これはすべて、自業自得だ。
弱いくせに出しゃばった、自分の軽率な行動によって引き寄せられた災いだ。
救いなどない。
「......み、見逃して、ください......。お願い、します......」
そんな弱者にできることは、みっともなく命乞いをすることだけだ。
「嫌よ。せっかく会えたもの」
それすらも、強者に一蹴されるだけだけど。
まったく、私はなんて無力なんだ。
一体何を勘違いしていたんだ。
「そもそも何でそんなに嫌がるの? 妾のものになれば一生安泰よ? そんなに今の生活が好きなの?」
心底不思議そうに魔王は問いかける。
そんな魔王の態度に対して、私はネガティブな気持ちを忘れて怒りがふつふつとこみ上げてくるのを感じた。
当たり前だ!
アンナさんがいて、ルーカスがいて、ミラがいて、ギルドのみんながいて、あんまり会えてないけどパパとママだっている。
好きに決まってるだろ!
声が出ない私は、そんな思いを代わりに目で訴えかけた。
「ふーん強情ね。でも気づいてないみたいね。自分の本心に」
私の涙の跡を指でなぞりながらおかしなことを言い始めた魔王。
私の本心?
「あなたは何で魔王を名乗るの? 世界を変えるため? 希望を与えるため? 違う。それは全部後付け」
奏でるように、魔王は演説をする。
その声を聞いているとなぜか頭がふわふわとしてくる。
「あなたはただ現状に飽き飽きしていただけ。繰り返される毎日、変わらぬ毎日。そんな味気ない現状を彩るスパイスだったのよ、あなたのごっこ遊びは」
違う!
そんなことはない!
私は、こんな日常が大好きだ!
あたかも私の本心を暴いたかのように話す魔王に対して私はそう叫びたかった。
しかし、ぐったりしている身体では声を出すことすら叶わない。
「世のため人のためと言いつつ、結局は自分のため。よくあることね」
あざ笑うように身勝手な魔王は好き放題言い続ける。
随分な言いようだが、弱者には反論する権利はおろか、発言をする権利すら与えられない。
「実際、あなたは魔王になりたいの? それとも一流の冒険者になりたいの? どっちつかずだったじゃない」
っ!? それは......。
続けて発せられた言葉を聞いて、冷水を浴びせられたかのように私は一気に覚醒した。
心に内に抱えていたモヤモヤを言い当てられたからだ。
先ほどまで燻っていた反抗心が一気に削ぎ落され、魔王の主張が信憑性を帯びてきた。
「あなたは魔王でも冒険者でも良かった。ただ刺激が欲しかっただけ」
......刺激?
私が?
魔王の言葉が全部正しかったら?
全部私が無自覚に抱えていた思いだったら?
「たまたま黒歴史ノートを持っていた。たまたま勇者が身近にいた。あなたのごっこ遊びはそんな偶然によってもたされた安い刺激でしかないのよ」
至近距離で見つめられる。
怪しく光る赤い瞳から目が離せない。
「刺激なら、妾がいくらでも与えてあげる。ごっこ遊びなんかじゃない、本物の刺激を。退屈なんてさせないわ」
本物の、刺激......。
「これはエミリーちゃんのためなんだよ? さぁ、妾についてきなさい」
そう演説を締めくくった魔王に、顎を優しく持ち上げられる。
気づけば、あの恐ろしい双眸には慈愛の色が浮かんでいた。
ああ、この人は、恐ろしいだけじゃない。
この人についていけば私は......。
この先に、見知らぬ景色が待っている。
新しい世界が眠っている。
魔王の手を取れば、きっとそこに連れて行ってくれる。
......それでも。
「......こ、ことわ、る」
「ふーん。まだ断るんだ」
「......かえら、ないと......」
私は必死に拒絶の言葉を紡ぐ。
私の帰りを待ってくれている人がいる以上、私は絶対に帰る。
私を思ってくれている人は、絶対に裏切らない。
失望も絶望もさせてやらない。
弱々しい声で、私はそんな強い覚悟を魔王に示した。
それを聞いて、魔王は何かに納得したように頷いた。
「ふふふ、いいわ。いくらでも逃げなさい。現実から目を逸らして自分を騙しなさい」
私の拒絶を聞いても、なぜか魔王は先ほどのように激怒はしなかった。
むしろ喜んでいるようだ。
「でも、いつかは気づくはずよ。自分の居場所は、妾のところにしかないことに」
獲物を前にした猛獣のように、魔王は口角を吊り上げる。
「今日のところは、これぐらいで許してあげる。よく休んで、よく考えてね」
そう言って魔王は鎖を消し、支えを失った私は地面に落下する。
どうやらこのまま見逃してくれるらしい。
それなのに、やっと逃げられるのに、身体に力が入らない。
そんな身体に四苦八苦しながらも、うつ伏せのまま私は立ち上がろうともがく。
「はやく......はやく」
「可哀想に、本気で逃げられると思っているのね。妾に目を付けられた時点で運命は決定づけられたというのに。逃げ場などどこにもないわ」
楽しそうに魔王は言う。
こっちは必死だというのに。
「いっぱいもがいて、いっぱい苦しんでね。でも、忘れないで。あなたは妾のものになる運命にあるの。どこにいても何をしても、運命はあなたを妾に引き寄せるわ」
そんなふざけたこと、あってたまるか。
そう返したかったが、魔王が言うと妙に信憑性を感じる。
気を抜くと彼女の世界に引き込まれそうになる。
それほど、魔王は圧倒的なカリスマ性をその身に纏っていた。
「ああ、そういえばまだ自己紹介をしていなかったわね。妾はイルザ=フォン=ドーエス、あなたの主人にして世界最強の魔王よ」
その名乗りに思わず地に伏したまま見上げた私に対して、魔王は不敵な笑みを浮かべて軽くカーテシーをする。
その洗練された動きに一切の淀みはなく、実に優雅で様になっていた。
「じゃあね。また会おうね」
そう言って、魔王は目前から忽然と消える。
規格外すぎる天災は過ぎ去った。大きすぎる爪痕を残して。
以上、本物の魔王と自称魔王の邂逅でした!
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