「1回の表、にじさんじ高校の攻撃は、1番、ライト、江口くん」
「さぁ行け江口ィ!!!」
「先頭出ろよォ!!」
しかし声援虚しく舞……やば、今素で間違えたわ。江口さんはインコースの真っ直ぐに詰まらされセカンドゴロ、続くプティ、葛葉も凡退し三者凡退と立ち上がりを攻め立てることに失敗。さらに2回も三者凡退と流れが悪い中、2回の裏を迎える。
ベンチから覗く葛葉の姿にいつもの覇気が感じられない。いや、いつも覇気は無いんだけど、マウンドに登っている時は俺の球を打てるもんなら打ってみやがれと言わんばかりの気合いが見えるんだけどな……
まあそれでも初回を三者凡退に抑えるから、と思っていると先頭の相手の4番バッターにツーベースを浴びた。
「ん? わ、わァ!?」
隣で監督がなんか小さくて可愛げのない生き物になっているがこの際気にしない。あわやホームランの痛烈な一撃を喰らっても、それでも本調子に戻らなかった葛葉はタイムリーを浴びこの回一点を失った。
「ッスー、すんません。なんか」
「俺もすまん。もっと考えるべきだった。4番に対してあれは無いな」
その後葛葉は立て直して1人もランナーを出さないパーフェクトピッチングを披露したものの、打線は湿りっぱなし。快音は遠くムードは重くなっていく一方。気がつけば6回まで来ていたが未だに散発2安打、なおも1点リードを許す状況。
5回裏が終わり、グラウンド整備の隙に中山さんが号令を掛けた。
「円陣組もう」
「「「ウス」」」
「ッスー……目ェ覚ませお前らもっと!! コールド勝ちして強なったつもりか!!? 忘れんなよ!? 俺らが1回戦勝てたのは1年が頑張ったからや!! その1年が苦しんでんのにいつまで甘えてやってんだよ!! この回死ぬ気で点とるぞ!!!」
「「「「ッシャアア!!!!」」」」
チームが震えた。普段は明るく盛り上げるような言動の多い中山さんからの喝。たかが知り合って数ヶ月しか経っていない、しかも2年3年へ向けた喝なのに、あたし達1年生ですら息を呑む程の気迫。これがキャプテンたる所以か、と目の当たりにした。りりむちゃん涙目なってるから後で話し掛けに行くか。
「ナイス鈴木ィ!!!!」
「この回絶対点獲るぞ!!!」
すると先頭の鈴木さんがヒットで出塁、進塁打やプティのヒットでツーアウトながら1塁3塁。この試合最大のチャンスの打席に立つのは怪物だった。
「美味しいとこ持ってけぇ!!」
「失点チャラにするチャンスだぞ!!!」
「いけぇ!!!」
カッという音と共に白球は投手の足元を抜けた。センターラインを開けていた二遊間を易々と破り打球はセンターのグラブに転がりながら収まった。
「「「「っしゃアアアアア!!!!!」」」」
「やったs#&/$☆Жぁ!! ナァイス!! おっけおけ!!!」
監督は噛み散らかしていたがこれで同点。試合は振り出しに戻った。
しかし頼りになることこの上ないな……投げて良し、打って良し、おまけに勝負強いと来た。またしても超えなきゃいけない壁の分厚さに絶望しそうになりながらも今は試合中で味方。思う存分に頼っていこうじゃないか!
「すまん。俺が打てないのは恥ずかしすぎる……」
その後も連打でツーアウト満塁になったものの、打席に立った中山さんの力みまくったスイングから快音が響くことは無かった。
「しゃーないッス。むしろあの喝で点入ったみたいなとこあるんでー、まあ俺と中山さんで打点0.5ずつと言っても過言ッスね」
「ありか……過言じゃねぇか! そうだよな!! 結局1年がチャンス広げて決めてんだもんな!!! 次絶対打つから任せとけ! 頼むぞエース!!」
「ウッス」
そう言ってマウンドに向かった背中はいつもの怪物だった。
「礼ッ!」
「「「「「ありがとうございましたッ!!!!」」」」」
スコアボードに刻まれた8と1。キャプテンの喝以降息を吹き返したにじさんじ打線は再びツーアウト満塁から今度は汚名返上の中山さんのタイムリーや、なんか打ってた葛葉のツーランで7点を追加してコールド勝ちとは行かなかったものの7点差をつけて快勝した。
「いやー、マジで7回は打ててよかった……」
「円陣であんだけ啖呵切って満塁で凡退してたもんな」
「やめて! 掘り返されるとなんも言えなくなる!」
「あ、監督戻って来たぞ」
「葛葉ぁ、ホームランボール回収して貰ったわ」
「あざっす」
「しぃしぃ、いぃむのヒットは?」
「ごめんなぁ、ヒットはボール貰えへんねん……でも偉かったから後でコンビニでなんでも買ってええよ」
「やったぁー!」
「はぁ? りりむにだけ甘くねぇ?」
「だって可愛いやん。葛葉なぁー、もうちょい素直なら可愛げ出てくるんやけどなぁー」
「それはちょっと」
「そういうとこやってぇ〜」
結局この試合もあたしは顔見せだけの出番なし。一方ライバルというにも烏滸がましいが、葛葉は9回1失点、さらに打っては3安打1HR3打点。あたしの隣で監督にだる絡みされてることから明らかだけど、これだけのことやっておきながらまだ体力的にもピンピンしてるし……
いや、1年でいきなり完投余裕でできるスタミナとか反則じゃない? あたし全力で投げてちょっと打ち込まれてら1イニング持たないかもしんないのに?
はぁ……マジで課題しか見つかんないんだけ
「……めお、ゆめお?」
「ッはい! なんですか?」
「いや、今日も投げさせられへんくてごめんな?」
「いえ、全然、むしろ投げる場面も無かったですし、そもそもまだ試合で投げられるような力はないですから」
「だから試合で経験積まさなあかんねやんか」
監督の表情がいつになく真剣なものになり、真っ直ぐとこちらを見据えて話す声音はまさしく名監督の威厳を感じられた。
「葛葉1人だけやと優勝出来へん。これはあてぃしの監督経験から来るモンや。絶対ゆめおが投げる場面は来る。だからゆめおを第2のエースに。リリーフエースに育てなあかんねん」
リリーフエース……そうか。あたしはこれまで葛葉になろうとしていたんだ。でもあたしは葛葉みたいな150キロオーバーを簡単に投げられないし、三振をバッタバッタと奪う能力もない。
「わかりましたッ! 監督が自信を持ってマウンドに送らせられるピッチャーになります!」
だから葛葉にない能力を、武器を磨けばいい。無いのなら作ろうじゃないか。あたしが葛葉の次に投げるからこそ1番の投手になれるように!
その心意気が伝わったのか、監督は小さく微笑んだ。
「頼もしいわぁ。これまで以上にゆめおにはビシバシ行くからな! 葛葉は気にかけんでも勝手に育ちそうやし」
「まあ……それはそうっすね……」
しかしこの監督はオチをつけないと気が済まないのだろうか……
「ふー……一時はどうなることかと思ったけど、まああの子らなら負ける相手じゃなかったし、それに中山があんな熱い男とはなー。見ててもわからんもんやな」
部員が帰った後、あたし、椎名唯華は1人監督室に居た。
というのも、試合後はスコアブック片手に感想戦紛いのことをして試合の反省点を洗い出すのがあたしのルーティン。
「全然パッとせん相手に4回までパーフェクト喰らったんはやっぱ慢心か……まあ、今まで勝ててなかったチームが突然コールド勝ちなんてしようものなら勘違いもするか。まあその辺は中山が喝入れてくれたし問題なし、と」
メモ帳に試合で見つかった課題と解決方法をまとめていく。
「そんで1番の反省点は江口への代打やな。あれはタイミング早かった。選手に勝たせて貰ったな。あてぃしもまだまだやな……こんなミスは本戦でせんようにせんとな」
一通り終えるとメモをしまい込む。そして普段と違い、更に金属の箱を取り出す。七夕だから、とマネージャーが飾り付けていた短冊を試合後に回収し、箱に入れてくれていた。
「マメやなぁ……」
一つ一つ願い事を確認する。ここに書いてあることが100%の本音とは限らへんけど少なくとも嘘書くやつはおらんやろし。指導する側としても選手と目標を共有できるには越したことはない。
「ふふっ」
1年生ゾーンに突入すると思わず笑みがこぼれてしまう。
「裏に薄くこんなの書いて……あいつらほんま可愛いなぁ」
それにしても世界一のプレーヤー、ね。葛葉にはその可能性がある。あたしにできることはその可能性を少しでも大きくすること、そしてそれを潰さないこと。
「りりむにしても、プティにしても自分の課題とか目指すべき姿がはっきり分かってるんはええな。あてぃしもそうなるように指導してるつもりやし、こっちも身が入るってもんやなぁ」
そんで舞元と力一はなんで合わせ札作ってんねん。仲良しか。あとボケ方の癖が強い!
うちのマネージャーはどこまで真面目なのか、学年別の名前順に丁寧に並べられていた短冊は箱の隅に残されたゆめおのものだけを残すところだった。
どうしよう、ゆめおが彼女欲しい、とか書いてたら。今日あんな熱く語ったあたしが恥ずかしくなってくるんやけど……
「んふー、ええやん」
1点も取られないピッチャーになる
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