「早坂さん、ちょっといいスか」
試合前日、バッピをするため準備をしていると、葛葉が何やら早坂先輩に話しかけていた。まあ、明日投げるコンビだろうし色々話すことはあるんだろう。
「ん? バッティング行きたいんだけど……まあいいや。なんだよ」
「ッスー……あのー、明日の試合3点取られるまでほぼ真っ直ぐだけで行こうかなって」
「は? 何言ってんのお前。このチームはお前のチームじゃないんだぞ? そんなわがまま通るわけねぇだろ」
「いや、まあそれは分かってんスけど……正直言うと今の早坂さん相手に変化球投げれないっつーか、投げにくいんスよね……」
「あぁ……まあ確かにあんまフォーク止められてないけど……でももうちょいやり方あんだろ? そんなふざけたことしなくても。大体監督が許すわけねーじゃんか」
「いや、さっき監督には許可貰ったは貰ったんで」
「あっそ、じゃあいいんじゃね? それでも抑えれんなら」
「ッス」
早坂さんの歯に衣着せぬ言い草はチームに不和をもたらすことも多い。葛葉も若干イライラしてたな……悪い人じゃないんだけど言葉選びのセンスが絶望的なんだよなあの人……最後の言葉も監督に許可もらってるなら俺は何も言わない。しっかり抑えろよ、的なニュアンスで言ってるんだろうけどどう考えても喧嘩売ってるようにしか見えない。
よく葛葉抑えた。偉いぞ。よく我慢できた。
「3回2失点か……まあ、こんなもんじゃね?」
「そうッスね、まあさっきの回は事故った感じなんで若干下ブレてこんなもんッスね」
「まだ真っ直ぐ縛り続けんだろ?」
「いや、でも先制されたしここらで変化球……」
「いや何言ってんだお前。2点ごとき返せねぇとでも? そんな頼りないか、うちの打線は?」
早坂さん……いいこと言ってんのに言葉選びまた間違えてます……
「早坂さん割といいこと言ってるのに、多分言葉選び間違えてるよ?」
ここに来て助け舟プティ!
いや、ほんとにまじで助かる…….
「え、まじ? なんかすまん……まあ、すぐに2点取り返してやるから次の回も真っ直ぐな」
「ウス」
早坂さんの言葉選びが絶望的なセンスなせいで悪気はなくとも相手をちょっとイラッとさせてしまう言動に、最近プティがついてくれるおかげでチームに不和が生じないようになった。
ありがとう、ラトナ・プティ。
その後宣言通り早坂さんのタイムリーも絡んですぐに2点を返し、続けざまにさらに3点を追加して5-2と逆転に成功。ストレートだけの配球てはやはり難しかったのかその後も失点し、早坂さんの度重なる後逸も重なって結果的に7-5となった。
試合前の楽勝ムードは何処へやら、厳しい戦いに監督は勝ったにも関わらず納得のいかない表情だった。
「葛葉ァ! 見てるか!? これが岩手だよ! 世界がなんだよ!」
「ッス……」
学校に戻ってからの反省会、そこには珍しく語気を荒げている……訳ではなく冗談交じりではあるものの、葛葉を叱責する監督の姿があった。
9回5失点。真っ直ぐ縛りをしていたとは言え、相手の実力や失点の仕方、葛葉本来の力を考えるとらしくないと言うしかなかった。
「勝って兜の緒を締めよってよく言うけど今回は締めるとこだらけやで? 野手陣も7点どころじゃなくってもっと取れたはずや!」
「早坂もあんだけ逸らされると葛葉も投げ辛いからな? ワンバンしてるから記録ではワイルドピッチになるけどあれくらい止めたらなキャッチャーとは呼べへん。そこにおるだけや。こんなんやと甲子園どころか地方大会も勝てへんぞ! 次戦しっかり気ぃ引きしめて行けよ!」
「「「「ウス!!!!」」」」
試合前に漂っていた弛んだ空気は一蹴され、大会中に相応しい緊張感がチームにもたらされた。見た目や普段の気の抜けた話し方からは想像もつかないが、これでも何度も弱小校を甲子園に導いた名監督だということを改めて認識させられる。
この人の元で野球ができていること。そんなつもりはなかったのに、あたし、すごい環境で野球させてもらってるな……監督の期待に応えなきゃな。
「……お? ゆめお? 何悦に浸ってんねん! あてぃしにきつく言われるんそんな良かったんか?」
「いや、ちがっ、違いますよ!」
「そうか〜、ゆめおはそういうのが好きやったんやなぁ〜……これからはもっと厳しくした方が嬉しいよなぁ!?」
「いや、だから違うつってるだろうが!!」
「なははははは」
監督の期待には……そこそこでいいか。うん。
「相手は岩手高校。決して弱くない相手だ。難しい戦いになるだろうが、自分の出来ることきっちりやって地方大会の切符、狙っていきましょう!」
「「「「ウス!!!!」」」」
「さぁ行こう!!!」
「「「「ッシャア!!!!」」」」
「ホームラン打っちゃうよーん」
「ホームランもええけどまずは抑えてや?」
「ッス」
「いぃむも打つ!」
「せやなぁ! りりむホームラン打とうなぁ!」
「なんか俺ん時と違くね?」
「葛葉ァ! 集中しろよ! お前、適当にやったら俺取らねぇぞ!」
「すいま……いや、早坂さんどの道逸らすじゃないスか」
「あ? 誰が下手くそキャッチャーだって?」
「いや……そこまでは言ってないっスけど……」
「早坂さん、葛葉のフォークいい加減とめてくださいよぉ」
「「「プティ!?」」」
これが今から公式戦に臨むチームの会話だろうか……あたし出番なさげなのに胃が痛いってのに……
そんなやり取りはあったものの、その間各自試合に向かう準備は着々と進めていた。やはり夏の大会、そして秋の初戦を通して公式戦で勝った経験がある種の試合慣れをもたらしたのだろうか。
かく言うあたしも夏大会の時のように右も左も分からず、監督にどうするべきか一から十まで聞いて、その通りにやる……みたいなことは無くなった。
それはあたし以外のメンバーにも共通しており、各々が試合に臨む際のルーティンのようなものを確立させていた。
葛葉は試合直前まで入念なストレッチ、プティはダッシュとゴロの確認、早坂さんはワンバンストップの練習、舞元と力一は大概2人で輪を外れてストレッチや素振りに勤しむ、というようにいつものが出来上がった。
さあ、プレイボール!
「キャプテン行けー!」
「宮澤さん行けるぞー!」
今日1番打者を任されたキャプテンの宮澤さん、いきなり初球を叩くとセンター前へと打球が転がった。
「ナイス!!!」
「さすが宮ー!!」
塁上で軽くガッツポーズを見せた宮澤さん。
それに続けとプティが打席に入る。
「ぷてー!!!」
「打てー!!!」
初球は、ボール。バントの構えを見せて揺さぶる姿勢を見せたが……
「あのサード、いいチャージかけますね」
「やなぁ……セーフティは厳しいかもやし、頭入れとかなあかんな」
軽い揺さぶりにも動じず、3級目を捉え損ねたプティの打球はレフト正面の浅いフライとなった。
「どう? 球筋」
「んー、なんか来ない」
「来ない?」
「ノビがない? のかなぁ……思ったタイミングで振っても合わなかった」
「ノビがなくてもそれはそれで打ちにくいのか……」
「うん。なんも無い真っ直ぐが好きー。ゆめおのも昔は打ちやすかったのに最近差し込まれるから嫌い」
「いや、そっちの方がピッチャーからすると大事なんだけどね? 打たれちゃ困るのよ」
プティから情報を聞き出していると鋭い打球音が耳をつんざいた。目をやると葛葉の打球は低く強いゴロとなり、しかしそこはセカンドの正面。4-6-3の併殺打になってしまった。
「だぁ──!! 捉えたと思ったんだけど、クッソ……」
「沈んだ?」
「そんな感じ。あいつの真っ直ぐ垂れるわ」
「なるほどね……うし、行ってこい!」
「サンキュー、アナリスト!」
「アナリストじゃねえわ! 選手だ選手!」
相変わらず口が回るがあの調子なら大丈夫だろう。
少なくとも1回戦のようなピッチングにはならないはずだ。
予想通り葛葉らしいピッチングを繰り広げ、初回、2回とランナーは出しつつも無失点で迎えた3回、ツーアウトながらランナーは1,3塁と先生のチャンス、宮澤さんの当たりは先っぽながらも飛んだコースが功を奏してセンター前へ。先制に成功。
しかし好投を続けていた葛葉に暗雲がたちこめたのが5回裏。こちらもツーアウトながら1,3塁と同じような場面を迎えた。
「嫌やぁ、葛葉あてぃしに守備の指示ささんといてくれぇ……あ、ゆめおちょっと来てくれる?」
「はいっ!」
相変わらず謎に守備の時にものすごくヘタレになる監督に呼び出された。
「ちょっと伝令行ってきて欲しいんやけどさ、いける?」
「わかりました! 何を伝えたらいいですか?」
「知らん。ゆめおに任せるわ」
「は?」
は?
「適当に励ましてきて! ほな! 審判、タイム! 伝令!!」
「え、ちょっと待ってくだ」
「はよ! 時間決まってるんやから!」
「えぇ……」
あの監督ほんと適当すぎるだろ……だが伝令に行ってこいと言われた以上行かなきゃいけない。だがマウンドまで走っていくと数秒しかないため何か話すことを考える間なんてないわけで。
「どした、監督なんて?」
「えー、適当に励ましてきてとだけ……」
「つまりピンチやから焦ってとりあえず送り込まれた感じ?」
「そうっすね、宮澤さん……」
「あの監督守備に関しては適当すぎんだろほんと」
「いや、ほんとですよ……まあ、なんだ。ここ踏ん張りどころだししっかり抑えて帰ってこいよ」
「わかった」
「じゃ、そろそろ戻ります!」
「了解、ありがと!」
「はい!」
去年からだいたいこんな感じだったから先輩方も1年生も分かってくれてほんと助かった……ベンチ戻ったら絶対文句言うからな。
「ありがとうなー、何言うてきたん?」
「適当に励ませつったんで頑張れ的なことを。はい」
「なんや不機嫌なってぇ、言っとくけどどこも守備伝令なんて特に伝えることないからな?」
「え? いや、次の打者どうするとか守備どうするとかあるじゃないですか」
「まあ、それもあるけどな、メインは間を作るためや」
「そうなんですか?」
「せやでー、今葛葉ちょっと投げ急いでる感じになってたからな。ここらでタイムとって落ち着かせたかったんや」
「なるほど……そんな理由あったんですね」
「せやでー! まさかあてぃしが特に考え無しで、ゆめおに大喜利さそうとしてるとでも思ってたんか?」
「いや……まあ、はい。正直言うと」
「素直なのはええことや! まあ、あてぃしも伊達に長く監督やってへんよ。勝負どころも落ち着かせどころも理解してる。ただ、このタイムはあんま意味なかったみたいやな」
「それはまたなんで……?」
「見たらわかる。そのうち打たれるわ」
その発言とほぼ同時に打球はセンター前へと抜けていった。同点だ。
「どうしてわかったんですか?」
「んー、葛葉のピッチングが抑えに行くって言うよりもアウトを取りに行ってるように見えたんよな。アウトを取り急いでるように」
「アウトを取り急ぐ?」
「そうや。最後の球なんてわかりやすい。本来の葛葉なら変化球混じえつつ、真っ直ぐで空振り、もしくは真っ直ぐでカウント作って変化球で空振りのパターンが多い」
「そうですね、僕のそのイメージがあります」
葛葉の持ち味は150キロを超えるストレートだが、それをカウント球に出来るだけの変化球を持っているというのが彼を怪物させたる所以だ。特に決め球として多投していたフォークは早坂さんが全く止められないことから如何に恐ろしい変化をしているか分かるだろう。
「でも変化変化と続いて3球目も多分早坂は真っ直ぐ出したんやろけど首振ってフォーク。まあ、別に選択として悪くないけど今の早坂じゃ低めに落とすと逸らすからな。高めのフォークなんて簡単に打てるわ」
「なるほど……でもなんで葛葉は真っ直ぐ嫌がったんですかね?」
「トラウマやろなぁ」
「トラウマ?」
「今年の夏の負けも長打を打たれたのはことごとく真っ直ぐ。世界大会でも真っ直ぐをホームランにされてる。そこに来てこの前の1回戦でまっすぐ縛りをして自信取り戻したかったんやろうけどあの結果や。その結果ピンチになると変化球頼みになる」
「そう、なんですね……というか、そこまで分かってるならそれを伝令で言えば良かったんじゃ?」
「そんなピッチャーのプライドに関わる部分言うてどうすんねん。投げろって言われて投げる球と自分で選んで投げる球。それがストレートやとピッチャーのゆめおなら全然変わってくるんは分かるやろ?」
「まあ、はい。確かにそうですね……」
「それに葛葉なんて真っ直ぐでここまでのし上がったんや。真っ直ぐへのこだわりは人一倍あるやろな」
ストレートへのこだわり。これはどの投手でも強い弱いの差はあれどもっており、もちろんあたしも自分の投げるストレートにはプライドを持って投げているつもりだ。
「万が一それで抑えても良くないしな。言われて投げたから抑えたとか、迷いながら投げても抑えたって変に思って欲しくないねん。葛葉ならそんなこと思わんやろけど、でもあいつの真っ直ぐはあいつが一番自信もって投げて欲しい。葛葉はいずれ日本一になるピッチャーや。そんなピッチャーのストレートは自分で納得いって投げんとあかん。そのためならこの試合負けても仕方ないくらいの気持ちや」
結局この試合は覚悟していたとはいえ7回に追加点を取られ、打線はまた湿りっぱなし。1-2での敗戦となったが、監督は悔しいを連呼しているものの負けて元々のような表情でもあった。
「まあ、葛葉は夏からずっと試合出っぱなしでじっくり練習する期間もなかったからな……冬越えてどうなるかや」
これから冬が始まる。試合も出来なくなるうえに寒くなり、満足に体を動かすことも難しい。だからこそ下半身強化やフォームの見直しなど冬にやるべきことは沢山ある。少しでもレベルアップするためにはこの冬の過ごし方にかかってくる。
この秋大会何も出来なかった無力感をもう味わわないために。
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