全員覚悟ガンギマリなエロゲーの邪教徒モブに転生してしまった件   作:へぶん99

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一〇九話 いいじゃない人間なんて交尾すりゃ増えるんだし

 

 散開したアーロスとヨアンヌを追いかけようとして、セレスティアは思い留まる。

 自分の持つ情報が少なすぎて、正教側の状態が分からない。仲間と合流して冷静になり、現状把握と目的の整理を改めて行うべきだ。

 

 しかし、今まで散々虐め抜いてくれたアーロスの後ろ姿を黙って見送るのも癪に障った。

 ぐっと気持ちを堪えてアーロスを見送ったセレスティアは、拳を握り締めた。

 

 ――いつか、必ず。

 この屈辱を晴らしてやる。

 

 怨念の籠った眼光で影を一瞥した後、セレスティアはクレスとポーメットの方に向き直る。およそ一年ぶりの再会の喜びと、精神を乗っ取られていた屈辱・罪悪感の狭間に揺れた。

 微妙な表情をしていたセレスティアに対して、クレスとポーメットが力任せの抱擁で揉みくちゃにする。

 

「無茶しやがって、バカ野郎……!」

 

 涙声のクレスと、何も言わぬポーメットの息遣いが至近距離にやってくる。

 一年前のダスケル崩壊直後、彼らを置いて一人突っ走ってしまった。ダスケル崩壊を止められなかったのは、オクリーを消し飛ばせなかった自分の責任だと。申し訳なさがセレスティアの鼻の奥をつんと刺激する。

 

「……ごめんなさい。あの時は先走ってしまいました……」

 

 おずおずと親友二人の身体を抱き締め返す。大きくて、筋肉質で、懐かしい温もり。再会の欣幸が溢れ出して、視界がぼやりと滲んだ。

 ただ、ポーメットの背であの青年(・・・・)がぐったりしているのを見て、ぎょっと目を丸くしてしまう。

 

「オクリー……!? 何故ここに!?」

 

 セレスティアは反射的に身を引き、風の力を掌に練り上げる。行方不明になったかと思えば、こんな所にいたのか。因縁の邪教徒が目の前にいて、頭に血が上った。

 その意図を察したクレス達は、宥めるように両手を前に出した。

 

「いやっ、ちょっと待て! コイツは敵じゃねぇ!」

「この男はダスケル崩壊を呼び込んだ幹部候補ですよ!! それに、彼のアーロスに対する従順さはよく知っています……!!」

「セレスティア、まずは落ち着いてワタシ達の話を聞いてくれ」

 

 両名の神妙な面持ちと意味深な言葉を理解して、ふと冷静になる。

 

(……そういえば最近、正教側にオクリーを奪われたとヨアンヌから報告がありましたね。その辺の理解と噛み合わない。やはり一度落ち着いて、話をした方が良いですね……)

 

 眉根を顰めながらも覇気を鎮めたセレスティアは、何度か深呼吸して二人に告げた。

 

「……お互いに近況報告しましょうか。土産話は沢山ありますよ」

正教(こちら)はこの男のせいで激動だったよ。さて何から話したものか――」

 

 

「――なるほど、オクリーは最初から内通者だったわけですか。聖都襲撃作戦への対抗策が的確かつ迅速すぎたのは、そういう裏があったのですね」

 

 セレスティアは己のいない間に起こった激動と、対邪教の進展を理解し、複雑な心境をぐっと呑み込んだ。

 

(邪教徒達を信じさせるためとはいえ、そこまでやりますか。末恐ろしい男ですね)

 

 オクリーの邪教徒としての実績はこれ以上ないレベルだ。移動要塞化計画を発案し、ダスケル崩壊の立役者となり、その他にも邪教躍進の原動力となったのは間違いない。

 それが、全て嘘だったと。幹部の信頼を掴むため、敬虔で忠実な狂信者として振舞ってきたというのか。どれほどの狂気と覚悟があればやり通せるのだろう。

 

 実際、セレスティア自身もまんまと騙された。真実を知った今でも、彼の本懐は邪教にあるのではないかと思えてしまう。

 尊敬とも軽蔑ともつかぬ感情で現実に納得するしかない。否の感情は大きいが、己を解き放ってくれたのは彼が発案した『洗脳返し』あってこそだ。突然のことで感情が追いつかないのは、同じ邪教徒として過ごしてきた記憶が尾を引いているからだろう。

 

(じゃあ、内臓交換って……? あれもヨアンヌを籠絡するための演技ってことですか? いや、流石にそれは……)

 

 思考が土壺にハマりかけたところ、ポーメットに担がれたオクリーが呻き声を上げた。

 ポーメットがそれに気づいて、彼をそっと地面に下ろす。その仕草を見たセレスティアは妙な違和感を感じた。

 

 がさつなところのあったあの(・・)女騎士の手つきが優しい。そして、その目。なんて潤んだ瞳で彼を見つめるのだ。

 まるで彼を本当の仲間と認めているような――いや、それ以上の親愛の感情を感じさせる仕草だ。妙なショックを受けると同時に、オクリーという人間がここまで受け入れられているのだと考えが変わった。

 

「おいオクリー、大丈夫か? 目ぇ開けろ、お前のお陰でセレスちゃんが戻ってきたぞ」

 

 クレスも同様だ。彼に対する呼び掛けが優しい。

 自分だけが、オクリーに対する評価を更新できていない。一抹の不安を抱えていると、酷い隈の青年が掠れた声を漏らした。閉じられた瞼が痙攣し、ゆっくりと持ち上がっていく。

 

「しっかりしろ、まだ意識がはっきりしないか?」

 

 ポーメットの声に対する反応は緩慢だ。

 黒く澱んだ瞳が右に左に動いて、声の主をぼんやりと見つめている。しばらく無言で彼女を見続けて、はっとしたように瞳に意思が宿った。

 そして、ポーメットの隣にいたセレスティアを発見して、口を中途半端に開いたまま硬直してしまう。そのままわなわなと震え出して、か細い声を漏らした。

 

「セレス……ティア?」

 

 セレスティアがクレス・ポーメットと肩を並べていて、尚且つ彼女の見た目が半分ほど元に戻っていたお陰だろう――オクリーは彼女の覚醒を察していた。半ばで断たれた左腕をセレスティアへと伸ばし、己の重傷を見て我に返ったように手を引っ込める。

 

「クレス、お前。やったんだな」

「おう、オクリーのお陰でな。よくぞ時間を稼いでくれた」

 

 オクリーはポーメットの肩を借りながら立ち上がろうとする。その痛ましい様子を見て、セレスティアは自然と手を差し伸べた。

 

 オクリーとセレスティアの視線が交錯する。しばらくの間、無言で見つめ合う。青年は彼女の手を取ろうとしたが、躊躇っていた。

 無理もない。今までオクリーはセレスティアを散々撹乱していた上、洗脳後は敬虔な邪教徒としての顔しか見せていない。セレスティアの洗脳解消を目的に動いてきたとはいえ、達成の瞬間を目撃していないため心の準備が整っていなかった。

 

(――同じなのかもしれない。わたくしもオクリーも、言葉をかけるのを恐れている……?)

 

 そんなオクリーの気を感じ取ったセレスティアは、引っ込みかけた彼の手を強引に引き寄せ、力任せに立ち上がらせた。

 オクリーはぎょっとしながら引き上げられ、つんのめりながら姿勢を立て直した。真正面から向かい合う形になったセレスティアは、若干怯えたようなオクリーに声をかける。

 

「貴方の活躍、お聞きしました。行方不明になってから、正教のために動いてくれたようですね」

「……そうだな」

「ですが正直、わたくしの貴方に対する印象は最悪です。一年前の森の中で、ヨアンヌと戦っている最中に横槍を入れられてしまいましたし――ダスケルの路地裏でもまんまと『転送源』のフェイクに引っ掛けられました。それが今からハイ味方ですなんて言われても、心が追いついていないのが現状です」

「…………」

 

 酷い言葉掛けとは思うが、今のうちに蟠りを解消しておくのが今後のためだ。セレスティアは思いの丈を語った。

 それに対して、オクリーは苦虫を噛み潰したような表情になる。彼もまた己の内面を語り始めた。

 

「……どこまで聞いたかは分からないが、俺は教団の重要ポジションに就いた上で、内乱を起こしてやるつもりだった。……回りくどいよな。半端者だった。結果的に、多くの人を殺した」

 

 彼の行動原理は、クレス達からの話を受けて何となく想像していた。本人の口から語らせて、ひとつずつ完璧に齟齬を無くしていく必要があった。

 

「何度も君を騙した。特にダスケルでの君との邂逅――あの時もっと上手く話せていれば、こんなことにはならなかったはずだ。……本当に、すまなかった……」

 

 オクリーが左腕の傷を押さえながら唇を噛み締める。口端からじわりと血が滲んで、顎先から滴った。涙と混じって、赤い水彩絵具のように見えた。

 

「あの時、オクリーは『俺は味方だ』とか『正義の味方』とか言ってましたっけ。……ふふっ、それ、分かりにくすぎますよ」

「ハハ、だよな……。言葉のチョイスが最悪すぎた……」

 

 セレスティアが柔和に微笑むと、オクリーは己の言動の至らなさに苦笑する。あの時アルフィーのことに言及したのも不穏さと怪しさに拍車をかけた。本当に上手くいかないものだ。

 だが、今からは何もかもが順調に進んでいく。これまで散々失敗して回り道してきた分、これからは最短距離でアーロス寺院教団を叩き潰せるのだ。

 

「今の貴方の方が人間らしくて素敵ですよ」

「……うん。俺も今の君の方が好きだ」

「お互い、邪教に尽くしていた時の記憶は黒歴史というわけですね」

「…………」

 

 オクリーは(・・・・)答えない(・・・・)。寂しげに俯くだけで返答を濁した。

 それに気づかないクレスとポーメットは、オクリーとセレスティアの雰囲気が和らいだのを感じて、ほっと一息ついた。

 

 かねてからの小目的『セレスティア奪還』を達成したオクリーは、労りの雰囲気を消し去り殺気を纏う。

 聖都襲撃は終わっていない。まだ邪教幹部共は街にいる。奴らを追い払わなければ、この幻夜聖祭は終わらない。

 

「さて。セレスティアを取り戻せたってことは、聖遺物奪取を未然に防いだって認識でいいんだよな?」

「そのはずだ。ヤツら、不死鳥の神殿には指一本触れちゃいねえよ」

「あとは市民を守りながら邪教幹部を撃退するだけだな」

 

 そこまで確認して、オクリーは「そういえば」と顔を上げる。

 

「スティーラの件はどうなってる?」

「宙ぶらりんだ。ヨアンヌがどう動いているか皆目見当もつかん。肉片保有者が生きていたら、スティーラの転送を許して取り逃してしまう。ヨアンヌが想定通りに動いたのなら、手筈通りスティーラを鳥籠に封じ込めて殺害できる」

「サレンと合流して早急に確かめる必要があるな」

「しかし、他の仲間が心配だ。壁の外ではポークが率いる死屍(ゾンビ)の軍勢がいて、聖都内では幹部共がゲリラ戦を仕掛けている。――そこで、どうだろう。個々で散開して味方の援護に向かい、聖都内から邪教幹部を速やかに追い払うというのは」

 

 結局、スティーラを殺し切るには戦力の集約が必要だ。

 となると、他の敵をさっさと排除してしまうのが手っ取り早い。

 

「その作戦で行きましょう。……オクリーは手負いです。わたくしについてきてください」

「いや。この身体でもまだやれることはある。一人で動くよ」

「……流石に嘘だよな? 冗談キツイぜ」

「左腕に『聖鎧』を括り付ければ前々と変わらない。俺は北に向かう」

「……タフ過ぎるだろ。ならオレは東に行こう」

「わたくしは西へ」

「ワタシは南だな」

「よし……皆、また後で会おう!」

 

 四人の男女が散開する。残った邪教幹部を叩き、殺害ないし『転送』を使わせて撤退させるため、満身創痍の身体で再び戦いへと向かっていく。

 

 

 

 

 時は少し遡る。

 荒天に見舞われた聖都外部では、兵士達が大砲や投石機等を中心に隊列を組み、ポーク・テッドロータス及び死屍(ゾンビ)の軍勢の襲来を待ち構えていた。

 

 聖都サスフェクトを守る外壁の上では、バリスタや大砲の準備を済ませた兵士がいる。これから始まる大規模戦闘を前にして、「しばらくぶりの大仕事だぞ」と架台を叩いて大砲を鼓舞する者もいた。

 

 転送による戦術が開発されなければ――或いは内戦が起きなければ――国境から遠く離れた内陸部の首都が襲われるはずもないのだから、大砲を使う場面なんて来ないのだから無理もない。

 聖都で最後に大砲が実戦使用されたのは三〇年以上前、アーロス寺院教団が設立する前まで遡る。魔獣の大群が襲来し、先代魔法使いと大砲が活躍したと公式記録が残っている。

 

 それからは訓練で火を噴くばかり。気のせいか、久々の役目を与えられた大砲たちは誇らしげに見えた。

 

 壁上と平地上を合算して、大砲の数は一〇〇を超える。バリスタや投石機を合わせれば、装置の数は二〇〇といったところ。

 闇の中からいつ敵が現れるのか、皆、緊張した面持ちである。

 

 そんな中、最前線を任された対邪教徒部隊隊長ルツインは、聖都の壁上で悠然と佇むジアター・コーモッドの姿を見て感心していた。

 彼女こそ聖都攻防戦の要だ。ジアターの立ち振る舞いが兵士の士気に直結する。

 

(あのお嬢さんが威風堂々と振舞っている。覚悟が決まって、ひと皮剥けたようですな)

 

 人見知りであがり症、小心者で気弱な彼女が、兵士の士気を上げるために『正教幹部』の姿を演じられるようになっている。兵士の目には希望の象徴のように映るに違いない。それが無性に嬉しかった。

 ルツインはジアターと異なる部門に所属しているが、共に邪教徒と戦ってきた戦友だと認識している。今よりももっと軟弱だった頃を知っている彼からすると、感動すら覚える晴れやかな気分だ。

 

「隊長、そんなにジアター様のこと見てどうしたんスか? パンツでも見えました?」

「おバカ……召喚獣で狙撃されますよ」

 

 気心の知れた部下に茶化され、軽口で返す。そのやり取りを聞いた周囲の兵士はニヤニヤと笑みを浮かべ、緊張が解れたようであった。

 茶化していた彼も、それを狙って発言したのであろう。次第に、血湧き肉躍るような熱気が自軍の間に伝搬していった。

 

 期せずして、場は温まったようだ。

 長年の勘から敵の襲来を感じ取ったルツインは、仲間達の程よい緊張感を察して演説を始める。

 

「皆さん。我々がここに来る前、サレン様に何と言われたか覚えていますか? ――死守せよ(・・・・)。相手はポーク・テッドロータス……死の操り手と呼ばれているのに、お上は死に物狂いで戦えと仰るらしいです。とんだ皮肉だとは思いませんか」

 

 くつくつと笑うルツイン。兵士達も自信に満ちた表情を浮かべながら微かに頬を緩めた。

 こういうヒロイックな冗談は男共を奮い立たせ、士気を向上させるという。ルツインは重大任務の前にはこうして小言をボヤき、部下の心に燃料を注いできた。

 今宵も、効果は抜群だった。兵士の瞳の色が一変していた。

 

「我々の背後――あの壁の向こうには市民がいます。家族や子供がいる者もいるでしょう。我々が負ければ、彼らも死ぬ。ゆめゆめお忘れなきよう――」

 

 轟。地響きが空気を割る。

 遥か彼方から何かがやってくる。大挙して迫ってくる。

 

「完膚無きまでに邪教徒を叩き潰し、対邪教徒部隊は今宵を最後の晴れ舞台としましょう!!」

 

 ルツインが剣を抜き放ち、闇の地平線へ差し向ける。

 ジアターの口元が動き、両手が夜空に掲げられる。

 

「――炎よ」

 

 壁上に立つジアターの身体から光の粒子が発現し、夜を照らすように眩い光を放つ。

 彼女が生み出したのは、正教を象徴する炎の鳥『不死鳥(フェニックス)』。

 闇を散らしながら巨大な翼を広げ、不死鳥が空高く飛び立った。

 

「我らの象徴に続けえっ!! とつげぇぇき!!」

「おおおおぉぉぉぉおおおおおおおおっっ!!」

 

 男共の覚悟に満ちた咆哮が木霊する。同時、幾十もの砲台が火を放った。

 

 ――しかし、それは味方の砲撃の音だけではない。

 

 遥か彼方、敵陣のあちこちから火薬の発火炎が瞬く。

 

 ルツインが見たのは、棘の亀甲を纏った大砲や破城槌を運びながら進軍してくる死屍(ゾンビ)共と――死の毒をばら撒きながらやってくる、ポーク・テッドロータスの禍々しい姿だった。

 

 外壁に仕掛けられた植物の魔法や雷の魔法が自動的に大砲を撃墜するが、兵士達に動揺が走る。

 

「怯むな!! 我らにはジアター様がついている!!」

 

 大地に爆撃が飛び交い、炎がおりる。

 草原に明かりが灯り、敵の全体像が浮かび上がってきた。

 

 大地に大きく広がった陣を構えるのは、やはりポークの軍勢だ。その数は数千にも及ぶ。これまでに掌握したゾンビのほとんどを注ぎ込んだ大部隊である。

 

「キミ達が装備を整えれば整えるほど、ボクの手下にした時に優位に働く。残念ながらキミ達に勝ち目はないよ」

 

 ポークは棘の傘を広げて軍勢を守り、砲弾を寸断し炎を妨げた。

 ジアターの召喚獣も降り注ぐ毒の爆撃を焼き尽くし、炎を敵陣に撒き散らす。

 

「それに……今の攻撃を見れば分かる。あの炎の鳥が纏っているのは、サレンの炎じゃない。ごく普通の火炎だ」

 

 ポークの棘と召喚獣の射程は同等。制空権を取られてはいるが、多少炎を浴びた程度でゾンビの兵士達は止まらない。彼らは頭部を砕かれるまで動き続ける。

 混戦になった時に有利なのは、ポーク率いる軍勢だ。

 

 分析を終えたポークは、意気揚々と棘の玉座に腰掛ける。棘で巨大な扇を形作り、扇いだ風圧で不死鳥の炎を退ける。そして、地面から生やした棘でスロープを形成したかと思えば、大規模な()を作り出した。

 

「さぁ……今夜は寝かさないよ」

 

 雑兵が激突する。

 対邪教徒部隊の面々は精鋭揃いで、純粋なぶつかり合いなら負けないだろう。だが、頭部を破壊されるまで動き続ける死屍の軍勢は、疲労とも痛みとも無縁の存在。所々で前線が破られ、彼らの仲間入りを果たす正教兵が出てしまう。

 

 門を破壊するための破城槌や大砲のある本陣は棘の傘と城によって護られている。

 ジアターの召喚獣『不死鳥』が飛び回っても、精々進軍を押し留めることしかできない。

 

 本来、戦いとは防衛側が有利に立つ。

 ポークの魔法は、それらの不利を無視することが可能な最悪の性質を持っていた。

 

 

 一方、マリエッタ。

 彼女は正規軍の兵士と共に聖都内を虱潰しに駆けずり回っていた。

 

「邪教徒は見つけ次第切り伏せろ! 死体に聖水を振りかけるのを忘れるなよ!」

 

 転送してきた邪教幹部は、既に部下に肉片を託して聖都内を荒し回っていると聞く。

 言うなれば、今の敵は残基一基の無敵兵士が暴れ回っている状態だ。そこで、保険にして撹乱の肝たる肉片を潰す必要がある。結局やることはいつもと同じく『狂信者共を排除すること』に違いないのだが、今回ばかりは幹部消滅に直結するため今まで以上の力が入っていた。

 

 無論、アーロス側もそれを理解している。肉片を運ぶ信者が殺されてしまえば、逆に敵地のど真ん中に転送してきた邪教幹部側がピンチになってしまう……と。

 囮となる潜入員を送り込むことで成功率を高めようとアーロスは画策し、正教側は聖都の各門を閉ざして敵を閉じ込めることを対策とした。同時に、一般人は地下に素早く避難させることで、人質に取られることを回避した。

 

 聖都の地下に広がる水路や地下道にも精鋭を配置している。魔法の使えない肉片保有者は、地上の門を叩き壊す以外に逃げ道がない。

 地下はノウン・ティルティの植物と精鋭が根を張る文字通りの地獄だ。故に、邪教側は門を壊し、強引に防衛線を突破することに執着するはずである。

 

 いくつかの門のうち、一つでも大穴を空けられてしまえば、彼らは闇に紛れて逃走してしまう。そこが聖都襲撃もうひとつのキーポイントであった。

 

 聖都内を警邏(けいら)する部隊と、門の周囲に留まって邪教徒の接近に備える部隊のうち、マリエッタは東門を防衛する小隊にいた。

 壁上の兵士や小高い監視塔のスポッターと連携しながら、外壁や門に細工を施そうという輩を監視する。時間をかければかけるほど不利になるのは邪教側なので、彼らは簡単な変装こそしているものの猪突猛進に門をこじ開けようと襲いかかってきた。

 

 しかし、伏蟲隊のいない邪教徒など恐るるに足らない。

 マリエッタ含む兵士達は血の雨を浴びながら敵を斬り伏せた。

 

 そんな混戦の中、壁上の大砲が火を噴き、バリスタが哭いた。

 街の外でも戦いが始まったのだ。この東門がポークによって狙われているらしい。内外から攻め立てて、鳥籠に大穴を開けるつもりか。

 

 そうして兵士達が注目を奪われた直後、正教の布陣の中央に澱んだ異物(・・)の空気が下りてきた。

 

「ポークはこの東門に狙いをつけたか」

 

 全員が陣の中央に振り返ると、擦れたような雰囲気のヨアンヌ・サガミクスが立っていた。

 その右手には死体を掴み、誰を見るでもなくぼんやり遠くを眺めている。

 

「ッ!!」

「ヨアンヌ!? いつここにッ!!」

 

 マリエッタを庇うようにホセとダロンバティが臨戦態勢に入る。マリエッタは迷わず抜剣するが、呆気に取られて後ずさってしまう。

 

「おいマリエッタ」

「っ……!? な、何よ……!!」

「コイツがスティーラの肉片を運んでいた。ほら、見えるだろ」

 

 ヨアンヌは頭の潰された死体を足元に放り投げる。その懐から、スティーラのものと思しき白い指が転がった。てっきり正教兵士の死体と勘違いしていたが、服装を見れば一般人に扮した邪教徒であることが分かった。

 ヨアンヌは零れ落ちた白い指を素足で踏み抜いて、スティーラの肉片が消滅したことを見せつける。

 

「……スティーラはこれで転送できない。その他の幹部は、知らない。まぁ、約束は守ったからな……アタシはこれで行かせてもらう」

 

 門を潜るでもなく、壁を登るでもなく、ヨアンヌはふらふらとした足取りで聖都中央へ戻っていく。

 突如の襲来による恐怖のせいで、誰もが彼女の行動を止められない。彼女の速度が異常なだけではなく、纏う雰囲気が戦う者のそれではない。そんな違和感も兵士達の思考を混乱させた。

 

「ま、待て! あなたは本気であたし達に協力するつもりなの……!?」

 

 マリエッタが聖都へ戻っていこうとするヨアンヌの背中を呼び止めると、少女が振り返った。いつも勝ち誇ったような雰囲気を纏っていた少女の顔色は優れなかった。

 

「……確かめないといけないことができた」

 

 白い脚を血に染めた少女は聖都中心部を睨みつける。

 今までのヨアンヌを知るマリエッタからすれば、今の光景は異常としか形容できない。一体、何が起こったというのか。

 

 白い脹脛(ふくらはぎ)に力が篭もる。

 溜めた力が解放される直前、ヨアンヌは顔を背けたまま告げる。

 

「気をつけろオマエら。外門をブチ壊しに、第二位(アプラホーネ)がやって来るぞ」

「え? ……え?」

「アプラホーネだと……!?」

「アーロス寺院教団に勝ちてぇなら、ここが踏ん張りどころだぞ。……あぁ、アタシは何でこんなことを……」

 

 ヨアンヌは舌打ちした後、聖都中心部へ向かって跳躍した。一瞬でその姿は見えなくなり、残されたマリエッタは唖然としてしまう。

 

(あの女、何を考えてる!? ――きっとあの情報は嘘だ、嘘に決まってる。でも、あの顔はそんな風には――)

 

 同じ女としての勘が囁いている。

 アレ(・・)は変わろうとする者の目だ。

 惚れた男のために、己の何かを捻じ曲げようとする少女の迷いだ。

 

 しかし同時に、不穏でもある。

 オクリーの口から散々聞かされた。彼女は頑固なんてレベルじゃない、是が非でも己の信じた道を通そうとする怪物なのだと。

 

 そんな女が、今になって迷うだと?

 今後の世界を左右する、この瀬戸際で?

 

「この聖都で、何が起こってるの……?」

 

 マリエッタは呆然としながらも、アーロス寺院教団幹部序列二位――アプラホーネ・ランドリィの襲来に備えた。

 

 そして、奴はすぐに来た。

 潮の香りに乗って、破壊の波が襲い来る。

 地面から幾つもの直方体や角錐がせり出してきて、人間をゴミのように貫いて潰していく。

 

 前後左右から襲来する不意打ち。マリエッタの死角から塩の柱(・・・)が迫る。

 

「マリエッタぁっ!!」

 

 ダロンバティが少女を突き飛ばす。

 直後、果実が弾けるような爆発音がして、ダロンバティが赤い霧となった。

 

「――っ!」

 

 ――オクリーから聞き及んでいた第二位の能力。

 それは、触れたものを塩に変え、自在に操るという規格外の呪詛系能力であった。

 

「ハーーッハッハッハ!! 久々だね諸君! 最近外に出ていなかったものだから、加減を誤ってしまったようだァ」

 

 塩の柱に乗る女が嗤う。

 ハイライトのない、縦縞模様の茜色じみた瞳。赤銅色で切り揃えられた姫カット。オーバーサイズなトップスに、スレンダーな脚を際立たせる黒いタイツ。異様な格好をしたこの美女こそ、アプラホーネ・ランドリィ。セックス狂いの淫乱女にして、孕み袋や培養槽を製作した邪教随一の技術者である。

 

 ダロンバティを含めた正教兵を一瞬で殺戮したアプラホーネは、塩の柱を乗り継ぎながら高笑いした。

 

「そんな顔をするな……人間なんて交尾をすれば増えるじゃないか! 我々が去った後に増やすといいさ!」

 

 艶やかな髪を靡かせて、女は東門前に殺戮の嵐を振り撒いていった。

 地面から塩の杭が幾重にも突き上がり、人間が串刺しにされていく。監視塔が塩の柱によって薙ぎ倒され、悲鳴を上げる兵士達を磨り潰していく。正教兵達の覚悟も矜恃も踏み躙って、ただただ圧倒的な暴力が降り注いだ。

 

 そんな絶望を前にしても、マリエッタは剣を取る。命からがら生き残っていたホセも、親友ダロンバティの死を半ば無視する形で立ち上がった。正規軍副長オーフェルスも、腕を負傷していたがまだ戦えた。

 

「まだ向かってくる気かい? ……良いね! どれだけハンデがあっても無理だと思うけれど」

 

 下品に胡座をかいた女は、感心したように歯を見せる。

 

「生き残りたかったら、吾輩の前で交尾をしたまえ。見世物になれ」

「ほざけ、下郎が!」

「そうだ! あたしはオクリーさんとセックスするんだ!! 誰がホセさんなんかと!!」

「……!?」

「断るというのかい。君達、生き残るチャンスを不意にしたねぇ?」

 

 東門小隊の生存者は一〇名に満たない。

 生存と勝利を賭けた東門の戦いが始まる。

 

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