【完結】自称魔王ちゃんのごっこ遊び   作:千歳ふい

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努力が実って喜ぶ女の子っていいよね


第4話

「『ゲイル』!」

 

 もう一度『ゲイル』を使う。

 しかし、前回と違って今度は自分の足元に向かって放つ。

 

 ふわっと空中に身が投げ出されるが、私は冷静に地面を見下ろす姿勢を取る。

 

 驚く勇者を尻目に、頭の中に叩き込んでおいた魔法スクロールの位置に向かって私は一気に魔力を飛ばした。

 

 埋まっている魔法スクロールは当然、『ウォーターボール』だ。

 

 あちこちから上がる水しぶき。それに踊らされるように勇者。

 すべて華麗に避けていくが、それこそが私の狙いだ。

 

 勇者はどんどん、私の切り札に近づいていく。

 

 水しぶきが止むのに合わせて私は風魔法をもう一度使ってうまく着地した。

 あからさまに不機嫌な勇者と再び対峙し、私は右手を勇者に向ける。

 

「今度は何だ」

「これで終わりだ勇者! 魔王の力をとくと見よ! 初級魔法、『ファイヤーボール』!」

 

 そう宣言した私は十八番である魔法を放つ。

 

 勇者に向かって炎の玉が迫るが、当然勇者は動じない。

 片腕を上げ、薙ぎ払う準備をしている。

 

 そんな余裕綽々な勇者に向かう弾丸は、直前になって――加速した。

 

 これこそが、私の真の隠し玉である。

 

 一度放った魔法を制御することは基本的に不可能だ。

 

 しかし、幼いころより何千何万と『ファイヤーボール』を放ってきた私はいつしか、少しばかり火の玉をコントロールすることができるようになっていた。

 

 とはいえ、魔法を制御できても肝心の火力は変わらないから、普段はあまり役に立たない。

 

 ちょっとした特技でしかない、しょうもない能力だ。

 

 しかし、そんな激よわ能力でもうまく利用すればこの通り。

 

 不意を突かれて後ろによろめいた勇者が、忽然と消える。

 

 直後、川から上がる特大の水しぶき。

 

 それを聞いた私はホッとして、一瞬遅れてから歓喜した。

 

「やったー! 勝った! 勇者に勝った!」

 

 転移魔法。

 

 太古の魔王が開発した魔法であり、唯一魔法陣に触れるだけで発動できる魔法。

 

 私は予め転移魔法のスクロールを地面に設置し、その対となるスクロールは川に沈めておいた。

 

 あとはうまく勇者を誘導して魔法陣を踏ませるだけ。

 

 結果、いけ好かない勇者は川の中。

 

 大勝利だー!

 

 ハハハ、一瞬の油断が仇をなしたな勇者!

 悔しそうに顔を歪ませるずぶ濡れ勇者が楽しみだ。

 

 しかし、その喜びは長くは続かなかった。

 

 天に拳を突き上げてドヤ顔していたら、凄まじい轟音とともにいきなり川の水が吹き飛んだ。

 

 ちょうど私が転移魔法のスクロールを埋めたあたりから。

 

 えっ? そんなのあり?

 まさか、そんなわけないよね。

 

 そう思いたかったが、現実はそんなに甘くなかった。

 全身に水がかかり、遅れてやってきた凄まじい気迫を肌で感じる。

 

 先ほどまで抱いていた甘い妄想は一瞬にして吹き飛び、現実に引き戻される。

 

 やばい、勇者だ。勇者が本気になっちゃった!

 

 川がせき止められた隙に勇者は勢いよく岸辺に上がった。

 距離があるためその表情は確認できないが、きっとカンカンに怒っているのだろう。

 

 まったく規格外だな勇者は。

 わずか数刻とはいえ川の水を吹き飛ばすとは。

 

 それに、川から上がったばかりなのにどういうわけか濡れているようには見えない。

 

 はっ。他人をびしょ濡れにするつもりが逆に自分がびしょ濡れにされただけとは。

 

 自業自得の四文字が脳裏を掠め、口から乾いた笑みが零れる。

 その間にも、勇者は一歩一歩私に近づいてくる。

 

 や、やばいぃ、どうしよう。土下座すれば許してくれるのかなぁ?

 

 中途半端に万歳した間抜けな姿勢のまま、びしょ濡れの私はその場に凍り付く。

 そのままヘビに睨まれたカエルのように私は縮こまり、成す術もなくただ勇者の足音を聞いていた。

 

 サーッと顔から血の気が引いて怖気づくが、そんなことはお構いなしに勇者は一歩ずつ近づいてくる。

 

 ついには目の前までやってきて、ジッと顔を覗き込まれる。

 

 こ、怖いぃ! どんな表情をしているのか確認できない!

 

 必死に目を逸らす私は恐怖に支配され、膝ががくがくと震える。

 

 やがて太ももを生暖かい何かが伝わるのを感じるが、身体が硬直したままでは確認することもできない。

 

 ああ、私はなんて化け物に喧嘩を売ってしまったんだ。

 

 今更後悔したってどうしようもない。

 実力差を大きく見誤った自分が愚かだっただけで、もう何をされても文句は言えまい。

 

 絶望に打ちひしがれた私はすべてを諦め、ただただその場に立ち尽くした。

 

 しかし、悲観的な私の予想に反して、しばらくするとスッとプレッシャーは立ち消えた。

 

 ......こ、これはもしや許されたのか......?

 というかそもそもあんまり怒っていなかったのかな。

 

 恐る恐る勇者の表情を確認すると、そこにあったのは呆れであって怒りや苛立ちではなかった。

 

 へ、へっ。何だビビらせやがって。

 怒ってないのなら最初からそう言えよまったく。無駄に寿命が縮んだじゃねぇか。

 

 まぁ、それはそうと、これは勝ったことでいいよね。

 

 最後の最後でかっこ悪いところを見せちゃったけど、勇者を川に落としたことは紛れもない事実だし。

 

 ふふーん。

 エミリーちゃん、調子に乗っちゃうよ?

 

「ど、ど、どうだ、勇者! 参ったか!」

「......ああ、お前の勝ちだ」

「ハハハ、当然よ!」

 

 最初の方は喉が掠れてうまく声が出なかったけど、しっかりと勝利宣言をすることができた!

 

 もう、感無量! 勝利の味は最高だな!

 

「さぁ敗北者よ、約束通り今日から我のことは魔王エミリーと呼べ!」

「......別にそんな約束をした覚えはないし、魔王もそう簡単になれるものじゃないぞ」

 

 むきー! いいだろ別に! 勇者に勝てたらもう魔王認定していいでしょ。

 

 思い通りに行かない現状に苛立った私は地団駄を踏む。

 

 そんな私を見た勇者は一瞬しかめっ面をしたのち、呆れ果てたのか大きなため息をついた。

 

 あ、まずい。早く何か要求しないとこのまま会話を切り上げられそうだ!

 

 うぅ、どうしよう。せっかく勝てたのに手ぶらで帰るなんてあり得ないから!

 考えろ私!

 

「あ、そうだ! 魔王は許してやるから代わりに私のことは『お前』じゃなくて『エミリー』って呼んでよ! 私もあんたのこと勇者じゃなくてルーカスって呼ぶから。ねっ、これならいいでしょ!」

「......まぁ、分かったよ、エミリー」

「うん! よろしくね、ルーカス!」

 

 よっしゃ! うまくいった! 

 

 嬉しさのあまり私は飛び上がってガッツポーズをする。

 

 ふふん。勇者に勝ってその上に戦利品まで勝ち取ったぞ?

 私ったら最強!

 

 よし。早速勝利の証である名前呼びをしてやろう!

 

「では、ルーカスよ、我を王都まで負ぶって帰るが良い」

「はぁ? 自分で歩けよ」

 

 ぶー。そのふてぶてしい態度、これからゆっくりじっくり変えていくからな!

 覚悟しろ!

 

「もう、我をずぶ濡れにした責任を取れ!」

「それは自業自得だろ。それに、お前はその前にまず服を洗った方がいいぞ」

 

 うん? 服を洗う?

 服を乾かすなら分かるけど、何で洗うの?

 

 何を言っているのかが分からずに勇者の顔を見ると、その視線は私の足元に注がれており、その先には小さな水溜まりがあって......。

 

 あっ! ああああああ!

 見るな―!

 

 水溜まりを隠すように私はしゃがみこんで冷えた自分の身体を抱きしめる。

 耳まで真っ赤に染まった顔を伏せて、私はプルプルと小さく震えた。

 

 私、漏らしたまま調子に乗ってたの?

 私が地団駄を踏んだときに勇者が不機嫌になってたのはもしかしてそっちに水滴が飛んだから!?

 

 ああああ! まったくなんてことをしたんだ!

 

 いや、待てよ。

 水溜まりがあるだけで別にあれだと決まったわけではない。

 よし、それで行こう。

 

「......あ、あのなぁ、何を考えてんのかは知らないけど私は今全身びしょ濡れなんだぞ? 逆に水溜まりがない方が不自然だし、むしろ私は水も滴るいい女だから!」

「ふっ、そうだな。尿も滴るいい女だ」

 

 あああああああああ!

 てめぇ、笑うな!

 




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