騒がしい、微小重力下で宇宙服のスラスターが頼りだ。

クレーターの頂上へ、コックピットがひしゃげた練習機が転がっている目の前に、彼女が居た。

自分の機体を見下ろして居たその姿は、この世の物とは思えなかった。

 

「サザン…?アンタ何で生身で外に…!?」

「…わかりません」

「ねぇ、もしかしてあの時、シエンドスのコックピットを開けたのって」

「はい、私がお願いしました」

 

臨時のヘルメットの作動音、それすら聞こえなく鳴るような思わず呼吸を忘れたような時間が流れる。

お願いした?つまり文字通りの意味で解釈すれば彼女はバスターマシンと意思疎通ができるということか?はたまたそういう比喩表現を使ったのか?

レゴリスが舞い上がる。まるで焼き尽くさんばかりに照らされて行く彼女のシルエット、練習艇がホバリングしていた。

 

『少佐!!離れてください!!艦長、発砲許可を!』

「ダメよ!何を考えているの!?」

『じゃあソイツは何者なんですか!!』

「サザン…!」

 

『私は、なに…?』

 

ヘルメットどころか、衝突の衝撃で破れているパイロットスーツなのに、なぜ無線でのやりとりができているのか、そして何よりも本人でさえわからないその疑問を答えることが出来る者は誰一人居なかった。

 

 

 

 

 

 

「メモリに混濁が発生しています、現段階の推測ではありますが、形式不明の荷役アンドロイドが有力候補かと」

「形式不明の荷役アンドロイド??」

「はい、カタログを片っ端からひっくり返したそうですが、少なくとも太陽系であのような形式が製造された記録はありません」

「他種の、アンドロイドの可能性は?」

「可能性はあるかと思いますが、全ての形式を洗うとなると参謀本部並みの設備が必要になります」

「データベースはあるのね、女型は?」

「民需などの方面で見かけたことがあります、ただコレも形式が多いかと」

「処理装置か人海戦術しか無いか…」

「本艦での調査はコレが限界です、いかがいたしますか少佐?」

「…荷役で行きましょう、形式については伝手を使って調べてみるね」

「は!了解しました!」

 

報告書を携えた士官が退室する。

この一件の処理は艦長から一任されている。

であるなら、やはりどうにか連絡手段を見つける必要があるだろう。

そして、原因となったホログラムの文章を吸い込まれそうな暗さの窓辺で発光させる。

 

「やっぱり中央の推薦状って偉大ね、精密検査パスしててこんなことになったんだから」

 

調査は終わった。

つまり飛行再開命令だっていつでも出せる状態である。

だが、それは彼女自身がまた練習機に乗れるかどうかだ。

あれだけの事故だ。整備したての練習機一機を半損させたほどの衝突、何よりフライトレコーダーから衝突直前に意識を復帰させたことはわかっている。

あの瞬間を否が応でも目にしたということだ。

 

「また乗ってくれるかしら…」

 

それは、彼女の精神状態へ対する不安なのか、それとも自分の今後のキャリアに対する不安なのか、その答えは出なかった。

カイパーベルトでの過程を修了した練習艦はやがてその舳先を緩やかに内地へ向けた。

最後の過程、土星沖へ、重々しそうに船体は揺れた。

カイパーベルトの荒海を抜けると、土星沖までは穏やかな海が広がる。

飛行再開は少し審議されたが許可は降りた。あとは彼女が飛んでくれるだけでいい、カタパルトに設置された彼女の機体を見上げる。

信号が出ない、コックピットから降りて彼女の機体へ取り付く、ハッチを開けコックピット内を覗き込んだ。

 

「大丈夫?」

「いえ…」

 

合図を出す、カタパルトの固定が外される。

格納庫へ引き上げられていく練習機、ハッチからでは蹲った彼女の顔は見えなかった。

彼女の状態とは真逆に、大きなトラブル無く航海はスムーズに進んでいる。

青い星々を通り過ぎ、いよいよ航海カメラは大きな泊地を持つ太陽系最大の天然惑星、土星の反射光を捉えた。

 

待機室、重々しい雰囲気の中、少佐は自分の過去の失敗談を軽そうに披露していた姿は印象的だ。

 

「いやー、予科練は先輩たちに着陸脚のイタズラをされた時は参った…」

「…」

「…まだ、飛びたくないんだね」

「…」

 

コップを片付ける音、少佐はずっと私に付きっきりだ。

 

「少佐…」

「ん?」

「私よりも訓練生の相手をした方が、きっと正解です、アナタは実戦経験者です、あの人たちはきっとアナタみたいな人が必要だと思います」

「…そうかな?飛行教官も実戦経験者みたいだから私は、予備じゃないかな」

「…」

「逆にサザンに必要な人が私だと思うよ、自惚れだけど」

「…」

 

少佐は何も焦っていないように振る舞う、艦長から色々言われてるのはわかっていた。

土星が近付いて居る、刻一刻と練習艦は進み続ける。

私の中での答えを待ってくれる時間は無かった。

だから、考えるのを辞めることはしない、様々な可能性を考える。

また、あのような失態を起こさない為に、来る日も来る日も練習機の前で考える。

あの瞬間、何があったのか、あの黒いモヤは何を求めていたのか。

 

土星の環、その外縁を練習艦が投錨する。

まだカタパルトから先に行けない、どうしても画面いっぱいに拡がった小惑星の地表が頭を過ぎる。

少佐と過ごしている士官室、少佐は相変わらず明るそうに振舞っていた。

土星の環は中心になるにつれ回転が早くなる。この環境の中で外縁部から徐々に土星の方へ飛距離を伸ばして訓練を行っているのだ。

他の練習生は順調に距離を伸ばしている。飛んでいないのはあと私だけだ。

あの濃密な帯の中へ飛び込む、途端に呼吸が浅くなるのがわかる。

最も、報告書を読む限りは自分に果たして呼吸が必要なのかはわからなかった。

もはやカタパルトに乗る事も無くなってきた。格納庫に来ては自分の機体と対面して考える日々、たどり着けない物をどうにか掴もうとしていた。

 

「ここで飛ばないと、一生飛べなくなる」

 

その日の少佐は辛そうな顔で話しかけてきた。

この顔を知っている。練習艇で拘束された際の人の山の向こうに、それを見たからだ。

 

「前に話したと思うけど、着陸脚へのイタズラでさ、練習機全損するくらいの大事故やらかしちゃってさ」

「全損…?」

「そう、全損、パーツ取りで解体されちゃったくらい、その時私は何ヶ月も目が覚めなかったんだ」

「…心中お察しします」

「だから、それ以来座学で戦闘起動とかを理解してるつもりではあったけど、練習艦隊の航海で結局この土星沖まで一度も飛べなかった」

「ですが、今、少佐は…」

「そうよ、ここで飛んでみせた」

 

窓の外、火の灯る眼差しを向けられた土星は物言わぬ環を今日も練習機はマラソンをしている。

その横顔は、きっと今までの記憶で一二を争うほどピリピリと伝わって来るものを感じた。

 

「見返してやりたかった」

「…」

 

プレス製の安っぽいプラスチックのスプーンが音を立てて割れる。

少佐の拳は、白くなる程に握りこまれていた。

 

「まぁその時トップレス反応を検出されてバスターマシン科へ転科したけどね、おかげで予科練よりはいい空気が吸えたよ」

 

トップレス反応、誰にでも起こりうる微弱な反応、そよ風のような物から果ては台風かそれ以上の物まで実に様々であり、そして計測してみなければその大きさは不明確な部分が多い。

特に反応が大きな者は宇宙軍の戦略にも影響を与えると言われている。

 

「反応が出るとバスターマシン科へ行く事になるのですか?」

「そうだね、条約で制限の緩い特殊戦力の1つだから、でもバスターマシンに乗れるかどうかはまた別の話よ」

 

少なくとも少佐には才能があった。

それをきちんと掴んだのは紛れもない少佐自身なのだ。

自分は、まだ何も掴めていなかった。

 

だが、1つ、自分の中で仮説を抱えていた。

その仮説が果たしてホンモノなのか、確かめるのが怖くないかと言えば嘘になる。

何しろ練習機を破損しかねない、そして何よりも気が付いたのがあの衝突の瞬間だけという再現性の無さである。

それでも、私の答えを待とうとして居る人が居てくれた。

 

「アナタはどうしたいの?」

 

困った顔でそう聞かれた。

 

「また、練習機を壊すかもしれません」

「なら、また体当たりしてでも止めるよ」

 

研ぎ澄まされた刃物のような覚悟だ。

きっとあの事故は私だけではなく少佐にも思う所があったのだろう。

 

「少佐、一戦お願いします」

「やっと確かめる気になったんだね」

 

 

 

 

 

 

「それで、どう確かめる気」

 

モニター越しに、彼女の機体が進んでいくのが見える。

これまでカタパルトから先に出なかった彼女が、ついに頭の中で何を考えていたのかわかる瞬間が訪れた。

あれだけの事故だ。生半可な覚悟でカタパルトから先に進んだはずでは無い、きっと何か考えがあって決意をしたんだ。

 

『いきます、少佐』

「いつでもどうぞ」

 

仮にも僚機であり、教官役なのでモニターに映し出される彼女の機体の情報が刻一刻と送信されてくる。

そのテレメータが一本づつ消えていく、それだけで何をやっているのか把握した。

 

「…ちょっと待ってアンタ何やってるの!!」

『では、…ブツッ!!』

 

やられた。

おそらく飛行に必要な最低限の機器だけ付けている状態にしたのだろう、こんな事バレれば飛行停止処分だ。

おそらく電脳クジラと口裏合わせて実行しているのだろう、警報が一切鳴っていない事を考えるに事前に仕込まれている。

航法カメラで捉えられた怪しい影を追いかけるしか出来ない、この土星の環でやるような事じゃない、下手したらまた大事故だ。

 

「ちょこまかと…!」

 

小惑星の中の影の反応が消える。

急制動して取りついてるかもしれない、もしかしたらまた…、最終確認位置へ急いで向かう、衝突時特有の傘のように拡がった部品の散乱は見当たらない、まだ、どこかに潜んでいる。

 

「ロックオンの反応は無し、機器を切ってるなら、格闘戦ね」

 

ゾクゾクする、今にも喉が食い破られそうな緊張感を感じた。

画面に映し出される何もかもが疑心暗鬼を加速させる。

決着はおそらく一瞬、何しろ長時間飛んでると彼女は酔うからだ。

視界を確保するために小惑星帯の上面へ、水平面での視界より俯瞰的に判断ができる。

周囲に怪しい影はない、疑いを向ける対象が広範囲になったと言ってもいい、非常にまずい状況だ。

モニターへ接続されたあらゆる観測機器を矢継ぎ早に切り替える。

磁気計、おそらく彼女の機体の駆動部に反応したそれがグラフを揺らした。

小惑星の一つに隠れて息を潜めているだろう予想が当たったことに安堵を覚える。

だが座標に接近するにつれて違和感を感じた。

 

「何してるの、あれ…」

 

どう考えてもまた生身で外に出ている。

腕を組んで仁王立ちで小惑星の表面に、視認できる距離で一度それを通り過ぎる。

自分の目を疑ったが確かに小惑星の表面に突っ立って居た。

鋭いターンを決めて再びアプローチする。

ゆっくりと減速して、小剥製に表面へ、彼女はまだ動かない、流石に巻き上げられた砂ほこりを払っているが、それでもやっぱり同じ位置にとどまっている。

 

「練習機は?いや、聞きたいことがたくさんあるね、同行して」

 

練習機の腕を前へ、彼女の目の前へ、何か口が動いた。

音声を伝道する空気がないため何を言ってるのかはわからなかった。

だが次の瞬間、何かを構えようとして体を大きく動かす、コックピットに装備されて居たであろう信号銃が腰に見えた。

油断した。信号弾が直撃したメインカメラが処理落ちしている。

システムを急いで切り替えた時には彼女の種明かしが始まって居た。

機体を緊急離脱するべくメインエンジンを噴射したが強い衝撃と共にレーザー高度計は一切の上昇を検出できて居ない、映像がようやく出力される。

 

「うそ…!?」

 

地面に亀裂が走り練習機と全く同じ腕が自分の機体を掴んでいる。

信じられない、遠隔操作なんて機能は無かったはずだ。

 

「グァ!!…どんなトリックよ…!?」

 

小惑星へ練習機の腕一本で叩きつけられる。

さながら綺麗に決まった一本背負だ。

衝撃に耐えられない小惑星はその亀裂を深く走らせると、それはようやく姿を表した。

 

「この短時間で、どうやって!!」

 

粉々になっていく小惑星、もちろん表面に居た彼女もタダではすまないはずだ。だがその練習機はまるで仕える主人とでも言うように彼女を腕の中へ、よくみればコックピットから無数の配線が引き摺り出され、それは彼女の腕に結び付けられて居た。

まるで機械を操って居ると、そう言った表現が的確だと思うほど、その練習機の動きは鮮やかだった。

 

噴射の閃光がみえたかと思えばあっという間に距離を詰められた。

相手の懐へ飛び込む、飛行時間だって予科練生と変わらないような戦闘のせの字も知らないような子がまるで熟練者のような動きで追い詰めてきた。

模造刀の火花が散る。こっちは両腕を使って往なして居るのに片手で打ち込んでくる。

大質量物が高速で動いて居る状況下でさえ、コックピットへ入るどころかその動きを冷静に目で追って居る印象を抱いた。

これが本物の才能であれば確かに推薦状は正しい判断だ。自惚れたつもりはないが戦闘で格闘戦を多用する自分でさえこれだけ押し込まれて居る、恐怖を感じなかったと言えばそれは嘘になる。

 

「なるほどね!アンタの弱点はその目と感覚ってこと!!」

 

いかに反応が早くても、何かを介して動けば少しラグや感覚の違いが生まれるものである。

これは彼女の長所であり、短所でもあると予想する。

機体正面のサーチライトを全て全力で点灯、さらに向き合って居る方向のスラスターも全て点火して目くらましをしながら離脱する。

案の定照らし出された彼女と機体は脊髄反射で手を覆うように動かした。

視界が切れる一瞬の隙だ。

 

「悪いね!もらった!」

 

模造刀が空を切る。

確実に狙った手応えを感じる準備もできていたほどの脳みそが理解を始める。

避けられた!そう感じた時には彼女ははるか上方に滞空していた。

 

離脱で加速して居た機体がそのエネルギーのまま鋭いターンでこちらを見据える。

 

『イナズマ!!キィィィィック!!!』

 

あの技を知っている。

 

高度有利からの質量とエネルギーを相手に叩き込む、機体コックピット位置を遠ざけるとともに衝撃に強い脚部で行うことで確実に一撃を入れる。

あの速度だ。もう射程内に自分はいるのだ。

 

「受けて立つ!!」

 

慣性中和装置の出力を上げる。

瞬きすら許されない刹那、強い衝撃とともにコックピットの左画面が見えなくなる。

見えなくなったと言うより、そこに鉄塊が突き刺さってるのだ。

脚部だ、慣性中和で受け止め切った。

 

模造刀を居合切りのように彼女の頭部へ、寸止めする。

通常の何倍もある巨大な刃物状の重量物を添えられた彼女は悲しそう顔を見せた。

 

「こんなの、実質、相打ちじゃん…」

 

そこから先は、もう体のどこも動かせなくなるような酷い脱力感に襲われた。

そのタイミングだったか、眩しさを感じると自分たちは練習艇と巡洋艦に囲まれて居た。

電脳クジラのリンクが回復する。

 

「はは、気付かれちゃったか…」

 

無線の騒がしさに徐々に意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

敬具。

前代未聞の訓練航海はこうして終わりを迎えた。

艦長は非常に不愉快な顔をして居たが、推薦状の前には無力だった。

 

「あなたの成績が良かったからよ」

 

少佐はにこやかに接してくれた。

その痛々しい固定された左手が私に語りかけてくる。

自分の中にあったものを確かめようとした結果だ。

加減を知らなかったため、なんと練習機の正面装甲を貫通してしまった。

だが少佐の操縦のリカバーによりどうにかこの被害で済んでいる。

 

予科練に到着するといよいよお別れだ。

少佐は元々評定のために予科練と練習艦へ後送されているためだ。

もちろん文句なしの合格判定だった。

だがまた艦隊へ戻るにはバスターマシンの破損と自身の負傷が大きく響いて居た。

今後軍病院へ通院しながら勤務し、完全に回復したと判断されてからようやく許可が降りるようだ。

 

「私は、そうね、バスターマシンの修理が長引きそうだから軍大学へ行くよ」

「少佐、…お元気で」

「うん、またね!」

 

そう言って連絡船の搭乗ロビーでお互いに健闘を称えあった

きっとまた出会う、ウラシマ効果を背負う船乗りの宿命のようなものだ。

握手が終わる瞬間、ゲートの向こうへ歩き出すその時まで視線は外さなかった。

 

軍属の連絡船、搭乗人数はまだまばらだったが時刻通りの運行のため離岸作業が始まって居た。

目的地は冥王星、シーニュ大佐から届いた手紙に同封されて居た搭乗券を使用している。

 

窓際の席へ案内され、そこから作業中の岸壁を眺める。

そうすると桟橋のデッキに少佐がいるのを見かけた。

船内放送が始まる。いよいよ離床だ。

 

窓の外へ向け、思わず手を振る。

少佐も左手を振り返してくれた。

 

「少佐、軍医に怒られますよ」

 

連絡船が離れていくと、ついにデッキに転がってしまう少佐の姿が見えた。

大圏航路左回り、冥王星はやや遠く、棟京をスイングバイし木星軌道の外側へと船首を向ける。

 

これまでとは違い、非常にゆったりとした時間が流れた。

船旅はトラブル無く目的地へ到着する。

冥王星沖へ停泊した連絡船から小型艇を使い宇宙港へ、そこからは陸路で指定された地点へ地下鉄を使うことにした。

元々坑道用の小さな地下鉄は不気味な暗さと共に運行されている。

 

冥王星基地、33号竪坑、目的の駅を出ればそれはもう目の前にパノラマのように広がっていた。

巨大な扁平型の銀に輝く戦艦は既に冥王星沖合まで上昇してその周囲に数隻の巡洋艦を従えていた。

 

「シーニュさん…?」

 

無事に基地の門を通され、事務所に案内された際に最初に目にした光景だった。

大きなプロジェクターに様々な星図や写真が所狭しと並べられている。

部屋に並べられた机の上も資料の山脈を形成し、もはや鉛筆の置き場もないほどに散らかっていた。

そんな重々しい雰囲気の中、部屋の主としてプロジェクターの光に照らされていたシーニュ大佐は議論と意見交換を一段落させるとようやく口を開いた。

 

「遅かったじゃない、ようこそ第16任務戦隊へ」

 

 

 

 

 

 





『神様にも願い事があるとしたら、それは何に願えばいいのだろう』






END image:Miru key way
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