気が付いたらシチューを完食していてミラはほくほく顔だ。
うーん、やっぱり何か納得できない。
「そういえば、エミリーさんはもう魔王ごっこをやらないのですか?」
「えっ?」
私の顔を眺めながら、ミラは唐突にそんな聞いてきた。
まったく、何を聞いているんだ。
やらないに決まっているでしょ。
そもそも退屈だったから魔王ごっこを再開したんだ。
生活が慌ただしくなった今、魔王ごっこをやる意味なんてないよ。
しかし、私がそう答えると、ミラはどこか寂しそうに言葉を続けた。
「本当は、みんな楽しんでいましたよ。何だか子供が頑張って背伸びしている感じで微笑ましいのです」
「......別に子供じゃなんだし、恥ずかしいし......」
拗ねたように言う私を見て、ミラはまた顔をほころばせる。
でも、今までの暖かい笑顔とは違って、どこかやるせない笑顔だった。
「こういう状況だからこそ、みんなは不安を消し飛ばす大魔王の出現を期待しているのかもしれませんよ」
「不安......?」
「本当はみんな、不安ですよ。魔王の存在が。常識的に考えて、こんな一般人に毛が生えた程度の集団が魔王と戦えるわけがありませんし」
確かに......。
あの反則級に強い魔王に対して、私たちが何人集まっても意味がない気がする。
「実際、私たちより強いAランク冒険者のエミリーさんだって手も足も出なかったんですよね。なら私たちではなおさら勝負になりませんよ」
うっ。おっしゃる通りです。
手も足も出なかったAランク冒険者です......。
落ち込んでうつむいていると、いつの間に隣に来たミラに頭を撫でられた。
ねぇ、何か立場逆じゃない......?
「それにエミリーさんのことだけじゃない。二十年間不在だった魔王が突如現れたのです。それも、どう考えても人格者じゃない魔王が。この世界は、これからどうなっていくのかみんな不安ですよ」
魔王は一体何が目的なのだろうか。
私を手に入れるために動いたとは言っていたけど、手に入れたあとは何をするつもりなのかな。
「でも、きっとルーカスが何とかしてくれるはず......」
「確かにそうです。でも、勇者さま一人では限度があります。実際、魔王を探しに行ったきり戻ってきませんし」
ルーカスは魔王に会いに行くって言っていた。
私が魔王と遭遇した平野のすぐ近くまで来ていたし、状況的に考えると会えたのだろう。
もしかしたらちょっと戦ったのかもしれない。
しかし、本当に会えたのだろうか。
転移魔法を操る神出鬼没の魔王に会うのは簡単ではない。
実際、ルーカスは未だに帰ってきていないし、魔王の目撃情報も上がっていない。
それに、あの魔王が私を見逃してくれたのは、あくまでも余裕を見せつけるためであって諦めたわけではない。
ルーカスに倒されていなければ、いずれきっと王都にやってくるはずだ。
色々不透明だけど、楽観視できる状況ではないことだけははっきりしている。
しかし、常識的に考えて、魔王と張り合えるのは勇者であるルーカスだけだ。
私たちがいくら心配したところで何も変わらない。
だから、私たちはこうして肩を寄せ合ってルーカスの帰還を待つだけでいい。
でも、万が一ルーカスが帰ってこなかったら。
ルーカスより先に魔王が王都に来たら。
そのときは阿鼻叫喚だろう。
仮に王都の住民には手を出さなくとも、私を守ろうとするギルドのみんなはどうなるの?
......このままじゃ嫌だ。
私は、守ってもらうだけの存在ではいたくない。
そもそも、私はAランク冒険者だぞ?
私より強い人、そんなにいないよ?
むしろ私がみんなを守る立場じゃん。
「だから、ちょっとはっちゃけてもいいですよ」
ミラは優しい笑顔で私を撫で続ける。
でも、その笑顔も、その手つきも、切なく感じる。
その優しい瞳は、頼りなく揺れている。
頭を殴られたような気がした。
そうだよな。
当たり前だよな。
みんな、不安だよね。
非日常に浮かれていたけど、その非日常の裏には当然こういう危機が存在している。
それなのに、私はどうしていた?
数少ないAランク冒険者である私は何をしていた?
自問自答を繰り返したのち、私は覚悟を決めた。
私を撫でていたミラの手を両手で掴んで、私は立ち上がる。
驚くミラを尻目に、私は笑みを浮かべて胸を張った。
「そんな顔をするな、ミラ。魔王なぞおそるるに足りんわ。この大魔王、エミリー=チューニがいるからな!」
私は、何をやっていたのだろう。
魔王を名乗っていたのに、Aランク冒険者になって調子に乗っていたのに、いざ魔王が出現するとおめおめと逃げ隠れて守ってもらう。
それも、自分よりも弱い人たちに。
なんて情けないんだ。
「エミリーさん......!」
私が、なんとかしないと。
そもそも私が魔王ごっこを再開したから。
勇者であるルーカスに近づいたから。
私が特別になろうとしたから魔王に目を付けられたんだ。
だから、これは自分で蒔いた種だ。
その皺寄せを、みんなが被っている。
「フハハハハ、げほっ、げほっ。うん。魔王なんて糞くらえ!」
私が、魔王を恐れるわけにはいかない。
私が、けじめを付けなければならない。
私が、魔王をやっつけなければならない。
「エミリーさん! かわいい!」
......とりあえずかわいいって言うのをやめてくれよ。
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