【完結】自称魔王ちゃんのごっこ遊び   作:千歳ふい

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憂いを帯びた表情で暗い夜道を歩く女の子っていいよね


第15話

 魔物が人里に侵入した。地震が起きた。冒険者が、帰ってこなかった。

 

 また一週間が経った。

 

 引き続き受付を担当している私は、ギルドに舞い込む北での異変に関する報せを毎日聞くことができる。

 

 状況は、悪化していく一方だ。

 

 いつしか冒険者たちの活気は失われ、空気が重たくなった。

 

 そんな中、ルーカスは一人北に旅立った。

 個人的な調査だからと、依頼も受けずに。

 

 噂はますますエスカレートする。

 

 やれ魔法一つで都市を滅ぼしただの、世界征服を目論んでいるだの。

 

 貴族も、庶民も、軍人も、商人も、誰もが口々に噂している。

 

 噂が噂を呼び、噂が一人歩きを始める。

 

 何が本当で、何が嘘か、分からなくなった人も多い。

 

 ただ、確実に本当なことが一つある。

 

 私の、アイデンティティの喪失だ。

 

 異変によって、ごっこ遊びなどしている場合ではなくなったからだ。

 

 凶暴化した魔物の対処に冒険者たちが駆り出され、それに比例して受付嬢の仕事も増加した。

 

 おかげでギルド内には緊迫した空気が走り、ふざける余裕がなくなってしまった。

 

 そもそも本物の魔王がいるのに、何が大魔王エミリーだ。

 何が『まおうちゃん』だ。

 

 私の犠牲と努力は全部水の泡と化した。

 

 せっかく積み上げてきたもしかしたら魔王かもしれないイメージも、いつかはなれるかもしれない魔王の卵イメージも、全部持っていかれてしまった。

 

 そのせいで私はただの頼りになるけど奇行が目立つ痛い子になってしまった。

 

 ぐぬぬ、納得できない。

 

 世の平穏のためにも、私の尊厳のためにも、早く終わってくれないかな、この異変。

 

 そもそも魔王って何だ?

 

 姿を見た者はいないのに誰もが口をそろえてその実存を証言するのはどういうからくりなんだ?

 魔王の出現と、魔物の行動にはどういう関係があるんだ?

 

 それに、長い間不在だった魔王。

 それは誰かが新たに魔王になったのか、それとも単に長い間雲隠れしていたのか。

 

 くそ、分からないことが多すぎる!

 

☆★☆★☆

 

 うーん、もう我慢の限界だ!

 この停滞感、必ず打破してやる!

 

 また一週間が過ぎたが、未だに事態の解決は見込めないし、ルーカスからの連絡もない。

 

 幸い、異変はまだ北の方に集中しているし、そもそも王都周辺には強い魔物がいないのだから凶暴化しても十分対処できる。

 

 しかし、それはあくまでも今の話。

 

 異変が長引けばここも危険地帯になり得る。

 この国最大の都市、政治、経済、文化の中心であるこの王都が。

 

 事態を重く見た国は戒厳令を出し、国防以外のあらゆる活動が中断された。

 

 ギルドに舞い込む依頼は激減し、異変の調査や対処に関する依頼しか残されなかった。

 

 しかし、異変に関する依頼は通常の依頼に比べると危険であり、難易度が高い。

 いくら弱い魔物でも、凶暴化すればその討伐にはワンランク上の戦力が求められるからだ。

 

 つまり、Cランク冒険者たちの仕事がなくなるわけだ。

 

 Aランク冒険者はBランクの魔物を、Bランク冒険者はCランクの魔物を討伐できるが、Cランクにはできることがない。

 

 通常なら工事の手伝いや薬草集めなど討伐以外の依頼を受ければよいが、そういう依頼はとっくに完遂されていて新しい依頼は入ってこない。

 

 魔物が弱く、依頼も多い王都の冒険者ギルド。

 

 初心者に優しいが故に多くのCランク冒険者を抱えてきたが、それが仇となり未曾有の危機に直面している。

 

 そんな収入のなくなった冒険者たちの面倒をギルドは見ているが、それもいつまで持つのか。

 

 この活気のなさはいつまで続くのか。

 

 大好きなギルドの変わり果てた姿を見ていると心が痛む。

 

 何か、できることはないのか。

 

 今、私は受付としてあらゆる冒険者のサポートをしている。

 依頼に出られる人には依頼を斡旋し、そうでない人には炊き出しなどの支援をする。

 

 しかし、私は受付嬢以前に、冒険者だ。

 それも、Aランク冒険者だ。

 

 私が危険な目に合わないように取り計らってくれているババアには悪いが、ここで油を売っているわけにはいかない。

 

「ごめ~ん。今日、用事があるから早退するね~」

 

 だから、手のひらをすり合わせながら私は隣で業務にあたっているミラに嘘を吐く。

 

 ごめんね。私だって心苦しいよ~。

 

「はぁ。その用事って、まさか魔王関係じゃないでしょうね」

 

 ビクッと肩が跳ねる。

 もしや見透かされたのか......?

 

 いや、でも私には魔王ごっこで磨き上げた演技力がある。

 バレるはずはない、よね?

 

 ミラは手元の資料を机に置き、内心焦りまくった私を射抜くような鋭い視線を向けてくる。

 

 これ以上の嘘や誤魔化しは許さないと言わんばかりに。

 

「そ、そんなまさか~。ちょっと気になることがあるだけで~」

「いいですか。エミリーさんは自分がどれほど大事にされているのかを分かっていません。ここは大人しくしているべきです」

 

 いや、だから魔王関係じゃないって言ったじゃん~。

 信じてよー!

 

「頬を膨らませてもだめです。さぁ、仕事の続きをしますよ」

「うぷ」

 

 何度説明してもミラは私の嘘には騙されず、しまいには私の顔に書類を押し付けて会話を切り上げた。

 

 うぐぐ、私が日頃から魔王ごっこで鍛えぬいた演技力が通じないとは......!

 

 もう、一体どうすれば......。

 

 大人しく業務を続けながら何度も思案したが妙案は浮かばず、気づけばすっかり夜が更けた。

 

 ギルドに滞在する人はまばらになり、一抹の寂寥感を残しながらも緊迫した空気は解放される。

 

 やっと、長く短い一日が終わった。

 

「お疲れ様です! お先失礼します」

 

 冷たく寂しい夜の風を感じながら、みんなに挨拶を済ませた私は一足早く帰路につく。

 

 夜の王都には、いつもの喧騒とは打って変わって、静寂が広まっている。

 特に戒厳令が出されてからはより一層寂しくなった。

 

 そんな街並みと同じような暗く重たい気持ちを抱えて私は部屋に入り、無気力のまま身体を浄め布団に潜り込む。

 

 どうすれば......?

 こんな非日常を、日常にしちゃだめだ。

 

 しかし、いくら頭をひねっても解決策は思い浮かばない。

 

 私は北に向かいたい。

 魔王の件に関して少しでも役に立ちたい。

 

 でも、それは危険だ。

 ババアやギルドのみんなは絶対そんなことを望んでいない。

 

 うぅ、もうやだ! 寝るっ!

 

 チャリン~。

 

 そう思考を放棄して寝ようとした矢先、突如来客を知らせるベルが鳴らされた。

 

 バンっ! バンっ!

 

 返事をせずにボーっとしていたら、今度は扉を強く叩かれた。

 

 えっ? 何これ怖い。

 誰だよこんな夜中に。

 

 恐る恐る覗き穴を覗き込む。

 すると、そこには焦燥感を漂わせる顔をしたミラがいた。

 

 何だ......。

 

 ほっとして扉を開ける。

 

「ミラ? どうしたの? てか扉叩かないでよ。怖かったんだから」

 

 わぷっ!

 

 私の姿を確認したミラは目尻に涙を浮かべ、私の胸に飛び込んできた。

 

「先輩......先輩......」

 

 嗚咽の止まらないミラの頭を優しく撫でる。

 

 ミラは、きっと私を心配したんだろうな。

 こっそり魔王を探しに行くかもしれないと。

 

「大丈夫よミラ。私はどこにも行かないよ」

「......先輩の嘘つき」

 

 うぐっ。

 

 確かに抜け出そうとは思っていたから反論できない。

 

 それにしても、すごく久しぶりに先輩って呼ばれた気がする。

 

「......前、私をデレさせるなんて言っていましたよね? 今がその時ですよ」

 

 顔をうずめたまま話始めたミラが私の顔を覗く。

 

 うぅ、いつもツンツンしているミラの上目遣いは破壊力がすごいぃ。

 

「バカな考えは捨てて、大人しく勇者さまの帰りを待ちましょうよ。そうすれば、私はいくらでも先輩にデレますよ?」

 

 うん?

 この子は何を言ってるの?

 

「そもそも魔王が現れたのなら、それを解決できるのは勇者だけです。先輩のような一般人はすっこんでいればいいのです」

 

 先輩のような一般人......。

 

 やっぱりまだツンが取れてないな。

 

 しかし、いつも真っすぐなミラの眼差しは、頼りなく揺らめいている。

 

 その眼差しを受けただけで、すべての悩みが吹き飛んだ。

 

「ミラ、気持ちはありがたいよ。でも、それはできない」

 

 こんな不安げな顔は見たくない。

 指の隙間から零れ落ちていく大切な人を、必死に抱きしめる姿は見たくない。

 

 私はミラを悲しませたくない一方で、失望もさせたくない。

 いつまでも憧れの先輩でいたい。

 

 そのためには、すっこんではいられない。

 

「ミラが憧れた先輩は、そんな情けない人じゃないから」

 

 私がそう言った途端、私の腰に回された両腕に力が入る。

 

 ミラの表情が硬くなる。

 そうはさせないと、目で訴えかけてくる。

 

「ミラの憧れた先輩は強く、明るく、誠実な人だから。こんなところで立ち止まる人じゃない」

 

 私は指の隙間から零れていかない。

 私はミラを失望させない。

 

 だから、少しは私を信じてよ。

 

「あうっ!」

 

 ミラに軽くデコピンする。

 その痛みにミラがひるんだ隙に、優しく身体を離す。

 

「ほら。寒いし、中に入ってよ」

 

 私はミラを家に招き入れる。

 

 初冬の夜中に、玄関で立ち話はさせたくないからね。

 

「先輩はずるい人です。こっちの気も知らずに」

 

 不満げにつぶやきながらも、ミラは部屋に入ってくれた。

 

 小さなワンルームだけど、きれいに整頓された愛しのマイホーム。

 

 ミラをベッドに座らせ、私は向かいの椅子に腰掛ける。

 

 さーて。何から話すべきか。ここは定番の昔話からかな?




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