人魔大戦。
それは誰もが知るこの世の暗い歴史だ。
かつてヒト族と魔族は種の生存をかけて血で血を洗う戦争を繰り返していたという。
今では神話のようなものになっているが、各地でその痕跡が残っているかられっきとした歴史だ。
そんな戦争は千年前に終結した。
偉大な勇者や魔王によって。
それから種族は融和して、ヒト族も魔族も同じ人類として手を取り合うようになった。
だから、勇者と魔王はもう必要ないのかもしれない。
むしろ勇者と魔王の存在は種族融和の理念とは相反する。
これまでは気にしたこともなかったが、言われてみれば確かに不思議だ。
何か理由があるのだろうか。
「それは、この世界の理だからだ」
は?
何それ。
浮かんできた疑問を解消するために魔王の口から放たれたその一言は、あまりにもあっけなく、軽かった。
「ヒト族がいて、魔族がいて、勇者がいて、魔王がいる。そういう風にこの世界は作られている。だからね、勇者も魔王も、自分で名乗っても意味がないのよ」
いまいち話を飲み込めていない私に対して、魔王は幼子を諭すような口調に切り替わった。
「世界に選ばれた魔王が本物。他はみーんな、微笑ましいごっこ遊びよ」
馬鹿げた話なのに、ルーカスが先ほどから一言も発しない。
その沈黙こそが、魔王の話に信憑性を持たせる。
......何それ。
理不尽だ。
「で、でも、何で誰もそれを知らないの?」
「理不尽だからよ。いくら人々が融和しようと努力しても、この世界は人類を二つに分けてしまう。だから、種族融和に尽力した当時の勇者と魔王は魔法で人々の記憶に封印を施したの。理不尽な現実に蓋をして、夢と希望、を後世に残してね」
スケールの違いすぎる話を次々に暴露した魔王は、特に夢と希望のフレーズを吐き出すように言った。
何でだろう?
もしかして何か特別な言葉なのか?
それにしても、そうか。
記憶の封印か。
王立図書館ですら勇者に関してろくな情報を得られなかったわけだ。
「勇者と魔王に選ばれた者は、その記憶の封印が解かれる。それとともに平和を願った勇者や魔王の意思が受け継がれ、平和が続いていく。二度とヒト族と魔族で戦争が起きないようにね」
流れるようにスラスラと魔王は話す。
この話を、何度も考えてきたのだろうか。
「戦争を終わらせた勇者と魔王が残した夢と希望を、我々は千年もの間受け継いできたの」
そう話す魔王は、確かに歴史の重みを感じさせるような声をしていた。
それに呼応するように深淵を感じさせる深い瞳が寂しげに煌めく。
「ね。驚いたでしょう。この世界は深い悲しみと憎しみの上に成り立っているのよ?」
再び笑みを浮かべる魔王。
その狂気じみた表情に戦慄する。
それはいつもの妖艶な笑みではなく、小馬鹿にした笑みでもなく、この世の理不尽を呪う恐ろしい笑みだった。
「改めて問おう、自称魔王よ。あなたには、数千年の重みを背負う覚悟があるのか? 永遠かと思われた戦乱を終わらせた二人の決意に耐えきれるのか?」
再び尊大な口調に切り替わりながら、無知な赤ん坊をあやすような、バカにするよう声で魔王は問う。
きっと、これが魔王の言いたかった自称魔王と本物の魔王の差だろう。
そして、そうであれば、やはり私には魔王の資質がない。
「ほら、黙ってないで認めたら? 覚悟なんてないってね」
話は終わったと言わんばかりに魔王は私に返答を促す。
しかし、その問いに返答してしまえば、すべてが終わってしまう。
魔王との会話も、私のごっこ遊びも。
ああ、話が急すぎて消化できない。
この世界のことも、魔王の気持ちも、まったく知らなかった。
私が理不尽の権化だと思っていた魔王は、まさかこんな理不尽に直面していたなんて。
「......魔王。その辺でいいだろう」
返答できない私を見かねたルーカスは疲れたように言う。
彼も、この話は知っていたのだろう。
この場で知らなかったのは私だけだ。
「......確かに知らなかった。でも、今知った」
呆れたように嘲笑する魔王を無視して私は言葉を紡ぐ。
「当時の人々の気持ちなんて知らない。でも、だからといって私の気持ちに偽りがあるわけじゃない!」
私が偽物の魔王であっても、私を信じて送り出してくれたみんなを思う気持ちは本物だ。
その気持ちさえあれば、私はいくらでも魔王を名乗ってやる。
「魔王のあり方を規定されるのはおかしい! それこそ理不尽だ!」
理不尽に蓋をするために理不尽を残す。
それはそれでおかしな話だ。
そもそも、世界に認められていないからなんだ。
別に種族に栄光をもたらさなくても、世界を平和に導かなくても、魔王は魔王だ。
別にちょっとしたごっこ遊びで周りの人たちを笑顔にする魔王がいたっていいじゃない。
身近なささやかな幸せを届ける魔王がいたっていいじゃない。
「だから、私は私のなりたい魔王になってみせる!」
言いたいことを言って、私はスッキリした。
しかし、私の言い分を聞いた魔王はうつむいて小刻みに震えていた。
激怒しているのか、拳を固く握って空気を振動させている。
あれ、気に障ることでもあったのか?
「......世の中はそんなに甘くないんだよ!」
ヒステリックにそう叫んだ魔王は両腕を広げて魔法陣を展開した。
その数は、少なくとも二十は超えている。
待って!?
いきなりどうしたの?
いつもの余裕な態度は鳴りを潜め、魔王は感情を爆発させた。
その怒りに呼応するように世界が揺れる。
「妾だって! こんなの! 知らなった!」
無尽蔵とも思える魔力で次々と多種多様な魔法を放ってくる。
色鮮やかな魔法が私めがけて殺到する。
でも、私は不思議と恐れは感じなかった。
冷静に一つ一つ、対処していく。
あれほど強大に見えていた魔王の存在感が、見る見るうちにしぼんでいく。
「でもなってしまった! 知ってしまった!」
視界が広くなっていく。
思考がクリアになっていく。
魔法の軌道が、一つ一つ読めてくる。
「世の中は理不尽だ! 個人の気持ちなんて考えやしない!」
心の奥底に眠る言葉を絞り出すような悲痛な叫び。
それが、魔王の本心だったのだろう。
そんな魔王を見ていると、自然とかけるべき言葉が浮かんでくる。
そのまま、私は口を開く。
「そんなことない。目を凝らせば、この世界は夢と希望に満ち溢れているよ」
「っ!?」
「なっ!?」
その言葉を聞いた途端、ルーカスも魔王も大きく目を見開く。
一切の戦闘は中断され、世界が固まった。
そんな中、私は流れるように溢れ出てくる言葉を紡ぐ。
「胸に夢と希望を宿せば、自然と見つけられる。世の中は、案外いいところだよ」
「エミリー、お前......」
魔王は言葉を失ってわなわなと震えている。
ルーカスも呆然として動かない。
どれほどの時間が経ったのだろう。
固まった世界で魔王は突如、首を横に激しく振り始めた。
数刻後、決意をしたような顔をした魔王の鋭い眼光が私を見抜く。
「魔王、いや、エミリー、あなたの言う通りよ。世の中は、確かに夢と希望にあふれている」
諦観したような、それでいて怒気を孕んだ声で魔王は話す。
その声を聞くと、急に頭が冷えていく。
同時に、なぜか身に覚えのない喪失感を感じる。
「でも、夢と希望は人それぞれよ。誰かに規定されるものではないわ。もちろん、魔王だろうとね」
え?
何を言ってるの?
魔王はお前だよ。
そう言っても魔王は私を意にも介さない。
目を瞑り、深呼吸を始めている。
「......残念ねエミリー。あなたはやっぱり、自称魔王で終わるみたいね。いいえ、自称魔王で終わらせてあげるわ」
瞑想を終えてゆっくりと目を見開く魔王。
その顔は何かをやり遂げたかのような顔で誇らしげだ。
気づけば魔王の存在感が急速に膨れ上がっていく。
それと反比例するように私を倦怠感が襲い、力が抜けて意識が朦朧とし始める。
ついには立ってはいられなくなり私は地面に倒れこんだ。
そんな私を、ルーカスが動く前に魔王が転移してきて受け止めてくれた。
「ごめんね、エミリー。それと、ありがとう」
頭上で、微かにそんな声が聞こえた気がした。
それはとても暖かくて、安心させるような声だった。
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