喜多こいよ! いいから来いよ!!   作:アバー

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アニメ見返したらめっちゃ面白かったので、ぼさろ漫画を購入しました。なのでアニメと原作5巻までの知識しかないですが、よろしくお願いします。

見切り発車につき、大したプロットがありませんので何卒ご容赦ください(懇願)





Prolog

 

 

 

──双子の妹の様子が、最近少しおかしい。

 

ㅤそれに気付いたのは昨日の夜のこと。

ㅤ友達と外で夕食を済ましてきたらしい妹は、はあと溜息をつきながら靴を脱いでいた。

 

ㅤ普段は後光が差してそうなその背中も心做しか元気なさげで、妹が何かしらの悩みを抱えているのはすぐに察した。

 

ㅤだが、俺は迷った。

 

ㅤ俺たちは双子とはいえ、思春期真っ只中の男女でもある。

ㅤこの年頃になれば悩みの一つや二つ抱えているのは当然のことだし、それに対して無遠慮に突っ込まれたくはない気持ちは俺だってある。

 

ㅤ”どしたん? 話聞こうか”と何気なく訊ねるか。

ㅤそれとも悩みを直接聞くことはせず、さりげなくスイーツでもあげて気を紛らわせるか。

 

ㅤ妹は学校で人気者だし、友人も多いのでもしかしたら人間関係で何かトラブルでもあったのかもしれない。お兄ちゃんとしてはかなり心配だ。

 

 

「……行ってきまーす」

 

ㅤ鞄を肩にかけて、玄関に見送りに来た俺と母に妹は小さく声をかけた。その一言にもいつものような覇気はなく、やはり気落ちしているのが見てわかった。

 

ㅤ俺と母は互いに顔を合わせ、アイコンタクトをとる。妹が何か悩んでいるというのは昨日の夜に共有済みなので、元気の無さを見て母も心配そうに眉を下げていた。

 

 

ㅤ……よし。

ㅤここはお兄ちゃんの出番だろう。可愛い妹のためだ。思春期だのなんだの迷っている場合ではない。

 

ㅤ俺はドタドタと走って冷蔵庫から”あるもの”を取り出し、既に玄関から出た妹の後を急いで追う。母が声をかけてきたが、何を言っているか聞こえなかったのでスルーした。

 

ㅤとぼとぼと歩いていたらしい妹は家のすぐ側に居たので、俺はすぐにその背中に追いついた。

 

 

 

ㅤ”あるもの”を構え、俺は腹の奥底から声を上げる。

ㅤ覚悟を完了した俺にもはや敵は存在しない。

 

 

郁代!!!!覚悟ォォッ!!!!!

 

「えっ───」

 

ㅤ俺の叫びに驚いたように振り返った妹の顔に、ビシャ、とクリームが散らばった。

 

「……………………」

 

ㅤピシッと固まったまま、妹は動かない。

ㅤトレードマークの赤い髪に付着したクリームが、紙皿とともに朝風に揺られて地面に落ちる。

 

「美味いか?」

 

ㅤ今投げたのは昨夜、どうにかして妹を元気づけようと作った特性クリームパイである。

 

ㅤ悩みを直接聞くのは憚られるし、かといって家には適当なスイーツは置いていない。

 

ㅤならば自分で作ればよいと考えた俺は、夜中に家を抜け出してクリームホイップをコンビニで買った。そして棚にしまってあった紙皿に盛って、冷蔵庫に保管した後にようやく就寝。 この時点で夜中の三時である。

 

ㅤ朝のスイーツとして出してやろうと思っていたが、やはり当然のように俺は寝坊した。そりゃそうだ、俺はどんなに遅くとも十二時には寝ている良い子だし。

 

ㅤしかし俺以上に良い子な妹は、俺が起きてきた頃にはもう既に朝食を済ませ、家を出る支度をしていた。

 

ㅤ俺は妹と同じ学校に通っているが、校内ではほとんど会話をしないし、放課後も互いにそれぞれの友達と遊んでいることが大半なので、朝のこの時間帯を逃したらもう気を紛らわすタイミングは翌日までない。

 

ㅤもういっそのこと投げるべきでは──と俺の内なる小学三年生が囁いたので、それに従って腕を振りかぶった。

 

ㅤうん、我ながら良い出来ではなかろうか。

ㅤ隠し味は消費期限切れのハチミツとバターだ。捨てるのも勿体なかったし調度良いだろう。側にチラホラ居た通行人も俺のクリームパイの出来栄えに驚いて固まっているようだ。

 

 

「……………………ッ!!」

 

「お?どうした郁代」

 

ㅤふと、クリームまみれの顔のまま妹がゆっくりと近付いてきた。顔についたクリームを集めるように手に取って、彼女は微笑んでいる。

 

ㅤお兄ちゃん特性のクリームパイを顔面で堪能できたのがそんなに嬉しかったのだろうか。

ㅤもしそうなら俺も嬉し────、

 

 

「────お兄ちゃんのバカぁ!!」

 

「冷たッ!?何しやがんだクソガキ!」

 

ㅤ妹は自分の顔に着いていたクリームの残骸を、ビンタとともに俺の顔にも付けてきた。

 

「こっちのセリフなんですけど!?なんでいきなりクリーム投げつけてくるの!!? もー、メイクめちゃくちゃになったじゃない!」

 

ㅤせっかく新しいリップ試してみたのに! と喚く妹を白い目で眺めながら、頬に付いたクリームを手で払う。なんかジリジリするんだけど、コイツ割と本気でビンタしやがったな。

 

「直せばいいじゃん」

 

ㅤ妹のメイクがどうのこうのなんて知ったこっちゃない。

 

「あー!女の子に言っちゃいけない言葉ランキング3位ぶち込んできたわね!そんなんだから彼女出来ないのよ!!」

 

ㅤ頬をリスのように目一杯膨らませてプンスカと怒りながら、妹はそんなことを宣った。

 

 

ㅤよろしい、ならば戦争だ。

ㅤ今の言葉は俺にとって最後通牒(ハル・ノート)に等しい。

 

ㅤイギリス人曰く、恋と戦争はあらゆる手段が許されるという。だからこそ、あらゆる手段を講じて臨み、そして男らしく玉砕してきた俺にとって今の言葉は正しく死体蹴り。

ㅤ絶対に許してはならぬ。

 

「あぁ!?それ男の子に言っちゃいけない言葉ランキング1位だぞコノヤロウ。だいたいテメェだって彼氏出来たこともないくせに、よくもまあいけしゃあしゃあと──アイタタタタタ!腕反対に回すんじゃねぇよこら!ひん剥くぞクソガキ」

 

「やれるものならやってみなさいよ!」

 

「このクソヴァージンめ、器も小さいと胸まで小さくなるんか!!?ああ?」

 

「なんですってぇ!?」

 

「──あなた達

 

ㅤ住宅地の歩道で取っ組み合いをしていた俺と妹の耳に、とても人間とは思えないほど冷たい声色が届いた。まるでメデューサに睨まれたかのように、二人してピシッと固まる。

 

ㅤ目の前に居る妹の顔は、見てはいけないものを見たように青く染まっている。

 

ㅤああ、振り返りたくないな。

 

「……………………」

 

ㅤ恐る恐る後ろを見ると、そこにはアルカイック・スマイルを浮かべた女神様──ではなく。

 

 

家に入りなさい

 

 

ㅤ怒気を全開にした般若(おかさあま)がいた。

 

 

 

 

 

1

 

 

ㅤあのあと、家に連れ戻された俺たち二人は玄関でこっぴどく叱られてしまった。

 

ㅤやれ公衆の面前で汚い言葉を使うなだの、やれ気を使うにももっと方法を考えろだの、やれそもそも寝坊するなだの、説教の八割くらいは俺に対してのものだったのは何故だろう。

 

ㅤ息子に対して言動がキチガイとか失礼すぎないだろうか。少しイラッとして睨みつけたら、「あ?」と低い声で返されたので俺は産まれたての子鹿のように震えることしか出来なかったが。

 

ㅤとりあえず隣でニヤニヤしていた妹は後でシバくとして、さっさと学校に行く準備を済ませなくては。

 

「……もう、お兄ちゃんのせいで私まで怒られたじゃない。それに遅刻確定だし。私これまで一度も遅れたことないのよ?」

 

「知らんわ」

 

ㅤ洗面台で顔を洗っていた郁代の後ろで、俺は鏡を見ながら髪をセットしていた。さっきは寝起きで外に走っていったので、もちろん髪はピョンピョン跳ねていた。

 

ㅤあのまま教室入ったら注目されること間違いなしだが、今年中に彼女を作る計画がパアになってしまうので、天パかってくらい跳ねまくっている寝癖をアイロンで治す。

 

「そろそろ髪切ろうかなあ、いい加減鬱陶しいし」

 

ㅤぴょんと真っ直ぐ伸びた髪にワックスを付けてボヤいた。年明けに最寄りの駅の近くにある美容院で短髪にしてもらってから既に4ヶ月。家にバリカンがあるのでツーブロックは維持できているが、無造作に伸ばされた髪は量が多く、自分でどうにかするのにもそろそろ限界が来ていた。

ㅤ要するにセットがダルい。

 

「良いじゃない。駅前のあそこでしょ?評価高いわよね、行ったことないけど」

 

「でもあそこの美容院あんま行きたくねえんだよ」

 

「なんで?」

 

「イケメン美容師を狙う他の女性美容師たちが牽制し合ってて空気がよろしくない。俺の担当がいつもそのイケメンなんだけど、もうマジ針のむしろよ」

 

ㅤあの空気感は本当に心臓に悪い。

ㅤ別にそのイケメン美容師とは連絡先を交換するくらいにはプライベートでも仲が良いので、彼が嫌だとかは思ったことは無い。

 

ㅤでもカット中、鏡越しに彼と話しているとどうしても感じてしまうのだ。男に飢えた女の針のように鋭い視線が、俺を貫くあの雰囲気を。

 

ㅤ自意識過剰とかではなく、冗談抜きで殺意の籠った目線が俺に集中した。当のイケメン美容師は鈍感なのか分かっててスルーしているのか知らんが、いつもとても爽やかなスマイルを浮かべて客含めた女性たちの視線を釘付けにしていた。

 

ㅤうらやまけしからんので一発殴らせて欲しい。今度あったらスタパの新商品を奢らせよう。

 

「……ま、まあ今のガイルカットも似合ってるわよ。ほら、韓流アイドルみたいな感じでカッコイイし」

 

「ホントかあ?」

 

ㅤでも、お兄ちゃんK-POPは聞かないから韓流アイドルは一人も知らないんだ。すまない郁代、せっかく褒めてくれたのにEDMとヘヴィメタルしか聞かないお兄ちゃんを許してくれ。

 

「知らないだろうけど、お兄ちゃんはイケメンってうちの学年だけじゃなくて先輩たちからも評判いいのよ。でもね──」

 

「マジ?よし、今日は片っ端から学校の女子に告るか。数打ちゃ当たるだろ」

 

ㅤ今日は吉日だ。こうなりゃ居ても立ってもいられない。早く学校に行かねばなるまいて。

 

ㅤ目まぐるしいスピードで制服に着替える俺を見て、郁代は大きくため息をつくと、呆れた様子で指を差してきた。

 

「あ?人に指さすなや」

 

「もう、そういう所がダメよ! 私の器が小さいって、お兄ちゃんの方が器小さいじゃない。すぐキレるし」

 

「別に怒ってないけど……」

 

「く・ち・が! 悪いの!別に私は良いけど他の女の子は怖がるに決まってるわ」

 

ㅤ言葉遣いなんて、そういえば気にしたことがなかった。流石に先生に対してはちゃんと敬語を使っているが、普段の言葉遣いは悪いかもしれない。

 

ㅤ……なんだ、俺がモテない理由ってそれか。道理で女子から避けられているわけだ。そりゃあ言葉遣いの荒いやつなんて、いくらルックスが良かろうが近寄りたくないもんな。俺だって口の悪い異性はあまり近付きたくは無いし。

 

 

ㅤまあ、原因が分かればあとはどうにでもなる。これで俺にも念願の彼女が──!

 

「あらあらまあまあ、郁代様、リボンが歪んでおりますぞ。拙者が直して差し上げましょうか?」

 

「……………………」

 

ㅤなんだよ、その残念な子を見るような顔は。

 

「はああ……なんでこんなのが私のお兄ちゃんなんだろ」

 

「お?喧嘩か?続きやるなら喜んでやるぞ」

 

ㅤ母親が怖いからなんだ、俺はやると言ったらやる男だ。双子とはいえ俺はお兄ちゃんだぞ。少しくらいリスペクトを見せたらどうだ。

 

ㅤ酔っ払って俺の事を童貞と馬鹿にしやがった親戚連中を、曾祖母の仏壇の前でボコボコにした腕前を郁代にも見せてやろう。あのときいなかったし。

ㅤ心做しか曾祖母の遺影が怒っていたようにも見えたが、何だか怖いのでそれは思い出さないようにする。

 

ㅤ生意気な妹をシバく。

ㅤそう決心して拳を握ると、郁代は馬鹿にしたような面でやれやれと首を振っていた。

 

「私だってそりゃ、恋愛経験とかないけど……この分だと将来は絶対お兄ちゃんより早く結婚してるわね。良かった」

 

「ぷっ、処女がなんか言ってら──ごはぁ!?」

 

ㅤフン!と振りかぶった郁代の拳が、俺の胸に深く突き刺さる。しっかりと体を回転させて放たれたそのストレートは、一瞬呼吸を忘れるほどの衝撃を伴っていた。

 

ㅤい、今のはコークスクリューブロー……。

ㅤ俺の妹は喜多郁代の皮を被った伊達英二だったのか……?

 

「あのね? そもそも他人の自転車で廊下を走ったり、教室で魚を捌いて寿司を握るような人を彼氏にしたがる物好きな女の子なんて多ないから!モテない一番の理由はそこよ?」

 

「な、なんだと……」

 

ㅤ強烈なコークスクリューブローをくらった痛みに悶えながら、俺は郁代の言葉に衝撃を受けていた。

 

 

ㅤ普段の素行がモテない原因だとするなら、今まで自分の外見につぎ込んできた時間と金は一体なんだというのか。

 

ㅤ常にイソスタでトレンドのファッションを学び、この通りヘアセットにも気を使っている。

 

ㅤ香水だって異性ウケの良い香りのやつをつけているし、周りに言われるがまま開けた耳と口のピアスは「やっぱりルックスだけはいいよね」と女友達からの評判も良かったのに。

 

「もう……どうしようもないじゃんか」

 

「ただ真面目に過ごすだけじゃない。なんでそんな顔するのよ」

 

「素行を改めるっていうけどさ、それだけで好きになるようなヤツと付き合うのはちょっと……」

 

「いや凄いマトモな事言ってるけど、お兄ちゃんのやってることはマトモじゃないから!」

 

──二人とも!これ以上遅刻するならお小遣い減らすからね!!

 

ㅤそろそろじゃれるのも終わりにしないと、ガチでお小遣い減らされそうだ。まあ俺はバイトをしてるので大して懐は痛まないが、目の前のこいつは焦るだろう。

 

ㅤ小遣いを前借りして楽器買ったらしいし、そもそも減らされる小遣いなんてなさそうだが。

 

「もう出るわ。郁代、行くよ?」

 

「……お母さん!お兄ちゃんが私のこと虐めてくる!!」

 

「──おい馬鹿やめろォ!」

 

 

 

 

2

 

 

 

ㅤその日、私は教室の雰囲気がいつもと違うことに気がついた。朝、誰かに話しかけてもらうためにバンドグッズに身を包んで教室に入った時とは真反対の、妙な空気を感じる。

 

ㅤ机に突っ伏して寝たふりをしながら、私の近くに居たクラスメイトの会話を盗み聞きしていると、どうやら一人の生徒が遅刻しているらしかった。

 

 

ㅤたしかに一つだけ、教室のど真ん中にあるその席にはこの時間帯には居るべきはずの人が居ない。

 

ㅤ私はなぜクラスメイトたちが、ヒソヒソとその席を見て心配そうに見ている理由を察した。

 

 

──喜多 虎依世(こいよ)

 

ㅤ彼の名前は、友達が居らず校内の人間関係に疎い万年日陰者の私でも知っている。

 

ㅤ単に”パリピ”や”陽キャ”といった言葉で片付けるのが躊躇われるほど誰に対しても笑顔で接する人。

ㅤ学業はそこまで優秀というわけではないが、陽気でひょうきんなその性格から彼の周りには常に人が集まっている。

 

ㅤ紛うことなき、クラスの……いや、学年の中心人物。

 

ㅤ彼が入学から一ヶ月足らずで周囲の注目を集めたのは、ひとえにその素行の悪さだろう。

 

 

 

ㅤとある日の放課後のこと。

ㅤ相も変わらずひとりぼっちで一日を過ごした私は、すっかり人が居なくなっで教室でとぼとぼと孤独に帰宅の準備を始めていた。

 

ㅤといってもさほど持ち帰る物はなく、課題や提出プリントを鞄にしまうだけだったので、準備自体は直ぐに終わったのだが──さあ、いざ我が愛すべき家に帰ろうとドアを開けた瞬間だ。

 

ㅤ突如としてビュン! 突風が巻き上がる。

ㅤそれとともに、謎の物体が私の前を物凄いスピードで通過していった。

 

「(え、自転車?)」

 

ㅤ私の前を高速で通り過ぎた謎の物体は、私の目に狂いがなければ街中にありふれた銀色の通学用自転車だった。

 

ㅤただ、私が困惑したのは自転車そのものではなく、なぜ校内の廊下で自転車が走っているのかという理解不能な状況に対してである。

 

ㅤ風で舞ったスカートを片手で抑えながら、私は恐る恐る自転車が通り過ぎていった方向に顔を出した。

 

「──コラァ!」

 

「ひぃっ!?」

 

ㅤすると、反対側の方向から野太い怒声が響く。

ㅤビックリして悲鳴をあげながら反対方向へ視線をやると、そこには運動着に身を包んだ男性が猛ダッシュしてこちらに向かってくるのが見えた。

 

ㅤあれ?またなにかやっちゃいました?

 

ㅤ青く染まる顔、血の引いた体。

ㅤガクガクブルブルと縮こまっていると、その男の人は私には目もくれずに走り去っていく。

「……ほっ」

 

ㅤ私は安堵のため息をついたが、しかしますますこの状況が理解できずに首を傾げた。

 

「待てや喜多ァ! 廊下を自転車なんかで走るな馬鹿野郎!! あとそっちは壁だぞ!!!」

 

「俺は止まらん──ぐォォォォ!!!?」

 

ㅤそんな叫び声が聞こえてきたと思ったら、次いでドンガラガッシャーンと物凄い物音が響いてきた。

 

ㅤ慌てて音の聞こえた方を振り返ると、そこには壁に顔を突っ込んだまま物言わない一人の男子生徒と、先程の運動着の男性が居る。

 

ㅤよくよく見れば男の人の方は体育の先生だった。たしか生徒指導部の人でもあった。強面で体格もよかったので、初めて見た時はヤクザかと思ったのだ。

 

ㅤこれまた大きな音を立てて、自転車と共に横に倒れた男子生徒も私には見覚えがある。まだ名前は覚えていないが、入学初日からたくさんのクラスメイトと連絡先を交換し、放課後にカラオケで親睦会を開いていた人物だ。

 

ㅤ要するに陰キャの私とは真反対の陽キャ。

ㅤそんな彼がどうしてこんな人気の少ない時間帯で、それも自転車に乗りながら廊下で生徒指導の教師と追いかけっこをしていたのか、私には全くもって理解が出来なかった。

 

「……」

 

「はい容疑者確保、反省文3枚な……ったく、まだ入学して一ヶ月も経ってないんだかなあ。お前みたいな不良生徒は俺も久々に見るぞ」

 

ㅤ突っ伏したまま動かない彼の足をズルズルと引っ張りながら、先生はこちらに向かってきた。

 

ㅤ私はというと状況をイマイチ飲み込めず固まったままだったので、まだ教室の扉の廊下で直立している。

 

 

ㅤどうしよう、もう帰ろうかな。

ㅤいや、妙なトラブルに巻き込まれる前にさっさと帰ろう。

 

ㅤフツフツと嫌な予感を抱き始めた私が、昇降口に行こうと逆方向に足を進めた瞬間だった。

 

「おーい、そこの……後藤さん。教室の鍵って空いてる?」

 

ㅤふと先生から声をかけられる。

 

ㅤ無視する訳にもいかないので、ビクッと体を跳ねさせつつも先生の方へ向き直った。

 

「は、ははははいっ、空いてましゅ、ます!」

 

ㅤめちゃくちゃ吃りつつも大きな声で返事すると、先生は特に気にした様子も見せず、教室に引き摺っていたその男子生徒を無造作に投げ込んだ。

 

ㅤえぇ……とドン引きしていると、彼がゆっくりと起き上がった。

 

ㅤ先ほど猛スピードで壁にぶつかったせいか彼の鼻からは血が流れており、額は赤みを帯びている。

 

「ってぇ…………ん?」

 

ㅤ彼と、目が合った。

 

「ピッ──!?」

 

ㅤ眩しい。

ㅤ彼から滲み出る陽キャオーラが私の身体を貫いた。顔面を怪我をしているにも関わらず、その整った顔立ちは崩れずに保たれている。

 

ㅤなんだろう、陽キャは遺伝子に”陽キャ”が刻まれているのだろうか。教室に差す夕陽も相まって、彼の姿は物憂げな雰囲気を醸し出している。

ㅤ私の心は”天敵”への拒否反応で既にズタボロだ。

 

「あー、えっと、後藤さんはなんでこんな所に?」

 

「お前が廊下を自転車で走るからビックリして帰れなかったんだよ、馬鹿野郎」

 

ㅤその通りです先生。ヤクザとか言ってごめんなさい。

 

ㅤ先生に心の中で謝っていると、私がここに居る理由を理解してくれたらしい彼は立ち上がって手を挙げた。

 

「後藤さんごめんな、驚かせちゃって」

 

「あっ、いえっ、お気にならさず……」

 

ㅤ意外とちゃんとした人だったことの方がビックリした。先生が不良生徒とか言っていたし、怖い人なのかと思ってビクビクしていたが杞憂だったらしい。

 

ㅤブンブンと首を振って気にしないように伝えると、彼は申し訳なさそうに眉を下げつつ会釈を返してくれた。

 

ㅤというか彼が私の名前を覚えていることにまず驚く。

ㅤ私は名前をまだ知らないというのに。こういうところが友達が出来ない要因の一つなのだろうか。

 

「いやー、ほら、バレないように廊下を自転車で走り抜くゲームやってたら先生に見つかっちゃってさあ。ったく、あいつら酷いんだぜ。俺を置いて一目散に逃げやがったんだ」

 

「は、はあ……」

 

ㅤ陽キャとはよく分からないゲームをするものだと知った。やはり私なんかとは相容れない存在である。

 

ㅤ……待てよ。

ㅤもしかして私も同じことをすれば陽キャになれるのでは?よし、明日はさっそく自転車で──、

 

「アイツらは明日呼び出すとして……とりあえずお前は居残りな。反省文3枚書き終わるまで帰らせないから」

 

「えぇー!んな殺生な」

 

ㅤやっぱりやめよう。反省文なんか書きたくない。

ㅤただでさえ安息できる場所が学校にないのに、先生からも目を付けられたらもはや高校を中退する他に道は無いだろう。

 

ㅤというか電車を使って片道2時間かかる通学路を自転車で往復する体力は私にはなかった。

ㅤみんなにチヤホヤされる夢が叶っていない以上、私はまだ学校を辞める訳にはいかない。

 

ㅤボケーっと彼の話を聞いていると、先生が申し訳なさそうに声をかけてきた。

 

「あー、後藤さんはもう帰りな。たしか家遠いんだろ?」

 

「は、はいっ」

 

ㅤ良かった。

ㅤようやくこのよく分からない状況から解放される。

 

ㅤ私は先生と彼に頭を下げ、鞄を肩にかけ直した。帰ったらネットに新しい動画を上げなければという使命感に燃えながら廊下を歩き始めると、ふと背後に視線を感じた。

 

ㅤ思わず振り返ると、教室の窓から先ほどの陽キャ男子がこちらに向かって顔をのぞかせている。

 

ㅤ一体なんだろう。

ㅤそう疑問に思って見ていると──、

 

「後藤さん、また明日な!」

 

ㅤ”キターン!”という効果音が聞こえてきそうな満面の笑顔で、彼は私に手を振った。心做しか後光が差しているように見える。

 

「………………ぐっ」

 

ㅤ陽キャオーラに眩しさを感じつつも、私は彼が「また明日」と言ってくれたことに若干の嬉しさを覚えていた。そんなこと、何年ぶりに言われただろうか。

ㅤしかしどう返事していいか分からなかったので、震える手を小さく振った。

 

ま、また明日……

 

 

 

ㅤと──そのような事があったので、彼の存在は私の印象に深く刻まれている。

 

ㅤあの「自転車爆走事件」の翌日に彼が”喜多虎依世”という名前の男の子であることを知ったが、かといって接触を図るようなアグレッシブな行動をとるつもりはなかった。

 

ㅤなぜなら次の日、登校してきた彼をクラスメイトたちが囲って、朝っぱらから大盛り上がりだったからだ。

ㅤみな口々に彼の行動を「馬鹿だなあ」と笑い合い、その中心に居た彼もあっけらかんとした表情で「逃げたヤツ全員殺す」と物騒なことを言い放ち、また周囲の笑いを誘っていた。

 

ㅤあんな陽キャ集団に割り込むほど、私は愚かでは無い。

 

 

ㅤ挨拶をされたら返し、目が合えば会釈をする。

ㅤ私──後藤ひとりと喜多虎依世の関係はその程度であり、そしてこれ以上の関係は望んでいない。

 

ㅤ気のいい人だというのは理解しているが、あの身体の全てから滲み出る”キターン”なオーラは私には眩しすぎる。

 

ㅤしかし、挨拶をしてくれる誰かがひとりでも居るというのは、常に孤独な学校生活を送る私にとって精神衛生上とても良かった。

 

ㅤ彼がいるおかげで、私が教室に入ってもクラスメイトの視線が私に集中することもない。……今日はなぜか居なかったので、私のオシャレファッションが注目を浴びてしまったが。

 

 

ㅤそれに──私に気を使ってくれているのか定かではないが、挨拶をするときも他の人にするように教室の中央から大声で挨拶をするのではなく、目立たないように近付いて私に聞こえる程度の声量で「おはよう」と声をかけてくれるのだ。帰る時も似たような感じである。

 

ㅤ正直、とても気が楽だ。

ㅤたかが挨拶かもしれないが、誰とも話さずに一日を終えるのと、誰かと短いながらもコミュニケーションを取った上で一日を終えるのとでは、下校するときの気分は全然違う。

ㅤ結局、友達は出来ないのでミジンコレベルの差だろうけど。

 

 

「(……どうしたんだろう、もう二限終わっちゃったのに)」ㅤ

 

──そんな彼はというと、二限が終わってもまだ教室に現れなかった。

 

ㅤ遅刻は頻繁にしているが、それでもいつも一限の途中か、二限が始まる頃には席についている。私の覚えている限りでは、二限が終わっても来ないというのは一度しかない。

 

ㅤそのときはたしか、交通事故に巻き込まれたんだった。

ㅤ車に轢かれて病院に搬送されたと先生から聞いたときは、文字通りクラスは大騒ぎとなったが、その三日後にはケロッとした顔で現れたので大層驚いた覚えがある。

 

ㅤ担任曰く、十メートル近く吹き飛ばされたらしい。原因は運転手がながらスマホをしていたことによる不注意だった。

 

ㅤ車に轢かれて宙を舞った彼は、その後アスファルトに叩き落とされたものの、不思議なことに全く無傷だったらしい。救急車の中で救急隊員と流行りの女優の話をして盛り上がったと、のちに彼が話しているのを聞いた。

 

ㅤ陽キャと陰キャでは身体の作りが違うのだろう。私がもし轢かれたらあっという間にお陀仏になるはずだしね。

 

ㅤ兎にも角にも、先月にそのようなことがあったばかりなのでクラスメイトが不安がるのは当然だった。

 

「虎依世、全然来ねえじゃん。ロインも既読つかないし」

 

「ねー……あー、アイツ居ないとつまんなーい」

 

「そういえば、喜多ちゃんもまだ来てないらしいよ?二人揃ってどうしたんだろうね」

 

「(喜多”ちゃん”……?)」

 

ㅤ聞き馴染みのない呼び方に内心首を傾げていると、突然、教室の扉が勢いよく開いた。

 

ㅤ驚いた拍子に膝を机にぶつけたが、幸いにもクラスメイトたちの視線は私ではなく扉の方に向いていたので、私が痛みに悶える姿は視界に入っていないようだ。

 

 

──皆様おはようございます! 喜多虎依世でごさいます!!

 

「(あ、来た……)」

 

「うっさ。声でけぇよ虎依世」

 

「おはよう広瀬!」

 

「俺は田中じゃアホ」

 

ㅤ扉のそばに居た男子が、うるさそうに耳を抑えながら喜多さんに突っ込んだ。

ㅤ先ほどまで心配ムードに包まれていた教室の空気は、そんな二人のやり取りを見てすっかり弛緩する。

 

「遅い! なんで遅刻したんー?」

 

「妹と喧嘩してたんだよ。おまけに母さんにも叱られて最悪よマジ」

 

「(妹さん居るんだ)」

 

ㅤだからさっき”喜多ちゃんも来ていない”と彼らは話していたのか、と一人納得する。一年生である彼の妹も同じ学校に通っているということは、彼らは双子なのだろう。

 

ㅤきっと妹さんも彼のように”キターン”とした陽キャなんだろうな、とまだ見ぬ人の姿を想像する。

 

「シスコンのお前にしちゃ珍しいな、なんで喧嘩したんだよ」

 

「なんか落ち込んでからさ、励まそうと思って顔面にクリームパイ投げたらビンタされて喧嘩になった。とんでもねえヤツだよまったく」

 

「「「お前が悪いわ」」」

 

「(妹さん可哀想……)」

 

ㅤ異口同音にクラス中からの総ツッコミ。自転車で廊下を爆走したり、教室で寿司を握ったりするおかしな人だが、まさか妹さんまで巻き込まれているとは思わなかった。

 

ㅤしかしそんな声は届いていないかのようにスルーした彼は、自分の席にため息をつきながら座った。筆箱や教科書類を鞄から出しているその背中をチラリと見つつ、私は自分の格好を見られてどんな反応するのか不安を抱く。

 

ㅤ自信満々に教室へ入ったはいいものの、返ってきた反応は思っていたのとは全然違っていた。それを感じて”あ、やらかした”──と思った時にはもう遅く、触らぬ神に祟りなしと言わんばかりにクラスメイトたちは各々の会話を再開した。

 

ㅤもうあの空気はゴメンだ。

ㅤそして、彼にそんな反応を取られるのはもっとゴメンだ。

 

ㅤせっかく私に挨拶をしてくれる貴重なクラスメイトが、私の格好のせいで居なくなるのは心にくる。もしそうなったら三日間くらいは引き摺ってしまう。他人以上友達未満の関係性であっても、私にとってはかなり希少な相手なのだから。

 

「(うぅ……もうチャック閉めよ)」

 

ㅤ泣く泣くジャージのチャックを閉めて、中に着ているシャツを隠す。私的には”超イケてる”デザインなのだが、クラスの反応を見た限り、傍から見たらそうでは無いことは分かったので、とりあえず神様は私が起床したときまで時間を巻き戻して欲しい。じゃないと羞恥心で後藤は死んでしまう。

 

 

ㅤそんなこんなしている内に、始業のチャイムが鳴り響いた。

クラスメイトたちは各々会話を切り上げて、ガタガタと音を立てながらそれぞれ席につく。

 

ㅤそれと共に次の教科担任が開けっ放しだった扉から入ってきて、教壇に上がった。

 

「授業始めるぞ。委員長ー、号令」

 

「起立! 気を付け! お願いしますッッ!!」

 

ㅤ彼の挨拶が早過ぎて全然挨拶についていけなかった。

ㅤしかし、これはいつもの事なので皆は慣れた様子でそれぞれ礼をして着席。私もぺこりと頭を下げて座った。

 

ㅤそんな教室の様子を眺め、教科担任はため息をついていの一番に着席した彼に視線を向ける。

 

ㅤ先生の反応を見れば、背中越しでも彼の目は”キターン”と輝いている姿が分かった。あの先生は私と同類の気配を感じるし、あんな目で一時間も晒されるのは堪えるだろうな……。

 

 

「……喜多、何度も言わせるな。声うるさいし、早いし、ついでに声がうるさい」

 

「はいっ!!」

 

「……課題お前だけ倍な」

 

「うぇっ!?」

 

 

──”そりゃ当然だろ”、とクラスの皆の心の声が聞こえてきた気がした。

 

ㅤ私の一日はまだ、始まったばかりだ。

 

 

 

3

 

 

 

ㅤ郁代との喧嘩からはや数時間、いつの間にか学校が終わっていた。まあ授業を受けたのは三限からだし、早く終わったように感じるのが普通か。

 

ㅤ帰りのSTが終わったあと、ぐっ、と固まった腕を伸ばして脱力していると、既に用意を済ませていたイツメンが俺の周りに集まってきた。

 

「虎依世、今日カラオケ行かない?」

 

「あー?今日もバイトあるから無理」

 

ㅤせっかくの誘いだが、生憎今日はシフトが入っている。ド平日だし週末に比べたら忙しくはないだろうが、それでも疲れるものは疲れるので億劫だ。

 

ㅤだが今年の夏休みにはバイクの免許を取りに行きたいので、それまでに金を稼がなくてはならない。

 

ㅤ免許代くらいは出すと父は言ってくれたが、それは流石に気が引けたのでこうして自分で貯金している次第である。

ㅤ定休日以外は基本入れているので、高時給なのもあってか、先月の給料は7万近くいった。初月にしては上出来だろう。

 

「何時から?」

 

「いつもと同じだよ、5時半から10時まで」

 

「……ていうか、お前いま何連勤だよ。先週からずっと入ってね?」

 

「先週の月曜からだから……今日で8連勤」

 

「げぇっ、俺はそんなに入るの無理だわ」

 

ㅤゲンナリとした顔で彼はそう言うものの、うちのバ先は週末以外は基本ヒマなので連勤しようがそんなに疲れはしない。店主は寡黙だが心優しいし、常連のサラリーマンたちと話すの時間は割と楽しいので、もし免許代が貯まってもあそこを辞めるつもりはない。

 

ㅤだが、友人と放課後に遊ぶ時間を取れないのはやっぱりどうにかするべきだろうか。

 

ㅤ放課後に遊べない分、学校にいる間は友達みんなと楽しいことをやろうと思ってはっちゃけているのだが、やっぱりカラオケやボーリングは俺も行きたいし……。

 

ㅤ来月はもうちょっとシフト減らそうかな、なんて考えていると友達の一人にほっぺたを小突かれた。

 

「なんだよ」

 

「次の休みはいつ?」

 

「あー……明後日かな」

 

「じゃあそん時カラオケ行こうよ。私、あれから結構歌の練習したんだからね。汝、我が美声に驚くことなかれ!」

 

「知らんわボケカスしね」

 

「口悪っ!?じゃあ、そういうことで明後日は空けといてね。バイト頑張って〜」

 

ㅤじゃあね、とみんな口々に挨拶して去っていった。途中までは同じ道なんだから一緒に帰ればいいのにと思いつつ、その姿を眺めながらスマホをポケットにいれて立ち上がる。

 

ㅤふと、背中に視線を感じた。

ㅤ気になって振り返ると、クラスメイトの後藤ひとりと目が合う。

 

ㅤ彼女……後藤さんとはそこまで仲が良いわけではない。ただ、そんな俺でも他のクラスメイトよりは会話をした回数は多いと思う。

 

ㅤ彼女はどうやらかなりの緊張しいのようで、俺が近づくとその分だけ後退る姿は少し面白い。周りの注目を浴びるとあからさまに青ざめるので、最近は軽く挨拶をするに留めているが……。

 

ㅤ今は他の人も居ないし、仲を深める良い機会ではなかろうか。少し話をしてからバイトに行こうかね。

 

ㅤそう思って彼女の席に近付くと──、

 

あばばばばばばばばばば

 

「後藤さん、顔のパーツが流れ落ちてるぞ」

 

ㅤなんだろう、顔を崩すのやめてもらっていいですか?

ㅤいくら鉄の心臓を持つと評判の俺でも、女子にそんな反応をされるのは少し傷付くんだけども。

 

「はっ、す、すいません……!」

 

「いや別にいいけど……その鞄のバッジ、最近人気のバンドのグッズだろ?それにそのギターケース……」

 

ㅤよくよく見れば、後藤さんの机の横に大きなギターケースが立てかけてあった。普段は奇行ばかりだし、まさかギターを弾いているとはこれまた驚きである。

 

ㅤパッと見そのケースはかなり年季が入っているようで、とても最近始めたようには見えない。

 

「あ、はい。ギターやってます……」

 

「すげぇな。俺の妹もギターやってんだけどさ、練習しても全然上手くならないって喚いてたわ。後藤さんは結構出来る感じ?」

 

「そ、そこそこかと……」

 

ㅤ郁代と俺の部屋は両親の寝室を挟んでいるので、互いの物音はほとんど聞こえないが、たまに楽器を弾く音と共に「全然できない……!」という独り言が聞こえてくる。頑張ってるんだなと感心すると同時に、楽器に関しては門外漢なことが悔やまれる。

 

ㅤ今では失われた兄へのリスペクトを復活させる手段としては、「俺が教えてやる」ルートが最適なのだが、そもギターなんて持っていないので協力は残念ながら出来ないのである。

 

「やっぱり洋楽とか邦ロック聞くん?いいねぇ、ロックだねぇ」

 

「あ、はい。あんまり詳しくないですけど……き、喜多さんは好きな音楽とかってありますか?」

 

「んー……デスメタルとか?ヘビメタ全般は好きだけど」

 

ㅤ日本的なカワイイメタルも好みだが、オルタナティブ・メタルが一番俺の琴線に触れる。中三の夏休みに海外のメタルバンドが多数出演したフェスではしゃぎすぎて首を痛めたのが懐かしい。

 

「ぐはぁっ!!」

 

「え、どこに反応した?」

 

ㅤどうしよう、後藤さんの奇行スイッチがどのタイミングで押されているのか全く分からない。

 

消えろ……私の黒歴史

 

「(こわ……)」

 

ㅤ机に突っ伏して物言わぬ身体となった後藤さんを困惑しながら眺めていると、携帯の着信音が教室に鳴り響いた。

 

ㅤまだ死にかけている後藤さんに、一応一言入れてから電話を取る。相手は──…………うん、誰だ?

 

『あ、もしもし〜』

 

「……えぇ?」

 

ㅤこの二日酔い特有のしゃがれた女の声に、俺はどうしようもなく聞き覚えがあった。

 

ㅤ俺のバ先の居酒屋の常連客のひとり。見てて心配になるレベルでアルコールを摂取し続け、ハイテンションで二次会に出発るヤバい人物。

 

「……俺、あんたに番号教えたことありましたっけ?」

 

『えー、覚えてないのぉ。この前あの店で呑んだときぶっ倒れた私を介抱してくれたじゃん?お礼をしたいって言ったら番号キミの方から教えてくれたんだけど』

 

「マジ?……あーそういやそうすっね」

 

ㅤ徹夜明けのバイトだったので記憶が曖昧だ。そういえばそんなこともあったか、と思い出した途端に俺の顔が歪む。なんでそんな愚行をしたのか、我ながら理解に苦しむ。

 

『今日バイト?』

 

「そうですけど……なんですか、またうちで打ち上げですか?今度はちゃんと予約取ってくださいよ。あんた来るなら、酒の在庫確認しないとすぐ無くなるんで」

 

『そ、その節はどうもー……じゃなくて、お礼の件! お姉さんがイイとこ連れてってあげようかなって思ってさ』

 

「青少年保護育成条例ってご存知ですか?」

 

ㅤイイとこってなんだよと男心がざわりと燃えるが、理性で無理やり押さえつける。

 

ㅤ電話の相手──廣井きくりは酒さえ飲まなきゃかなり美人であるが、居酒屋で働く俺はヤツの生態をよく知っている。

 

ㅤシラフじゃない時なんてないんじゃないかってくらい彼女は常に酒を飲んでおり、ずっとハイテンションのままだる絡みしてくる。おまけにゲロを吐いたり、酔い潰れて路上で寝るようなヤバいヤツなのだ。

ㅤなにを間違ってもヤツの見てくれに騙されることはない。

 

『あははっ、違う違う。今度うちらライブあるんだけどさ、良かったら来ない? お礼にチケットはタダだよ』

 

「あー、バンドやってるんでしたっけ」

 

ㅤ著名なロックバンド以外はあまり知らないので、インディーズで人気あるとか言われてもピンと来ない。

ㅤただ、普段はあんなヤツでもライブとなると真面目にやっているんだろうか、と少し興味が湧いた。

 

「──バンド!」

 

「あ、復活した……じゃあまた連絡ください。ありがたく行かせて貰いますんで」

 

『よし、そうこなくっちゃ!じゃあねー!また今度!』

 

ㅤぴ、と電話を切る。先ほどかかってきた番号を連絡先に登録し、それに”酔っ払い”と名前を打ち込んだ。これで次連絡来ても一瞬で誰か分かるだろう。

 

ㅤというかライブの日時教えて貰ってないんだが、一体いつ行くんだろうか? 相変わらずズボラな人である。

 

「あ、あの、バンドって……?」

 

「ん?ああ、知り合いがバンドやってんだよ。今度その人のライブ行くんだけど……後藤さんはバンドやってないの?」

 

ㅤギターケースに加えて、そのジャラジャラつけたバンドグッズ。後藤さんがバンドをやっている姿はあまり想像できないが、やっていてもおかしくない格好ではある。

 

ㅤ俺の問いかけに、後藤さんは顔を俯かせてボソボソと答えた。

 

「い、いつか、やりたいなとは……思ってるん、ですけど……その、メンバーが」

 

「ああ……」

 

ㅤ何となく察した。人見知りの彼女にとってバンドメンバーを集めるのはかなり苦難だろう。そもそも俺以外のクラスメイトと話しているところなんて見たことがないし。

 

「っと、このままだとバイト遅れちゃうな……後藤さん、もしバンド組んだら教えてくれ。ライブやるなら見に行くわ」

 

「あっ、ありがとうございます……っ!」

 

ㅤまた明日ー、と声をかけて駆け足で廊下を走る。たまに奇行スイッチが入って人外化する後藤さんだが、やっぱり普通に接すれば案外ちゃんとした人のようだ。

 

 

ㅤいつか友達と呼べたらいいな、と考えつつ靴を履き替えた俺はバイト先へとダッシュした。

 

 






■喜多 虎依世(きた こいよ)

ㅤ”来いよ!”からネーミング。特に深い意味は無い。
ㅤ秀華高校1年2組に在籍している青年で、喜多ちゃんの双子のお兄ちゃん。入学当初から問題児として教師陣にマークされているが、クラスを始め学内外に友人が多い。成績は中の下であるものの、赤点は取ったことがない。バイクとその免許の費用を貯めるために居酒屋でバイトをしており、常連客の廣井きくりとは顔見知りで、クラスメイトのぼっちちゃんとの仲も他人以上友達未満。好きな音楽はヘビメタ全般とEDM。T〇kTokのフォロワーが十万人ほど居り、友人と撮ったダンス動画をアップしている陽キャ中の陽キャ。シスコンであるが、彼の問題行動のせいで喧嘩は絶えない。


ヒロイン未定。
ぼっちちゃんか廣井のどっちかで迷ってます……反応あったらアンケ取ろうかな
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