アーカイブには映らない   作:ミステイク

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第十一話・調印式の前日

 ゲヘナ学園登校早々、ヒナは緊急事態とアコに呼ばれ朝食を抜いて風紀委員室へと来た。

 その上で聞いたのは、自分の耳を疑う出来事。

 

「カイザーコーポレーションそのものが、ロドスに買収された? 事実なのアコ?」

 

「は、はい! ニュースや情報部だけじゃありません。キヴォトス中で話題になっています!」

 

 昨晩から早朝、キヴォトスの大企業カイザーコーポレーションの不正取引、汚職が流れたところ。

 カイザーのプレジデントを含む幹部を摘発され、ロドス・アイランド製薬会社に買収され事実上勢力に取り込まれた。

 

「そ、その不正取引を流したのが、ゲヘナの生徒らしく……それもかなりの証拠があり、カイザー側も言い逃れ出来なかったとか」

 

 金儲けの為ならなんでもやる、拝金主義のカイザーは叩けば叩くだけ埃の出てきそうな者達だが、仮にもその手の悪巧みが得意な彼らが一介の生徒。

 しかも無秩序の極みのようなゲヘナ生徒によって一夜にして不正が明るみに出て、買収されるほど弱体化するとは信じられない。

 

「その生徒は? 何年? 名前は?」

 

「その情報を流したのは……便利屋68です」

 

「……は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぜ? なぜなぜなぜ? カイザーコーポレーションが……一体……どうして?」

 

 あまりの異常事態にベアトリーチェはテレビの前で呆然と呟く。

 思考が上手く纏まらず、予想外の事態に混乱していた。

 

「これでは戒律の守護者が……いやそれ以前に彼等との契約はどうなる!?」

 

「ねぇよ、そんなもん」

 

「!?」

 

 此処は誰にも教えていない、秘密の場所。

 同じゲマトリアにも分からないベアトリーチェ最後のアジト。

 

 自分以外、此処に訪れる者が居るはずはない。

 

 だがそれとは矛盾して声が届き、ベアトリーチェは振り返る。

 

 そこに居たのは白髪に、燃え盛る炎の様な赤眼。赤いスーツ姿の少女の姿は、どこかベアトリーチェの格好にも似ていた。

 その周りには更に獣耳の少女達、赤いスカーフのセーラー服には何処かで見たことがあるエンブレム。

 

「SRT……なぜ? いやその前に、一体何者ですか?」

 

「ああ……まあ分からんか、そうだよな顔も変えたんだ分かるわけないか」

 

「何を言って……!」

 

 SRTの少女達が銃器を上げ、ベアトリーチェは向けられた銃口を見て歯を噛んで睨む。

 

「不躾な……私を誰だと思って!」

 

「ゲマトリアのベアトリーチェ。アリウスのマダム。崇高とやらを目指す傍迷惑な老害……他に呼び名はあるか?」

 

「!? お前はっ!」

 

 容姿も髪色も、あの忌々しい刀剣も携えていない。

 声の色まで以前と違う、しかし自分に向かって言ったその台詞だけはよく憶えている。

 

「なぜ、生きている!?」

 

 同時に傷が疼き、無くなったはずの足に震える感覚がした。

 呼吸が荒れ、心拍数が上がっていく。害虫よりも悍ましい物を見るように、自分などとは比べ物にならない、小動物が飢えた肉食獣に睨まれるように。

 

 ベアトリーチェは恐怖した。

 

 自身を殺しかけた、殺そうとした存在に。

 

「悪いが、何もさせる訳にはいかなくてな。あのまま何もせず、静かに余生を過ごすつもりなら放置していたんだ……まあ期待しても意味なかったようだが……出来ればこんな事したくなかったよ」

 

「どうして……ここが……誰も知らないはずです」

 

「それはお前の仲間に聞け」

 

「ッ!」

 

 引き攣った顔となって化け物を見るベアトリーチェ。

 逃げたい、一刻も早く目の前の化け物を否定したい、一秒だって一緒に居たくない。

 

 この化け物をどうにか出来るのなら、自分は悪魔にでも魂を売ってやれる。

 

「やめろ! やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ!!」

 

 発狂したようにベアトリーチェは叫ぶ。

 

「私は崇高に至る存在です! それを邪魔する貴方は存在することが間違いなのです!」

 

 化け物はベアトリーチェの言葉に反応したのか、一瞬目を見開く。

 

「FOX1、射撃許可を」

 

「……まだ、命令はない」

 

 ベアトリーチェの言葉に金髪の少女が眉を顰めるが、黒髪の少女に制止される。

 

「フリーザ様みたいなこと言いやがって……まあお前の言う事はあながち間違いじゃないが?」

 

「ならば!」

 

「だが━━━━舞台装置よりマシだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 抵抗する意思も無くなったのかベアトリーチェは何かをボソボソと呟いて動かない。

 すると扉から、ギシギシと木の軋む音を発しながらマエストロが現れる。

 

「あとの始末はそちらで頼む、しかし良いのか、仲間なんだろう」

 

「構わん、既にベアトリーチェの思想はゲマトリアの理念から外れ、黒服やゴルコンダ、デカルコマニーもベアトリーチェの暴走には気付いていた。戒律せし守護者の複製が出来ると聴き、その上で利用されてやろうと思っていたが」

 

「思っていたが?」

 

「無名の司祭の技術を持つ者と敵対するより、命乞いをして協力する方が建設的だと判断した」

 

「悪い大人共め」

 

 ゲマトリアと交渉し、ベアトリーチェが動く前に抑止出来た。

 本当なら会うつもりもなかったが、無名の司祭の技術の幾つかをゲマトリアに提供するのと、彼等を少しだけ脅してみせた。

 ヘイロー破壊の可能性も警戒したが、いきなりそういった手段に持ち込んで来ないのはプレイヤーとして知っている、必ず先に話し合いを行ってくるはずだと。

 

 ベアトリーチェの暴走は仲間にも分かるほど丸分かりだったらしく、ゲマトリアは驚く程簡単にベアトリーチェを差し出した。

 発信機など付けていたのも、それを理解しての上だろう。

 

「崇高とは二つの側面を持ち、辿り着けない神秘と不可逆の恐怖……お前の言う崇高はコインの裏表を同時に見るようなもの……だったか?」

 

「そなた……」

 

 木の軋む音を立てて、マエストロが自分へと顔を向ける。

 

 ゲーム中、マエストロが先生に言っていた事を持ち出して言ってみる。

 もっともこの考えが正しいかどうかはマエストロ、というか現状のゲマトリアにも分かっていないらしいのだが。

 

「キャンバスを用いず空に絵を描くようって言った方が良いのか? 芸術家のアンタには」

 

「━━━━ほう」

 

「ではそちらは任せた、私達は帰る」

 

 自分は芸術性も何も分からないが、あの中では黒服と同じくらいには先生への好感度が高い。

 ベアトリーチェが極端に低いだけかもしれないが、その所為なのか自分はゲマトリアに関して若干対応が甘いような気がしてきた。

 

 まあ、全員悪役の一人として嫌いではない。

 現実に悪役のまま居られると迷惑なのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一人放置されたマエストロは抜け殻の様に項垂れるベアトリーチェを一瞥もせず、白髪の少女の背を目で追う。

 

「やはり……知性、礼儀、経験……悪くない。その歳で見識も持っている」

 

 黒服の言っていた先生に少しだけ興味があったが今は頭にもない。

 

 興味の対象は少女一人、もちろんマエストロにそういった趣味はない。趣向は否定しないし、愛という感情が芸術に幾らかの影響を与えるのは理解しているが、そういった感情は挟んでいない。

 

 例えるなら、憧れの人物に出会ったファンの感情に近い。

 俗な例えだがそれが一番的を射ている。

 

 活躍は昔から聞いていたが今、この時点でマエストロはマヨイ、否、■■■のファンとなった。

 

「キャンバスを用いずに空に絵を描くか……良い表現だ」

 

 確かにそれは大きな矛盾だ、しかしそれを矛盾を体現した者が言うのだから面白い。

 少女は崇高ではないが、マエストロの理解が及ばない神秘を持っている。

 

 死者となりながら生者として復活し、不滅性を体現したある種崇高よりも未知に近い存在。

 理念の違いから黒服とは意見が合わないこともあるが、ゲマトリアに勧誘しようとしていたのも分かる。

 

「そなたならば……。私の崇高を理解してくれるに違いない!」

 

 あれは自分自身で芸術を体現した、”崇高”とは違う存在、”至高”だ。

 

 少女と敵対することになったベアトリーチェから始まったゲマトリアとの関係。

 結果として不和から始まってしまったが、それでもマエストロには構わなかった。

 

「仕事が増えて面倒だと思っていたが、これは僥倖だった……」

 

 方向性も理念も違う、立場も真逆だ。

 しかし尊敬に値する芸術家であるとマエストロは敬意を払った。

 

 本人にその気はないとしても、少女はただ一人、マエストロに芸術的敗北感と尊敬を覚えさせたのだ。

 

「素晴らしい、面白い……崇高からは遠のいたが良き出会いに感謝しようベアトリーチェ」

 

 ぶつぶつと廃人となったベアトリーチェの車椅子を押し、マエストロは鼻歌を歌う。

 

 彼の頭の中には自身の崇高に至るアイディアが湧いて溢れていた。

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