【完結】自称魔王ちゃんのごっこ遊び   作:千歳ふい

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旅から帰還する女の子っていいよね


第19話

 たっぷり休んだのち、私はようやく立ち上がれるようになった。

 

 森は相も変わらず陰湿で不気味だ。

 早くここから離れたい。

 

 そんな思いとは裏腹に、帰路に就く私の足取りは重い。

 意識は朦朧としたままで、どこか現実味がない。

 

 私は今まで一体何をしていたのだろうか。

 

 刺激を求めていただけなのか。

 自覚していなかっただけで、私はそんな安っぽい生き方をしてきたのか。

 

 そうなのかもしれない。

 実際、魔王の言葉はすごく腑に落ちた。

 

 多くの人にお世話になってきた。

 今も多くの人に支えられている。

 

 それなのに、私はそれを全部味気ないと内心では思っていたのだろうか。

 

 ルーカスと接触したのも、ただ身勝手な欲望を満たすためだっただろうか。

 

 私は、クズだ。

 

 おぼつかない足取りを、寒風が吹き抜ける。

 

 どれほど歩いたのか。

 とんでもない距離を歩いた気もするし、ちっとも進んでいない気もする。

 

 王都に戻ったところで、私はどうなるのか。

 どう付き合っていけばいいのか。

 

 みんなの温かい気遣いを突っぱねてきた私に居場所はあるのか。

 

 尽きぬ疑問が心を蝕み、ついには足が竦んでしまう。

 

 ああ、このままいなくなってしまいたい。

 

「エミリー」

 

 唐突に、私の名を呼ぶ声がした。

 今、とても聞きたくて、聞きたくない声だ。

 

「エミリー!」

 

 無反応の私を再度、呼びかける声。

 

 ああ、あなたは優しい。

 刺激を求めて近づいた私にはふさわしくない程に......。

 

「エミリー、どうした!? 何があった!」

 

 ぼんやりとしていた視界の焦点を合わせると、そこには何やら焦った様子のルーカスがいた。

 

 こんな私を、心配してくれているのか?

 本当の私を知ったら、失望するのだろうか。

 

「その首輪が何かやってるのか!? 明らかにやばい代物だぞ?」

 

 ......へっ? 首輪?

 

 その言葉を何度か反芻したが、やがて意味を理解すると顔から一気に血の気が引いた。

 

「あ、、あああ、あああああああ!」

 

 首輪を見られた!?

 このペットが付けるような首輪を!?

 

「どうした!? やっぱりどこか痛いのか!?」

 

 ちげーよ! 恥ずかしいんだよ見られるのが!

 

 どうしようもなくなって私は両手で顔を隠してうずくまった。

 ついさっきまでのネガティブな気持ちが羞恥に塗り替えられて、虚ろだった心を満たしていく。

 

 現実に引き戻してくれたのはうれしいけど、これはこれで嫌だな......。

 

「うん? 何で......?」

 

 突然奇声を上げてうずくまった私にルーカスは困惑して考え込んだ。

 

 そんなに分かりにくいのかなぁ......?

 

「......もしかして、恥ずかしいだけなのか?」

 

 そうだよ!

 恥ずかしがって悪いか!

 

 内心ではやけくそになりながらも、私は顔を隠したまま私は小さく頷く。

 

「よかった......」

 

 それを見たルーカスは心底安心したように胸をなでおろした。

 

 ......私って、ルーカスにとってそれほど重要な存在だったのか。

 それほど、私の安否を気にしてくれているのか。

 

 ルーカスの反応に、私はこそばゆいような、心が温まるような気持ちを覚える。

 

 私を大事にしてくれている人がいる。

 私を必要としている人がいる。

 

 私の居場所は、そんな人たちのもとにある。

 

 ならば。

 

「......ありがとう。私はもう大丈夫よ」

 

 そう言って私は立ち上がって笑みを作る。

 

 もう、心配はかけさせない。

 

「それより、ルーカスはどうしてここにいるの?」

 

 周りを見渡してみると、まだ森の中にいるみたいだ。

 

 ......やはり、全然進んでいなかったのか。

 

「......俺は魔王を追っていた」

 

 まだ何か言いたそうだったが、ルーカスは私が振った話題に乗ってくれた。

 

「エミリーは魔王に会ったのか?」

「うん、会ったよ。でも、話が終わったらすぐに消えちゃった」

「消えた? 転移魔法か......? いや、でも......」

 

 ルーカスは考え込む。

 

 あのふざけた転移は間違いなく高度な魔法だ。

 あれを息を吸うように発動した魔王の実力は計り知れない。

 

「まぁ、とにかく、私はもう帰るよ。用は済ませたし」

 

 努めて明るい声で話したが、まだ若干声が震えている。

 

 これからのこともまだ全然分からない。

 不安で仕方がない。

 

 でも、帰らないと。

 私を心配してくれている人たちのもとへ。

 

「......おう。気を付けて帰れよ」

 

 まだ心配してくれているのだろうか。

 ルーカスはどこか不安そうに私を見ていた。

 

 それでも、やがてルーカスは私に別れを告げ、引き続き魔王を追い続けた。

 

 これでいい。

 これでいいんだ。

 

 もう、誰にも心配はかけさせない。

 

 遠ざかっていくルーカスに背を向けて、私は歩き出す。

 

 私は、変わるんだ!

 

 ......でもその前に、どうにかこの首輪を隠したいぃ......。

 

☆★☆★☆

 

 店員から奇異の眼差しを向けられながら購入したマフラーを首に巻いて、私は王都に帰還した。

 

 およそ二週間ぶりの王都。

 その間に異変は収まり、活気を取り戻しつつある慣れ親しんだ街並みを歩く。

 

 魔王もう目的を果たしているし、これ以上魔物を狂わせる必要もないのだろう。

 

 はぁ......。

 目的、ねぇ。

 

 出るときはどこかワクワクしていたのに、帰ってきた私の心中は憂鬱に染まり切っている。

 

 とぼとぼと歩く王都の街並みは昔のようににぎやかだ。

 

 何も変わっていない。

 そう、何も変わっていない。

 

 王都の街並みも、そこに暮らす人々も。

 そして、私も。

 

 明るい一面も、暗い一面も、ひと思いな一面も、身勝手な一面も、すべて私だ。

 

 もともと内包していた一面を、魔王に指摘されただけ。

 ずっと目を逸らしてきた醜い一面を、暴かれただけ。

 

 私は、何も変わっていない。

 

 ただ帰るべき家を目指して私は歩き続けた。

 

 弱り切った私を慰めてほしい。

 頼りない私を支えてほしい。

 

 そして、ダメな私を、罰してほしい。

 

 そんなことができるのは、私を思ってくれている家族だけだ。

 

 そんな大切な家族には隠し事なんてしたくないし、ありのままの私を知ってほしい。

 

 一方で、やはり知られたくないと思ってしまう。

 家族には、一番良い一面しか見せたくない。

 

 こうした相反する思いを胸に秘めながらも、私は歩みを止めなかった。

 

 そんなことより、無性に会いたかったからだ。

 私を愛してくれる家族に。

 

 やがて、私はグルグルする思考を頭の端に追いやり、無理やり明るい雰囲気を出す。

 

 もう、ギルドに着いたのだから。

 

――ただいま。

 

 優しく扉を開け、静かに入る。

 今日も、温かい我が第二の家が迎えてくれる。

 

 様々な個性を持つ、様々な人たちが寄り集まる冒険者ギルド。

 

 そんな愛おしいギルドに包まれながら、私は自然とアンナさんのいる二階に向かった。

 

 どこか安心感を与えてくれるギルド長の執務室には優しい陽だまりが差し込んでいて、口を開くのが億劫になっていた私の背中を押してくれる。

 

「た、ただいま、アンナさん」

「うん? どうしたんだお前」

 

 手を止めてこちらを見るアンナさんは、私の悄然とした態度を怪訝に思いながらも落ち着いて問いかけてきた。

 

 本当なら黙って魔王を探しに行った自分を、死ぬほど心配しているだろうに。

 きっと私に気を遣ってくれたのだろう。

 

 ああ。

 やはり、私の居場所は、彼女のところに......。

 

 これまで一緒に過ごしてきた記憶の断片が脳裏をちらつく。

 

 私にとってギルドの誰もが家族のようなものだが、アンナさんは特別だ。

 

 彼女は私のすべてを受け止めてくれる。

 いつも私を優しくも厳しく導いてくれる。

 

「どうしたんだそのマフラー。まぁ似合ってるけど」

 

 もう我慢などできない。

 私はなんて弱い人間なのだろう。

 

 無意識に込み上げてくる涙をこらえながら、私はアンナさんに向かってダイブする。

 

「ああ! 本当にどうしたんだお前って、あれ? なんか硬いぞ?」

 

 いきなりハグを強要してくる私をアンナさんは戸惑いつつも抱きしめ返してくれる。

 

 しかし、早速バレてしまったか、この首輪......。

 

「あのね。アンナさん。私、魔王に会ったの。とても怖くて、もう私は私ではいられなくなってしまうのかと思った」

 

 そう言ってマフラーを外す。

 

「っ!?」

「私は危うく彼女のものになりかけたし、今も彼女の言葉に囚われている」

 

 すべてを見透かしたように、ずけずけと深層を暴かれた私の心はもうボロボロだ。

 

「でも、やっぱり私は私だ。そこは何があっても変わらない」

 

 要領を得ない私の話を聞いて、さらに私の魔力と一体化した首輪を見て、アンナさんは青ざめていた。

 

 私を真摯な目で見て、恐る恐る口を開いた。

 

「......一体、何があったんだ?」

 

 そんなアンナさんに向かって、私は事の顛末を具に語る。

 

 途中で言葉に詰まったり泣き出したりしたが、アンナさんは優しく私の背中をさすって落ち着かせてくれた。

 

 久しぶりに座ったアンナさんの太ももは相変わらず暖かかった。




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