全員覚悟ガンギマリなエロゲーの邪教徒モブに転生してしまった件 作:へぶん99
一二一話 金髪坊主のひとりでできるもん
アレックスは命からがら聖都から脱出しており、聖地メタシムにて既に亡き主ヨアンヌを待ち侘びていた。
「ヨアンヌ様が死ぬわけないっす」
片腕を失い、本来なら死んでいるはずの重体だったが、警備の比較的手薄な西門を通って脱出していた。
聖都に侵入した邪教徒で生き残ったのはアレックスだけだった。
そんな彼がスティーラの死とヨアンヌの行方不明を知らされるのは、帰還から三日後――つまり『聖都サスフェクト襲撃作戦』失敗から三日後のことである。
「――……負けた?」
いつまで経ってもヨアンヌが帰ってこないことを気がかりに思ったアレックスは、ポークからの呼び出しを受けて聖堂の大広間に迎え入れられた。
そこで伝えられたのは、『聖都サスフェクト襲撃作戦』の失敗と、教団史において前例がないほどの大敗。聖遺物『天の心鏡』を守る不死鳥の神殿に近づくことすらできず、外国との摩擦を引き起こすこともできず、セレスティアを奪い去られた挙句、スティーラを討ち取られ、更にヨアンヌは行方知れずという、誤魔化しようのないほど散々な結果であった。
「な、何でっすか……?? スティーラ様が討ち取られた……? それに、外国人観光客の死者がゼロだなんて……ふ、不可能っすよ、それは……」
冗談に決まっている。
聖都襲撃が失敗したのはまだ理解できる。セレスティアの洗脳が解けたのも、だ。
しかし、スティーラが死んだ? ヨアンヌが行方不明?
特に、外国人観光客の犠牲が出なかったなんて、本当だとしたら
ゲルイド神聖国の領土と『魔法』に興味を持つイグオール帝国に情報を流し、『自国民の保護のため』という名目を与えて軍隊を動かし、間接的な外患誘致を起こし、正教を疲弊させようという算段だったはずが、全てご破算だとポークは言う。
報道規制によって歪められた事実に違いない。帝国の密偵はどうした。そんな様子のアレックスに対して、ポークの隣に立つ幹部候補が言う。
「エヌブラン・ガララーガにしてやられた。奴の合流が遅れたのはそういう理由だ、全て読み切られていた」
男はシャディクの部下『遊撃隊』所属である。『遊撃隊』はイグオール帝国の密偵を監視していたが、エヌブランによって密偵ごと消滅した。帝国側の密偵に、エヌブランの仕込んだ内偵が更に入り込んでいたのだ。
つまるところ、邪教徒のテロに見せかけた帝国密偵による帝国人殺害――壮大な自作自演を未然に防がれてしまい、帝国による介入の機会は永遠に失われてしまった。
友好国の記者が民間死者ゼロの『奇跡』を報道し、騒動は沈静化へ向かうだろう。
「…………」
アレックスは唖然とする。先日、全信者に聖都サスフェクト襲撃作戦が失敗したと伝えられたらしいが、スティーラ死亡とヨアンヌ行方不明については伏せられている。
スティーラについては、北東支部の伏蟲隊を含めて彼女の部下がほとんど死に絶えており、元々表に出ないこともあって不審がられることはなかった。その圧倒的な暴力性から、死んだとは露ほども勘づかれていないようだ。
――そう、そうだ。
まだ三日しか経っていない。当初の予定ではスティーラを兵糧攻めにし、じっくり真綿で締めつけるようにして餓死させる算段だったはず。それが、たった三日で消滅? あの武闘派、アーロスやヨアンヌの認める『最凶』が正攻法で攻略されたということだ。有り得ない。
「スティーラ様が死んだって、どうやって……?」
「分からない。あの子が負けることだけは有り得ないと思っていたのだけれど……」
聖都北部で起こったことについて知る者は数少ない。邪教幹部で唯一それを目撃したヨアンヌは正教に下っている。
スティーラの能力の全貌を知らないポークやアレックス達だが、異次元の強さだけは身に染みて理解している。魔法使いのうちの大半が逆立ちしても敵わないことだって知っている。
そして、更なる意味不明が、ヨアンヌの行方である。ポークが前髪を掻き上げながら「我々にもさっぱりなんだ」と疲弊した声で呟く。
「アーロス様と別れた後、恐らくは敵方に捕らえられたか、身動きの取れない状況下にあると見られる」
彼女は、何をしているのだ?
また面白いことをやろうとしているんだよな?
その過程で必要なことが、消息不明に至ることなのだろう?
最終的には、
そうだと言ってくれ、混沌の女王よ。
「オクリー先輩が裏切って……ヨアンヌ様は行方不明で……自分は一体、どうすれば……?」
一応はヨアンヌの部下として見られていたアレックスは、茫然自失と呟く。それは、掴みかけていた夢が手のひらから零れ落ちた故の意志喪失であった。
ポーク達はその呟きを「心酔する上司を失ったが故の失意」と捉える。
「……一度、頭を冷やすといい。指示は別途出すよ」
ポークは手を払ってアレックスを帰した。
ヨアンヌの計画が上手くいっていたなら、教団が『天の心鏡』を奪取した後、第三国含めた敵が次々に嗾けられ、正教が疲弊し――その間にヨアンヌと共に邪教破壊の内部工作を始めていた頃合だった。
予定が狂っている。いや、予定通り・予想通りなんてつまらないのだけれど、こればっかりは違うじゃないか。風向きが悪すぎる。この『予想外』によって、アレックスにとっての『つまらなさ』が襲い来る予感が浮かんだ。
(そうだ、ドルドン神父ならヨアンヌ様から何か聞いてるかもしれないっす!)
項垂れていたのはほんの片時。アレックスはオクリーの個室で裸になっていた老爺を叩き起した。
「神父、ヨアンヌ様が行方不明になっちゃったっす。何か知らないっすか?」
「金玉を触らせてくれないか?」
「期待した自分がアホだったっす!」
ドルドン神父はオクリーの枕に股間を擦り付けている。鍛え抜かれた尻が小刻みに震えていた。
急に、慌てふためいていた自分が滑稽で、一生懸命に汗をかく神父が羨ましく思えてしまった。
ただ、ドルドン神父の内心は穏やかではない。オクリーの裏切りと来て、ヨアンヌの失踪――臭う。あまりにも臭いではないか。
(あの女、やりおったわ。決断しおったわ。最も地道でつまらなくて素晴らしい世界を望みおった。やるな……。やはり、奴の精神力も並大抵ではないというわけか)
言葉には出さないが、惜しみない賞賛を心の中で唱えながら腰を振る。そして、フィニッシュと同時に逃げるアレックスの金玉を捕獲。無事心象風景を盗み見て慄然した。
――スポットライトに当てられた張りぼてのステージ上で踊り狂う人形。舞台裏から糸を引き、それらを操る痩せこけたのっぺらぼうの男。男が身につけた衣類は最低限の粗悪品。
男は必死に人形を操る。客が見ているのは人形だけで、裏方の男にはこれっぽっちもスポットライトが当たらない。それで良いのだ。のっぺらぼうの男は、新たな玩具を拾ってくる。そしてステージ上でひけらかす。観客は人形のことを囃し立て、煌びやかな表舞台に隠れた裏方のことなんて気にかけない。
大衆を巻き込んだ熱狂のステージ。それが男の望みである。
そんな舞台に、突然のアクシデントが起こった。何処かから出火したようで、人形に引火し燃え盛り始めた。観客は何を勘違いしたのか、舞台演出だと思ったようで、狂気的なまでの賛美を贈る。
その熱狂は、計算だけでは成し得なかった偶然。明らかな失敗ではあるが、盛り上がりに寄与しているため許容する。男は、偶然や悪運すら求めるようになった。
のっぺらぼうの周辺には、半壊したチェスの盤が転がっている。計画的に盤面を支配したい。けれども、予想外の出来事を許容して熱狂したい。喜劇のような混沌が欲しい。現実は面白おかしく、ゲームのようでなくてはならない。
終幕と同時、けたたましいラッパが七度鳴り響く。紙吹雪が舞い上がり、火を纏って観客席に降り注ぐ。
紙吹雪にしては大きすぎる。燃えているのは写真だ。
その写真の被写体は、白い鳩、家族連れ、身重の女、正教会、結婚式、乳母車、閉じ込める木の檻、散乱した玩具、廻る月と陽、静かな子供部屋――
この男は、親類に構って貰えなかったのか。
チェスを盤ごとぶちまけたり、人形を放り投げたり、そういうことでしか親に構って貰えなかったから、奇妙な歪み方をしてしまった、のかもしれない。
この男の中身は、果てしなく空っぽだ。誰かに構ってほしいということ以外の願望がほとんどない。真っ直ぐな情熱も、真っ当な夢も、生育の段階で置き去りにしてしまった。
いつかの段階で、子供時代の歪みが達観へと転じた。薄らとした劣等感とルサンチマン。支配者層が地を舐め、民衆が混乱の中狂喜乱舞する。そんな地獄にしか生の意味を見出せなくなった。
写真から人間へ火が燃え移っているのに、まだ見世物と勘違いした者達が踊り狂っている。自分達の身体に火が及ぶという当然の帰結に辿り着くまで鎮まらない。
何もかもが滅茶苦茶で、到達点も在るべき形もない。そんな混沌をアレックスは愛した。刹那の注目と、暗澹で平和な世界の破壊のみを望んでいる。かつて満たせなかった想いだけが心を焼いている。
その欲求の表出が、道化師然とした振る舞いであったり、世界を混沌に陥れたいという言動なのだ。異様なほど『平和』を忌み嫌う彼の深層心理は、金玉を触っただけでは分からない闇の深さを感じさせた。
(……『平和』を忌み嫌う? ……待てよ。そうなると、オクリー君やヨアンヌとは確実に道を違えることになるぞ。彼らが歩もうとする道はアレックスにとっちゃぁ死ぬほど
恋敵ヨアンヌの新たな門出を祝う感情が一転、アレックスに芳しくない兆候が現れて、老爺はううむと唸った。
アレックスは危険な男だ。その歪んだ精神は、他の誰よりも別方向に突出している。行動力も桁違い。彼が真実に気づき、オクリー達へ復讐することになったら、邪教勢力が盛り返すかもしれない。
(またこうなるのか。全く……貴方様はとことん意地悪でらっしゃる)
唯一神に恨み言を抱いた後、己に課された宿命だけはどうにもならぬと口を噤むドルドン神父。何を見たかは彼に言わない。ただ一言、「道化師だな」と評した。
「金玉を触った後の一言がそれって、嫌がらせっすか?」
「感触の感想を言えばよかったのかね?」
「いや、それは結構っす……」
ひしひしと感じる仲間割れの予感。いや、ヨアンヌはもともと、アレックスのことを純粋な仲間として見ていなかった。オクリー以外はどこまで行っても使い捨ての駒である。
アレックスはそれ込みで納得していたはずだ。尤も、この決別の仕方だけは納得いかないだろう。ヨアンヌの理想の世界を叶えるための最大の障壁は、アレックスの予想不可能な暴走なのかもしれない。
(アレックス君にヨアンヌの裏切りを言うべきではないか?)
僅かな逡巡。昔の自分であれば口を噤み、彼の心を掻き乱すような真似はしなかっただろう。
今は違う。オクリーが
(ワシは分別のつく大人になってからわざわざ正義の道を退き、スリルと快楽を味わうためだけに罪なき少年を殺した。ヨアンヌやアレックスのような歪んだ幼少期を過したわけでもない。ワシにやり直しの機会が与えられるべきではないが、この子達には与えて然るべきだ)
それに、アレックスとヨアンヌの決別は確定的。彼の想いを爆発的に高めて最高潮の瞬間に衝突してもらった方が、互いのためにもなろう。世の中、
「アレックス君。打ち明けにくいことなのだが、ヨアンヌはひょっとすると裏切ったのかもしれん」
「……はぇ?」
「ワシが唆した。オクリー君と共に平和な世界を築いても良いのではないか、と。己の罪を告白し、正教に赦しを乞い、真っ当に人の道を歩んでみてはどうだろう、と。あの女が死んでいないのなら、間違いなく正教に幽閉されている」
アレックスは高い鼻筋を人差し指で掻いた後、困ったような笑みを貼り付ける。
「冗談っすよね?」
「ワシが下手な嘘をついたことがあるかね?」
「…………」
男の顔が凍りつく。みるみるうちに顔から血の気が引いていき、眉間に青筋が立つ。堪え切れなかった苛立ちを露わに髪の毛を掻きむしって、アレックスは大声を上げた。
「ど、ドルドン、あんた――何てことをっ!!
アレックスは細い目で神父を睥睨する。今までにない本物の殺意がぎらついていた。
その歯が食い縛られたかと思えば、神父に飛びついてくる。ヨアンヌを平和な世界へ導いた神父を殴りつけた。
「結局あの人は、オクリー先輩と平和な暮らしがしたいよ〜って貧弱な折れ方したっすか!?」
「そうだ」
「つ、つまんねえ〜……! こんなに入れ込んだのに一番しょうもない結果に終わるとか、冗談じゃないっすよ!! 全然面白くないっ! 殺す……殺す――絶対に殺すっ!! いや、自分が世界を破滅に導いてみせるっす!! ヨアンヌ様の描いた絵を、必ずや引き継いで叶えてみせる!! そのほうが面白いに決まってるっ!!」
もう一度、拳骨がドルドンの頬骨にぶち当たる。馬乗りになっているため抵抗もできない。
「あの女のことを恨むかね」
「当然っす……!!」
「では、彼女を唆したワシのことも?」
「言うまでもなくッ!!」
「殺すかい?」
「……ここで殺してもつまらないっす。今のあんたは四面楚歌、周りに味方なんていない。放っておいても良いくらいっす」
アレックスの行動原理は独自の『面白いかどうか』という価値観で決まっている。ここでヨアンヌの事情を告白しても殺されることはないだろう、何なら幹部に密告されることもないだろうと推測していたドルドン神父の思惑通りとも言えた。
「しかしねアレックス君、こうは思わないのか? 『小さな世界』を閃いたヨアンヌが選び取った道がつまらないはずがない、と。実際、あの女に襲い来る困難は想像を絶するものだ。不殺による問題解決と民衆心理を相手取るというのは、君にとっては面白くないのかい?」
「面白くないっす!」
「何故だ? その先に平和があるからか?」
「そうっす!」
「いいや? 『小さな世界』が実現した後の方がずっと平和だ。何せ争う人間が根こそぎ死んでいるのだからな。君は平和を忌み嫌いつつも、ド派手に散って世間様の注目を集めたい俗物的な欲求がある」
「何すか? 論破するつもりっすか? 意味ないっすよ、大抵の相手はブチ切れてムキになっちゃうっすから。かく言う自分もね」
アレックスが『小さな世界』を面白がっていたのは、実現可能性が著しく低い上に、その過程が殺戮と蹂躙と裏切りに満ちていたからだ。それを指摘したところで考えが変わらないだろうことも予想していた。
しかし、アレックスが神父の話を短絡的な結論で押さえつけようとしたため、老爺は慌てふためいた。
「違う、待つんじゃ。ワシが言いたかったのは、人は矛盾を抱えて生きているということだ。オクリー君も、ヨアンヌも、ワシも……。そして、君だって。人間、何らかの相反する願いや感情を抱えていて当たり前なんだ」
「まどろっこしいっす。言いたいことは?」
「ワシらの場合、言葉を尽くしたところで平行線だ。故に、お互いに全力で好き勝手やろう。そして、ぶつかり合おう。それぞれが思う最高の未来を勝ち取るために」
言葉を尽くして、暴力の波を押さえつける? それは大変素晴らしいことだ。
それと同時に、言葉を尽くしても結論が変わらないから互いに全力でぶつかって結論を出すことも存在しうる。
アレックスとの決着は、そういう肉体言語でしか掴み取れない。スティーラが半ばそうなっていたように、歪みが極致に達した者に対して言葉の効果は少し弱い。
ドルドン神父は拳を突き出し、「勝負だな」と呟く。
「――ははっ! やっぱり、あんたは最高の人間っす。予想もできない、首輪もつけられない……本当に、最高っす」
気持ちの良い男だ。やはり、殺すには惜しすぎる人間である。
こうしてヨアンヌの裏切りを知ったアレックスは、世界の筋書きを変えるため、失意と混乱に揺れるアーロス寺院教団の幹部会議に顔を出すことを決意した。