皆さんは才能というものをご存知だろうか。音楽的才能、身体的才能、頭脳的才能。人間は産まれた瞬間に持つものと持たざる者に二分されるという何とも残酷で、悪意に満ちた道のりを進むことを決定付けられている。
何をするにしても劣等感に苛まれ続け、誰かと比較しては自らの劣っている部分を嫌でも見せつけられ、目を背けることすらさせて貰えずに、見下されてるんだろう、馬鹿にしてるんだろうと勝手に想像して、勝手に壁を作って、勝手に苦手意識を抱えている。
これは、そんなどうしようもない惨めさと共に生きた男の物語である。
地元の公立中学を卒業し、勉強は自分一人でも出来るため、通学時間のロスを無くしたい、という理由で近所にあるにじさんじ高校への進学を早々に決めたあたしは野球部の見学に来ていた。
中学でも弱小野球部の控え投手で実力も才能もない自分がレギュラーになれるなんてこれっぽっちも思っていないが、常に人数がギリギリのにじさんじ高校の野球部なら1年からベンチ入りできる可能性が非常に高い。
その上、現3年の先輩の天開さんとユードリックさんはそこそこ名の知れた選手のため、運が良ければベンチ入りして県大会ベスト○みたいなことを内申書に書けるかもしれない。
そうしてにじさんじ高校の野球部に入部したあたしの浅はかで小賢しい考えは一瞬で打ち砕かれる羽目になったのだった。
「よし、入部希望の1年並べー! 今から自己紹介してもらうからなー、えっとー、じゃあそこのお前から順に出身中学と希望ポジション、野球部での抱負言ってけ! はい!」
「はい! えにから中出身舞元啓介です! 希望ポジションは外野です! 守備は得意なので守りからチームに貢献したいです! ご指導ご鞭撻の程よろしくお願いします!」
「はい、拍手〜」
一番最初に指名された体のでかいおじさんみたいなやつがやたらとでかい声で自己紹介をする。いやお前そのガタイで守備型かよ! という野次も飛んでいるがまあ、概ね同意。
「はい、同じくえにから中から来ましたジョー・力一です。俺も外野希望です。足はそこそこ速いので足で貢献できるプレイヤーになりたいなー、なんて思ってますので、どうぞよろしくお願いします!」
続いてどこか掴みどころのない男。悪いやつじゃないんだろうけど胡散臭さが滲み出ていて、飄々と話す感じがまたその雰囲気を増長させている感があるな……
その後は女の子二人それぞれ内野手とキャッチャー志望の子が続いて最後に俺の番。
「はい、田角中出身の夢追翔です! 希望ポジションは投手です! まだまだ実力不足なのでしっかり力を付けて、2年後に1番を貰えるように頑張りたいです! よろしくお願いします!」
俺の自己紹介の最中から先輩方から何やら可哀想なものを見る様な目を向けられていた。今からコンバートさせた方が、なんて声も聞こえてきた。
一体何が問題なんだろう? 投手は同期で自分のはずだから順調に行けばエースになってもおかしくは無いと思ってもおかしくは無い。コンバートする必要なんて……あぁ、わかった。明らかに才能のないやつが投手を務めるなんてチームが可愛そうだ。そりゃ天開さんの跡を継いで2年後のエースがこれじゃ先輩方の気分が晴れないのだろう。そうに違いない。
入部届を出したその日から退部届を書く算段を立て始めていたあたしの前で先輩がまた仕切り始めた。
「じゃあ今年の1年は6人か……まあ、バケモン1人いるしあいつに引っ張って貰えるだろうからな! お前らには期待してるぞ! 俺は監督に報告行ってくるから1年は俺についてこい。2,3年各自メニューこなすように。解散!」
「「「「はい!!!!!」」」」
6人……? ここにいるのは5人のはずなんだが……そんでバケモンって誰だ? あのごついおっさんみたいなやつも体はでかいとはいえ自称守備型。引っ張ると言えば投手が4番じゃないのか? もしかしてキャプテンの数え間違いでもしたのか? いや流石にそんなはずはないと思うが念の為聞いておこう。分からないことが多すぎる。
「あの、すみません、新入生って5人じゃないんですかね……?」
「あぁ、お前ら知らねぇか、1人4月1日から練習参加してる奴がいて今ブルペンいるはずなんだよ。監督も一緒に居るから報告ついでにみとけ。やべぇぞ?」
「分かりました、ありがとうございます!」
天開さんとユードリックさんの姿が見えないのもそういうことか。一日目から同期の怪物とうちのエースのブルペンが同時に見れるなんてラッキーだな、なんて考えてるとブルペン後ろでスピードガンを持ちながら「本物やぁ……」「素晴らしぃ……」なんて声を上げている少女の姿が見えた。マネージャーだろうか? にしてはマネージャーのユニフォームを着ておらずただの市販のジャージ姿だ。案外自由なのかな?
「監督、1年生連れてきました!」
「「「「監督!?」」」」
「驚いた? あてぃしが監督の椎名やでぇ。で、どうなん? 今年の1年は?」
「投手あいつの他に1人、内野とキャッチャー1人、外野2人です。そこそこやれそうですよ」
「あてぃしがビシバシ鍛えたるわ! んで、1年、もう葛葉のピッチング見た?」
「いえ、まだです!」
「ちょうどええわ、葛葉! 1球ほったって!」
「ウス」
マウンドの上にいたのはひょろっとした長身で色白の男。まんまあたしやないかい! こんな奴が本当にバケモンなんだろうか、という思考は投球動作に入った瞬間霧散した。
抱え込むように上げた足、ショートアーム気味の小さいテイクバック、あの体格から生み出されたとは思えない力強い踏み込み、そして……
「ッ!!」
ボールが放たれた瞬間まるで銃撃音のような、爆発するような、聞いた事のない音がブルペンに響いた。
なんだ今のは。ものが違う。何もかもが違う。何が同じ体格だ。何が3年後に背番号1だ。あんなの俺の知ってる野球じゃない。あんな球見たことない。
たった1球ブルペンで見ただけでとてつもない絶望のそこに叩き落とされた俺はそこがまだ底では無いことを思い知らされた。
「葛葉ぁ、今の何割ぃ?」
「あー、6割ってとこッスかね。何キロッスか?」
「37やね」
「んー、まあそんなもんッスよね」
嘘だろ、ありえない。1年生が140キロに近い球速をこの時期に投げているだけで絶望ものなのにこれが6割……? MAX150は流石にありえないだろうが150が出るようになるのも時間の問題でしかない。全力で投げて120前後の僕とは最早やってるスポーツが違う。
「ハハッ……やっべぇなあいつ……」
それでもあたしの脳みそに野球を辞めるなんて選択肢は出て来なかった。
本物の怪物を目の当たりにした衝撃で忘れていたが天開さんとユードリックさんがいなかった理由はなんだったのだろうか? まあ、あの二人のことだし選抜チームに選出されてるとかそんなとこかな。もしくは風邪ひいたとか、まあ明日聞けば良いだろう。そんな呑気なことを考えながら迎えた次の日の放課後。
やはり例のふたりは居ない。
「根岸さん、天開さんとユードリックさんってお休みなんですか?」
そう聞くと2年の先輩投手は気まずそうな顔と苦笑を浮かべた。さては謹慎だな? 何やらかしたんだろう? 犯罪系だと試合に影響出るから困るんだけどなぁ……
「あぁ……あの人たちな……辞めたんだよ」
「え?」
想定外すぎた言葉にあたしの脳みそはフリーズした。辞めた? あの二人が? なぜ? エースと4番が揃って退部? 謹慎でもなく?
その理由はさらに想定外だった。
「今年の新入生、見たろ? あいつ見て絶望しちゃってな」
「いや、でもあのお2人だって負けてないですし何しろユードリックさんなんて投手と野手で全然違うじゃないですか!」
「あいつ、バッティングもやべぇんだよ。1年はまだだけどフリーバッティングやらせた時にこのチームの誰よりも飛ばしてたんだよ」
「まじ、ですか。あれだけのピッチャーがバッターとしても超一流、ってことですか?」
「そう。信じらんねぇよな。マックス150超えるやつが打者としてそのままプロ行けるレベルとか漫画でもやりすぎだっての」
「150!? 流石に嘘ですよね!?」
「俺も信じらんねぇけどガチらしいぜ……あいつの抱負知ってるか? 160キロ投げて12球団から1位指名される選手になるんだとよ。これまでのバケモンっぷりからしたら12球団1位指名が一番現実味あるとか笑えねぇよな」
はは……笑えねぇよこんなの……すげぇやつと一緒のチームになっちったな……
ただ少し気になったことがあったが、少し聞くのは憚られる。けど葛葉の話を聞いて興奮状態に近くなって少し思考の緩くなった俺はゴーサインを出した。
「すみません、めちゃくちゃ失礼な質問なんですけど、根岸さんはなんで天開さんみたいに辞めなかったんですか?」
「お? なんだテメェ俺に辞めて欲しいってか? 生意気言うじゃねぇか?」
「いやいやいやいや、違うんです、違うんですよ!? いや、そのですね、あんなのがいたらこの先1番貰えることって……」
「冗談だよわかってるって。まあ、なんて言うかな、俺には才能がないから、かな」
少し哲学的な話か? それなら全力で語り合おうじゃないか、なんて言いたくなる悪い癖を抑えて続きを促す。
「ほら、あの2人ってたまーにプロのスカウトも見に来る位にはいい選手だったんだよ。くじ運が無さすぎて公式戦1回も勝ってないけど才能は間違いなくある側の人間だったと思う」
「だから、少し葛葉に近かったから、その距離が分かってしまったんだろうな。あるって思ってた自分の才能がとてつもなくちっぽけで見間違いじゃないのって思えるほどの圧倒的な才能の差を」
「俺には正直それがわからん。ただ100年経っても追いつけないだろうなっていう確信はあるけど、そんなもの原因で辞めるほど野球ガチ勢でもないし、どの道高校で辞めるつもりだしな」
「なるほど……」
「ま、それにあのバケモンがいるのに近くで見れないなんて勿体なくね?」
「それは間違いないですね……プロどころかはよメジャー行けって感じですよ」
「ま、俺みたいな凡才Pは卒業後葛葉と同じチームだったんだぜ! って自慢するためにもエピソードトーク拾わなきゃだしな! よし、話しすぎたな今から体幹トレやるぞー」
「げっ、もやしには優しくしてくださいよ?」
「それなら葛葉ももやしになるだろうが、お前が葛葉の2番手になるんだから使えるようにやれって監督に言われてるんだからな?」
「うぃっす……」
その日の夜、先輩にしごかれまくったあたしは生死半々になりながら風呂に浸かっていた。
「あぁ〜……生き返るぅ……」
圧倒的な才能は持っているだけで悪だ。根岸先輩は諦めてしまった。天開さんは折れてしまった。ただそこにいるだけで周りの人間の熱意を吹き飛ばして、絶望させてしまう。
それでもあたしの熱量は、心は、冷めていなかった。才能が2倍違うなら2倍努力すればいい3倍なら3倍、100倍なら100倍努力してやる。
それでも追いつけないのはわかっている。等倍の努力で追いつけるステージじゃない。天地がひっくり返ろうとも追いつけない。何もかもが違う。でも同じ人間に才能の差だけで素直に負けを認めて心の底からヘラヘラしていられるほどあたしは腐ってない。
どうやっても勝てない。努力しても焼け石に水。血を流して寿命を削っても足元にも及ばない。
だから。
だからこそ。
どんなに汚くても、どんなにみっともなくても、どんなに情けなくとも。
あいつに縋り付いてやる。
夢追翔がいるって意識させてやる。
全てで負けても、何もかも劣っていても、それでもそれを嘆こうとも素直に諦めてはやらない。
凡才は凡才らしく、血と汗をながしてでも泥にまみれてでも凡才なりに足掻いてやる。
翌日、葛葉に勉強を教える夢追翔の姿があったという。
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