「ふふ、わざわざ魔力を放出して魔物を狂わせた甲斐があったわ。まんまと釣られてくるんだもの。おかげで王都まで攫いに行く手間が省けたわ」
やっぱりそうだ。
私のせいでこんなことが起きたんだ。
町に活気がないのも、ギルドが苦しんでいるのも、みんなが心配しているのも、全部私のせいだ。
知らず知らずのうちに事件を引き起こしてしまった自分が嫌になる。
みんなに迷惑を掛けて申し訳ない。
自分が目当てだったなんて露程も思わずに軽々しく戻ってくるなんてミラに約束した自分が情けない。
そんな風に自分を責めながらも、私に会うためだけに躊躇なく異変を起こした魔王のイカれ具合に私は戦慄した。
彼女にとって、世の中の混乱なんて取るに足らないことなのだろう。
「あなたは妾のものになるために生まれてきたのよ? よかったね。これからはずっと一緒だよ」
私の頬を撫でながら諭すようにおかしなことを言われる。
私の肌を這う指は柔らかく、冷たかった。
「あら? うれしすぎて言葉も出ないの? ふふ、妾もうれしいわよ」
こいつは化け物だ。
正真正銘の。
そんな存在が、私を手に入れようとしている。
事の重大さに、私は正直内心ちびりそうだ。
無意識に私は魔王の言葉に頷きそうになる。
しかし、私は拒まなければならない。
私の帰りを待ってくれている人たちがいるから。
だから、私はここで強く言い返してやるっ!
魔王の言いなりになんてならない!
「......だ」
「何? 聞き取れなかったわ}
「......だ、だ、誰が、お、お前なんかに......!」
へっ! 言ってやったぜ。
私だってやるときはやるんだ!
「......へぇ。逆らっていいんだ?」
しかし、そう浮かれたのも束の間。
周りの気温が急激に下がってものすごい圧がかかる。
顔を逸らそうにもガッチリ固定されているせいでできない。
「まぁ、いいわ。どうせ未来は変わらないもの。その反抗的な態度、後悔させてあげるから」
怖い。
既に後悔している。
頭の中で警鐘がけたたましく鳴り響き、今度こそ私は本当にちびりそうになった。
「ああ、大丈夫大丈夫。ちょっと痛い目見るだけだから」
そんな私の焦りを知ってか知らずか、魔王はそう言って怪しい笑みを浮かべる。
何も大丈夫じゃないが!?
やばい、逃げないと。
この人から。
今すぐに。
「さぁ覚悟してね。恋の魔法よ。従順になーれ」
おかしな呪文とともに魔王はようやく私の顔から手を離し、両手でなぜかハートマークを作った。
今だっ!
魔王が魔法を発動しようとした刹那、私は懐にしまった転移魔法のスクロールに触れる。
すると、景色が一転して先ほどまでいた陰湿な森に変わる。
魔王の気配を感じたとき、私は万が一に備えて逃げ道を確保していた。
これも、Aランク冒険者の心得の一つだ。
さぁ、今のうちに逃げないと。
できるだけ遠くに。
そう思った直後、背後から津波のような怒気が押し寄せてきた。
慌てて私は無我夢中に走り出し、必死に足を動かした。
怖い。
死にたくない。
「エーミーリー!」
ものすごい轟音で反射的に背後を振り返ると、魔王は木々をなぎ倒しながら空を飛んで私を追いかけていた。
そんなの、反則じゃん......。
どうやら魔王に人間のルールは適応されないらしい。
しばらく走り続けたが、これは逃げられないみたいだ。
腹をくくって戦うしかない。
観念した私は立ち止まり、息を整えた。
やがて魔王が追い付くと、私はゆっくりと振り返って、息一つ切らしていない魔王と対峙する。
「あら、お仕置きを受ける準備を整えたのね。いい心がけよ」
目がまったく笑っていない魔王はそう言いながら、乱れた衣服を優雅に整えている。
ふん!
先手必勝!
攻撃するなら、慢心している今だ!
「『ファイヤーボール』!」
余裕を見せつける魔王に対して、私は特大の火の玉をお見舞いした。
新しい杖によって魔法の出力は底上げされている。
そのおかげで、いつもに比べて『ファイヤーボール』は大きく、勢いよく飛んでいる。
しかし、魔王がまるで煩わしい虫を追い払うように軽く手で払っただけで、私の火の玉はあっさりと掻き消された。
その姿に呆然し、私は戦意を失ってしまった。
「......まだ抵抗する気なの? まぁいいわ。妾は寛大よ」
そう言って両手を広げる魔王。
どこからでも掛かってこいってことか。
しかし、悲しいことに私には魔王に勝てるビジョンがまったく浮かばない。
あまりにも想定外だ。
まさか最初から私にロックオンしていて、向こうから接触してくるとは。
何も準備していない。
そもそも小細工は通用しないし、弱点も存在しないだろう。
絶望的までに彼我の実力が違う。
「あら、来ないのね。じゃ、今度こそ覚悟してね」
拍子抜けしたように魔王は言う。
こっちは絶望して動けずにいるというのに。
魔王は手をかざすと、詠唱もせずに私を取り囲むように魔法陣が展開され、そこから伸びてきた紫色の鎖によって拘束される。
「痛かったら言ってねー」
そう言われた直後、全身を激痛が走った。
内側から身が引き裂かれているようだ。
一体何の魔法だこれは。
「あ、ああああああああ!」
明らかに痛がっている素振りを見せても、魔王は魔法を止めてくれない。
絶え間なく、痛みが身体を襲う。
呼吸ができない。
そのうち、涙も声も枯れてしまった。
それでも、一瞬たりとも気絶させてくれない。
絶え間なく、私は苦しみ続けた。
どれぐらい経ったのだろうか。
須臾のようにも感じるし、永遠のようにも感じる。
ようやく魔法を止めた魔王は、ぐったりしている私に歩み寄る。
「これで抵抗がどれほど愚かなことか分かったわね?」
無反応の私に向かって、魔王は言葉を続けた。
ぼんやりしているはずの頭に、なぜか魔王の言葉はスッと入ってくる。
「じゃ、頑張ったエミリーちゃんにはご褒美を上げないとね」
そう言って魔王は何かを召喚し、さらに私に近づいてくる。
ガチャリ。
ついに目と鼻の先まで来たかと思えば、そんな音とともに私は首に異物を感じた。
「うふふ、思った通りによく似合ってるわ。エミリーちゃんのために作った首輪よ」
......首輪?
その言葉に困惑していると、今度は首だけじゃなくて全身から違和感を覚える。
「この首輪は妾たちの絆の証よ。あなたの魔力と同化して、あなたの身体の一部になる。永遠に外れることはないわ」
絆の証じゃなくて、従属の証だろ。
いよいよ魔王のものにされたと感じた私は、心の中で自嘲した。
ああ。
私は、どれほど愚かだったのか。
魔王とはこうも残忍な存在だったのか。
それを知ろうともせずに魔王を名乗り、さらに本物の魔王が現れたからといって軽い気持ちで探しに行くなんて。
あんなに引き留められていたのに、自分から死地に飛び込むなんて。
とんだ大バカ者だな、私は。