とある凡才投手の苦悩   作:鯖太郎

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2話

 にじさんじ高校野球部に入部してはや2ヶ月、練習は人並みに、いや人並み以上にやっているはずなのに葛葉との差は開いていくばかり。

 ブルペンで自己最速を更新したり、コントロールやスタミナも少しずつ向上したり、成長している実感はある。今までの野球人生の中で1番成長しているかも、と思うくらいには野球が上手くなっている。それでも自分の全力で投げたストレートより葛葉の変化球の方が10キロ以上は速いし、誰よりも打撃練習で強い打球を放つんだから、真面目にやってるのがバカバカしく思うのも正直分かってしまう。

 でも背中が遠すぎて見えないあたしはあまりにも離れすぎていてその距離が分からないからこそ、絶望できるほどの実力がないからこそ、今日も泥臭く食らいついていく。

 

 

 

 

「おぉー、ええやん葛葉ぁ!」

 

 とは言ったものの現実は残酷だ。

 

 シート打撃で対戦相手である陸中高校の投手陣を仮想して実戦形式のバッティング練習を行うのだが、予想される先発投手の3年生は左投げで130キロ出ないほどの投手。同世代の怪物、二刀流と呼ばれた角田もいるが流石に3年生の先発が予想されていた。葛葉を目の当たりにした今となっては、怪物の二刀流と呼ばれた角田が霞んでしまう。140キロのストレートとかなりのパワーとミートセンスを兼ね備えた選手だけど全てが葛葉に及ばない。

 余談はさておき、ひとまず3年の左が先発の先発が予想された。そこでチーム唯一の左投手のあたしに白羽の矢が立ったまでは良かった。

 そこでしっかり抑えて監督にアピールするチャンスだと思っていたが、何としても抑えたかった葛葉に痛烈な当たりを浴びてしまった。

 

「ッスー、ちょっと角度低いッスねー」

 

 それでもうちの怪物は納得していない。正直言って異常な打球を打たれた。ショートの選手がジャンプするほどの低い弾道でフェンスにワンバウンド。しかも左打者がだ。

 

「ハハッ……嘘だろ……」

 

 思わず本音が漏れてしまうが、気を取り直して柳澤さんと対峙する。葛葉の影に隠れているものの、プロに行ってもおかしくないレベルの選手。本気で抑えに行かないと。

 

 

 

 

「ゆめお、よう頑張った! お疲れ、ありがとうな!」

 

「ありがとう、ございます、めっちゃ、打たれましたけどね、はは……」

 

「無理して喋らんでええから、ここ座っとき。マネージャー! アイシング付けたって!」

 

 監督の発言にやや食い気味に返事をした女子が氷のうとベルトを肩につけてくれた……のだが。

 

「谷藤さん、付けてくれたのはすっごいありがたいし、嬉しいんだけど……あたし左投げなんだよね」

 

 右肩にせっせと巻き付けられた氷のうはただ火照った体を冷やすだけの機能しか持っていなかった。

 

「ん? あ、ごめん! 普段右手でペン使ってるから左投げなの忘れちゃってた! すぐ巻き直すねー」

 

「ペンどっちとかよく覚えてたねそんなこと」

 

「まあね! 物覚えいいんだ私」

 

「じゃあ同級生のピッチャーがどっち投げかくらい覚えて欲しいかな!」

 

「それはごめんじゃん! ほい、できたよー」

 

「ははは、ありがとね」

 

「うん、お疲れ様!」

 

 結局スタメン相手にカウント1-1から2回り投げ、被安打5、奪三振3という結果。当然満足はしていない。コントロールミスもあったし、何より50球も投げればもうバテバテになってしまう自分の体力のなさ。そして追い込んでも空振りを奪う決め球がない。

 それでも自分の強みである細かい変化を低めに集める投球でゴロアウトを量産できたのは収穫かもしれない。

 何より、たまたまとはいえ葛葉から三振を1つ取れたこと、これは大きな自信になった。

 

 そしてあの空振りを奪ったストレートの感覚。普段よりほんの少し、手から離れるのが遅かったような、最後まで指にかかった真っ直ぐが投げられたような気がした。それを忘れないように全体的練習後ブルペンへ……

 

「ゆめお! あかんで! ゆめお今日めっちゃ投げたんやからもう今日はノースローや!」

 

「あっ、はい! すみません、分かりました!」

 

「葛葉に投げた球やろ? あれ良かったなー。ほんまは明日も投げさせた無いけど明日練習終わってから見たるから、今日は休みや!」

 

「ありがとうございます!」

 

「気ぃつけて帰りやー」

 

「はい、お疲れ様でした! 失礼します!」

 

 監督に挨拶をしてユニフォームから着替えるために部室に向かうと葛葉に呼び止められた。

 

「なぁ、あの二打席目の真っ直ぐ。あれ、何?」

 

「いや、自分でもわかんないんだよね。なんか指にかかったというかリリースが遅くなったというか」

 

「わかんねぇんだ? でも、なんつーか、来てたわ」

 

「そう? 葛葉に褒められると嬉しいわ」

 

「まあ、俺の球がお前に打てんのかってね」

 

「うるせぇな! 怪物が凡人にマウント取ってこようとするなよ! 無理に決まってんだろうが!」

 

 葛葉はあたしのツッコミを聞いて満足気に笑いながら部室へと戻って行った。最初の1ヶ月は全員に人見知りをしていたからクールなやつだと思っていたが、最近あいつが生意気なやつであることに気づき始めた。

 ただ、野球に対する熱意は人一倍あり、2人でピッチング理論について議論を交わしながら帰るのが日常になっていた。

 

 

 

 

 その次の日、全体練習が終わってからりりむにお願いしてブルペンに入っていた。

 

「監督、どのような意識で投げたらいいですかね?」

 

「んー、せやなー。速い球を投げ込む意識でどうや? 変に持とうとせずにしっかり指にかけてスピンをかけ切るイメージや」

 

「分かりました、ありがとうございます!」

 

「かけるー、そろそろ座る?」

 

「お願い!」

 

「ゆめおー、30球までなー。りりむも数えたってや」

 

「わかった!」

 

 敬語使えよ……。いや、監督もあんま気にして無さそうだからいいけどさ? なんなら監督、りりむちゃんにゲロ甘だからな……。

 

「じゃ、いくよ。……シッ」

 

 低めにコントロールされたストレートはいつも通りのストレートだった。

 

「もういっちょ同じとこ!」

 

「うん!」

 

 5球、10球と投げ込むが余り変わり映えがしない。球数制限もある。監督の時間を頂いてるのに何も成果がないでは帰れない。やっぱりまぐれだったんだろうか。才能がないのだろうか……

 

「監督、打席入っていいっすか?」

 

「お? 防具つけとるんやったらええよ。ゆめおー! 良かったなー! 葛葉が打席で見てくれるってー!」

 

「ッス! ありがとう!」

 

「いや、別に、あんな三振したまんまじゃ気持ちわりぃから」

 

「チーム三振王様は三振にもこだわりがおありなようで?」

 

「っはー! 言うねぇ!!」

 

「葛葉この前の練習試合3三振してたもんね! いいむはヒット打ったけど」

 

「ちょ、りりむは黙ってろよ! 関係ないだろうが!」

 

 やいのやいのと言い合いが始まり結局監督に叱られている。この2ヶ月でもう何度見たか分からないふたりの小競り合いは最早安定感すら感じるなぁ……

 

「兄妹喧嘩終わった?」

 

「うるせぇぇえ! ブルペンだけどフルスイングしちゃおっかなー! 顔面えぐっちゃうよーん」

 

「ごめんて! 俺が言うのもなんだけど、打席早く入ってもらっていい?」

 

 デュクシ、ブシュウウウと打球が直撃したあたしの様相を一人でやっている葛葉にいい加減打席に入ってもらう。肩冷えんじゃねぇか。

 

「11球目! ……シッ!」

 

 指先から放たれた白球は葛葉の膝元に収まる。

 

「んー、悪い球じゃねぇけどこんなんじゃなかったろ?」

 

「なんか違うんよなー……」

 

「ゆめおー! 速い球を投げようと思うんはなんのためや!」

 

 監督から投げかけられた問の意図が分からないが、素直に答える。

 

「速い球……そりゃバッター抑えるためじゃないですか?」

 

「せやろ? 今のゆめおにはその気迫が足らんわ。もっと葛葉を抑えようっていうか気迫がないわ。もっとこの球で抑えるっていう意識で投げてみ!」

 

「……っはい!」

 

 盲点だった。あたしは今『夢追翔が投げられる』いい球を投げようとしていた。そうじゃない。それを超え無ければ葛葉を抑えることはできない。一度三振を奪ったからって図に乗っていた。

 

「12球目! ……ゥラッ!」

 

「おー、さっきよりはいいんじゃねえの? でももっとだな」

 

「何となく分かってきたわ、ありがと!」

 

 13球目、14球目と進歩が見えつつある。でもまだ足りない。

 もっと指にかけろ。もっと回転をかけろ。もっと体重をのせろ。もっと気持ちを乗せろ! 

 

「21球目! ……ゥラッ!!」

 

「わっ!」

 

 りりむちゃんの構えたところから少しズレたところに飛んで行ったボールはグラブを弾きネットへと転がって行った。

 

「ごめん! 大丈夫?」

 

「ううん! いいむが下手くそだった! 今の良かったよ?」

 

「今の球だよ! 忘れない内にもう一球来い!」

 

「次は取るからね!」

 

「っし、サンキュ! 22球目!」

 

 今度も構えたところから少し違うところに行ったが今度は鈍い音を立ててミットに収まった。

 

「いてっ……取りづらいなぁかけるの球」

 

「大丈夫か? 芯で取れないなら代わるぞ?」

 

「ううん、葛葉の球取れるようになるための練習! これくらい完璧に取れないと150キロ追いつけないでしょ?」

 

「だな、じゃあ後8球頑張れるな?」

 

「うん!」

 

「ありがとう、りりむちゃん!」

 

 その後監督ストップの30球目まで目一杯投げ込んだ頃にはあたしはこの球をマスターしていたし、りりむちゃんのミットは乾いたいい音を立てるようになっていた。

 

「監督ゥ、俺も投げて良いっすか?」

 

「もう今日投げたやろ? また明日や!」

 

「まあそうっすよね、いや、あの球俺もマスターしたいなって」

 

「どこまで成長する気やねん! 心意気はええけど急ぎ過ぎたらあかんからな? 3年間でうちが12球団から1位指名される選手に仕上げたるから。大船に乗ったつもりでおったらええわ!」

 

 

 

 

 

 そして迎えた公式戦初戦。

 

「いや、葛葉。あてぃしに頼んな。一人でやってくれ」

 

 大丈夫かこの監督……




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