――魔王
それは古来より、勇者と対をなす存在として時代の渦中であり続けた魔族の英雄。
魔族ならば誰にでもなれるチャンスがあるが、同時にこの世に存在できる魔王はただ一人。
数億人から選ばれてきた歴代の魔王たちは誰もが魔族の将来を憂い、それをより良くしようと尽力してきた。
ヒト族との全面戦争で魔族を率いた魔王。数多の魔術を開発した魔王。凶悪な魔物を無数に討伐してきた魔王。制度を整備し生活を安定させた魔王。
時には権力者として、時には放浪者として、魔王たちはそれぞれのやり方で歴史を動かしてきた。
そんな魔王は魔族たちの尊敬を集め、大志を抱く若者はみな魔王を目指してきた。
実に愚かなことである。
いつか自分が魔王になる? そんなわけないだろ!
くだらない妄想をする魔族は後を絶たないが、彼らは魔王たちの一つの重要な共通点を見落としている。
――どの魔王も、最初からとてつもなく強かったことだ。
魔王になったから強くなったのではない。
強いから魔王になれたのだ。
そもそも、そんなに強かったら魔王じゃなくても台風の目になれただろう。
誰にもなれるチャンスがあるとは言うものの、それは結局選ばれし才能に恵まれた魔族たちの話。
残りの奴らはしょうもない白昼夢を見ているだけだ。
しかも面白いことに、そんな白昼夢を見ているのは魔族だけではない。
ヒト族もまた同じようなおめでたい夢を勇者に対して抱いている。
ヒト族のガキどもは三度の飯より勇者ごっこ。ヒト族の騎士はみな口々に勇者を讃える。
吐き気がするほどの心酔ぶりだ。
結局ヒト族も魔族も、頭に角が生えているか否かだけで本質的には何も違わないのだろう。
みんな、等しく愚かだ。
何より気に食わないのが、勇者や魔王たちが自分は公平に実力で選ばれたと思い込んでいることだ。
生まれたときから才能にあふれていたのだろう、持たざる者たちの気持ちは分かるまい。
才能があってはじめて努力できるというのに。
くだらない! 実にくだらない!
無条件に勇者と魔王を讃える衆愚!
なれるはずもないのにいつかは自分もと夢見るガキども!
才能だけでのし上がった勇者と魔王!
私がこの一切を終わらせてやる!
強くなければ魔王になれない?
才能がなければ勇者になれない?
こんな腐りに腐った世界を変えてやる!
目を覚ませ! 現実を見ろ!
才能がなくとも、強くなくとも、努力だけで魔王になれる!
この私、エミリー=チューニこそが本物の魔王だ!
――といった痛い文章が長々と綴られた黒歴史ノートから目を離す。
「......あ、あ、あああああああああ!」
何度も頭を机に打ち付ける。
何を考えていたんだ十年前の私!
「何が本物の魔王だよ! 何ちょっと難しい単語使ってんだよ!」
脳裏に浮かぶのは若かりし頃の苦い思い出。
自慢の長い赤髪にちなんで『鮮血の魔王』やら『爆炎の魔王』やら名乗っていた八歳の私。
痛い服装と言動を繰り返し、毎日魔王ごっこに明け暮れていた私に付いたあだ名は『まおうちゃん』。
子供たちには笑われ、大人には哀れみの目を向けられ、両親には心配されたが、魔王ごっこに夢中の私は無敵だった。
自作の衣装を着てスローモーションで街中を歩いたり、挨拶の代わりに変な名乗りをあげたりした私はいつしか町の有名人となった。
当然のように友達は一人もできなかったが、それはそれで孤高の魔王にふさわしいとポジティブに捉えていた。
まぁ、何よりも私のアホな魔王ごっこに拍車をかけたのは、私になまじか魔法の才能があったことだ。
才能とはいっても当然魔王になれるほどのものではなく、冒険者として一応やっていける程度のものでしかなかったが、ガキの私は自分の才能に大はしゃぎした。
無駄に長い詠唱を考えたり、派手な魔法で魔物を吹き飛ばす妄想をしてはニマニマしたりするほどには幼い私は浮かれていた。
かつて冒険者であったらしい両親にも浮かれる気持ちが分かるのか、魔法に関しては魔王ごっこほど咎めなかった。
とはいっても調子に乗りすぎて街中で魔法を使ったときは割とガチめの説教をされたが......。
私が十二になった年、ついに堪忍袋の緒が切れた両親は私を王都にいるかつての冒険仲間に預けた。
王都での生活はいつまでも意味不明な言動を繰り返す私にはいい薬になると思ったのだろう。
それに、その冒険仲間は王都で冒険者ギルドのギルド長を務めていて、鬼のギルド長として知られている怖いヒト族のおばさんだった。
つまり、その鬼ババアに問題児の矯正を頼んだわけだ。
悔しいことに、事は両親の思惑通りに進んでしまった。
両親があれほど手を焼いていた私の再教育は僅か一カ月足らずで成し遂げられ、私は真人間になったのだ。
まぁ、そりゃあどんなアホでも魔王ごっこをする度にげんこつをもらい強制労働を課せられる生活を送れば誰だって矯正されるよ......。
衣装や小道具を没収され、代わりに受付嬢の制服と山のような書類を渡されたときの絶望感は今でも忘れられない。
「ふぅ......」
フラッシュバックを乗り越え、ひとしきり悶えたあとは、凄まじい虚無感が襲ってくる。
いわゆる賢者タイムだ。
狭い自室を眺めながら、私はようやく冷静となった頭を動かし始める。
「やっぱり......私は間違えていなかった」
そもそも私がわざわざ黒歴史ノートを引っ張り出して悶えていたのにはわけがある。
――勇者ルーカス=コムショー
もとよりAランク冒険者として名が知れていたが、数年前に勇者を襲名してからはより一層活躍をするようになり、高難易度のクエストを次から次へと達成していった。
ちなみに冒険者のランクはSからCまでの四段階あり、Sは英雄、Aは実力者、Bは一人前、Cは駆け出しである。
私もギルドの手伝いをしていないときは冒険者として活動しているが、未だにBランク止まり。
Aランクにすら昇進できない私にとってSランクなんて雲の上の存在だ。
勇者はそんなSランク冒険者に昇格し、行く先々で民衆から熱狂的な支持を得ている。
魔王の不在もあり、勇者はまさしく時代の中心だ。
そんな彼が、数週間前王都に現れた。何でもしばらくは王都周辺で活動するそうだ。
王都は町が栄えているからわざわざ勇者が相手するような強い魔物はいないのだがな。
きっと魔物の討伐以外にもやることはあるのだろう。
ともかく、私は勇者を間近で観察し、これまでの活動記録にも目を通したが、彼の強さははっきり言って異常だ。
努力でどうにかできるレベルではない。
どんな凶悪な魔物でも単独で討伐するなんて本当に人間なのかと疑いたくなる。
さらに、魔族の私にはよく分からなかったが、どうやらヒト族は彼にオーラなるものを感じるらしく、彼を神のように崇める輩まで出ている。
実際、どこに行っても格の違いを見せつけるように周りに人を寄せ付けない。
彼はまさしく才能に恵まれ、民衆から盲目的に支持される勇者だ。
そう感じた私の脳裏に、この黒歴史ノートが浮かんだ。
勇者ルーカスはまるで幼い私が忌み嫌っていた勇者や魔王の具現化ではないか。
幼い私の考えは間違えていなかったのではないか。
そう思い立った私はそれを確かめるためにこのノートを読み返すことにした。
その結果、懸念は確信に変わった。
確かに魔王ごっこは痛かったのかもしれない。
しかし、だからといって今の勇者や魔王の仕組みに問題がないわけではない。
幸い、勇者は今王都にいる。
動くなら今だ!
幼い私は残念なごっこ遊びで終わったが、着眼点は別に間違えていなかったのだ。
この着眼点に今の私の知性が合わされば、きっと何か変えられるはず!
もう『まおうちゃん』じゃない、『魔王さま』だ!
はじめまして!神字書きの千歳です!
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それでは、完結までどうぞよろしくお願いいたします!
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