王都から北に五日ほど進んだところにある目当ての遺跡は、じめっとしている薄暗い場所だった。
かつては立派なお城があったらしいけど今はただの廃墟。
湧いてくる魔物も虫やトカゲなど気持ち悪いものばかり。
そんな遺跡で、私は無双していた。
「ハハハ、逃げろ虫けらどもめ! 『ファイヤーボール』!」
「魔力を無駄遣いするな。ああいうのは剣で払えばすぐに消える」
こいつ、気づいたら流暢に喋れるようになってるな。
何だろう、周りに人がいないから?
それとも私との距離が縮まったから?
「むぅ、私はルーカスと違って魔法使いなの! そんな物理攻撃なんて」
「魔法使いだからこそ、魔力を温存するべきだ。それに、いつも仲間が助けてくれるわけではない。後衛とはいえ初歩的な戦闘はできないとだめだ」
最初は乗り気じゃなかったのに、いざパーティーを組んでみると案外親切にアドバイスをくれる。
そんなルーカスの先導のもと、私たちはぐんぐんと遺跡の中心部に向かって進んでいった。
スライム、スケルトン、ゴースト、リザード、アント。
気持ち悪くて、群れると厄介だが単体ではCランク程度の魔物ばかりだ。
ちなみに、魔物の危険度に応じて付けられるランクは冒険者のランクに対応していて、例えばCランクの魔物にはCランク冒険者が一般的には対処している。
この遺跡に生息しているのはCランクの魔物ばかりだが、魔物が群れる可能性やBランクの魔物が潜んでいる可能性を鑑みてその探索はBランクの依頼となっている。
つまり、適正ランクである私に加えて、Sランクであるルーカスのサポートがあれば楽勝なのだ。
ルーカスの指導のもと、私は魔物を効率よく討伐していく。
時には薙ぎ払い、時には焼き払う。
断末魔をあげながら消滅していく魔物を尻目に、私たちは進んでいく。
やがて、その中心部である広場に到達した。
「ここが目的地だ。何もないけど」
一言多いルーカスを無視して、私はこの景色を目に焼き付ける。
こんな場所初めてだ。
崩れた城壁に、折れた柱に囲まれた広場。
舗装はされておらず土が剥き出しになっているが、植物は一切生えていない。
生気を感じさせない不気味な空間だ。
「でも、あれ? あまり強い魔物いなかったよね。前のパーティーは何で敗走したのかな?」
「分からないのか? 気配を感じろ」
気配? そういわれても、私にはさっぱりだ。
確かに異様な雰囲気だけど、それは遺跡だからで......。
「下に、何かいる。隠れてるけど」
「うん?」
ルーカスの言葉に困惑していると、私は唐突に吹き飛ばされた。
ルーカスに。
えっ?
右腕に魔力を纏ったルーカスが地面に向かって拳を振るう。
それによって舞い上がった土塵に紛れて何かがって、うーん、こりゃ目も開けられないな。
やがて、視界が晴れたときには、ルーカスの前に禍々しい紫色の巨大なスライムが佇んでいた。
えっ、何それ怖い。
パッと見馬小屋三つ分くらいのサイズだぞ。
こんなスライム見たことない。
「突然変異したデビルスライムだ。地中から触手を伸ばして攻撃してくる」
落ち着いた様子でルーカスは解説をする。
うん。デビルスライムね。
知ってる。
でも、こんなデビルスライムは知らない。
デビルスライムは地中に潜み、通りかかった獲物を一気に地中に引きずり込んで捕食する魔物だ。
しかし、その強さはあくまでも奇襲によるものであり、正面から戦えばさほど強くない。
普通のデビルスライムならば。
普通のデビルスライムは大きくとも横二メートルほどだが、目の前にいるデビルスライムは十メートルほどだ。
この規模になれば正面から戦っても勝ち目は薄いだろう。
無数の触手、大量の粘液、そして単純な巨体。
どれをとってもBランク冒険者には荷が重すぎる。
しかし、幸い私は一人ではない。
こんな大物を前にしても動揺しない、Sランク冒険者が一緒にいてくれている。
ああ、ルーカスがいてよかった。
一人でこんなのに遭遇したらどうなっていたことやら。
「立て。戦ってみろ」
てっきりルーカスが全部片付けてくれるのかと思っていたところに、思わぬ言葉をかけられた。
え?
何を言ってるの?
戦うの? 私が?
無数の疑問が脳裏を掠め、私はわなわな震えるだけで身動きが取れなくなった。
突然変異したデビルスライム? そんなの私では......。
「何をしてる。早くしろ。魔力は温存したんだろ?」
そう囃し立てられても、無理なものは無理。
そう返そうとしても、そもそも言葉が出てこない。
もう、ルーカスがちゃちゃっと片付けてよ。
さすがにこれは無理だから。
「はぁ......。お前は冒険者を続けたいんだろ? 何のために俺とパーティーを組んだんだ。ここで戦わないとこの先やっていけないぞ」
そんなのは分かっている。分かっているけど......。
ルーカスの目線が険しくなる。
これしきのことすらできないのかと言わんばかりに。
......ええい、ままよ!
どうせ失敗してもルーカスがどうにかしてくれるでしょ!
「くっ、『ファイヤーボール』! 『ファイヤーボール』! 『ファイヤーボール』!」
自分を震え経たせるように魔法を連発してから、勢いよく走りだす。
それを皮切りにスライムも攻撃を始め、無数の触手を伸ばして私に食らいつこうとする一方で粘液を吐き出す。
まるで弾幕を作っているようだ。
「落ち着け。魔法を無駄打ちするな。しっかりと敵を見ろ」
ルーカスは道中と同じようにアドバイスを送る。
いつもと変わらないその声を聞いて、私は若干パニックになっていた頭を冷やすことができた。
一方、スライムによる触手攻撃は激しくなる。
その隙間を縫うように私はスライムに接近しながらも攻めあぐねていた。
くっ、なかなか反撃に出ることができないな。そもそもどう倒せばいいんだ?
「スライムは防御力が低い。核に届くほどの威力を込めた一撃なら確実に倒せる」
私が悩んでいたところに、ルーカスから次のアドバイスが送られた。
それを聞いて、私はハッとした。
魔力を温存させていたのはこのためか。スライムの特異性に圧倒されて、すっかり失念していた。
どんなに強くても、スライムである以上核がある。
そこを突けば私でも勝てる!
くっ、でも私スライムを貫通するほどの威力を持つ魔法は使えないぞ。
あ、待てよ。
スライムは攻撃を受けると、弱点である核を反対側に退避させる習性がある。
つまり時間差をおいて反対側から攻撃をすれば......!
「よし! ルーカス、少しの間頼む!」
返事を待たずに私は少し後ろに下がり、目を瞑って集中する。
心配しなくても、ルーカスなら絶対守ってくれる。
「......連続『ファイヤーボール』!」
案の定代わりに触手を薙ぎ払ってくれたルーカスの背後より、一気に『ファイヤーボール』を五つ生成する。
そんな炎の玉をすぐには発射せずに、手元に維持しておく。
その間に私は精神をさらに研ぎ澄まし、軌道をイメージする。
......いけるっ!
勝利を確認した刹那、私は目を見開いて順に『ファイヤーボール』を放つ。
真っ直ぐ飛ばすもの、左に旋回するもの、右に旋回するもの、時間差を置いて再度正面に飛ばすもの。
そして、上を迂回して後ろから襲う本命。
「なっ!? こんな芸当が......」
ルーカスが何かを言っていたが、その内容は私の耳には入らない。
一気に魔法を五つもコントロールするのはなかなかきついからだ。
歯を食いしばって耐えている私にはまったく余裕がない。
勝負は一瞬だ。
前。左。右。前。
そして、後ろ。
思い描いた通りに、完璧に制御された火の玉はルーカスを避け、次々と着弾していく。
成功だ。
凄まじい破裂音とともにデビルスライムははじけ、崩れていく。
そんなスライムをバックに、時折飛んでくるスライムの破片を弾き飛ばしながらルーカスが振り返ってくる。
勝った! 勝ったんだ!
私が! 推定Aランクの魔物に!
疲労よりも歓喜が勝り、肩で呼吸しながらも私はニヤついた。
あ! 魔王ごっこするならここだ!
そう思い立った私は慌てて呼吸を整えて、姿勢を正す。
イメージするは百戦錬磨の尊大な魔王。
「ゼェ、ハ、ハハ、どうだ、我が力は!」
「......ああ、すごい」
呆れた視線を寄こしながらも、なぜかルーカスは素直に称賛してくる。
てっきり冷やかすものかと思っていた分、私はそんなルーカスの反応に出鼻をくじかれる。
そんなにすごかったかな? まさか皮肉じゃないよね。
「えっと、まぁ、それほどでも......」
「あれはどうやってやってるんだ?」
テンパった私の照れ隠しを無視して、何の脈略もなくルーカスはいきなり質問をしてきた。
うん?
あれって何のことだ?
「魔法の操縦なんて見たことがない」
ああ、あれね。
ルーカスはそれに感心しているのか。
あれは何か意識したらちょっと動かせるようになったのよね。
それをずっと練習していたらいつの間にか軌道をコントロールできるようになった。
私は自分の体験をそのままルーカスに伝えたけど、いまいち釈然としないようだ。
......おっかしいなぁ。
確かに珍しいけど、勇者なら練習すればできると思うけどなぁ。
私ですらできたんだから。
「......はぁ、とりあえず、帰るぞ」
「はい!」
まぁいいや!
強い魔物に勝てたし、今夜は宴だー!