「忘れもんはないな? もう取りに帰られへんから今のうちにチェックしときや!」
「ウス!!」
各々の荷物を預け、手配したバスに乗り込む部員達。これから椎名監督就任後初めての公式戦だ。これまで公式戦勝利の無い我が校の第1勝目が現実的となってきたこともあり、緊張感が支配している。
宮澤先輩に至っては顔面蒼白だ。大丈夫か?
3年生から順番に乗り込み、最後に監督とマネージャーが座ったところでバスの扉が閉まり、もう戻れない所まで来たという実感が湧いた。
移動中にかける音楽は何にしようかとスマホを操作していると隣の葛葉から声をかけられた。
「余裕あんな」
「いや、あたしどうせ出番ないし。うちのエースが打たれるわけないでしょ? それとも自信が無いとか?」
「んや、まあそれもそうか。荷物持ち任せたわ」
「いや誰が付き人だよ。ブルペンでアピールしとくから、情けないピッチングするようじゃすぐマウンドから降ろしてもらうからな!」
あたしの言葉を聞くと満足気に笑みを浮かべながら葛葉は目を閉じた。いや、あんたも大概余裕じゃねぇか!?
まあ、でも試合に望む心持ちじゃなかったのは確かだ。あたしも一応ベンチ入りメンバーの1人、試合に挑む選手の1人なんだ。試合に出なくてもそこにいる以上出来ることを全部やろう。
「監督、宮澤が吐きそうです」
「宮澤ぁ……とりあえずトイレ行ってき? まだ試合開始まで時間あるしな」
案の定と言うべきか、宮澤さんが緊張感とバスのダブルパンチに酔ってしまった。
一方のスタメン組はというと、程よく気合いも乗ってこの緊張感を楽しめている様子だった。その中で異質だったのはやはりあの男。葛葉だ。
緊張感なんてまるで感じていないように、欠伸をしながらストレッチをしている。
本人の言う通り打たれるはずがないという自信とそれを裏づける実力があるからこそできる余裕だろう。自分もそのステージに近づけるようにならなきゃな、と思うと同時にあのふてぶてしさは絶対無理だとも思う。
前の試合が終わり、いよいよベンチ入りの時間がやってきた頃に宮澤さんがげっそりした顔でやってきた。げっそりはしているけど体調は問題ない、今から打席に立てと言われても行けるとは言ってるから大丈夫なんだろう。知らんけど。
試合前のシートノックが終わり、電光掲示板上へアナウンスとともに両校のスタメンが発表されるのだが……
「先ず守ります、にじさんじ高校のスターティングラインナップは、1番、セカンド、ラトナ・プティ君。2番、レフト、石田くん。3番、ピッチャー、葛葉くん」
「っ!?」
葛葉の名前がコールされると球場全体が異様な雰囲気に包まれる。それもそうか、150キロを投げてプロ並みの打撃センスを持つ1年生なんて見たいに決まってる。
しかもこんな弱小校に入り1年生からエースナンバーを背負い、しかもあまりの強大な才能にそこそこ名の知れた3年生2人が退部したというサイドストーリー付きだ。既にプロのスカウトが目をつけているとの噂もあり、高校野球に詳しい人たちの間では向こう2年は葛葉の話題でもちきりだろう。
そんな思考を打ち切ったのは選手たちの驚いた声だった。
「相手P角田!?」
「え、武藤じゃねぇの?」
「しかも2番ってマジか!?」
電光掲示板を見ると2番、守備番号1、角田と書かれていた。
超中学級の選手とは言われていたがいきなり夏大会の先発を任される程の選手だったろうか。
「なあ、夢追、お前角田と対戦したことあんだろ? どんなんだった?」
「そうですね、真っ直ぐはそこそこ速いですけど140無いくらい、コントロールもアバウトです。バッティングも良かったですけどまあ、高校レベルでは下位打線が妥当じゃないかってレベルですね」
「すまんな、ゆめお。あんなに投げてもらったのに読み違えてもうたわ」
「いえ、大丈夫です! それに角田で9回はもたないでしょうし、そうなると武藤の出番になるはずですから」
「ほんま? ほなええわ! ちなみに角田はどうなん? 知ってるみたいやけど」
「そうですね、球が速いだけって感じですね。でも葛葉よりは遥かに遅いです。それにコントロールはアバウト。変化球も決め球になる程じゃないです」
「おー、ほな楽勝か!」
「いや、監督油断しないでくださいよ!?」
「わかってるってぇー、まあ、うちの葛葉の球見なれてるあいつらなら余裕やろ?」
「まあ、葛葉の球みんな打ててないですけどね……」
「それでも葛葉の150見てるあいつらなら一巡すればいけるて!」
「あはは……とりあえず私はブルペン待機ですかね?」
「せやなぁ……ブルペン日陰ある?」
「見た感じないですね」
「ほな7回表にキャッチボール行こか。それまでは熱中症なられたら困るしベンチで待機!」
「わかりました!」
球審のプレイボール! という高らかな宣言と共に椎名監督率いるにじさんじ高校の初戦が幕を開けた。
相手校アルプスを除いた誰もが葛葉の1球目に注目する中、彼はゆっくりと、しかしダイナミックに足を上げ、投球動作に入る。
ここから怪物の伝説が幕を開ける。
「ストラァァイクッ!」
初球は146キロのストレート。アウトコースにコントロールされたその球は一瞬球場を静寂に包み込み、その一瞬の間の後にざわめきを引き戻した。
「んふー、ええやんええやぁん」
そのざわめきを含めて満足気な監督。これくらいは想定内ということだろう。前任校では就任1年目にいきなり春の甲子園出場をも果たしたという凄腕監督が、ここからどのようなゲームプランを展開していくのか。せっかくベンチにいるのだから存分に吸収したいところだ。
「この様子ならなんもせんでも勝てるわ!」
やっぱこいつニセモンじゃね?
その後葛葉は1人歩かせたもののしっかり0点に押えて迎えた3回。1年生ながらスタメンに抜擢されたプティが初球を捉えて出塁すると、石田先輩も続いて打席には葛葉。
チャンスで注目選手ということもあり球場の熱気がさらに一段階上がる。
この試合初めて迎えたピンチに角田の動揺が隠せない中、葛葉の打球はライナー性でライトの前に弾んだ。
「よしよしよしよし! ナイス123!」
監督が喜んだのも束の間、後続が続かずその1点止まり。
しかし球場は一気ににじ高ムードに傾きつつあった。
その後4回に追加点を取ったもののなかなか突き放すことが出来ない苦しい展開の中、葛葉が相手打線を圧倒し続けていた。3奪三振と控えめながらも要所要所を締めるピッチングで相手に特点を許さなかった。
そして迎えた8回裏。
「お前ら1年におんぶに抱っこでいいのか!? 2年、3年! 援護点やれなくて何が先輩だ! こんだけいいピッチングしてんだからこの回一気にコールドにして休ませてやるぞ!」
「「「ウス!!!!」」」
ここまで葛葉に苦しいピッチングをさせ続けていた打線を奮起させるべくキャプテンが気合いを入れ直した。
もっと楽に試合を運ぶこともできたはずだったのに、もっと早い回で点は取れたはずなのに、という後悔を力に変えるべくもう一度選手に闘志がみなぎる。
すると先頭が出て打線が繋がり、一気に2点を追加することに成功する。そしてツーアウトながらもランナー1塁3塁。1発出ればサヨナラの場面で打席には再び葛葉。
球場はサヨナラホームランを期待する声も散見される中、左打席でゆったりとバットを構える。
「おー!! えぐぅ!!!」
鋭い金属音を残し、白球は低い弾道のまま軽々とフェンスの向こうへ飛び込んで行った。
高笑いしている監督を除いてベンチにいる全員がドン引きしていた。かく言うあたしもだが。しっかしこの怪物サマはどこまで我々の度肝を抜かし続けるんだろうか。
そしてあたしはいつまで追いかけ続けられるんだろうか。
「ゆめお? 整列行くぞ?」
「んぁ、悪ぃ。ありがと、江口先輩」
「江口さんじゃねぇわ!」
まだ突っ込んでいる舞元を横目に整列を終え、ベンチを後にしてもあたしの心のモヤは晴れないままだった。
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