「ゆめお! 戻ってー! 整列やでー!」
「……えっ、あ、はい!!」
監督に呼ばれ、ふとスコアボードに目をやると8回裏に6という数字とXが添えられて掲げられていた。
9回はお前で行くから準備しておけ、と伝えられブルペンで準備をしていたのだが、打線が勢い余って7点差コールドにしてしまった。
「マジかよ……投げたかったなー!」
「でもかける葛葉が7点取られた打線抑えれる?」
「りりむちゃん? キャッチャーってもっと投手を立てるものだよ?」
「……なにが? 集合行くよ!」
「議論の余地は無いということで……」
予想外のdisが飛んできたものの、残念ながら今のあたしにアンサーを返すだけの地力は無いので甘んじて受け入れたところで、練習試合は終了となった。
冬は身体がなかなか動かないこともあって大会がなく、しばらく公式戦がない。そのためこの冬に普段している試合で出た課題を解消するための練習ではなく、基礎の部分を根本から鍛え直す練習がメインとなる期間に入る。
あたしが目下絶賛直面中の課題としては球速、コントロール、スタミナ、変化球である。
おい笑ったそこのお前。なんで笑った? ねぇ、なんで笑った? いや、単純に何が面白かったのか気になるだけなんだけど。
まあ、つまりはこの冬の期間、下半身トレーニングを中心に総合力を上げていく事になるって訳なのだが……
「りりむ、この場面やったらどんな風にサイン出す?」
「えー、いぃむ考えてもわかんないし全部ストレート!」
「り゛り゛む゛ぅ゛〜」
今年の冬も、りりむちゃんはリードというものを覚えなてくれないようです。お疲れ様です、監督。
「あー、やめや! 合宿最終日やし野手陣は4組に分かれてティー、フリー、守備2組! ピッチャー陣はあてぃしんとこ集合!」
いよいよりりむちゃんに痺れを切らしたのか最後は気持ちよく終わらせてくれるらしい。
「おい葛葉! バッティング行こうとすんな!」
「えー、打ちたいんだけど俺ぇ……」
「あかんわ! なんなら葛葉のためでもあるんやからな? 今からやること」
「うぃーっす……」
不貞腐れたエースも合流したところで監督の口が開いた。
「今からやる事やねんけど、フォームチェックや」
そう言いながら指さした先には、マウンド周りにカメラが3台設置されたブルペンがあった。
「この3つのカメラで撮った映像はこのタブレットでリアルタイムに送信される。投げる事に映像を見返せる優れもんや!」
「おぉー、すごいもの置いてあるんですね、監督!」
「わかるか、ゆめお! ほんま手配してくれた校長様々、ここの練習場様々やでぇ〜」
ニシシ、と悪い笑みを浮かべる監督だったが、こんな凄いものがあるならもっと早くから使わせて欲しかった…….
「それがすげぇのは分かったけどこれがなんで俺のためになんの?」
「まぁまぁ、まずはこのデータを見てみぃ? 田中ちゃんがまとめてくれたやつや」
そう言って差し出したタブレットには、これまでの葛葉の投球結果をまとめたものであった。そういやこの前教室でスコア表とにらめっこしてたな……ただでさえ水の準備、補食、練習補助といったように色々やってくれてるのに、こんなことまでやってくれてるとは。
今度改めてお礼言わなきゃ。
「葛葉のこれまでの被打率はここ。対右打者がこれで対左打者がこれ。まあ、分かりやすく左に打たれてんなぁ」
「マジで? こんな俺左に打たれてんの?」
「せやでー、それでな? あてぃしなりに考えてみたんやけどフォームに問題あるんちゃうんかなって思うねん」
「あー、じゃあフォーム矯正をあのビデオ使ってやるってことね? 了解。で、どこが悪い?」
「まず1回投げてもらっていい? あ、ネットスローな? キャッチャーおらんから」
葛葉がマウンドへと向かい、構え、投げる。それを背面、側面、斜め前の3つのアングルから撮影した映像が手元に届く。いや、これすげぇな……
「これが今届いた映像やねんけど、2人はどう思う?」
「んー、綺麗なフォームだと思いますけどね? かっこいいですし。ゆめおは?」
「根岸さんの言う通り綺麗なフォームですけど……でも、少し開きが早いような?」
「おー、ゆめおよう分かったな! あてぃしもそこやと思うねん」
「ほんとですか!」
「ゆめお指導者向いてるんちゃう? うちのピッチングコーチなるか?」
「いや、まず選手として頑張らせてくださいよ!?」
「え、ちょ、俺忘れてない? 大丈夫そ??」
こっちで盛りあがっているとブルペンからお怒りのお声が届いた。そういや葛葉のフォーム矯正だった、いけね。
「あ、忘れとったわ。ちょっとこっち来てな……これ、正面からのアングルやとわかりやすいんやけど……ここ。リリースの時やねんけど開きが早いんわかる?」
「え、俺こんな手低かった?」
「そうやで? 多分速い球投げようとして身体が先に行ってもうてる。それで腕が下がって左から見えやすくなってんちゃう?」
「あー、確かに。ちょっと試してみるわ」
それから3球ほど投げ込み、映像チェックを繰り返していくうちに少しずつ改善されていった。
「……っ! 今のどうよ!」
「完璧や!」
「ン余裕すぎぃー」
「葛葉、1時間弱経ってるで?」
「えー、対ありということで……」
「あ、ちなみにもうワンセットあるから根岸とゆめおはそっちでやってるから大丈夫やで?」
「あ、まじ? じゃあもうちょい……」
「あかんよ? もう今日80球投げたんやからクールダウンや。マネにアイシング頼んどき」
「ウッス……あ、ゆめおくん.exe出てきた」
「お、葛葉も今終わった?」
「クールダウンしようぜ」
「OK、あ、監督? 根岸さんまだやるみたいなんで見てもらっていいですか?」
「わかったわー、ほなあんたら2人は上がっときや?」
「ありがとうございます!」
「うぃーす」
そうして合宿を終え、最大の弱点だった左を克服した……ように見える葛葉を引っ提げて練習試合へ挑む。
「相手は去年夏やられた久慈第一や。夏いいようにやられた分しっかりお返ししに行くでぇ? 準備はええか?」
「「「「っしゃあ!!!!」」」」
「あてぃしはもうなんも指示出さんからな? 合宿終わって成長した姿を精一杯アピールしてや!」
どうやらガチで勝利を掴み取る、というよりも格上相手に合宿後の我々がどこまで通用するのかという点をチェックするという意味合いが大きいようだ。
合宿で各々レベルアップした感触は抱いてるだろう。それを披露するまたとない機会だ。
「ゆめおー、9回な?」
「え? ……あたし?」
思わず素が出てしまった。
「せやでー、今のゆめおなら力出せば抑えられる相手や。きっちり準備しときや!」
「はい! 分かりました!」
この前の試合はコールドで流れてしまったこともあり、にじさんじ高校に入学して始めて試合のマウンドに立てる。
それだけでもう投げたくてウズウズが止まらない。
そう考えている自分が少しおかしくなった。
試合は4回表に1点を失ったものの、5回裏に3連続タイムリーもあって逆転に成功。更には7回の裏にも2打席連続となるプティのタイムリーで4-1と3点リードを得た。
「真っ直ぐ行きまーす」
「おっけ」
左足を上げる。軽くおろして、そこからもう一度あげる。
しっかりタメを作って、身体が開かないようになるべく同じ体勢のまま踏み出す。
そして最後の最後まで指にボールをかけ続けて……投げる!
「ナイスボール! いいね」
少しくぐもった音と共にボールがミットへと吸い込まれて行った。
「早坂さん、一旦ストップで」
「了解。いやー、ゆめおもいい球投げるようになったな」
「ほんとですか? ありがとうございます」
「ほんとほんと。前はただ左で投げるだけだったのに今はちゃんとピッチャーの球になってる……気がする。気のせいかもだけど」
「いや、そこははっきりしてて下さいよ!」
「まあでも捕り難い球にはなったよ。球持ちがいいからタイミングが合わせ辛い。普通に捕ろうとしたらズレるからキモいわ」
「キモい……まあ、褒めてるんですね」
「そして何よりお前そんな表情出来んのな」
「……はい?」
「んや、いっつも投げる時悲壮感漂ってたもんお前。打たれたくないな、打たれたらヤダな、でも抑えられるかな……みたいな顔してて受けててダルいなって思ってたもん」
「そ、そうなんですね……」
あたしダルいって思われてたんだ……ちょっとショック。
「でも今は投げることが楽しいって感じになってていいと思うわ。なんか自信もって投げてるっていうか、マウンドから見下ろせてる」
「まあ、確かに入部したての時より選手として成長した実感はありますし、その成長が感じられるので投げるのは楽しくなりましたね」
「だろ? 入った時のゆめおとは別人だわ。あの頃のなんの取り柄もないただ左投げの奴とは全然違う」
「なら良かったです……8回裏始まったんで肩作りたいです」
「おけ、頑張ろうぜ?」
「はい!」
公式戦ではないとはいえ、このまま行けば9回僅差でリードしてる場面で格上のチーム相手に投げる。
こんなの楽しまなきゃ勿体ない!
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