第八話・裏切り者は居ない
キヴォトス三大自治区の一つ、ゲヘナ、ミレニアムと肩を並べるトリニティ総合学園。
陰謀策謀渦巻く権力争いが絶えず行われているトリニティは、生徒数の多さゆえ悪い部分も多く出ている。
同じく生徒数が多くボヤ騒ぎを起こすゲヘナとは対照的で、陰湿な部分が多いのがトリニティ。
そう、ミカは知識として知っている。
しかしそういった部分は、ここ数年で少なからずではあるが収まりつつある、少なくともミカはそう感じている。
その原因は校門に背凭れしながらスマホを触る少女だとミカは答えられる。
「どんな調子? ウリアちゃん」
「ミカさん、人の目がないとは言え一応私ティーパーティーの一人ですから」
「んー? あーそっかそっかー、ごめんなさいねウリア様! で? どんな様子なの? アリウスの生徒達は」
「……どうやら私と貴方の考えは、理想的な部分が大きかったようです」
二人の今いる校舎は、トリニティに点在する幾つかの分校舎の一つ。
その校舎の中は、表面上華やかなトリニティには似つかわしくない剣呑な気配に包まれていた。
アリウス分校、かつてトリニティ自治区内にあった分派の一つ。
ウリアとミカの所属するパテル派、フィリウス派、サンクトゥス派、この三つの分派も元はそれぞれ一つの学園であり、統合したのが現在のトリニティ総合学園。
しかし唯一統合に反対したのがアリウス。その結果、トリニティ自治区から追放されて表舞台から姿を消して久しい。
「学園として機能を停止していたと知ったときは、ナギサさんもセイアさん、他派閥のリーダーも心底動揺していました。具体的な内容を知れば知るほどに……シスターフッドのサクラコさんも、必要のない罪悪感に苛まれていましたよ」
「そうなの? へぇー、なんか意外」
トリニティ内では独立した部活のシスターフッド、不干渉主義とでも言うのか彼女達がティーパーティーの政治に口出しすることはあまりない。しかし、独自の勢力を多数保有し、手札を隠し持っているという点では強い影響力を持つ組織であると言えよう。
そのシスターフッドの纏め役、歌住サクラコとは職務上での業務的な会話をしたことこそあるが個人的に親しい訳ではないのでその人柄を直接観察したことはない。
噂ではシスターフッドを恐怖で纏めているとか、あるいはトリニティ内の全てに情報網を張って監視しているとか、全てを裏で操る真の黒幕だとか、眉唾物な内容が多い。
だがウリアはその噂に聞く評価とは真逆の事を言ったのは興味深い。
「シスターフッドの前身、ユスティナ聖徒会からの弾圧は酷かったらしく。アリウスの受け入れの時もサクラコさん他シスターフッドの皆さんは賛成してくれました。まあそのように演出させて貰ったのですが……とはいえトリニティ側もアリウス側もそう簡単に仲良くなれはしないようです。元・アリウス生徒達の為に用意した校舎ですが」
「出てこないんだよね?」
アリウスの生徒達の為に用意した分校から、アリウスの生徒達が出てくる事はあまりない。
校舎の窓から時折人の影が見えるなど、気配こそあるが校舎の庭などに生徒の姿はない。
色々な意味で有名人なミカはトリニティ内でも視線を受けることが多く、そのお陰か見られる感覚という物が鋭くなり、校舎の方から視線は感じて分かる。
トリニティの生徒からは興味や恐怖、関心や憧憬、様々な物があるが。アリウスのそれは怒り、憎悪、その中に少ない困惑が混じっていた。
「なんだか警戒されてるっぽいね、一歩でも校舎に入ってきたら逃げるか撃ってきそう」
「流石にそれはないでしょうが……注目されているのは確かなようですね」
視線にはウリアも気付いていたのか、ミカから校舎へと視線を向けながら言う。
「マダムと呼ばれる者によってゲヘナやトリニティへの悪感情を植え付けられていた、事だけが理由ではありません。行動の制限、偽りの憎悪、常識、教育、全てが彼女達には用意されていなかった。外の世界への恐怖心や、困惑、どう行動して良いのか測りかねているのでしょう。これではゲヘナとの和解なんて夢のまた夢ですね」
「あははっ! 確かにそうじゃんね!」
エデン条約の事を皮肉っているだろうウリアにミカは思わず笑う。
植え付けられた悪感情という点では、パテル分派も似た部分がある。
自身も所属しているパテル分派は特にアンチゲヘナへの感情が強かった傾向があるが、ここ最近でその意識は薄れている。
というより、そう言った過激な事を考える生徒をウリアが抑えているというのが正しいだろう。
ミカも少し前は似たような考えを持っていたから分かる、長年教え込まれた常識というのは中々に抜け出し難い。
「じゃあどうするの? ウリアちゃん」
「……しかしトリニティが受け入れようにも、常軌を逸脱した環境に置かれていたアリウスは良くも悪くも奇怪に見える事でしょう。反発こそありませんが、トリニティ生徒から接触しようとする気配はありません。一方でアリウスも少し前までトリニティを憎き敵だと教育、いえまあ追い出した側なのでその考えは決して間違いはありませんが……それにしては行き過ぎた感情がありました。彼女のお陰でその感情は限りなく薄れていますがね」
「Vanitas vanitatum et omnia vanitas.」
ミカが呟いたそれはアリウス分校生徒達が教えられていた常識。
全ては虚しい。そう言った意味の洗脳。
「虚無主義的な思想まで削り切ることは彼女も出来ませんでした、そこからは我々の仕事ということです」
「…………ねえ? 和解するなら分校に入れず、皆と一緒の校舎で勉強させれば良かったんじゃない? 寮もなんで分けたの?」
「エデン条約調印式も迫っているトリニティは、言わば地雷原の塊のようなもの。エリート風に言うなら、アイドルのできちゃった婚宣言の次の日くらいのピリピリムードです」
「相変わらず例え話がエリート風じゃない」
「そんな中でアリウスの生徒がトリニティの生徒と問題を起こすなんかして起爆剤になる様なことは避けたいのです。最悪またアリウスを追放なんて事にもなりかねない」
「ふーん? まあウリアちゃんが言うなら間違いないんだろうけど……ならどうするの? エデン条約が終わるまでこのまま?」
「調印式が終わり次第、分校から一般生徒の校舎へと合流させる予定ではあります。それで彼女達がどうなるかは彼女達次第……この緊張状態の中で彼女達を気に掛けてあげられる存在が必要ですね。私はティーパーティーの仕事で忙しいので無理ですけど」
「私がやれって言うんでしょ? 発案者だから」
「ミカさんは風紀委員の仕事があるでしょう、貴方風紀委員長なんですから」
「殆どハナコちゃんの言う事聞くだけのお飾りだよ……それに表向きは委員長だけど、ボスは貴方だよウリア様」
正義実現委員会、自警団とはまた違う、トリニティの治安維持組織。
ゲヘナ風紀委員を真似た、トリニティ風紀委員のリーダーがミカ。その風紀委員を設立したのは、ティーパーティーのウリア。
体裁的にはミカをトップとしたトリニティ内の新たな独立組織であるが事実上ウリア直属の部隊というのが近い。事実ミカもそう思っている。
「ならどうすればいいんです? ウリア様も忙しい、私も忙しい。というかエデン条約でみーんな忙しい……誰があの子達のことを気に掛けてあげられるの?」
「まあ本当ならエデン条約が終わった頃に和解を進めれば良かったんですがね……では、勢力や組織、学園間のあれこれや権力に縛られず、尚且つ生徒達を気に掛けてくれる頼もしい方へ来てもらいましょう」
「? そんなの居るの?」
「ええ……貴方も気に入ると思いますよ」
「”それで、私を呼んだの?”」
という経緯のもと先生はアリウス分校舎の一室でティーパーティーの一人ウリアに呼ばれて対面した。彼女の後ろには、二人のアリウス生徒達もおりあらかじめ聞いていた通り他の生徒とは違う雰囲気を感じ取る。
「はい、私の部下に任せるのも手でしたが、私の部下はエリートしかおらず。アリウス生徒達を見てもらうにはエリート感に圧迫され、ストレスの原因になってしまいますから」
「”そ、そっか”」
「こちらはアリウス生徒の纏め役、アリウススクワッドのリーダーサオリさんと、アツコさんです」
「”こんにちは”」
「……こ、こんにちは」
「……」
どこか馴れていないのか戸惑いがちに言うサオリと喋れないのか無言で手話らしき動作をするアツコ。
更にアツコに至っては顔をマスクで隠しており、表情も分からない。
「姫、マスクは取らないと。それと挨拶も」
「あ、ごめん。また忘れてた」
マスクを取ると、他の生徒と同じく愛らしい顔が見える。
しかしその表情は他のアリウスの生徒同様、どこか虚無感を放っているようにも見えた。
「見ての通り、特殊な事情で対人経験が薄いのですが寛容な対応をお願いします」
「”それで、私は何をすればいいの?」
「先生には━━━━アリウスとトリニティの緩衝材になってもらいたいのです」
最後の一文が一番書きたかったところ