帰りは緋鞠の夜一口の背中に乗せてもらい、あっという間だった。
何せ行きは俺のリュックに銃火器ナイフ縄毒物など色々詰めこんでたせいで公共機関が使えず、かと言って俺は片腕がないし乙葉は免許がないしで移動手段が限られての徒歩だったのだ。
いいよな、自立飛行できるキズガミ。式神型はこういうところにも強みがある。その分形を保ち続けるのが難しいんだけど。
「……何はともあれ、強力な悪霊を祓って、ヒロインを沈静化して戦力も確保。当初の目的は達成出来たし結果オーライ」
「なわけないでしょ。いきなり腹を斬るとかあんな無茶、やめてよね?」
乙葉は俺の行為にかなりご立腹のようで、見るからに不機嫌な様子を隠そうともせずに俺へと詰め寄ってきた。
「だいたい、あの状況で腹を切ったからって相手が応じてくれるかなんて……」
「いや、それについては確信があった」
少ししか話をしてなかったが、彼女は原作からそこまで精神性が変容しているわけではなかった。ただ性癖が頭おかしいことになっただけで。
加えて、話をした感じでも彼女が基本的には『善』よりの人間であることはわかったし、それでいて相手の誠意には誠意で答える、逆にそうしないことに罪悪感を覚える質でもあるところまでは推測ができる。
だから、彼女が冗談のつもりであろうともこちらに彼女への『誠意』を見せれば、緋鞠は間違いなく乗ってくる。
「彼女がいれば最悪俺は入院しててもなんとかなるだろ? なら何も問題は……」
「アンタ忘れてるみたいだから言っておくけど、私はアンタを守る為に、あの原作者を名乗る狂人に協力してんだからね?」
「いや死ぬわけじゃないから。ちゃんと死なないように加減したし……ちょっとミスって内臓傷つけたけど」
「内臓が傷ついたら人は全然死ねるのよ。……ホント、そういうところはクモリもアンタも、自分に無頓着過ぎるのよね」
乙葉が心配してくれる気持ちもわかるが、結局のところ本当に緋鞠がいれば俺は戦力としては必要がないとは考えていた。
───原作が破壊されている。
この言葉に対してのレアの認識はきっと「面白い」。乙葉の認識は「なにかの冗談」。だとすれば、俺の認識は「あまりに恐ろしい」だ。
クモリがそうなったように、いつ乙葉の身に何が起きるか分からない。加えて緋鞠のあの原作との違いっぷり。
なまじこれまでの人生、この作品に『原作』があるとわかって生きてきていた分、地図通りに歩いていたのに突然その地図が燃えて灰になって自分がどこにいるかも分からなくなってしまったかのような不安。
この先は最高効率かつ最善手を打たなければ、乙葉の身も危険に晒す。
……それはそれとして痛いのも死ぬのも嫌なんだけどね!?
あの切腹はほんとマジで二度とやりたくない。でもあそこで上手く緋鞠を引き込めてなかったら今後間違いなく不利になってただろうし。
少なくとも、このレベルのヒロインをあと何回も相手しなければならないということなのは確かだろう。
俺、終わった時生きてるかな……。
泡白乙葉にとって、幼なじみである少年二人への評価は単純。『頭がおかしい』だ。
クモリという少年は、何も否定しない少年だった。
ただこれだけで人間としてあまりにも異質であり、その生き方がどれだけ苦難に満ち溢れているか、予想がつくものもいるだろう。
反対に吟一の方は、どんなことにも
私が転びそうになれば、自分が転ぶのも躊躇わず手を引っ張って止めようとする。
ただそれだけと言えばそれだけなのだが、彼女にとってはそれがあまりに恐ろしかった。
だって、人は『未知』を怖がるものだ。
他人の心も、10秒後の未来も、夜闇の中も何も分からない。分からないからこそ、怖い。
前に進むのも誰かと必要以上に仲良くなるのも、その未知に触れてしまいそうになるから怖いんだ。
なんで彼は右腕を失っているのに、今日ずっと平然としているんだ?
普通もっと悲しんだり後悔したりしてもいいはずなのに。
それだけじゃない。慙愧ノ玻璃をレアに押し込もうとした時。緋鞠と最初に目を合わせた時。腹を斬れと言われた時。どれもこれも危険で未知に溢れた、普通の人なら躊躇ってしまう大きな一歩。
そのどれも、彼は笑っていた。
未知に踏み込むこと、一秒前より一歩前に進む事。それ自体を愛するかのように、彼は笑いながら未知に踏み込んでいく。
じゃあそれは、悪いことなのか?
そんなわけがない。
彼が無遠慮に進み続けてくれることで救われた人間がいるように、その躊躇いのなさは一つの美徳。泡白乙葉が幼なじみの彼のことが好きな理由の一つだ。
だから決めていたんだ。
彼が何も躊躇わなくていいように、あらゆる災厄から彼を守る。
それが彼女と、もう一人の幼馴染み。上宿クモリとの間にこっそり結ばれた約束。
「ふんふんふーん、あれが彼の言っていた、吟一くんかぁ」
龍の背の上で夜風を感じながら、緋鞠は彼のことを思い出していた。
確かに面白い人物だ。しかもかなり素質がある。彼が言うほどのことはあるし、これならばきっと……。
「悪いのですが、夜だってのにその龍の火がギラギラと眩しくてかなわないのです」
「え、誰っ!?」
緋鞠の頭の中にそんな声が響くのと、下方からの攻撃により『夜一口』がバランスを崩し、彼女の体が宙に放られたのはほぼ同時だった。
かと言って緋鞠は決して慌てず、『夜一口』を一度自身の中に収納し着地は妖力で強化した身体能力と技術で勢いを殺しながら街の外れの公園へと転がり落ちる。
「いてて……ちょっと、危ないじゃない! アンタ誰よ!」
「私のことは知っているはず。いや、聞いているはずですよ。霞儀緋鞠」
夜の闇の中から現れたのは、白衣に身を包んだ女の子。
背丈は140cm程しかなく、顔には大きなメガネがかけられ長い髪を三つ編みにしてしっぽのように振り回す。
記号的なまでに個人を特定しやすいその見た目。
緋鞠は一瞬で見当が付いた。
「なるほど、あなたも所謂……『ヒロイン』だね?」
「自分で名乗るのはめちゃくちゃに恥ずかしいですが……そうですね。私も『ヒロイン』の一人です。あのクソ野郎からは『無限淵渇望悪霊蠱毒』と呼ばれています」
「ヒロインよりそっち名乗る方が恥ずかしくない?」
「え?」
「えぇ……」
独特な見た目とセンス。
少々面を食らったが、間違いなく彼女は無個性の海に埋もれないようにデザインされた、そういう人間。
「一応自己紹介。アタシは霞儀緋鞠。将来の夢は素敵なお嫁さん兼赤ちゃん!」
「
「え、アタシ達気が合うね?」
「悪いですけど、私は早く大人になりたい人間です」
両者共に、相手が臨戦態勢になったのに気付く。
そして同時にもうひとつ。
相手が自分を殺すことに関して、一切躊躇いがないことにも気がついた。
「おいで──────夜一口!」
「崩して──────千言道化目競」
故に、キズガミの展開はほぼ同時。
自身の前に盾にするように配置しながら距離をとる緋鞠と、自身の背後に無数の髑髏で髑髏を象る冒涜的なモザイクアートのような様相をしたキズガミを配置するなどめ。
「わぁお! そっちも式神型? しかも非人型の希少種同士殺し合うのなんて勿体なくない〜?」
「生憎、私は貴方のように自分に価値があると思ってる人間じゃないんです」
夜一口が吐く火炎を、千言葉道化目競が無数の目から照射した光線で相殺。爆発し煙が巻き上がる。
それと同時に、緋鞠は本体を叩くべく走り出す。
「そうです。式神型相手は本体を潰す。私も、その考えには賛成です」
「ッ!? でしょ!」
煙を抜け、彼女達の視線があった。
などめのキズガミは、夜一口との射撃戦に集中しているし、そもそも素早く動けるビジュアルでもない。
なのに何故か、などめは緋鞠の動きが読めていたかのような口ぶりでありながら、棒立ちで彼女を待ち受けていた。
罠、とも考える。
だが攻撃を叩き込むチャンス。
どうする?
決まってる!
「一発ブチ込んでから考える!」
「貴方ってそういう人なんですね……羨ましいです」
緋鞠の蹴りが、などめの小さな頭部を蹴り砕く直前。
などめは一つの言魂を吐き出す。
「弄べ──────捩斬入道郭大太郎!」
などめの影から飛び出したのは、巨大な一本の腕だった。
もしもそれが人間の腕ならば、その者の大きさは30mはくだらない。
それが、などめに迫っていた緋鞠を殴り飛ばすかのように地面から飛び出してくる。
咄嗟に緋鞠もガードを試みるが、単純質量による殴打。妖力による防御にも限界があり、全身の骨をバキバキ景気よく砕かれながら緋鞠の体が宙を舞う。
「目競。追撃」
「づぅ……夜一口!」
追撃が来る前に夜一口が緋鞠の体を抱きとめ、光線も回避する。
腕の骨、足の骨、肋骨何本かにその他諸々。瀕死の重傷ではあるが戦えなくは無い。
そう思っていた緋鞠の左腕が、なんの前触れもなく
「ィ、づぅぅぅぅ、ん!」
「悲鳴はあげない、ですか。いじらしいですね」
複数のキズガミ、複数の異能。
常識的にありえないその現象を目の当たりにして、腕を捻じ切られる激痛に耐えながらも緋鞠は極めて冷静に思考する。
「あなた、何者なの……? こんな術見たことないんだけど」
「私はそちらの手の内を知っているです。ですが、そちらは私の手の内を知らない。それだけです。貴方とは、彼への必死さが違う」
「っ、さすがにそれは、聞き捨てならないなぁ。これでも私は結構一途な───」
「一途? 聞いて呆れるですよ。彼が死んだ途端に他の男に尻尾振って愛想振りまく尻軽女が?」
「優勢になった途端煽りとは、お里が知れちゃうよ?」
「知れて結構。冥土の土産にくれてやるです。
三つ目のキズガミ。
地面より天に昇る龍のように沸き立つのは、悲鳴のように経を唱え続ける即身仏達。
緋鞠は夜一口を動かし回避しようとしたが、何故か体が動かない。まるで見えない何かに縛られているかのように。
三つのキズガミ全てが何らかの能力を持ち合わせている。
それに気が付いたとして、緋鞠に待っていたのは全身を即身仏に食いちぎられて肉塊に成り果てる未来だけだった。
「貴方がどこで彼に出会ったかは知りません。ですが、それなら何故私達の邪魔をするのか理解しかねる、です」
烏城などめには好きな人がいた。
一つ歳上で、などめの『噂』なんて気にせず話しかけてくれて、誰にも言えなかった『趣味』も、一切否定せずに受け入れてくれた人。
などめにとっての世界の全て。
ほかの全てを犠牲にしたって、彼だけは絶対に傷つけさせたくない。
「他の皆もそう思っていたからこそ、
彼はなどめの目の前から永遠に姿を消してしまった。
何故死んでしまったのか、誰がやったのか、何故自分を置いていったのか。
……そんなことはどうでもいい。
などめはただ、彼が笑って生きてくれるならなんだっていい。たとえ地獄に落ちようと、世界の全てを殺そうと、彼が居るならそれでいい。
──────などめが教えて貰った恋の色は、そういう色だったのだから。
「どんな手を使っても、私が必ずクモリ先輩を取り戻す。邪魔をするなら、誰であろうと殺すだけです」
彼は本当に唐突に、アタシの目の前に現れた。
『君が霞儀緋鞠か。君の仕事を手伝いたいんだけど、いいかな?』
本当に急に、アタシの意見なんて聞かずにアタシの隣に現れた。なのに、不思議と悪い気はしなかった。そもそもあの頃のアタシはそんなことを考えるほどの余裕なんてなかったんだ。
退魔師の責務。
弱気を助け、悪しき霊を討ち果たす。けれど、霞儀家は明らかにただ霊を倒すことに執着していた。
本当はそのことを父さんや母さんに問いただしたい。けれど、そんなことをしたらきっとアタシは見捨てられる。
父さんと母さんがアタシを道具のようにしか思ってないのは知っている。兄さんの葬式でも涙の一つも流さなかったような人間だ。きっと心が摩耗してもう残ってないんだろう。
それでも、アタシの家族なんだ。
アタシの居場所はここにしかなくて、アタシの生き方はここにしかなくて、アタシのやるべき事は──────。
『夫婦ってさ。血の繋がりは無いけど家族だよね?』
『なに、急に?』
『あぁごめん。俺の友達がいつもこんな風に急に変な話題出すやつでさ。つい。でも、夫婦って家族なのに血が繋がってないよね?』
『繋がってたら大問題じゃない?』
『つまりだよ。なんて言ったらいいかな……。家族は確かに居場所だけど、その居場所を決めるのは君自身でいいと思うんだ』
彼はアタシのことを、何も否定してくれなかった。
アタシが間違っていると思っていた家族のやり方、アタシが間違っていると思っていた家族への依存、アタシが間違っていると思っていたアタシ自身。
何も否定しちゃくれなかった。
それなのに、彼の言葉は不思議とアタシの中で何かを変えてしまったのだった。
『血の繋がらない相手が家族になるんだし、血が繋がっていても意見が合わないなんて珍しいことでもないと思うけどね』
『でも、やっぱり血の繋がりは深いものだと思うよ』
『それなら、好きな相手のお腹の中に戻ってみたら……冗談だからね? 本気にしないでね? これ、友人が見てたなんか漫画みたいなやつの内容の話だから! あれなんの本だったのかな……』
なるほど、胎内回帰。
そういう家族のあり方もあるのか。
『人間は結局相手が存在することで自分の存在を確かめる。誰しもが誰かに依存しているということだよ。俺も、今日の任務は君がいなかったら怪我してたかもしれないしね』
『つまりアタシが誰かの母にいつかなるように、誰かもいつかアタシの母になると……?』
『…………いいんじゃないかな、それも、うん』
なるほど、赤ちゃんプレイ。
そういう関係もあるのか。
『色々言いたいことはあるんだけど、そう言う色んな意図をまとめるとだね。俺は、誰かを守れるし誰かに守られることだってできる人間だと思う。ただ、一歩前に踏み出す方法を知らないだけなんだ』
『つまり───自分から頼みに行かないと赤ちゃんになれない!?』
『そう、なのかなぁ? うん、そうなんじゃない?』
彼と過ごした時間は短かったけれど、彼と過ごしたおかげでアタシは自分のことを少しだけ好きになれた。あと、自分が本当になりたい姿───赤ちゃんに気づくことが出来た。
『うーん、いいのかなこれ? まぁ、本人が楽しそうなのが一番かなぁ』
その彼はやるべきことがあるらしく、しばらくしたらアタシの元を離れると言って旅立ってしまった。
その前にアタシは、彼に二つの質問をした。
彼が役立ってくれたぶん、アタシも何かを返したいと。
その質問には、『K県八十矢市。霊絡みの事件が多発しているから、そこで人助けをして欲しい』と。『ついでにギンイチという名前のやつがいたら助けてあげて欲しい』とも。
そして、最後まで教えてくれなかった彼の名前も聞いたのだった。
『俺は、
それがアタシの初恋の人。
もうこの世に居ない、唯一アタシがママになって欲しいのではなく、隣にいて欲しいと思った相手だった。
そして出会った、彼の友人。
出会っていきなりアタシの趣味を否定してくるわ、なんか馴れ馴れしいわ、彼とは違って男性的魅力に欠けた変なやつ。
でも、彼は素敵な人だ。
退魔師をやっているからこそ、人は『未知』を恐れるのが嫌という程わかる。
彼も当然ように未知を恐れる。
恐れていても、進むことを躊躇いはしない。むしろ進むことに興奮すらしている。
アタシが母性に囚われているように、彼は進むこと、生きることに執着している。生き汚さを極めて逆になったかのような奇妙で歪な恐れを誰より知る恐れ知らず。
それはあまりにも──────。
────────理想のママだ。
やはりママたるもの、子供を守れるように慈愛と勇敢を兼ね備えていないといけない。
そして幾らママでも甘いだけでは甘ったるい。時にはこちらを否定する位の肝っ玉、かと言って相手の拒絶する訳でもないアメとムチ。
何よりその気になったらお腹を開いてくれる!
ワンチャン胎内回帰できる!!!
クモリくんが旦那さんで、吟一くんがアタシのママ。うん、こういう形もありじゃないかな?
もう彼はどこにもいないけれど。それはすごく悲しくてすごく辛くて、彼を求めて時間を巻き戻らせる技まで身につけたくらいだけど。
それでも届かないなら、せめて私は君に形作ってもらった、私が愛せる私を曲げたくない。
もしも君がここに居たら、思わず告白してしまうような私で在り続けると決めたんだ。
「自己肯定のセリフは、それだけで十分?」
「……しぶといですね」
口ではそう言ったものの、などめは内心かなり動揺していた。
確かに『裏真言髑髏偽憎衆』の攻撃は緋鞠の体を捉えた。なのに何故死んでいない?
いや、死んでいないのがおかしい。
全身を噛みちぎられて両腕は無くなり、足も辛うじて繋がっている状態。キズガミに寄りかかると言うよりは倒れ込んで何とか立っているように見せかけているが、その行為だけで重力によって傷口から内臓が零れ落ちそうになっているし、端正な顔立ちは見る影もなく皮が剥がれて一部は骨が見えている。
「そっちがクモリくんのことが好きなのはよーくわかった。躊躇いのなさも、彼の為ならなんでも出来るっている、『ヒロイン』の特性か」
「それはそちらも言えることです。そして、もう貴方は何も出来ないです。その負傷では次期に死ぬですから」
「アタシね、切り札は実は誰にも見せたことないんだなぁ。これが」
『締』。
その言葉と同時になどめの目の前から緋鞠の姿が消える。
それだけならばなどめも大して驚きはしない。
瞬間移動、透明化。なんにしろあの負傷では大して逃げられない。
だが、消えていない。
本体が消えたのに、キズガミである夜一口が消えていない。
それどころか、夜一口が負っていた負傷がみるみるうちに塞がっていき、同時にその形状が変わる。
「夜一口は私の精神の形そのもの。知ってる? 赤ちゃんになるのに一番いい方法は、精神の海に潜ることなんだよ」
「……クレイジーサイコベビーですね」
キズガミとは精神の具現。
実態はなく、妖力によってその身を構築している。
キズガミを纏うのではなく、キズガミと一体化するということはそれは一度自身の肉体の全てを妖力に変換して、再構成し直すこと。
瞬間移動の自己同一性。
自分の肉体を量子レベルで分解、分析し再構築した時それは果たして同一人物なのか?
普通の人間が行なえばその問いによって精神が壊れるか、失敗して肉体が霧散する。
そんな生まれ直しに等しい技を軽々と熟すのは、天才や秀才と言うよりは狂人と例える他に無い。
「ははは、うん。そうだよ。私はおかしいの。これはきっとおかしいこと」
それでも、だ。
それを否定しないでくれた人がいた。
それを否定しながらも、拒絶せずに一歩踏み込んできてくれる人もいた。
そういう世界を、緋鞠は『幸せ』と定義したい。
そういう風に幸せを定義できることを、大切な人に教えて貰ったから。
「アタシは狂ってて結構! アタシの恋が実らなくて結構! それでもアタシは彼との約束を守る! 彼に教えて貰った幸せを守る! 彼の生きていた証を紡ぎ続ける!」
「死者は話せない! 死者は忘れ去られる! 私は誰にも彼を忘れて欲しくない。貴方のような、彼を心の底から愛していた人ですらいつかその声を忘れてしまうことが耐えられないのです! だから!」
二者はお互いの叫びを聞いて、僅かに口角を上げた。
「などめちゃん、だっけ? 訂正するよ。───大好きなんだね、彼のこと。アタシも、もう一度会いたいもの」
「貴方こそ。その思いは理解できるです。でも、それでも。諦められるわけないのです。大好きな彼の声をもう一度だけ、一度だけでいいから……」
側頭部から角を生やし、強靭な爪に肌を侵食する鱗。
龍になった。いや、夜一口に緋鞠の霊的情報を融合させることによって変生した竜人。
炎を纏い尾を揺らす緋鞠と、影を揺らめかせ幾つもの異形を顕現させるなどめは穏やかな声で言葉を交わし───100%の殺意を込めて、同志にして絶対に相容れぬ恋敵を、完膚無きまでにぶちのめすことを心に決めた。
壊れた世界、壊れた輪の中。
それでも彼女達の愛は、未だに廻り続けている。
《烏城 などめ》
家族構成:不明
『キズガミの縁魔』におけるヒロインの一人。出番はかなり後半。
クモリのことが好き。殺意もちょっとある。
《夜一口》
種別:キズガミ
攻撃性:A
生存性:A
操作性:C
持続性:D
希少性:A
成長性:D
霞儀緋鞠の持つ龍型のキズガミ。
式神型のキズガミは『式神である』ことが異能的特性でもあり、夜一口は火炎を操る龍という特性を持つ。
自身とキズガミによる挟撃及び、キズガミ自体の非常に優れた攻撃性能で相手を圧殺することが基本戦術。加えて飛行能力を持ち、射程も数百mある。加えて解号により強力な攻撃を使い分けたりもできる、何が出来ないのか分からない万能型キズガミ。
解号には霊に触れると熱を持ったまま凝固する鉛を吐き出す『饕』、顎を強化し対象を噛み砕く『顎』などの能力を一時的に強化させるものの他に『巻』と『締』がある。
この二つは原作に存在しない。
『巻』は赤ちゃんになりたいという強い願いが生み出した時間逆光の解号。ただし、発動には自身の半径1m以内で夜一口にとぐろを巻かせた状態で咆哮させるという段取りが必要かつ、それでも数秒程度しか巻き戻せない。
『締』は自身とキズガミの融合。式神型の弱点である本体を叩かれると脆いを完全に埋めつつ、挟撃が使えなくなることを差し引いても有り余る強靭な身体能力を手に入れる。加えてキズガミを自身に融合させるのではなく、自身をキズガミに宿らせるという仕様上融合時に失った体の一部をキズガミによって補填したりすることも可能。ただし、この状態ではとぐろが巻けないので『巻』との同時使用は不可。
『締』は理論上1度死んで生まれ直すが如き技であり、解除することで大抵の傷は五体満足に復元された彼女が出力される。だが、それは何度も死に何度も生まれ変わるということを意味しまともな精神ならば絶対に行うことは出来ない。
まともな精神ならば。