ダンジョンで修行するのは間違っていない   作:カユ

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第九話 忘れていたもの

 

 

 

 

タンザ村がはっきりと見えてくる。

オークによって黄金色に輝いていた小麦畑は踏み荒らされ、村を囲う木の柵は破壊され尽くしている。村の入り口にいたオークをアイズが一瞬にして斬り裂く。いや、あまりにも強すぎる力によって体が破裂したという表現の方が正しいだろう。その力は先ほどの勝負の時とは比べるまでもなく、不自然なほどに力が強化されている印象を受けた。その間にこちらも村に着き、アイズに襲い掛かろうとして背中を見せたオークの首を落とす。

 

 

 

───あたまがいたい

 

 

 

「アイズたち、お前らは村の右側を!私たちは左側を対処する!」

 

フツヌシ様に合わせて遅れて来たリヴェリア様が、後ろからそう指示を出す。

その声に頷きアイズと二人で村の右側へ駆ける。お互いオーク程度なら一人で戦えると判断し自然と別れる形になる。

ここら辺は、入り口に近いからか破壊の痕跡は濃厚で、倒壊した家々が瓦礫のように連なっている。

村の中心に着くと、悲鳴を上げ逃げ惑う村の人々が視界に入る。

 

 

 

 

 

オークから逃げていた女の子が、足が絡まり転ぶ。その子に振り下ろされようとしていた棍棒を横から蹴り飛ばし、首を刎ねる。

 

 

 

───目眩(めまい)がする

 

 

 

足が動かないであろう老人を一人の少年がオークから必死に庇っている。その少年を蹴り飛ばそうとしていた足を斬り落とし、すぐさまそのオークの心臓を穿つ。

 

 

 

───吐き気がする

 

 

 

数人の自警団と思しき青年達が、長らく使っていなかったであろう一部が錆びた鎧に身を包み、数匹のオークを相手に果敢に応戦している。一匹のオークに物陰から奇襲をかけ首を斬る。他の数匹に考える間を与えず、そのまま命を奪う。

 

 

 

───体が重い

 

 

 

オークを斬っては駆け出し次を探す。そんな事を繰り返すほどに、体は次第に重くなり思考に靄がかかっていく。ただ体に染み付いた剣の業だけは消えず、オークを斬り伏せていく。

 

 

そうやっている内に、村の奥に辿り着いた。そこには村長の家であろう立派な家が建っていた。

呼吸が荒くなる。

肉体は強張り思うように動かせない。

心臓が今にも爆発するかのように鼓動する。

 

 

 

 

 

果たして、そこには一人の男の子が尻餅を着いていた。

 

酷く怯えた様子で、傍の血溜まりに倒れる女性に泣きついている。

 

その前には()()()()()()()()()()

 

 

 

───ミシミシと脳の奥で何かが軋む音がする。

 

 

 

オークが棍棒を振り上げる。

 

その瞬間、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ぁ?」

 

────()()()の濁流が、頭を駆け巡る。

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

お父さん達が今まで見たことないぐらい怖い顔をして話している。

 

 

『彩花、飛鳥、今のうちにお前達は裏口から森の方へ逃げなさい』

 

『風雅、貴方も一緒に…』

 

『駄目だ、俺は村の長として逃げてくる他の奴らを待たなければいけない。全員が来たら俺もすぐに後をついていくさ』

 

お父さんが冗談めかした顔で笑う。

どうやら誰かが来たから外に行くらしい。

 

 

『外に行くの?』

 

『…えぇ、今からちょっと森まで遊びに行くのよ。どっちが速いか走って競走しちゃおっか?』

 

『僕は強いよ、母さん!!かけっこじゃ誰にも負けたことないからね!』

 

『ふふっ、知ってるわよ。飛鳥は足が速いもんねぇ』

 

 

お母さんが安心させるように頭を撫でて微笑む。

そして、裏口から家を出る。

 

 

 

 

 

───裏口のドアを開けると、緑色の大きいナニカがいた。

 

 

それを見たお母さんは急に抱きついてくる。瞬間、強い衝撃を感じ吹き飛ぶ。気付くと地面の上に転がり、強く打ちつけた腰がジンジンと痛む。

 

 

『いたぁっ!!急に何するんだよ!かあさ…ん…?』

 

 

──口にした文句が途切れる。

お母さんはすぐ横に寝転がっていた。その体からは、じんわりと真っ赤な血が滲んでいる。

 

 

『お母さん!どうしたの!!?』

 

 

体を揺するけど、お母さんは返事を返さない。すると、横から荒い鼻息が聞こえてきた。

 

 

『ブモォォォ!!!』

 

 

そこには豚の頭をした化け物がいた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

『だ、だれ?』

 

 

化け物は手を大きく振りかぶる。

 

その瞬間、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

『飛鳥!!!』

 

 

ドシャッと、何かが潰れるような音がした。

 

 

『…お父さん?』

 

『…大丈夫か、飛鳥?』

 

 

体からポタポタと血が垂れている。お父さんは、泣いている僕を慰めてくれる時のような優しい声で喋りかけてくる。

 

 

 

『なぁ飛鳥。お前の名前は空を飛ぶ鳥のように、自由に思うがままに生きてほしいという思いを込めて名付けたんだ。一週間も母さんと悩んだんだぞ?』

 

 

懐かしむように、そして寂しそうにそう言う。

 

 

『今から言うのはお父さんからの…最期の言葉だ。心して聴けよ?』

 

 

その背中に、返事ができない。

 

 

 

『───強くなれ!…絶望なんて笑って吹き飛ばして、大切な人を守れるような、そんな強い大人に…!』

 

 

その声にようやく理解した。化け物が襲ってきたのだ。そして、お父さんとお母さんは僕のことを守ってくれたのだと。

 

化け物が苛立った顔で殴りかかる。その度に鈍い音がして血が飛び散るけど、お父さんは決して倒れない。その後ろ姿は今まで見た中で一番男らしくて、大きく見えた。

 

 

『俺の誤った判断のせいで母さんは、彩花は死んだ…!あいつが守った命を、飛鳥だけは死なせるわけにはいかないんだよ…!』

 

 

 

『逃げろ、飛鳥!お前は生きろ!!』

 

 

 

 

 

その声に、弾かれたように起き上がり走り出す。

悲しみと、恐怖と、絶望で頭の中がぐちゃぐちゃになる。

ここは少し高台になっていて村を見渡すことができ、あちらこちらに怪物がいるのが見える。

 

 

 

 

 

───走る、いつもお菓子をくれる駄菓子屋のおばあちゃんが踏みつぶされているのが見えた。

 

 

───走る、いつも剣を教えてくれる警備隊のおじさんが心臓を手で貫かれるところが見えた。

 

 

───走る、いつも会うと頭を撫でてくれる美人な叔母さんが頭から食べられるところが見えた。

 

 

───走る、いつも一緒に遊ぶ親友が首を折られるところが見えた。

 

 

 

 

 

 

───走る、走る、走る。

 

目を逸らしたくなる思いを抑え込み、視界に入るすべてを脳に焼き付ける。

この景色を忘れないように、この思いを忘れないように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕は…………無力だ。

 

 

────────────────────

 

 

 

 

 

 

視界が戻る。

 

オークは男の子を庇う男性に棍棒を振るう。ここからじゃどう足掻いても間に合わない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───ダメだ。

()()()()は許せない。

 

それではあの日の繰り返しだ。守られて、逃げて、力を求めるしかなかった過去の(弱い)自分と同じだ。

 

何の為に剣を振ってきた?

 

家族の顔も、思い出も、何もかも失った筈の自分が剣を振り続けたのは、あの日無力を噛み締めた自分のことだけは決して忘れず、心の何処かで覚えていたからだ。

 

だから、()()失うわけにはいかない。

 

 

 

体勢を低くしてみっともなくがむしゃらに走る。

 

さっきまでの怠さは嘘のように消え、体は羽のように軽い。

 

今の僕には神の恩恵(ファルナ)があって、磨き上げた剣の業だってある。

でも、僕と彼らの距離は離れていて、未だレベル1の【ステイタス】じゃ到底間に合わない。

 

 

───また、失う。

 

もう大切な者を失いたくないと想い、あの時とは比べられないほどの力を身に付けたのに。

目の前で誰かの大切な人がいなくなる。あの少年はあの日の自分と同じように大切な人を亡くすのだ。

 

 

 

無慈悲にも棍棒は振り下ろされる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目覚めよ(テンペスト)!」

 

 

 

 

 

 

疾風が体の横を通り過ぎる。

 

煌めくは金と銀の輝き。舞い踊る金色の髪に、(ほとばし)る銀の剣閃。

 

絶望の象徴は、その体中から血液を吹き出しながら呆気なく倒れた。

 

 

「大丈夫…ですか?」

 

 

 

そう親子に声を掛ける幼い彼女は、しかしその見た目の幼さとは正反対に大人びいて神秘的で、まるで人に救いをもたらす女神のように感じてしまった。

 

その姿に、僕はどうしようもなく目を奪われた。

 

 

 

 

 

 


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