全員覚悟ガンギマリなエロゲーの邪教徒モブに転生してしまった件 作:へぶん99
対・聖都サスフェクト襲撃作戦の要はセレスティア奪還である。
民衆や聖遺物を守りつつシスターの手綱を握ることを要求されたクレス・ウォーカーは、変わり果てた親友と一対一で向き合う。
彼女の変容が生半可なものでないことは明らかだ。正教に対する
クレスは失った頭部を復元させ、折れ曲がった背骨を即座に治療する。一方、光の速さでショルダータックルを食らったセレスティアは、瓦礫を吹き飛ばして立ち上がった。
「セレスちゃん、今のは結構効いたぜ」
「名前を気安く呼ばないでください、下郎が……」
互いに視線は外さない。元々、クレスは圧倒的な戦闘力を誇る。一対一ならクレスの土俵である。
「下郎か。寂しいこと言ってくれるなぁ」
赤髪の大男は真顔で語る。
その精悍な表情には、アーロス寺院教団への侮蔑と怒りが込められていた。
洗脳されたセレスティアといよいよ戦うとなって、クレスは己の落ち着きように自分でも驚いていた。彼女に拳を振り上げる申し訳なさや躊躇はない。苛立ちがあるだけだ。
「…………」
現在、クレスは二十五歳である。元々は兵士をやっていた。
セレスティアは二十四歳。クレスと歳が近いのもあり、知り合ってからすぐに意気投合した。
ごく普通の市民だったセレスティアが幹部になった理由は重い。彼女の意志の根源を口撃してやれば、少なからず反応が返ってくるはずだ。
そうしなければならぬ現状に腹が立つ。底冷えした血流が全身に巡り、冷静さと怒りを両立した感情に支配される。
全身に薄らと纏わせていた磁気で雨風を弾き、石畳の狭間に伝う水に微細な電流を流して、セレスティアの脳から発せられる電気信号を探知。相手の予備動作という情報を得て優位に立つ腹積もりだ。
セレスティアが空気の屈折率を歪めて姿を晦ませようとするが、地面の雨水を通じて死角から雷撃を発射する。閃光を瞬かせて、セレスティアの姿を夜闇に暴き出した。
クレスの雷の魔法はセレスティアの風の魔法よりも遥かに速い。セレスティアは戦闘を回避して不死鳥の神殿に向かうことを諦め、クレスと戦うことを決意したようだ。
(さて、これで腰を据えてセレスちゃんの洗脳解消に向けて動けるな)
双方、仁王立ちのまま、風と雷の牽制で幾度となくやり取りする。
セレスティアとの思い出を想起して、脳内で彼女の感情を揺さぶるための理論を再構築していく。
『洗脳返し』の手順その一、相手を何らかの形で激怒させる。そうすれば、洗脳を受けた脳の部位が感知できるようになる。
手順その二、憤怒で異常反応を起こす部位に電流を流す。クレスは入念に手順その一を実行しにかかる。
そうしてクレスが口を開こうとした寸前、セレスティアが右手を突き出して空気の塊を射出した。不可視の攻撃は面の電撃で制圧されるが、それをきっかけに本格的な戦闘が始まる。
クレスは地を滑るように移動しながら、セレスティアに向かって口撃を開始した。
「何から話せばいいかな!? お前がいない間にマリエッタが凄いことになっててな! 将来的にはこの国を背負えるくらいの実力者になったんだぜ!」
「どうでもいい……!」
洗脳された元正教徒が怒り狂うのは、アーロスを侮辱した時か正教徒を過剰に持ち上げた時である。
理論をセレスティアに当て嵌めるなら、正教幹部時代を中心に攻めるべきだろう。
「マリエッタちゃん、色々と規格外でさぁ! 剣術は正統派として才能があるわ、幹部候補として名前が上がるわ、たまに感情が爆発してえらいことになるわで……ちっさく纏まる器じゃないんだよ! お前にも見せてやりてえくらいだぜ!」
思うがままに語る。その間にも風の魔法が嵐のように叩きつけられるが、回避と防御に専念してセレスティアの頭に音声を流し続けた。
「あの子も寂しがってるぜ、戻ってこいよセレスティア!」
「うるさい……!」
「思い出話は沢山あるぜ?」
「――黙りなさい!! さっきから何なんですか、鬱陶しい!!」
嫌な話題を聞かされて、たまらず相手の口を塞ごうと前のめりになるセレスティア。入り組んだ地形を利用した鎌鼬が死角からクレスを襲うものの、彼は極限まで圧をかけた電撃で打ち砕く。
セレスが隙をついて透明化しようとすれば、直ぐに雷撃を走らせて空気を乱す。空を飛ぼうとすれば撃ち落とされる。風と雷では速度が違いすぎた。速さの勝負では完全にクレスが上だった。
そして、戦闘がクレス有利に運べばセレスティアには焦りが出てくる。彼女の焦燥と苛立ちを逆手に取り、クレスは戦況を支配していく。
(この様子じゃ、セレスティアはオレが洗脳解除できるって知らねぇみたいだな! そのまま怒れセレスティア、あの日のことを思い出させてやる!!)
怒りを爆発させる下地は整った。後は、セレスティアの過去を掘り返すだけだ。
「――お前、妹さんがいただろう」
風と雷が激突し、暴風吹き荒れる戦場の中、その声はやけに遠くまで響き渡った。
妹について言及されたセレスティアは、僅かに動きを鈍くさせる。
急所であって当然だ。セレスティアが邪教徒を憎むようになった理由が、妹を亡くすという悲劇から始まったのだから。
クレスはセレスティアの内にあるタブーを掘り返した。
「お前、それでいいのか! 家族の仇と手を組んでいいように扱われて、亡くなった妹さんは報われねえぞ!」
そして妹に言及して手綱を握ろうとした時、彼女の様子が何ら変わらないことに気づく。
「わたくしの妹は生きていますよ」
「っ……!?」
予想はしていた。都合の良いように記憶を改竄された結果、妹のことすらあやふやになっているのではないかと。
やはり対策済か。ならば、アーロスを侮辱して激怒させる? いや、よほどの単細胞でなければ引っかかってくれない。異常なレベルの激情を引き出すには、やはりピンポイントな口撃が必要だ。
(捻じ曲げられた認識をぶち抜くしかねえ)
妹の死という真実を歪めても、記憶のどこかで整合性の取れない部分があるはずだ。そこを攻め立てる以外、彼女を激怒させることはできない。
どこまで認識が歪んでいるか分からないが、真正面からぶつかってやる。
「じゃあお前、どうして正教幹部を目指した!? 強い信念や目的意識のない者は幹部になれねえ! お前が幹部を目指した理由を教えてくれよ!」
「それは……力が欲しかったからです」
「何のために強さを求めた!?」
「…………」
セレスティアの攻撃が勢いをなくす。まるでプログラムがエラーを起こしたかのように、風の力が弱まっていくのが分かった。
しかし、アーロスの洗脳は認識阻害の側面を併せ持つ。瞳に意志を取り戻したセレスティアは、二度とクレスの言葉に耳を傾けてくれなかった。
「セレス――おい! セレスッ!」
(くそっ、セレスに掛けられた洗脳は一味違ぇか!)
薬物や教育による洗脳ではなく、アーロスの魔法を用いた認知の歪みなのだから当然だ。
逆に言えば、効いている。心の奥底に疼いたかつての正気が悲鳴を上げているのだ。
彼にできることはセレスティアの心の扉を叩き続けることだけ。大切な友人を救うため、クレス・ウォーカーは体当たりの説得を続けた。
☆
セレスティア・ホットハウンドの意識は、闇の中を揺蕩い続けていた。
「……ここは?」
メタシムに単騎で突入し、捕縛され、絶望に侵蝕された心の隙に付け込まれてしまったあの瞬間から、彼女本来の意識は暗い海に囚われている。
洗脳後、新たに形成された己の人格が行う悪行の数々をまざまざと見せつけられた。決して出ることのできない意識の檻の中で、ずっと――
「や、やめて……やめてください! どうして――どうしてそんな酷いことができるのですか!」
表に出た人格は、邪教幹部に言われるがまま、されるがまま、或いは自ら進んで邪教に加担した。
「お願いだから、やめて……」
目を背けることはできない。だって、自分が視ているモノが直接意識の中に入ってくるのだから、目の逸らしようがない。
悪夢だ。愛する人、守るべき人を自らの手で排除しようだなんて。セレスティアは海に沈んだ檻の格子を握り締めて、己の行為に打ちのめされ続けた。
視界に入る者の全てが敵だ。
邪教徒共。全員が憎い。
この者共を倒せない、止められない自分が情けない。
――殺せ。
「誰か……わたくしを……殺して下さい……」
長きに渡る邪教徒生活は、セレスティアの心を極限まで追い込んだ。
死んだ魚のような目で、覆せない現状を眺めさせられ続けた。
オクリーが正教側の土地に放流された後、ヨアンヌがドルドン神父を連れてきた。
「あら、ドルドン神父。どうして貴方がここに? 捕虜ですか?」
表の洗脳された人格が声をかける。
「少々事情がありましてね、捕虜ではございません。セレスティア様の方こそ、こちらに居られるとは思いませんでしたぞ」
神父とシスターは多少の面識がある。催しや福祉活動、布教活動や祈りの際に、何度か話す機会があった。
互いに評判の良い人格者だと認識していたが、再会場所が邪教拠点・聖地メタシムというのは笑えない。まさか、人格者として有名だったドルドン神父が邪教に落ちるだなんて。内なるセレスティアに更なる心労と絶望が伸し掛かった。
「捕虜でないなら、どうして?」
「様々な悪事を、それはもう盛大にバラされましてね。向こうに居られなくなってしまったのです」
「……何をやらかしたのです?」
「――少年を、少々、味見していただけですよ」
「……まぁ、昔のわたくしなら耳を塞いでいたでしょうね」
「じゅる、そうでしょうねぇ。そういうセレスティア様は、まるで思考回路を邪教に染め上げられたような振る舞いですな」
内面を見透かされて、表裏二つの人格がぎょっとする。
しかし、それ以上話が進展することはなかった。
後日、セレスティアの心を揺さぶる出来事が起こる。
聖都サスフェクト襲撃作戦の直前――決行当日の昼に、ヨアンヌが今にも泣き出しそうな顔で話しかけてきたのだ。
「セレスティア、ちょっといいか……」
あのヨアンヌがここまで弱った顔を見せるとは。聖都襲撃作戦の直前になって緊張したのだろうか。しかし、何故アーロスではなくわざわざ外様の自分に話しかけてきたのだろう。
聖都近郊の森の中、セレスティアはヨアンヌの意図を汲んで二人きりになれる物陰に移動した。
「相談事ですか?」
「少しだけ、胸を貸してくれ……」
「っ……!?」
ヨアンヌがセレスティアの胸に飛び込み、顔を埋める。突然のことにシスターは硬直した。ヨアンヌ・サガミクスが自分のことを抱き締めている。声も、小さな身体も、震えている。
演技ではない。胸元にかかる吐息は熱く、怯えたように震えるその背中は打ちのめされた少女のそれだった。
何故、元正教幹部である自分を頼るのだ。セレスティアは呆気に取られながらも、少女の髪を撫でた。
「ゆっくりでいいから、理由を話してくださいな。もし無理そうなら、ずっとこうしていても良いですよ」
「……くそ、くそ……アタシは、こんな時になって、ダメなヤツだ……」
「…………」
セレスティアは透明感のあるヨアンヌの髪を撫でながら、彼女の言葉を待つ。しかし、少女は震えて抱擁の力を強めるばかりで、理由を話そうとはしない。
セレスティアはふと思う。かつて、泣きじゃくる妹をあやす時も、こうしていたっけ。
“もう、そんなに泣いてどうしたの? お姉ちゃんに言ってみなさい”
“ん〜ん、ん〜……”
“うふふ、『ん〜』じゃ分からないよ?”
甘えたがりな妹。姉妹揃って、自慢の銀髪。透き通るような、質の良い髪だった。
ヨアンヌの髪も、メッシュの紫以外は透き通る白色だ。
似ている。
妹が生きていれば、ヨアンヌほどの年齢だったはずだ。
“おねーちゃん……”
色素の薄いヨアンヌの白髪を撫でる。
体温が高くて、ぬくい身体。額を押しつけてくる様は、本当に妹に瓜二つだった。
「…………」
記憶が少しだけ飛んで、声が聞こえた。
「――お前、妹さんがいただろう」
心の奥深くに届く親友の声。説得を続ける男の声が、本来のセレスティアに届く。
「お前、それでいいのか。家族の仇と手を組んでいいように扱われて、亡くなった妹さんは報われねえぞ」
魂に電撃が奔る。
セレスティアの精神力の根源たる記憶に触れられて、表の人格が拒絶反応を示す。
平和だった故郷に、初めて邪教徒が襲来した。妹だけが犠牲になった。生まれて五年も経たぬ、小さな命だった。セレスティアは全身の水分を搾り尽くすほどに泣いた。
ぷにぷにとしていて、柔らかかった身体は、冷たく固くなった。土葬が終わり、しばらく経った時、「犠牲者が一人だけでまだ良かった」などという言葉を聞いた。
確かに他の街の被害はもっと酷い。この程度で済んでよかったというのは分からなくもない話だ。しかし、同郷の者にそう言わせた邪教徒が心の底から憎かった。
妹や故郷の人間を変えたのは誰だ。アーロス寺院教団だ。赦しておけるものか。セレスティアは格子を握り締め、こじ開けてやろうと力を振り絞る。クレスの説得を遠くに聞きながら、ありったけの声で叫んだ。
「わたくしの身体を返しなさいっ!!」
がしゃり、格子が
「……もう一人のわたくし、聞こえていますか。話をしましょう」
声をかけると、格子の向こう側にもう一人のセレスティアが現れる。色相の反転した修道服を身に纏った洗脳後の人格だった。
『聞こえていますよ、哀れなもう一人のわたくし』
余裕ぶった表情をしていたが、その仮面の下に焦燥感が隠れているのはすぐに分かった。
現実ではクレスに圧され、精神世界ではもう一人の自分が決起している。強固な精神抑制を掛けられていても、焦らないはずがなかった。
「元々わたくしと同一の存在だった貴女なら、邪教の行いに疑問を持つはずです。アーロスの指示に従わされて、何とも思わないのですか」
『同じ言葉をお返しします。貴女は正教に疑問を持たなかったのですか?』
「何ですって?」
『アーロス寺院教団が生まれたきっかけは正教の腐敗によるもの。民衆が理想の国を求めたが故に我々が生まれたのです』
「邪教が正教に打って変わる存在だとでも?」
『その通りです。正教の支配下では理想郷の実現など程遠い。ですから我々アーロス寺院教団が理想郷を創ろうとしているのではありませんか。足を引っ張ろうという正教が間違っています』
「人間は間違いを犯す生き物です。過ちを顧みて、正しい道に戻ろうとする正教の何がおかしいのですか。それに、理想郷を実現する道すがら、大切な人を喪ったとしても構わないと仰りたいのですか? その方が人道に反している……」
『いいえ、貴女は間違っている』
仄暗い瞳のセレスティアは言い切った。
それに対して、檻の中のセレスティアは格子の隙間に顔を突っ込む。
「人は人を殺すべきではありません。そんな簡単なことも分からないのですか」
つまらぬ理論だ。
そんな本来のセレスティアの反論に、洗脳された人格はせせら笑って答えた。
『これは理想郷を実現する前の、人類最後の戦いです。多少の犠牲が出ようとも構いません』
「……
『彼らが最後の犠牲と思えば、ゲルイド神聖国民の命など安いものでしょう?』
「人間一人ひとりの価値を見誤っています!! それに、人が人を護りたいと思う当たり前の優しさを無視している!!」
『元々、人間は殺し合って発展してきた生き物でしょう。いいえ、生物全体が生存競走の名のもとに他者の排除に夢中です。アーロス様は歴史の悲しき
「うふふっ……話になりませんね」
今相手にしているのは、セレスティアの悪辣な部分にアーロスの思考を混ぜ込んだ異常な人格である。目を見て話すだけで己の醜悪さを思い知らされる。
もはや、笑えた。己の一部がここまで捻じ曲がった人格になるとは。
「現実的な部分を指摘されれば『理想郷』という言葉で全てを叩き伏せ、挙句の果てには拡大解釈で煙に巻く……屁理屈がとてもお上手ですこと」
『……今のわたくしの話に、何か間違いでも?』
セレスティアには、洗脳後の人格に露呈する歪みが見えていた。
「ええ。妹の記憶を改竄されたのは、今の貴女の理論からすると都合が悪かったからです。『大切な妹も理想のためなら犠牲にしても構わない』――純粋にそう思えないから、真の記憶を封じられ感情を抑制されたのでしょう」
『……違う』
「おや、語調が弱くなりましたね?」
『黙りなさい!』
「ふふ……洗脳されていても、甘いヒト。そんなだから、今のような惨状を引き起こすのですよ」
檻の中のセレスティアは勝ち誇ったように言う。
現実世界のクレスがセレスティアを圧倒していて、洗脳された人格は更に取り乱して冷静さを失っていく。
「それに、歴史が人の性質を証明しているというのなら、理想郷を実現しようと多大な犠牲を払った者達の末路もご存知でしょう?」
『…………』
「革命者のほとんどは、理想の国家を一〇〇年と待たずに崩壊させています。この世界に理想郷なんてないし、作れないのです」
『でもアーロス様は違う……あの方は創れると仰っていました』
「その理論が通じるのなら、今のケネス正教だって理想郷を創れるかもしれませんよ?」
『ぐっ――』
「問題解決に近道はありません。理想とは程遠い現実に折り合いをつけて、ちょっとずつ現実を良くしていく……結局これが一番の近道なんですから。『天の心鏡』に傾倒するのは得策と言えないと、知っているでしょう?」
『黙れ……黙れええっ!!』
『天の心鏡』は不安定だ。人の心が不安定なように、叶える願いの大小も異なる。しかも、不可逆的な変化を齎してしまう。天災のようなものなのだ。
そして、妹の死も、ままならない現実のあれこれも、地に足をつけて少しずつ受け入れるしかないらしいと自分は知っている。
まさか、もう一人の自分はそんなことも忘却していたなんて。情けない話だ。
洗脳されたセレスティアは、心酔するアーロスの思想と野望を否定されて怒り狂っている。何を喋っているか分からないくらい早口で捲し立てて、薄い仮面を剥がされていた。
「……貴女もわたくしの一部。気持ちは分からなくもないです。……本当に、直視したくないですね」
現実世界と精神世界から同時攻撃を受けて、双方のセレスティアが不利に押し込まれる。
もはや洗脳されたセレスティアの勝利は絶望的だった。
現実世界にて、優位に立っていたクレスがセレスティアの異変に気づいた。セレスティアの感情の揺れが大きくなっている。
問いかけが功を奏したのか。いや、恐らくセレスティアの元の人格も戦っていたに違いない。
クレスは夜の世界に電紋を残しながら、闇の衣を纏ったセレスティアに瞬時に接近する。
一瞬の隙と精神の動揺を見抜かれたセレスティアは、強固なヘッドロックにより顔面を固定され――
「戻ってこい、セレスティアっ!!」
落雷と見紛うほどの電撃。
絖のような空気を割って、稲妻が落ちる。
咄嗟に絶縁体の空気で防御を固めるが、強烈な電圧が空気の層をこじ開けた。
セレスティアの脳に電撃が叩き込まれ、意識が断絶する。
現実世界での動きを経て、精神世界の檻が崩れ、砂と化した。
洗脳された人格が膝をつき、身体の端から塵となっていく。
「……貴女が考えていることの一部は、わたくしの思考の一部でもあります。勝手に消えるなんて許しません」
セレスティアは己の澱んだ人格を抱き締める。
そして、己の精神体に溶かし始めた。
『あぁ……アーロス様の野望成就を見届けられないなんて……最悪の気分です……』
「共に行く末を見届けましょう」
『…………』
洗脳された人格の精神体が消える。
これで、己を抑圧するものは何もなくなった。
自分の身体は、自分のものだ。
微かな喜びの中、現実世界へと浮上していく精神体の腰の辺りに、微かな温もりが宿った。
“お姉ちゃん、またね!”
「……うん。またね」
妹は死んだ。
大切な人をこれ以上誰も亡くしたくない。
あの日の覚悟を忘れてなんかいない。
仄暗い自分自身を打ち砕き、受け入れたセレスティアは、ゆっくりと目を閉じた。
☆
聖都サスフェクトの中央部に稲光が落ちる。クレスの視界は青白い光に包まれ、前後不覚に陥るほど強い衝撃が襲っていた。
目を瞑って耐えていると、抱き締めたセレスティアの肉体から力が抜けているのに気づく。
「セレス……!?」
次の瞬間、一陣の風が吹いた。花の香りを纏った暖かい風が、湿った空気を吹き飛ばす。空気の流れがゆっくりと曇天を払って、空を星の海に変えていく。
屋根伝いにヨアンヌとアーロスが走ってきた。
少し遅れてポーメットもやってくる。
いつの間にか、吹き荒んでいた風雨はぴたりと止んでいた。
空からおりてきた月光が、皆の注目の先に落ちる。
スポットライトの如く照らされた光の中で――
背筋をぴんと伸ばした銀髪のシスターが、悲しみを背負った表情で立っていた。
「クレス、ポーメット。遅れてしまって申し訳ありません」
クレスは声に詰まった。一年間、夢見た光景がそこにあった。
修道服の色は反転し、片目の輝きは戻らないままだが――間違いなくあの頃の声と表情で、セレスティア・ホットハウンドは微笑む。月の光を受けて銀の髪がきらきらと輝いていた。
「セレスティア・ホットハウンド……ただ今帰還しました」
重傷の青年を背負ったポーメットは、正教の象徴たるシスターの姿を見て活気を取り戻す。
無駄じゃなかった。死闘は報われたのだ。クレスとポーメットは顔を見合せる。大男が全てをやり切った顔で親指を立てていた。
「や、やった……無駄じゃなかった! ワタシ達の戦いは無駄ではなかったぞ、オクリー……!」
左腕を失った甲斐があったな、と気絶したオクリーの腿を叩くポーメット。聖都サスフェクト襲撃作戦を完璧に打ち砕いたのだ。これ以上、何を求められようか。
正教幹部達に笑顔が弾ける中、未だに現実との折り合いを付けかねている
「アーロス様、
『ぐっ……しかし――』
「今のアーロス様は『転送先』がねぇ! さっさと脱出しねえと取り返しのつかないことになる! 生き残って、何度でもやり直せばいいだろ!!」
『っ……そう、ですね』
アーロスは身を翻して瞬間移動の前動作に入る。
今のセレスティアが纏う神々しい雰囲気を目の当たりにしてしまえば、誰だって勝てる気はしない。
「アタシは他のヤツらに撤退を伝えてくる」
『了解です。お気を付けて』
「あぁ、アーロス様も……」
聖火の火傷で重傷のアーロスは瞬間移動で姿を消した。
ヨアンヌは背を向け、聖都中央から一目散に逃げ出した。