K県八十矢市。
なんの特徴もないように見える地方都市であるこの市には、一つだけ特別なところがある。
それは───行方不明者数。
その数、同規模の市に比べて凡そ3倍。
日本全国、特に人口密集地には人間の妄念が澱となって悪霊を産むことになるが、かと言って人口規模に対して八十矢市は明らかに異常である。
そんな最悪治安悪霊跋扈都市八十矢市には、当然のように心霊スポットが幾つも存在する。
その一つこそ、今俺達が訪れている
「しかし、こんなよくある心霊スポットに悪霊なんて出るのかしらね?」
「一応キズガミ使いなんだから、何か感じるものとかないのか?」
「軽く調べてみたけど、なーんか嘘くさいのよここ」
俺と乙葉がここを訪れていた理由は、レアに言われてここに居る悪霊をヒロインにぶつけるために捕らえに来たというわけだ。文字にするとあまりにやってることが悪役である。
「ネットでの噂も昔は精神病患者の隔離施設だっただの、凶悪な殺人犯が何人も殺しをしただの、戦時中に爆撃があって大量の死者が出ただの、いまいちどれも具体性に欠けてふわふわしている」
「真実かどうかは重要じゃないからな。結局、人がここに『出る』と思えば出るんだよ」
この作品における『霊』とは、『悪霊』と『怪異』が存在する。
大雑把な括りで言うと悪霊とは生物の霊魂が悪性情報として現世に留まっているもので、怪異は人々の噂が形になったもの。
つまり怪異とは、人が『こういう化け物がいる』という都市伝説から生まれる存在なのだ。
どちらが強い弱いというのは、さすがに個体差があって語れないが……。
「こうして噂になっているほどの心霊現象ならば、『怪異』より『悪霊』の方が強い。でしょ?」
「……その通りだけどさぁ」
乙葉の言うことは真実だ。
人間の思考、精神。そういったものが怪異を形作るのに対して、悪霊は最初から形がありそれを取り込むことも出来る。
誰にも知られずに悪霊になっている悪霊よりはそこらの怪異の方が強いが、都市伝説や噂話として恐れられている悪霊は基本的に怪異の成り立ちにプラスして最初から悪霊としての力を持ち合わせる。
平均的には『怪異』の方が強いが、上澄みの個体は悪霊の方が強い。
退魔師の方々の間及び、『キズガミ』の読者の間では常識であるが……。
「なんでそう言うことを乙葉が知ってるんだ? レアから聞いた?」
「一週間前、キズガミに目覚めてから自分で調べたのよ。今じゃ退魔師もインターネットを使って活動してるみたいだけど、さすがの退魔師の方々も電子機器の扱いは苦手な人もいるみたいね」
「
「緊急時の対応ってことで。おかげで『七不思議』とかも含めてそこら辺の知識はバッチリよ」
たった7日でキズガミを使いこなしていたし、退魔師の前提知識も独学で得ているし、正直ちょっと乙葉が怖い。
7日かぁ……。
そう言えば、それに関して気になる事がひとつあったんだった。
「乙葉がキズガミに目覚めたのって、一週間前なんだよな?」
「そうね。キズガミの形を今の鎌形に変えたのはクモリが死んだって聞かされてからだけど」
レア曰く、
3日のズレがあるんだ。
確かにクモリの死というのが最も大きな原作と違うイベントだが、クモリの死と乙葉がキズガミ使いに覚醒したこと自体には
だがレアは乙葉がキズガミに目覚めたのも、まるで愛憎輪界《ヒロインズ・タービン》の崩壊が原因であるかのように話していた。
最初から信用なんて一切していないし、信用しろという方が無理がある奴であるが、やはり俺達に何かを隠している、或いは奴にとってですら予想外の何かがある。
「色々考えてるところ悪いけれど、多分あの狂人そこまで考えてないわよ?」
「え?」
「アイツ、干渉できないとかどうとか色々言っていたけれど、私がアンタを襲った時最初に一度、そしてこっちは私も気絶してたから確認出来てないけどアンタの腕の止血で、アンタを二回助けてる」
「……アイツ、言い訳してるだけで自由に動けるのか?」
「可能性の話ね。アイツは私達が知る『七不思議』とは何かが違う。けれど、アイツ独自のルールで動くし、多分アイツにはちゃんと破れないルールが存在する。アイツは、新しい『七不思議』ってところかしら」
そう口にする乙葉は、目線を僅かに上にあげてアイコンタクトをしてくる。
これ以上を口に出させるな、見られているかもしれない。
乙葉と俺の方針は、恐らく同じだろう。
幾らアイツが知識豊富で対策事態は真っ当にしてるからってさすがに信じられない部分が多すぎる。現状は協力するが、いざとなった裏切る。
……色んな意味で怪物のアレを倒せるかは未知数だが、その為に俺達は出来ることをやる。
レアは倒したヒロイン達とは極力関わらないか、最悪命の奪い合いになると言っていたが彼女達を仲間にする。
クモリが暮らしていたこの街を守る為に、そしてあの邪悪な原作者の手から彼女達を守る為にも、何としてでも俺達は汚鳥レアを上回らなければならないのだ。
「レア、銃くれ」
「はい♡」
満緑山荘跡地に向かう前に準備をしている時、レアにそんなことを冗談混じりに言ってみた。
そしたら秒で銃を渡してきたのには、流石に最初に恐ろしさが湧いてきたが。
「じゃあ、あと簡易火炎放射用のスプレーとライター。あとは丈夫な縄とかも欲しいな」
「もしかして君、私を埋めようとしてない? 装備が対霊じゃないんだけど?」
もちろん、倒すのは霊だが俺達にとって最も脅威なのは霊よりもヒロインだ。
霊───悪霊や怪異は良くも悪くも現象だ。
かつて生きていた人間の残滓、或いは人間が妄想した恐怖。アイツらは『七不思議』のようにルールがあり、それを破った相手に攻撃的になる。
領域に侵入すること自体がトリガーのやつも多いが、この点で言えば俺とレアが持つ『原作知識』はこの上なく役に立つ。相手がどんな霊であり、どんな攻撃をしてくるか知っていればそもそも戦闘を避けることだってできる。
だが、ヒロイン達はそうもいかない。
狂っている彼女達がどう行動するかは不明。そうなってくると俺がやるべきなのは霊よりも人間への対策だ。
「幾ら退魔師って言ったって人間だ。銃は致命傷になり得るし、火炎放射器で燃やせば死ぬ。最悪周囲の木々を燃やして俺達だけ逃げれば、被害はどうなろうが俺達は逃げ切れるはずだ」
「えぇ……。この街を守るのが君の目的じゃないの? それむしろこの街を荒らしてるんじゃない?」
思わないところもない訳では無いが、俺が大事なのは結局まずは乙葉やクモリ、家族といった身近な人物だ。
この状況を放っておけばクモリがいた日常、俺達がそれを過ごしてきたこの街が崩壊する。かと言って、その為に自分や乙葉が死んでしまえば元も子もない。
「腕一本かけるくらいには死ぬ気でやるけど、死ぬくらいなら周りがどうなろうと生きて勝つ。それが俺の方針だが文句は無いな、原作者」
「ふふ、もちろんだよ主人公。私は理想を並べる主人公よりも、そう言った我欲の強さがある主人公の方が好みだもの」
主人公。
乙葉との戦いから、時折こいつは俺をそう呼ぶようになった。
レアの中で俺の価値が、一つ上がったのだろう。彼女の目的は不明だが、俺を切り捨てる可能性が減ったのは良い事だ。
恐らくこいつはその気になったら、乙葉をなんの躊躇いもなく死地に放り込んでそれを
善悪の問題ではなく、価値観が違いすぎる。
自分が楽しみたい方向に物事を誘導する。その性質は使い方によっては、道具として十分に使える。
「そうそう。今なら多分君、キズガミ使えるよ」
「え?」
考え事をしている時に突然変なことを言われたせいで、素っ頓狂な声を上げてしまった。
「キズガミの修得は平均一万時間の鍛錬、或いは霊障での臨死体験による防衛機能としての例があげられるが、君は一度霊障で死にかけてる。そう、私によってね!」
つまり、レアによって右腕を失った影響で俺はキズガミを使うことができるようになっているかもしれない、という話だ。ちょっと嬉しいけれど、理由が理由なので複雑な気持ちになる。
「ただし、練習とかは絶対するな。命の危機を感じたなら、その時に使え」
「いやなんでだよ。乙葉もいることだし、色々教わった方が役に立つだろ」
「泡白乙葉はキズガミへの適応能力に関しては天才だ。普通は一朝一夕の鍛錬なんて焼け石に水。それならば相手にキズガミ使いだと一切悟らせず、土壇場で使って逆転の切り札にする方が合理的だ。何より……」
「何より?」
「追い詰められた時の君の爆発力は目を見張るモノがある! 絶対! そっちの方が面白い。驚きに満ち溢れてるよ!」
やっぱこいつ、世のため人のためにちゃんとどこかで始末しておいた方がいいかもしれない。
満緑山荘に潜む悪霊、その名は『疵騙り』。
正体は悲劇的な事件など関係なく、この山で偶然にも滑落により事故死した殺人鬼の悪霊だ。
しかし生前から狡猾な手段で殺人を繰り返し、死後も『殺し足りない』という念で悪霊となった彼は、悲劇的な事故で世の恨みが募り悪霊になってしまった霊を装い、僅かにでも心揺らいだ退魔師のスキをついて騙して殺す、悪辣な霊となりこの山を自身の領域にしていた。
原作でも相手の罪悪感に漬け込む戦法でクモリを苦しめたが、正体が発覚すると同時に遠慮の一切なく攻撃をされて倒された、精神攻撃が主体の悪霊。
だがタネさえわかっていれば引っかかることもない。『疵騙り』の能力は全て初見殺し特化の精神攻撃。対策さえしておけばコイツはやたら強力なフィジカルの霊でしかない。
まぁそれでも結構フィジカル強いから、今の俺たちでは真っ向から戦ったら勝てる気しないし、その初見殺しが凶悪過ぎるからこそ、今回手札として捕らえに来たんだが。
「……いないわね、悪霊。正直ちょっと楽しみにしてたんだけど」
しかしおかしい。
性質上、奴は自分から獲物を狩りにくるタイプなのに全く来る気配がない。俺達の正体に勘づいて逃げたのか?
そう思った時だった。
『───ァァアアアアアア!!!』
空から火の玉が俺たちの目の前に落ちてくる。
乙葉がキズガミを顕現させ攻撃を加えようとしたが、すぐにそれが何なのか、事前に情報を共有していたから気がついた。
「吟一、コイツって!?」
「ああ! そいつが『疵騙り』だ!」
俺にですらはっきりと見える、大きな鉈を手に持った大男の霊。
こいつこそがこの山に潜む連続殺人鬼の霊にして、その厄介さから原作後半になっても強力な悪霊として名を挙げられる『疵騙り』。
だが、何で燃えている?
霊体である奴に普通の炎が聞くはずがない。だとすれば考えられるのは──────。
「おいで──────夜一口」
疵騙りに続いて、空から少女の声が響く。
だが上空から降りてきたのは少女ではなく、龍だった。
蛇のような長くも強靭さが伝わってきて、獅子のような顎を持つ空想上の生物。
怪異の中には龍の姿を象るモノもいると言うが、この作品において赤い龍が示すモノは怪異などではなく、ある少女のキズガミだ。
「『饕』」
続けざまに少女が龍に命令を出す。
龍の口からは解けた鉛のようなモノが何本も飛び出してきて、瞬く間に疵騙りを串刺しにし、同時に焦熱の地獄へと誘い込む。
「ァァァァァァアアア!!! アツイアツイアツイアツイ! フザケ、んなよォこのクソアマ! オレはマだ殺シ足りねェんだ! もっと、モットモットモッ」
「夜一口、『顎』」
耳障りな霊の悲鳴は、顎の一言共に巨大化した龍に噛み砕かれ、完全に聞こえなくなる。
一方的だった。
少女と龍の方に傷なんてものは一つもなく、本来ならクモリとヒロインが二人がかりで協力して何とか倒した悪霊が、一方的に食い殺された。
「えっと、助けてもらった? いやそもそも私達コイツと会ってなかったから、巻き込まれた?」
「逃げるぞ乙葉」
「え、待ってよ。流石に状況が不明瞭過ぎる。もうちょっと調べてからの方が……」
「今の状況がもうやばい! だって、そいつは……」
レアの作戦では、ヒロインにぶつける悪霊というものはある程度決まっていた。
キズガミと悪霊の能力にも相性があるし、他にも個人の精神構造での相性もある。
例えば、『疵騙り』は相手の罪悪感に漬け込むような攻撃が多く心優しい人物……本編でやつと戦ったヒロインやクモリなら苦戦するだろうが、これが罪悪感が微塵も存在しなさそうなレアなら、彼女の強さを差し引いても楽勝だろう。
しかし今、この前提が崩壊した。
何故かって、この相性がなんの意味も無くなったからだ。
原作でクモリと一緒に『疵騙り』に挑み、その特性に追い詰められた心優しい退魔師の少女。クモリが『妖鳴』と契約して以降、京都から転校してくる故に、まだこの街にいるはずのないヒロイン。
レアに勝手に付けられた二つ名は、解剖解明快活灼炎龍。
炎を纏う龍のキズガミと、燃えるような赤髪が特徴の元気で優しく、けれど色々と事情を抱えた転校生系ヒロイン。
──────
どうすんだよこれ、『疵騙り』が一方的に殺されてるぞ。
レアの見立てでは『疵騙り』の危険度がA、緋鞠がBだったのに、アイツの予想何一つあってないじゃん。
「……んー、あれ、一般人?」
緋鞠の大きな瞳が猫のように光を纏いながら、俺たちの方へと向けられる。
キズガミをしまい、商品を見定めるようにジロジロと無遠慮な目で俺たちを眺めて一言。
「うーん、そっちの男の子、好み!」
いきなり告白された。
「なのでごめん! ちょっと殺す!」
いきなり殺害宣言された!?
《キズガミについて》
種別:捕捉解説
キズガミは主に武器、防具、式神のいずれかの形で出る。
キズガミの表れ方によってその人の精神状態を測ることが出来、武器などのモノの形で現れる人間は安定していて、逆に生物の形で現れる人間の精神は不安定なことが多い。
特に幻想上の生物を模した式神が現れた場合は、不安定さの代わりに強力なキズガミとなることが多く退魔師の間では『丁重に』扱われる。