全員覚悟ガンギマリなエロゲーの邪教徒モブに転生してしまった件   作:へぶん99

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一〇六話 マリオネットは笑わない

 

 クレスとポーメットが臨戦態勢に入る。その影に隠れていたオクリーは、数十メートル離れたところに留まっている市民に目を向けた。

 所々に呆然として動けない者がいる。世界最大級の祭りを楽しんでいたはずなのに、唐突なゲリラ戦が始まったのだ――咄嗟の判断ができずに固まってしまう者が出てしまうのも仕方ないだろう。

 

 幹部同士で睨み合っているのを好機と見て、オクリーは棒立ちになった者の手を取り付近の兵士に身柄を託した。転んだ子供などは急いで背負い、安全な場所まで避難させた。

 本格的な戦闘が始まる前だったからか、驚くほどスムーズに民衆の退避が完了する。身動きひとつ取れない満員電車の如き混雑模様が、ものの数分で人っ子一人いなくなってしまった。兵士が即座に避難を開始させたからか、将棋倒しによる怪我人も出ていない。

 

 こんなに上手く行って良いのかとさえ思った。だが、これまでが何もかも悪い方向に行き過ぎていたではないか。これくらいの揺り戻しがあってもおかしくはない、と自分を納得させた。

 

 聖都の上空に広がっていた星の海が、厚い雲に覆われ始める。花火を打ち上げた故に異常な雲が発生したのかと思ったが、どうやら違う。異変の源はセレスティアだった。

 露出度の高い修道服を身に纏ったシスターが、空を荒天に変えたのである。次第に風が吹き始め、夜闇が更に深まっていく。絶え間なく打ち上げられていた花火はいつの間にか沈黙しており、先の喧騒も相まって嫌な静けさが聖都に流れた。

 

「いい加減目ぇ覚ませ、セレスティアぁぁっ!!」

 

 紫電を纏ったクレスがセレスティアに突貫する。

 闇のシスターは周辺の空気を固化させて電撃を完全に防御した。次いでクレスに鎌鼬(かまいたち)を浴びせんとするが、先にポーメットが反応。全長五メートルに延長した超高熱のブレードがクレスとセレスティアの間に割って入り、クレスの肉薄を援護した。

 

 クレスはセレスティアの鳩尾に肩口を差し込み、怪力と速度に任せて持ち上げる。必死の抵抗とばかりに滅茶苦茶な旋風が吹き荒れるが、クレスはビクともしない。アーロスが闇の魔法でクレスを黙らせようと黒い触手を伸ばすものの、その全てから間一髪で逃れ、赤髪の大男はセレスを担いで遠くへ跳躍していった。

 

『このままセレスとアーロスを引き剥がす! オクリーはポーメットを邪魔しねぇようについてこい、戦いに巻き込まれるぞ!』

 

 オクリーは遥か遠くに跳んでいったクレスとセレスティアを見て、慌てて二人の後を追う。

 燃え続ける骸骨の騎士。脳筋の極致とも言えるアレは、近くにいることが足手まといになるレベルの代物なのだ。さっさと逃げて、ポーメットに賭けるのが吉と見た。オクリーはクレスを援護するため、その場を後にした。

 

 残されたポーメットは聖剣を構え直した。

 ここが人生の最期となるか、最たる誉となるかは、一瞬の判断で決まる。仲間が離れ、いよいよ敵の首魁と二人きり。精神統一だ。

 

 ブレード状に放出されたエネルギーの刃が業火を纏い、二重の炎が聖剣を舐める。悪魔の舌のような炎が夜風を撫でて、対峙する者の底知れぬ冷たさを際立たせた。

 

『ポーメット。うちのセレスティア(・・・・・・・・・)はアーロス寺院教団をいたく気に入っています。ですから、いかがでしょう。セレスティアと仲の良いあなたなら、きっと我々の教団もお気に召すと思いますが』

「――黙れ外道が。いや、負け犬と言った方がいいか。皆に指をさされているぞ。聖遺物の一発逆転に頼らざるを得ない愚者だと」

『耳が痛いですねぇ』

 

 煽ったところで返ってくる反応はいつも同じ。感情が全く見えない。不気味な相手を前に、剣を握り締めることだけが女騎士の平静を保たせた。

 

「感情を隠すのが随分上手いなッ!」

 

 全身凶器と化した炎の身体で、纏わりついてくる触手を打ち払う。アーロスの闇の魔法はポーメットに触れることすらできない。黒い魔法は聖剣で打ち払えば一瞬で無効化された。

 アーロスが半歩引く。触手の次は、服の隙間から黒い霧を噴出してポーメットを拘束しに掛かるが――

 

「シイッ!」

 

 全て、不死鳥の業火に吹き飛ばされる。戦いの中で、騎士は炎を操る方法を会得していた。

 体液を飛沫として弾き飛ばすことで、炎の影響範囲を数倍に拡張できるのだ。そして、剣を振り抜くと、軌跡を追うようにサレンの炎が袖を伸ばす。曲芸師の如き芸当が板について、ポーメットの戦闘力は大きく跳ね上がっていた。

 

 ただ、アーロスも対策をしなかったわけではない。

 セレスティアが雨雲を呼び寄せたため、聖都に風雨が吹き荒れた。荒天で炎の勢いを弱めてやろうという魂胆なのだろうか。

 

 ――否、風など関係ない。この炎は大いなる主の加護を受けた神聖な火だ。

 ポーメットは敵が飛ばしてくる黒い塊を薙ぎ払い、掻い潜って、アーロスの胴を袈裟斬りにした。

 

 ダメージが通った様子はない。黒い膜でガードされたのだ。ほんの少しだけ風雨が影響したのかもしれない。

 

(あの子の風が――)

 

 悪事に加担させられた親友を思い、聖剣を握る手に力が入る。燃え盛る炎の勢いが強くなる。

 対して、風雨が強くなり、世界が闇に染まっていく度、アーロスの魔法も影響力を強めているのが分かった。

 

 しばしの接近戦。騎士の肩から先が残像と化し、炎の残像が軌道を暴く。一つの剣が四刀流に見紛うほど剣戟は疾い。

 ポーメットの聖剣とアーロスの『何か』が衝突する。戦闘の余波で周辺の街灯が破壊され、建築物が基礎から崩壊していく。夜空に花火は咲いていない。戦闘が続くほど闇は濃くなっていった。

 

「はあぁぁぁぁああああああっ!!」

 

 大上段から大地を穿たんばかりの一撃が振り下ろされ、鍔迫り合いが起こる。

 ここで初めて、ポーメットは見た。聖剣の斬撃を防いでいたのが、アーロスの『翼』であると。

 

蝙蝠(こうもり)の翼? いや、違う……何だこれは!?)

 

 ポーメットの炎がアーロスの姿を照らす。蝙蝠のそれよりも遥かに分厚く、大きく、そして重い。先端になればなるほど輪郭が朧気になって、周囲の闇に溶けているかのよう。

 直感した。これは翼ではない。不死鳥の炎と、万物を焼き切る粒子の剣に触れても傷一つつかないのだ、もっと別の何かに違いない。

 

 渾身の力で押し合いが続く中、半透明の刃から火花が散る。

 ポーメットの魔法の性質上、火花が散るなど万に一つも有り得ないはず。この世のありとあらゆる物質を抵抗なく焼き切る力が彼女の魔法なのだから。

 火花が散るということは、その能力と拮抗しているということ。使い手からすれば途方もない矛盾だった。

 

 目を凝らすと、翼の正体が掴めてくる。根元から黒い霧を噴射することで形を保っている、暴れ川の如き力の奔流だった。

 

(ワタシの剣を完全に無効化するなど不可能だ。恐らく、闇の力を絶え間なく供給することで、焼き切られる(・・・・・・)速さと(・・・)釣り合わせ(・・・・・)ている(・・・)……切っても切っても形が変わらないのは、無くなる度に供給しているからか!)

 

 闇の翼と拮抗した際の手応えは、噴出し続ける水を真上から押さえつけた時のそれと似ていた。

 

「なるほど、圧倒的供給量で破壊を上回ろうということか。邪神の操り人形にしては頭が切れる」

 

 嘲るような女の声に、仮面の男が初めて反応する。

 

『どこでそれを』

「初めて感情を露わにしたな。フッ、世の中には凄い奴がいるものだよ」

『……有り得ない』

 

 『邪神』は認識阻害によって歴史の影に隠れたはずである。それを何故ポーメットが知っているのか。アーロスの思考に不純物が混じった。

 

(好機!)

 

 その隙を逃すポーメットではない。光の粒子から成る半透明の刃を肥大化させ、翼の内側に滑り込む。

 その勢いのまま、男の胴を一刀両断に焼き切った。

 

 数瞬遅れて、一陣の風が吹き抜ける。轟という音が木霊して、男の身体が業火に包まれる。そのままアーロスの身体は灰と化していった。

 

「あ……? や、やった……のか……?」

 

 激闘だった。しかし、あまりにも手応えが薄い。教祖を殺せたのは最高の結果だというのに、理性が納得していなかった。

 邪教の首魁がこの程度で死ぬはずがない。その程度のタマで国をここまで追い込めるものか。

 

「っ…………」

 

 ポーメットは必死に思考する。敵が生きている手がかり、又は死んでいる証拠を探すのに必死だ。

 

 そうだ、アーロスは瞬間移動を使う。闇の霧を撒き散らしながら、可視範囲に神出鬼没の移動を可能にするとクレスから聞いたことがある。

 

 無論、ポーメットもそれはケアしていた。改めてその可能性を考えざるを得なかったのだ。

 女騎士は聖都のあちこちに体液を振り撒いて、アーロスから見える範囲に火柱を立てて牽制していた。その隙間を縫って抜け出したということだろうか。

 

 考えが及ぶと同時に見つける。瓦礫によって業火の包囲網に穴が空いている。その先の闇は、アーロスの脱出を意味していた。

 闇に紛れてクレスを殺しに行ったのだ。セレスティアを奪い返されないために。

 

「――振り切られた。クレスとオクリーが危ない!」

 

 

 

 

 セレスティアとクレスを瞬間移動の重ね掛けで追跡するアーロスは、高所を乗り継いで転移を繰り返した。

 水中に絵の具を垂らしたかのような靄が、移動地点を辿るように浮かんでは消えていく。

 

 アーロスはセレスティアがどこに連れて行かれたかを見ていない。ポーメットにとってはそれが唯一の救いであった。

 

 そんな折、アーロスは地上を走る青年の姿を見てはたと静止する。

 その青年は必死の形相で腕を振っている。瞬間移動が可能な教祖アーロスと比べて、哀れなくらいの鈍足で駆けていた。

 

 オクリー・マーキュリーだった。

 

『オクリー君……?』

 

 最後に会った半年前と比べて、容姿が随分変貌していた。それでも、特徴的な黒髪黒目と幸の薄そうな雰囲気は変わっていない。かつて最も期待を寄せ、絶頂期に行方不明となった孕み袋の最高傑作――見間違えるはずもなかった。

 

『オクリー君!』

 

 一も二もなく呼び止めた。セレスティアはある程度耐えてくれるだろうと踏んで、青年を優先したのだ。一度見失ってしまえば、二度と手に入らない気がしたから。

 対して、上空から緩やかに降りてきた仮面の男に気づいたオクリーは、予想外の出来事にすっかり硬直してしまう。

 

 漆黒の仮面は、(ぬる)い風を巻き起こしながらふわりと着地する。敵地のど真ん中、雨降る夜の街で、男は堂々とした仕草でマントを翻した。

 

(おいッ、嘘だろ!? あの状態のポーメットがやられたのか……!?)

 

 アーロスを引き止めていたはずの女騎士の姿がない。取り逃した可能性もあるが、殺されたと見る方が納得できる。最悪の展開に全身が総毛立った。

 しかし、やることは変わらないはずだ。今の目的はアーロスの殺害ないし撃退、又はセレスティア解放までの時間稼ぎ。ポーメットがいなくても、自分が役割を引き継げば良いのだ。

 

「――――……」

 

 ――簡単に、言ってくれる。

 物事はそう単純ではないのだ。

 それでも、やらないと。

 

 今まで正教にも邪教にも良い顔をしてきたオクリーにとって、決断の時が訪れる。

 遂に邪教を切り離す時が来た。もう誤魔化しようがない。取り入って掻き乱すこともできない。

 

「アーロス、様……」

 

 弱音を零すみたいに呼びかけると、優しい声が返ってきた。

 

『はい。共に行きましょう』

 

 ゆっくりと手を差し伸べてくる。

 国敵、悪の根源、邪教の教祖と呼ばれた男が、膝を着いて出迎えた。まるでオクリーこそ我が右腕であると喧伝するかのように。

 

 どれほど期待されているのだろう。

 ――どれほど、邪教に貢献してしまったのだろう。

 

 オクリーの瞳に光が宿った。

 闇の支配者と戦うことを決意して、激烈な不安と恐怖が纏わりつく。深呼吸することで悪感情を振り払うと、オクリーは仮面の男に向かってアレックスの所持していた銃を突きつけた。

 

 引き金に手をかけ、寸分の違いなく心臓を狙い澄ます。その距離にして三メートル。アーロスはきょとんとしたように肩を竦めた。

 

『オクリー君、何をしているのですか。私ですよ、アーロス・ホークアイです。忘れてしまったのですか?』

「忘れるわけ、ねぇだろ……」

 

 言いながら、一歩。

 怯えながらも決して銃口を下げないオクリーに、アーロスの反応が変わる。先程までの執拗に包み込むような空気が剥げ落ちていく。

 

「誰がお前を、お前らのことを忘れるもんかよ」

 

 歩みは止まらない。

 もう一歩。

 

 銃口が震える。ヨアンヌやホイップに反撃の刃を振るった時よりも、遥かに強い躊躇いと恐怖の感情が渦巻いた。

 

「元々大っ嫌いだったんだ。腹立たしくてぶっ殺したくて仕方なかった」

『………………』

 

 かつて、アルフィー・ジャッジメントという少年がいた。彼はその身一つで邪教幹部と渡り合えるまでに成長し、比肩する者なき英雄として祭り上げられるはずだった。

 オクリーはその少年に憧れ、心の拠り所とした。

 だが、現実逃避と過剰な期待の末に、彼の死を知った。心が折れた。二度と癒えない傷を負った。

 

 取り返しのつかないことをした。移動要塞計画と、その計画のせいで立ち上がった聖都サスフェクト襲撃作戦だ。これだけは己の手で尻拭いしなきゃいけない。

 人と情報を使って策略を止めるのではなく、自らの力で計画を捻じ曲げるのだ。そのために準備をしてきた。

 

 アーロスは溜め息ひとつ、半ば諦めの声色で肩を竦める。

 

『受け止めきれません。今ならまだ聞かなかったことにできますが』

 

 オクリーは首を横に振り、恐怖と覚悟に震えながら宣戦布告を行う。

 

「俺はお前の操り人形なんかじゃない――無様に死ね、クソ野郎!!」

 

 宣言と共に、引き金を引いた。

 爆音が弾け、暗雲立ち込める世界に発火炎(マズルフラッシュ)の光が瞬く。叩きつける風雨を吹き飛ばして、爆風に乗った銃弾が撃ち出される。

 人の反射神経を超える大筒の一撃はアーロスの真正面を捉え、その胴体を穿った。

 

『……っ!?』

 

 まさかダメージを受けるとは思っていなかったらしいアーロスが怯む。彼の半身は焼け爛れるように炎症を起こし、服を掴む手の力の入りようから見て相当のダメージを受けていた。

 

(雑魚の銃撃なんぞ効かないと高を括っていたな? こいつは火薬と聖灰(・・)を練り合わせた特殊弾だ……!)

 

 ノウン・ティルティらに解析された銃は、特殊弾を装填されている。ただの鉛玉がアーロスに効くはずもないと、防衛開発責任者ケニャハと魔法研究責任者エクセルが急遽制作したのだ。

 弾丸に練り合わせたサレンの炎の燃え滓『聖灰』が爆発の威力を高めている。

 

『本気なのですね』

 

 射撃直後で赤熱した銃身を立てて、火薬と次弾を装填。すかさず引き金を引こうとしたが、アーロスの背から黒い翼が生える。爆風で眼球の粘膜を押されたオクリーは反射的に背を丸めてしまう。

 暗黒物質の粒子の集合体である闇の翼が一瞬で肥大化し、目を閉じていたオクリーの鳩尾に叩きつけられた。

 

 グゥ、という鵞鳥の如き声を上げて、青年の身体が一直線に吹き飛ばされる。

 何度も地面でバウンドし、二〇メートル程度離れた建物に背中から突っ込む。

 

『飼い犬に手を噛まれた気分というのは、こういう時の心境なのですかね』

 

 アーロスは残念そうに呟くと、焼け爛れた部位をゆっくりと回復させる。そして、土埃を巻き上げる街路の最奥へ黒い翼を伸ばし、幾度となくオクリーのいた場所を乱打した。

 巨大な瓦礫が粉微塵に粉砕され、血飛沫が舞う。圧倒的質量の黒い翼は地盤を砕き、建物のあった地帯そのものを沈下させるほど。

 

 数十秒間の大暴れの後、マントを翻すように翼が薙ぎ払われる。闇の翼が瓦礫を消し飛ばす。

 風と共に目の前から敵が消え去り、彼は肩を落とした。

 

『……本当に、期待していたのに』

 

 前方一帯は平らに均され、人の姿ひとつない。オクリーの姿はもちろんなかった。

 仮面の男はオクリーの死を確認すると、背中から生える翼を格納し、踵を返して瞬間移動を再開する。

 

 ――その刹那。

 瞬間移動先の黒い靄に向かって飛来する何かが見えた。

 短い筒状のモノだった。

 

 放物線を描く謎の物体は、ぴったり重なるように黒い靄へ。

 黒い靄は瞬間移動先として指定した座標だ。一度確定すれば変えることはできない。

 

 しかも、その物体の速度と軌道は完璧だった。瞬間移動とタイミングが重なる――止められない。

 

『――――』

 

 その物体はコンマ一秒のズレもなく、瞬間移動先に現れたアーロスの身体に重なった。

 あまりにもタイミングが完璧だった故に、出現と到達の時間が一致し、アーロスの体内に物体が埋まってしまうほど。

 

 硬い。長い。重い。冷たい。これは何だ。

 体内の異物に意識が集中する。アーロスの思考が高速回転する。まだ瞬間移動の硬直が解けていない。

 

 オクリーの仕業に違いない。アーロスは確信する。

 あの青年は多様な薬品を作るだけの知識があったはずだ。そんなオクリーが狙い澄まして投擲する物体など一つしかない。

 

 ――爆弾だ。

 

「砕け散って、死ね」

 

 斜め後方から、二度目の発火炎(マズルフラッシュ)

 血塗れの身体で屋根に登っていたオクリーは、遠距離射撃でアーロスの胴体を狙い撃った。

 瞬間移動の硬直により、防御は叶わない。

 

 無防備な背を撃った弾の衝撃が伝わり、体内に埋まった爆弾が誘爆する。

 アーロスの帽子が舞い上がり、肉が弾け飛んだ。

 

「――っ」

 

 奴の生首が回転している。

 残った部位は僅かだ。

 頭部だけのアーロスが、相変わらず抑揚のない声で告げる。

 

『素晴らしい。人の身でここまで私を追い詰めた者は初めてです』

「だろうな!」

 

 三度目の正直、速攻の装填(リロード)と射撃。飛び散るアーロスの残骸に向けてとどめの一撃を撃ち込んだ。

 

 ――が、失敗。

 頚部の切断面から伸びた黒い触手が弾丸を阻む。

 

「気持ち悪ぃな、クソっ!」

 

 短期間の連続射撃で、これ以上は銃身が持たなかった。しばらくは放熱しないと壊れてしまう。

 

『どうして我々を裏切ったのです?』

 

 そうこうしている間にも、アーロスの身体が再生していく。折角削った肉体も全て元通りになっていく。

 

「理由が必要か?」

 

 悪あがきとばかりに、第二の爆弾を投擲した。導火線に火をつけられたそれは凄まじい音を立てて爆発するが、翼膜に防御されてアーロスの身体を傷つけることすら叶わない。

 

(奴の隙は瞬間移動の前後だけか……!)

 

 アーロスは爆発なんて起こらなかったかのように振る舞う。身体は再生し切り、漆黒の服までもが回復していた。

 

『……では、今までずっと裏切る腹積もりでいたと?』

「そうだ」

『冗談が下手すぎますよ。なら、移動要塞計画の提案は何なんです? ダスケルへの完璧な侵入もです。控えめに言って、よく分からない』

「本来は信頼を得て幹部になるつもりだった。……ヨアンヌに邪魔されて、失敗したけどな」

『…………』

 

 アーロスは顎を撫でて思案するふりをして、死角から一本の触手を伸ばした。その直径にして、およそ一ミリメートル。暗闇に紛れてオクリーの首を狙う。

 

 オクリーはダッキングでそれを躱し、服の下に隠していた『聖鎧』の欠片で弾き返した。

 

『ヨアンヌが悲しみますね』

「あぁ。悪いことをした」

『……戻ってくる気はありませんか?』

「ない。お前は俺への評価が高すぎるな」

『逆ですよ。オクリー君は自己評価が低すぎます。正直、セレスティアよりも余程大切な存在です』

 

 闇討ちを完璧に返されたアーロスは瓦礫の上に座り込み、オクリーを手招いた。

 

『少し話しませんか。どうしてもお聞きしたいことがありますので』

 

 触手や闇の翼は引っ込められている。

 オクリーはその姿に敵意を感じることができなかった。数秒前まで殺し合いをしていたはずなのに。

 途方もない矛盾。しかし、何故か(・・・)悪い気が(・・・・)しない(・・・)

 

 オクリーは男の近くまで歩いて真正面に腰掛ける。

 アーロスは休憩するかのように帽子を脱ぎ、膝元に置いた。

 

『ひょっとして、ホイップ=ファニータスクを斃したのはあなたですか』

「あぁ」

『ふふ……そうじゃないかと思ったんですよねえ』

 

 異様な空間だった。数秒前まで殺し合っていた二人が、テーブルに見立てた瓦礫を囲んで談笑している。

 

『やっぱりあなたは優秀な人だ。私の後継者となり得る存在でした』

「だから……買い被りすぎだって」

『ははっ』

「……こうして話していると、お前がまともな人間だと錯覚するよ」

『…………』

「どうしてこうなったんだろうな。何も起こらなければ、きっと俺達……気の合う……なか……ま…………?」

 

 オクリーは皮肉たっぷりに唾を吐こうとして、己の口から腑抜けた言葉しか出てこないことに気づく。

 

 違う。

 今、俺は、殺してやると言ったはずだ。

 それがどうして同情するような言葉を発している?

 毒を吐こうとしても、生暖かい言葉しか出てこない。

 

 ――出てこないのではない。

 出せないのか。

 

 闇の魔法で行動を抑制されている。

 

(こいつ、いつの間にッ!!)

 

 はっとして目を見開く。突然ぬるい(・・・)行動を取ってしまった自分を客観視して、オクリーは恐ろしい現状を察した。

 敵意を萎えさせられている。思考と行動の境界をあやふやにして、罠にかけようとしている。ヨアンヌやスティーラではなく、この男こそ、話の通じる人間だと思ってはいけなかったのだ――

 

 言語化できぬ危機感に煽られたオクリーは、放熱する銃身を素手で握り込んだ。

 じう、という音がして、焦げた肉の臭いが鼻を突く。激痛と悪臭により軽微な精神操作から解放され、視界が晴れる。

 

 気がつけば、自分の身体は黒い霧に包まれそうになっていた。数秒遅れていたら、本当に懐柔させられていたかもしれない。

 オクリーは『聖鎧』の欠片で闇を振り払うと、懐から取り出した短剣を投擲した。

 

「危ねぇッ!! 同情心を誘って取り入ろうとしたな!? お前は本当に容赦ない悪魔だよ……!」

 

 アーロスは投擲された短剣を人差し指と中指で挟んで止める。

 

『これも効きませんか。魔法のない雑魚は普通抗えないはずなのですがねぇ』

 

 感心したように頷くと、アーロスは挟んだ短剣を指の力だけで破断させた。

 

『それにしても、心外ですよ。私のことを悪魔と呼称するなど』

「部下を使い捨て、理想郷の犠牲にしてるだろう。悪魔そのものだ」

『私だって、かわいい子供達が死んでいくのは悲しくて悲しくて堪らないですよ。本当なら誰も死なせずに――』

「――黙れえッ!!」

 

 心を掻き乱され、拒絶のあまり叫ぶ。

 感情がぐちゃぐちゃになって、涙さえ零れてしまいそうだった。

 

『皆、理想の国の実現を恋焦がれています。あなたは、そんな者達の夢を阻もうというのですよ? 悪魔はどちらですか』

「詭弁だ! 俺達が今まで何人殺してきたと思ってる!? ロイドにスティーブ……無理矢理連れてこられて、元々の夢を忘れさせられた奴もいるんだ! 知らないなんて言わせねぇ!!」

『……ロイドにスティーブ。覚えています』

「口から出まかせを!!」

 

 オクリーはアーロスに噛み付く。

 セレスティアに呆気なく殺された信者(ロイド)と、出会った時から既に傀儡であった死屍(スティーブ)。オクリーが目撃した信者の死は数え切れない。そのうちのたった二人を覚えているはずがないだろう。オクリーは頭に血が登り切って、目の下の痙攣が止まらなくなった。

 

 最も許せないのは、スティーブのことだ。

 オクリーは彼を救えなかった。その母親であるマケナに後ろめたさがある。そんな一際強い想いがあるスティーブを『覚えている』などと宣うこの男が絶対に許せなかった。

 

 しかし、アーロスは言う。

 

『いいえ、私は部下の一人ひとりを覚えています。全員の名前を言うことをできます。……特にスティーブには思い出がありますから、今後一〇年は忘れられそうもないですよ』

「な、に……?」

『スティーブ。優秀な青年でした。しかし、洗脳が弱かった。彼はすぐに昔のことを思い出してしまいました。仕方ないので、ポークに処理させたのです。もちろんご存知ですよね?』

 

 軽々しく、飄々と言い放つアーロス。オクリーは絶句していた。

 どこまで悪辣なのだ、この男は。

 ひた隠しにしてきた本性の醜さ、悍ましさ、気持ち悪さ――

 

 全てが許せない。

 

『彼、死の間際にこう言ったのですよ。“もう一度お母さんに会いたかった”と』

「――――……」

『我が野望の礎になる若者の最期の願い…… 汲んでやれば良かった。それだけは後悔しています』

「て、めぇ――」

 

 煽るような、噛み締めるような言葉。どす黒い感情を抑えられなくなって、オクリーは一歩踏み出す。

 

「お前は、お前は――」

 

 ――全員の名前を記憶に刻み付けた上で、殺しているのかよ。

 

 悪魔だ。

 いいや、邪神と言って差し支えない。

 この恐ろしいほどの不快さを形容する言葉すら見つからない。

 こんな感情に陥ったのは初めてだった。

 

「邪神の操り人形が――人間ぶってんじゃねぇ!! てめぇだけは殺す――絶対にぶっ殺してやるっ!!」

 

 背に隠した長剣を抜き放ち、仮面の男に突きつける。

 アーロスは闇の翼を顕現させ、雨風に曝しながら大きくはためかせた。

 

『今のあなたは己を英雄と勘違いした愚鈍です。その勘違いを正してあげましょう』

 

「その言葉、そっくりそのまま返してやるよ!!」

 

 数瞬の衝突。翼と剣で弾かれて、オクリーが吹き飛ばされる。

 

 そんな時、南の空から髑髏の騎士ポーメットが聖火を撒き散らしながら参上した。

 彼女の姿を横目で確認したオクリーは、地面に剣をつきながら立ち上がる。

 

 そして、彼女の聖剣から炎を貰い受けながら、血を吐く勢いで叫ぶ。

 

「ポーメット!! 時間稼ぎとか撃退とかみみっちいのは無しだ!! 今ここでアーロスを殺す! 絶対にだ!!」

「……! あぁ、共に闇を祓おう。我らには聖なる加護がついている!」

 

 聖都サスフェクト襲撃作戦を止めるため、ではない。

 教祖アーロスとの因縁に決着をつけるため、青年は剣を握り締めた。

 

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