「虎落逸軌って……いやだって、それはレアじゃ!?」
指矩先輩が虎落逸軌だとしたら、ではレアは何者になる?
もしも指矩先輩が虎落逸軌だとしたら、同じ人物が今この瞬間2人いるという矛盾が発生してしまう。
「倉木くんは勘違いをしているようですが。私も彼女も正確には虎落逸軌では無いんですよ」
「でもさっき自分で認めませんでした?」
「倉木くんはなにをもって、その人物が『その人物』である、と評しますか?」
「さっきから質問を質問で返しやがって」
「失礼レアさん。ですが、後々の展開の為に多少のカタルシスは必要でしょう?」
レアと指矩先輩の思考回路には確かに似ている部分があった。
だが、見た目はもちろん話し方や雰囲気、何から何までレアと指矩先輩、そしてもちろん虎落逸軌は違う。
「思考回路だよ。極論を言ってしまえば、生前の虎落逸軌と私が、そして指矩希月が同じなのはそこだけだ」
「そういうことです。私達は信念や好み、話し方や上品さ下品さまで異なりますが、思考の段階が同じなのです」
「えっとつまり……タイヤや車体は違うけれど、エンジンが同じみたいな?」
「……まぁ、倉木くんがわかりやすいならそれでいいですよ」
指矩先輩は不満そうな顔をしているけど、マジでよく分からないんだもん。
二人が同じ人物だとしたら、虎落逸軌が二人いなければならないけれど、同じ人物が二人いるなんてそれこそ有り得ない。
「単純な話だ。私が『指矩希月』というキャラクターを描く時に、ちょっと感情移入しすぎたんだよ」
「その言い方は自分が本物と言っているようで少し癪ですが、そういうことですね」
虎落逸軌が、指矩希月というキャラクターを描く時に何度も『自分ならこうする』という思考で彼女を描いた。
「彼女は確かに指矩希月という個性を持っていた。だが、私が感情移入し過ぎて描いた結果、彼女はその個性を持ちながら、作者の思考の代弁のような反応をさせてしまった。……今思い返しても、あそこは作者の考えをキャラに代弁させ過ぎたな」
そうして生まれた指矩希月というキャラクターは、虎落逸軌とは確かに違う個性を持つのに、物事の判断基準が虎落逸軌と非常に似通ったモノになる。
指矩希月として好きな物、嫌いな物、善悪の判断が存在するのに、同時にあらゆる物事を『虎落逸軌』の視点で見て考えることが出来てしまう。
「なので、まぁ、はい。もしも『この世界が自分が描いた漫画だったら』って考えたら、それだけで私はこの世界の大体のことは予想がついちゃうんですよね」
「あーくそ、予想外だ。なんかずっと私の思惑が外れてたと思ったら、そういう事か」
「汚鳥レアになっているとは予想外でしたが、私は『もう一人自分がいる』と思って物事を組み立ててきてましたからね。変数が一つ少ない分、誘導合戦は私の勝利というところでしょう」
指矩先輩こそ、この世界における俺やレアと同じようなイレギュラー。
つまり、本来なら存在する原作の展開を変えることが出来る変数にして、レアが唯一原作の知識で負けかねない相手。
「じゃあ、乙葉がキズガミに目覚めたり、烏城がなにかおかしくなってるのも」
「ふふふ……」
「緋鞠の性癖がおかしくなってるのも!?」
「それは彼女の元からの素質ですね」
「うん。それは霞儀緋鞠の元からの性癖」
なんでそこだけ否定するんだよ。
まぁいいけどさ。俺が悲しい気持ちになるだけだから。
「じゃあ、クモリを殺したのも……」
重要なのはやはりそこだ。
確かに彼女がレアと、虎落逸軌と同じ思考を持つのならばやりそうな……。
「ふふふ……なんでこうなっちゃったんでしょうね? 実は私もめちゃくちゃ困っていてですねぇ……」
「…………は?」
「私としても、クモリくんが亡くなったのは予想外も予想外。しかし亡くなっちゃったものは仕方ないと、新しい混沌を探していたところなんですよねぇ」
嘘を吐いている可能性は、十分にある。だが、ここまでの情報を明かしておいて今更嘘を吐く理由はなんだ?
そもそも、今の状況は誰の、何が原因なんだ?
クモリの死、乙葉のキズガミ覚醒、緋鞠がこの街に来ていることと色々強化、烏城の暴走。
全てが繋がっているように見えて、何も繋がってくれない。レアと指矩先輩、この状況を俯瞰的に見れる彼女達ですら、盤面の混乱に乗じている愉快犯でしかない。
「仕方ないからレアさんはどうやら、倉木くんを次の主人公に据えて新しい物語を紡ぐことを選んだみたいですが、私は美しく物語を閉じるべきだと思ったんです。──────主人公を失ったヒロインは、絶望に打ちひしがれ世界を呪いながら、厄災と成り果て後を追う」
「烏城にこんな計画を提案して、実行させたのも先輩が?」
「私は方法を提案しただけですよ。選んだのは彼女です。それに、彼女ならもしかしたら死者を蘇生する奇跡にたどり着くかもしれないですからね」
しかし、今それを考えている余裕はない。
どうにかして指矩先輩と烏城を止めなければ、この学校、この街の人々が虐殺される。その末にクモリが蘇ったとして、きっとそれは誰も幸せになれない。
どうする?
緋鞠は連絡がつかない。レアは戦えない。乙葉は……無事だろうが現状は把握出来ない。しかも指矩先輩と烏城の原作での情報を俺はほぼ持たない。
対して向こうは強力な悪霊三体。それを易々と捕えられる指矩先輩と、あまりに戦力未知数の烏城。
「……ふふふ、はは、ははははは!!!」
「私、何か面白いこと言いましたかね。同じ私なのにこのタイミングで笑うのは予想外ですね」
打開策を探っていた俺の横で、突然レアが笑い出す。彼女の思考なんて、到底俺には理解できるものでは無い。だが、ひとつわかるのは彼女が笑う時は大抵ろくでもない時であり──────
誰もが抱く予想を、ぶち壊してしまう時だ。
「指矩希月。確かに君は虎落逸軌だろう。だが、同時に君はどうしようもないほどに指矩希月、この作品のヒロインだ」
「だからなんだって言うんですかね? たとえ私が
「いいや。作者として断言するが、この作品で最も強い力は精神の力だ。そしてもう一つ。虎落逸軌はいつも、もったいぶって大事なことは最後に言うんだ」
「……これだから揚げ足取りだけは上手な殿方は嫌いなんですが」
「『烏城などめにクモリを取り戻して欲しい』。それが指矩希月の嘘偽りない本音。違うかい?」
レアの言葉に、指矩先輩の眉が一瞬動く。
「仮に、私が本当はクモリくんを取り戻せる可能性に賭けているとして、それがどうしたと言うんですか? それならば尚更、私は烏城さんを応援するだけですよね?」
「人間ぶち殺しまくって、
「やめろレア。お前、ほんとデリカシーないから」
レアは大人しく口を閉じる。
だが、既にもう言い過ぎのラインであったのだろう。指矩先輩は饒舌だった口を閉じて、ただ俺の方に視線向ける。
「指矩先輩。クモリのこと好きなんですか?」
「それは、『指矩希月』としての私が? それとも『虎落逸軌』としての……」
「先輩に、聞いてるんですよ」
乙葉がクモリのことが好きだったのは、原作でそうだったからだけなのだろうか?
俺は、それは違うと思いたい。運命や決定事項なんて言葉を使うには、この世界は創造主ですら予想がつかないことが起こりすぎている。
「…………好きですけれど、それが何か?」
「レア。この作品のヒロインってみんなこうなの?」
「言ったろ。この世界では一番強いエネルギーは精神の力。私はそう思って、この作品を描いたのさ」
好きな人を取り戻したいと素直に言えず変な方向に理論武装するわ、その為に虐殺も厭わなくなるわ。
本当にクモリの野郎、どんだけ人に好かれる才能というか呪いを持っていたんだよ。
「クモリくんのことも、全部知ってるはずなんですよ。私の思考回路が考えた人物だから、彼と会話する必要なんてない。彼の考えは全て私の予想の範囲内。……なのに、会話するのが楽しかった。新しい彼を知ることが、楽しかった。彼の居ない世界じゃ、何故だかそれが楽しくなくなっちゃったんですよね。だから、もう終わりにしてしまいたかった。こんな、意外性も楽しみもない
ただ俺はクモリの友人として、友人の知り合いの人達にそんな外道な行いをさせるわけにはいかない。
アイツは主人公以前に、誰かに希望を与えられる人間だったんだ。
アイツのことを想ってでも、こんな悲劇を産んではいけない。そしてそれをアイツのことを好きだと言ってくれた指矩先輩に。
「自分の作品を、こんな中途半端なところで終わらせようとしないでくださいよ。俺、この作品好きなんですから」
「……別に私は不可能と思ってますからね。ただ、確かに一つ考え方を変えました」
指矩先輩はロボットアームでの拘束を解き、俺達を地面に下ろす。
「倉木くんという変数が、この盤面をどれだけ狂わせるか。その結果によっては、私にですら予想がつかない何かが産まれるかもしれない」
「とりあえず指矩希月は君が成せるかもしれないモノが気になるし、自分ではクモリを復活させる方法思いつかないから頼りたいって言ってるよ」
「だからお前デリカシー。思考回路同じだからって乙女の内心読み解くとか最悪だぞおっさん」
「私も乙女なんだけどなぁ」
彼女にだけはこの世界を否定させてはいけないし、クモリのことを愛しく思っている人に彼が最も嫌悪するであろう虐殺を行わせてはいけない。
その為に、この儀式は絶対に止めなければならないが……。
「指矩先輩。なんか力貸してくれたりは……」
「今ここで私に頼るのかなり情けなくないですかね倉木くん」
それは自分でも思う。
しかしそうなってくると俺が使えるのは……。
「……やってみるしか、ないか」
手首から先を失った右腕。
その断面は、レアに施された処置によって修正液で塗りつぶしたかのような白色が広がっている。
───キズガミの修得に必要なのは、平均一万時間の訓練か強力な霊的接触。
七不思議である汚鳥レアに奪われた右手、そしてその傷口。
掻きむしるように、血を迸らせるように、その傷口に俺の精神の形をイメージする。
失われた右腕を補うようにして、黒く輝く手がそこには発現する。
頭の中に何となくその使い方が浮かぶが、この能力で果たして烏城を止められるのだろうか。
……まぁやらないと終わりだからやるだけだけど。
学校を外界から完全に隔離する厭世結界。
侵入する為には、1cmを十万倍に引き伸ばした空間を乗り越える必要があり、侵入を止めるならば後ろに一歩下がれば良いだけ。
その気になれば出ることも入ることも可能であるが、それを行う気になれない、という極めて嫌らしい結界。
吟一がキズガミを顕現させたのと同時刻、その結界内に
「学校は、私達の思い出の場所。クモリが好きだった場所、そして今吟一がいる場所」
レアによって悪霊捕縛の為にさっさと帰宅させられ、学校の異変に気が付いて文字通りに飛んできた、泡白乙葉。
巨大な
「烏城、などめさんだったかな?」
「そちらは、幼なじみのくせに、クモリ先輩を守れなかった役立たず、ですか」
「先輩に対する口の利き方。なってない」
「クモリ先輩のことが好きなんでしょう? なら邪魔しないでください、です」
乙葉の行動基準は極めて単純だ。
クモリが好き、吟一が大事。
二人を守る、二人が大切なモノも守る。自分達三人にとっての大切なモノも守る。
邪魔するやつは、クモリが嫌悪しないやり方でシメる。
「私は優しいのよ。ちょっとションベンチビらせて私を見たらパニックになって悪いこと考えられなくなるくらいに、痛めつけさせてもらうわね」
「怖いこと言うんですね。怖くて怖くて、先輩のこと殺してしまうかもしれないです」
この場にいるモノ達の誰もが、上宿クモリを大切に思っている。
だと言うのに、彼女達の道は交わらない。不器用で、歪んで、素直じゃない彼女達の想いは伝えるべき相手が死してしまった時点で既にどうしようもないほどに自己中毒で腐ってしまっている。
だとしても、だ。
彼女達が抱えている思いはきっと、たとえ彼女達自身であろうとも汚してはいけない。そんな純粋な気持ちなのだ。