「……ん」
そんな声を上げながら目を開けてみると、俺の目に入ってきたのは薄い白い霧に覆われたとても広い空間だった。
「……は? ど、どこなんだ、ここは……!?」
頭が少しぼんやりとする中、俺はゆっくりと立ち上がる。そして、何か見える物が無いか必死になって周囲を見回したが、どこを見ても白い霧しか見えず、俺は程なくして見回す事を諦め、その場に静かに座り込んだ。
……ダメだ、何も分からない。というか、俺は何でこんなところにいるんだ……?
そんな疑問が浮かんだ後、俺は直前までの記憶を探りながら、それを口に出していく。
「えっと……たしか、学校の帰り途中に、何か考え事しながら歩いてたよな。それで、その後は──」
「その後、工事現場の側を通り掛かったところ、誤って上から降ってきた木材の下敷きになり、程無く息を引き取った……ですね」
「え?」
突然、俺の独り言に答えるような声が聞こえたため、俺は驚きの声を上げながらそちらへと顔を向ける。するとそこには、古代ギリシア風の服装のとても綺麗な長いブロンド髪の女性がいた。
……何故だろう、突然現れたはずの人なのに、この人は危険じゃないって分かるような気がする。
「えっと……貴女は?」
「私は……そうですね、あなた方、人間の皆さんが“女神”と呼ぶものです」
女神様……? なんで、そんな人が俺のところに?
生憎女神様とは縁がない生活をしてきたために小さく首を傾げていると、女神様は哀しそうな表情を浮かべながら静かに口を開いた。
「それは……貴方の死の原因が私達にあるからなのです」
「死の原因が貴女達に……」
なるほど、そういう事なら──って、あれ? 俺、もしかして考えてた事を声に出してたかな?
俺が再び首を傾げていると、女神様は少しだけ微笑みながらその理由を話してくれた。
「私達神々は、人間の皆さんが考えている事を、言葉として発せられなくとも読み取ることが出来るのです」
「なるほど……」
考えを読み取れるなんて、神様ってやっぱり凄いんだな。俺達人間の場合は、そんな事が出来るのは超能力者くらいだし……っと、そろそろ話を戻さないと。このままだと脱線したままだし、死の原因が神様達にあるっていうのもかなり気になるからな。
そして俺は、一度深呼吸をして気持ちを切り替えた後、女神様に話し掛けた。
「ところで、俺が死んだ原因が貴女達だとさっき言っていましたけど、それって……?」
「……私達はあなた方の世界において生と死、つまりは人間の命の管理をしています。ところが、先程貴方の生者としての証が部下のミスによって失われてしまったのです。
そしてそれにより、本来死ぬべきで無かった貴方があのような事に……この度は、本当に申し訳ありませんでした……」
女神様は本当に申し訳なさそうな表情を浮かべると、謝りながら静かに頭を垂れる。
「なるほど、そういう事だったのか……」
……そっか、俺達人間ってそういう理由で死ぬ事もあるんだな。
女神様の言葉に納得していたその時、俺は自分の思考に小さな違和感を覚えた。
……あれ? そういえば、俺はどうしてこんなに落ち着いているんだ?
死んだ理由が分かったとはいえ、自分が死んだ事には変わりはないのに、俺は何故かそれについて嘆くわけでもなく、淡々とそれを受け入れており、俺はその事に違和感を覚えていた。
……本来であれば、これはやっぱりおかしい事なのかもしれない。けれど、たぶん今の俺の場合は、もう死んでしまっているのに死んだ事を嘆いたり女神様達を責めたりしても仕方ないと無意識下で感じているからなのかもしれないな。
「……だったら、答えは決まっているよな」
呟くように独り言ちた後、俺は未だ申し訳なさそうに頭を垂れている女神様にニコリと笑いかける。
「これ以上謝って貰わなくても大丈夫ですよ、女神様。貴女達のミスとはいえ、こうして正直に話してもらえたので、俺はもうこの事については気にしてないです」
「え……?」
すると、女神様が不思議そうな顔をしながらゆっくりと顔を上げた。
女神様がそんな反応をするのも無理はないだろう。何故なら、自分達のミスで殺してしまった人間からそんなことを言われたのだから。
俺は不思議そうな表情を浮かべる女神様に対して笑みを浮かべながら言葉を続ける。
「それに、もう死んでしまったのなら、その事についてはきっぱりと忘れて、次の人生について考えた方が良い気がするんです。だから、もう謝らないで下さい、女神様」
女神様にはそう言ったが、もし生き返れるのならば、そうした方が本当は良いのかもしれない。
でも、今の俺にとってはそうする事が良いとは思えなかった。だから、生き返る事や死んだ事についてはもう忘れよう。そしてあるかは分からないけど、次の人生とやらについて考える事にしよう。
そんな事を思いながら心の中で決意を固めていると、女神様は少し安心した様子で微笑んだ。
「……まさかそんな言葉を掛けていただけるとは思いもよりませんでした。この度は、本当に申し訳ありませんでした。そして……許して頂き本当にありがとうございます」
「いえいえ」
俺はニコッと微笑みながら神様の言葉に答えながらも、心の中では少しだけ迷いを感じていた。
……さて、こう言ってしまった以上、もう生き返る道なんてのは無い。だから後は、これからの事について考えるだけなんだけど、俺はこれからどうしたら良いんだろう……?
そして、これからの事について自分なりに考え始めようとしたその時だった。
「……あの、一つだけ提案を聞いて頂いても宜しいですか?」
と、神様から声を掛けられた。
「……え? ええ、もちろん良いですけど……?」
提案? いったい何だろう……?
その提案とやらについて、俺があれこれと考えを巡らせていると、神様はとても真剣な表情を浮かべながら静かに口を開く。
「この度のお詫びとして、貴方を別の世界に“転生”させては頂けませんか?」
「……はい?」
転生? 転生って……小説とか漫画とかでよく見る、あの……?
「はい、その転生で間違いありません」
神様は俺の考えを読み取ったらしく、真剣な表情のままで答えながら静かに頷く。
あ、それで合ってたのか。でも……。
「転生すると言っても、どこの世界へ転生するんですか?」
「それは……生前、貴方がとても好きだったもの達が生きる世界です」
「俺が生前好きだったもの……」
神様の言葉を繰り返したその瞬間、俺の頭の中に“ある物”が浮かんだ。
え……まさかそれって──。
「……もしかして『ポケットモンスター』の世界ですか?」
「はい、その通りです」
不思議そうに問い掛ける俺の言葉に神様が真剣な表情で答えた瞬間、俺は突然の出来事に少なからず嬉しさを感じていた。
俺が……ポケモンの世界に……? ゆ、夢では無いんだよな……!?
ポケットモンスター、縮めてポケモン。それは前世にあった作品の一つで、俺はその作品が子供の頃からとても好きで、アニメからマンガに至るまで様々な媒体の作品を集めているほどだった。
そして、その事に俺が静かに胸を高鳴らせていると、神様は真剣な表情を少しだけ和らげながら優しい声で話し掛けてきた。
「それと……貴方には転生する際の特典を差し上げたいのですが、受け取って頂けますか?」
「特典っていうと……いわゆる“能力”という奴ですよね?」
「はい、その通りです。本来であれば私達がそれを選ぶのですが、今回は貴方に三つまで決めて頂き、それを転生特典として差し上げようと思います」
「ほ、本当ですか……!?」
マジか……そんな豪華で本当に良いのかな……?
女神様の言葉に少し驚きながら、女神様の方を見ると、女神様はニコリと笑いながら静かに頷き、俺はその事を嬉しく思いながら件の転生特典について考え始めた。
それにしても、何が良いかな……? これからの人生に使うものだから、慎重に決めないといけないし……。
あれこれと考えていたその時、俺はある事に気付いた。
……っと、そうだ。一応訊いておかないといけない事があったよな。
そして、俺は女神様の方へ向き直ると、転生特典を決める上で必要だと思った事を女神様に訊き始めた。
「えっと……一応なんですけど、希望する能力に制限とかはありますか?」
「そうですね……極端な例になりますが、『時間停止』や『物質創造』といった物でなければ基本的には大丈夫ですよ」
「分かりました」
女神様からの回答を聞いた後、俺は再び転生特典について考え始めた。
……まあ、俺も流石にそんなチートを望む気なんて無かったし、正直なところ、そこまでの力を持ったところで、ポケットモンスターの世界では絶対に持て余すだろうし、これはこれで良かったかもな。となると……うん、それならこれらの方が良いかな。
希望する転生特典を決め終えた後、俺はそれらを頭の中に思い浮かべながら女神様に話し掛けた。
「それじゃあ……『ポケモンと会話する事が出来る能力』と『ポケモンのレベルやステータスの確認が一目で出来る能力』……それと『波導を使う事が出来る能力』をお願いしても良いですか?」
ポケモンとの会話を望んだ理由、それは生前ポケットモンスターシリーズの『
本人からすれば、それは羨ましがられるものじゃないんだろうけど、ポケモンと会話が出来たらどんなに楽しいだろうと想像をしながらゲームをプレイしていたため、俺にとっては心から欲しい能力の一つだと言えた。
そして、レベルやステータスの確認は、育成やバトルの面で何かと役立ちそうだと感じたからで、波導はいざという時の護身用だ。
あの世界は色々危ないからな。ロケット団しかりプラズマ団しかり。
前世で得た知識を思い出しながら一人でうんうんと頷いていると、女神様は優しい笑みを浮かべながらコクリと頷く。
「分かりました。貴方が転生した時には、それらを既に使えるようにしておきます」
「ありがとうございます、女神様」
「いえ、これは私の役目ですから、お気に為さらないで下さい」
女神様は当然といった感じに言うが、俺としては希望を聞いて貰えたので、女神様にはとても感謝している。
それにしても……これで俺も転生者ってやつの仲間入りか。正直な事を言えば、前世の家族や友達には申し訳ないと思っているけど、転生を決めた事への後悔とかは一切無い。
何故ならこれからの人生が凄く楽しみだから。さて、これから何が待ってるのか、そしてどんな人達と出会えるのか今からワクワクするな……!
再び静かに胸を高鳴らせていると、女神様は静かにクスリと笑った。そして俺の横に並ぶと、俺の背後を指し示しながら静かな優しい声で話し掛けてきた。
「それでは、こちらの扉へどうぞ」
俺がそちらに顔を向けると、そこにはいつの間にかとても豪華な装飾が付いた白い扉が出現していた。
「……この扉を抜けた先に、俺の転生先の世界があるんですよね?」
「はい。この扉をくぐったその時点から、貴方の転生者としての新たな人生が始まります。さて……心の準備は宜しいですか?」
「はい、大丈夫です!」
静かな胸の高鳴りと転生者としての新たな人生へのワクワクから、俺は思わず大きな声で返事をしていた。
まあ……それだけ楽しみだからなんだろうな。転生者としての新たな人生も生前から好きだったポケモン達に会える事も。
そんな事を考えていた時、さっきまで俺の中にあったはずの前世の家族や友人達への申し訳なさが薄れているのを感じた。
……正直、これはこれでどうかと思う。何故ならこれは、迷いを振り切ったとかじゃなく、今までの人生で培ってきたものを簡単に放棄したのと同じようにも思えるから。
でも、もう転生者として生きる事を決めたからには、もうその事については振り返らない事にしよう。振り返ってしまったら、きっと先へと進めない気がするか。
だから、生前の俺には別れを告げて、これからは転生者としての自分として前へ進もう。それが……今の俺が進むべき未来だからな!
俺の中で確かな決意が固まった事を感じていると、女神様はニコリと笑いながら話し掛けてきた。
「それではここでお別れですね。貴方のこれからの人生が幸せなもので在る事を、私はここで願っています」
「ありがとうございます、女神様。そして──」
俺は一度そこで言葉を切り、ニコッと微笑んでから言葉を続ける。
「行ってきます!」
「……はい、行ってらっしゃい」
女神様は少し驚いた顔をしたものの、すぐに微笑んでから優しく言葉を返してくれた。そして、俺はそれにコクリと頷いて答えた後、目の前にある扉をくぐった。その瞬間、俺の意識は静かにゆっくりと薄れていった。
「……行ってしまいましたね」
あの方の姿、そして優しくも勇ましい波導が扉の向こうに消えたのを確認した後、私は静かに独り言ちた。
そして、あの方の生者としての証だった物を取り出すと、証は眩いほどの光を放ち、やがて赤青緑の光る三つの珠へと姿を変える。
「そして、これも……ですね」
私が懐から黄色く光る珠を取り出すと、四色の光の珠は静かに輝きながらゆっくりと宙へと浮かび始める。
「……本来であればいけないことなんですけどね」
穏やかな光を放つ四色の珠を見ながら私は小さな声で独り言ちた。
本来、転生特典は転生者一人につき三つまでと定められている。しかし──。
「……ふふっ、もしかしたら私は、あの方に何かを感じているのかも知れませんね。こんなにも誰かを応援したいと思ったのは、これが初めてです」
先程扉を潜っていった彼の姿を思い浮かべながらクスリと笑った後、私は扉へ向かって右手を翳した。すると、四色の光の珠は、彼が潜って行った扉の向こうへと消えていった。
これからのあの方の人生に何が起きるのかは私にも分からない。でも──。
「頑張ってくださいね。私はここで、貴方の幸せを祈っていますから」
あの方ならどんな困難も乗り越えられる。私はそんな確信にも似た何かを感じながら、扉を静かに見つめた。