第三話・喧嘩するほどなんとやら
夜の星空が綺麗だったのを憶えている。
今もなお色褪せないまま、脳裏に焼き付いて離れない光景。
ミレニアムに入学して少し経ったある春の日。
セミナーの仕事が計算よりも少しずれがあり、下校時間を過ぎた帰りの途中だった。
その子に出会ったのはそんな時。
「住む場所も学園もないって、どういうことよ」
「そんなもの私が知りたいくらいだ、気が付けば此処に居て右も左も分からない」
「記憶喪失ってこと?」
「……状況は似てるな」
大量のタイ焼きを詰めた紙袋を抱きかかえた少女は、身元も住所も、名前さえ分からないと言う。
怪しい事この上ないが、嘘を吐いている様子はない。と言うのは自分の直感だ。だから彼女を無視するという選択肢はない。
自分と同じかそれ以上に黒い、暗闇を思わせる黒髪と月明かりを想起させる金の瞳は、美しいを通り越して、いっそ不気味にも感じた。
幽霊など非科学的だと否定する為に話しかけたとは言わない。
「信じられないわね」
「ならどうするんだ?」
「ここはミレニアムの自治区よ、職務上貴方を連行して調査する必要があるわ」
「つまり寝床をくれるって事か、ありがたい。実を言うと宿の場所も分からないんで、その辺で寝ようと思ってたところなんだ。シャワーとベッドもあるよな?」
「……ええ、まあ」
調子が狂う。
威圧的に言ったつもりなのだが、あまり効いた様子はない。
むしろ図々しくシャワーまで借りようとしている。
「それより、どうして私の名前を知っていたの?」
「名札に書いてる」
「私を先輩呼びしたのは?」
「年上っぽいから」
「……そう」
「別に老け顔って言ったわけじゃないぞ? 大人っぽいっていうか」
「黙っててくれるかしら」
「そう怒るな、ほらタイ焼きやるから。というか食え、一人でこんなに食えない」
「ならどうして買ったのよ、無意味なことをするものじゃないわ」
「意味無意味で判断してたら楽しくない、まあ無駄遣いをするなって言葉なら受け取るが」
「そう言ってるの……一文無しなのにどうやってこんなに……」
「タダで貰った」
「……」
「━━━━長……会長!」
「!」
自分を呼ぶ声が聴こえ、瞼を開けると眩しさと共にユウカが心配そうな顔をしている。
どうやら自分は眠っていたらしいと気づくのに時間は掛からなかった。
「ごめんなさい。トキ、次の書類は?」
「会長が眠る前にもう終わらせてしまいましたよ」
「お疲れになられていたようですね、気付かず申し訳ありません」
「気にしないで」
トキとノアにまで心配されたようだ。
自分が部室で居眠りをするミスを犯したのが意外だった所為だろう。
「どこぞの後輩が勝手にここを抜け出したのに関係してるかもしれないわ」
「……C&Cと先生が向かっていますので、直ぐに捕まると思いますよ」
「そう」
失踪してミレニアムの公金を横領しているどこぞの兎はユウカの言う通り直ぐに捕まるだろう。
シャーレの先生なる人物がどの程度の人物なのか、見極める為にもC&Cの協力を要求したのは自分だが。
「それにしても会長、嬉しそうですね。良い夢が見られたんですか?」
「そうね……懐かしい夢だったわ」
不快さも少しだけあったが、とは付け加えず。
「今日は早めに下校するわ、貴方達の仕事の邪魔になってはいけないもの」
「わかりました会長」
「ご自愛くださいね会長」
自分は近くに置いていた日本刀を手に取った。
「ほう、良い御身分ですね。後輩達に任せて社長出勤ならぬ会長退勤ですか」
生徒会室に入ってきたのは電動車椅子に乗った華奢な少女ヒマリと、背後には彼女と仲の良い後輩のエイミ。
自分と対面して早々、皮肉を交えた言葉を放った。
「良い御身分なのは当然よ、私はセミナーの生徒会長だから。それとも何かしら、貴方は私の役職も分からなくなるほど耄碌したの? やっぱり車椅子に乗るほど足腰を弱らせたから……良い老人ホームを紹介するわ」
「結構です、ミレニアムが誇る稀代の天才美少女の顔が皺だらけだと感じる生徒会長様こそ目の手術をされては? もっとも私は老いても美しいでしょうが」
自分とヒマリの間に交わされる皮肉の攻防を見て、ユウカが呆れと共に頭を抱えている。
「また始まっちゃった……」
「相変わらずリオ会長とヒマリ部長は仲がよろしいですね、私も偶にはユウカちゃんとあれくらい仲良くしてみたいです」
「「仲良くないわ(ありません)!」」
訂正する様にノアに振り向いて同じことを口にした自分とヒマリは、睨み合いの戦いを再開する。
「やっぱり仲が良いです」
「いい加減にしてくれないかしら? 私は疲れているの、貴方と話をしているだけで気力も体力も語彙力も無くなっていくのよ。そんなに私とお話したいのかしら?」
「誰が貴方と話しに来たと言いました? 私が用があってきたのは別のことです。此処に来る人間は全員自分に用件があると思い込んでいるのですか? ナルシシスト。誰も貴方に用などありません、貴方は部室の隅っこの埃が集まっている場所で膝を折っていてください。誰もがそう思うことでしょう」
「なんてこと、全部自分が正しいかのような言い草、ヴェリタスでもそうなのかしら? 自分の都合を他人に押し付ける独善性、まるでビッグシスターね」
「カチンッ……なんだか良くわかりませんが貴方にだけは言われたくありませんよこの下水道!」
「珍しく気が合ったわね、私もよ泥水」
見ての通り険悪な関係、お互い思想や計画の考え方が真逆なこともありこうして顔を突き合わせれば嫌味の合戦が続いている。
「もう! いい加減にしてください二人共! なんでいつもいつも喧嘩ばっかりするんですか!!」
「音楽性の違いで揉めて解散するバンドがあるでしょ、あんな感じよ」
「良くわかりません!」
「あはは……それでヒマリ部長はどうして部室に?」
「ああ、そうですユウカ。今月のヴェリタスの部費が妙に少ない気がするのですが……」
「え? おかしいわね、ヴェリタスへの部費は確かに……」
「それなら私が添削しておいたわ、ヴェリタスの部費は今月からその額よ」
そう言った自分に、全知(笑)はガタのきたロボットのように首をこちらへと向け、顔に血管を浮かせていた。
部室内に沈黙が支配し、微笑むノアはユウカの背を押してそのまま出て行く。
酷い形相だ、もう美少女名乗れないね。
「このビッグシスター! 頭遊園地! よく人のことを言えましたね! 今日と言う今日はもう許しません!」
「何を許さないのかしらナルシシスト! 頭ネット犯罪者! 私のアバンギャルド君を勝手にハッキングしてオモチャにしていたのを忘れてはいないわよ!」
「部費それが原因か」
ブチリと何かが切れる音が聴こえ、ヒマリがこちらへと指差した。
直後にエイミが面倒くさそうに顔を顰める。
「ええい! エイミ! やっておしまいなさい!」
「えー二人の喧嘩に巻き込まないでよ」
自分も背後に待機していたトキへと向いた。
「トキ、アビ・エシュフの起動を許可するわ。ヒマリだけを狙いなさい」
「ちょ!? アビ・エシュフはやりすぎです! フロアごと吹き飛ばす気ですか!」
「トキ、最近この辺りに美味しいクレープ屋さんを見つけたから。あのバカ二人は放って行こう」
「わかりました」
「「トキ(エイミ)!?」」
それからC&Cと先生がコユキを連行して戻ってくるまで二人の嫌味合戦は続いた。
【主人公への第一印象】
リオちゃん「幽霊かと思って怖かった」