「泡白乙葉は料理が上手いなんて設定なかったと思うけど、いやぁこれ美味しいね。なんの肉これ?」
「そこのやつの片腕」
「ははは。え、マジ? 真面目に人肉食に目覚めるよこの味は」
目を覚ますとうちのリビングでレアと乙葉が鍋を囲んでいた。
一日に2回も気絶するわ、両方目が覚めたら悪夢よりも悪夢らしい光景が広がってるわ、本当に今日は最悪の日だ。
「乙葉、もう大丈夫なのか?」
「そう言われても私としてはあまり実感がないのよね。アンタを監禁して守ろうとする私も、アンタを大切にする私も、全部私だから」
「呪いによって精神の方向性が極端になっていただけだからね。あくまであの状態は泡白乙葉の一側面だから、本人からしたら正気に戻ったって言う自覚は薄いんだよ」
「……それなら、まぁいいか」
とりあえず、乙葉が俺を攻撃してくるようなことは無さそうだ。安心して大きく息を吐いて、それから汗を拭おうと右手を上げて。
「その……腕、悪かったわね」
「あー、そういやそうだったな」
乙葉を止めるために、無理やり乙葉がレアを攻撃せざるを得ない状況を作った。
あれ以外だと、どうしても乙葉が攻撃したではなく、俺が攻撃させたという状況になってしまうが故にあれ以外の方法はなかったが、代償は俺の右手首から上。
レアが何かしたのか痛みや出血は無いが、感覚もないので不思議な感覚である。無いんだけどね。
なんと言うか、痛みがないのが逆に恐ろしい。自分が何を失ってしまったのかを忘れてしまったみたいで。
「っぅ……」
「おや、もしかしてまだ痛むかい? どれ……」
それが当たり前のことであるかのように、レアは俺の右腕を掴んでそれをそっと自分の胸へと押し当てる
「うわっ! キモっ!」
「おい。仮にも女子の胸に触ってその反応はさすがに傷つくんだが?」
だってこいつ、女子とか言っても中身は虎落逸軌(本名:佐藤樹)だからな……。漫画家のおっさんの胸を触らせられてるってのを想像してしまうのと、幾ら見た目が女子だからってこのどうしようもない生き物の胸を触って喜べるほど純真じゃない。
「くくっ、言われてやんのクソアマ」
「おい何笑ってんだ泡白乙葉。私のデザイン的にはレアの方がお前より上なんだからな? 私の方が美少女なんだからな?」
「わかってますよ、転生美肉おじさん」
「コイツゥ〜!」
レアと乙葉は笑顔でお互いの手を掴んで、鍋の中にぶち込もうとし始める。危ないしそれうちの鍋だからやめて欲しい。
と、言うかだ。
「乙葉もコイツから、あの話聞いたのか?」
「この世界がこいつが描いた漫画だ〜とかでしょ? 狂人の戯言としか思えないし、正直どうでもいいわよ。私にとって重要なのは、ワンチャン世界が滅んでアンタが死ぬ事なの」
「お、おう……」
確かに普通はそんな反応になるのが妥当だろう。
それにしても、なんというか幼なじみからそう素直に好意……という程でもないのだろうが、そう言われるとちょっと照れるというかなんというか。
「何ニヤニヤしてんのよ」
「乙葉、結構恥ずかしいこと言ってる自覚あるか?」
「は? 私がクモリと吟一のことが大好きで、世界を滅ぼしてでも二人を守りたいと思ってたことが恥ずかしいこととか言いたいの?」
「言ってないよ。お前が全部言ったんだからお前すごいな」
乙葉のことを臆病と評した自分が恥ずかしい。
なんでこんなにもストレートに面と向かって言うことができるんだ? そしてなんでその本心をクモリには伝えられなかったんだ?
「精神の形であるキズガミを破壊された影響により、
つまり、乙葉は常日頃から俺とクモリのことをそんなふうに思いながら過ごしてきていた、ということなのか?
「クモリのことどう思う?」
「恋愛的にアリかナシで言えばアリ。告白するかと言われたらしない。私にとってクモリは最初の憧れで、なるんだったらこういう人間になりたいって目標なの。でもアイツを褒めようとすると、なんだか届かないものに手を伸ばしてるみたいで自分がみっともなくて、どんなに外面を取り繕っても醜い私の性根じゃアイツに並ぶには相応しくないんじゃないかなって、そう思って遠慮してるけど本当は愛してるって伝えたい。あとさらに本音を言うならアイツが他人から傷つけられるのが許せないから監禁したい」
すっごい悪い気持ちになったからこれ以上聞くのはやめておこう。
「……今まで蓋をされていた分、今は多分思ったこと全部口に出すようになってるんだね。っかしいな、ここまで拗らせたキャラとして描いたっけ?」
アイツの名誉の為にも、今のは聞かなかったことにしておこう。女の子の内なる心を暴くのは、さすがに色々いけない。
……ちょっと俺の事どう思ってるか気になるけど。
「ちなみに吟一くんのことはどう思ってるんだい?」
「おいやめろおっさん! セクハラだぞ!」
「ガールズトークって言え」
「はぁ? なんでアンタにそんなこと言わなきゃいけないの? でもそうね、強いて言うんだったらクモリが私にとっての星なら吟一は太陽かな。鬱陶しくて、どんなに嫌な時でも付いてきてめんどくさいとも思うけれど、私は何度も吟一の真っ直ぐなところに励まされてるなぁって感じるの。クモリが私のことを何も言わず応援してくれるやつなら、こいつはうるさいくらい応援してくれるやつ。でもこいつ自身はそんなつもりないんだろうけど……生き方そのものが、私にとっての灯火のような───」
「ウォォォォォォォォォォォォ!!!!」
叫んだ。俺はとにかく叫んで何も聞かなかったことにした。
これは聞いてはいけない。乙女が心の内に秘す絶対の秘密。心の奥底に隠して墓まで持っていくべきモノだ。
これを聞かれたと後で乙葉が正気に戻ったら、多分レアを殺して俺をぶん殴って自分は死ぬ。
あと、乙葉はこんなこと言わない!
「いや言ってるんだよ本人が。君のそのめんどくさいファンみたいなところ、キモイからさすがにやめたほうがいいよ」
「秘めてたとしても口で言わないの! 乙葉はそういうめんどくさいところが味があって良い奴なの!」
◆◇◆
「さて、腹も膨れたことだし作戦会議といこうじゃないか」
「俺何も食ってないんだけど」
「二人は身を持って
俺の話をガン無視して、レアはまた俺のノートに勝手に何かを描きながら話を進めていく。
確かに、こいつの言う通り乙葉ですらあんなに攻撃的になるし、そもそもキズガミに目覚めるしで大変なことになっている。
レアの言う通りに動くのは癪だが、やはりこの事件の対策をしないわけにはいかないだろう。
「分かりやすくランク付けでもしようか。危険度Cがそこの今時流行らないツンデレからツンを抜いた特徴のない女だ」
「仮にも原作者名乗るなら描いたアンタの責任でしょ」
「しかしこの女はあれでも行動方針は『守る』ことだった。彼女がタービンの中で回してた呪いも攻撃的なものではなかったしね」
見せ付けられたノートのページには、彼女が言うランクとやらが示されていた。
| ランク | 被害規模 |
|---|---|
| SS | 天災クラス |
| S | 都市壊滅 |
| A | 凶悪テロ並 |
| B | 悪意ある殺人鬼並 |
| C | 交通事故程度 |
「仮にも女の子をこの扱い良くなくない?」
「でもこういうの好きだろみんな?」
確かに、こういうランク付け見せられるとちょっとワクワクするけどさ……。
「で、あんたが言うその……なんだっけ? 醜い足の引っ張り合い嫉妬の渦?」
「
「残りのヒロインは何人いて、それぞれどれくらいなのよ」
「それは……」
レアが明らかにもったいぶった言い方をする。
これは間違いなく、「ネタバレになるから言えないよ☆」とかいう前触れだな。
「ネタバレになるから言えな」
「乙葉はCランクらしいけれど、実際どのくらいやれそうなんだ?」
「妖力って言うの? よく分からないけれどそれを満たして操ることも視野に入れなきゃならないなら、正直私はキズガミの制御で手一杯ね」
「……コホン、ちょっとだけね? ちょっとだけ期待を煽る感じで紹介するから!」
さすがにガン無視は心に響いたのか、レアは慌ててノートに新しい図を描いて俺達に見せつけてきた。こいつの扱い方だんだんわかってきたな。
| ヒロイン肩書き | 危険度 |
|---|---|
| 雷速軌道車椅子怨嗟轟輪 | A |
| 解剖解明快活灼炎龍 | B |
| 無限淵渇望悪霊蠱毒 | S |
| 無口無心無情静謐黒帳 | S |
「まぁチラ見せできるのはこんなところかな」
「仮にも少年誌って設定じゃないの? ヒロインに付く肩書きじゃないでしょこれ。名前出オチ四天王?」
「なんだよこのネーミング。仮にも女の子をなんだと思ってんだこの腐れ原作者が」
「そうよそうよ。自分の描いたキャラクターだって言うならもっと愛を持って接しなさいこの初週アンケート0票原作者」
「人気投票で一票も入れて貰えないタイプの原作者がよ」
「君たちもしかして私が何かやらかした時に言う悪口事前に考えてきてる?」
しかし、なんとなくあの人かぁとなるのはあれどやはり原作者と俺ではヒロインに対する造詣が違う。そもそも、原作開始前では会っていないヒロインだっているはずなのだ。本来なら
「しかもこの子達は泡白乙葉と違って遠慮なしに殺してくるだろう。今の君達じゃすぐに殺されておしまいだろうね」
「アンタが戦えばいいじゃないの。『都市伝説』さん」
「ダメ。私が手を出すのは色々ずるが必要だし、何より私は創作者! あくせく物語を紡ぐキャラクター達を指揮するマエストロと言ってもいい!」
「役立たずってことね。そのまま高くしすぎた鼻へし折って指揮棒にしてやろうかしら」
ほんとこの二人仲悪いな。
だが、乙葉の内心を知った上で考えると当然だろう。何せ、このレアという女はクモリを殺したと公言しているのだから。
……いや、さすがにその話はさすがのレアでもしないか?
「なぁレア、あの話はしたのか?」
「あの話ってどの話さ。私が上宿クモリを殺害したって話? それとも君が私の下着を覗いた話?」
俺の気遣いを無視するどころか、余計なもんを付けて最悪の形で返してきやがった。
そんなレアの発言を聞いて、乙葉は一瞬目尻をピクつかせはしたものの、あくまで平静と言った様子。
「心配しなくてもいいわよ。こいつの話なんて私はほとんど信じてない。そして、こいつの話の中で唯一信じられるのは私を始めとしたこいつの言う『ヒロイン』が暴走していること」
「全部本当なんだけどなぁ」
「なら私がやるべき事は一つ。あいつとの思い出が沢山あるこの街を、そして今生きている吟一を守る。……きっと、クモリならそうするから」
俺が思った通り、いや。
俺が思っていたよりもずっと、乙葉は優しいやつだ。どんなに素直にならなくて伝えられなかったとしても、彼女が近くにいてくれるだけで俺達は何度も助けられてきた。
「それに、あんたの腕は四割くらい私が原因で消えたみたいなものだし、身の安全は私が保証しないとね」
「いや五割はあるだろ、そこは」
「私が暴走したのは何とかタービンのせいで、自分の腕がもげるような対策を出したのは吟一でしょ? 襲ったことは悪いと思うし埋め合わせはするけど、腕はさすがに対象外よ」
「その通りだからいいけどさ……」
なんか微妙に釈然としないけれど、腕に関してはさすがにレアに怒られても文句言えないくらいの無理やりな策だったからなぁ。
「何はともあれ、誰かが暴走するヒロインを止めなきゃどの道全員死ぬんだ。君達が逃げる理由はないだろう? だが、現状雑魚と片腕無しのパーティじゃ雑魚には勝てても本物の
そう言いながらレアがまた一ページノートをめくる。
そこには大きな文字で『小夜子vs加奈子大作戦』と書かれていた。
「なに、この名前……?」
「私の前世で大ヒット……まぁ大ヒットして擦られまくった由緒正しいホラー映画のタイトルからあやかった作戦名さ」
「擦られてるじゃない」
「とりあえず聞けって。私達がひとまず対処しなければならないヒロインだが、彼女たちは一筋縄ではいかない。しかし、この世界にはもう一つ対処しなければならない問題がある。はい問題、それはなんだと思う吟一くん」
「お前」
「それはそう」
自覚あったのかよ。
しかし一応、コイツの言うことにもたまに大事なことがあるので考えてみると、すぐに思い当たる節があった。
原作ではクモリが対処した悪霊の数々。
それに対処する人材が、現在存在しないのだ。
「悪霊!」
「え、こいつのこと?」
「まぁ似たようなものだね。私は『七不思議』という枠にこそいるが、分類としては奴らと同じ。人間の妄念が澱み折り重なり生まれた──────悪霊。この漫画の本来のメインとなる敵さ」
そうだった、クモリが居なくなったことで本来まっさきに出る影響はそれだったんだ。このクソボケ原作者が割り込んできたせいで忘れていたが。
じゃあやっぱりレアのせいじゃねぇか。
こいつほんと余計なことしかしねぇな。
「しかし……原作でのクモリの強さはだいたいさっきのランクから引っ張るならAとSの間くらい。その彼がヒロインと協力して倒せるような悪霊を君達が倒せるかと言われたら、無理だろうね」
「そもそも私は一週間前まで、キズガミなんてものすら知らない側の人間だったのよ。原作者を名乗る不審者なら、何かぱぱっと強くなるチート無いわけ?」
「逆にお前一週間でよくあそこまで練り上げたよな」
レア、つまり『七不思議』に対する知識も一般人が噂で知る以上のものだったし、ほんと乙葉が本気で俺を殺しにくるタイプじゃなくて良かった。
センスも度胸もあって情報収集まで得意となりゃ、敵に回られたらあまりに厄介だ。
「別に敵が強いからって泡白乙葉や吟一くんが強くなる必要は無い。敵に弱くなって貰えばいいだけの事さ」
「そんな簡単にいく話なのか?」
「勿体ぶるのも飽きてきたし、ぶっちゃけよう。私達の作戦は端的に言えば『化け物同士で争わせる』」
確かにこの作品の悪霊は陣営という訳でもなく、お互いの縄張りを持つ獣のようなものだ。
それ同士をぶつけて弱らせれば、俺達でも……。
「…………いや、もしかしてお前!」
「ねぇ、それ私は入ってないわよね?」
乙葉もどうやら気がついたようで、さすがにドン引きした顔でレアに問いかけるが、彼女は基本的に無視される以外で弱気になることなんて一切ない。多分、善性というものは前世の時点で母親の胎内に置いてきている。
「都市を滅ぼす女の形をした災厄の権化と、人間の悪性魂魄の結晶にして人類の醜悪の化身とも呼べる悪霊達。これを、ぶつける! まさに怪獣大決戦。私達はその怪物バトルで弱った方を仕留めればいいのさ!」
合理的だけど、合理的だけどさぁ。
こいつほんとに原作者かってくらい、ヒロイン達の扱いが雑なんだけど?
《泡白乙葉》
家族構成:父、母(両者ともに海外に出張中)
『キズガミ』の日常パートヒロイン。
霊感はほとんど無く、小学生の時に自分を霊障から助けてくれたクモリに好意を抱くものの、素直になれず想いを伝えられなかった結果疎遠になるが、大妖怪『妖鳴』と契約したクモリに再び救われたことをきっかけに距離を縮めていく。
原作では薄々勘づいてはいるものの本人に霊的能力が目覚めることはなく、役回りとしては戦いに赴くクモリを見送り、戻ってきた時の居場所を守る非戦闘系ヒロイン。
しかしいわゆるツンデレキャラと、素直では無いが性根の善性を一切隠せていない行動。そして非日常に浸かったクモリをいつも暖かく日常に迎え入れるそのポジションは唯一無二であり、人気投票では出番の少なさに反して第一回4位、第二回6位、第三回5位と大健闘している。特に京都血戦から帰還後の朝一番、二人きりの教室での会話シーンは一度は読んでおくべき。
本作においてはキズガミに覚醒してすぐに独自の情報網から悪霊や退魔師、そして七不思議などの基本情報を仕入れて万が一に備えていた。
学校にテロリストが入ってきたら、の妄想に対する対策を真面目に立てているタイプ。
なお、過度なツンデレは
本人が他者にかけていた呪いはクモリに近づく人間がクモリだけではなく全ての人間から本能的に嫌悪されるようになる『蝕快』。なお、想いが強くて呪いになっていただけなので本人に呪いを生み出していた自覚はない。