ただ呆然と立ち尽くす。
気付けばフツヌシ様とリヴェリア様が合流していた。リヴェリア様は倒れている母親を見ると、詠唱をして魔法を使い一瞬で治療をしてしまった。どうやらオークを討伐すると同時に負傷者の治療も並行して行い、最終的に村の奥に位置するここまで辿り着いたらしい。今にも死にそうな重傷者もいたが、リヴェリア様のおかげで誰も死人は出ることは無かった。
親子はアイズとリヴェリア様にしきりに感謝の言葉を口にしている。
彼らは救われた。
両親の命は少年の目の前で失われず、助かったことを認識した男の子はアイズへ憧れの目線を向けている。誰も死なず、
「僕…は…!!」
───忘れて、いた
ただその
奇跡は起きず、それら全てを失ったことを理解した自分はこの景色を忘れないと、そう誓った。……はずだったのに。
「ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!!!!!」
ガンっと膝をつき頭を地面にぶつける。その鈍い痛みと流れ出る血の感触は己の罪を自覚させた。
───忘れていた!!
あの日の絶望を、怒りを、何よりもただ守られて逃げるしかなかった
呑気にも!愚かにも!あの情景を思い出したくない僕は、一年もの間思い出さないようにとただ剣を振るっていた!!
その結果が先程の無様さだ!この期に及んでも思い出すまいと
忘れずに向き合っていたのなら、もっと上手く立ち回れた!
もっと早く此処まで辿り着いて、間に合っていた筈だった!!
アイズがいなかったら、間違いなくあの父親は死んでいた…!
親子を救ったのはアイズで、僕はただの傍観者でしかなかった。
失ったと思っていた大切な人達との思い出は、ただ弱い自分が
己への抑えられない怒りを発散するように頭を何度も、何度も打ちつける。頭から暖かい血が流れていき、それに反比例するように体は冷えていく。
今の自分にはそれが心地良かった。
その痛みは、その冷たさは、罪を犯した自分を罰してくれているかのようだったから。
「だめ…だよ!」
────ふと、陽だまりのような暖かさが僕の体を包み込んだ。
思わず顔を上げると、アイズが眉を下げて悲しそうな顔でこちらを見ていた。同時に、彼女が膝をついて僕を抱きしめていることに気付く。
「あなたが、飛鳥が何でそんなに泣いているのかは分からない。…でも、自分を傷つけるのは絶対にだめだよ…!」
「ア…イズ…」
彼女の名前を呟くと、今僕の頭から流れる血が、彼女の白を基調とした服を赤く染めてしまっていることに気付く。その事実に慌てて距離を取ろうとする。
「ご!ごめ…!アイズの服汚して…!?」
彼女は、僕の頭をより強く自らの胸に抱き寄せる。流れ出る血が更に彼女を汚してしまう。
「だめ、飛鳥が頭をぶつけないって約束するまで、ずっとこうする」
彼女が強い語気でそう言う。その酷く心配する声に、血が上っていた頭が冷静になる。
「…ごめん、もう頭をぶつけないって約束するよ」
そう言うとようやく彼女は僕の頭を開放してくれる。けれど、その近い距離は変わらず真剣な目でこちらを見ている。その金色に輝く瞳に、場違いにも綺麗だなという感情を抱く。
「なんで…飛鳥は泣いてるの?わたしは、あなたのことをちゃんと知りたい」
「なんで急に…」
アイズの言葉に拒否の言葉を続けようとして、しかし彼女には自分のことを知ってもらいたいという思いが沸き、口を結んだ。
そうして迷った末に話し出す。
思い出そうとしなかった過去を。
己が犯した罪を。
「僕の故郷の村は金川村って言ってね。この村と同じように小麦が特産の村だったんだ」
金川村のことは今も鮮明に思い出せる。ここタンザ村のように、村の周りは広い小麦畑に囲まれていた。村の名前の由来は、その小麦畑がまるで金の川のように見えるという理由から来ていたらしい。極東においては主食は米であり、温暖湿潤な気候は小麦の生育に向いていなかったので、相当珍しい村だっただろう。
僕は小麦が実る秋の季節が好きだった。思えば、出会った頃からアイズの黄金色に輝く髪と瞳に惹かれていたのは、大好きだった秋のあの情景を思い出すからかもしれない。
「
「────あの日、
真剣な表情をしていたアイズの表情が強張る。
「オークは瞬く間に村中に侵入した。父さんたちは僕に何も知らせず母さんと一緒に森の方へ逃そうとした」
吐き気がする。父さん達のただならない様子に気づいていたにも関わらず、呑気にかっけこだなんていう言葉にはしゃいでいた自分に。
「けれど、まだ村の奥である僕の家に来るのには時間がかかるはずのオークが一匹、裏口を開けるとそこにいたんだ。母さんは咄嗟に僕を抱きしめて、オークから身を呈して守ってくれた」
僕は何が起きたか理解できずただ狼狽えてた。いや、母が死んだかもしれないなどと理解したくなかったのだ。先ほどまでかけっこだなんて能天気にも考えていた自分は、その事実を受け止めきれなかった。
「理解が追い付かなくてただ呆然としていた僕は、オークが手を振り上げても何の反応も返さなかった。そこに今度は父さんが僕を庇った」
あの瞬間を僕は一生忘れないだろう。
「父さんは僕に最期の言葉を遺したんだ。『強くなれ、大切な人を守れるような大人になれ』ってね」
そう語る父さんの後ろ姿は、まるで物語に出てくる英雄のように格好良かった。
父さんは自分の誤った判断のせいで母さんは死んだなんて言っていたけど、その時の父は紛れもなく『大切な人を守ろうとする強い大人』だった。
「だから、その言葉を胸に刻んで走って逃げた。村のみんなが、親友が、大切な人達が襲われているのを見ても必死に逃げた。だって、あの日の僕にそれをどうにかする強さも、立ち向かう勇気もなかったから」
ただ怯えて助けようともしない自分が、力が無い自分が嫌いだった。
「ひたすらその光景を目に焼き付けた。彼らの最期から目を逸らすのだけは、違うと思ったから。この悔しさを絶対に忘れないって、強くなるって誓ったんだ」
明るくて、いつもふざけて母さんに怒られてるけど、何かあった時は誰よりも頼りになる父さんが大好きだった。
芯が強くて、でも僕のことを叱るたびになぜか母さんの方が泣きそうな顔をして、そんな強い愛情を向けてくれる彼女が大好きだった。
生まれた時からずっと一緒で喧嘩するときもあったけど、いつも僕を引っ張って笑わせてくれる親友が大好きだった。
駄菓子屋のおばあちゃんも、自警団のおじさんも、美人だった叔母さんも、みんな優しくてみんな大好きだった。
そう、もう僕の記憶にしか残っていない彼らのことを絶対に忘れないって誓ったのに。
「────でも、僕は忘れていた…!」
声が震える。アイズに慰められて一度引いていた己への怒りが、今度は哀しみと罪悪感に変わって甦る。
「僕は父さんも、母さんも、村の皆のことも、全部忘れていた。…ひたすら剣を振るって思い出さないように、あの日の出来事から逃げていた…!!」
「この村がオークに襲われても、僕は思い出してしまうことに怯えて、体は剣を振ることを拒否していた」
頭が痛かったのも、目眩が止まらなかったのも、吐き気がしていたのも、全部辛いあの日のことを思い出すことへの拒否反応だった。
そうして、あの少年を助けることができなかった。
「僕は何一つ変わってなんかいなかった。勇気なんてなくて、誰も守れなくて、強くなんてなっていなくて、弱いままの僕だったんだ………!!!!!」
顔をうつむける。彼女に今の自分を見られたくなかった。
だって、今の僕はきっと、情けない顔をしているだろうから。
「あーーーー!!!黒髪のお兄ちゃんだ!!!!」
突然幼い女の子の声が聴こえてきた。
声がした方を見ると小さい女の子が走り寄って来ているのが見えた。その背後にはたくさんの人がいた。誰もが破れた服を着ていたり、体が土や血の跡で汚れているが、その顔には笑顔が浮かんでいた。
茶色い髪をした女の子が僕の前に来ると、同じく茶色の目を輝かせて言う。
「お兄ちゃん、ルイをまもってくれてありがとう!これあげる!!」
そう言い僕の手をその小さな手で握り、緑色の綺麗な石を渡してくれる。
「これね!わたしの宝物なの!!大事な物だけどお兄ちゃんにあげる!」
「な、なんで…?」
困惑する僕に女の子は満面の笑みを浮かべる。
「お兄ちゃんがわたしを、あの緑色の大きいぶたさんから守ってくれたから!!」
────その言葉にようやく気付く。
この幼い女の子は、村に来て一番最初にオークに襲われているのを見つけた子だった。
女の子の後ろから男の子が、数人の男性が、どこか見覚えのある人たちが笑顔で近づいてきた。
「兄ちゃん!さっきは助けてくれてありがとう!!」
おばあちゃんを助けようとしてオークに立ち向かっていた男の子が笑う。
「少年、本当にありがとう!!君のおかげで俺たちは助かった!!本当に感謝する!」
そう一部が錆びついた鎧を着た青年が、兜を脇に抱き姿勢よく礼をする。
「お前は相変わらずかてぇな!まぁそこがお前の良いところなんだけどな!!」
髭を生やした体格の良い男性が青年を茶化すと、膝をついて僕に目線を合わせ頭をわしゃわしゃと撫でる。彼もまた同じような鎧を着ている。
「ありがとな坊主!お前のおかげで俺もこいつらも死なずにすんだ。女房と娘にもまた会うことができたんだ。本当に助かった!!」
心が、揺れる。彼らの言葉が胸に染み渡っていく。
「俺も強くなりたい!兄ちゃんみたいに、カッコよく剣を振ってみんなを守るんだ!!」
────その、憧れの目を覚えている。
それは、あの日フツヌシ様に教えを乞うた自分だ。
見上げた瞳に写っていた自分の姿だ。
僕は彼にとっての、あの日の神様のようになれたんだ。
彼らを守ることができたんだ。
自分は家族のことから、辛いことから逃げようとしたけど、ちゃんと強くなれていた。
ひたすら剣を振るっていた日々は、決して無駄じゃなかったのだ。
アイズがいなかったら救えなかった命があった。
でも、僕がいたから救えた命もあった。
その違いは守られて逃げるだけだった、あの日の自分とは決して違うものだ。
涙が……零れてきた。
「あーーーー!!!アレクがお兄ちゃんのこと泣かしてる!!」
「はぁっ!?俺は別に泣かしてねぇよ!!」
「じゃあお兄ちゃんはなんで泣いてるの!!どうせアレクがいらないこと言ったんでしょ」
「いや言ってねぇし!」
「じゃあなんて言ったの?」
「別に、いいだろ!ルイには関係ないだろ!!」
男の子と女の子が言い合っている。周りの人はいつものことのように落ち着いており、二人のけんかを優しい目で見守っている。
僕と同じく数人の人に囲まれていたアイズが隣に来たのが分かった。
震えた声で彼女に聞く。
「僕は…彼らのことを守れたかな?」
「…うん、飛鳥はいっぱいオークを斬って、みんなを守っていたと思う」
「僕は
「うん。飛鳥はレベルが一つ下なのにわたしと戦えるすごい剣士だよ」
「…そっか、ありがとう」
涙が溢れてきた。
我慢しようとしても、嗚咽が零れてしまう。
泣いている顔を見せたくなくて顔を俯ける。すると、アイズが背中を優しく擦ってくれる。
その柔らかい手の動きで、必死に抑えていた心が優しく解される。
それからはずっと泣いた。
どれだけ泣いているのか、自分でも分からなくなるぐらいずっと。
ふと泣きながらも、あの日から一度も涙を流していなかったことを思い出した。
アイズはずっと手を止めず、ただ無言で隣にいてくれた。
はい、というわけで飛鳥君の過去についてでした。
今回はあと一話続きますが、それでタンザ村騒動編は終了です。剣士の聖地ヴァルサ編を三・四話ほど書いたら、ようやくこのオリジナル章『月下の誓い』は終わりオラリオに行きます。
活動報告にある通り、これからは投稿頻度は減りますが文量はこれくらい増やします…!