「やはりえみりんよりエミィちゃんの方がいいんですか?」
「知らねぇよ! そんなことより離せ!」
私が覚悟を決めてから、ギルドは一致団結して魔王への戦いに備えていった、とは残念ながらならなかった。
というのも、どうにも周りが付いてこないからだ。
どうやらミラは私を元気づけたかっただけで、別に戦ってほしいわけではなかったらしい。
それよりも危険な目にあってほしくないようだ。
そんな過保護な意見はギルド内で主流となり、勇者さまを待とうと何度も説得された。
大人しくしていてくれと何度も懇願された。
みんな私のために言っているのは分かる。
そんな思いを私は踏みにじっていることも。
それでも、私は止まらない。
自分の未熟さを知ったから。自分の無責任さを感じたから。
ここで甘えるわけにはいかない。
「だめです。離したらバカな事しますよね。それよりほら、あだ名を決めましょう」
ミラによるしつこいまでのあだ名話。
私の行動だけではなく、思考まで制限する魂胆か。
「どうでもいいから! 別にエミリーでいいだろ!」
私に魔王ごっこを勧めたミラは余計に責任を感じているようだ。
私を魔王との戦いに焚きつけたと。
だから、こうして一日中抱き着いて行動を制限してくるし、関係ない話題を振って私の気を逸らそうとする。
ふと目を離した隙に私が攫われないように。
私が出ていかないように。
......私に抱き着く大義名分を得られたことを有効活用しているだけなのかもしれないけど。
「ほら離してやれ! 嫌がってるだろ? それよりこっちで遊びたいよな?」
「ちょっとミラ! そこ代わって!」
うぅ、どこにも味方がいないぃ。
どうにかこの状況を打破せねば......。
そうだ。
まずは会話を誘導しないと。
しょうもない無駄話から戦闘の備えへと。
「ねぇ、そういえば私の杖は?」
「へし折って捨てました」
へ?
へし折った?
「だってエミリーさんにはそんなもの必要ありませんね。魔王と戦いませんし」
......さすがに冗談だよね。
それ両親からのプレゼントだよ?
「冗談じゃないですよ。魔王の件が終わったら新しいのを買ってあげますから今は我慢してください」
えっ?
子供を諭すように言ってるけど、結構やばいこと言ってるよね。
といか君そもそもそんな金ないよね。
あああ!
これはもう八方塞がりなのでは......?
「いい加減にしろミラ!」
「ぐぎゃっ」
私がいよいよ諦めかけたとき、突如助け舟が出された。
頭をチョップされて後ろに倒れるミラ。
その背後には、呆れたババアがいた。
「まったく、過保護もここまで来たら病気だぞ......」
ため息をついてから、ババアは私に向き直る。
いや、過保護はお前もだぞ。
うまく隠している気でいるみたいだけど、ババアがエミリーちゃん保護条例に関与してないわけないじゃん。
「それで、エミリー。お前は何で魔王と戦いたいんだ?」
自分のことを棚に上げて、ババアは真っすぐ私の目を見る。
嘘や誤魔化しはおろか、一切の茶化しすらも許さないと言わんばかりに。
「わ、私は責任を取りたい。魔王とけじめをつけたい」
「そんなお前をみんな心配していると知っていてもか?」
うっ。
それは......。
私の気持ちを知っているだろうに、ババアはわざと意地悪な質問をしてくる。
そんなババアに痛いところを突かれて、私は言葉に困って思わず下を向いてしまう。
「魔王は十中八九、勇者がどうにかする。お前は大人しくしていれば事が済むんだ」
それは分かっている。
頭では分かっている。
万が一に備えてなどともっともらしいことを言っているが、それも所詮は自己満足。
自分のエゴのために、私は再びミラをはじめ、みんなの気持ちを蔑ろにしている。
「それに、今のところ魔王の目的はお前だ。自分から魔王に会いに行くなんて、飛んで火に入る夏の虫だ」
ぐぅの音も出ない程のド正論をぶつけられた。
私は、やっぱりバカだな。
「......ちゃんと分かっている。全部無駄なのも、無謀なのも」
うつむいていた顔を上げて、言葉をしっかりと紡いでいく。
ここが正念場だ。
私の思いを、ちゃんと伝えないと。
「みんなには申し訳ないと思っている。それでも、ここで動かないと、だめな気がする。ここで甘えてしまうと、私は私じゃいられなくなる。この先、どんな危機が訪れても他人を頼ってしまう」
私は自立した大人になりたい。
一流の冒険者を目指したのも、頼りになる受付嬢になりたかったのも、憧れの先輩でいたかったのも、全部自立した大人になるためだった。
そんな目標を、この大事な場面で曲げたくなかった。
「だから、私は魔王としっかり向き合いたい。こんなバカでごめんなさい。頑固でごめんなさい。それでも、どうか、許してください。お願いします」
そう言って私は深々と頭を下げる。
この胸は、申し訳なさでいっぱいだ。
もう言うべきことは言った。
あとは返事を待つだけだ。
「......ああまったくだ。帰ったらしっかりと再教育してやるからな」
え?
それって......?
「ミラ、エミリーの杖を返してやれ」
うまくいった!
よかったー!
しかし、そう喜んだのも束の間、息苦しい沈黙がギルド内を包んだ。
ババアの言葉を受けても、ミラが動かないからだ。
ミラ?
「......もう捨てました」
「ミラ」
「嫌です! これでエミリーさんが帰ってこなかったらどうするのですか? そう考えるともう......」
そう言って泣き崩れるミラ。
見渡すと、罰の悪そうな顔をする人たちがちらほらいる。
恐らくミラと同意見なのだろう。
私はまた、自分に向けられた心配を軽く見ていたようだ。
なんて情けない。
反省しながらも、私はしゃがみ込んで嗚咽するミラの両肩に手を置く。
「ミラ。私は帰ってきます。必ず」
「そんなの分かんないでしょ!」
「いいえ。必ず帰ります。だって、私は大魔王、エミリー=チューニですから」
私が魔王ごっこをやる意義は、きっと世直しのためでもなく、退屈を紛らわすためでもないのだろう。
こうして私を心配してくれる優しい人たちを、安心させるためだ。
「何を言ってるのよ、このバカ......!」
「今度は失望させない。魔王は、約束を違えない」
前回、私はミラの制止を振り切って魔王を探しに行った。
それと同じことを、私は今繰り返している。
しかし、前回と今回では一つ大きな相違点がある。
私が魔王を名乗っているか否か、ではなく、私が戦いの準備を予めできるか否かだ。
しっかりと準備をして舞台を整え、余裕をもって魔王を迎え撃つ。
そうすることができれば、弱い私にも勝機はある。ルーカスを川に落としたときみたいに。
弱者には弱者の戦い方がある。
それを魔王に思い知らせてやるだけだ。
「まぁ、みなさんはここで待っていてください。すぐ終わらせてきますから」
立ち上がり、あたりを見渡しながら私は明るい口調で話す。
普通ならビッグマウスで片づけられる言葉を口にしても、みんないつものように優しく私を見守ってくれている。
ああ、やっぱりギルドが大好きだ。