とある凡才投手の苦悩   作:鯖太郎

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第4話

「嘘だろ!? 遠野商工が負けたって!?」

 

「まじまじ、一関が5-0で勝ったんだってさ」

 

 試合後、学校に戻って帰り支度をしていると先輩が騒ぎ始めた。どうやら優勝候補と噂されていた、同ブロックの強豪校がまさかの1回戦敗退となったらしい。

 

「一関って俺ら練習試合でコールドしたとこだよな?」

 

「いぃむがサヨナラ打ったやつ!」

 

「そうだそうだ! ボール持って帰ろうとしてたよなお前」

 

 りりむちゃん? 先輩には敬語使おうね? 

 

「倒しがいある相手が負けて物足りねぇなぁ!」

 

「いやお前ベンチだろうが。しかもバス酔いしてたから監督に座っとけって言われてたし」

 

 まず超えるべき難敵がいなくなったこともあり、少しチームに穏やかな雰囲気が戻りつつあった。

 

「いやー、1回戦お疲れ様でした! さすが名将椎名監督、万年1回戦負けの我が校野球部を就任わずか3ヶ月でコールド勝ちにまで育て上げるとは!」

 

 聞きなれない声の方へ目をやると、どこかで見覚えのある小太りのおじさんが監督へ声をかけていた。

 

「ねー葛葉、あれ誰?」

 

「あ? 俺が知るわけねぇだろ」

 

「いぃむどっかであのおじさん見た気がするんだよなぁ」

 

「おじさんなんてだいたいあんなもんだし見間違いじゃねぇの?」

 

「わかった! 偉い人だ!」

 

「いや誰だよ偉い人」

 

 あ、うちの校長か。通りで見た事あるなと思ったわけだ。

 

「だから、学校の偉い人だって!」

 

「校長?」

 

「そうそれ!」

 

「あー、あの全校朝会とかで喋ってるおっさんか」

 

「それは知らないけど」

 

「いやなんで知らねぇんだよ!?」

 

「だっていぃむ朝会の時周りのかわいい子探しに忙しいから……」

 

「いや、なにやってんのお前」

 

 いつも通り葛葉とりりむのやり取りを部員が微笑ましく眺めている間にいつの間にか校長と監督のやり取りにひと段落着いたらしい。

 

「集合〜」

 

「「「「ウス!!!」」」」

 

 しかし覇気のない監督だこと。

 

「えー、試合の後でお疲れのところ悪いんやけど、校長から差し入れ頂いたから感謝しておくように。ええか?」

 

「「「「ウス!! ありがとうございます!!!!」」」」

 

「これからも頑張ってね? 野球部諸君」

 

「「「「ウス!!!!」」」」

 

「まあ、そんなわけで校長からむにむにボール貰ったわ。投手陣椎名さんに感謝して使うんやで?」

 

 いや校長にだろ!? 

 

「いや、校長にッスよね!?」

 

「葛葉、ええか? 校長先生は、あてぃしが監督になって、1回戦突破したお祝いに、ってくれたんや。つまり、あてぃしが監督になったからムニムニボール使えるってことや」

 

「いや、でも監督が金出した訳じゃないッスよね?」

 

「細かい男は嫌われんで? まあ、どうしてもしたいってんなら校長先生にも感謝しとき。感謝して損することは無いからな!」

 

 何となくあたしは辺りを見回した。同じことを考えていたのだろう、部員全員が微妙な表情を浮かべながら方方に目をやっていた。そしてこの機を境に葛葉やりりむが監督に対してタメ口をきき始め、なんなら椎名と呼び捨てにするようになりあからさまにナメ始めた。

 念の為教員免許見せてもらうか……

 

 

 

 

 しかし今現在は夏の地区予選の真っ最中。監督にそんなことを聞ける余裕もなく、2回戦の前日である。練習中マネージャーから短冊を手渡され、明日の試合前に飾り付けることになった。

 

「願い事、ねぇ……」

 

 あたしは願えば叶うほど、世界は甘くないことを知っている。もし叶うのなら今頃あたしは天才イケメンモテモテ自己肯定感マシマシ野球選手兼才能爆発ミュージシャンのはず……なんて嘆いても筆が進むはずもない。

 だからあたしはお願い事を書くのをやめて、目標を宣言することにした。初詣ではお願いごとをするんじゃなくて旧年中の感謝を伝え、新年決意新たに頑張る旨を報告してそれを見守ってくださるようお祈りする場、と聞いたことがある。七夕も似たような行事だし適用されるよね? 

 

「……よし、と」

 

 我ながら大言壮語したと思うが、これくらい目標を高く設定しないと葛葉と同じポジションを争うものとして格好がつかない。いや、でも流石にやりすぎたか……? 明日マネージャーに渡した時に鼻で笑われたら……でも油性ペンで書いちゃったからもう間に合わないよな……

 

 なんかもう、明日の試合そのものが嫌になってきた。

 

 

 

 

 結局前日(試合とは全く関係ない事で)悩み過ぎたあたしは寝不足気味のまま朝を迎えた。何やってんだあたし……

 

「ゆめおくーん、昨日渡した短冊持ってきてくれた?」

 

 茶髪ロングが似合う2年生、マネージャーの田中さんが声をかけてきた。

 この人に笑われるかどうかで今後のあたしの野球部人生は大きく左右されると言っても過言では無い。もし笑われたらその短冊が退部届に変わる。

 

「あっ、はい! ちょっと待ってくださいね……はい! よろしくお願いします!」

 

 短冊をまじまじと見て……あ、笑われた。よし、退部届取りに行くか。

 

「確かに受け取りました! ゆめおくん字可愛いね」

 

「そうっすかね……?」

 

「結構雰囲気がキリッとしてるのに字は丸っこいなって。あ、バカにしてるわけじゃないよ? 凄いショック受けた顔してたけど」

 

「いや、短冊の内容を笑われたのかと」

 

「そんなことするわけないじゃん! むしろ感心したよ? ゆめおくん1年生の中では短冊の内容めちゃくちゃ真面目だもん。後で見てきな?」

 

 いや、何書いたんだあいつら……

 

「ほんとですか、それなら良かったです! すみません、じゃあ……」

 

「いえいえー、今日頑張ろうね」

 

「はい!」

 

 ひとまず退部届を出す必要は無くなったので、先に括りつけたであろう短冊を眺めてから部室に向かうことにした。

 するとそこにはえらく達筆な、しかも筆ペンでしたためられた甲子園出場と椎名唯華の文字が一際目立っていた。

 

 監督めちゃくちゃ字うめぇな……あとちゃんとここでは真面目に書くんだ、と先日落とした信頼感がほんの少しだけ回復した気がした。

 

 また、田中さんが言っていた言葉の意味を確かめるべく1年組の短冊を探しているとりりむちゃんのものを見つけた。

 

世界一のお姫様

りりむ

 

 いや、何書いてんだ? 1ミリも理解出来なかったけどまあ、りりむちゃんらしいといえばらしいか……わけは分からないけど。まあらしくていいか……

 

女子の柔肌

ぷてぃ

 

 ほんとに何書いてんだよ。欲望を発散させるイベントじゃないぞ? 

 というか、だからプティやたらとマネージャーの所に行ってたのか……やな答え合わせしちゃったな……あと、これ受けとった田中さんとか1年マネの谷藤さんどんな気持ちだったんだろうか……

 

石油王に養われたい

葛葉

 

 せめてなりたいとかであってくれ。もうなんなんだこいつら。そもそも葛葉の才能があれば石油王並に稼げるのにあくまで養われたいとはどれだけ自堕落な発想だろうか……

 

 と、先に来ていたほかの1年の短冊を眺めながら呆れていると、夏の生温い風が通り抜けていった。

 まだ朝方とはいえ湿度も温度も高い。まだ朝でこの暑さだと試合中は熱中症が一番の難敵になってきそうだな……なんて考えていると3人の短冊の裏に何やら文字が書いてあるのが見えた。

 

「ハハッ、まあそうだよな」

 

みんなのボールをちゃんと捕れるようになる

 

守備も打撃も1番

 

世界一のプレーヤー

 

 

 

 

「監督ー、宮澤前回よりはバス酔いマシでーす」

 

「酔い止めありがとうございました!」

 

「前回酷かったもんなー、笑ってもうたわ」

 

「その節はご迷惑を……今日はもういつでも行けます!」

 

「よっしゃ、準備しといてや?」

 

「はい!」

 

「最終確認な、エースの吉田は球もそんな速ないし、抜群のコントロールがある訳やない。ただ細かく動かしてゴロ打たせてくるから大振りならんように。引き付けてズドンや。ええな?」

 

「「「「ウス!!!!!」」」」

 

「円陣、舞元!」

 

「えー、1回戦はコールド勝ちでした! 今日も自分の出来ることをコツコツやって勝ちを掴みに行きましょう!」

 

「「「「ォイ!!!!!」」」」

 

「ガンバリマッサー……さぁ行こう!!!!」

 

「「「「ッシャア!!!!!!」」」」

 

 

 

 

「江口、なんだ今の声掛け」

 

「あれ、伝わってなかったッスか!? あと俺は舞元です江口さん。江口さんがそれやり始めたら収集つかないッス」

 

 舞元、ヌートバーネタは絶妙に伝わらないぞ……




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