対策委員会編が無事終了したからと言って、安堵するほどではない。
次にゲーム開発部が事実上の主役となる、時計じかけの花のパヴァーヌだが、この話はまあ気にせずとも良いだろう。
三章と四章以外は今の所問題ではない。
多少危なげなところも多々あるが、ゲーム開発部の面々が戦うのは無名の司祭が作っただろう機械人形と、ネル率いるC&C。
ドローンの方は兎も角、C&Cに殺されることはない。
そう、自分が何もしなければそのストーリーが展開されていた。
「ただいまアリスが帰還しました、お母様!」
玄関の扉を勢いよく開けて、見せた顔は元気の良い無邪気な
ゲーム開発部は廃墟でアリスを見つけられなくなった、いや、アリスが既にゲーム開発部に入ってしまっている。
それだけではない。
「私も帰還しました、母」
「そうです! アリスとケイが帰還しました!」
「……おかえりなさい二人共、今日は寮じゃなく泊まりか? 飯は食べていくか?」
「いえ、近くを通ったので寄ってみただけです。食事は頂きます」
ストーリー、早速破綻しました。
連邦生徒会長が一般人の立ち入りを禁止していた廃墟、その何処かにアリスが居たという事は知識として知っていたが具体的な位置、場所が分からず見つけられたのは本編が始まる二ヶ月前だった。
本編開始前にアリスを覚醒させることは、下手をすればバッドエンドスチル絵を描かれていたかもしれない危険な賭け。
アリスとケイが暴走し、アトラ・ハシースの箱舟を建造、キヴォトス消滅もあり得た。
だが━━━━最終編にケイは消えてしまう。
死ぬかもしれない、全てを滅ぼしてしまうかもしれない事実を知って尚、自分はアリスを目覚めさせる事を選んだ。
とても合理的な判断ではない。
かつての友が知れば呆れた様に溜息でも吐かれたことだろう。バカここに極まると言ったような感じの目で見られたはずだ。
「………」
こんな事誰にも言えない。
死にたくないのに、原作通りに進めたいとか言った癖に自分でストーリー破綻させたとか誰にも言いたくない。
ストーリー通りにならないかもとは言った、だが自分からストーリーを壊して何をしているんだ? なんて絶対に言われたくない。
「それでですね! モモイとミドリが」
「アリス、口に米粒が付いています。食べながら喋ってはいけません」
可憐な少女二人、容姿も背格好も瓜二つの少女の微笑ましい光景に見えることだろう。
誰もこの二人が無名の司祭たちの崇拝する、古代技術で造られたキヴォトスを滅ぼす大量破壊兵器であるとは思わないだろう。
確かに、アリスの親になりたいとかほざきやがるネット民は大量に居た。
ケイと一緒にゲーム開発部で遊んでいる光景が見たいと、二次創作サイトで大量の存在しない記憶をばら撒く絵師や小説家は腐るほどいた。
自分もこの二人の光景を見られただけで満足、いや欲を言うならモモイ達との絡みも見たい。
「?」
一挙手一投足がかわいい。
生徒達はみんなかわいいけど。
現在の二人の立場は本編と変わらない。
ミレニアムサイエンススクールのゲーム開発部一年生、大子アリスと大子ケイ。
本編と違うのは、二ヶ月前に自分の目の前で覚醒したと言うこと。
その間、アリスとケイのプラスチック製の脳味噌をテイルズサガクロニクルの塩漬けにして、頭をバグ……ゲームへの興味と勇者願望を目覚めさせた。
あのクソゲーは自分も一度プレイしたが、ボーボボを読んでいる様な気分になったのを憶えている。彼女達にそれをさせたのは心苦しいの一言では済みそうにない。
一番苦痛だったのはアリス達の方だが。
酷いことをしたと思うがアリスの精神構造を本編に近い形状にする必要があった。
目論見通り、アリスは本編の様に純粋に勇者を目指す愛らしい性格となった。
だがケイは。
「母、私を膝の上に座らせる事を要求します。頭も撫でてください」
「あ、ずるいですケイ! アリスにもお願いします!」
ケイってこんな性格だったろうか。
自分は知らないだけで根っこは甘えん坊なのだろうか? ファンブックは買っていないので分からない。
「母、もしかして……私を撫でるのは嫌ですか?」
「あ、いや。考え事をしていただけだ」
放置していると悲しげな表情を浮かべるケイとアリス、自分は二人を膝の上に乗せて抱える。
変態モードの先生なら発狂していたかもしれない。
「お母様の手は温かいです……アリス、疲労の状態異常が解除されました!」
「私はまだ解除されていないので、もう少し撫でてください……」
「アリス、やっぱりまだ疲労のステータスマークが残っていました!」
「あなたこそずるいですよ王女」
「喧嘩をするな、二人共平等に撫でてあげるから」
自分の娘が可愛すぎて軽く死ねます。二人の人工タンパク質の体温だけで尊死します。
そんな何処ぞのオタクウマ娘のような内心の中、意識を保つ事だけに全能力を費やす。
自分に気絶するなと命令出来ればどんなに良いものか。
何か話題を、何か話していないとこの空気に耐えられず本当に気を失う。成仏する。
「ケイ、身体の調子はどうだ? 何か不備や、困る事はないか?」
「人工細胞義体は正常に動作しています。アリスと同等の腕力の使用は不可能ですが、生徒達と同等の神秘は兼ね備えています。流石は母のお造りになった肉体です、流石母です」
流石を二回も言って笑みを浮かべてくれるケイ。
そう言って貰えるとこちらもありがたい、無名の司祭達の技術を応用しただけの価値はあったと言うものだ。
「母………」
うん、不味い、本当に死ぬ。
死ぬならせめてシリアスに死にたかった。
大子マヨイ、アリスと私が母と呼ぶ唯一の存在にして、世界を滅亡させるという選択肢以外を作った人間。
私は本来、方舟を動かす為の
『私の個体名はKey。王女を助ける無名の司祭たちが残した修行者であり、 彼女が戴冠する玉座を継ぐ“鍵”です』
アトラ・ハシースの箱舟を創り、世界を滅ぼす。それが存在理由だった、しかし。
『そうか、お前は世界を滅ぼしたいのか?』
『私の望みではありません、私達の存在理由こそが━━』
『望んでないならなんでやる? 存在理由なんて誰が決めた?』
力を利用するではなく、選択肢を奪うではなく、彼女は私に選択肢を増やした。
王女はアリスとなり、勇者という
世界を滅ぼす道具だけではなく、世界を救うという真逆の存在。それ以外にも多くの選択肢、選び切れないほどの数を与えられた。
『救う勇者か、滅ぼす魔王か、それ以外かはお前が決めて良い』
『何故ですか? 理解不能です、私が魔王を選べばあなたは……』
『選んだ選択を尊重するよ、なんせほら』
━━━━私はお前達の母だ。
私がキヴォトスを滅ぼす事を選べば、きっと母は私を殺した。
しかしそれは私の意思を否定したからではない、私の意思を尊重し自らも選んだ結果なのだ。
その時、母はどの様な顔をして私を見るか、アリスは何を思うか。
そう想像した時、私の答えはごく自然と出ていた。
二人分のベッドの隣。
寝息を立てるアリスの隣で、小さなロボットの人形を手に取る。
母がくれた、私の義体に問題があった場合の予備義体。
「………母、ふふ」
愛情たっぷり込められた、私だけの宝物。
これが母の計画のうちであるなら大成功だろう。
世界を滅ぼす道具は封印され、此処にいるは二人の少女。
もう世界を滅ぼすつもりなどない。
興味もない、私の大切なアリスと母、この世界にはそれだけがあれば良い。
この世界に二人が居るなら、私は勇者にも魔王にもなれる。
━━━━理解しました、これが愛なのですね。
存在理由ではない、自分の意思。
命を懸けて守りたい相手が出来た、命を差し出しても良い相手がいた。
たくさんの欲望が生まれた、たくさんの未来を模索した。
殺されるなら母が良い。
その後、本当に母の子として生まれ落ちたい。
破壊兵器とは違う、血の繋がりのない人工の肉とは違う。
本当の親子になりたい。